それぞれの生き抜き方 ―Good Time―
第弐幕 第壱場『それぞれの生き抜き方 ―Good Time―』
時は何時か。場所は何処か。役者は二つ、小道具は一つ。人間、ナニか、愚者の石。誰も見ぬ舞台で独白する。
「おはよう、『我が麗しの貴婦人(My Fair Lady)』。天使の卵。象牙の子よ。今まで生み出したのは全部で38。そしてお前で39。先に生まれた兄姉も存分に育っている事だろう。拍手は幾らか。野次は幾らか。精々莫迦に踊ろうではないか。何、既に舞台は道化ばかり。今さら指を刺されても構うかよ」
男はそう笑った。それは楽しむようでもあり、己を嘲り皮肉るようでもあった。
誰かが得している時は、別の誰かが損している。自分のやりたい事を勝手にやってる時は、別の誰かが割を食ってる。俺はそういう事を知っている。そして俺はまさに今、得する側に確かに居るのだ!
「Huh! 最高だ! 最高な気分だ! コッチだけ強キャラ出して勝ち逃げだもんな! 俺は何もしなくていい。全部、あの人形がやってくれる!」
俺は得意な声で笑った。場所は宝石店だ。色とりどりの光で気取った鉱石が無駄硬えクソ防壁に守られてる。そしてその強化防壁自体を護るクソ警備員もいる。それらクソは宝石店だからか鉱物類が多い。RPGの敵キャラに出て来そうな如何にもなデカブツがいれば、眼や髪まで鉱石になった元人間もいる。しかしここは中ランクだ。何故ならその警備員の中に、美しさとそれに見合うもう一つの何かを持つ者だけがなれるとされる宝石族が一個もない。アレはゴツゴツした武骨な巨体とは次元が違う(まあ宝石の厳密な定義はねえし、硝子族や石英族といった類が綺麗という阿保もいるが、価値がないなら俺は要らん)。
そんな宝石店で俺は愉快な声で笑っていた。これが笑わずにいられるか? 今まで難しいと思っていた事がやってみると予想以上に楽に行きすぎて最高な気分だし、頑張って自分を邪魔しようとする者たちが呆気なくやられていくのが痛快な気分なのだから。
俺は宝石を強奪していた。にもかかわらず俺はまるで何もしていないでいい。しているのはあのガキだ。人形だ。その影から濁った触手が生えていた。ソレは硬質な刃のように強化防壁を容易く砕き、中の宝石を網のように丸ごと飲み込み、警備員、客、店員らを縄のように捉えていた。最高だ。愉快だ。その表情は灰泥を浴びてよく解らない。
「この、クソガキがあああああっ!」
鉱人がその巨大で武骨な腕を人形に向けて振るった。重い。耐えられない。ただの人間には防げない。硬質な盾を持つ背甲族や、物質的な身体を持たない霊類以外には。もしも耐えられたとしても、内臓がゴミ袋を割るように飛び散る。
「だがその人形は、人ではないらしい」
鉱人の拳が人形を捉えた。泥人形を壊す様に人形の上半身が文字通り吹き飛び、Splat!、と車にしかれた蛙よろしく上半身は壁に張り付く。呆気ない。これで終わるならば。だが終わらないのであり、故に俺は笑みを絶やさず、体温のない鉱人は青ざめる。
上半身の無くなった下半身からぐちゅぐちゅと芋蟲が生えてきた。いや蟲ではない。灰泥だ。それが沼のように泡をたてながら盛り上がる。それが終わるのはそう長くねえ。五秒もない。枝が絡み合う様に灰泥が伸び、やがて元の人の形を成した。
「ば、化け物……!」
「手前がそれを言うかよ、石コロが」鉱人の叫びに、俺は愉快そうに笑った。本当に愉快だった。それこそ降って湧いた贈り物だった。「じゃ、早いとこお暇しましょうかね。おいガキ、命令だ……その石コロ、喰っちまえ」
鉱人が悲鳴を上げたかもしれない。だが無駄だ。ソイツは音すらも喰っちまうから。
《This is the Galaktia Fervojo bound for planetform. Please change here for Southern Cross. A green ticket is required for beyond Empyrean. Thank you.》
どこかで、ふしぎな声が、銀河ステーション、銀河ステーションと云う。気がついてみると、ごとごとごとごと、小さな黄いろの電灯の並んだ、軽便鉄道の、小さな列車が走って来る。黒い列車。黒曜石のような。あるいは夜。昼だけれども。何処か懐かしさを感じるソレは、だんだんゆるやかになって、間もなくプラットフォームにとまった。深く息をするように、しゅー、と、白い煙が出て、雪のようにフォームを染める。どうやら、アルコールでも、電気でもないようだ。その扉から出てくる者はいない。いるのは乗る者だけ。生ゴムの長靴をはき、狐や犬の毛皮を着て、そらにちりのやうに小鳥がとぶした、せはしく地面をすべる、かげらふや青い文字や、二匹の猫とともに、扉の中に消えてゆく。
それは彼も同じ事。少女の様に見える彼は、光が結晶化した様な幾つもの透虹晶の蝶を周りに従え、手を列車の壁にかけ、脚を床に乗せ、扉の奥へと入って行く。彼の髪や足元に、影はない。彼は影を持たなかった。星のような者だった。まさに夢や、幸福や、金星の女神の両腕がそうである様に、見られる相手の姿ではなく見る己の思想により無限に美しくなる様な、そんな願望や奇跡が具現化した、絵に描いた様な存在だった。
「あーっ、待って待って!」そんな彼は、そんな声を聴いた。聴き慣れた声。彼は振り向き、回される象牙の首にそって長い日の髪が揺れる。空色の瞳が、己に掛けたのであろう声を見る。声の主は、丹い眼と靴を履いてない裸足を持ち、漆の肌に流るる月の後髪を一尾にし、前髪を頭帯の上に垂らす者。少女の様に見える夜色の身体には、抽象絵画のようなエスニックなボディペイントが描かれ、鱗の様に、岩山の様に、森の様に、珊瑚の様に、そして星空の様に、不規則に点々と、大・色・形、様々な鉱物が生えていた。「良かった、間に合った。頼み事があるんだ。ねえ、手伝ってよ。お礼はするから」
「内容も言わず先にお礼を言う者は信用できないなあ」
「探し物! ん、『者』かな? 兎に角、一緒に探してほしいんだ。ねえ、お願いだよ」
「けど、もう行かなきゃ」
「何処へ行くの?」
「天の川方面まで。魔術店の商品を仕入れに、牛乳を取ってくるの。そのついでに金星糖や、月剛石も。宇宙マーケットに、『買い出し紀行』と洒落込むのだ。何か面白い物を見つけたら、貴女の工房にも送ってあげるわ」
「それは嬉しいけど、そんなら大砲の方が早いよ。あるいはエレベーターか、黄色いヘビ。ああ、でもまだ行かないで。ねえ、ダメかなあ?」
「うーん……」彼は腕を組んで考えた。でも、本当は既に答えは出ている。でも、すぐに出して便利な女と思われると困るので、難しそうな顔をする。やがて少して、ちらと眼を開けると、心配そうに自分を見ている相手の顔が眼に映るだろう。そうしたら自分はふと顔をほころばせ、相手に向かってこう言うのだ。「わかったわ。一緒しましょう?」
「ありがとう!」
だから今日も二者は何かをする。二つ連なる真珠星のように。
にこやか元気に笑う少年はウェンリー。ウェンリット・マギナ・ドルフ。銀月の髪に火の瞳、尖った耳と漆の肌、小柄な身体に土の空気、俗に銀地族と呼ばれる種族である。対して美しく可憐に咲う少年はリィラ。エヴァルトフォン・アルトリア・リィラ・オーべニア・レーオクストウィールド・アルフ・マリステラ・エヴァルトフォン。金日の髪に空の瞳、尖った耳と白の肌、素晴らしい身体と光の空気、俗に白星族と呼ばれる種族であった。
《「無駄だ。これは俺の天多ある能力の一つ『無限回廊』。この結界内では一秒が一分、一分が一時間、一時間が一日となる。天球は目狂しく回転し、空に輝く星々の軌跡が無数の同心円を描く。空気は水の様に重くなり、肉と骨と魂は瞬きの間に数日分もの疲労を背負う。やがて陽光の白と陰闇の黒が混じり合い、全ては灰色の光に染まっていく。この時の法に抗えるのは時の概念を持たぬ者のみ。否、例え貴様が抗えれども、貴様の友や仲間は骨と化す。闘いが終わった後に残るのは、虚無、ただそれのみ。時は早く過ぎる。光る星は消える。無限の時こそ我が領土。お前という役者が消えぬなら、舞台方を消し去ろう。この世界が滅ぶ終演時空まで――吹き飛べ」「何、この技は……ッ!? させるかッ!(ズババシューン! こぅーん) ……ッ、僕の技が効かない!? 何だ、この『ドラえもん のび太と銀河超特急』における時空封鎖されたどこでもドアのような感触は!」「無駄だ。コイツは俺の天多ある能力の一つ『夢想世界ブラジル(ナイトメアアナボリズム)』。この俺に同じ技は二度も通じぬ。今やこれは常識!!」「ま、まさかこの僕がこんな雑魚に……序列7番の偉大なる侯爵が、こんな100番の無名にやられるのか!?」「覚えて置け。戦隊戦士の心得とは、褒められもせず月の影と成る事だ」「ち、ちくしょーっ!」「二度と‥‥姿を成すんじゃない!! チャーシューメーン!!」》
ぬわー。そんな電子音を鳴らすアニメを映すTVの横、ある少年がこう言った。
「その魔法陣、円だっけ、それ意味あるの?」ベンチに座る少年は、素足をプラプラしてそう尋ねた。イエラ型銀地族はあまり靴や靴下を履かない。彼等の脚は植物における根と同じ様なモノであり、地面に直接触れている方が良いのだ。ソレに何より心地良い。地面を歩いて脚に直接伝わる感覚は天然のツボ押しである。靴を履かない姿は活発な感じを印象させる。或いは移動民族や、アラビアン? と同時に、何処となく哀しい感じがする。これは貧困層への偏見だろうか?「『人生楽ありゃ苦もあるさ』?」
「それは魔方陣。いずれにせよ曖昧な質問ね。十字架教と言っても宗派により設定が変わる様に、物理学と言っても学派により設定を変える様に、何事も物事の意味は世界の見方によって変わるわ。
例えば魔法陣の場合、現実と別の世界とを繋ぐ『門』だったり、世界で最も邪悪な変人なんかは『魔法円とは魔術師の工房であり、神殿であり、外界から護るものである』と言っている。今時の考えは、陣の内部を自然科学よろしく『孤立系(isolated system)』によって作られる小宇宙、円環世界、完結世界とみなし、まるでプログラミングでゲーム世界を構築する様に世界を変える起点、とされる。まあいずれにせよ、それはこの世界での考え方だけどね。
けど往々にして、こういうのは行う事自体が重要なのよ。意味があると信じる事が大切なの。例えば、よくあるファンタジー物語によくある魔法の呪文というのはそれ自体に意味は無い。何故ならそも言葉自体がナンセンス……『座られる四足の背もたれのある木材道具』を『椅子』と名付けたからソレが椅子の設定を持ったワケでない様に、言葉とは、その所属する社会で何年も同じ事が行われて出来た結果に過ぎぬのだから。そういう繰り返しが何時しか常識となり〈法〉となるのよ」
「ソシュールだね。『物』が先か、『名前』が先か。まあ、『悪魔』を意味する『デーモン』も元々は『善悪関係なく人間と神の中間に位置する下位の超自然的な存在』を指す『ダイモーン』に由来するらしいからねえ。そう考えれば、呪文もまた一過性か。神様は『光あれ』で光を出すけどね」
「それだって翻訳された言葉の一つに過ぎない。世界言語が無いのなら、魔法の呪文もまたありえないわ。むしろこういうのは一流選手が行う験担ぎ(ルーティン)とか精神一到に近いと思う。勿論、宗教がそうであるように術派により呪文の扱い方も色々だから、先に言った通り世界を漂う妖精霊に対する命令みたいに使う者もいるけどね。いや、この場合、『霊』ならぬ『0と1』かな? 私の呪文もとい詩も、プログラミング言語に近いのかも。言うなれば私の詩は、地を山に、海を波に、空を風に、光を虹に、人の無表情を喜怒哀楽にするように、星を感動させて基底状態を励起状態にするようなものだから」
「んー? 私はリィラの〈詩〉はヤパーナの言霊とか、それか心という異界を物質化現象しているタイプの術だと思うんだけどなあ。それか量子論よろしく次元を揺らす事によって天多ある可能性の一つを引っ張って来る的な。違うのかな?」
「後者の方は何言ってるのかよく解んないけど、前者の方も、どうなんだろ、私はあまり自分を研究した事がないし、詩は自然に出来る日常行動だからなあ。本人がコウだと言っても、他がアレといったらアレなのかもしれないし」
「まあ、白星族は存在自体が謎だからね。私もよく解んないよ。けど、じゃあ、漫画によくある『魔法陣から対象を召喚する』描写もアリという事か」
「そもそも魔法陣を工房と見なすのは飽くまでも『世界で最も邪悪な男』系列だけどねー」
「悪魔だけに! ぷぷっ(笑)」
「はいはい(苦咲)」
「その点、『グルグル』は偉大ですね。ちゃんと魔法陣の事を考えているんだから。『世界を世界で囲む』とか超クール。『居心地のいい場所を離れ』とか『ラカンの日記』とか『勇者の剣ケーキ入刀』とか……良いお話ですよね。あれ以上にちゃんとRPGRPGしながらあそこまで物語に仕上げているのは、後にも先にもあんまりないと思います。錬金術師もこうでありたい者ですなあ。よし、今度、魔法陣で気円斬とかやってみようかな」
「いや、その使い方は可笑しい」
「魔術自体がこの世界にとってはヘンテコだけどな。私達の世界にとっては科学だけど。けど、今はそんな学術的な事を訊いてるんじゃないよ。ただの会話」
「知ってる、一応の前置きよ。
この魔法陣の場合は、音部記号や拍子って言えばいいのかしら、貴方風に言うと見た目自体は意味のない符丁かな。これを一番に呼び出して基底構造にする事によって、細やかな定義や設定を逐一呼び出すのを省略して後の転調を簡単する……って所かしら」
「『#includ<studio.h>』みたいな?」
「何だっけそれ?」
「えー、前に教えたでしょ? PC用語だよ」
「あー、アレか。うーん……まあ、そうかな? あとそれ『<stdio.h>』じゃない?」
様々な獣や魚、機械や鉱物が歩く路の中、リィラとウェンリーは「LEARNRIA(γ方面の異界語で「いつかの」の意)」というカフェテリアで買ったランチを食べていた。席が無かったので、近くのベンチに座っている。
リィラが食べるているの肉まんならぬパンまんであり、中身はハムとチーズである。それを口に加えながら、垂れる長い髪を一尾に結び、白い紙の上に何やら図式や文字を書きこんでいた。それは現界の文字ではない。彼の世界の言葉である。その横で座り眺めるウェンリーにはその文字の意味が解らない。ただ「よく手書きでそんな綺麗な図が描けるなー」と思うだけだ。
「いやいや、他にも思ってますよ? ロングヘアーは『二尾』と『両結び(ツーサイドアップ)』と『お嬢様結び(ハーフアップ)』どれが良いかなあと考えてますよ? 所でハーフアップは現実でも良くありますが何で大体の人が横髪まで後ろに束ねてしまうのでせうね。せめて耳元は残して欲しいです。アニメと違うぢゃないですか!」
「アニメじゃないですしお寿司。それにそうした方が顔が良く見えるのよ」
「すわ、ならば見ろ。私が君の髪を錬成してやる」
「あーもー食べながら弄らないでーもー」とリィラは満更でもなさそうに咲う。
