走り出す徹
和也と屋上で話をしてから2日経った朝、起きた俺は朝食を食べる為にダイニングにやってくる。
ダイニングにはいつもの面子がだいたい揃っており、2つだけ空席がある。
俺はいつもの席に座るとブラックコーヒーを飲みながら俺が座ると舌打ちする男の顔はそこになかった。
母さんを見ると眠れなかったのか、どことなく元気がなく溜息が多い。
やはり、まだアイツは帰ってきてないようである。
俺の右側の席に座るルナは、いつもなら、俺がやってくると喜んですぐに食事に取りかかるが、箸を持って食べる振りをしながらチラチラと俺を盗み見ているつもりらしい。余りに露骨な為、突っ込んだほうがいいのかというレベルだ。
おそらく、真理亜がだいぶ精神的にキテると思われ、家で荒れてる姿を見て俺からヒントになるかもしれない話を聞き出したいが、どう聞いたらいいか分からないのであろう。
俺が持ってる情報が和也の行方を捜す手掛かりなのは間違いないと俺のカンは言っている。
だからこそ、逆に話す訳にはいかない。
何があろうが、ルナをそこに近づける訳にはいかない。和也とて真理亜を近づける訳にはいかないと考えているのは俺にも痛いほど理解していた。
俺は無駄に動かず、和也の連絡待ちをするのが正しいのか、動くべきかで揺れていた。
母さんの隣に座るティティは俺を見て嘆息したのに俺が気付くが、気付かれた事を気にした風に見えない。
あの嘆息は見せる為のモノだと悟ると左の方を盗み見ると湯呑でお茶を飲む振りして俺を様子を見ている美紅の姿に気付き、背中に冷たいモノが伝う。
俺に残された時間はそう多くはないと悟る。
美紅は一度口にした事はそう簡単には曲げない。だから、きっと、私からは何も聞きません。話したくなったらいつでも話してくださいね?と言いつつ、拘束して……い、いかん、想像しただけで泣きそうになってしまった、俺のタイムリミットは目前のようである。
俺を見てる事に気付かれたと理解した美紅は慌てずに、湯呑を下ろすと口を開く。
「早く食べてくださいね、片付けをしてから学校に行きたいので、ルナさんもですよ?」
その抑揚のない声に怒りを感じた俺とルナは背筋を伸ばして返事すると急いで食べだすと「しっかり噛んで食べましょう」と言われて仲良く2人はしっかり噛みながら急いで食べた。
食事が済み、片付けが終わると徹達3人を見送ったティテレーネとテリアは、まだ出るまでに時間の余裕があった為、ティテレーネは紅茶をテリアはホットミルクを飲みながらテレビを見ていた。
ティテレーネは呑気にホットミルクに息を吹きかけながら飲むテリアを見て、疑問に思い問いかける。
「ねぇ、テリアちゃんは和也さんの行方が分からない事を不安に思わないの?」
そう言われて首を傾げるテリアを見て、本当に何を考えているのだろうと不思議に思う。
ティテレーネにとって、和也の事はただの同居人である。アローラに居る時はお互い名前だけを知ってるような間柄であったから、大丈夫かな?ぐらいは思うがそこまで積極的に動く気はないし、徹達が慌てる状況になれば勿論、全力を尽くすつもりはある。
だが、テリアはこの家では、徹の次に和也と接した時間が多い人物である。ティテレーネはテリアが冷たい子ではなく、徹ほどではないが相手を思う気持ちが強い子だと知っていた。
なのに、その割に何も気にしてないように見えて不思議に思っていたのである。
当のテリアは、ウーン、と唸りながら、マグカップの淵を指でなぞる。
「和也がいないのはちょっとは心配してるよっ? でも、和也って他人に心配され過ぎるの凄く嫌がるの、本当に面倒な性格してるのよっ。なんとかする手立てがあるなら心配するなり、助けるっ。でもね……」
柔らかい笑みを浮かべるテリアは、マグカップに口をつける事で話を中断する。
ティテレーネはテリアの袖を引っ張って続きを促す。
「和也ならなんとかするでしょ、って私は思ってるっ。何より、アイツはまだ走り出してない。まだ動くキッカケが足りてないんだと思う……アイツもなんだかんだ言っても和也の事認めているからねっ」
2人の事を良く理解しているテリアを見て、少し悔しく思い、拗ねるように唇を尖らせる。
「何だか、私よりテリアちゃんのほうが兄様の事を理解してるような気がして負けた気分になってしまいます」
その顔と言葉を聞いたテリアは噴き出すと成長の兆しがはっきりと分かりだした胸を張って答える。
「そりゃ、そうよっ。私は、あの2人に親愛の情は感じてるけど、恋して盲目になってるティちゃん達と一緒な訳ないよっ」
