夏休み
7月後半のセミの鳴き声が普通になりつつある日、今日で学校が終わりだという開放感から、俺達5人は俺の家で集まっていた。
ルナの家の人気商品のコロッケをオヤツに麦茶を飲みながら、小学一年生の初めての夏休みの予定をどうしようかと話し合いをしていた。
「まずは、スケジュール表を作りましょう。そして、計画的に宿題を済ませて、程良い運動で脳への良い影響を与えて、有意義な……」
「何を言ってるの! 休みっというのは遊ぶ為の大事な日なの!」
全然、美紅は分かってないの!と水色のワンピース姿でソファーの上に立ち上がる。猛るルナの背後に廻った俺は、そうだ、そうだ!と同調する。決して、美紅が怖いという事実は確認されてない。
美紅がキッ、と俺を睨むのを確認した俺はルナシールドの素晴らしさを世に伝える為に影に隠れる。
「そうですか、つまり、夏休み最終日に泣きついてきても見捨てても良いという事なのですね? 私はルナさんの心意気を尊重しますよ」
白のシャツにキュロットスカート姿の美紅は、冷笑を浮かべてルナに微笑む。
ルナはプレッシャーに押されたように、俺に情けない表情で振り返る。
「ど、どうしよう……とってもピンチなの」
助けて、徹!と言ってくるが助けてほしいのは俺のほうである。あの美紅に挑むなら、和也にすら頭を下げるのを断腸の思いで決行する用意がある。
ルナの形勢が不利……と判断した俺は美紅の横に頷きながら近寄る。
「美紅、俺は宿題は最初に一気にやって、残りを全開で遊ぶのが好みだ」
「そうですか、トオル君の予定はそのように組みましょう」
「徹!! 裏切ったの!」
すまない、ルナ。俺も戦って勝てる相手と勝てない相手がいるんだ……つまり、今の美紅に勝てる要素がまったくないから仕方がないんだ。
涙目のルナに、美紅は、ふっふふ、どうなさいますか?と勝者の余裕を見せていると、呆れた様子で見つめていたティティが言ってくる。
「まだ1年生の夏休みの宿題なんて、書けば問題ないレベルのものでしょ? 兄様に至っては、過去にやった事ですし、それより高度な勉強をして、高校入試を済ませているのです」
ティティは夏なのにピンクの長袖を着て、スカート姿で寛ぎながら、そう言うとルナを見つめる。
「つまり、兄様は面倒臭がってるだけで、まったく問題なく済ませられるのです。ですので、泣きつく相手は兄様にすれば良いだけですよ」
そう言い放つティティを救世主のようにルナは見つめる。美紅に至っては舌打ちを放っていた。
俺も舌打ちしたい衝動に駆られたが、ギリギリ思い留まる。本当に面倒臭い事が起こるだろうと分かる。何故なら、ルナは頭が悪い訳じゃないのである。それなのに、こうも宿題に難儀しているのは、一重にも天然な頭が影響していた。それが今回の話でどう絡むのかというと、
「ねぇねぇ、何からやったらいいの?」
だとか、
「昨日、カレーライスが美味しかったの」
と今日あった事を日記に書けと言っているのに昨日の事を書いて、困らせてきたり、
「徹、聞きたいんだけど、どうして、『1』はイチなの?」
などと、ある意味、天才か?と問いたくなるような質問を投げかけてくる。その天然を相手に夏休み最終日を徹夜するハメになったら俺は召されるかもしれない。その攻勢に耐えれるのは世界広しと言ってもおそらく美紅1人。
俺、無理……とばかりに首を振って逃げようとすると縋りつくルナに、
「ええーい、離せぇ!」
「お代官様、それは御無体なの!」
いつもの流れで、ルナとの小芝居が始まる。
それを眺めていた我が妹のテリアが、馬鹿じゃないっ?と呟くのを聞き逃さなかった俺は、ティティとテリアを指を差し叫ぶ。
「お前らは幼稚園だから宿題がないんだろうがっ!」
そう叫ばれた2人は対極の反応を示す。胸を張る者と目を反らす者である。
胸を張ったティティは、髪を掻き上げる。
「ええ、それが何か? 私は夏休みは時間が許す限り、図書館に通って本を読む予定ですよ? 兄様」