ウェンリーが食べているのは犬ホームズよろしくはみ出すほどの塊チーズ、目玉焼き、レタス、鶏肉、トマト、ピクルスなどからなる瑞々しいシーザーサラダのサンドである。その横にはBLTサンドもある。更に言えば、「キドニーパイ」「ジェラード」「マカロン」「羽二重団子」「おさかなクッキー」「シベリア」「クレームブリュレ」「デニッシュ・ペストリー」「ミートボールスパゲティ」「ブフ・ブルギニョン」「ニシンとかぼちゃのパイ」「白パン」「おばけのてんぷら」「肉圓」「ピクニックパイ」「ブラックサンダー」「ロクム」「エブリーフレーバービーンズ」「めっちゃやわらかいラフテー」「マンガ肉」「ギンギー」「ソウルフード」「きびだんご」「ロパドテマコセラコガレオクラニオレイプサノドリミュポトリマトシルピオカラボメリトカタケクメノキクレピコッシュポパットペリステラレクトリュオノプトケパッリオキグクロペレイオラゴーイオシライオバペートラガノプテリュゴーン」など、何処かで見た事あるような料理や菓子が店屋を開いていた。この「あの物語で出た味が楽しめる!」というのがLEARNRIAの一つである。「料理とは、人の夢や理想が具現化したものなのです」とは料理長の談……が、それにしても買い過ぎじゃないですかね。
時に料理と言えば郷土料理。アレは正味、やはり昔の料理故か、美味しいとは限らないけど、たまに食べたくなるのは血の記憶という奴か。ぼうぜの姿寿司なんてそうだ。個人的にはぶっちゃけ生臭いし食感も良いとは言えないんだが、たまにスダチをかけて食いたくなる。でもフィッシュカツとそば米雑炊は普通に美味いと思う。因みにウェンリーの鉱物もとい好物は「おでん」と「おにぎり」。まあ、兎も角、美味しそうである。
飲み物はリィラがオレンジジュース、蜂蜜が入っており爽やかな酸味の中に甘さがある。ウェンリーはお茶、ほうじ茶だろうか、団茶だろうか、丹くて渋みがある。彼は熱い茶が好きである。特に温泉の源泉くらい熱いのが。普通の人間が生身で浸かったら三秒で生命活動を停止し真っ赤に茹で上がるくらい沸騰しているのが。星の様に身体の心が熱くなり、力が出るから(ただ、もっと好きなのは、この世界の酒に舌を奪われた銀地族の例に漏れず、ビール、ワイン、ヤパーナ酒などである。しかし、これから仕事があるので自重している。彼等ときたら、酔わなきゃ酒じゃないと言うのだから。彼奴等は「命の酒」なるものを風呂に湯を張る様に呑む。何処ぞのロの付く雪国よろしく呑む。ウォッカは燃料。死因も燃料。こう言っちゃ何だが、阿保か……)。
しかしそれらを素手で食べるのは如何なものか、とウェンリーが食べる姿を見て、リィラは少し思う。抵抗がある。無論、それは文明の高低ではなく、ただの文化の違いというだけだ。箸を使えば衛生的というワケではないし、むしろソレを無抵抗に衛生的とする方が阿保だろう、何故ならそも素材が衛生的とは限らないのだから。ソレは農業において虫による被害より殺虫剤や作物が虫に抵抗して出す毒の方が害がある時もあるという噺と似ている。SUSHIは素手で食べる物だし、菓子だって素手で食べるだろうし、カレーだって素手で食べたら……いや、液体物はやはり抵抗がある。一度やってしまえば楽しいのだが。けれどもそれを非衛生的と見てしまうのは、自分の思想が都会化してしまった故なのか。自分だって、結構な田舎の出身で、それこそそういう食べ方をしていただろうに……何だか少し寂しく思う。気取らない素朴な所が少し羨ましく思う。尤も、それは田舎に無垢性を見出している様で、勝手な考えだと解っているが。田舎というのは山や川を切り開いて出来た結果であり、自然と共存しているかどうかという噺とは別の噺である。そんな事を、リィラは陣を描きながらウェンリーを眺めて思う。
そうして、リィラがウェンリーを眺めるのと同じ様に、道路を歩く者もまた皆と言っていいほど二者を見る。正確に言えば、リィラを見る。
それもそのはず、彼は白星族。白の肌、金の髪、碧の眼。天髪照眼の象牙の者。蝶よ花よと世界の全てに愛される、世界の全てが味方する、完全無欠の偶像存在。特にリィラの様なイエラ型白星族とくれば神話と地続きな存在であり、その性質はトールキン型白星族に近く、心技体ともに如何なる種族よりも優れるまさに半神とも言える存在である。不老不死であり、嗜みはするものの、本質的には食事・睡眠・交尾から成る三大欲求を持っていない。性別すら存在しない。十字架教における宗教画の天使の様に、中性的な美しさがあるだけだ。
目の覚める美しさと言えばいいか、その朝日のような眩しさは目に焼き付いて一向に離れず、その本能を突き刺す歓喜は魔法の薬よりも絶頂するほど鮮烈で、その可憐さは例え自分の乗る車が赤信号に迫っていても目を奪われる。多分あれだ、ヒーリング効果というか、マイナスイオンでも出ているんだろう、多分。彼は正に童話の姫……女も男も、誰もが憧憬する存在であった。而して同時に、文字通り幻想の世界から抜け出してきたその太陽には、現世の如何なる月も横に立つ事はおこがましく思わせる。詰まる所、高嶺の花。近づけば、蝋で作った鳥の羽根の運命をたどる事に成るだろう。盗み見る遠慮がちな視線はその表れだった。
ヒロイン――そう、先程からリィラとウェンリーを指す言葉に「少年」や「彼」を使っているが、別に彼らの身体はXY染色体つまりオスというワケではない。むしろ見た目で言うならば「少女」や「彼女」を使うべきである。しかし彼らは天多ある「エルフ」と「ドワーフ」の中でも、イエラ型の「星の魂」と「星の骨」……その性別は男でも女でもましてや中立でも無く、そも性という概念が無いのである。
イエラ型白星族――飽くまでも「イエラ型」である。シツコイようだが白星族と一重に言ってもそれはエルフっぽいモノを指す総称……アジア人と一重に行っても天多の民族がいるのと同じである。そして学術的な分類ではなく便宜的な分類である――で言えば、その設定、つまり姿・口調・性別は、「紫色のクオリア」の様に、「帆立貝に乗るヴェニュスの女神」像の両腕の様に、見られる己自身の美しさではなく見る他自身の思想により決定される。如何なる存在も是に勝る事は叶わない。何故なら彼等は夢という異界に住む存在。心の投影する偶像。「星に願いを(When You Wish upon a Star)」と祈る様な、人の幸福、理想、栄光、憧憬、願望、原風景が具現化した、「青春の幻影」なのだから。そしてこの文章も彼の本質の一欠片を記述したに過ぎない。虹の美しさを語る事は幾らでも出来よう。だがそれこそ「神は死んだ」とでも形容すべき思考回路。「人それぞれ」と言っている限りは、我らは真なる光を見る事は叶わない。何故なら真なる光は透明。全なる色が一に集まった白き色。つまり分光スペクトルした虹は美しい色であるが、それは欠陥の色なのだ。かくも「目に見えない大切なもの」がそうであるように。色即是空、空即是色。
銀地族で言えば、それこそ彼の身体は鉱物で出来ている。相手任せの白星族と違い、任意でプラモやフィギュアを魔改造するみたいにムネを増築したりナニを生やしたり全身触手にしたり出来るし、無性・有性共に生殖可能である。しかも特定の時期や場所など関係なく自分の好みのTPOで。男性か女性かそれ以前に、性別など容易に変えられるトランスジェンダーなのである。
このように、男か女か、その問いは彼らにとって、あまり問題ではないのだ。殊に魔力そのものなタイプの妖精霊は動物や植物といった物質的存在ではなく精心的存在なのだから、性別に拘る理由はあんまりない。そのような妖精霊は、この星の生体機能が基底状態から励起状態になった時に見える一瞬の幻影――大地が山に成り、海が波に成り、空が風に成り、物が火に成り、透明な光が虹に成った時の様な、そして其処に無表情を喜怒哀楽に変わらせる何かを感じた時の何かの様な、そんな夢物語である。
勿論、信仰の欲しい妖精霊はその限りではありませんが。男・女の方が人間受けしやすいかもしれません。古今東西の神話は本質的には性別の無い太陽や月に性別を見出してきたワケですし、神様の性別は容易に変わります。因みに、擬人化というのは信仰する我ら人間に近い形にし、神の神格性を落とし、親しみやすくしている行為、らしい。まあ、世の中には男性名詞や女性名詞がある様に、花や岩に性別を見出すのは見る者の勝手かもしれませんがね。それはあまりに無差別過ぎてネイティブでないものにはサッパリ法則が解らないが、母国者にはちゃんと本能的に悟っているのでしょう、多分。それにテトラポッドや鉛筆削りや冷蔵庫や大根や茄子にエロスを見出す上級者も居ますしお寿司。
また因みに、リィラなどは女性らしい服装を好むので女性と言えなくはない。或いは女性である事を望まれて己を女性と思い込んでいるのか。「人は女に生まれるのではない、女になるのだ」的な。それって夢魔じゃね……? あ、因みにこの物語はLGBTを信仰しているワケではありませんので、悪しからず。少なくとも性別を全く無くしてしまおうという思想はどーかと思いますね。太陽には太陽の、月には月の風情があるのであり、「みんなちがってみんないい」というのは「ジェンダーフリー」と同義ではないと(以下略)。まあいずれにせよ。
しかしそれに気付いてるのか敢えて知らないフリをしているのか、リィラは何て事の無いように作業を続け、その横で座るウェンリーも大して気に思わない。何時もの事である。だからリィラは、何て事の無いようにウェンリーにこう言う。
「ももももも」
「お約束」
「むぐむぐ……失礼」リィラはパンを咀嚼して呑み込んでから、再度、ウェンリーに尋ね直す。「それで、探し物ってなあに?」
「いわゆる〈叡智の星〉……『ラピス・フィロソフォラム』だよ」
「叡智の星!『万物の第一資料』『大いなる神秘』『根源の渦』『天上の杯』『光の海』『大いなる混沌にして秩序』『未分化の混沌』『全と一の白虹』――赤の賢者が全宇宙の法を其処に隠したとされる、様々な御名で伝承される円環の光(AZOTH)、世界の結晶(AEON)、星の箱舟(ARKHEMY)、存在が以後辿る全の形相と資料が一の初期状態で記述された、あの具現万象原一体? その万能増幅器を使えば体術でも知術でも魔術でも心術でも如何なるジャンルでもTVゲームで『攻撃力100』と示す様にその数値を増減させ、運動力も位置力も熱力も電力も同じ『エネルギー』と示す様に無限に変化させ、如何なる荒唐無稽な可能性をも過程をすっとばし結果を現象させるという……あ、コレ持って」そう言って、魔方陣を描き終わったリィラが一掴みの藁を取り出した。「〈愚者火〉の藁よ」
「うぃーるーのーわーらー(CV:ネコ型ロボット(友達タイプ))」
「コレに対象を念じるとそこまで導いてくれるの」
「なるなる。よぅし……憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い」
「こらこら、呪術じゃないんだから。で、叡智の星が何だって?」
「それが今日街を賑わせてる灰泥界異に使われてるらしいの」ウェンリーは「全く」と腕を組む。「もしそうなら、他が取る前に機械仕掛けの魔法使い(マギーア・エクス・マーキナー)であるウチの『魔機結社〈MAGHINA〉』が回収しなきゃ。ヘンテコな物体の『確保・収容・保護』が我が秘密結社の任務の一つだからね。世界は不可思議を欲している。流動する血液の様に、固定されては死ぬのだ。『E=mc^2』の方程式に従って『魔人探偵』は謎を解くエネルギーを喰らう。世界とは情報量を創り出すマクスウェル・デーモン。そんな謎を、宇宙少年よろしく太陽を千年燃やすならまだしも、迷惑に使うのは見過ごせない。『ダメ。ゼッタイ。』」
「何処の『SCP財団』だお前は。てか星を千年ってまた滅茶苦茶なエネルギー量だなあ」
「UV様の許可があれば粉塵爆発も熱膨張も起きる。そう、大祭害ならね。どうでもいいけど『ルルブ』って何か名状しがたい名前っぽくない? ある意味『外なる神』。ていうか私TRPG始めた頃はルルブの事そう思ってたし確固笑(※実際は『ルールブック』の略」
「このゲーム脳が(原義とは違います)。てかそんな事言ってネコババする気でしょ」
「私は寝子族ぢゃありません……にゃ?」
ウェンリーはからからと笑った。否定しない所が素直である。
《ただの思考停止だ》と、そんな二人の少年に割って入る声があった。中性的な電子音。しかし二人以外に誰もいない。《Venlit。君の行動はしばしば私の霊を遊ばせる。現時刻までの君の父上への言い訳は今日で既に372091byteに達して……》
「解った、解ってるよ、うるさいなー」
と、ウェンリーは自分に向かって「むう……」と言う。その声は想像上の友達でももう一人の自分でもない。ちゃんと大気を震わせる別の意識。ウェンリーは己の胸元に話していた。そこには絶えず光の色を変えるペンダントがあった。燈虹石で造られていた。
「燈虹石」とはウェンリーの世界を出産世界とする鉱石で、現界での呼び名である。他にも「華麗石」とも言う。銀地族は「気分屋な花」と呼ぶ。その色は連続的に偏移し自然のままではどの色に偏移するかは無作為だが、これを銀地族の技術により加工するとその色は同じ場所に置いていれば色相環を0時の深紫を起点としちょうど一日につき逆時計回りに一周だけ連続偏移するようになる。何だか何処ぞの木星にバイバイしそうな石である。しかもその性能は素晴らしい。例えば加工した燈虹石を色んな場所に持って行った場合、自動的に時差ボケの様な困った様な光を出した後に、大体三日くらいでその場所の標準時に合わせた光を出すのだ(標準時というと語弊がある。この石にとっての時とは空の明るさ的なモノの事であり、人間の作った概念である時間とは異なる)。これは自転や公転の関係で一日の時間の合計そのものが異なるだろう異世界からこの現界に来ても同様である。
この技術(またその技術により加工された燈虹石自体を)を現界人は「時計仕掛けの石」と呼び、或いは不変の誠実さ(シンシア)・色相環に似て絶えず満ち欠けする月の女神・賢者なる竜の砂の名を持つ辰砂の名前に由来して「月虹石」と呼び、銀地族は「色付く一日」と呼ぶ。正確に時計化させるには最上級時計職人並の技術が要る(勿論、銀地族を尺度とした時計職人の)。ただ銀地族によれば、この色を規則的に変光させる技術は加工というよりも、人体で言えば血の流れを良くするような、燈虹石の本来持つべき作用を顕在化したものらしい。そんな本来の変色原理は銀地族もよく解っておらず、その技術も経験則的な面はあるものの大体は本能的な面で行っている。石といっても生物の様に個体差があるので、同じ技術を使っても同じように行くとは限らないのだ。
当初の現界の科学者達は「体内時計の様なものがあるのでは?」と考えた。この生物的に考える方法は割と良い点を行っており、現に前述したように時差を自動で修正してくれる部分からソレが解る。なのでこの石は何らかの方法で現在時間を把握する術があると考えられている。実は太古の人間にあたる超古代文明が作ったGPS……というのもまあ今じゃありえなくもないが、現在では己のいる星の自転や公転つまり太陽時のように太陽の角度を把握する原理がある、というのが有力説。が、そうすると今度は星の位置を把握する原理についての問題が浮上するのだが。事実、この石は真っ暗な部屋に入れても変わらず変光する。可視光線以外の電磁波や星の磁気なども把握しているのだろうか。だとすれば時計以外にも色々と使い道がありそうである。また発光原理さえ不明で、多色性だ変色効果だ色温度だ発光素だ微小生物だ心の病とかいう状況だ。それでも研究は絶えず行われている。というのも、この光には人間族が黄金に惹き付けられる様な魔性の魅力があり……けれどもこれは別の物語。因みに時計化する以外の加工法もあり、例えばシンクロニシティのように複数の石をあらゆる場所でも同じ色で光らせる加工法がある。閑話休題。
