闇に葬られし歴史
さて、4年生のお話の最後になります。よろしくお願いします。
エコ帝国の首都バックのエルフ大使館で、交渉の準備に追われているなか、俺のボヤキが凄惨な事件の幕開けになると、この時は誰も夢にも思わなかった。
「カレーが食いてぇー」
俺は、ほかほかのご飯に茶色の良い香りのするカレーが掛かってる絵を思い浮かべ、涎を拭うように口元を腕で拭うようにする。
丁度、美紅に報告にきていた、お母さんと呼びたくなるネーブルが俺のボヤキに反応を示す。
「カレーは、いいですよねぇ。ウチも1度だけ食べた事がありますが、1晩寝かすと別格と言うカレーも食べてみたいですねぇ」
「1晩寝かせたカレーがヤバいぞ? 後、俺はハンバーグをトッピングしたのが好きなんだよな……」
本当に涎を垂らして指を咥える俺を見て、「使者様は、男の子ですねぇ」と肉肉したカレーを望む俺を微笑ましげに見つめる。
その様子を見た美紅が申し訳なさそうに俺を見ながら言ってくる。
「一応、ミランダさんにレシピは頂いて、作り方は分かるのですが、1度試して失敗してますので、少し、時間をください」
絶対に作れるようになってみせると腕まくりしそうな顔をした美紅を見て、このクソ忙しいなか、練習する時間を模索しそうだと思った俺は慌てて手を振る。
「いやいや、こんな忙しいなか、カレーをノンビリ食ってる暇はないから、交渉が終わって落ち着いたらにしようぜ?」
美紅は、張り切って頑張ろうとしたのを止められたのが、少し不満そうにして、「そうですか?」と言ってくる。
上手い事諦めさせたと思った俺は、安堵の溜息を吐く。
「さあ、もうひと踏ん張りしたら、昼食にしようぜ」
俺は、周りにいる面子にそう言うと、みんなの顔にもう一頑張りしますか、という気合いが乗るのを見て、自分の前に積まれた書類と格闘を再開した。
だが、俺は仕事漬けでボケた頭では、気付けなかった事があった。
作業場となってる書斎のドアが少しだけ開いており、そこから覗く爛々とした目があった事に俺がそれに気付いていれば、あの凄惨な事件は起きなかったであろう……
それから、時間が過ぎ、書類仕事で固まった肩を廻して伸びをしていると美紅に声をかけられる。
「トオル君、そろそろ、お昼ですし、ネーブルさん達の準備がそろそろ終わってる頃だと思いますから、食事にしませんか?」
「そうだな、だいぶ、腹も空いてきたから行こうか?」
一緒に仕事をしている者達にも声をかけて、キリを付けて、食事に行く事にした俺達は、書斎を出て、食堂へと向かう。
食堂に向かうと入り口の所に、ティティとクリミア王女、そしてエルフ王一同とそのお付きと思われる者達が食堂の入口で顔を青くして立ち竦んでいた。
不思議に思い近づいていくと、近寄ってきた俺に気付いたクリミア王女が口を両手で覆いながら、不思議そうに首を傾げる俺に食堂の中を指差してくる。
中を覗くと、テーブルの周りでスプーンを握り締めて倒れる者が3人いた。
テリア、ガンツ、ネーブルの3人であった。
俺は慌てて中に飛び込んで、テリアを抱き抱える。
呼吸を確認すると不規則ではあるが息をしている事にホッとした俺は、回復魔法を使うが効果が弱いと感じ、蘇生魔法に切り替えるとテリアの意識が一時的に戻る。
「と、トール……逃げてっ……」
そう言うとテリアは意識を手放すとスプーンも手放し、乾いた音が響き渡る。
後ろから、オルソンが近づいてくる。
「使者様、テリア様をベットに運んでおきます」
そういうとテリアを抱えて、食堂から出ていく姿を見たエルフ王の顔が輝き、「その手があったか!」と呟く。
続いて、ガンツに蘇生魔法を唱える。
目を覚ましたガンツが、辺りを見渡しながら首を傾げてくる。
