同じ過ち
早朝の雀の鳴き声を聞きながら、布団に齧りついていた。
「ね、眠れんかった……」
現在の時刻7時25分。
時間に正確な美紅はとっくに俺の家に着いていて、漂う味噌汁の香りがするところ、母さんと一緒に朝食を作っているであろう。小学生高学年から続いている朝の恒例である。しかも、ルナも一緒にここで食事をしてから学校に向かうのである。下からは元気だけはいいルナの「おはようなのっ!」という声にテリアが応えて、パンッという音がするのはハイタッチをしていると思われる。
そして、下から母さんに怒鳴られるまで5分とかからない時間を確認して溜息を零す。
昨日の和也の言葉を聞いて、ない頭を使ってアレコレと考えていたら寝過してしまっていた。
ほんの10分前までは、寝ようとしても眠る事ができなかったのに、不思議なモノで後5分と思うと凄まじい眠気が襲ってきて、その誘惑に抵抗もできずに眠りに就こうとする。
「徹っ! いい加減に起きなさいっ!」
俺はムクりと起き上がり、タイムリミットが来た事を悟り、泣く泣く布団から出てパジャマを脱ぎ始める。
上着を脱いで、ズボンを脱ぐと悶々としてたせいか寝汗をかいていたようで、トランクスも変えようと手にかけると目の前に替えのトランクスが出される。
「ありがとう」
「いえいえ、お気にされずに、兄様」
有難く受け取ると何かがおかしいと気付いた俺は慌てて隣を見るとオッドアイの少女が二コリと笑い、俺を見ていた。
「ささっ、早くお着替えになられてください」
「ちょっちょ、ティティ? ここで何してるの」
俺は降ろそうとしてたトランクスを押さえて後ずさりする。
カメラを持ったティティがにじり寄るようにしてやってくる。
「単純な話、成長の記録を撮っているだけですよ? 今年はまだだったんで」
「それって男がよくやるパターンだよな? いや、ちょっと待て、今年は、って言ったか?」
ささっ、と目を反らしたティティは、手をパンと叩くと笑顔で話し出す。
「お母様のお手伝いをしてこないといけません。それでは、また会いましょう兄様」
「ちょっと待てぇ! ちゃんと説明していけ!!」
俺の腕から流れるように避けてティティは部屋から脱出して階段を下りるトントンという軽い音を響かせる。
俺は盛大な溜息を吐くと一応辺りを確認をしてから着替えを再開した。
着替えが終わり、下に降りてくるとルナが膨れ面して出迎える。
「お腹が減ったなの。どうして、徹はいつもお寝坊さんなのっ!」
「お前も似たようなもんだろう。いつも美紅に起こされてから20分ぐらいボケーとしてるのは分かってる」
噛みつかれたから噛みつき返し、「そんなに腹が減ってるなら先に食ってろよ」と言うと「みんな一緒が一番美味しいの!」と予想通りの返事が返ってくる。
そんな俺達に手をパンパンと叩き、母さんが言う。
「じゃれてないで、早くご飯食べてしまってね。片付かないでしょ?」
そう言われて、仕方がなく中断すると「いただきます」をして食べ始める。
ルナが箸を咥えながら辺りをキョロキョロするのを美紅が、箸を咥えている事を注意をし、俺はルナに醤油を渡してやる。
「ありがとうなの、徹」
ルナは味付けのりに醤油に浸して食べるのが好きなので、食べ始めにいつも醤油を捜すのがいつもの食卓風景である。
そして、俺が一通りのモノに手を着けると美紅が問いかける。
「トオル君、今日のはどうですか?」
「ああ、味噌汁は申し分はないな、卵は俺は甘みより塩味が勝ってるほうが好みだ」
そう答えると美紅がメモを取る。
メモを取る美紅を見つめる母さんは呆れるように溜息を吐く。
「徹、アンタ、よく私の作ったモノと美紅ちゃんが作ったモノの間違わないわよね」
今日の献立は豆腐の味噌汁に卵焼き、ホウレンソウのお浸し、納豆である。
