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パンク・フィクション ―PUMP ZAPTION―  作者: 雑多
黒と虹と祭り彩る星々(おもちゃ)と ~The Parade of the Mad-Mud Dolls~
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ギエピー三分苦ッ王 ―NAN-DA-CORE―

 第壱幕 第陸場『ギエピー三分苦ッ王 ―NAN-DA-CORE―』


 CLAP!、と灰泥が弾けた。

「何……ッ!?」

 水風船が爆ぜる様に灰泥が飛び散る。それは地面を汚し壁を汚し、勢いよく辺り構わずぶちまけられる。しかしそれは飛び散った灰泥の一部であり、もう一部は宙に浮いていた。爆発して飛び散って、しかし途中で、まるで空に飛ぼうとして星の重力に捕まったかのように、その運動を宙に止めていた。そして実際、灰泥は重力に引きよせらた。

 灰泥が弾けた中心には子どもがいた。その子どもは首をポッキリ曲げて空を見つめ、莫迦みたいにあんぐりと口を開けていた。その開けられた口の少し上に黒い球体が出来ていた。飛び散った灰泥はその黒い球体に吸い寄せられた。「黒洞」を連想させる球体はぎゅるぎゅると渦潮よろしく風呂場の排水溝よろしく灰泥を吸い取って、しかし球体は大きくならず、圧縮される。やがて辺りの灰泥はほとんど球体の中に取り込まれ、すると口を開けていた子どもは爪先立ちして、紐に吊るされたあんぱんを取るかのような無造作さで、

 ――gulp.

 ごきゅん、とその球体を飲み込んだ。ごちそうさまです。

「な、な……!?」

 ここまで五秒。灰泥が弾け飲み込まれるまで、ケイはその光景に驚くどころか呆気にとられ、ただただ成り行きを見つめるしかできなかった。

「うえー、べとべとぉ……」

 そんな止まったような空気の中、そんな間の抜けた声が聞こえてきた。路花である。その声を聴き、ケイはハッとしてかぶりを振る。

(取り乱す姿を見せてはいけないな)

 ケイは辺りを見渡し、ホシフルイが一早くソレを見つけた。ケイは路花の帽子を取りに行き、次いで、路花の元まで歩いて行く。爆心地に居た路花は水も滴るとばかりに灰泥を頭から被って、地面に座り込んでいた。その姿は石油をぶっかけられた鳥である。

「お嬢さん、大丈夫か?」

「おうミーティカだぜオレはゲンキだぜあまりチカよるなオレのオレオとってオレオ牛乳に付けてびっちゃびちゃーケーキは嘘で黄色味でわ、わ、わ「落ち着け(ホシフルイでスパコーン)」(星がぴよぴよした後)ホレイショー、俺は死んだ。過去形だ。もうどうにもできない。未来は見知らぬ背後から来て過去は見知った目前に在る。俺達は誰もがムーンウォーカー、日進月歩、それでいて『私たちはみんな、未来へ…未来へ還るの。私たち、幾度も転生を繰り返して、銀河系も、地「もう一発」きゅ~ぅ♪(涙目になった後)あっ、ケ、ケイさん。はい、大丈夫、路花は大丈夫です……何故か頭が痛いですが」

 因みにケイが殴ったのは路花の魂……物理的な傷はない。どういう原理かは、TVゲームで突然ダメージを食らえば解る。兎も角、びちゃびちゃと灰泥を振り撒きながら返事した。その声は戦闘の余韻が残っているのか、それとも灰泥に喰われかけた事が恐かったのか、何処か緊張し、しかし安心した声だった。ケイはソレを聴き、一息ついて肯いた。

「それは何よりだ。ところで……」ケイは路花の眼の前に座った。視線を合わせ、ジッと眼を見る。「お前アレか? COMICよろしく銃を撃ったら弾切れまで『カチカチ』やるタイプか? アレは駄目だ。非常時の為に常に余力を残しておくのが闘いの定石だ。そして何より自分を犠牲にされると結局色々と対処に困る事になる。地雷がどうして面倒か、知らんわけではあるまい。ダメな時はちゃんと言え。最悪なのは無理に我慢して、取り返しのつかなくなる事だ。仮にもメリューの義娘だ、ソレを知らんとは言わせんぞ。ま、元気な世話焼きっ子属性は嫌いじゃないがね。だが少なくとも俺の前では二度とするな」

 路花は一瞬、呆気にとられた。ケイは怒っていたのだ。しかしすぐさま反論した。

「そ、それはケイさんを……!」

「解ってる。それについては感謝する。ありがとう」と、ケイは手の甲を路花の額に当てて言った。「だが俺は基本的に放って置いて大丈夫だ」

「でも、でも……」

 いや、ケイは怒ってはいなかった。叱っていた。路花にもケイの言い分が間違っていない事は解っていた。だが路花にとってそれは良かれと思ってやった事である。それを「駄目」と言われたら言い返したくもなるだろう。だがケイはそんな路花に対して、その口元に自分の人差し指を当てて「Hush」とやった。

「お前の言い分はちゃんと聴く。俺もワンマン上司は好かん。自分が正しいなんて思っちゃいない。けど先ずは落ち着け。その後でも何か言いたい事があるのなら、ちゃんと聴く」

「そっ、ぐ、ぐぬぬぬぬ! ぬ……ぬ~…………」

 路花は自分の唇に指をあてられるままケイに対して眉を曲げたが、ケイの真っ直ぐな眼から逃げられなかった。眼を逸らせずに直視していると、やがて血の気が抜けるように、すーっと落ち着いた。

 ケイは真面目な気持ちで言っていた。別に普段が不真面目だというワケではないが、路花にとってなまじ今までフランクに接された分、今のケイは恐いとさえ思われた。ケイの言う事は正しく思われて、少なくともちゃんとコチラの気持ちを汲んでいた。良かれと思ってやった好意にはちゃんと感謝を言ってくれた。けど自分の手助けは勘違いで、それどころか余計な面倒を増やすところだった。それそれ、これはこれ。そういう事は、ちゃんと正しく、受け止めなければ。

「……ごめんなさい」

 路花は頭を垂れた。酷く反省しているのが、声が小さくとも、心を読まずとも、見て取れた。ちゃんと自分の失敗を省みる事が出来るのは、路花のしっかりした所だった。

 ケイはソレを見て小さく息をついた。些か安堵したように。だがそれが何か照れ臭くて、それを押し隠すように、無意識に、ケイは路花に手を伸ばした……が、途中で止まった。彼は彼女の頭を撫でようと思ったのだ。かくも漫画のヒーローがヒロインにする様に。飼主がペットにやる様に。脆弱な子犬パピーと決めつけて、無条件の承認と必要と従順を望むように。吐き気がする事に。胸糞悪い事に。

 ――愚かな。是は「青い鳥」。飼い馴らせるモノではなく、飼い馴らすモノでもない。ましてや誰かに飼い馴らせる程度の鳥に、一体、何の価値がある。

(解った、解ったよ。フェミニズムにやれって事だろ?)

 ケイは自分自身に、親に叱られた子のソレの様に、言い訳にもならない言い訳をした。解っている。言い訳とは、所詮は時間稼ぎに過ぎない。だが後にしてくれ。疲れてるんだ。ケイは心の中で頭を振り、かくして手は宙に浮く。その手はフラフラと彷徨って、

「成程、謝罪か。……ま、お前がそう言うのなら、それで良いさ。俺は、な」

 ふと、彼女の帽子を持っている事に思い出した。ソレを路花の頭に被せ、ぎゅーっと上から押さえつけた。今度は離すなよとでもたしなめるように、またはもっと頑張れとでも励ますように。何とか場を保てた。

 そんな彼の心の知らぬ路花は、ソレが少し腹立たしくもあり、しかし同時に照れたように笑った。ただ単に褒められるのを嬉しがる子犬の様に。この手の感覚は路花にとって、自分より大きい者が一杯いる彼女にとって、珍しくなくも久々だった。そんな気持ちの中、

「俺の方もすまない」

 と言われたもんだから、路花は意味を捉え損ねてキョトンとした。

「え、っと?」

「迷惑かけた。力不足だし、連携もできていなかった。……特に連携は俺のせいだな。一人が長くなるとコレだからイカン。自分だけで何とかしようとする。あの最後の瞬間移動だって、攻撃が効かなかったらどうなってたか。正直、相手を甘く見過ぎてた。すまん」

 と言って、ケイは小さく頭を下げた。

「あ、いや、その……」路花はしどろもどろと手を宙に舞わせた。「や、やだなー! 愁傷になっちゃって。上司は部下に頭を下げるべきではないですよ。『えへん』としてるのが仕事です。どんな敵が来たって、一気にドカーンとブッ飛ばせば……」

「『真剣勝負はフィーリングでやるもんじゃない』。派手なエフェクトや、爽快感のある舞台ステージ、騒がしい音楽ビージーエムもいいだろう。俺もそういう外連味は大好きだ。何より俺も勝負っていうのは、己の勝ち負けだけじゃなく『ギャラリーを沸かせてナンボのもん』だと思ってる。だがそれも試合ならだ。命と誇りを賭けないのが前提だ。だが是はゲームじゃないし、ましてや遊びでもない。仕事なら勝てなくちゃ意味ないし、真面目にやらんと宿敵ライバル役にやられる前に呆気なく車か何かで事故って死ぬぞ。必ずしも現実は物語の様に、死に際に感動のハイライトなど用意してはくれないのだから。