で、ウェンリーのペンダントはその時計石の加工法が使われており、今は幻妙な淡い緑の光を発していた。お昼である。しかし、これをペンダントというのは完璧ではない。少なくともその説明は、外殻に対する説明だ。内部の黄身たる存在の説明ではない。
この存在の商品名は「COSM―OS」、識別名「Mare Tranquillitatis. 059-21161224-09-5. Ih-ecml. maghina」、愛称名「Humpty Dumpty」、そしてウェンリーが付けた固体名は「Cerasus-09」。
この、手の平に乗る大きさで、卵の様な形で、絶えず色相環を炎虹の様に偏移させる透けるトンな外殻と、その内部の天球儀の様な複数の輪、それに沿って運動する小球、一つの青い中心の大核、夜の海を浮かぶ雪球儀の様な星屑からなる物体は、ウェンリーの所属する結社であり身を寄せている家である魔機結社により造られ発売されている商品の一つであり、「夜明けの技術」の一つであり、補助汎用計算装置の上位互換であり、副次脳とでもいうべきものである。内部の一つ一つの歯車は星であり、その回転は星の運行であり、CLOCKの様な、神の定理の様な、秩序と神秘の小宇宙が展開されていた。
いわゆる無停止コンピュータであり、スイッチオンして一機入魂した時から死ぬまで活動する機械であり、同時に人権を保障された、分類学では「鉱物界」に属する生物である(「『人工知能で出来た電子的疑似意識』と『霊魂を持った無機生物は違う』」といったような議論は此処では割愛する)。生物と言っても、人工卵子とクローン技術により遺伝子操作された改造人間でも、自己成長する生体部品を使った複合人間でもなく、無機物純度100%の、集積回路(IC)で出来た存在であるが。お値段は安い物なら大衆向けのパソコン程度、高い物なら日緋色金や山銅や竜日光や金羊毛や超合金Zや輝虹石や龍の鼻糞や魔女の黒髪や兎の羽根や莫迦の鼻水や涙やドーナツの中心や海月の骨や蝸牛の尻尾や輝くトラペゾ何とかまあ取り敢えず何か凄そうな素材をドカドカと積み込んだ素材で構成され、STGよろしく一騎当千するファイターを軽く超える程度である。いわゆる「灰輝銀」や「星月」などと呼ばれるアレも入っているゾ。因みにモリア銀は原典では黄金の十倍の価値とか鎧にすれば土地と家が買えるとか云われるが、天多のRPGを見る限り別にそんなことはなかったぜ。どうやらこの銀は中つ国以外の国に持ち出されると価値と質が著しく落ちてしまう様である。不思議だね。またよく物理武器として使われるが、原典のモリア銀は軽く威力が出ないのでRPGの本場であるこの国では殆どゲームには使われない。これが質量武器として使えるのはヤパーナだけ! 原典を蔑ろにする非原理主義の御国はこれだから……でも非力な魔法剣士にはそこそこ人気。防具に使っても良いかもね。まあ「重さ」の概念を取り入れてるRPGなどそうそうないが。そういうリアルを無理にゲームに取り入れても邪魔になるだけですよ。いや「不思議のダンジョン」系の空腹度とか耐久度とか言ってるんぢゃなくて。閑話休題。
今時の錬金術や魔術師なら大抵はこの手の装置を持っている。彼は姿勢制御や弾道計算などを自動でしてくれる航空機器の様に、煩雑な術式計算や冗長な公式暗記などを代わりにやってくれるのだ。これを用いれば第零感(直感)からマナスなる第七感(無意識)神経演算処理速度の小数点が左にスッ飛び、第一次反応範囲の0が一杯増える。やったねたえちゃん、反応速度が増えるよ(おいやめろ)。育てようには簡易な見敵必殺から高度な電子戦、合理的な助言までしてくれる割と頼もしい戦争頭となり、真っ白なカレンダーの一日も情報収集と論理思考の髄を極限まで生かした会話で埋めてくれるお茶目な紳士にもなってくれる(尤も、生命倫理が時代遅れになり日常的に人工生物が造られる中、友達という目的での需要はもはやない)。元々は機械的な素早い論理と生物的な曖昧な感性を両立させた複合生命体よろしくな存在を目指して造られたのだが……別のもっと効率的な視点が発見されたので、今では専らパソコンの延長線上として造られている。
で、ウェンリーの持っている彼は割と古い型であり(といっても十年にも満たないが、技術革新時代の今では日進月歩で時代遅れとなる)、魔機結社の社長でありウェンリーの義父である者がヤンチャで頭を悩ませる可愛い娘に送った莫迦をしない為に見張るお目付け役かつ生活を支えるお世話従者であり、寄って来る虫や獣をSATSUGAIかつ彼に相対する敵を共に退治する番犬であった。彼はテキスト化された知識と言葉で物事を語る。
《「解った」、とはどのような意味か。言語化せよ》
「な、何でさ。解ったから解ったんだよ」
《とにかく場を凌ぎたい者の上位台詞は「解った」だ。しかしそれは被害の後回しに過ぎない。何を如何に理解したか、心の電気を大気を振動に変換せよ》
「え、えー。それはつまり、セラススの言ってる事が解ったって事」
《それは同時反復だ。料理せよ》
「えぇー。そんな難しい……」
と言いつつも、言われた事をする限り、立場の高低が見て取れる……というよりも、無茶をして言い訳を考えさせて悩ませている分、そうでない所はちゃんとしようという彼なりの行いだ。尤も、気分次第だが。
「チェッ! お固いの。『おはようございます。戦闘行動を開始します』みたいな可愛いAIならやる気出るのに。『痛くも痒くもねえ!』からの『痛いです』とかもうね」
「『はいだらー』」
「んな興味無さげに言わんでも……」
「『可愛い』? 別に彼は女性というワケでもあるまいに……だったよね?」
「ただの物体に神を見出すのが八百万の心意気……と言いたい所だけど、ただの車や戦闘機に女性の名前を付ける国も思考回路は大して変わらんと思う」
《無意味に意味を見出す事こそ生物の力、と君の父は言っていたな》
「人間の定義なんて日常的に生きている奴は考えんけどな。考えるのは、頭でっかちな奴だけさね」と、ウェンリーはペンダントをコツコツと叩く。その事にペンダントは《衝撃を止める事を推奨する。電気的な刺激が行動を阻害する》抗議する。「生物の脳というのは、もっとぼやぼやボンヤリした低解像度なのだよ」
《加えて思考回路は短絡だ。バグが起きない事に電気信号が走る。それはGOSHに創られし者しか出来ぬ偉業なりか?》
「神に創られし、人に創られし、機械、神に祈らむ、ハレルヤ。トールキン世界観なら『人間は出来損ない故に進化できる』的な事が言われてるけどねー。因みに銀地族はGOSHに創られた種族ではないん……ギリジン神話よろしく地面から自然発生的に生えたってされてます。そして実際、伝統的な銀地族は土と血から産まれるからねえ」
彼の説明を捕捉すると、そうされているのはこの現界に天多居る銀地族の中でも、ウェンリーの世界の銀地族の神話である。何時か話したように、様々な異界が交わるこの世界、一重に銀地族と言っても色々な世界を出身とする銀地族がいる。ウェンリーをより詳しく分類すれば「イエラ型の銀地族」となり、イエラは彼の世界の名前、強いては住んでいた星の名前に起因する。
故に、名前が違っても別世界かどうかは解らない。全宇宙で生命の在る星がEARTHだけとは限らないのと同じである。同時に必ずしも世界が「WORLD」と呼ばれているわけでもなく、故にその神話また「グローランサ」世界観の様に多様な神話があるだろう。神話とは生命の思想、主題、正義、ならばその人や民族や国の数だけあるのが当然である。また黒人だから運動能力が高いワケでもないように、一重に魔術や超能力と言っても物語によって多彩な設定が在る様に、同じ型の種族でも個体差が在りますので、ご了承ください(注※社会主義か機械に支配されてでもなければ)。まあこの世界の機械はCERASUSの様に普通に思考するけれども。またその星の国々が互いを知っているとは限らない。魔法世界御用達のよくある中世的世界観なら、携帯電話やネットがあるワケでもないだろう。しかし中世って、結構アレですよ? 文化レベル激ヤバですよ。何たって「衛生」の概念がないですから病院でも垢や汗塗れのベッドを一年も使い続けたりインフラなんて整ってないから面倒臭いったらありゃしないし……しかしまあそんな事で頭を悩ますのは学者か設定好きの頭でっかちくらいなので、日常に生きる者にとってはソレがその者の世界の名前として問題ない。
因みにリィラもまたイエラ型である。イエラの白星族はその世界の人間族の神話曰く、「天から居り給う神の威光が具現化した存在」とも、「神の遣わした天の使いが地に人と共に生きる事を選んだ」とも、はたまた「『光をもたらす者』よろしく天から落とされた天使の成れの果て」とも伝承されている。そしてそんな「イエラ」とは彼等の世界の言語学者曰く「我が生きる世界」の意だとか。閑話休題。
兎も角、ウェンリーのそんな「銀地族は土から生まれる」という台詞を聴いて、CERASUSは何て事の無いように言う。
《まるでキノコだ》
「キノコ……」
その応えを聴いて、リィラがくすりと咲った。思わず咲ってしまった。このウェンリーという子の身体は宝石。その心は天然。このCERASUSという者の身体は機械。その心は無垢。きっと二人とも、変な事を言ったとは思っていないのだろう。そこがまた可咲しいやら、可愛らしいやら。するとCERASUSは《おお……》と身体を淡く光らす。
《観よ、クラムボンが咲ったぞ。【人見知り駒鳥】が。ああやはり、その花の咲う時こそ、俺達の【日生する虹】は素晴らしい》
「『しゃいんろびん』?『俺達』?」
とリィラは聴き慣れない単語に小首を傾げる。突然の、しかも聴き慣れないお固い言葉だったので、CERASUSの言った内容は脳が捉えず右耳に入って左耳に抜けていた。ウェンリーはその疑問に応える。
「愛とは星の生まれる場所。神に創られし、人に創られし、機械、人と同じ愛を知る、ハレルヤ。まあ、つまり褒め言葉だよ。そして最近の機械は、パソコンで無くともネットで繋がってるからねー。『ガイア理論』的な感じ?『実無限』?」
《そうだとも、是こそはホー・セー・アナスンの妖精だ》
「あの人の初期型は十字架教よろしくな『死んで幸せになる』派ですけどねえ。ヒャッハー、死なんざ怖くねえぜい! いや、十字架教にも色々宗派がありますけどね。そんなワケで、私も一つ称号を考えてみた。【蜜星】とかどうだろう。琥珀色の宝石を指す言葉だ。中々に良い響きだと思うんだけど」
「……『三ツ星』の文字り?」
「バレたか(笑」
「『(笑)』じゃなくて。しかし、はあ、成程」合点が言った様にリィラは言った。と言っても、褒め言葉だと解っても、別に嬉しそうにしていない。白星族なれば褒められるのは運命であり、義務だから。「ま、とまれ漫才は程々にして、折角、手助けするんだから、ちゃんと報酬は払ってね」
「エルフが人間のお金をねだるだなんて、何だかなあ」
「お金は曖昧な物事を誰にでも解る数値に置き換える便利なシステムだと思うし、曖昧なやり取りは好きじゃないから。
そして何といっても、貧乏は敵です。何だかんだ言って人の社会で生きるためにはお金が必要なのです。私達みたいな無産者は所詮歯車に過ぎないのです」
「それに社会派なこと言ってるし。まるで都会で擦れちゃった妖精だ」
「全く、これも全部お義兄ち……団長のせいよ」
「お兄ちゃん❤ お兄ちゃん❤」
「言い直すな、ハート浮かべるな、是はただの憧憬です」
「またそんなこと言って」
「五月蠅い。団長がいれば騎士団も再建できて、義姉様にも迷惑かけずに済むのに」
「そして敵に捕まって『くっ、殺せ!』なんて言うんですね解ります。んや、闇堕ちもいいかもね。『暗黒面に落ちてはならぬ!』。ムムムムーンサイドにようこそ。ムよーンサイこにうそド よムーンこそにサイドドドドう」
「それ暗黒面ちゃう。月面や。言わないわよ、そんな事。そんなに死にたいなら体内で極大爆裂呪文使って自爆するわ」
「あははっ、メガンテだなあ。『今日はMPが足りないみたいだ』。クールにホットだなあ」
ウェンリーはリィラの事を「リィラ」と呼んでいた。それは本名ではない。真名概念というのは割と何処にでもあるもので、リィラの住んでいた村でも忌み名のようなものがある。なのでリィラも本名を語らない、というのもあるが単に子どもっぽい名前なので恥ずかしいだけである(と同時に折角の親からの送り名に否定的な思いを寄せるのはどうかと日々悩んでいたりいなかったり)。
因みに、リィラの生まれた村での名前は二つ目から順に「託名(村の長・または神官に付けられる名前。よく既存の英雄や聖者からとられる)・名前(忌み名・真名からの造語)・血名(父母の姓を合わせた造語)・族名(村名・土地名)」となっており、その両端にこれらの両端に災いから身を守るための祝詞(鍵名。既存の言葉は避けられる。思い付きの意味の無い場合が多く、『意味は後からついてくる』といった概念がある)が付く。ウェンリーの場合、「名」だけであり、「姓」はない。伝統的なイエラ型ドルフは、父と母の生殖ではなく一人がこねた土塊から製造されるので、家族の概念が希薄である。尤も、二人以上の共同作業の場合は姓の様な物が出来るし、今時は関係を明示したり愛着を持つため土塊に血や精液を混ぜて造った者の名を姓にする事もある。また作者が領主や村長ならその領地を姓にする場合もある。そして共界存権宣言により、異界者なら存在の確定化の為として「種族名」または「出身世界名」、身分証明の為に「居場所を提示する者の管理者名」をそれぞれ名称の何処かに入れる事が推奨される。両者の場合、「アルフ」「ドルフ」、「マリステラ」「マギナ」が是に当たる。因みに路花の「マリステラ」もコレ。閑話休題。
「でもいいなあ、魔術が使えて。私はそーいう小難しいの得意じゃないから。教科書見ても書いてないし、子猫に訊いてもそっぽ向くだけだ。才能が必要なのかなあ?」
「貴方の錬金術も魔術と似たようなものだけどね。畢竟、この世界の科学を考慮すれば、何事も『原子・分子を操る術』と言えるのだから。『And they will differ — if they do — As Syllable from Sound —』……や、これは言葉遊びか。いや、しかし遊びこそ色即是空か? 透明の光が虹に成る様に。うーむ……。
まあいずれにせよ、私の是は正確には魔『術』じゃないけどね。人間にとって空を飛ぶ事は異能でも飛ぶ事が日常系の鳥にとっては別に異でも何でもない様に、人のいう魔そのものである妖精や精霊などの存在にとって魔術は呼吸や歩行と同じ本能的なモノ。まあ何事も熟練したソレは『技』といえるレベルになるけどね。貴方の錬金術みたいに。けど、私はソウいうものだと意識した事はないかなあ。