俺には分かる、今日は母さんがご飯を炊き、ホウレンソウのお浸しを作っている事を。
勿論、毎回の担当が同じという訳ではない。
少なくとも母さんが見てる前で俺は一度たりとも間違えた事がない事を呆れているが、そんなものは当然である。
俺はアローラに居る頃に何度となく、「どうですか、トオル君」と言われて、どれが自分が作ったか言わない罠を仕掛けられて乗り越えてきたか……
今じゃ、口にしなくてもどれが美紅が作ったモノか見抜ける自信すらある。
もう間違って、あんな目に合わされるのはゴメンであった。
呆れた母さんが眠そうに食べる俺を見て、思い出したかのようにして口を開く。
「そう言えば、昨日は遅い時間までゴソゴソしてたけど何をしてたの?」
「いや、なんか寝付けなくて……」
「もしかして、アンタっ、もう自分のコレクションが無くなった事に気付いたの?」
俺はテリアの言葉にへっ?と声を上げて見つめると、「あちゃ、まだ気付いてなかったのか」と舌を出して照れ笑いをしてくる。
「どういう事だ?」
「どういう事って、ねぇ、ティちゃん」
「たいした事ではありませんよ。兄様が隠し持っている秘蔵本を撤去しただけです。少し前に撲滅したばかりだったのに、この短期間でよくこれだけ集められましたね」
俺は震える手を握り締める。
まだだ、まだ、終わった訳ではない。俺が1週間、悩みに悩んで作った隠し場所の一番のお気に入りは無事なはずである。
「そうそう、兄様の机の2重底にあった、ちょっとエッチさが売りの少年誌のコミックは見逃してあげました」
そう聞いた瞬間、俺は心でガッツポーズを作る。
ティティを欺けたと俺の頭脳の勝利を祝った。
「ですが、その更に下の3重底にあった。『冬美、高校卒業します。これが私の卒業証書、B95、大人になります』は回収させて頂きました」
「じ―――ざっす!!」
俺は立ち上がり頭を抱える。
猫がネズミをいたぶるような顔をするティティにルナと美紅は、閲覧を希望を申請するが、「どうしましょうか?」と勿体ぶっている。
「お願いだから冬美さんだけでも返してっ!」
縋りつく俺を見ていた母さんが溜息を吐くとティティに指を立てながら、言い含めるように眉を寄せる。
「ティちゃん、徹も男の子なんだから、もうちょっと気を使って上げましょう」
そう言われたティティを始め、他の3人もシュンとする。
俺はまさか母さんが味方に着くと思っていなかったので感動で震える。
「か、母さん……」
ワナワナする俺に二コリと微笑む女神な母さん。
「そういう時は、徹の机の上を徹底的に綺麗にして、磨き上げた後、一分の隙もないほどに整頓した本を積んで置いておくのが正しい作法よ? それを見た青少年の心のダメージは計り知れないわ。だって、読了済みって嫌でも分かるから」
母さんの言葉で息を吹き返す4人と心が死んでいく俺。
「お義母様、勉強になります」
カリカリとメモ帳にペンを走らせる美紅と、ウンウンと頷くルナとテリア。ティティは自分の詰めの甘さを指摘されて悔しそうにしている。
「この家には俺の味方はいないのかぁ!」
俺はこの家にいない親父を思う。そんな思いに反応したかのように俺の目の前に親父の幻影が現れれる。(注:生きています)
親父に助けを求めるように見つめると「諦めろ」と人生の先輩の苦味全開のお言葉を貰って俺は号泣した。
1日の授業も終わり、俺はエマを含めたいつものメンバーで帰路へと着いていた。
昨日、和也に言われて1日なるべくエマを意識して見ていたが、3人にエッチな方向で勘違いされると事故はあったが、特に加護の毒の気配は感じなかった。
まあ、和也も可能性を示唆しただけだし、妹のエマには関係はないのかもしれない。
少し逸れた話だが、和也の姿をあの放課後以降、見ていなかったりする。夕食はよくミラさんのところで頂いてくる事が多い為、俺も母さんには確認を取ってなかった。