 俺もお前の意見をちゃんと聴くから、だからお前も、ちゃんと聴いてくれ。そこはちゃんと、互いに言い合った方が良いと思う。だけど飽くまでも非難じゃなくて、批評でな」

 しかしきっぱり、ケイは言った。自分の失敗を認めたように、ちゃんとの相手の失敗も認めなさい、という風に。その言葉に路花は、

「わ、解りました」と不慣れそうに、しかし納得したように肯いた。「じゃ、そうですね。次はもっと頑張ってくださいね。けど、助けてくれてありがとうございます」

「何というアバウトな評価だ……」とケイは苦笑いして肩をすくめた。「そうしよう」

「後、助けて欲しくないのは解りましたが、危険と判断したら問答無用で割って入りますからね。無論、私が死なない方法で」

「えー? ……ま、いいさ。どうせお前は超能力少女……どれだけ嫌と言ったって、最後には心が物理的な壁を跳び越える様に、瞬間移動されるもんなあ。ん? 何かラブコメの匂いがするな」

「超能力ヒロイン……もっと増えていいと思います」

「SFの古典だからなあ……意外と中古なのよね、超能力。てか魔法の方が夢あるし」

「夢は目的地ではなく原動力! 物語は目標ではなく、糧にする影法師! そして今や超能力はリアルな噺! 人類の夢が、今、此処に在る!」

「逆に言えば超能力も日常系になってしまったワケでして」

「それなんよなー。己の力で超能力の力を解き明かそうとしたのに、何時の間にか超能力が当たり前の時代に成ってしまった。その気分は例えるなら、頑張ってラスボス前まで進んだゲームをお父さんにクリアされちゃった気分、世界初の電話を開発したのにタッチの差で別の人に電話の特許申請されてしまった気分、なのでせうねえ。達成感というモノがまるでなく、けれども行き場の熱意だけが己にたまり、その分だけ虚しくなり……まあヴェルお義姉ちゃんが言っていたのを齧っただけなので、私には判らんですが」

「或いは、アントニオ・サリエリが妬みつつ憧れる『アマデウス』、か」

「『神の愛』?」

「映画だよ。何だ、無駄に博識なお前でも知らんか。それは上々」

 ケイはそう言ってくつくつと笑った。それを小首を傾げて、様子を見る子猫キトゥンのようにケイをジッと見つめた。そして――

「さて!」Clap!、とケイは両手を合わせた。それに路花が眼を見開いてビックリする。「真面目な時間はこれくらいにしよう。スマンな。こういった事は命に関わるんで、ちょっと真面目に言いました」と何時も通り軽く言った。

「え、は、はひ!」噛んだ。「いえ、コチラの方こそ、すみませんでした」

 先までとは違い、さっぱりした言葉で返事できた。そして何だか照れくさくなって、路花は両手を振って、はにかんだ。

「OK,OK.良い笑顔だ。笑顔でいれば、大体の事は何とかなる。神に祈りをする間も忘れる程に。勝っても驕らず、負けても腐らず。反省するところは反省し、終わればキッチリ切り替えよう。それが良い成長の仕方の一つだ」

 そしてまた、既に観衆はキッチリ切り変わっていた。先までの乱闘舞台の幕は降り、観客は離れ、やがて都会の喧騒が戻っていく。ただ、「まるで嘘のように」というワケは無く、通りの会話を覗いてみると、先の大道芸の感想を言い合っている者達の声が聴こえるだろう。後、巻き込まれて泣き叫んだり病院へと急ぐ者の声も。この街にとってこのような界異は、即興道芸フラッシュモブのようなものなのだ。そしてそれは彼も同じ事。

「ふむ、【湖上の麗人エレン】の子等よ、頑強なる肉と、精錬なる骨と、聡慧なる霊をもって、よくぞ大敵を倒した。世界が野次を飛ばそうと、此方は拍手を持って迎えよう」

「んだとバカヤローテメー上から目線でコロすぞゴルァ。ありがとうございます」

「ツンデレかっ(ツッコミ」

 兎の賛辞に、ケイが感謝し、路花がツッコんだ。それに更に、「いや、言っておくけど、お前が思ってる以上にこの方は偉大だからな?」とケイがツッコむ。しかし兎は首を振る。

「否、野次も仕方あるまい。平時ならもうちとマシな演技も出来たろうが、いや、それも言い訳か。とは言え是の機嫌が悪ければどうにもなあ」と、兎は労る様に、愛おしむ様に、懐中時計を撫でた。「時計はその万法陣に一つの閉じた系、世界、小宇宙、森羅万象の法と術式を刻む。そして何より此方が『白ウサギ』たる重要なアイデンティティー、モチーフ、アトリビュート……存在を固定化するが顕在化もする、その音が死をもたらしそれ故に死から逃れる術を与える様に。是は此方が術を行使し、世界と繋げる大切な触媒であり門なのだ。『大きな古時計』ではないが、百年とは言わず千年も動くであろう御自慢の時計なのだ。しかし白ウサギの時計ときたら、素面はボチャンとお茶に入れたがり、気狂いはクルリと眼を向けもしないで、良い腕の職人が見つからん。芸がないもんじゃ」

「そりゃ入れたがるもんでしょう。けど、私は信頼も信用も出来る奴を知ってますよ。パブロフの犬よろしく隙あらば『ヒャッハー!』してくるガンギマリの世紀末ヒロインであり〈魔機結社〉の『無敵鉄姫』、じゃなかった、【被覆鋼姫】のウェンリットという奴が良い腕をしています。ちと莫迦ですが、まあ元通りにも其以上に派手にもしてくれますよ」

「ほう? 風聞のある名じゃな。物見遊山で行ってみるか」

「暇つぶしの価値はありますよ。時に、【エレン】?、メリューの知り合いですか?」

「うむ。不如帰の超能力娘も気取り屋な其方の事も知っておる。おっと、しかし助けたのは其等の方の貴婦人の頼みではないぞ? 此方等が【黄昏の姫君】だ」

「【リドル・リデル】、ですか。そう言えば、気になってたんですが……何で長靴?」

 そう言って、ケイは兎の脚を見た。そこには何処ぞの猫よろしくな長靴があった。

「何、是はアレだ、『粉引き屋の猫』が主人の為と言って此方の捕まえようとしたからな、逆にやっつけたワケじゃ。これはその戦利品だ。いや冗談じゃ。そんな事はしておらん。戦利品は本当じゃが。けどま、別にいいじゃろう。童話でも長靴役に立っとらんし。袋があれば十分だ。後はただ、金が欲しければ『緑の怪物』の所に行けと言っただけじゃ」

「え。いや、でもそれは、その物語を知らんワケではないでしょうに……」

「無論知っておる。だが彼方の世界が在る様に、此方の世界がちゃんと在る。それをごっちゃにしてしまえば、赤いハートの女王が生まれ、ガチョウ母さんのお話は不思議や鏡の国が原典と成る。与太ではない。本当の事だ。愛無き者に見境は無い。

 それに、じゃ。それに……此方自身、本当に『そう』なのか解らんのだ。もしかしたら、ただ単にそう思い込んどるだけかもしれん。少女の微笑みに勘違いした道化の様に、あの己の由縁バースロールも知らぬ泥人形の様に。『We are such stuff as dreams are made on, and our little life is rounded with a sleep』、と――」

 つまり兎は言っていた。「我ら役者は影法師」と。早い話が「シミュラークル」。

 何時か、アラクネやエルフの事を話したのを覚えているだろうか。古今東西、神話の神々や英雄の設定は現代の生きる者により容易に変えられ、時に二次創作は原典を差し置き主流となり、おこがましい事に著作権さえ主張する、そして読者はそれを許容する。いやその原典の設定の影や形の無さからすれば、もはや模倣ではなく独創か。血塗泥ちみどろの戦争映画は美化され、過ぎ去った青春は幻影され、十字架教の神の子は礼賛される。「オリジナルなきコピー」が生み出される――「あの頃は良かった」と。ただ名ばかりがシャボン玉の様にコピペされた、夢幻の「Mary Sue」に恋い焦がれる。その様にこの兎も、古今東西の聖杯伝説の一つ、「アーサー王物語」がそうである様に、設定だけが一人歩きした、架空の存在かも知れない。仮にタイムマシンで過去に戻ってその光景を見られたとしても、それならば、次にそのタイムマシンで見た光景が心の病で無い事を証明しなければならないだろう。何処まで行っても想像の余地は出ない。見る者それ我等自身が曖昧故に。

 彼奴等の手によれば獣は人に、物は人に、男は女に、悲劇は喜劇ときたもんで、異国の神は悪魔と成り、楽園の果実は堕落の果実と成り、女子高生はお莫迦になり、「ゲーム脳」は正しい科学扱いされ、ブリキの王は己が名前の由来を知らず、戦争を知らぬ者の作った戦争映画が戦争を知る人を感動させ、「リュパン」は観察眼と俳優のスキルを無くし、「シャー・ロック」はコートに鹿撃ち帽を装備し、外来語の「レディーファースト」は美化され、「熊のブー太郎」は合成甘味料をたっぷり入れられ、「ピタパン」の毒は消え去って、「アリス」は萌え萌えきゅんとなり、「吸血鬼」は年々弱点を無くし、「フランケンシュタイン」は年々阿保になり怪物でも無くなり、「餓者髑髏」は昔からいる妖怪と勘違いされ、「沖田なんとか」は男装の麗人となり、「織田かんとか」は空を飛んで眼から荷電粒子を放ち、「アーサーさん」は女になって剣から光線を放ち、神話は孫引きと又聞きの横行により勝手にその神秘性を増すのである。