けど、本当の意味での魔法に才能は必要ない。誰だって使えるわ。魔法とは、世界と戦う心意気の事を言うのだから。力も、学も、金も、友も、才も、地位も、名誉も、居場所も、何も持たぬ既存の世界に打ちのめされた社会的弱者が生み出した、現実に風穴を開け、常識を穿孔し、愛と平和を否定する為に作られた、最後の望み(エルピス)なのだから。だから魔法使いは魔法に頼らなくていい日常を幸福する者を憧れつつ憎む。周りが輝けば輝く程、暗く輝く闇の様に」
「それいけ、るさんちまーん。ほら、僕の鬱をお食べ。そして甘い蜜をくれ。真っ黒のな!」
「濡れてろ。……と言いたい所だけど、その通り。だから、社会的に魔法はあまり良いとは言えないのよね。それは例えるなら、他者の幸福に唾を吐き、優しい同情に背を向け、美しい朝日を拒絶し、自分だけの『魔』なる〈法〉を造って何もかも好き勝手に創り変えちゃう自己満足の術だから。それは例えるなら、皆が素直に喜劇を楽しんでいる中で、一人『止めろ止めろ、下らない!』と言って、舞台に乱入して滅茶苦茶にする様なものだから。世界を革命とはするとはそういう事よ」
「ハッハ! パンクだね。まるで十字架教だ。十字架教はルサンチマンのバイブルさ。大工の息子が世界を救う、『俺TUEEE』なんて目じゃないよねー。その論理で行けば、ノーベルもフォンブラウンもオッペンハイマーもテラーも魔法使いッスね。彼奴等はきっと、別に誰かや世界の為に何かをしたかったのではない、自分の欲望の為にミサイルや爆弾を造ったのだ。インチキな平和に戦争を起こす……いや浪漫だねぃ」
「もしそれが本当ならそれこそ迷惑極まりないけどね。他の人は今のままで満足してるんだから引っ掻き回すなよと。とまれ、無論、世界には光速を超えようとするとそれ以上の速度が質量に変換される相対性理論を始めとする『世界の修正力』というものがある様に、魔法だって何でもアリってワケにはいかないけどね。けど、そのような敗北こそが魔法の源であり、光に産まれる影が魔術の原点であり、『誰に解るモノか!』と共感されない事こそが魔法使いの嗜みなワケで。だから魔法なんてモノを使う奴というの者は、全く、ドイツもコイツもそういうひねくれ者と言っても過言ではないのだなあ」
「私達はひねくれものだったのかー、初耳だー、そーなのかー」
「と、いう設定がアッチの世界の十字架教や帰依教っぽい宗教で流行ってた。原罪がどーの現世での試練がこーの。どーして人間というのはああもサディストなのか知らん? 終末論よろしく世界救済の条件が世界滅亡だなんて、陰気な……」
「科学に帰納は必要だけど、十把一絡げはどうかなー」
「木を見て森を見ず、という言葉もある」
「別に俺は幸福が嫌いないワケじゃない。ただインチキが嫌いなだけ。コレでいいのかと不安なだけ。ふふ、ふふふふふ……チェッ! 全く、ムカつくぜクソッタレー! どれだけ不満を気取ってたって誰もが大人になってお金を稼がなきゃ生きていけねーんだ、哲学なんて裕福な奴らの暇を持て余した遊びなんだ、空想も書籍化されなければ意味ねーんだ! そんなのが嫌っていうなら異世界に転生する事を夢見てホールデン少年の手を振り切って夕焼け色のライ麦畑の崖からアイキャンフライすればいいんだまあそんな現実逃避野郎は異世界に言ったってどーせ元の世界と同じ様なショーモナイ人生を送るだろうがな都合の良い美少女ゲームヒロインみたいに思ってんじゃねーぞファ―ック!」
「何を『ライ麦畑』読んだ十代みたいな事言って」
「でも、それでいいんです。それは社会に望まれない程に愛おしいのです。屑石は熱と圧に打ちのめされて宝石と鳴るのです。法的に禁止されるからこそヤってみたくなるように、禁忌を越えて真理の扉を開けた者こそ偉大なる錬金術師なのです」
「パンクだね」
「パンクだの何だと俺達を『分類』でハるんぢゃあねーッ! グリモグすっぞ!
てか十代でアレ読んでも本当にゃ理解できんと思うなー僕。十代でハマったらソイツ死ぬまで世界の回るスピードに老いて枯れた人として軸がぶれた様な気分になるぞ。そうならなければ、単にハマってないという事だ。解離性障害くらい起こさないとファンとは言えん。そんな私は制作されてから十年だが」
「夢と現実がごっちゃになってますね」
「違う。ソレは違うな。『The Brain is just the weight of God』――己の限界が世界の限界だ。物語は夢を見させるモノ、確かにそうだ。けど物語全てが架空なら、『そんなことはありえない』という事さえも架空だという事に成る。『物語は虚構』と言うのは、努力を諦めた己への免罪符、頭でっかち、言い訳さ。世界は広いんだ、きっと何処かにはあるはずだ。楽園が、聖杯が、この暗幕の宇宙に煌めく星の様に。全く、何時から物語は『この物語はフィクションです』なんて言い始めたんだ? 莫迦々々しい」
「だって言って置かないとクレーム来るし。それにノンフィクションだって本当にノンフィクションなのかどうか解らないよ? 資格や免許だって合法かも解らないのに。そこに在るのは暗黙の了解という名のご都合主義。むしろフィクションと解ってて享受する生活形態の方が興味深いかと」
「単なる暇潰しだと思う」
「うーん、まあそうかも。とまれ、そういう意味で、世の中は物語で出来ているのよねえ。
まあそんな夢よりも目の前の問題の方が重要ですけどね。リアルな噺、仕事してお金を稼がないと生きてけないから。まあイエラ型白星族は食事も睡眠も必要なくてただの嗜好だから、ボケボケと遊んでいても普通に生きていいけるのだけどね」
「光合成?」
「さー」
「悠々自適で何とも羨まし限りである。まあかくいう私も岩食ってりゃいいんですけどね。落ちたての熱い隕石がお勧めです。便利な身体です」
「とまれ、この世界の魔法がどういう設定なのかは知らないし、その分類は学術的な分類で一般認識では割と適当だったけどね。それに、『魔法』なんてただの言葉……昔から見たら科学も魔法。ましてや星を落とす魔法よりも、命を産み出す母の方がずっと魔法だわ」
「いやそーゆー綺麗事はいいから、魔法を使わせろと」
「この戯気が……。でも魔法がなくても、機械があるでしょ?」
「大変だ、家が80cm列車砲に襲われるぅ! そんな時、ありませんか? ご安心を! そんな時はこの『防弾アプリ』。一つに付き射系攻撃の耐性を20%UPします。100%を超えればダメージが逆転し回復さえできちゃいます。更に爆風が怖い人には『対核アプリ』だって。さあ、ちょっと世界で遊んでみませんか? 貴方の人生をスマートに。『そう、iPhoneならね』」「アレ電磁波シビシビするから嫌い」「えー」
因みに電磁波アレルギーな異界者は多いらしい。特に妖精霊とか獣系。何処ぞの原発がぶっ飛んでゴーストタウン化して電磁波が無くなった街は世界屈指のクリーンな場所になったって「琺瑯の眼を持つ乙女」でゆーとった。嫌いな人にしてみれば、毎日冬場の静電気と乾燥肌と闘っている気分で夜も眠れないらしい。可聴域の高い人は騒音が加わり、可視域の高い人は眼が回る。そりゃデモも起こすわな。なので情報通信事業は今、人間以外の事を考え、かつ従来の電波式通信システムを見直し魔術や超能力と互換性のある足並みを揃えた通信システムを構築していたりするのだが、けれどもこれは別の物語。
「リィラと一緒に探したいもの。だから携帯はお預けだねえ」
「それはそれは……『ありがとう』?『ごめんね』?」
「ん~……『月が綺麗ですね』! きゃっ❤」
「はいはい……所で、ちゃんと愚者火の藁に念じてる?」
「ウィッス(All done)!(敬礼)」
「上々」じゃ、それ渡して、と言ってリィラは藁を受け取った。その魔方陣の中心に乗せる。既に陣の四方には磁気を帯びた黒い石が置いてある。方位磁石を取り出して、天辺を北に合わせる。そして、ふう、と深く息を吐き、すう、と深く息を吸う。そして……
「『la mi du la sho mi du― rey sha ma ka coo―』」
詩うように言の葉を紡いだ。それは英語(Eng)でも和語(Jap)でも中語(Chi)でも羅語(Lat)でも希伯(Heb)でも、ましてや重力語(Rag)でもひんたぼ語(Tak)でもグロンギ語(Kuu)でもエスペラント語(Esp)でも、如何なる人工言語でもない。それはこの世界の言語ではない。それは彼の世界の言語。
ハミングのようにも聞こえる淡い音色。それは天の使いの福音であり、「光の子守唄」であり、空から流れて来る様だった。聴いていると、空にたゆたう雲の欠伸、海を綾織る光の糸、地に響く星の心臓、そんな原風景にも似た懐かしい景色が思い出され、限られた音と律動と旋律で、無限の世界を創り出す。神楽しませ、神楽します己を楽しませ、天地万物の全てを一切の楽、一つの交響に組み立てる。己が音の一部であるかのように錯覚する。
とある言語学者によれば、
『言語というのは大きく二つに分けられる。即ち、『音』と『姿』だ。その分類によれば、前者が声で後者が文字、或いは、前者が朗読で後者が黙読となる。そして彼等の言語は全く前者だ。どれくらい前者かと言うと、彼等は文字という概念を持たない。部族によっては言語もない。鳥や犬が鳴き声で喋る様に、スキャットの様な音を出して会話する。といってもその音はかなり高度に洗練され、讃美歌の様に甘美で、荘厳で、忘れた何時かの母の子守唄の様に安心し、母の子守唄など知らない者はこれこそ母だと錯覚する。良い響きと美しさと気持ち良さを求めたように思える調子だ。
それは音楽に近い。音楽とは、それ自体には本質的に意味の無い『ドレミ』という七種類の音程を、旋律・律動・和音によって意味をもたせる行為だ。音の連結自体なら、我々もしている。それ単体では意味を成さない『D』と『O』と『G』を連続して聴いた場合に『DOG』を喚起させよう。しかし無論、音楽の場合は同じ連結でも多様な意味を、或いは全く別の意味を持たせる。語弊を踏まえて言えば、『DOG』だけでラブラドールでもボルゾイでも柴犬でも表せられるし、犬以外の意味も現せられよう。ヤパーナにおける蜘蛛と雲の関係に近いかもしれない。
しかし彼等が我々の言語ともっと違う点は、単語が無いと言う点だ。音楽がそうである様に、名詞や動詞と言った固定化された語彙は無い。例えば彼等が『子供』という意味を伝える時、『Child』と喋るのではなく『子供の情景』を詩う。風に揺れる葉の衣擦れに涼しさや、大きな青空に雄大さを感じる様なものだ。その点では絵文字に近い。無論、文字ではないが。なお、その時代や場所により流行の曲調、文法というものはあるようだ。
無論、その様な言い方は、正確な情報伝達には向かない。実際、彼等が他種族と会話する事は困難である。酷く原始的であり、意味の定義はなく曖昧で、詩の心を解せぬ短気な人が彼等と接すれば、その震える身体で音楽が出来る程だろう。また彼等は多民族的であり、部族によってお約束のような主題があり、これもまた混乱の原因と成る。可聴域などは人間よりずっと優れており、高度な丁度可知差異を持ってる部族は『ドレミ』という音名が百種類もあるとかないとか。それらの壁を乗り越えて噺を聴く事は出来ても、それでも話す事は難しいだろう……彼らはピアノを弾く様に、一人の口で和音を行うのだから(aとeを合わせた合字とは違う。まさに、別々の音なのだ)。その語りは情報伝達よりも、響きの美しさや情緒を重視している様だ。だが私には、これは『意味を伝える』というよりも、『意味を汲み取ってくれ』と言ってるようで、何とも片想いにも似た恋慕に溢れた想いを感じる。同時にかつて無邪気に神を信じていた愚かさと、健気さも。
……が、それももう彼等の中では古い言葉らしい。この世界がそうである様に、今では近代化と外国交流により、彼等も人並み(「人並み」という表現は笑える)の言葉を持つようになった。これにて、彼等は更に多くの種族の者と愛を語れるようになったのだが……さて、その神秘性に名残を感じるのは何故だろうか。東の國では『yours』をもって『死んでも可いわ』と言うらしいが……。
無論、それに名残を惜しみ手放しに何か良いものだと思うのは田舎を勝手に無垢で未分化で未発達な場所扱いする文化進化主義という奴だろうし、また先に『原始的』と言ったが精心的にも身体的にも彼等の方がずっと上だ。文字が無いという点で原始的なのであり、その天地開闢から存在するとも言われる不老不死の伝統と思想と高度に洗練された技なから成る音楽は如何なる古典音楽でさえも赤子に満たない。そも周知の通り進化の道筋は一様ではなく大樹の様に広がっており、進化と退化の関係は優劣のソレと全く関係ない。まあそんな進化主義の是非については既に何度も西欧や欧米がやって来た事なので、詳しくは歴史書か人類学書かウィキペディアでも見れば宜しいだろう。
しかしそれならばなおの事、私はそこに語り得ぬ寂しさを感ぜぬにはいられない。『これほどの高度な『人類』も、何時かは滅び逝くものなのか』と。恐らく、それは恐竜の様なものなのだろう。『祇園精舎の鐘の声、諸行無常の響きあり。沙羅双樹の花の色、盛者必衰の理をあらはす』……ヤパーナの詩であるが、何とも儚いものだ。いや、これはヤパーナ贔屓だな。だがいずれにせよ私が祈る事は、私の魂が天に帰る時には、彼等の詩で眠りにつきたいとも感じる。もしかしたら、そこに神を見出さるかもしれない――』
というが、さて……ともあれ。
詩が終わり余韻が溶けると、「Burn」、と藁が紙と共に燃えだした。青い様な赤い様な不思議な色合いで轟々と燃え、後には石炭が残った。その石炭は周りに淡く膜のように炎を光らせ、同時に一筋の光を一直線に何処かへと向けていた。〈愚者の火〉の完成である。
「うん、ちゃんと力が通った。後はこれをランタンに入れて……はい、完成」
リィラは石炭を照灯に入れて、蓋を締めた。するとその照灯の表面が暖かい炎の様に、虹色に淡く光る。照灯に釉薬の様に多層に重ね塗られた蜜が砕硝子の様に光を複雑に屈折させ、また光の収束する部分が星屑と淡い光冠と成り、遊色効果の様な、彩雲の様な、極光の様な、蜃気楼の様な、或いはラリ坊が精神病棟で有り余るエネルギーをはっちゃけるままに描いた「星月夜」の様な、何とも幻妙な味わいを醸し出すのだ。しかも不思議な事に、そのランタンから出る光の一部は蝶の様に、或いは光指す海にゆら揺れる泡の様に固まっては砕けて行き、何とも綺麗なものなので、身体が焼かれても手を伸ばしたくなる様だった。その原理から言って、同一の模様を作る事は機械でもほぼ不可能である。故に一点物の手作りであり、その値段は諭吉なら50~500人となるであろう。お高い。まるでペルシア絨毯の様な高さである。ていうか値段の振り幅が大きい。それは作り方の違いです。偽物とは言いませんが、やはり安物は半端物、どうせ買うのなら、本物の高い方が良いですよ。