だが、今日のお昼休みにルナの姉、真理亜がミラさんを引き連れて、俺に会いに来た。
「愚弟、カズ知らない?」
「それが人に物を聞く態度か?」
俺が不機嫌な顔をするが後ろでミラさんが手を合わせて謝ってくるので俺は溜息一つで流す。
真理亜には和也の事だけでなく、ルナの事も含めて俺が目の上のタンコブらしい。
その目の上のタンコブにわざわざ会いに来るという事は、真理亜達には和也の行方に心当たりがないようである。
「さあ? 俺もいつもみたいにミラさんのところに世話になってるのかと思って気にしてなかったから知らないな……ん?」
そう話していると、ふと、昨日の放課後の和也との話を思い出して言葉を止めてしまう。
それを見逃さなかった真理亜は俺の胸倉を掴んでくる。
「何か、心当たりがあるのね、話しなさい。カズは必ず、私かミラに一言、残してからどこかに行くわ」
「トールさん、確か、昨日の放課後、和也と会ってましたよね?」
ミラさんが核心を突いてくるが俺は一切表情に出さずに、心を殺して冷たい言葉を吐く。
「真理亜、アンタの担当は俺じゃない。都合のいい時だけ、俺に頼ってくるな。聞きたいなら和也に聞け。話していいかどうかは和也が決めるだろう」
この場にいないから聞きに来てると分かっているが、和也との約束でもある俺達だけの秘密と言う言葉を守るつもりだ。何せ、逆の立場で和也がルナに話していたら殴るだけでは済まさなかったと自分自身がそう思うからである。
真理亜はバツ悪そうでもあり、悔しげにも見える顔で胸倉を掴んでいた手を離し、踵を返して俺達の教室から出ていく。
それを見送るように残ったミラさんが俺に問う。
「トールさん、どうしても話してくれませんか? それは、和也の行方が分からない事と関係ないと言えますか?」
「すいません、ミラさん。これはアイツとの約束でもあるんで話せません。何の確証もありませんが、いなくなってる理由と関係ないとは言えない、としか言えません」
ミラさんは、「そう……」と悲しそうに言うと出ていった真理亜を追いかけて出ていった。
と昼休みの事を思い出していると3人に見つめられていた。
「ど、どうしたんだ?」
3人に見つめられていた思わずドモってしまう俺。
「珍しく徹が難しい顔してたの」
「何を悩んでるのですか?」
ルナとエマが少し心配そうに言ってくるが、それを見ていた美紅が溜息混じりに言ってくる。
「トオル君、今日のお昼の事を考えてたんじゃないですか? トオル君らしくない発言でしたしね」
美紅の言葉を聞いて、ルナが「そうなの?」と聞いてくるが俺は苦笑いするだけで沈黙を守った。
「私は、トオル君に何があったかは聞きません。ですが、覚えておいてください。もう私は、前と同じ思いをするのはもう嫌ですよ? だから、ギリギリになる前に自分から話してくださいね……」
美紅の真紅の瞳に見つめられて、俺は思わず、目を反らして頷く事しかできなかった。
美紅の言っている事はスーベラの時の話を言っている事は俺にも分かっている。俺はまた同じ失敗をしようとしてるのかもしれないと思うが、それでも、ルナと美紅を危険な事に巻き込みたくない。
悔しいがこの1点に置いては俺は和也と同じ考えだ。
「そういえば、トオルのお兄さんも今日、学校お休みでしたが、私の兄も今日は休むと言ってどこかに行ってしまったんですよ」
エマが昼休みの事を思い出しながら、重くなりそうな空気を変える為に思い出した事を口にするが、それを聞いた俺は凄まじく嫌な予感に襲われる。
俺はまた選択を間違ってしまったのかと我知らず歯を噛み締めていた。
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