「神は死んだ」、まさにその通り。神の血(言葉)と肉(意味)は引き裂かれ、もはや一つの意味は無しえない。その死により、この世は幻想に包まれる。こうしている内にも何処かで、新たな二次創作という名の神が産まれる。科学が神を殺す事などあり得ない。光の先には常に暗闇が在るのだから。いやというよりも、人間は、根本的に莫迦なのだ。

 いや、別に悪い事ではない。正義も悪も何事も、己が「正義」と「夢」を信じて、進化しようとした思想の一欠片に他ならぬ。

 そんな事を言えば神話などパクリやオマージュの宝庫だ。ギリジンや八百万など擬人化文学で、擬人化するのは自分達に近しい姿にする事によって概念レベルを下げ親近感を沸かせるためであり、ほとんどの妖精が人の姿をしているのはこのせいだ。また神話によって神が闇堕ちしたり悪魔の階級が変動するなんてザラであり、大衆受けの為にバッドエンドがハッピーエンドとなるのがエンターテインメントであるし、視聴率の為に物語を面白おかしく脚色するのはメディアもネットもアフィリエイトも変わらない。確かにメリケ版の「ネロとパトラッシュ」は原典への愛が足りないかもしれない。それはもう別の物語だ。天国への切符を奪ったのだ。しかし登場人物にしてみれば「おれ的にすげえ、つらい!」かも知れない。彼の「喜劇王」も言っていた。「人生は近くで見れば悲劇だが、遠くで見れば喜劇だ」と。それはとどのつまり、バナナの皮に滑って転ぶのか、それを傍目で見ているかの違いだ。しかしならば、その事自体は笑劇ナンセンスか? 我等は誰しもが機械の神、役者の人生を書き換える。何でもいいという事は、興味の無さと裏表。而して貴方の私の関係は、スクリーンの彼方と此方。その境界はあまりに近く、そしてあまりに遠過ぎる、お絵かきソフトのレイヤーの様に。詩的表現(?)はさて置き。それにまた、魔法使いが姫様に与えるのが「ガラスの靴」ではなく「リス皮の靴」であればあまり夢があるとは言えないのではなかろうか。少なくとも、ガラスが世界の要求であるし、今更それをとやかく言うのは空気の読めない原理主義だ。因みにこのガラスの靴を広めたのは鼠である。つまり鼠が悪い(風評被害)。

 そしてそんな物語フィクションが誰かを生かし殺すのは真実リアルだ。

「此方もまた同じ事。空で餅月すれば川で和邇を渡り己のメロディーだって歌う。明るい青色の上着を着れば囚人服も橙のタイツも着るし、トゥーン・タウンで遊ぶし100エーカーに野球にも行く。その姿はヘッフォランの様に、スナークの様に姿を変えよう。

 ……おっと、別に、愁傷に成っているワケではないぞ?『己が何か?』を問うのは古今東西の疑問じゃ。ワシも別に構えちゃおらん。ただの遊戯ぢゃ。むしろその問いはそう問う者故ではなく、言葉、心、ソレを見る者故なのじゃろうな。世界が凄いのではない。それを凄いと思える者が凄いのじゃ。或いは、凄いと思えば凄くなるのか」

「そりゃ観念論だと思いますがね。無知と曖昧に神を見出しちゃ世話ないです。そりゃ、まあ、ソイツにとって面白ければ良いんでしょうがね。けど、その素晴らしいモノも何時か曖昧化されるのなら、今居る現在でさえも過去に成るのなら、何と寂しく、虚しい事だ。『忘却王』の力はすさまじいですね」

「『古い夢は置いて行くがいい』という事だ。『不思議の国』も『虹の彼方』も『本の世界』も、誰かに夢物語を紡ぐ為に、皆、元の世界に帰るのだ。それに学校の先生もよく言うろう?『帰るまでが遠足』とな……まあ十字架教染みた『衣装箪笥の世界』は知らぬが。

 まあそも、最近の者はそれもそこまで気にしないがな。一つの物語を聖書にする時間が無いからな。しかしそれも大量消費社会、物語の飽和した今では仕方ない。次々と別の物語がやって来る。一つの事に構っている余裕はない」

「ドイツもコイツも同じようなラブソング。しかし観客は新しい歌が出る度に感動する。まるで女を取っ替え引っ替えするように。解り切った答えを長々と討論する政治家と変わりませんね。全く持って五月蠅い世の中です。少しは静かにできませんのかね。そこまでして言いたい事があるのか。そんなに己の正義を主張したいのか。不細工なもんです。本物のランナーなら、グダグダ言わず黙って走れと言うもんでさ」

「そうしてランナーは今日も崖に突っ走るか。他の評価など気にせずに。他者の光に照らされる月ではなく、己で輝く太陽の様に。燃え尽きる様に。救えぬよなあ? 彼奴等はまるで此方の注意を聴かぬのだから。ライ麦畑の捕まえ役も是にはトホホじゃ」その救えぬ者が愛おしくて堪らないと言った体で、兎はヒクヒクと笑った。まるでお莫迦なお茶会をする道化の様に、或いはそれをベンチか何かで見守る様に。「お前が走るのも、その【原始世界プロトワールド】故か? ソレは星、魂の万有引力が世界を引き寄せる」

「この〈星奮〉を御存じで?」

「ほう! やはりか。黄金狂の上位存在でもその真意を知らず、文献に記された説明は神の説明の如く一定ではなく、星座の様な、ただ名前ばかりがシャボン玉のように膨らんだ夢幻の存在、【踊る星の胎児】にして【夢見る受星卵】。机上の御伽噺では、大祭害により世界そのものが漂流し結晶化したモノとも言われ、その世界が以後辿るあらゆる可能性が未分化で封印されているという……成程、灰泥をものともしない所を見ると、肯ける。

 此方は未だ12しか見た事が無いが、それが〈22の主題〉の星花詩おはなしが一つ【光闇メイアン】。その主題は無垢、或いは無貌、或いは影。道具の到達点。それは正義の盾でも悪の矛でもない。それは使う者によって如何様にも姿を変える『万能道具存在ユニバーサル・アイテム』。月を映す湖の様に、或いは魔法のランプの様に」

「或いは『ジャイガンダー』の様に」

「ハハッ、そんなものにまで変身出来るのか!? いや違うか。ソレが出来るとすれば、それは心の大きさによるものか。成程、素質はあるようだ。何せそれは世界そのもの。常人には持つだけで耐えられない。持てらるだけで強い心の証拠と成る。だがまだまだだな。今の其方では、銃を拾って良い気になっている若者と変わらない」

「偶然の貰いモノなんだ。そう言われても困ります」

「ひねくれとるなあ。『ひねくれた道化者になり給うな。寄席芸人の卑屈さを学び給うな。わずかな衒学をふりかざして、「笑う君達を省みよ」と言い給うな』と伝道者は言っていたぞ? 尤も、此方の姫君は些かおマセで衒学家でらっしゃるが」

「大御所が他者の台詞を語りますかね」

「逆じゃ。この世で語るべき台詞など、既に過去の文学や哲学者がやっている。斬新と思われる設定も、数学や物理学者がやっておる。映画の撮影手法が、既にモノクロ時代で完成されているようにな。どの物語も似たり寄ったり。此方等が『不思議の国』の語る物でさえ既存の風刺とガチョウ婆さんの焼き回しの何と多い事よ。違うとすれば、それは地上から見る星々の違い程。ま、者はそこに『太陽』と『月』を見出し、星座を画くのじゃが。むしろそれこそ生きるという事か。色即是空、空即是色。『言葉は変わるもの』、じゃ。それは言葉の乱れではない。千差万別にて千変万化の心を表すに言葉はあまりにナンセンス、故に言葉の方もまた姿を変えずにはいられぬのじゃ。

 じゃから何時まで経っても物語は無くならぬ。『ほんとうの幸』が見つからぬ限り。あーだこーだと何時までもちごう違うとい続ける。時に人殺しが英雄に成り、時に人助けが勇者に成りよるう。人の子よ、今こそ汝は物語を真剣に読むべきなのだ。物語こそが人の創る具現化した理想なのだから。夢ある物語をただの消費単位に落とし込めている場合ではない。『ありのまま』などと誤魔化さず、『人それぞれ』などと妥協せず、ましてや『漫画は娯楽』だとか『アニメは子供のモノ』と見下さず、たった一つのほんとうの幸を見つける為に、人類はもっと本気で夢を見るべきなのじゃ。今のまま何となく生きていても、恐竜の様に適当に繁栄して適当に滅ぶだけじゃ。その前に絶対の楽園を見出すのだ。ソイツを見出せた時こそ、人は真に目覚める事が――いや、コリャ啓蒙か。でなきゃ一神教だ。コレもまた己の感想に過ぎぬ。そんな事を言う暇あったら手前で探せという事じゃ。

 尤も、そもこの世界の普通の兎は物など語らんようじゃがな。語らずとも愛は紡げるのじゃ。それがたまに寂しくなる。言葉を語らずには愛さえ語れぬ己を。しかしならばほんとうの幸の見つかる世界ではもはや物語の存在は要らぬ。ならば幸福な世界とは、管理ユートピアか、無知パラダイスか、二つに一つなのかのう?」

「どちらかしか選べん時点で『ほんとう』とは言い難いですね。とまれ、心が変わるモノだとしたらなおさら救えない。ラブソングは今日も愛などと言う形の無いものを形にしようとするのだから。愛ほど解りやすく人を熱するモノは無く、愛ほど解りにくく人を醒ますモノは無い。或いは、受け手が勝手に都合よく解釈しているだけなのか。まあ解らないままでも、やはり愛は気持ち良いですかね、ククク。それに、大体はただの資本主義でしょうけど。そんな世界では、ピエロも衒学家にならざるを得ないですね。かく言う私も、道化師にて衒学家でして」