「ん? ザバダックはどこにいった?」
「ガンツ、しっかりしろっ! ザバダックは死んだだろうが?」
ふむぅ、と考え込むガンツの傍にやってきたエルフ王は、男前な表情をしてガンツの肩に手を置く。
「友よ、おそらく疲れておるのであろう。少し、休んだほうが良い」
と、歯をキラリと輝かしてガンツに語るとガンツの背中を押して、食堂を後にする。
ネーブルにも同じようにするが、ネーブルも良く分からない事を言うと意識を手放したので、エルフ王のお付きの人達に任せて、美紅と顔を見合わせる。
「ここで何が起きてるのでしょう?」
「何がというか、明らかに、食堂の奥の調理場に行けば、おのずの答えは出そうと分かると思うが……」
現実を認めたくない美紅は、食堂から聞こえる幼稚な鼻歌の主に心当たりがあり、この惨状を考えたくないと思考放棄しているだけである。
生唾を飲み込んで、俺と美紅は他の面子を引き連れて、調理場に向かう。
「カレー! カレー? ニンジンさんにジャガイモさん。捻りを咥えてピクルスさん~」
その捻りは、らめぇ――と俺は心で絶叫するが、心と体がフィットしてくれなくて、顔は無表情であった。
「カレーは辛いモノ~、新しい色を入れましょう~♪ 棚の奥から出てきたワサビとアンパンと私の愛情を入れれば、新しい味~」
「新しいとか以前に完全にレシピを無視してますよね? ルナさん」
そう、中でエプロンをつけて鍋を混ぜるのは、ルナであった。
その絵だけで見るなら、新婚さん気分を味わい、料理を楽しむ娘のように見えなくはないが、俺達には、明らかに、毒薬を作ってるのかと思わせる歌を歌っていた。
どうやら、ルナがお玉を持ってない左手にある紙が美紅がミランダから聞いたレシピが乗ってるメモのようだが、美紅曰く、レシピにないものばかりが投入されているようである。勿論、そんな説明されなくても、俺にも痛いほど理解できていた。
「あ、徹、やっときたのっ! 美紅も一緒で丁度良かったの。今、出来上がったところで、すぐ運ぶから座って待ってて欲しいの」
「いや、俺達は腹が減ってないから、夕食と一緒でいいと言いに来ただけだから……」
「と、トオル君は言いますが、軽く食べる必要があると思い、メイドさんにサンドイッチをお願いしようとしてましたので、他の方に振る舞ってあげてください」
生存本能が、逃げろ、と叫ぶ2人はなんとかして逃れようとするが、強引に背中を押されてテーブルに着席させられる。
俺は慌てて、立ち上がろうとするが、拘束されたかのように椅子から動けなくなっている事に気付く。
「トオル君、これはルナさんの結界です!」
「ルナの奴、俺達のタマを取る気か!」
戦々恐々する俺達の前に、あの怪しい歌を歌いながらやってくるルナは、目の前にカレーと茹で卵を置いてくる。
その2つを眺めた俺は、冷静に分析する。
カレーライス(不特定多数、何が入ってるか不明)
茹で卵(お湯で茹でただけで安全なはず)
俺の冷静な分析に間違いはないと勢いついて、茹で卵へと腕を伸ばすが、僅差で美紅に奪われる。
「トオル君の好きなカレーはお譲りします。私は茹で卵だけで良いので……」
「ズッコイぞ! 美紅!!」
美紅は奪われる前にとばかりに、茹で卵を齧る。
齧って、一噛みした美紅は、茹で卵を噴火するように噴き出すと項垂れる。
虚ろな瞳で俺を見て、うわ言のように話し出す。
「地球のトオル君と遊んだ境内が見えます……」
そういうと美紅は、白目を向いて気を失う。
俺は、「みっくぅ――――!!」と叫ぶが、結界に拘束されて動く事は叶わなくて手も届かない。
「もう美紅は、お腹が膨れたからすぐ寝るのは駄目っていつも私に言うのに、悪い子なの、うふふっ」
