粋な男は半歩ずれると格好悪い
七夕なのに、こんな話を上げていてもいいのだろうか……
大五郎は、口に咥えた煙草を胸一杯に吸い込む。そして、ゆっくりと吐き出しながら外を見つめながら俺に言ってくる。
「あのな? 立石。いくらクラスメイトだからと言っても、個人情報をペラペラ話せると思ってるのか? まして、お前は男でエマは女だ。俺にも立場がある」
もう一度吸い込むとコーヒーの空き缶の口で火を消すと放り込む。
紫煙を吐く大五郎を見つめて、言っている事はもっともだと思う。普通に考えて、男子生徒に女子生徒の住所を話すような教師は教師失格である。
だが、エマの家の住所を知っている者など、クラスメイトにいない。もしかしたら、急速に距離を縮めつつあるルナ達なら知ってるかもしれないが、今、もっとも聞く対象としては最悪であった。
俺が知るうえで、エマの住所を知る者と言えば、学校の教師しかいない。その中でも頭が柔らかく、聞く耳を持ってくれる可能性が大五郎しかいない。
俺は強い想いを込めて、大五郎を見つめると最初は気持ち悪そうにしたが、すぐに俺がふざけてないと気付いて溜息を吐いて頭を掻く。
「立石、事情を話してみろ」
「ごめん、全部は話せないし、説明のしようがない部分もある。でも、嘘だけは言わない。俺と和也はある事を調べていた。それを調べてたと思われる和也の消息が分からない」
俺の言葉を聞いて、大五郎が「そういえば生徒会長は昨日からおらんようだな」と言いながら、新しい煙草を口に咥える。
「それがエマの住所とどう繋がる? エマが犯人だと?」
「いや、俺はエマはどちらかというと被害者側じゃないかと思っている。そして、エマも今日、欠席して連絡すらない」
大五郎は、そう言うのは警察の仕事だ、と言いたげな顔をするが言うのを止めると腕を組んで目を瞑る。
やはり、大五郎は頭ごなしに正論だから間違ってないと言い切るような大人ではなかった。
俺が言ってる内容だけであれば、決して警察は動かない。
行方が分からなくなっている和也の捜索届けを受理するだけであろう。
俺は大五郎の考えている事を汲んで続きを口にする。
「それだけに収まらず、エマ達は微妙な立場だ。警察も学校も動き辛い。まだ、エマは偶然休んでるという可能性は残すとして、もう1人行方を晦ましている奴がいる」
「誰の事をいっとる」
目を細めて話しかけてくる大五郎の目は、俺の言葉を少しは信じてくれている人の目をしていたので、迷わず答える。
「轟だ、アイツもまた、俺と和也が気付いた事に気付き、興味を持っていた。そして、2日前の夕方から足取りが掴めない」
「確か、お前の兄貴も同じ日に学校に残る申請したと思ったら30分も延長せずに俺のところに鍵を持ってやってきたな」
俺は頷き、真理亜とミラさんの様子からしても、おそらく、確認された和也の足取りは、おそらくその辺りが最後だと思われた。
大五郎は目を瞑りながら顎の無精ひげを撫でながら考え込む。
俺の話した内容だけでは、警察は動かないが、手元にある情報だけでも素人考えでも繋げて考えてしまいたくなる気持ち悪さを感じているのであろう。
そうやって悩む大五郎だからこそ、俺に教えてくれる可能性がある。他の先生だと多少、そう思う事があっても保身に入り、責任を余所に預ける為に警察に頼れ、親と相談しろの1点張りであろう。
大五郎が駄目だったら、もう勘頼りで街中を走りまわるしかなくなってしまう。俺は祈るように大五郎を見つめ続けた。
吸い込んだ紫煙を吐き出すと大五郎は目を開ける。
「やっぱり、駄目だ。その話が事実としても俺も教師としてやっていい事と悪い事がある。諦めろ」
最後の希望を摘まれた俺は、一瞬、目の前が暗くなる。だが、大五郎の言う事ももっともである事も同時に理解した。
失礼します、と出ていこうとする俺を大五郎が呼び止める。
振り返った俺の見る先では、机の上に散乱していた書類を束ねて、突き出す大五郎がいた。
「授業をサボってここにいたのを見逃してやるから、これを焼却炉に捨ててこい」
そう言う大五郎から手渡される書類を緩慢な動きで受け取り、手元に寄せた時、俺は弾けるように顔を上げる。