「それが『ひねくれ』というのだ。仮面に仮面を被ってどうする。道化が道化を演じてどうする。主は何かその道化さえも評価される事を恐れているようだがな、虚像の世界たる舞台の上では如何なる演技も本物だという事を忘れるな。まして冷たく見える剣や銃は火と火薬によってその身を奮う。星の様にな。熱くなれん奴に、役者など務まるか」

「……そうですかい」ケイは肩をすくめた。「ま、俺は今時ですからね。東洋で悟り世代、西洋でスラッカーというヤツなんですよ。――所で、眼を大きくしてどうしたんだい?」

「はえっ」と、すっかり話の輪からそれていた路花は、不意に尋ねられて間の抜けた声を出した。次いで、「えーあーゆーん」とトンキチな言葉を言ってから、「ぬぐ、何ですか急に素面で真面目ぶっちゃって、認知症の方が急に我を思い出す様に態度を改めて」

「そこで驚いてたのか。ほらね? 誰しもが頭が良いワケじゃないんですよ。この世には言っても解らん奴がいるのです。ソレで解れば、戦争映画も恋愛物語も神話もたった一つで十分さ! 心を読む女の子だってコレだのに……ちとショックだよ」

「えっ。あ、あの……ごめんなさい」

「理由も解らんのに謝るのは己に対する免罪符だ。逃避だ」

「ごめんなさい……」

「何故そこで寂しそうな顔をする。そんな顔見ると俺が泣きたくなるよ。それとも強い感情だけは自動で精神感応しちまうのか? 聖歌の意味が解らずとも、何か神秘的なモノを感じる様に。よくよく面倒なメスガキだな。腹パンするぞ。良し、そんな顔してろ。その方がずっと落ち着く。コッチも笑える。

 ま、兎に角、それが大人というモノです。普段横暴なお姉ちゃんが携帯で彼氏と話す時には女に成る様に、子を持った女が如何なる悪事をも犯す最強存在母親に成る様に、娘には甘い父も職場ではピリッと決めるのです。尤も、逆も然りだが。そして俺のチンピラ道化は全部演技です。決める時はリーマン服の様にパリッと決めます」

「そう、糸目が本気出す様に、裁判で既知外のフリをする様に……」

「誰が基地外だ(頭グリグリ」

「痛い痛い痛い(笑顔で」

「ふむ、喧嘩するほど仲が良い、か? 兎も角、本気で殴り合える者がいるのは良い事じゃろうて」と兎はひくひく笑う。「而して同時に、その幸福こそ甘美な毒。そこでは一分は無常に過ぎ、一匹のバンダースナッチを押し留める暇もない。漫画家が言ってたよ。『かわいそうになあ。気づいちゃったんだよなあ、誰も生き急げなんて言ってくれないことに。なあ。見ろよこの青い空、白い雲。そして楽しい学校生活。どれもこれも君の野望をゆっくりと爽やかに打ち砕いてくれることだろう』」

「何ですかそりゃ。貴方みたいな有名物語のキャラが漫画の台詞を言うのはどうかと」

「おいおい、まさかラノベを低俗とでも言うてくれるなよ?『挿絵も会話も無い本なんて何が面白いの?』、と姫君も言っている。ラノベなどグラビアアイドル写真集と栄光の穴の狢だが、そんならバレエは娼婦の選び場であり、純文学もナニで障子を突き破る。というか未成年孕ませたり不倫相手と心中したり純文学の方がよっぽどポルノだ」

「それよりも俺はその作者が『20世紀少年』だという事に驚きです。いや、俺はついこの前まで村上すら明治の人間と思ってた方でしてね。作者の方にトンと興味が無くて」

「えぇー、それは嘘だと路花は思いますね。自分の評価が気になって仕方ないように、物語を読む時は他者の批評まで読み漁るタイいいいあうあうあう」

「全く、フールつけくらい気取らせろよ」とケイが路頭を鷲掴みグルグル揺らす。

「えー。そんなのは全く格好良くないとと忍者は激しく激しく思うのです」

「誰だ忍者。AAか。本人は『旧帝国陸軍高級技官』よろしくクールを気取ってるつもりだが実際はヒャッハーしたい性格がバレバレな中華武侠っぽい【雅心閃刃がしんせんじん】とかいうエルーカなら知ってるけど」

「うむ、私は知らないな」

「ああ、そうかい。割と有名なんだが……と言いつつ俺も会った事ないが。まあ、有名人に会う機会なんてそうそうないわな。俳優は現実の存在にて夢の存在です」

「灰泥なら会えるがな。そのエンカウント率ときたらスライムだ」

「ドラクエの所為でスライムが雑魚キャラと舐めてると他ゲームで割と死ねるぞ。吸血鬼の家のスライムとか毒性だったり酸性だったりして装備品の壊して来て……」

「む、そうなのか? まあ兎も角、而してはぐれメタルには中々会えない。そしてようやく五体目に出会うたと言うのに、やれやれ、別のメタルキングが喰ってしまった。姫君に捕まえろと言われてるのに、時計鰐を喰らうとは。死を喰らう生、その方程式の解は、無敵、か? 全く持ってナンセンスじゃな。ファルスじゃ。ツッコミの無い世界というのはかくも妙気狂輪みょうきちりんなものなのか」

「何だ、アンタ等も灰泥を狙ってるのか」

「まあの。おっと、しかし他人様の女に手を出すほど、兎はお盛んではないぞ?」

「アレは俺の」そこまで言って、ケイは口を噤んだ。俺の、何なのだろう。俺の物だとでも言うのか? それは……「……物扱いするのは、どうでしょうね?」

「む? ほう、コレはそうだったな。失敬」絞り出すように言ったケイの台詞に、兎は兎口をヒクヒクさせて笑った。何もかも見透かしたような笑いだった。「ま、何もせんよ。我が小宇宙(CLOCK)が是ではな」

「そうですかい。しかし呑気なものだ。人死にも出てるってのに、まるで捕鯨だな」

「そんなもんじゃろ。アクション映画も戦争映画もエンターテインメントじゃ。どんな悲劇も娯楽商品じゃ。しかしそうなれば、真のナンセンス文学は存在せんのかも知れんのう。何故なら読者がそこにセンスを見出した時点でそれはもうセンス文学、量子の位置を確かめるような事、猿にハムレットを書かせるのと同じならば。だが同時に受け手に感想を任せるなど、物語としては……」

「しかしそんな主張も、影法師」

「救えんのう。手前の主張はTVの朝の天気予報くらい気分で変わるか。まあ、そうだろうのう。一般人は、大試練や大事件が無いと意見を変えられない英雄では……」

 ――Meow.

 と、突然、二人と一匹が取るに足らない話題で談笑していると、そんな猫の声が聴こえた。いや猫は「Meow」とは言わない。猫が言うのは、「Yes, Miss Alice」。いや「ドリトル先生」でも「ききみみ頭巾」でも無くて。何て戯言は兎も角、ケイはふと眼を遣ると、兎の横に猫がいた。その姿は……よく見えない。

「ディアナだ!『愛らしい月』! 或いは『死の月』?」

「シー、彼女はダイナじゃよ」

「ダイナって姿の指定在りましたっけ?」

「さあ。少なくとも彼女は橙ではなく、リボンも付けてないのう」

「俺は性別も知らん。夢の国には行けたんだっけ? ドアノブはオリキャラだっけ? 何処までが夢だっけ? 胎児よ胎児よ何故踊る?」

「鼠版は世界観が混ざってマスカラ。かばん語をこんな形で表現するとは!」

「それは深読みというモノじゃろうて」

「冒頭のウサギさんを追う時とかリズミカルで楽ワクしますよね。ミュージカルは時間を止めない方が好きです。次々と場面が変わるのが演劇的な異世界感。ツッコミの不在感。発狂とは見た目で起こるのではないのですね」

「それよりもパブリックドメインのくせに300円を要求する守銭奴は何様かね」

「そう言って今日も無断転載を見る癖に」

「あれば見るだろ」

「まあ法律家だって見とるじゃろうしの」

「後ちゃっかりオリキャラ混ぜるのが如何にも姑息だ」

「心のゆとりん無い奴め!」

「けどアリスも可愛いよ。冒頭の猫にお辞儀とかドアノブの前で伏し目で横座りとか健気に兎追ったり律儀に住民と話したりトランプと寝そべったり一つ一つの仕草が可愛い。何言ってるのか解らなくても面白いアニメは良いよね」

「うわ、この人アリスマニアだ」

「ラリってヤってハイになって虹の彼方を越えるよりはましさ」

「そして最後は永遠の夢の国へ逝くのじゃな?」

「『Why, I wouldn’t say anything about it, even if I fell off the top of the house!』」

「まあ往々にして舞台裏は表舞台よりも奇なりなどザラじゃがな」

「二人ともブラックジョークがお好きですネ」

「無教養と無知と思考停止で作品を見る者には出来ん楽しみ方じゃな」

「当時の事情や作者の人生と言った製作背景を知らねばなりません」

「ひねくれた子供にはなりたくないなあ」

「それより手書きの頃の鼠が帰ってきて欲しい。センスが違う。せめて絵本は手書きで」

「懐古趣味は女々しいな。声は文字に、文字は新聞に、新聞はTVに、TVは携帯に成り変わる。時計は星の様に、踊る様に、独楽の様に回り、止まらない」

「『インセプション』ならBAD ENDだな」

「そして誰もが帰るのです。貴方は『現実に帰れ』。アリスもドロシーもバスチアンも銀河鉄道から降りるのだ次の夢物語の為に次の子に聴かせるために」

「鼠はそんな事言ってくれないけどね。『何時までも夢はあるよ』と子どもに唄う。夢が無いと資本主義は成り立たないからね。世の中の物語や歌はそんなもの。別に悪い事じゃない。それも一つの生き方だ。けれどもそれを知らずに信じ込むのは、皮肉だなあ」

 ――Meow.

