苦悩するエマ
徹が大五郎と熱い時間を過ごしている頃、次の授業も始まっていて入り辛くなっており、そのまま中庭の通路から影になるところへ、ルナ、美紅とエマは連れだってやってきていた。
「大丈夫? エマ、頬が赤く腫れてるの」
そう言って、コワレモノに触れるように頬に手を添えるルナの手から淡い光が漏れるのを美紅は気付いて、目で止める。
ルナはどうやら、新陳代謝を早めるのと痛みを抑えるだけの処置をする事で誤魔化すつもりだったが光まで誤魔化せないと止められた事に気付く。
だが、エマは錯覚だったのかと思ったようで気にした様子はない。
「デュボワの姓から兄妹と判断していいのでしょうか?」
ベンチに腰を落ち着けたエマを見つめ、美紅は前振りもせずに切り込む形でエマに問いかける。
金というより黄色に感じる瞳を美紅に向けるエマの瞳に力はなく、抵抗もせずに、教室で質問攻めにあってた時のように、ウィ、と答える。
「先程の様子からすると貴方の兄、ネイサンは和也さんに負けた事がどうしても納得できないようですね。まさか、というほど不思議に思わなくなってきてますが、再戦するだけの為に引っ越しをされてきたのですか?」
美紅の言葉に頷くエマ。
そんなエマを見て、ルナが問いかける。
「負けたのは悔しいとは思うのだけど、そこまでするものなの?」
ルナの言葉を受けて、思い出すように視線を空に向けるエマは話始める。
「兄さんは確かにプライドの高くて扱い辛い人でした。でも、和也に負けた事は悔しがりましたが、ロボット工学で負けた訳ではなかったのでそこまで気にした風ではなかったのです。でも、最後に表彰式の後で握手を交わす時の和也の目が納得できなかったようです」
「和也が相手を怒らせるような目をするとは思えないの」
付け足すように、「相手が徹以外での話なの」と加えるのを美紅が笑いを堪えて聞く。
「兄さんが言うには、馬鹿にするような目ではなかったようです。ただ、自分を見てるのに見てない目。対戦者だった自分ではない誰かを見ているようだった、と言って怒ってました」
思い出すように語るエマ。
「兄さんは、怒り狂い、そして……この国にやってきました」
美紅は、エマが何かを伏せた事に気付いたが、エマの瞳を見て、今、聞いても答えてはくれないと判断して黙る事を選択した。
ルナと美紅は顔を見合わせると溜息を吐く。
「どうして、徹の隣に座った時に、「世界一の兄を持つ、弟さん」と言ったの?」
矛先を変えるつもりでルナは聞いたが、余計に深みに嵌る。
「時折、テレビや雑誌で写される彼を見て、和也の存在を重く感じるか、私のようになんらかの苦しみを感じていると共感できるかと思っていたら……」
今朝、出会った徹を思い出すように目を細める。
「とても呑気な顔をして、無意識だとは思うのですが、私の外側ではなく内側で不安に思う私に笑いかけるような笑みを浮かべたのです。それにホッとする自分が悔しくて、私よりもっとプレッシャーを感じてるはずの彼に労わられたと感じて、皮肉を言ってしまいました」
そういう事に心当たりがある2人は苦笑を浮かべる。徹は無意識にそういう事をする少年である事を2人は体験とそれを見続けていた。
「トオル君は、おそらく、まったく和也さんが世界一になった事をなんとも思ってないと思います。ただ、女の子にキャーキャー言われているのが羨ましいだけですね」
えっ?という顔をしたエマの素顔と思われる表情が表れる。無表情という仮面を思わず付け忘れるほど、美紅の言葉は意外だったようである。
「そうなの、さっきもネイサンの攻撃をステップを踏んで避ける和也に黄色い声援が飛ぶのを見て、上靴を握り締めて、和也に投げようとしてたの」
ルナが呆れるようで、とても嬉しそうに徹を語るのを見つめる。
徹という少年がどんどん分からなくなってきているエマは困惑する。
「あの人は何なんですか? 世界一の兄を重く感じず、呑気なただの馬鹿ですか?」
言ってる自分でも、それは違うと深い所で叫んでいたが、それを押し殺す。
そんなエマを見つめ、息が合わせてるかのようにルナと美紅は視線を交わすと苦笑する。
「徹は馬鹿だけど、世界の重みを良く理解してるの。きっと誰よりも」
「つまり、世界で一番の重みより、世界と言う重みを知るトオル君からすれば、それをプレッシャーに感じる理由にはならないということです」
2人の物言いを理解できないエマであったが、単純に日本語がまだ理解しきれてないだけが理由じゃないとは感じて見つめる。
意を決して、その理由を問おうとすると、授業の終了を知らせるチャイムが鳴り響く。
そのチャイムの音を聞きながら時計を見上げる美紅が笑みを浮かべて、エマを見つめてくる。
「授業も終わりましたし、教室に戻りましょうか」
そう言うとルナと美紅が校舎へと歩いていく。
それを追いかけるようにエマも着いていくが、聞こうとした事を今、問いかけても答えて貰えなさそうと感じ、2人の背中を見つめる。
ネイサンに叩かれて倒れるエマとの間に入り、仲裁をしようとした少年。あの2人に連行されそうになりながら、泣き叫ぶ少年。出会った時に心を揺さぶる笑みを浮かべた少年が同一人物とは思えないほど入り乱れ、エマの心を掻き乱す。
思わず、親指を噛んでしまうが、その表情は酷く穏やかな笑みを浮かべていた。
そして、エマの小さな胸の奥で、『トオル』という名前が深く刻まれた瞬間であった。
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