揺るぎない自信を匂わす、ティティを見て、クッ……と呻く。確か、俺が小学校入学する時に、既に自主勉強で小学校の教育課程は理解した、と言っていた。あれから3カ月、もう俺より頭がいいかも、確実に良さそうな気がしている。
タンクトップにスパッツの格好をしたテリアはこちらを見ずに言ってくる。
「私はっ、頑張ったら出来る子だから、来年から頑張るわっ!」
兄妹と共に負け犬であった。
ああでもない、こうでもない……と騒いでいると、リビングの扉が開く音がして振り返ると、母さんが入ってくる。
「あら、賑やかねぇ~。お姉さんも混ぜてっ!」
「はぁ? アンタの青春は10年以上前に終わってるだろ?」
母さんの言葉に答えた俺は、母さんが持っていた封筒を投げつけられ、引っ繰り返る。
俺にあたった衝撃で封筒に入ってた物が散乱して、俺の顔に落ちてきたモノを手に取るとどうやら旅行の冊子であった。
冊子を片手に顔を撫でながら起き上がると周りには数多くの冊子が散乱していた。
「なんで、こんなに冊子を用意してるんだよ、母さん」
「それはね、父さんが夏休みに旅行に連れて行ってくれるって言うから色々見てるのよ」
嬉しそうに母さんは言うが、落ちてる冊子を適当に手に取って行くが、大半が海外旅行で、夏休み前日の今日に決まったとして予約なんて取れないだろう?と思うが、そこは黙っておく。
母さんも同じように冊子を漁りながら、何やら見つけたようで嬉しそうに俺達に見せつけるように冊子の写真を見せてくる。
「ここが私が一番のお勧め。自然深き、大森林。そして、大峡谷が隣接する圧巻な景色を貴方に……ってこれよ!ルナちゃんと美紅ちゃんの親御さんにお願いしてあげるから一緒にいきましょう!」
「その圧巻は、あっかん!」
5人に白けた目を向けられた俺は怯みそうになったが、踏ん張る。
母さんは頬に手を当てながら溜息を吐くと、ルナと美紅に頭を下げて、酷い事を言う。
「徹は駄目な子で、将来、誰にも貰って貰えないでしょうから、ルナちゃん、美紅ちゃん、徹を見捨てないでね?」
「大丈夫なの。その時は私が貰ってあげるの!」
「おば様、お任せください。私が面倒を見ますので」
母さんは大袈裟に喜び、2人を抱き締める。
そういうの本人を目の前にやらないで欲しいんだが……と思うが、女というのは得てしてこういうものなのだろう、と諦めが入る。
その様子を見ていたテリアが、ティティに声をかけていた。
「いいの? ティちゃんっ。3人があんな事言ってるけどっ?」
「ええ、問題ありません。何をしようとも最後は掻っ攫うようにハントしてみせますので」
火薬庫に火をくべる母さんが邪魔だと判断した俺は、背中を押して、リビングから追い出そうとする。
「分かった、分かったわ、出ていくから、その前にこれで、みんなでかき氷でも食べに行ってらっしゃい」
俺に3千円を握らせると、ウィンクをするが微妙に慣れてない感が伝わり、報酬を貰った以上、噴き出すを耐える。
そして、母さんが出ていくと、ルナはかき氷だぁー!と喜び、今日は暑いですから、かき氷は嬉しいですね?とティティが言うのを見て、なら半袖になれよ?と言わないのは優しさです。勿論、自分へのである。
スキップするルナの先導を受けるように、近所にある和のテーストが評判で何年か前にテレビに出た事がある店にやってきた。
中に入ると、時間が少し外れているせいか、いくつか空きのある席があった。
店員さんは俺達を見ると顔を覚えられてたようで、いらっしゃい、と言うと、席に案内してくれる。
案内された席の隣には年の近そうな3人組がいたので視線を向けると俺は、うげ……と呻いてしまう。
「あら、アンタもきてたの? ルナ」
「私達も和也のお母様に御馳走になってるのですから、きっと同じ理由ですよ」
それもそうね、と納得したのがルナの姉の真理亜である。その真理亜に説明したのはミラさんで、すぐに俺達に興味を失くした真理亜がメニューを見ながら、ミラさんに、これなんか良さそうじゃない?と嬉しそうに話しかける。