 また何処かで声が鳴った。猫ではない。何故なら猫は(略)。その声に兎は何かに気付いた様に時計を見て、次いで、「I shall be too late!」などとケイを見て肩をすくめた。

「言の葉に一杯頁も咲いてしまった。ウサギに5以上は一杯だ。お茶会か? しかし兎も角、角は無いが、そろそろお暇するとしよう。でないと『栄光の少女グローリー・ロリー』に首を斬られる。何時までも寝ているワケにはイカン」

「そっか。ま、何は友あれ、助かりました。ありがとうございます」

 と、ケイは軽く笑ってそう言った。その言葉は本心だ。あまり他とはつるまずとも、心には礼節を、手には感謝を持つのがランナーの嗜みです。路花もまたケイがお礼を言った事に僅かに驚きつつ「ありがとうございましすっ!」と頭を下げた。

「おお、イッツヤパーナオジギ。やんややんや」

「Hmm、そう言うのは偏見ですね」

「良いのだよ、偏見で。方言の噺程、会話のネタになるものもそうあるまい」そう言って、兎は鎖を遊ばせながら内ポケットに入れ、「では御機嫌よう、御二方。『幸運を。Good luck. Your God isn’t lacking. Your God doesn’t make you lack. 我等が世界は星に満ちており、其方が心を見遣れば何時も其処に星が在る。願わくば、其方の行く先がいつも鮮やかな光の照らす星でありますように。私の素晴らしい星よ』」

 そう、兎は帽子を胸元に取ってお辞儀し、ニヤリとしてケイ達に微笑んだ。ケイは「ありがとうございます」と恭しく再度感謝し、路花もそれに習って「ありがとうございますー」と両手をブンブン振った。兎は右手を軽く上げ、後は灰色の猫を横に連れ、雑踏の中へと消えて行った。

 出る時はぱぱっと舞台に乱入し、帰る時はささっと舞台から退場する。名乗りもせず拍手も受けず、飛び入り参加のお手本のようだった。そんな兎を見て路花はこう言った。

「色んな人がいるんですねー」その眼には奇異と羨望があった。妹が兄を見る様な、けれども安心しきった「のほーん」とした感想だった。「けれどもアレだけ凄いのに兎とは、何だかちょっと虚仮ティッシュで、笑劇ファルスですね」

「魔術師殿は魔術師殿さ。デスペローの様なね。『ああ、勇気あるネズミの騎士! その剣は電光をも切り刻み、その勇気には太陽さえも道をゆずる!』、なんてな」

「そう、カモノハシのエージェントの様に……」

「ああ、俺も鼠のチャンネルで見てたなあ。何度も同じ話なのにイライラした」

「それはカモノハシの所為じゃなくてチャンネルの所為です。鼠と言えば、そう言えば『suicide mouse』なるものがありましたね」

「話題に脈絡性を見出せないのは俺が健常者だからだろうか、そして何故ナチュラルにホラーを打ち込むのか……」

「ホラーは親近感湧いちゃいます。ちな、恐怖映画や超心理学と聴くとすぐ『非科学的オカルトだ』と一笑に付す方がいますが、それはナンセンスですね。GOSHを本気で信じる者がいる様に、オカルトだって本気で研究する人がいるのです。大祭害前から宗教や超心理学を真面目で専攻できる大学がある事からもそれが解ります。ましてや其処には何らかの原因があるのであり、ソレを調べるのが本物の科学者だと思うのです。インチキの中にもホンモノはあるのです。一つの世界を創る物語にしてみれば、既存の世界に鹿働きかけられない超能力などチャチな児戯に過ぎません」

「(言ってくれる……)じゃあホラー好きなのか」

「いえ、見るなら『World Masterpiece Theater』何かの方が好きですね」

「すっげーお子様。まあ俺も見るけど」

「因みに、私も精心感応が暴走してた時分は不思議な電波がゆんゆんして良く多重人格になりました。今でもサイコーな一人『The King of Hearts』を演じられますよ?『ゆら ゆら ゆれている電波~♪ ゆら ゆら 受信中~♪』」

「そういう事言われて俺は何て反応すればいいんだ。『それはお気の毒に』と言えばいいのか? それとも『今こそお前は本物のキング・オブ・ハート』の方がお好みか?」

「いえ、此処で哲学好きのケイさんなら『何が病気で何が健康かはソイツの勝手だ』とか何とかソレっぽいこと言いますね。或いは、『異常とは己の信じる社会という曖昧な概念から逸脱した別の正常だ』とか『『赤い車が続けてすれ違うと素晴らしい日』という非論理的な事もソイツにとっては論理的なのだろう』とか」

「おやおや、そりゃ随分とスノッブで。……と、まあ、事件解決後の茶番クールダウンはこれくらいでいいだろ」「茶番ってゆーなー」「何故なら仕事が終わったワケではないのだからな。飽くまでも終着駅は界異の解決であり、これはその通過駅に過ぎない。まあつまり何が言いたいかというと、次も頼むぜ、って事だぁな」

「Sir, yes, sir!」

「ふむ、良い返事だ」

 ビシッと路花がVの字をケイに見せ、ソレを見てケイは肯いた。そしてケイは笑いながら元気づける様に右手で路花の頭をぐちゃりとやり――「ぐちゃり」? ケイの表情が固まった。右手の平をゆっくり見て、あー……。

「とりあえず、そろそろその灰泥を落とさんか?」

 と、ケイが汚れた人差し指を路花に対して上下させながら言った。

「うにゃ? あ、はあん! そうでしたーんっ」そう叫んで路花は勢いよく立ち上がり、ケイは勢いよく退避する。その場でぐるぐる回って、自分の状況を確かめた。まるで子犬だ。「うう、これは下着の中までイヤーンかも。し、しかもこの灰泥、中々のスメル……」

「今のお気持ちは?」

「肥料用生ごみボックスに漬け込まれた気分です。メンタルが塩をかけられたナメクジの如く溶けていくのが解ります。正直、臭いで気絶しそう」

「成程、レイプ眼で全身白濁液塗れ気分、と。え、クセになりそう? へえ!」

「何古臭いノリで捏造してんですか!」

「最大の敵はPTA」

「如何せんともし難い……!(因みに正しくは『如何ともしがたい』)」

 などともはや見慣れたようにケイのシャレに路花が愕然としていると、

 ――Lick。

 ぺろっ、と子どもが路花の灰泥をなめとった。

「ひゃあっ!? あ、貴方なにを!」子どもは路花の身体に乗っかるようで、泥をなめとる犬のよう。「「ちょ、ちょっと、そーゆーのは見るのはいいですが、やる方はちとイヤー、んっ、あぁぅ、やめ……あ……だめ、だめだよ、やっ、助け、ケイさ…………んっ……!」

(おーおーおー、餓鬼が一丁前に艶めかしい声出しやがって。我慢してる所がまた何とも)

 ケイは呆れ三分の一、楽しさ三分の一、和やか三分の一、そして面白0.000無限でその様子を俯瞰した。ショタコンでもロリコンでもない。それは少年期への憧憬であり、時間は普遍、古今東西の夢だった。するのはなどというコントはこのくらいにしておいて。

「大変エロくて眼福である、とお約束(?)を言っておくが、早くしないとお前溶けるぞ」

「え、あ、そうだっ」その瞬間、「にうっ!?」と路花が回り始めた。「あ痛たたたたた!? 痛い遺体異体! 皮膚が焼け、ヤケ~~~~っ!?」

「大袈裟だ。本体から切り離された灰泥は数秒で溶解性を著しく失う様だから安心しろ」

 ホシフルイが銃に変わった、ケイが路花に向かって引金を引くと、弾丸が路花の身体を貫き……という事はなく、銃口から出たのは水で、路花の灰泥を落とした。ただしその水圧は滝壺よろしく叩きつけるようなソレだったが。

「あばるぶばぶるぶるばぶる!(路花の水に溺れる声)」

「どーやら本体が消えると消化能力が減るみたいだな。今更だがよー解らん設定だ」

「Abbbbbbbbubblebubble!(路花の水に溺れる声Ⅱ)」

 キチンと灰泥が洗い流された頃には、路花はすっかりびっしょりのどざえもんとなっていた。「うー」と唸って水を滴らせ、その場に立ち尽くす路花。状況は灰泥が水になっただけで、あまり変わっていないような気がする。

「アーチョ! アーチョ!」

「何だそのくしゃみの仕方(ヒント:achoo)。まあ待て、乾かしてや……」

 とケイがホシフルイを銃からまた別の姿に変えようと化かす……前に、ふらっと子どもがケイの前に出た。「ん?」、とケイが思いながら見ると、子どもの右手が「fluff」と光った。そして宙に線を描く様に、団扇で扇ぐ様に、後方から路花に向かってついと手をやると、その軌跡に従って風が出た。凄い暴風だった。

