第一話 死の覚悟
けたたましく鳴く蝉の声がよりいっそうこの夏の暑さを感じさせる。俺は少しバテ気味になりながらも高校と暇さえあればバイト三昧な日々を繰り返していた。
俺は臥龍律花。桜雲高校2年生だ。
訳あって常に人に狙われている。その訳とはIQ200以上、破壊属性の魔術者であるからである。
現在、バイト帰り。近所の本屋で裏方の仕事をしているのだが本の発送ミスがあったせいで残業が入った。…自分から望んでやったことだがやはり疲れる。
「…はぁ……」
ため息をつきながら家に向かう。疲れからか警戒心が低下し狙われていることをすっかり忘れていた。
突如、背後から羽交い締めにされる。
「お前、臥龍律花だな?残念ながらお前の意思は尊重されない。殺されたく無ければ大人しくついてくるんだな」
耳元で声がした。気付けば後頭部に銃を突き付けられていた。
「…生憎あんたらに使ってあげる頭は持ち合わせていない。殺したいなら殺せばいい。そちらが不利になることは分かっている。俺が死ねば元も子もないことなんて誰が見ても一目瞭然だろう。見え透いた嘘を付く前にやることがあるのではないか?」
相手が打つ気が無い事が手にすくうように分かったから言葉だけで反撃してやった。
「…はっ…流石だわ。お前、ますます欲しくなった」
鼻で笑ったあと、ニコリと笑って見せた。どうやら相手は超が付くドMのようだ。
「…ついてくつもりは毛頭無い」
「言ってくれるねぇ。これでもまだ平然としてられる?」
つまらなそうに顔を背けると相手は懐から何かを取り出した。シャンと金属が擦れる音が響く。
「…術式…」
暗い夜空に目立つ月が月光を降り注ぎ相手の持つ銀に反射して輝いた。
金属の根元に彫られた模様が目に入った。
俺は羽交い締めから逃れようと足掻くが力が人のものとは思えないほど強くビクともしない。それどころかさらに締めやがった。
「おっと。逃げ出そうとすんじゃねぇよ」
相手はそれを躊躇いなく俺に振りかざした。
「…ーっ!!」
足に皮膚が切り裂かれるような痛みを感じた。足元に目を落とす。そこには刃物で切り裂かれたような傷が出来ていた。傷は思ったよりも深いらしい。傷口から血が流れ、地面を濡らした。
相手の手にする物をみる。
……ー刀が握られていた。
胸の鼓動が早まる。体が身の危険を察知した。
「…どうだ?まだ反抗するか?」
相手は、クククと喉の奥であざ笑う。しかし、足を切ったことで安心してしまったのか、俺がもう反抗することは無いと余裕ぶっているのか羽交い締めにする相手の腕は緩くなった。
まだ切られていない方の足で思い切り地を蹴る。油断しきった相手の腕から抜け出した。瞬時に背後に回り込み、背中に肘を叩き付ける。
「…ガッ!?」
相手は倒れ込む。打ち所が悪かったらしい。呼吸ができない様子である。…自業自得だ。
この隙に家に帰ろうと歩みだす。
「…ったく…役に立たねぇなぁ!?この糞がァ!!」
明らかにヤバイ感じの男が影の中から現れた。男はさっきの倒れてる奴を乱暴に蹴飛ばした。
「…すんません…」
力無く謝る姿は可哀想を通りこして、もはや滑稽だった。
男は部下であろう者を無視し、俺を睨む。
「やってくれんじゃねぇか。化物さんよぉ」
差別用語を強調した言い方をされた。俺を逆上させようという気なのか。…今更そんなことで取り乱したりしないが。
男は部下の近くに転がってる刀を手に取る。
「お前、もういいわ。…死ね」
刀を構えると殺気に溢れる目で睨みつけた。俺は身体が動かなくなる。
刹那、目が追いつかないようなスピードで刀を構えたまま突進してくる。
…ーーー殺サレル…
死を覚悟し目を閉じた。
「なにそれ?要らなくなったからって殺すの?…へぇ…俺はあんたが死ぬべきだと思うよ。さよなら」
急に何者かの声が聞こえた。刹那、何発か銃声が響いた。
辺りを見回すとさっきの2人は倒れていた。全く動く素振りを見せない。…銃殺されていた。