話しかけられたミラさんは、そうですね、これを3つ目にしましょうか?と笑いあっていた。
どうやら、俺は真理亜に良く思われてないようである事に気付いていたが、正直どう触れたらいいか分からず、手をこまねいていた。
仕方がないので、腕を組んで目を瞑り、不動のように動かない和也に声をかける。
「お前はメニューを見ないのか?」
「馬鹿め、この面子で来た時は俺はメニューを見る事はないのだ!」
目を瞑ってたを力強く開き、俺を睨む和也を見て、うんざりしながら言う。
「なんだ、なんだ? 通じ合ってますって言いてぇーのかよ」
「本当に馬鹿野郎だな。俺のメニューはあの2人が食べたいと思う物が俺の物、いや、共有されるのだ」
そして、あの2人の物も少し貰って補完される、つまり、俺に好き嫌いは許されない……と言う、和也の目端に輝くモノを俺は見た。
「まあ、御苦労さま。頑張ってくれ」
「本物の究極の馬鹿だな。いつまで他人事でいられると思っているのだっ!」
はぁ?と言う俺をざまーみろっとばかりに見つめる和也の意図が分からず、俺もメニューを見ようと振り返るととんでもないセリフを聞く。
「私は、宇治金時が良いのですが、正直、ちょっとだけ、黒蜜ショウガに心ひかれるモノがあるのですが……」
苦悩する美紅を見つめていたティティが何でもないとばかりに提案する。
「確かに、私も少し気になりますから兄様はこれで良いのではないでしょうか?」
酷い、待ってくれ!と言おうとする前に、勝手に決めたら駄目なの!とルナが間に入る。
俺はルナに後光を見た気がして目を細めていると、
「私は、このウメってのも気になるの。勝手に決めて貰ったら困るの!」
ルナにまで裏切られた俺は、駄目元で、俺にメニューを……と言うが、
「少々、お待ちくださいね、兄様。もうすぐ決めてしまいますから」
どうやら、俺に決定権はないらしい。
横を見ると、和也が口の端を上げて、口パクで、いらっしゃい、こちらの世界へ!と言っているのを見た俺は、クッと呻き、視線を反らす。
反らした先にいたテリアは呆れた顔をしていたので、気晴らしに声をかける。
「お前は何をしたんだ?」
「んっ、私は練乳1択、迷いなしよっ」
相変わらず、乳製品が好きな奴である。
「アンタも大変ねっ?」
「ありがとうな」
そう言うと終わらぬ議論をする3人の少女を見つめ続けた。
結局、俺のメニューは、ゆずになりました。
ルナがイチゴで、美紅が宇治金時、ティティが黒蜜、テリアが練乳にアイスをトッピングしていた。トッピングが出来た事を知らなかったルナが騒ぐ場面があったが、皆、美味しそうに食べている。
隣では和也が黒蜜ショウガを食べさせられていた。子供にはちょっと辛い味だと真理亜とミラさんが苦笑いしているのを見て、俺はゆずで良かったと胸を撫で下ろす。
「それはそうと、なんで、アンタは母さんが持ってきた冊子にあそこまで過剰反応みせたのか分からないんだけどっ」
俺は、あれか……と呟き、思い出してしまい、ウンザリする。
「それは、アローラで受けたトラウマが原因なんだよ」
ルナと美紅をチラリ……と見る。2人は何故見られたか分からないようで首を傾げる。
「あの冊子を見て、どこか思い出さないか? テリア」
えっ?私も知ってるのっ?というテリアに頷く。
悩むテリアを尻目にルナは目が泳ぎまくり、美紅は俺に宇治金時はいかがですか?とスプーンに掬って食べさせようとしてくる。
「ああっ、コルシアンを助けに行った時の大自然の砦みたいなとこねっ」
手を叩いて、思い出したっと頷くテリアに俺も頷く。
「そう、それは、テリアは勿論、ティティに出会う前に起きた、凄惨な出来事があったんだよ」
スプーンを差し出す美紅を無視して、ゆずのかき氷をパクリっと咥えて遠い目をして俺は語り始めた。
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