けれどもそれは商品の物語。これはウェンリーちゃん作であり、友達に上げた作品である。装飾は見た目の良し悪しだけでなく呪術的意味を持ち霊力を増幅させ、動作機構は手入れをした分だけ応えてくれる自信作です云々……と、ウェンリーがお昼のテレフォンショッピングよろしくな口調で言っていた。道具は装飾美は勿論のこと機能美も備えていなくてはなりません、そう、ルネッサンサの高級娼婦「コルティジャーナ」のように(ウェンリー談)。その例えはどうなんだろう、いや別に卑下するんじゃないけれど(それに対するリィラの応答)。
「わー、綺麗」とウェンリーがカンテラの光を見て言う。
「『Elementary, my dear Venlit.』」
と言いながら、リィラは髪を結んでいた紐を解く。因みにその時のリィラの髪はウェンリーの錬成と称する何かにより、またリィラ自身が髪型を見えないのをいい事に、超サイヤ人みたいになっていた。そりゃないぜウェンリーさん……怒られるのが怖いので紐を解くとすぐにノーマルロングに戻したが。
「と言いつつ満更でもないリィラが可愛い。因みに何て言ったの? さっきの詩」
「んーと、『光よ 黄昏のレンガ路よ 寂しさに迷わぬよう導いてください』、かな?」
「アレだけでそんな意味が!『魔法を使用する者の負担を軽減するためにかつて長い詠唱が必要だった呪文は音声の符号化により簡易な呪文へと再構成されている』のだ! そう言えばとある異世界には歌で魔法を使う第七音譜術士なメロンが居たなあ……」
「『呪いの文』というより『祝詞』や『讃美歌』に近いけどね。命令というか、掛け声?」
「いっけーいけいけいけいけいっけー、精霊さんのちょっといいとこ見てみたーい♪」
「なんじゃそりゃ」
因みにリィラの故郷では一つの楽曲を造るのが伝統的な成人に鳴るための通過儀礼の一つであり、生涯を掛けてその曲の主題を創っていくのが彼等の生甲斐何だとか。そのようにして創られた生命の詩は、その者の死を飾る詩になると言う……何だかロマンチックですね。同じような慣習はウェンリーの故郷にもあって、此方の生甲斐とは銀地族らしく、ずばり魂の錬鉄。魂は玉。そうやって生き様の熱と圧で鍛えられ、傷と絆で磨き上げられた魂は死に残った生物の鉱物である骨に宿り、その骨の行方は宝石なり武器なり道具なり次世代の銀地族の素材なりに使われるが、いずれもその価値は生前に等号する。まるで彼等にとっては、生と死は別々のモノではなく裏表であるようだ。死とは生へのエネルギー。劇は拍手で送りましょ。セカンド・ラインよろしく歌っちゃうぜ。因みに、我等が世界の歌の「ドレミ」とは聖ヨハネ讃歌に由来し、穢れた唇の罪を清める事を目的として……んム、これは閑話だな。
「でも、何時見ても面白いなあ。工房というか、手作りというか、実験みたいでさ」とウェンリーはその様子を見て言う。「アニメな呪文を唱えてビガビガ―っていうのもいいけど、こーいうのも味があって良いよねえ」
「私はアッチの方が良いな。好きってワケじゃないけど、楽だしお金かからないし」そんな現実的か非現実的か微妙な事を言いながら、リィラは立った。「さて、行きましょうか」
「『あの光の指す方向にラピュタがあるのだ』!」
「着いたらハガキちょうだいね」
リィラは指差すウェンリーに対し、はいはいと肩をすくめた。
因みに大祭害により物語の世界である「既知世界」から〈漂流〉して来た天空の城は、現在、太平洋上空大気圏ギリギリを黄道に添って衛星軌道中……。
《「無駄だ。これは俺の天多ある能力の一つ『第四の壁』。その効果により、俺はまるでグラフィックソフトのレイヤー構造の様に相手の次元座標より上に浮く。この瞬間より、互いに天と地にいる様に、お前の攻撃は天である俺に届かず、俺の攻撃は重力で加速する流星よりも重く、一瞬の閃光である雷よりも速く、死神の一撃と成ってお前を襲う。この無限の天上こそ我が領土。此処は既に我が結界。羽根をもがれた羽虫の如く滅びるがいい」「何、この技は……ッ!?」「そしてコイツも俺の天多ある能力の一つ『九百九十九神』。その効果はあらゆる道具に生命をもたせる!」「バカな! この私の能力、『十二時に貴方とハグとキスを(シンデレラ)』は如何なる魔法も消えるはずなのに!」「莫迦なのはお前だ。確かに飛行機を飛ばした力はファンタジーだが、飛行機そのものは紛れもない、リアルだ」「なん……だと……!?」》
ぬわー。そんな電子音が聴こえる中、ある少年がこう言った。
「あ、見て見て! 馬! 馬! 騎馬警官だ! あの優しい目付き、シャープな背格好、そして何より筋肉美……嗚呼、素晴らしい、硬くなるね! 乗り物と言ったら、やっぱり馬だよねえ。私は背が低いからちょっと乗りにくいけど。そう言えばアルダの白星族は口で馬に乗るらしいけど、その方が面倒だと思うなあ」
「馬か……私も嫌いじゃないかな。目線が高くなるし、地面を蹴る振動が伝わって心地いいし、ソレに『フウイヌム』みたいに親切で礼儀正しいしね。カッコいいわ」
「リィラは馬みたいな人がお好き、と」
「言っておくけど、馬乗りは嫌いだからね」
リィラも道路を歩く馬を見ながらそう言った。その馬は普通の馬だったが、中には翼が生えて角が生えている馬もいる……ってあれえ? ちょっと待ってえ、それって何か可笑しくねえ? 何が可笑しいかは、辞書を調べてね。まあ某美少女戦士の美青年はアレだけど。閑話休題。リィラは台詞を続ける。
「で、噺を戻すけど……まあ、それも不思議じゃないわ。女性と言えば家内の存在で、家内と言えば火事洗濯であり、それには勿論、お掃除も含まれる。そして当時の医学的には奇怪な薬物を使う人は何か怪しげな感じがするので『魔女』と呼ばれる様になり、そこから魔女の持物模様として『箒』がある、というのは無理な解釈ではない。他にも箒は『払う』という意味を持っていて、『魔を払う』道具であるとか何とか。まあ、十字架教的に魔女の方が悪魔だけど。けれどそれで『飛ぶ』っていうのは何なのかしらね。箒以外にも狼や豚に乗ったりとか悪魔に摘み上げられるっていうのもあるけど……だから教会の鐘を鳴らされると落ちちゃったりね。卑猥な噺では、何というか、箒の先に、えーと、興奮作用のある薬物を塗りつけて、あー、トリップして、別の意味でトんだ幻想を見るから関連付けられたとも言われたり……まあ、ああいうのは往々にして映画や小説の影響があると思うけどね。私はどちらかというと『箒』というより『傘』な印象だし」
「『へいき、へっちゃらッ!』」
「いやソッチじゃなくて」
「『Mary Poppins』ですね解ってます。箒なら『Kiki's Delivery Service』かな? そして長い事乗っていると下半身がイヤーンな事に成るのがお約束」
《術派によって飛行形態は異なるが、箒の場合、その様な事に備え己ごと浮遊する場合が多い、と検索される。箒とは払うもの。つまり、重力を払い無重力となれるのだ》
様々な植物や蟲、幽霊や何かよく解らないモノが飛ぶ路を歩く中、空中投影画面でTVを映していたCERASUSの説明に、文字通り昼行灯を手に下げたリィラは「へぇー」と感心し、ウェンリーは「わ、あはは、変なの。セラススの声がアニメになってる。キモチワルー」と笑った。まるで日常会話である。日常だけど。
「前々から思ってたけど、『CERASUS』って『セラスス』って発音するの? 確かそれ、『桜』の学術名よね? そうなら羅字読みの『ケラスス』が正しいと思うのだけど」
と、ウェンリーの言葉を聴いて、リィラがふと思い出したように尋ねる。それに対してウェンリーは「けど此処はメリケ……」と言う。
「寂しい事ですが言葉は変わるモノ、カリバーンもエクスカリバーに早変わりです。でも、良いんです。セラススの方がカッコいいから良いんです。ケラススじゃなんか蛙みたいだし、ホーエンハイムのパチモンっぽいし……。セラサスなら良いけど。愛称はセスで」
《我らは小犬の様に如何なる名前にも応えよう。名前を決めるのは真名でも変数名でも大切だ。効率と能率が違う。しかし努々、忘るるな。名前で能力は変わらない》
「変わるよーぉ。変な名前付けられた子どもは義務教育の間はイジメに晒され続け、社会の間は何処か壁を感じ……闇が深い。あー後ねー、竜龍愛好家としては『龍』と『竜』の違いにも気を付けて欲しいッスねー。ファンタジー物語において強キャラのドラゴンを指す時に『龍』を使う者のなんと多い事か。確かに『竜』は『龍』の略字であり新字体です。しかし、歴史的に誕生したのは『竜』の方が先、つまり古いのでぃす。いんたーねっとがそーゆーとったー。確かに見た目は『龍』の方が威厳が在りますがね。けれどもそういう裏話もちゃんと考えて欲しいんですよぼかあ。そういう事が言いたいんですぼかあ。そうでなくとも東洋の蛇びたいなドラゴンを指すのなら、すらっとした『竜』の方が宜しいとぼかあ思うんですけどねー? まあそうでなくとも最近はドラゴン自体が何かショボイんですけどね。ドラゴンはもっと強いんだ! 経験値稼ぎや主人公を際立たせるだけの為だけにやられるポットでの敵じゃないんだ! 普通の人間如きに狩られるのなら、ソイツはきっとパチモンだ。ただのトカゲですな」
「何か急に語り始めた」
「それと同じ様に、私はヤパーナの『魔法』って訳語はどうかと思うんです」
「急に何を言うかと思えば……何?」
「つまりさ。『魔』っていうのは『悪魔』とか『邪魔』とかに使われる様に、世に仇名すっていう一般社会から外れた違法、外法、外道、邪教、異端……つまり『邪道』っていう意味ぢゃん? サークリットガールよろしく『魔法は自然秩序の歪みに基づくものである』ってのなら解るけどさ、魔法にあたる力が当然の世界でもその力を『魔』法というのは、何か可笑しいと思うんです。そこん所、ちゃんとして欲しいと思う。そりゃ十字架教のシスターが魔法使うのは嫌いじゃないけど、けどいざ自分の故郷の文化が黒魔術的に邪教扱いされると、何だかなあ……寂しいと言うか、もちっとちゃんとして欲しいと言うか。アンタ等だって、知ったかされて、『コレだから若者は』とか、逆に『コレだから大人は』とか言われたら、カチンときちゃうだろうに。メディアのヤラセとかには過剰に反応する癖に、何でこう適当に扱うんだろうね。『所詮は物語だろ。まじになっちゃってどうするの?』って見下してんのかね? ちと、ムカつくぜクソッタレー、です。Majicの語源である『Mag』は『偉大』って意味なのに。すると『魔科学』とかもそうだ。魔法だって科学の一部門だ。魔法を当然としている世界では、余所者には何でもありな様に見えても、この世界の物理化学の様にちゃんとした法則があるんだろうし。動物と魔物を分けるのも何だかね。ありゃ獅子や鰐を魔物っていうようなものだと思うけど。ああいうのは、それっぽい響きの良い言葉を書き連ねたナンセンスです。ん? でもそうするとよくゲームである『能力無効化』や『魔法耐性』って一体何者なんだろう。『メラ』が魔法なら『ライター』はどうなのか。魔術の炎と物理学の熱運動による拡散燃焼とは違うのか知らん? とまれ、我らにとっての日常を非日常的に扱われるのはどうかと思うのです。進化主義よろしく扱うのはあまりに失礼だよ。そりゃ特別扱いは悪くないけどサ」
「んー。KANJIはよく解らないけど、特異性を出す為なら仕方ないんじゃない? 無差別よりはマシだと思うし、当て字なら元々意味はないし、言葉って変わるものだし」
「誤字を指摘されて『言葉は変わるもの』とか言う奴はほんとアホです。お前の間違いが世界の中心だと思っているのか。お前は『もともと特別なOnly one』か。『~って思うのは俺だけ?』って並に薄ら寒いね。お前程度何処にでもおるわ。ネットが世界の総てと思うなよ。ましてや言葉とは現実に根付いた経験の具現化。そんなにホイホイ言葉が変わるなら、それはお前の世界がそれだけ曖昧という事だ。もうね、アホかと。バカかと。まっ、それを地でやるのがランナーですが」
「しかしそれでも言葉はただの言葉。ナンセンス、分類、或いは記号。一対一の絶対的な定義はなく、『花』にも『flower』にも成り変わり、『赤』は『情熱』とも『神聖』とも受け取られる。『一』に過ぎない『A』が『切り札』と成る様に。まあ兎も角。そんな事言ってたらハイ・ファンタジーで英語や独語喋ってる物語はどーなのかと。ルポルタージュかフィールドワーク? それとも地の文まで人工言語で仕上げろと?」
「そんな上級知力を望むのは現代社会にゃ酷だけど、流石に術式や道具の名前は造語使ってほしい所。現界の神様の名前引っ張ってきちゃうなんてのはもうね。世界は十字架教で支配されてないのなら、せめてENGLISHじゃなくてもっとマイナー言語使ってほしいよねえ……ヒエログリフとか!」
《フォントの互換上の問題が予想される》
「んや、残念。まあでもそうだね。現界の物理法則と私達の住んでた異界の物理法則が同じとは限らない。酸素が燃えるとは限らない。でも同時に、色んな異世界から色んな『漂流者』が来て色んな言語が乱雑してるのに、さっきみたいにリィラの世界の詩がこの世界に通じている。不思議だね。高度な音声認識だ。それとも以心伝心なのかな? それともそーいう術は高次元で行われていて、その次元の此処ではこうやって世界が分かれていないのか知らん?」
日常会話もそーだったらいいのに。ENGLISHとかいうのは難しいです。不定詞と動名詞の違いとか句動詞の前置詞とかそのくせヤパーニーズみたいな擬音とか文法とか文様とか名前とか融通とか効かないからね。いや表現が乏しいってワケじゃないよ。それはその人の知識の程度だから。
でもやっぱり、言葉は国民性が現れますなあ。無振動会話だったら言語の壁も越えられるのかな。でも私はそんな主語を大切にするENGLISHが私は大好きです。「I」と「YOU」の区別をちゃんとするあの感覚。場を大切にするヤパーナ人にはありません。「言わなければ解らない」ではなく、「言わなきゃ解らない」という認識。彼等は「人は解り合えない」という前提の元、それでも言葉を交わしているのです。でもそこまで区別しているのに「俺」とか「僕」とかの違いがないのは不思議ですね。或いはそれ故にないのか。でも色々な挨拶が在るのはいいですね。私は挨拶が大好きですから。ヤパーナだけじゃなく、言葉だけじゃなく、握手したり、お辞儀したり、抱き合ったり、額や鼻をくっつけ合ったりするのも大好きです。それにKANJIがいいよねえ。特に見た目を意味に似併せて、圧縮する文法は、独特なものだよねえ。一方、ENGは限られた音程と律動と旋律で意味を変える。まるで歌みたいだ。言葉の違いとは「音」であるのか「絵」であるのか。けど、私はどちらかというとKANJIが好きかな。銀地族的だし、それにヤパーナはOnsenとSUMOがあるからね。アレは非情に宜しいです。私の故郷でも似た様なのがあったけど、あるものだなあ。アレが在れば、どの世界でも十分だよ。