「きゃ――――っ!」

 路花は驚いて右手で顔を覆い、思わず左手で服を押さえた。

「Phew, “Delicious!” Boop Boop A Doop」

「あ、アホかー!」

 軽く口笛を吹いてニヤニヤやるケイに向かって、路花が思わず右手を振り抜く。しかしケイはひらりと身をかわした。

「あっはっは、すぐ手が出るなァお前は。だが元気な事は良い事だ」

「うわ、ケイさんがお義姉ちゃんみたいなこと言うキモイ」

「キモイ言うなよ傷付くだろ」

「ご、ごめんなさい……」

 しおっ、とした感じで大人しくなった。ふむ、どうやら此度の闘いで必要以上に騒いでケイを傷つけてしまった事に後ろめたさを感じているらしい。

(やれやれ、これだから子どもはね。子どもっていうのはどれだけ大人が口を酸っぱくしても、いざ『その時』にならないとマジにならないんだから)

 更に悪いことに、今時の楽観的な音楽や物語に毒された奴は、「失敗してもなお次がある」なんて思っちゃうんだからな。ないよそんなの。ないない。そこに来ると、コイツはまだマジになれるだけマシな方か。これならワザワザ被弾した甲斐もあるもんだ。などとからから心の内で笑いながら、しかし、冷静な眼をしてソレを見ていた。

(しかし……)その視線の先には、子どもがいた。(コイツ、魔術も使えるんだな)

「よー解らんやっちゃな、お前は。それとも計算か?」

 キャラ作りのためにそーいう不思議ちゃん設定で接してくる女性を見た事がある。可愛いい事を否定はしないが、些か養殖は食傷気味だ。天然は天然で疲れてくる。その眼でぼけっとしており、何の考えも読み取れない。肩透かしとはこの事だ。何だか一々深読みするのが面倒になり、脱力感さえ感じて来る。しかしそれさえもまた作戦で

「あ――――――――っ!」

 そんな状態での耳をつんざく声は、授業中の居眠りが後ろの席の奴の蹴りで起こされたくらいに強烈だった。ケイは少しばかり不機嫌そうに路花を見る。

「お前なあ……元気な事は良い事だが、もうちょっと落ち着けよ。メリケン的なハイテンションは疲れるぜよ。和国の女は御淑やかな女性が良いらしいぞ?」

「『委細承知です、チェイス殿。不肖、大和撫子な路花にお任せ在れ(洒ラーン』」

「擬音語から漂う隠せないお笑い成分。天然かな?」

「『チェッ! 解ったッスよ。特別に一回だけ、何でも言う事聞いてあげるッスー』」

「うーん、惜しい。ギャル成分を除けば俺の好きなダルデレ系なんだが」

「『ハハハ、僕の負けだ。やれやれ、仕方ない。じゃあ、注文を聞こうか(低声)』」

「『最後のシ者』的なサバサバ系のつもりなんだろうが、バーボンハウスになってるぞ」

「『うふふ、先輩。今日は路花に一杯甘えてもいいんですよ?』」

「そういうプレイはゲームかその手の店でやってくれ」

「Hmm、駄目出しばかり! これには冷たい態度を取りながら何だかんだで優しいジーン・ジャック・ジョーンも辟易ですね。学園の水泳部に通う『面倒見のよいクールな後輩』よろしくな年下キャラも駄目とは……君は一体、私に何キャラでいろというんだッ!」

「愛があれば何でもいいよ(うわ微妙にギャグった)。ていうか『キャラ』とか、その時点でもう駄目。言っておくが俺はカートゥーンでもアニメでもあらゆる架空の役者を、凄いとは思っても、好きになる事は無いからな? いわゆるオタクを社会不適合者だと嗤うつもりはない。俺だって可愛いとは思う。けど所詮、あんなのは何処まで行っても作者の自己満足オナニーだろ? 俺ァそんなのを呑み込んで『わー、おいちいっ!』なんてやるつもりはないし、ましてやヒーローとヒロインのイチャツキを見るつもりはないし、ヒロインを寝取るつもりもないんだよ」

「ケイさん……」ソレを聴いて路花は息を飲んで、唖然とした……というか正直、ため息をついて憐れんだ。「アレですか、往来でイチャつくカップルを見て『fuck!』とか思うタイプですか? そこまでいくと天邪鬼ツンデレも喜劇も通り過ぎて笑劇ですね」

「ツンデレじゃない。本心だ。ピカレスクだ。いやピカロじゃない、ピエロじゃない。ましてやニヒルに現実を憂えど進んで命を絶つ行動力も無い『水タバコをふかしながら断頭台を夢見る怪物』でもない。じゃなくてアレだ、アレだよアレ、何て言うか、ていうか大体そうやって分類するのはお前が嫌だと言っているこ」

「ピカレスクって何かシャケっぽい名前ですよね」

「話聴けよ。てか別に思わねーよ。ピラルクかよ、ピクルスかよ、アウストラロピテクスかよ。ワケの解らん高度なボケすんな。手前こそ教会では猫被ってたくせに」

「ちっ、違いますぅー。アレが私の真の姿なんですぅー。『フルパワ――100%中の100%』の姿なんですぅ」

「バケモンじゃねえか」

「そ、そう、これは素の私を見せているのではなく、単に演じる価値も無い男だと思ってるだけなんだからね! 異性として見てさえいないだけなんだからねっ!」

「手前がツンデレじゃねえかこのウンデレガン(←『まぬけ』の意)」

「まあ冗談として、本来の私はもっと粛然として、それこそ御淑やかなのです。クール・キュートなのです。学校や近所のおじさんおばさんにはちゃんと良い子で通っているんですからね? その大人しさと言ったら、『ドミノチャレンジ中以外の時間においては、クロッカスの球根よりも大人しいが、ドミノ絡みだけで13人の生徒を病院送りにし、4人の先生を廃人寸前まで追い詰めているというキャリアが光る』小坂君くらいなんですから」

「誰だ小坂」

「ただ、もうケイさんはビリビリしてしまったので今さら猫被っても仕方ないかと」

「猫の皮をビリビリに破いてしまったと」

「それに此処はメリケ……ヤパーナとは違うのです、ヤパーナとは。この国では統率力が在り、自己主張でき、積極性をもった自立した一人の人間である事が望まれるのです」

「阿保だなあ、お前は。だからガキなんだ。それは建前というものだよ。人付き合いと同じ。異性に対する見方には例えば『友達用フレンド』『寝床用セフレ』『結婚用ウ・エンディング』なんかの三つが在って、その用途に合わせて評価法を変えるんだよ。天然ボケは適当に遊ぶ友達までなら可愛いが、真面目に恋人として付き合うとなると殺s……溜息出るだろ? つまりそういう事。『友達』は一緒に莫迦やって楽しい奴、『寝床用』は弄り甲斐のある初々しい奴、『結婚用』は大人しい愛でられる奴、そう好みを変えるのさ」

「発想が生々しすぎてドン退きますっ!」

「可愛ければ何でも良かったり、ヤる事しか考えてない猿よりはコダワリがあってまだ愛があると思うが……。ああ、もう一つあった。犯z……『趣味』だな」

「この人HENTAIですーっ!」

「今気づいたのか? 超能力者も案外チョロイな」

「えーっ!」

「まあ茶番は置いといて」

「はい」ボケボケな調子は一転し、路花は真面目な雰囲気で、しかし隠しきれない虚仮ティッシュさが溢れ出し、つまり両手を妖精の翼のようにバサバサさせながら言った。「けどけど、落ち着いてなどいられません。義兄様あにさまはどーなってんですか?」

「え? あ、あー……」

 ケイは思い出したように声を出した。というよりも、あまりに許容外な出来事だったので、無意識にその話題を避けていたのか。そりゃあ、確かに落ち着けという方が無理な噺だ。何せ義兄様は……。

 二人はおもむろに眼を向けた。アニサマーの居るであろうその場所を。つまり、子どものリトルストマック(小さなお腹)を。

「どーなったんでしょうね(満面の笑み)」

「笑顔で誤魔化そうとするんぢゃないっ!」

「そんな事言われてもウチ、ポン・デ・ライ……」

「現実逃避するんぢゃあないっ! あんな莫迦義兄貴でも、助けなくては!」

 そんな事言われても……。今度はケイがしおっと大人しくなる番だった。さて、コレは困った事になった。助けなくてはと言われても、どうすればいいのかなどケイには解らない。喰った子供に訊こうとしても、話が通じるとは思えない。かといって乱暴は御免である。灰泥があの路花の義兄に似た状態なら多少ヤンチャ出来たものの、子どもの状態となるとこうもいかない。仮にも食事をした仲である。それをどーこーするのは流石にHurted Heart(傷心)。

 などと云々した思いで痴話喧嘩をやってると、ケイの服の裾を誰かが引っ張った。ふと見ると、子どもがケイの視線の先に居た。

「ん? 何だい?」

 ケイは初めて意思表示をされたことに若干驚きつつもそれを巧妙に隠しつつ、軽く、気取らず、路花がビックリする(つか引く)くらい優しい声と笑顔で「私が貴方に言葉を返すのは当然です」とでもいうようにそう言った。言いつつケイは「しまった」と思った。ついメリュー所の引っ込み思案な子に対する様な接し方を魅せてしまった。ちとハズイ。

