練習してみた
ソフィアの朝は早い。そしてゴン太の朝はもっと早い。というか寝てるのか? ソフィアは日の出と共にベッドから這い出し、ゴン太に”おはよう”を言ってからジョギングに出かけた。それから、砂浜では空手の型をサラスヴァティーの祈りに変え、適当に拾った枝で素振りをしては、ヴァルキューレの舞いに変化させていた……
一汗かいてロッジに戻ると、キャミィが眠そうな目をこすりながらゴン太に押されて外に出てきていた。
「おはよう。君も早起きだね」
「起こされたのよ!まだ6時よ、いくらなんでも早すぎる!」
「そ、そうか。せっかくだから朝食前に魔法を練習をしないかい?」
「……ぐぅ。sss」
「わ、わかった。とりあえず自分でやっておくから、キャミィはもう1度寝てるといいよ」
キャミィがゴン太に押されて家の中に入ろうとするのを横目に、ソフィアは昨日見た光景を思い出し、右手を頭上に上げてイメージする。
「たしか、こうやって光りだして……手のひらがバチバチして……サンダー!」
「……え?」
僅かだが手のひらが放電したのだ。
「ちょ、ちょっと、ソフィア。今詠唱しなかったわよね?」
「いや? サンダーって一応言ったよ。キャミィは寝なくてもいいのかい?」
「それ所じゃないわ。ソフィア、浜辺に行くわよ!あそこなら十分に練習できるからね。ゴン太、後でサンドウィッチとお茶持ってきて!」
浜辺に着いて改めて説明を受ける。詠唱とは魔法名の事ではなく、魔法が発動するために必要な呪文の事だそうだ。
「………という事よ。初めて魔法を使う人間が、詠唱無しにするなんて無茶にも程があるわ。なのにソフィアはいきなり発動寸前までいったのよ。これはとっても凄いことなのよ?」
「や~~~それ程でも、有るのかな?」
言いながらにこにこ笑顔で頭をかくソフィア
「もうっ、調子に乗りやすいんだから…」
褒められてうれしそうにしているソフィアを、
「単純でかわいいわね、うふふ」
とキャミィは小さく呟き、暖かく見つめていた。
「じゃあ、さっそく練習するわよ!」
「ラジャー!」
敬礼をするソフィア。やる気満々である。
「こうして手のひらを上に向けて、蝋燭の明かりをイメージするの。トーチっていう入門魔法よ、やって見せるわね? 『精霊よ、我が手に明かりを灯し給え、トーチ!』 」
するとキャミイの手に〝ポワン”と細長い火が現れた。
「明かりが欲しいときに重宝する魔法だわね。魔力もほとんど使わないし。さあソフィアもやってみて。」
「よ、よし! イメージしてぇ……ト――チ! わぁ、出来た!」
ソフィアの手のひらにも、赤く細長い炎が出現した。
「は、早いわね……」
初めて自分が魔法を使ったことに感動し、ワーイ、ワーイと喜びの声を上げながら万歳をしているソフィア。
「じゃ、じゃあ、次ね! 今度は手のひらを前に出して、火の玉をイメージするの。火の玉ができたら、それを前の方に押し出すように撃つってわけ。初級の火属性魔法よ、まずはやってみせるからね。『精霊よ、契約の元に我が手に加護を、そして炎を、ファイアー!』 」
呪文と同時にキャミィの手のひらに小さな火の玉が現れ、海の方向に20m程飛んでいって消えた。次はソフィアの番である。
「よ、よし! イメージしてぇ……精霊よ、むにゃむにゃ、ファイアー! わぁ出来た――!!」
ソフィアの手の平からも小さな火の玉が現れ、ひょろひょろ上下しながらやはり30m程飛んでいって消えた。
「……ま、まあまあね、筋はいいわよ!」
「や~~~それ程でもあるかな? うふふ!」
また万歳三唱をして喜んでいるソフィア。