そうそう、文化と言えば、「金銭」という概念は面白いね。労力の数値化っていうの? そりゃ、私達も本質的には価値の無い宝石や黄金に意味を見出すけどさ。でもアレは曲りなりにも綺麗なワケで。其処に行くと紙っ切れに価値を見出すとは斜め上を行ってます。いや虚仮にしているワケじゃなくて。むしろ素晴らしい。ほとんど世界共通的で「共有」されて、ほとんど時空的に「不変」で、しかもこれが「貯蓄」出来るんだ! 物々交換じゃこうはいきません。けど土地とか名称とか物語とか写真に所有権や著作権を主張しなきゃ気が済まないのは御遠慮ね。そりゃあ元々世界のモノじゃないかと。一々台詞に引用元だったり歌詞に許しを請うのは、何とも無粋で情けない噺だ。まあ、そりゃ私だって自分だけの宝石を持ちたいから大切にしたい気持ちは解るし、勝手に使われるのは良い気しないし、誰かの台詞をさも自分の台詞の様に言うのは無粋だけどさ。でも『経済』とか『法律』とか『交通』とか『警察』とか、そういうの見るたびに、『良く出来てるなあ』と思う。一般的な仕組みがあり、知らなくても上手く回り、知ってるだけが得する穴があり……本当、世の中っちゅーのは上手く出来てますなあ。
――と、そんな感じでウェンリーはにこにこしながら言葉を喋る。喋る事は大好きだ。喋り相手が自分の好きな者であればもっと好きだ。この好きな感じは、夕食の時に子どもが今日あった事を両親に話す楽しさに似ているとウェンリーは思う。そんな好きな両親は、何時もの様な綺麗な顔で、淡い微咲を浮かべてこうからかう。
「何か珍しくそれっぽい事言ってる」「『ぽい』じゃなくて『そー』なの」
「ハイハイ」
「ぬーん」
「何が『ぬーん』だ。まあ確かに、言われてみると『魔』っていうのは何だかなあ。私もこの世界で『魔術』と云われる力を使うけど、これはアッチの世界ではこの世界の『詩』と変わらないし、『魔術師』って云うのは魔術を使う人というよりも『世界との付き合い方を良く知っている先生』っていう意味だし、私にしてみれば物理化学者のの方がよっぽど魔法使いに見えるけどなあ。そう言えば、強力な唯一宗教が出来た時に私の村は勿論その他の術や儀式は全部邪教としてひっくるめられて、その時に差別用語として魔術に当たる言葉ができたんだけど、その宗教が解体された頃には差別される私達自身が普通にその差別用語で呼んでた、ってお母さんが言ってたような。『Decadence』や『Gothic』や『Democracy』みたいなものかしら。だから、私のこの術も私達の世界の言葉で言うと、あまり良い意味じゃないと思うよ。それこそ邪な『魔の法』と同じ意味だと思う。元の呼び方はまた違うけどね」
「魔術師の最大の敵は宗教の違い?」
「宗教というより思想・見方・観念の違い。あと世間の眼」
リィラの言葉通り、大祭害で大きな騒動を起こしたモノの一つは宗教戦争で、ソレは今も現界者の異界者の排除デモと言った形で続いている。排他など、このハイパーグローバルの時代には全く持ってアナクロだ。黒人差別や在日差別といった事を経験してもまだ同じ事をしている。皆で仲良くすればいいのに、何時に成ったら人は大人になれるのか。
勿論、それは繊細な問題で、容易には解決できない難しさがある。宗教とは民族のアイデンティティを守っている所もあり、豚が不潔だから食べない何て言う事はソレを信じない者にとっては莫迦らしい事この上ない事かもしれないが、それを莫迦にするというのなら何かを信じるという行為自体を莫迦にせざるを得ないだろうし、傍から見れば自分だって愚かな事をしている事に成るかもしれないのは言わずもがなだ。しかし往々にして自分の理解できないモノは中身を見さえされずオカルトと拒絶され、また敬虔なる信者にとって己以外の宗教は許せない者が少なくなく、故に者によってはリィラやウェンリーのようや異世界の教えは悪の教義に他ならないのである。それはこの油取りすぎな街でも変わらず、つまり全部磔男が悪い(熱い風評被害)。そして今やソレは紛れもない現実であり、故に今日もせっせと首切り判事が魔女を狩る……けれどもこれは別の物語。
「そしてこれは『術』や『法』という大袈裟なものでなく詩……ただの日常行為。物語が人の心を喜怒哀楽せしめる様に、世界を感応させ、励起状態させる詩。しかもGOSHでなく世界や自然の摂理を感謝し祝福する感じの。シャーマニズムっていうのかな? と言ってもこの詩は信仰というより世界との付き合い方、生き方、心掛けに近いけどね。まあ『Shinto』というのもあるし、宗教と云われれば宗教に成るのでしょうけど」
「『キサナド』的な?」
「『日本国内のパソコンゲームとして約40万本の売り上げ本数を記録し、発売から30年が経過した2015年時点でもこれを越える記録は無いとされている』」
「それは『ザナドゥ』」
「冗談。いや『ぼくの星を守って』なわけじゃないけどね。でも、確かに私の世界の伝統的な白星族は、全ての言葉を詩で口承するね。だって『文字』という概念が無いもの。だから文字媒体の情報記録が無いから、古いモノだったりすると、その意味はもう残ってなかったりする。我ながら何とも呆とした種族ね。でも、コチラの世界でも歴史的には読書において黙読よりも朗読が中心だったと聞くし、識字率的な関係もあって、そう珍しい事ではないなのかもしれないわね。まあ兎も角、だから近代に入ると情報を残すためや他の種族との交流の為に『言葉を作ろう』ってのが村興し的な目標になったりならなかったり……けどそれは本末転倒的な気がする。楽譜を文字で書かれても、って感じです。大体、周りがそうだからって合わせる必要ないわ。世界は一様ではないもの。例え見た目を着飾っても民族としての自己と自我と光を失えば結局は足場が無くなり不安に……ブツブツ」
と、リィラは些か辟易気味に人類学をぶった。彼は珍しいものが好きであるが、だからと言って古い物を蔑ろにするタイプではなかった。というより割と保守的な感じだった。新しい自分は古いを忘れる。ならばそうやって新しいモノばかり追い求めて行けば、何時しかソレを求める現在でさえ無意味になってしまうのでは……そう思った。一方、新しいものを取り入れる面白ければ良いウェンリーは、その感想を聴いてこう言った。
「そーなのかー」
「確か私とウェンリーって同じ出身世界のはずなんだけど、こうも知られてないものなのか。そりゃ私の故郷は田舎だけど……いや、違うか、白星族は世界的な民族だ、けれどもそれは神話としてで、現実としてではもうないという事か……世界って広いし、多いなあ」
「けれどもこの世界でなら私達は繋がれる。『そう、iPhoneならね』」
「別に世界何かと繋がりたくないわ。貴女みたいな友達が一人いれば十分よ」
「こーいう台詞を素で言うから困っちゃうよな。CERASUSも大概、天然だけど」
《いや、ウェンリー、その思考は誤りだ。俺は嘘が必要と判断されれば嘘もつく》
「そういう機械的反射合理思考からなる心なのかと小一時間(ry」
「素じゃないわよ。大体、私知り合い作るの苦」
りぃらのこうげき! りぃらはじゅもんをとなえてとらうまをつくりだした! りぃらのこころに427のだめーじ! りぃらはめのまえがまっくらになった!
「めげちゃだめーっ!」
うぇんりーのこうげき! りぃらのあたまに196のだめーじ! りぃらのめにほしがまわった! りぃらのめのまえがあかるくなった!
「ってなにすんねん」とリィラがウェンリーの頭にチョップ。
「痛い痛い、ジョーク冗句。ヤパーナなら割と何でも受け入れられるらしいよ。リィラみたいな可愛い子なら特に。あの国の許容量は異常、もとい偉大だ」
「アレは許容用高いと言うより面倒くさがり屋なだけだと思うけど。まあ確かにあの国は最初パニックこそあれすぐ順応したらしいけど。地震が多いから、地震に強いお国柄なのかもね。ほら、堅いよりも柔らかい方が建物って地震に強いし」
「魔術も普通に使うよね、邪教扱いもされないし。しかし、魔術って何だろね」
「何度もいう様に、『十字架教』や『量子力学』一つとっても宗派や学派が多様にあるように、魔術も術派によって意見が違うでしょうね。例えばある魔術の術派には『呪文という形で精霊に語り掛ける』とか『対象の霊を操作する』とか『自分の世界を広げ指を曲げるように世界を捻じ曲げる』とかいう論理があるけど、この世界の物理化学に即して考えれば、『魔力というエネルギーが原子に与える影響を操作している』と言えるかもしれない。例えば、TVリモコンの赤外線のように何らかのエネルギー波を発信していわゆる基本相互作用を現象している、とか。魔力を原子に与えて電子レンジの様に一定空間で振動させれば火、団扇の様に一時的に与えれば風、原子を固めれば土、周囲の水素と酸素を集めれば水……な感じで。でもTVのリモコン理論で言うのなら、他のリモコンでは作用しないようにしないといけないか。それにリモコンは飽くまでもスイッチで根本的な術式機構はTVにある。また事前に受信装置も付けなくちゃいけないし……この理論じゃ無理があるか。それとも心は物語がそうである様に物理的な距離と時間を超え、『E=mc^2』の公式に従って情報値を物質化現象するのか……」
「『固有結界』ですね、わかりまつ。とまれ、そうそう、そうなんだよなー、魔法使いが『固有の属性しか使えない』っていう設定はどーかと思うんだよなー。土も水も火も風も光も闇も、結局は原子・分子運動でしかない。そこん所どーなのかと。いやそりゃ、物理法則が違うって言えばそれまでだし、現に、私達の世界とこの世界の法則だって違いのかもしれないけど。けど水の魔術師ってすっごい空気が乾燥するだろうなあ。それこそ自然発火レベルで。『水の無い所でこのレベルの水遁を』を地で行く感じ」
「読者はそんな所まで考えない。はい問題解決」
「ソレを言っちゃあお終いだー。まあ、魔術ならそれこそ錬金よろしく電子配置弄って窒素から水素を造ったり、電磁波撃ったり重力増加も出来るのかもしれないけどね。如何なる高度な生物でさえ原子の塊に過ぎず、魂は化学反応に過ぎない」
「電子配置とは物理化学な……まあ、それもモノの見方次第なのかもね。『魔力』を『相互作用』や『波動』や『気合』や『念』と言い変えたり、それこそ、精霊魔術の『精霊』を『原子』や『素粒子』や『量子』や『蟲』としても。それは宗教の宗派や科学の学派よろしく世界の見方の違いであって、認識の優劣ではないでしょう」
「でもリィラよく言うじゃん。紙に鉛筆で絵を描く様に、往々にして魔術や超能力というモノは術者である力点と術発動点である作用点との間に変動はない――って」
「そうね。心は、『光や音がそうである様に『痛い』と振る舞っている他者の物質的何かが床や空気を媒介して伝わり自者に取り込まれて『ああ痛いのだな』と感じる器官』ではない。少なくとも、心は物語がそうである様に物理的な時間と空間を跳び越えて、何も媒介せず直接其処に現れる様に見える。まるでゲームの座標を書き換えるように。ならばその手のモノは、紙上に絵を描く様に、別次元や多世界や、或いはそれこそ精神世界といった場所を経由しているのかも。
いえ、何も『心』を礼賛するワケじゃないわ。私は観念論者ではないから。それは無教養と曖昧故に、都合良く解釈してるだけ。例えばウイルスや細菌の世界とは、ただ己を増やすだけの心無い世界かも知れない。異能もまた、その様なものかもしれない」
「それはオカルト?」
「だから、何を『オカルト』とするのかは者それぞれ。かつては宇宙の存在でさえオカルトであったようにね。物理化学を信仰しアイスシュタインを父とする者達の中には魔術や超能力と言えば何か不気味でインチキ臭いオカルトを想像する方もいるだろうけど、意外とソレ等を割と本気で信じている者は少なくない。それは大祭害前から宗教や超心理学を専攻できる大学がある事からも解るよね。知ったかの耳学問な物語はよく科学による魔術の淘汰を強調するけど、実際はそれほど淘汰されていない。その程度でマイナーだと言うのなら、TVゲームの構造の方がよっぽど魔術だ。失われたわけではない。ただ、少しづつ変わっただけよ。生命が進化するようにね」
時に、我々の世界はシームレスなのだろうか? つまり、アニメというのモノがいわゆる「とても速いパラパラ漫画」である事は知っているだろう。では、我々の世界は? 一分の無限大数秒間の間断もなく続いているものなのだろうか。その答えは、「続いている」。何故ならその隙間を我々は「認識できない」し、「しなくとも問題ない」からだ。往々にして我らが生きる世界とはそのようなもので、学問もまた然り、許容できる誤差は無いのと同じなのである。勿論、それは認識論の噺であり、事実は違う。そしてその事実を求め世界に異を唱える社会不適合者が科学者でもあり、真理を求める科学者とは多分に「魔」術的であるのだが……けれどもこれは別の物語、いつかまた、別の時に話すことにしよう。
「でも、その点で言うと、魔力一つあれば何でもできる様な気がするけど。よくあるGAMEやCOMICでは、何故か火と水の魔術は相性が悪かったり、限られた属性しか使えない事が多いわね」とリィラが言う。「元ネタの『四大元素』っていうのは事象の『相』の違いでしかないはずで、現実でもそれは分子運動や分子結合の違いでしかないはずなのに。少なくとも、炎というのは熱操作なワケで、なら氷も造られると思うんだけどなあ」
「加えて魔法で作った氷をまた魔法に戻せるなら、熱力学第二法則をガン無視してるね」
「もしかしたら、あの世界とこの世界の物理法則は何か違うのかもしれないわね。けど、魔術師がその世界の物理化学者だとするのなら、それは随分とショボ……質の悪い噺だ。土水風火を操り、しかも知識の無い万民に使えられる様に出来るこの世界の科学の方が、よっぽど魔法ね」
「そう言えば、異界者の中にはこの世界観が合わないって者がよくいるね。さっきの電磁波の話もそうだけど、重力が強すぎて動けなかったり、逆に弱すぎて形状を維持できなかったり、酷い時には酸素が毒にしかならなかったり。私達は健康でラッキーだね」と言いつつ、ウェンリーは思い出す。価値観も人間と似ているおかげで、コッチに流れ着いた時もたまたま持っていた宝石が高く売れてその場しのぎが出来た。出来ない者は、色々と身をやつした。特に白星族なんてのは見た目が良いから、まあアッチ方面で色々と……というのは下世話な噺か。「でも『一日が二十四時間』っていうのは勘弁な。時間進むの早すぎっちゅーねん。あとさー、漫画の魔法って何もない所に炎とか氷とか出すでしょ? アレって相手の体内に直接作り出せば強い、って思うんだけど……リィラは出来ないの?」
「怖い発想ねえ。魔術を攻撃に使うのは好きじゃないわ。あんまり攻撃魔術も知らないし。COMICとかだと大体、攻撃魔術しか出てこないけど」
「そうなん? 学校とかで習わんのん?」
「習わなくとも何となくできるしなあ」
「これだから天才は……」
「いやでも、士官学校や軍学校じゃあるまいし、攻撃系を習う方が珍しいんじゃない? それよりも、研究とか、家事とか、大工とか、もっと実用的なの習うと思うけど」
「まあ、私の故郷の学校もずっと土いじりばかりやらしてた方ですがね」
「まあ、とまれ、相手の体内に魔術なんて、考えた事も無いわねえ。物心ついた時から親しんで、こうするのが当然と思ってきたから。それこそ鳥が空を飛んで、生物が呼吸するように。けど出来ないのなら、きっと色々とそうならない設定があるのね、人殺しの戦争にも最低限のルールがあるように。あ、心理学用語で『パーソナルスペース』ってのがあるらしいよ。もしかしたら相手の体内は相手の世界、『掌握領域』であるからコチラからは手を出せない、って感じかもしれないわね。他にも『自我』とか『超自我』とか『防衛機制』とか『無意識』とか、中々興味深いわ」