 そんな黒歴史もまた巧妙に隠しつつ子どもを見ると、子どもが何やらゼスチャーしていた。それは、「口に指を当てる→両手を口から前へ突き出す→頷く」、そんな感じ。

「可愛いっ!(抱き締め)」「はいはい、そうだね」「でも何言ってるか解らん! なるほど、解らん! けどいいのです。言葉が解らなくとも、伝えようとする意志があればお義姉さんは何とか理解しようとしてみましょう!」「『お義姉さん』、ねえ……」「何ですか」「とまれ、抱き付くのを止めれ。身体言語が見えん」「わははー、そう言われると邪魔したくなるぞー」「何で急にテンション上がってんだよ、情緒不安定だなあ」「異能者ですしお寿司」「都合良く、異能者に成るな。とまれ、Shut up」「Boo Boo」

 抗議する路花を置いといて、ケイは子どものジェスチャーを眺める。三回もされると、ビックリしていた思考コイルも段々温まってきた。

「ええと……つまり、食べたものを口から取り出せるって事か?」

 ケイは生物の珍しくない生体機能を言ってみた。果たして子どもは、その小さな右手でサムズアップした。

「え、ええっ! 取り出せるの! じゃあ出して! 一杯出して! オラ吐けえ!」

 路花はソレに喜びを示し、しかしケイは微妙に躊躇う。

「いや、でも、それは既に口の中にINされたものであって、それをまたOUTするのはどーかとゲーかと……(IMAGE: GROUND MEET FROM HUMAN $xxx/lb)」

「Oops.Hmm……元の形で戻せないかな。つまり、加工される前に」「言い方」「伝われば今は良し。それで、できる?」

 d。

「親指、親指が立った! やりましたね親方!」

「おお、意思疎通できた。って、え、まじで?」

 b。

「やっほう! やったぜ!」

「んなバカな……」

 それ人体錬成に片足突っ込んでないか? ちょっと「真理の扉」開いてないか? おやつを持ってきたと称して息子とガールフレンドとのKissシーンを覗き見するママんくらいに開いてないか? とケイは思ったが、何だか今さら感あふれる感想だったので、そのうちケイは考えるのを止めた。

「じゃあやってみて、お願い!」

 子どもはそう路花に言われると、ケイの方を見た。最終決定権を任せるという事か? そんなものを任せれても……。

「まあ、やってくれ」

 だが、責任取らないからな、なんて言えないよなあ、そんな思いで言った。すると子どもはこくりと小さく肯き、そして、自分の口に手を突っ込んだ。

 おぼろえあー。

 そして放たれるは「直下型ボム」。子どもは身を屈めて往来で輝かしい小間物屋を開いた。つまり吐いた。

「Oh……」

 そう何とも言えない顔で呟いたのは路花である。「Hmm、まさかのゲロインですか」と遠い眼をする。ケイはもはや呆れたように力ない笑みを浮かべていた。で、秘密道具よろしく口からとりだされたものは……何この、何?

「レギオン!」

「『わが名はレギオン。我々は、大勢であるがゆえに』ってそれ何処の『悪魔城』だよ」

「『ガメラ』もあり」

「お前が今時の子なのか古時の子なのかよー解らん……」

「初出は一年しか違いませんよ?」

「マジで?(ホシフルイで検索)マジだった。PSが20Cの代物ってマジかよミッチー」

「マジなんだぜキー。『あゝ無情レ・ミゼラブル』……って誰がミッチーですか」

 などという茶番はさて置き。

 取り出されたのは「ハエ男」というか「合体事故」というか「バイオハザード」というか何DAコレ。叙情的に言えば白米にチョコとクッキーをぶち込んでマシュマロを溶かしサラダ油をぶっかけ塩コショウとマヨネーズで味付けした可笑しな、写実的に言えば銃やら剣やらGの脚やらがめり込んだ四本足で立っている人間の上半身にゲジか百足をくっつけその背には蛾やら蝿やらの羽根が生えその頭は鼠でしかも眼やら口から巨大芋虫がにょろにょろと出てしかも全部生きててワサワサ動いて何コレこれが原始的恐怖というも――

「もらいそうです」

「耐えろ」と言いつつケイの気力もストレスでマッハである。気力ゲージがヤバくて夢に出そう。「この生ゴミ(ガービッチ)どーすりゃええねん」「言い方」「じゃー寄せ絵。いや名称はどうでも良くて。で、この中にお前の義兄さんはいるか?」

「いたらどーだっていうですか」

「そりゃそーだ。取り敢えず、『らしい』ものが出てくるまでやってみるか?」

「え、連ガチャ可能なの?」

 b(涎を垂らしながら)。

「だそうだ(涎を拭きながら)」

「くそぅ、蛇の道は蛇かっ。だが僕はやるしかない、本当のさいわひを見つける為に!」

「お前ちょっとパ二くってるぞ」

 というワケで連ガチャ開始。

 初めに出てきたのは花の代わりに逆さになった蜘蛛を付け葉っぱの代わりに芋虫を付け根っ子の代わり百足を付けた人間より二倍は大きい食肉植物。

「天敵同士を合わせてみました」

「とりあえず通行者喰ってるから気絶させるな(ドゴォォォ)」

 次に出てきたのは蜘蛛の足に蟷螂の手、蠍と蜂の二尻尾、蜻蛉の羽根、蟻の顎、蝿の眼を持った人間より三倍は大きい合成虫。しかも全身メタリック。

「ぼくのかんがえたさいきょうのもんすたー」

「命をもて遊んでやがる(ドゴォォォ)」

 次に出てきたのは蛾と人間の合体事故とか蛙と人間の合体事故とか豚と人間の合体事故。

「確か未確認生物にこんなのいましたね」

「未確認なままでいい(ドゴォォォ)」

 次に出てきたのは身体が人間、足が鳥、手が魚の頭、頭が犬でそれらを全て機械化した人間……というか汎用人型何是兵器。

「お前もしかして『おもちゃ殺し』か何か?(ドゴォォォ)」

「能力を真似る的には『無限の力を持つ伝説の何とか』かと」

「最近の三つの合体コピーも中々に良いが、俺は雰囲気は64が一番好きだなあ」

「あ、私も好きー」

 次に出てきたのはファイティング・ニモ、バズとライフ、フォイ・ストーリー、フェラクレスオオカブト、SEクロス、アナルと雪のじょ

「パロAVかっ(ドゴォォォ)」

 次に出てきたのは尻尾に花の付いた鼠、電気を纏った鼠、火の付いた蜥蜴、足が蛇になった蝙蝠、盆栽の様に木を生やす亀、兎の尻尾のような白い毛玉、額にガラスを埋め込んだ小さな獣、翼の生えた猫、寝たきり雀、代用ウミガメ、パンとバター蝶。

「可愛いシリーズ」

「可愛いか?(ナデナデ)」

 その他、原型を留めていないキュビズム、人間の手が耳に生えた兎、ゾンビな蜥蜴、人の手足が生えた植木鉢、喋る果物、取り敢えず武器を組み合わせたロボ、頭が大砲になった犬、特機隊の備品とその使い手と思われる者達の集合体などなど等々、原寸デタラメで元の大きさを著しく無視し色々できて、色々な者物が混ざっていた。そんなこんなで題名のつけたくない展示品が一通り出来たあたりで、ケイはふと重大な事に気付いた。

「つーかそもそも、お前の義兄さんがどんな奴かコイツ(子ども)知らなくね?」

 路花はソレに対して両手で「SNAP」と指を弾き、ケイに向かって「L」を作った。

IKRそれな

「『生きろ』?」

「天然か(ツッコミ)」

「どちらかというと養殖だな(ディフェンス)。ってそうじゃなくて。このままやっても埒が明かないと思うんだ。だから、あー……」ケイはしばし考える様に頭を掻き、閃いた。「そうだ、お前が精神分析サイコメトリーで義兄さんを検索するとか、精神感応エンパシーで義兄さんの絵をコイツに伝えるとかしてみればいいんじゃないか?」

「じゃあ『綺麗なジャイアン』でも呼びましょう」

「整形じゃないんだぞ」

「違いますよ。アレは存在からして別物になるんです」

「ああそうか……いやなおさら駄目じゃねーか」

「『チェッ!』ダメかー。けど本音を言えばそれは難しいかと……正直お腹減りすぎて立ってるのも億劫ですし、眠いです、抱っこ」

「このポンコ……そうか」

 ケイは眠気覚ましに両手を伸ばして来る路花の頭ペンと叩いて、ふと思い至った。

 よく物語の設定で力を持つ者が差別されるように、この舞台でも往々に異能や異形といった〈変身〉は病気や障害扱いされる。学術的にはそうではないが、世間的にはそうである。大災害は色々な既存の常識や価値観を吹き飛ばし、凝り固まった偏見や差別が如何に虚しいものかを教えたが、それだけで世界中が解るなら、世界大戦を二度もやらない。

 しかし実際、異形や異能は病的だ。人間の心臓が鼠の心臓に変異すれば心拍数がヤバいというレベルじゃないし、脚が植物の根っこに成れば動く事すらままならない。そして超能力とはただの人間の能力スペック超越オーバーしているから超能力なのである。人間には文字通り規格外オーバークロックな代物であり、後天的異能者などにとっては常に拒絶反応の危険がある。例え拒絶が無くともやはり過剰仕様に変わりなく、早い噺が100V規格の扇風機を1000Vのコンセントに突っ込むと勢いよく回るぶん劣化速度はお察しという事だ。それは先天的異能者も同じ事で、デメリット無しにメリットを得る事もなく、超常の能力を得る代わりに身体や健康、知能や寿命、日常の能力はそれ相応に劣化し、産まれながら「植物人間」や「奇形」であったり、「統合失調症」や「認知症」、諸々の「精神障害」といった病気や障害を持つ者もいる。その中でも特にコミュニケーション能力に大きな支障がみられ、「自閉症」や「アスペルガー症候群」を筆頭とする「広汎性発達障害」や、「パーソナリティ障害」などと同じ症状を持つ者もいる。そしていずれにせよ自己完結的な者が多く、感情表現や他者への興味を筆頭とする人間的な動作が希薄化する。