「つ、つぎはねぇ~~~ちょっとだけ難しいのをしてみよっかな? 初級の上ってとこかしら。さっきと同じようにしてぇ、玉じゃなくて槍をイメージするの。しかも自分の体の左右からね。今度も前に飛んでいくようにイメージしてね。ちょっと難しいかしら? まぁ、取りあえずやってみせるわね。『来たれ炎の精霊よ、我が手において炎となり、敵を貫け、ヴァンアロー!』 」
すると、キャミイの左右少し後方から、それぞれ火の槍が現れ、ロケット花火のごとく前方に突き進んでいった。50mは飛んだだろうか、炎は次第に薄くなって空中で消えた。
「ほわ~~、かっこいい……」
ソフィアが感嘆の声を出す。
「ふふん! まあ、わたしには軽いもんなんだけどね。さあ、ソフィアもやってみて。別に左右両方じゃなくて、一本でもいいからね?」
「よ、よ~~し!! 来たれ、むにゃ、ヴァンアロー!」
すると、ソフィアにも……割愛。要するに2本の槍が飛んでいった。
「…………」
キャミィは、あまりに呆気なく魔法を習得するソフィアに驚愕していた。かつて、“筋がいい”と褒められたキャミィ自身、ここまでくるには毎日練習して何ヶ月もかかったのである。当の本人ソフィアは、よほど嬉しいのだろうか、
「うわはははw」
と可愛らしく豪快に、バレリーナの如くグリングリン回転している。いつの間にか来ていたゴン太も、腕を組んで「うん、うん」と頷いてその姿を見守っている。
「うっ、まあ、あ、あれよ。つまるところ、これは初級魔法だからね? 少し才能がある人なら、ある程度練習したら出来る様になるわ。もちろんソフィアの才能も凄いとおもうけどね」
「そぉお~~~? 良かった!」
とびきりの笑顔をキャミィに向けるソフィア。
キャミイは、この規格外の美しさを持つ少女が魔法習得を何でもない様に思って、魔法使いの威厳が低下してしまうのを怖れたが、その嬉しそうな笑顔を見た今は、まあいいか、と思うようになっていた。
ひとまず休憩し、ゴン太の持って来たサンドウィッチで朝食を摂ることにした二人。
「とりあえず全属性の初級魔法を試してみて、まぁ、全部出来るだろうけど。そうしたら次は、精度を高めて行く事から始めようかしらね。ソフィアの場合、全部無詠唱で魔法が発動出来る様になったら、中級にすすみましょ。すぐ出来るだろうけど……」
「うむ、任せるよ。それはそうと、やはり中級、上級と上がるに従って魔法の威力は高くなっていくのかい?」
「もちろんそうよ。上級にいくにつれて習得が難しくなっていくけど、その分魔法の威力とか範囲が高まっていくわ。そこらのモンスターや冒険者なんて、余裕ぶっちで秒殺よ」
なんとも凄まじいものだな、と他人事の様にソフィアは思った
「私はあまりそういうのには興味が無いのだが。できたら『トーチ』のような生活に役立つものを覚えたいと思っている。『トーチ』の上級魔法はあるのかな?」
ソフィアの頭の中はモンスターの群れと戦ったり、盗賊やごろつき集団と戦ったり、そういうシーンに自分が出くわすという前提が全く無かった。すっからかんなのだ。なにせ部下を探す旅に出る=役所や交番みたいな所で情報を見つける、としか認識していないのだ。この世界を知らないソフィアにとって、無理も無い事だが。
「『トーチ』の上級魔法ね……ふふふ、有るわよ。そして勿論、わたしは使えるわ。うん、そうね、見せてあげる。このままでは終わらせないわ。魔法使いの偉大さを見せなくては終われないんだわ!!」
そんな大げさな、とソフィアは思っていたが、キャミィにとっては大問題だったのだ。ソフィアにも出来ない凄い魔法を見せて、スゴーイ!! と感動してもらい、魔法使いの威厳を高めたかったのだ。
波打ち際までキャミィは移動して言った。
「今から見せるのは照明系最上級レベルの魔法よ。しかもわたしのオリジナル! よ~~~く目を開いて見ておきなさいよ!!」