うししっ、と笑い声が聞こえそうな顔をして見てくるテリアにティテレーネは顔を真っ赤にしてしまい、本当に声を上げて笑われる。
拗ねたティテレーネは、カップを持って洗い場へと向かう。その背中にテリアが声をかける。
「だから、私達はっ、アイツが走り出す瞬間を目撃したら、その背中を追いかけるっ。それで、いいのよっ」
ドヤ顔するテリアが少し徹と被って見えて、更に悔しくなったティテレーネは、鼻を鳴らすとそのまま洗い場へと姿を消した。
出る時間が遅くなったので駆け込むようにして学校に着いた俺は、安堵の溜息を吐いて自分の席に着く。
ルナ達も席に着くと振り返って、俺の隣の席を見てルナが呟く。
「あれぇ? まだエマが来てないの」
言われてみれば、カバンもないし、辺りを見渡しても席を代えたという話でもないようだ。
俺達が来た時間がギリギリだから、居てもおかしくはないはずである。
俺は言い知れない不安に駆られているとチャイムが鳴り、先生が入ってきてHRが始まる。
連絡事項が済んだところで美紅が先生に質問する。
「先生、エマさんはお休みですか?」
「んっ? いや、連絡がまだだから遅刻かどうかも分からん」
そう美紅に答えると先生は教室から出ていってしまう。
俺は先程から感じている嫌な予感がどんどん強くなっていき、動くべきかと悩み始める。
悩んでいると俺を呼ぶ声に顔を上げると、教室の入り口で小さな体でピョンピョンと飛び上がり、存在をアピールするシンシヤさんの姿があった。
どうやら俺を呼んでるのは、シンシヤさんだと分かった俺は、教室の入り口にいるシンシヤさんの下へと向かう。
すると近寄った瞬間に袖を掴まれ、激しく揺さぶって切羽詰まった顔される。
「ねっ、ねっ、徹君。ロキ知らない?」
「轟がどうしたんですか?」
俺も詰め寄るようにして声が大きくなってしまった事に気付いて、慌ててトーンを落とす。
シンシヤさんに事情を問うと、2日前の夕方に一緒に夕食を取った以降、轟の行方が分からなくなってるそうである。
その情報を聞いた俺は、驚き過ぎて顔に出そうになったのを必死に押し留める。
あの2人が同時期に姿を消して、連絡が取れないとなると考えられる事は1つと言ってもいい。
思わず、知らないと答えそうになった俺だったが、目の前で泣きそうな顔をしているシンシヤさんにそう言ったら、ひたすら捜し続けて、運良くか悪くかで轟に行き当たったら目も当てられない。
その可能性に気付いてながら何もしなかったと知った轟を想像するのも嫌であるので、俺は嘘を吐く事にした。
「ああ、もしかして、あれかな? 2日前に俺が轟と一緒に学校抜けだしてお昼にカレー食べに行ったじゃないですか?」
「あっ、あの時、ロキと一緒してたの徹君なの? ロキったら何も言わずに行ったから私はお昼を食べ損ねたのよ!」
俺は、「すいません」と苦笑しながら話を続ける。
「その時、アイツがタイの刺身を食いたいと言って釣りに行くって言ってましたから、釣りに行ったはいいけど釣れないから意地になってるんじゃないですかね?」
「もしかして、波に攫われて……」
心配そうにするシンシヤさんに苦笑しながら否定する。
「ないですね。アイツは津波に襲われても、「海水飲んじまったぁ」って言って普通に帰ってきますよ」
「もうっ、徹君! ロキも人間なのよっ!」
そう怒りつつも少し安心したようで表情が緩むシンシヤさんを見て俺も安心する。
ホッと胸を撫で下ろしていると1限目の先生が入ってくるのを見たシンシヤさんは、俺に感謝を告げる。
「徹君、有難う。もうちょっと様子見てみるね」
「はい、そうしてみてください」
そう言って、シンシヤさんを見送ると先生が、「立石、そろそろ始めるから座れ」と言われるが俺は股間を両手で押さえて、ピョンピョンと跳ねて切羽詰まった声で言う。
「その前にトイレに行かせてっ!」
「まったく始まる前に済ませておけよ」
そう言って手を振って、「行けっ!」と言う先生に頭を下げると俺は廊下を駆ける。
そして、トイレの前を通り過ぎて階段を昇り、進路指導室と書かれた部屋の扉をノックもせずに開ける。
開けた先では、またもや隠れて煙草を吸っていた大五郎が慌てて隠すが入ってきたのが俺と分かり、安堵の溜息を吐くと煙草を咥える。
「なんだ、立石か。ノックぐらいせんか。教頭かと思って血の気が下がっただろうが」
苦情を言う大五郎を無視して詰め寄る。
「エマの住所を教えてくれっ!」
俺の剣幕に飲まれた大五郎が、ハァ?と呟く。
大五郎の両腕を掴み、俺はジッと睨むように見つめた。