俺は、もしかしたら、ルナに毒が既に感染してるのかと疑う。
ルナは嬉しそうに残るカレーを差し出してくる。
動けない俺は、首だけで後ろを向く。
「兄様、すぐに医療班を結成しますので、待っててください!」
「私も、回復魔法を使える者を掻き集めてくるので、死なないで! トール!」
「そんなのが必要になる前に、俺を助けてくれっ!!」
俺の悲鳴を無視して、食堂の入口に居た者達が、蜘蛛の子を散らすように散開する。
にっこりと笑うルナが、カレーにスプーンを突っ込み、掬うと俺の口元へと運んでくる。
「さあ、徹? アーン♪」
俺はイヤイヤするように首を振る顎を押さえると、スプーンをねじ込まれる。
そして、俺は違う世界がある事を知る旅に出た。
俺の蘇生をする為に、エルフ大使館の人員をフル動員され、半日機能停止になるという事件が起きる。
後に、これは魔神の襲来の予兆と語られるが、事実は闇に葬られる事になる出来事であった。
そんな事を思い出しながら、運動会のお昼休み、俺は汗を拭いながらハンバーグを食べていた。
ここまで、カンを頼りにアタリを避けてきたが、残るは2つ、さすがにアタリを引きそうで躊躇する俺は、ルナを見つめて苦しそうに語る。
「さすがにお昼の後の競技を考えて、これぐらいにしておくわ」
「後、2個ぐらい徹なら軽いの。さっさと食べるの!」
ルナは、プンプンと怒りながら俺を睨んでくる。
俺達には分からないが、どうやらルナ自身はどれが自分が作った物か分かるようで、アタリを引かずに箸をつける度に舌打ちをしていた。
俺は傍にいる3人に弁当箱を差し出して、ハンバーグを勧める。
「トオル君、ごめんなさい、私、ちょっとダイエット中でして……」
「兄様、私は、脂っこいものはちょっと……」
「アタシは、牛乳でお腹が一杯になってるっ!」
3人は迷わず、拒否を示してくる。
「美紅のダイエットは明らかに嘘だよな? 普段あれだけ食ってるし、どこも太ってないし、太って欲しいところが……」
笑みを浮かべる美紅に見つめれた俺は、「いえ、なんでもないです」と視線を切る。
進退窮まった俺は、脂汗を流すなか、救世主が現れた。
「ああっ? 徹、まだチンタラ飯食ってたのか?」
突然現れた轟が、弁当箱を覗き込む。
余ってるハンバーグの一個を手掴みすると口に放り込む。
それを見たルナが、「ああっ!!」と短く悲鳴を上げるのをみて、どうやら轟が食べたのがアタリだったようである。
轟は、吐血するように噴き出すと白目になって背中から地面に倒れる。
口からは泡を吐き出し、目鼻からは、ダラダラと垂れ流す様を見て、その場に居たルナを除いたメンバーが一斉に身を引く。
なんだ? あの破壊力は……といらんパワーアップを果たしたルナを恐怖に染まった目で見つめる。
「あれ? ロキ、寝てるの? えっえっ? ロキ? ロキ―!! しっかりしてっ!!」
轟を捜してやってきたと思われるシンシヤが、生死を彷徨う轟に気付き、悲鳴を上げて、辺りを見渡すと、巡回に来ていた保険医を発見して、連れてくる為に駆け寄る。
未だに白目を剥く轟を見つめて、俺は思う。
アローラで、轟にルナの料理を食わす事が出来ていれば、あっさり勝てたんじゃないだろうかと……
駆け寄ってきた保険医が轟の様子を見ると慌てて、スマホを取り出すと119とダイヤルする。
けたたましいサイレンの音を聞きながら、俺達は、誓った。
ルナの作った物は、危険物指定とし、台所に立たせてはいけないと心に戒め、学校の先生達もルナを家庭実習では、調理に参加させなかったそうである。
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