「泥人形だけに掌握領域ッスか。気分は『無敵!』ッスね。魔力と超能力は同じ世界?」
「さあ、ね。けど、魔術にだって何からの理論と論理があるはず。荒唐無稽な夢でさえ脳の化学反応であり、言葉は文法に従って描かれて、老婆の術が魔術的でもそこには確かな薬学的知識が在り、或いは妖精や悪魔やGOSHなどという第三者の力というタネがある様にね。それはオカルトではない。そう言ってしまえば科学だって、所詮は経験則に過ぎないのだから。いずれにせよ、それは確かな力です」
「研究者だなあ。まるで数学者だ。『老賢人』って感じスなあ」
「エルフだから超高齢者なワケじゃないけどね。そりゃ、白星族は不老不死で、世界の神話だと『始まりの白星族』という種類の白星族達がこの世界における太陽に当たる星と共に産まれたとされてるから、そういう白星族は天文学的年齢だろうけどね。実際、私の故郷の長老は9999兆9999憶9999万9999歳とか法螺吹いてるし」
「小学生かっ(『何時何分何秒何曜日地球が何回周った時?』的な」
「でもクローンされた雌羊じゃあるまいし、産まれた時から百歳や千歳なワケじゃない。そして私はこの世界の時間で測れば15~20前後、まだまだ原始星、受精卵が細胞分裂する様な、幼星も良い所……だから、白星族だからと言って脊髄反射でお婆さん扱いされるのはちと辛い」
「不老不死なのに子どもが必要なの? てか生殖器あるの? 因みに鉱物生物である銀地族は魔改造で両刀でも無刀でもかまわないで食っちまう」
「そういう噺はいい」
因みに真面目に言うと、伝統的なイエラ型銀地族は親や子や兄弟の概念に乏しい。彼等は星の骨たる大地から制作された人形にて、そして星は生きているという思想を持つ。なればこの「ウェンリット」という自我存在は、空が風に、海が波に、地が山に成るような、星の無意識が励起状態になったモノ、氷山の一角のようなモノであり、つまり星のクローンのようなモノなのだ――と、この世界の知識に則せば言えるかもしれん。
「そして子どもは……ん? そういえば考えた事も無かった。アレ、どうなんだろう……何時の間にかポッと現れるんじゃない? 虹が出来るみたいに」
「ああ、『ざしき童子のはなし』的な」
「或いは、『ツチノコ』とか、『南極のニンゲン』とか、『赤いクレヨン』とか、そんな都市伝説が現実になったような存在かもね」
「因みに『赤いクレヨン』はMr.Ijuinさんが原作らしいです」
「イジュウインさんさん?」
「ちと間違えました。そして設定が何時の間にか一人歩きしてぐちゃぐちゃになっちゃうんですね解ります。うーん、そういう噺も何処から来たのか謎だよなあ」
「それか輪廻転生よろしく『つよくてニューゲーム』とか……あ、そうだ、この世界の神話では『シュバシコウが赤ちゃんを運んで来る』という伝承が在って――」
「ああ、赤軍はキャベツ畑から生えて狂っていう」
「それ何処の『アルファ・コンプレックス』? レタスの白い液でも飲んでろ」
「まあ銀地族は土から生えるけどね。もしかして『取り替え子』よろしく人里からさらってきてるんじゃなーのぉ? そして一年ずっと星月の光に当ててエルフの身体に造り変えるのだ」
「えぇっ。そ、そんな、じゃあ私は本当の子供じゃ……いやいやいや」
「あはは。ま、私はお姉さん扱いしないよ。大人しい妹エルフとか大好きだしね」
「あれあれ? 何か望んでるのと違うな?
まあ真面目な噺、そんなのは解んないよ。『D'où venons-nous ? Que sommes-nous ? Où allons-nous ?』――そんな事に確固たる回答が用意されているのは漫画やゲームの世界だけ。現実という物語は謎だらけで、それでも前に進まなきゃならんのだ」
「クールだね、ステキだね。そんな哲学思考はぼんやりした白星族には珍しいよ。彼奴等ときたら不老不死なもんだからそういう学問にはトンと無頓着で、『面白ければいい』とでもいう様に歌って踊ってばかりなんだから。ある意味、刹那主義だね。いやそりゃあ、黒人が誰でも運動能力が高いワケじゃない様に、それは偏見入ってるけどさ。私だって天多ある少数民族の一欠片だし。皆、元気にしてるかなあ。故郷の土が恋しいよ……食料的な意味で」
「因みにこれは研究ではなく感想文……参考文献や引用の無いテキストを書いていいのはSNSか高校生までです[要出典]。そして白星族だからと言ってぼんやりしているワケじゃない、十字架教の宗派が一つではないように」
「でもリィラはぼんやりしてるよね」
「う? そうかしら、別にそんな事ないと思うけど……例えそうでも、それは血液型判断みたいなものじゃない? 誰にだってそういう所はあると思うけど」
「無知故に無恥、天然とサイコは紙一重、病気と健常者の違いとは……むにゃむにゃ。でも、真正面から仕掛ける事無いよね。オールレンジ攻撃とかすりゃいいのに。アレかな? オサレポイントかな? ノリの良い方が勝つのかな? 近今の次々と技を開発していく主人公勢の中、一つの技を武骨に磨き上げる精神は立派だと思います」
「また急に話変える……あれ煙幕くらいにしかなってないし同誌じゃ技すら持ってない天パとか自分より遅い技に目覚めて莫迦にされるチーターもいるけどね」
「そこでAとBを合わせたCですよ!」
「そんな事言ったら全面毒ガス散布とか姿消して暗殺とかが一番って事になるけど。『スターシーカー』さんが言ってたよ、大多数戦では直接攻撃より状態異常の方が強いって」
「北斗神拳は無敵だぜヒャッハー! でも駄目だね。大袈裟で派手な手法でないと子どもにゃあ受けません。小手先の技術は心眼とか気合とか根性でどーとでもされますから」
「あー……でもそもそも大体は魔術より銃の方が便利だし、強いんじゃないかしら」
「自分が主人公側ならいいけどなあ。銃は敵側となると途端に頼りなくなるから。それこそ剣にも敵わない。強い時には戦車にも勝てるクセに。機械が気合でどーにかなっちゃあそれはもう機械の終わりだね。ま、カッチョイイから好きだけど」
「銃は音がビックリするから好きじゃない」
「あはは! 好かないなら仕方ないねえ」そう言って明るく笑う。銀地族は文字通り土の民であるが、陽気さは日のようだ。「ともかく、魔法ってデタラメ過ぎて萎える時があるのよね。強さの理由付けがふわっとというかフラットというか、厚みがない」
「『きっとスーパーサイヤ人5とか6とかになるでーじょうぶ!』的な?」
「漫画の知識で物事を語るのは痛いぞ」
「べべべ別に漫画だからってワケじゃないですぅー!」上京してきた田舎娘がそうである様に、人里離れた地で過ごす森の民タイプのエルフ娘の興味を引くには都会で流行りの品物を見せるのが有効だ。何せ彼等はその手の好奇心で一杯なのだから。そして大学受験の為に上京して来たけど道に迷った女子校(×高)生を騙す様に「良い話がある」とか何とか言ってホテルに連れ込んで服をめくるめくるのAV出演げふんげふん……ところでエルフでオタクってこれ新ジャンルになりません?――異界書房刊『May Club~人外娘の落とし師だけど質問ある?~』より抜粋。「てゆーか貴方も使ってるじゃない」
「ズルい言い訳っ」
「まあともかく、『頑張れ頑張れできるできる』っていう根性論は、アレじゃない?」
「ならRPGみたいに『Lvが足りなくて相手に勝てない』みたいが良いの? 完璧に準備立てられた予定調和が良いと? そんな事言ったら、ちょっと一年か二年血反吐はいて死ぬほど努力した若者が十年選手や敵幹部に敵うわけがないって事になるけど。『努力すれば何とかなる』のは、結局、才能ある者だけだからね」
「あはは、流石シニアはいう事がシビアだ」
「エルフの誰も彼もが百歳や千歳だと思うなよ」そう言うリィラはちょっとおこになったようだった。「でも、そんなふわっとしたのも魔術の強さなんじゃない?」
「現実はそんな甘い考えではいけませんぞ」
《では魔法が現実に在るこの世界は、甘口か否や》
Tut,tutと人差し指を振るウェンリーに対し、CERASUSが何気なく言った。その言葉にウェンリーは「むっ」と言葉に詰まり、リィラはくすくすと咲う。
「でも、灰泥界異かあ。アレ探すの大変らしいわよ? 超能力者でも中々だって。曰く、何か煙みたいに靄がかかるとか混線するとか」
「灰泥だからぐちゃぐちゃしてるのかも。他者を取り込むっていうし、そのせいかもね。いや超能力が精神的なものなのかは個人差がありますし、知らないけどさ。でも噂をすれば何とやら、こうやって話してればアッチから……」
そんな事を言うと、リィラが「あっ」と声を出す。ランタンが強く燃えたのだ。
「まさか本当に? 近くに居るわ」
「何処に?」
「だから近く。えーと、ほら、あの宝石店……」
と、リィラが光の指す方向を指をさした、その時だった。その宝石店が内部から膨れ上がり爆発した。しかし飛び出したのは赤い炎と灰色の煙ではない。もっと毒々しい、濁ったドロドロの灰泥である。それと同時に店を飛び出す者が二者。一方は如何にもな目つきの悪い狼に変異した元人間の狼人の男、もう一方は見た目は人間の年端もいかない少女、いや少年か?、歳が幼いせいか中性的で解らない。ともかく子どもである。そしてリィラが持つ灯篭は、彼等を照らすように追っていた。
「Phew♪ 白昼堂々と泥棒なんて、ぶらぼー、ぶれーばぁ」
「か、感心してる場合じゃないでしょウェンロー! 噛んだ……」
「(親指を立てながら)可愛い」
「(照れながら)と、兎に角、彼等が追ってる者達よ、捕まえなきゃ! ああいやその前に通報かな? 何処に通報しよう。やっぱり警察? FBI? それともNASA? またはIBM? 或いはグリーンベレー? デルタフォース? CIA? SDI? コマンド部隊? Aチーム? MIB? PMSC? NGO? UN? JLA? Xーメン? FF? Avengers? SSSP? FAF? EDF? FOXHOUND? レイブン・ネスト? 帝国華撃団? タマネギ部隊? ムーンエンジェル隊? ミスリル? 機動六課? 公安9課? スカル隊? 宇宙警備隊? 銀河連邦警察?」
「落ち着きなさい。何時だって冷静に。性急は事を欠くだけ……って古今東西の戦う働く人集めたらとんでもなく多いなオイ。敵さん可哀想になって来るぞ。まあこういう時は、取り敢えず、超法規的措置の心意気で最寄りの喫茶店で甘めのレモンティーを頼んだ後に素数を数えながらひっひっふーと吐き出しながらプラプラ様の石像の前でパンを尻に挟んでをせっかくだから赤の公衆電話で212-963-8687とダイヤルを回」
「お前が落ち着け。ええい、冷静とは言っても、取り逃がしたら元も子もないぞっ」
そう言って、リィラは突然の爆発に騒ぐ周囲に見向きもせず走り去ろうとする二者に向かって駆け出した。そして、
「『a lyo sey du ha ray ELBRAIZE』」
そう謳うと同時に「Jingle」と鈴の様な音が響いた。まるで降誕祭において、赤い服と白い髭でトナカイに乗り「HOHOHO」とプレゼントを配る奇蹟者サンタ・クラウスの到来を知らせる、スレイ・ベルの様な「シャン」と鳴る美しい音色。
その詠唱される詩は彼の独創ではなく、既存の楽章からの引用、つまり彼の世界の星と花と音を主題とした「光咲かす詩」と呼ばれる讃美歌、世界を素晴らす歓びの詩。その相は命の数だけあり、その種は導の数だけあり、その旋律は言葉の数だけある。
では此旅の楽章、奏でましょう。花色は「凛璃硝子」、星題は「不征服愛」。皆様方のお目がもし、お気に召さずばただ夢を、見たと思ってお許しを。
その楽章にて火は灯り、その身が白金に輝く魔法球に包まれた。包まれている時間はきっかり三秒。次いで卵を割る様に光から現れたのは、月剛石の星屑衣装。身体に鎧、背に外套、右手に盾を携えた白百合の騎士である。リィラは盾から左手で剣を抜き放つ。それは長い柄と刃を持ち合わせた、槍と剣を合わせた様な、長柄剣。騎士はその切先を向けて叫んだ。
「待ちなさい、そこの盗者! 我は日と月を音でる白き王『明暗皇』がニ星、妖精王オーンと妖精女王ターニャの娘にして星刻騎士団の一振るいアルトリア・リィラ! そして今は一走のランナー! 此方には一方的に己が権利と保護を一切放棄し、一方的に其方の権利と保護を一切無視する覚悟がある! だが個人的には無益な戦闘は御免被る! それでもなお相対する敵意があると言うのなら、此方も問答無用の敵意を持って、星杯より注がれし白光を妖精国が子等、黄土、赤火、青水、緑風で鍛えたこの『星辰の杖』が其方を断」
それに応うは黒い弾丸! 子どもが手から泥のよう塊が放たれた。しかしそれはリィラの盾に防がれる、前に撃ち落とされる。
「名乗ってる場合じゃないみたいだね!」
まあヤパーナのSAMURAIじゃないんだし、敵さんはそんな名乗りは先ず待たない。
そう言ってウェンリーが横に並んだ。その両手には何時の間にか銃がある。一方は米国御用達「コルト・ガバメント」で、もう一方は西部劇でも気取っているのか「ピースメーカー」だ。そしてウェンリーが手合わせ錬成よろしく両の銃を併せるとおっかなびっくり「エレファント・ガン」に早変わりした。
いや銃の名前なんてどうだっていい。「どの銃が一番か」だなんて、そんなのは戦争処女か実射経験もないミリオタ(笑)か選ぶ余裕のあるブルジョワジーに任せればいい。銃なんて「デッカードブラスター」でも「ショックガン」でも「スーパースコープ」でも、何でもいいんだよ。ヒャッハー、暴発もジャムも爆発四散も怖くねえ! せっかくだから、俺はこの赤の銃を選ぶぜ! えぇっ!? そんなのは愛が無いだって? バーロー。戦場で愛だの何だの言う奴はなぁ、「瀕死の兵隊が甘ったれて言うセリフなんだよォ!」。ましてや「こんなもんはな、撃てて当たりゃいいんだよ」←この台詞を言う時は様々な銃の性能を一週間徹夜で調べた挙句「どれも同じだよクソッタレー!」とキレ気味に投げ出す様に言って不貞寝するのがベスト(そして「後、敵が一人なのに味方がいなくて武器も弾丸一発しかネーッ!」って時にスカるどころかジャムって死ぬ。無論、そんな素晴らしく奇跡的な絶望が実際に起こるのは千発撃って一回あるかないかだろう。だが現実の戦争は一日の戦闘で何千所か何万発も撃ち、これまた無論、一回死ねばコンティニューは無い。「ズルして無敵モード」な方達は知らん)。
しかしその台詞は、実際、戯言ではない。如何なる恐竜もミジンコも脳なり心臓なりを貫けば押っ死ぬし、その貫く武器は鉛筆でも鉛玉でも構わないし、貫けないまでも手なり足なり弾かれれば滅茶苦茶痛い事には変わりない。当然の如く、現実で、当たったら痛いのである。殊に弾丸はという存在は凄まじい。その拳にも犬の糞にも満たない大きさと質量に、一体、どれ程の殺意と敵意を込めているのか。どれほど込めれば、あれほどの力と速度を持てるのか。あんなものを持つ奴は、きっと頭がおかしい奴だ。ましてやリアルで人を殺す殺人者も、RPGでモンスターを殺す英雄も、平和的解決を模索せず問答無用で相手を絶対悪と見なす正義も、正気度(SAN値)で言えば変わらないぜ!