「俺は良く大事な書類を混ぜて捨ててしまって、教頭に怒られるんだ。捨てる時に確認して大事そうな書類があれば、後で持ってこい」
煙草を片手に窓の外を眺める大五郎は、美味しそうに煙草を吸う。
俺は、なんて言ったらいいか分からず、肩を震わせてる俺をチラッと見る大五郎は笑みを浮かべる。
「無茶だけはするなよ、立石」
「それだけは約束しかねる!」
俺は笑みが大きくして、「ありがとう」と叫ぶと進路指導室を飛び出していく。
玄関に走り、靴を履き替えると言われた通りに渡された書類の一番上以外を焼却炉に放り込む。
手元に残ったミラが転校してきた時に提出されたと思われる書類であった。そこにはミラ達が住んでる住所から、どういう経緯で日本に来た等も書かれていた。
大五郎の男前な行動は嬉しいが、さすがに俺を信用したとしても渡した情報は不味くはないか?と苦笑する。そんな、適当さが大五郎らしくて笑みが浮かばずにはいられない。
そこに書かれている内容はエマだけに及ばず、兄のネイサンの事も書かれているのに気付き、目を通す。
良く分からないが学名や、大学名は考えるのを放棄するとして、意外な話だが、ネイサン側の希望で日本に来たのは間違いないが、フランス側、もっと言うと大学側としても放出したがっているような記述があった。
受け入れ先の日本に帰化して欲しいという記述があることからも分かる。
ネイサンは、フランスで何をやらかしたのであろうか?
俺は、ふと思う。もしかしたら、そこで女神の毒と出会い、力を暴走させたのかもしれないと。
科学者とは未知の力には採算度外視した考えを持つが、それを越える性質の悪さがあれば、理解できなくはない。
例えば、暴走する力を徐々に制御できるようなっていけば、猛威を振るうネイサンを管理できなくなったから放出したと考えれば……
そこまで考えた時、和也と一緒に屋上で話をした内容が引っ繰り返る可能性に行き着く。
ネイサンから漏れだしていた女神の毒だとしたら、先程の定義では余りにも少ない。
つまり、俺達はペテンにかけられたという事である。
俺は居ても経ってもいられなくなり、書類を握り締めるとエマの家を目指して走り出した。
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新しい煙草を咥えながら、焼却炉を見下ろしていた大五郎は必死の形相で走り出した徹を見つめて笑みを浮かべる。
「教師がやっちゃいけない事、それは、真剣にぶつかってくる生徒を信じられなくなる事だよな」
煙草に火を点け、ニヤつく大五郎は、「今の俺ってカッコ良くないか?」と肩を揺らして笑う。
「そうね、それと生徒のえこ贔屓もしちゃ駄目よね?」
ビクッと体を震わせて、突然、聞こえてきた声がする方を見る大五郎。
見た先には少女が4人居り、先頭に立つ少女は高飛車な態度で腰に両手をあてて胸を張っていた。
大五郎は、その少女を良く知っていた。何せ、副生徒会長だったからである。その隣でにこやかな笑顔からピクリとも動かない少女もまた生徒会の役員で、その笑顔から言い知れない怒気を感じる。
後ろの2人は良く知らないが、徹と同じクラスメイトとは分かる。
その少女2人が顔を見合わせて嘆息する。
「やっぱり隠し事をしてたの、徹の馬鹿」
「まったく、男の子は揃いも揃って同じ事をして馬鹿をするのですから、私達がしっかりしないと」
一度、火が点くと止まらないタイプのようで、大五郎を無視して徹の駄目だし合戦を始める。
放心気味の大五郎に女王のような余裕を漂わせる少女が問いかける。
「先生? 何やら、重要書類を手渡してたようですけど?」
大五郎は乾いた笑いを上げると口に咥えてた煙草を落としてしまう。
落とした煙草を拾う、にこやかな笑顔から動かない少女は、大五郎が持つコーヒーのカンに煙草を入れながら言ってくる。
「校内は、全面禁煙ですよ? 教頭先生に確認してみましょうか?」
その笑顔の圧力から仰け反った大五郎は、静かに両手を上げて全面降伏をしたのであった。
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