ウェンリーは巨大な銃を片手で持ち、相手に向かって狙いを定めた。狙うは腹。殺しはしない。だけど強盗するなら痛い目は覚悟の上だろ? そんな事をニヤリとする笑みで語り、彼は「BANG! BANG! BANG!」と男に向かって引金を引いた。それは狙い違わず相手に飛び……しかしそれ等は全て子どもが身体を張って防ぎ、水に沈むように全て喰われた。当たったけどノーダメージ。
「あにゃっ?」
「おっと? 誰だ誰だ、化物に鉛玉如きで闘おうとする頓痴気は? ハッ! 何だお前等、警察じゃないな。遊撃者か?」それに気づき、男は立ち止まって嘲るようにそう言った。歳はそろそろ若い子におっさんと言われそうな頃だろうか。品の無い眼で二人を見る。「ああ、お前等知ってるぞ。【星の雫】のリリーシャルと【巨人の武器屋】のヴォルテリッターだろ。くく、生は初めて見たが、御美しくて可愛いねえ、妖精の様だ。お前等もコレに喰わせてやろうか?」
「タダというワケにはいかないな。お前達に用がある。叡智の星を知ってるか?」
「ふむ、聞いた事あるようなないような」
「嘘付け知ってるだろ。その石、渡してもらうぞ。Or else……俺の『S&W M29』が44マグナムで火を噴くぜ?『Go ahead, make my day』ってな」
「Huh、女は撃ち込まれる方だろ。無論、白の弾丸をな。嫌だと言ったら?」
「弾丸を喰わせてやる!」
銀地族の身体は雪山においた鋼のように冷たく硬くそして黒い。だがその瞬間、漆の身体が太陽核のように「火ッ」と丹くなる、星屑の様に身体に生えた鉱石が「金ッ!」と彩やかに色めき立つ。彼の黒い柔肌が鋼の様に硬くなり、血液がマグマの様に熱くなる。心が星の核の様に身体を内から焦熱する。その熱は凄まじく、鋼鉄の外骨格を著しくヒビ割らせ、隙間から火粉と白煙を吹きあがらせる。その様はまるで火山、悪魔、ターミネイターを「I, ll be back」させる溶鉱炉、目でもなくバスーカでもなく口からビームを出す「黒鎧竜」にて、「鉄の躯 灼熱の血潮 あなたは騎士 鉄血の騎士」。
ヒュ――ッ、見ろよやつの筋肉を…まるでハガネみてえだ!!、というのは女の子にとってどうかと思うが、彼にとってはそれもまた称賛だ。それは魂と存在の強度を示す故に。この世界における聖母たる、天上の金星たる「彼女(Sea)」を指し示す御名の一つ「白百合」がその美しさを指すのなら、それに対して「白石」とは風化しない堅牢な様を示し、「永遠」「無垢」「貞操」などの常盤なるモチーフを示す。彼は黒いが……誤差だよ誤差!
彼は骨の身体を持った銀地族と肉の身体を持った人間族の混血である。なので、普段は人間族に溶け込むために柔和な動物の姿を成してい要るが、いざ銀地族の光を偏光させると途端に堅牢な鉱物の姿に変身するのだ。そして彼にとって錬金術とは、その「土の民」たる銀地族の力を拡張した術である。故に彼が錬金術を使う時、銀地族の本来の性質が浮かび上がる。それは「火」と「土」、つまり「錬鉄」、或いは「金」。故に彼の肉は黒漆の鋼鉄と成り、その血は赤赫の炎と成り、合わせて太陽の様に輝き煌めく。「無限の剣製」だってやっちゃうぜ。
少年は刃を鍛える様に、強く地面を踏み抜いた。それと同時に「BZZZ!」と発せられるはフルメタルニーサンよろしく電撃発火。チェレンコフ放射か青色偏移じみた青い光。余剰エネルギーが光子と成って散逸する。足元から地面を奔る「始動」「展開」「完結」「円環」を主題とする円を基調とする術式陣は、フラクタル模様が極大的には混沌に見えながらも極小的の部分では秩序に見える様に、EngでもJapでもない術式を描いて理論と論理を記述させる。理解・分解・再構成。完成した術式に従って物質構造は組み替わり、地面は存在を変形させ、想いは武器となって具現化する!
「その術式放電、錬金術師(Arkchemist)か!」
「銀地族(Dvork)だ!」そうして現れたるは身長の割に腰の太い肥った武器。人間を月まで飛ばす大砲だ!「しかも先の様なただの弾丸と一緒にするなよ!?『しんじようが しんじまいが わたしは』錬金術師。原子や量子や粒子や果ては心といった星々を連ね、連星し錬世し錬星する! 手前が白の弾丸なら、此方が撃ち込むは、無論、魔法染みた銀の弾丸――泥人形程度の玩具など軽くクラックしてやるわ! 文字通り喰らえッ!」
喜々と鬼々とした笑みを持って、ウェンリーは「BOOM!」と混凝土コーティングした球を発射した。確かな質量と強度を持つ敵意が男に向かって突き進む。が、
「腹の足しにもならないようだぞ?」
男の言の通り、砲弾はいとも容易く止められた。いや喰われた。男の連れていた子どもの腕が液状化し、風呂敷よろしくずるりと砲弾を包み込んだ。次に残ったのは何も無い。消化すると泥の腕はすぐさま元の人の腕に戻った。
「Oops! チェッ! これくらいの光度と錬度じゃ効かんってか。てーかやっぱり、ソイツが例の叡智の石、否、アズの魔法使――『小人』か!」
「ほら、お返しだ!」
男が右腕を指揮のように大きく振った。それを合図にして子どもが両腕をウェンリーに伸ばした。そしてぐにゃりと溶け筒状になり、そこから散弾よろしく泥を飛ばす。
「うわわ、助けてリィラっ」「言われずとも、『lal yea li fa ray Lar Lagin』」
リィラがウェンリーの前で盾を構えた。その盾と謳声に従って共に光が二人を守護する。光に当たった泥は蒸発し煙となる。しかし泥は範囲攻撃でむっちゃめったら撃ち込まれ、泥がリィラ達以外の通行人達に飛び散った。そして、
――おキレの角はカンカンカン
――ばけもの麦はベランべランベラン
――ひばり、チッチクチッチクチー
――フォークのひかりはサンサンサン。
子どもが無言のまま、呪いの様に手を動かすと、なんと、それ等の泥は見物人をハムニバルした。
「うわっ」「きゃっ」「なんDAコレッ!」「つか、え、何かどんどん」「沁み込んで……!?」
呑み込まれた者は泥人形と化し、地面や壁に破裂した泥もまたそれらを媒介にして泥人形を造り上げる。泥人形となったモノの意識は奪われきちがい鯨のような声で「ケテン! ケテン!」とどなりまして、ワインに泥の塊を打ち込むように辺りが一遍にマイケルクエストで「スリラー」する。その成りはさながら有刺鉄線で作った人形といった感じで、泥が血の様に滴り落ちて、見る眼にも非常に痛々しい姿だった。しかも元の姿形を保っているのだから大した趣味だ。テーマは「相手に傷付けられないように服を着たけどその服自身が痛くてこりゃ不味い」という所かな?
「おっ、おいおいおい! 観客を巻き込むのは無粋だろ!?」
とまれ、ウェンリーはそれを見てそう叫ぶ。蜘蛛男染みたシニカルな笑みからは、怒っているかどうか解らない。ソレに対し、男はあからさまに見下して笑う。
「はっ、おいおいおい。この世界自体が舞台だろ。役者も観客もあるものか。文句言うなら助け出すんだな。そこで蛾の様にグルグル踊ってろ。だが俺は先に行く」
そう言って男と子どもは逃げ出した。「あ、待て!」とウェンリーは慌てて地面を踏む。足元から電撃が男達に向かって素早く奔る。
だが届かない。五mにも満たない距離で光は止まり、そこから勢いよく10m程の壁が生えた。男達を足止めしようと思ったのだが、結果的に己に対する壁になってしまう。ウェンリーは小さく「チェッ!」と舌打ちし追おうとするが、泥人形がウェンリーに拳を振り上げる。ウェンリーがそれに脚を止めようとし、
『van gasshio 炸裂する力――〈激衝撃(High Shock)〉!』
しかしその前に泥人形が見えないハンマーで殴られたように吹き飛んだ。リィラの術だ。しかしそれは先の謳うような詠唱ではない。
これは「即席魔術」。機械と魔術の共存を探る魔機結社が大衆向けに開発した商品の一つ「汎用術式」。リィラの足元に七芒星を基調とする魔法陣が描かれている。その意は「360÷7」、不可能を可能にする無限の事割り(誤字ではない)。現界や異世界の宗教に配慮しその全ての術式を人工言語で組んでおり、ちょっと外国語をかじった学生小説よろしくテスタメントやクルアーンといった既存の聖典や神話から引っ張って来ていないのがポイントです。
これは外連味のある言葉で言うと世界の常識に介入する認識術(Alicematec)というモノで、人文科学的ルーンやクレストやグルグルした闇魔法に似た筆記術(Semiotec)のうんぬんが自然科学的物理化学に似た計算術(Calcutec)をどうこうして出来た様な気のするなんちゃって術である。基底術式を常に無意識下で常駐させる事により術式発動の度に必要な起動を無視できるのが特徴。また術式を並行動作する事により同時に異なる種類の術を行使する事も可能にする。それ自体には意味の無い『命令』という特定羅列を唱えるか、『指揮』という特定動作で術式の入出力を行い、慣れればコレも無視できる。経験値が溜まるとコチラの意思を汲むように貴方のMP値(MP値については詳細項目を参照)が許す限り『自動支援機構』が文字通り自動で支援術もしてくれ、他にも受動的な身体強化や能動的な攻撃支援は勿論、鬱陶しい前髪が眼に入らないようにしたりスカートの中を暗黒空間にしたりカッチョイイBGMや小粋なSEを付けてくれたり吹きすさぶ風がなくとも正義マフラーをたなびかせたりとありそうで今までなかった仕様まで完備されています。更にこのソフトはオープンソースとなっており、技術知識のあるものは「光色」と呼ばれる言語を使って性能を自在に拡張でき自分だけの術式を造る事が可能です。さあ、「Hellow, new world」、これで今日から君も魔術師だっ!――即席魔術一式付属取説『尻から魔法が出るほど簡単な魔術本・Welcome Wonder World』より抜粋。
まあつまり早い噺が魔術の道具化である。資本主義だ! 神秘も幻想もありゃしねえ。しかし侮るなかれ。即席故に質も種類もそれ相応になるものの、量産品も専門が使えば言わずもがな、軽いダイナマイトである。
「ウェンリー、此処は私に任せて先に行って。後で追い付くから」
「えぇ? でもこんな数相手じゃリィラでも泥人形に掴まってイヤーンな事に「ならないし叡智の星相手なら錬金術の方が良い。それに大丈夫、警察呼んだから(親指グッ」現実的な解決策ですね……。でも良いのかな? 私はリィラの様に厳しくも優しくないよ。何の主張も無く殴り飛ばす。単純に喧嘩が好きだからね。イエラの銀地族は喧嘩好きさ。特に徒手空拳の素手喧嘩がね。少なくとも、私はそう」
それは正義や悪の主張の為ではない。強いて言えば正義はより正義に、悪はより悪に。肉と骨と魂を打つけ合い、鉱物を鍛える様に己が世界を錬星するのだ。それは相手のナニとソレをぶつけあい絶頂し一つの星命を創り上げる様な心地良さである。叩けば響くって素敵な事。痛みがエンドルフィンやアドレナリンのソレとごっちゃになってる可能性有。
「それは貴方の心意気であって、私は否定するつもりはないわ。けれども一抹の同情が在るから、出来るだけ早く行く。それと一言、相手を軽く見ない事っ!」
「解ってるさ! ならばOK、後は任せるっ! ヒャッハー、行くぜセラ!」
《I’m on it. Good luck -> lyra》
そう言うと、ウェンリーは駆け出した。逃がすまいと泥人形が囲む。しかしウェンリーの踏んだ地面が閃光する。いや正しくはウェンリーの足と地面の間が閃光する。するとまるで同極の磁石をくっつけるように、ウェンリーの身体が飛び跳ねた。先程自ら造った壁に跳び乗り、ソレを足場にしてさらに跳ぶ。優々と灰泥の包囲網を突破して、リィラを残し二者を追った。
「『大丈夫だ、無事に行ったようだよ』。とは言うものの……」泥人形がドロヘドロと迫って来る。その数は全部で十数、いや二十数?、というか増えてる?「コッチはコッチで分が悪いなあ。泥人形とは言え元一般市民を叩き斬るわけにはいかないし、困るなあ」
そう溜息混じるに言うリィラ。東方の島国の宗教「Shinto」には「Wakemitama」という「神は無限に分かる事ができ、そうして出来た分霊は元の神に影響はなくかつ元の神と同じ働きができる」とかいう「CAP」みたいな設定があるが……さて、この二次創作達はどうかな。全部が原作と同じ力量ならちょっと厄介だけど――そう思うリィラを囲む泥人形。その囲いの外には、貴方が見知った影が四つ(或いはそれ以上)の在った。その内の一つが元気良く指差してこういう。
「あーっ、ケーさんKさん! ほらほら、またアノンちゃんが見つけましたよーっ!『良お~~~しよしよしよしよしよしよしよしよしよし(略』。『スタンド使い同士は引かれあう』……漫画に書いてた通りだ! 今は無きお父さんの言ってた事は本当だったんだ!」
「ソレは良いが、お前、役割取られてどんどんレア度下がってるぞ?」
「えぇっ!?」
元気の良い少女は途端にしょんぼりした。
――――――第弐幕 第壱場 終