 けれども同時に、研究者によれば、サヴァンよろしくそのような障害を克服する為に異能が身に付いたともされ、少なくともダチョウが飛ぶ能力を無くし速く走る事を選択したように、その状態がその能力を持つために必要な選択、「進化」だとするのなら、それを「障害」と認識するのは正確ではないとも言われ、彼等こそ「奇跡の人」だと、光の先にある「くらやみ」だと、或いは社会性とは別種の己一人で生きて行こうとする進化だと言われている。「キチガイ地獄」は知らん。いずれにせよ、この秀真路花を勝手に弱者扱いする必要はないだろうし、「フォレスト・ガンプ」は悲劇ではなく名作だろう。それはただ単に人が一般と呼ぶ何かと「違う」だけで「病気」ではない。異常こそが彼等の正常でありアイデンティティーなのかも知れない。ましてや「ワンインチボーイ」然り、「ピーチボーイ」然り、「アシタカヒコ」然り、「仮面ライダー」然り、異形や障害とは革命と英雄の属性たる力を持つのであり、他と違うからこそ物語の主人公足り得るのである……と、民俗学の超々々権威である「YANAGIDA」公も言ったとか言わなかったとか。

 彼等は傍目から見ると実に莫迦莫迦しい事この上なく、それは「3階を通ろうとする人すべてにカルトクイズを出し、答えられない者を石膏で固めてしまうという、『クイズ研究会のスフィンクス』こと藤原君」、そして「三年間の恋心に決着を付けるため卒業記念のトーテムポールの3番目の顔にはまって一生おちゃらけて生きる事を決意する常温放置したサバの田中君」もかくやなHENTAI達だが、それでも彼等彼女等にとっては終始大真面目なワケであって、いやむしろこの世に真剣に生きる事を問うた結果、HENTAIを選択したのであって、FoolにCoolな奴等であって、そんな彼等彼女等を許容する優しい世界が何処までも愛おしい(噺がずれてる)。

 それは彼女も少なからず同じだろう。普通な様に見えて(飽くまで一般的見地から)実は頭おかしいという人間はよくいる。対価や代償無しにして得られるモノは何も無く、例え得られたとしてもそれはロクなものではない。気合で電撃は出ないのだ、多分。

「とは言ってもなあ」ケイは首を当ててそう言って、一つ大きな息を吐いた。「これ以上女がゲロるのは絵面的にどーかと思うし(既に手遅れなきもするが)、子どもの方もそろそろ疲れてきたっぽい」

 ケイの言う通り、吐かせ過ぎたのが原因か、子どもは少し眠たげだった。いや元からぼけっとして何考えてるのか解らないのだが、今や首が舟をこぎ、足元はあっちへフラフラこっちへフラフラ、酷い時には壁に頭をぶつける在様である。それでいて吐いているのだから、見た目だけで言うともう未成年の酔っ払いだった。放っておくと危なっかしいので、ケイのホシフルイがぐにゃりと変化してその手を握り支えている。

「恐らく、次で打ち止めだろう」まあどのみち子どもの調子にかかわらず、これ以上、寄せ集め作品ジャンク・アートを増やすと他の通行者に迷惑がかるし警察も黙っちゃいないだろう(手遅れ感あるが)。「多分、一通りあの灰泥が食ってた奴は出ただろう。そろそろ当たる確率は高いはずだ(パチンコやガチャ廃人が陥りやすい理論)」

「……解りました」路花は意を決したように胸に手を当てた。大丈夫か?、と自分に尋ねる様に。「やってみます」そう言って、路花は子どもの手を取った。それに気付き、「?」とした顔で路花を見る。「シマリス、間違えた。シリアル、でもない。シニカルに行きましょう」「結局間違ってるじゃねーか」「今からイメージを送ります。ソレを捉えてください」

 そう言って、路花はシリアスに意識を集中させる。記憶を辿り義兄の存在を構築する。路花の左眼が変光する。身体の周りが仄かに光り量子宇宙を構成する素粒子のうんぬんが存在確率エントロピーがどうこうして若いキツネと三十路のタヌキが手を取り合う。光の奔流がソレをしてアレをする!

(あんなのでも、私達の家族なんだから――っ!)

 そう、路花は強く心に思い、子どもは壁に向かってゲロッた。


 ……で、

「お義兄ちゃんが義弟ちゃんになりましたがライフを取得できたので問題ありません」

「『やーるもーんだ』、ランウエー」

「『は~い☆』って、何処がだYOU!?」路花は盛大にツッコんだ。「全然やってないよ! 私のお義兄ちゃん返してよ!」

 そんな強い思いで出来上がったのは、路花の胸元で気を失ったように眠る、浦島太郎も逆切れなすっかり小学生くらいまで若返ってしまった義兄上だった。

「えっ、何だあ、路花ちゃん。やっぱり何だかんだ言って彼の事が気になっていたんだね。無理もない。閉鎖的な環境というのはそういう事があるものだ。フロイトもそう言っている。ただ一つ助言して置こう……ダメ男の献身に酔うのは止めときなよ」

「バカ! ケイさんのバカ! トロピカルバカ! そんなんじゃないですよ! むしろ好感度マイナスですよ! てかフロイトさんそんなの言ってませんよ!(知らないけど」

「いやいや、路花ちゃんみたいな年頃で家族もいないんじゃ無理もない。解るわー。俺も『甘える』っていう経験がないからさ、『お姉さん』という存在にはちょっとしたトキメキというものを感じます。特に研磨熟練された婆さんの『プロ』の手って惚れるよな。あの『時』以外の素材ではできない様な、そう、まるで長年大地を見守って来た大樹の様な」

「ちっげーますよ! ケイさんの好みなんてどぎゃったいいですよ! いや全くいいというワケじゃねーですが、ていうか『お姉さん』ってそんなアダルト!? いやそんな事は置いといて、これでも働き手なんですよ! こんな姿で一体どうせよと!? ああ、メリお義姉ちゃんに何て言えば……」

「別に笑って許してくれるんじゃね?」

「確かに義姉様の許容量は太陽も呑み込む程ですが、ソレに甘えてたらいかんとです」

「義兄貴は死んだんだ。いくら呼んでも帰っては来ないんだ。もうあの時間は終わって、君も人生と向き合う時なんだ」

「殺さないでー!」

「ああ、死とは収束なのだ!(そして汚物)生きた証、集大成、結晶、涙の数だけ光り輝く宝石なのだ!(またはゲロ)彼は終わりによって永遠を得たのだ!(もらいゲロ)」

「だから殺さないでー! ていうか、え、あれ、ケイさんってそんなボケるキャラでしたっけ?もしかして動揺してる?」

「ケイ酸とは、ケイ素、酸素、水素の化合物の総称である。白い」

「わーおパニック! 正気になーれ! 正気になーれ!」

「止めろ。俺の頭の中で『私は正常です』と連呼するのは止めろ。マジでヤメロ」逆に不安になってくる。どれくらいなってくるかというと深夜0時に鏡に向かって「お前は誰だ」と言いまくるくらいなって狂るるるるる。茶番はここまでにして、「真面目にやろう。うーんこれはアレか? 路花の不手際、はないだろう。ここまで綺麗にできたんだ。それよりむしろ素材が足りなかったと見るべきか。なら原因は恐らくきっと……」ケイはバツが悪そうに首をさすった。「スマン、俺が調子に乗って削ったせいだな。『The Happy Prince』と言った所か。幸せでもないし王子でもないが」

「え、あっ、その」しかし路花はソレを見て「あうあう」と動揺した。まさかケイが素直に謝るとは思っていなかったというワケではない(多分)。ただ、謝罪に慣れていないのだった。「あ、謝ることはないですよ。元はと言えば義兄が悪いんですし。というか私もぶっちゃけ途中から『似てればいいや』とか思ってましたし。特に気にする事はありません」

「特に気にする事だろコレは。もしかしてお前、俺が本気で助けないと思ってたのか?」

 少しばかり気に障ったような感じでケイは言った。

「それは……」路花は少しばかりバツが悪そうにためらった。だが、ちゃんと本心を、けど小さな声でちょびっと言った。「正直に言えば、信頼はしてますが、信用してたとは言えないかなあ、と……まあ、そんな感じで」

「そうか。まー流石にそんなとこだろうな」

 予想していたようにそう言った。だがそれで確信となり、ケイは路花への考えを改めた。確かにこの娘は他者に対して誰とでも好感度が高いタイプだ。だがそれ故に肝心な所、友人以上に格上げされるにはそれ相応の実績と特別性がいるのだろう。あーあ、メンドイな、こういうタイプの良い子ちゃんは、とケイは心の中で肩をすくめた。

「うぅ、スミマセン」

「謝る事ないだろ。偏差値低い高校の女じゃあるまいし、むしろラブコメよろしく一~二回のイベントで好感度上々になってホイホイついて腰振る方がドン引きだわ」

「ぐふぅ!? そ、そうですね、ははは……(←ホイホイ家なき大人について行った少女」

「そうだとも。そりゃ恋に盲目して学校ラブコメよろしく狭い世界で惚れた腫れたは青春の華だがね。しかし大人になり広い世界に出て気付くのさ、他にも良い男は沢山いると、恋に恋してただけだと、餓鬼の恋なんて90%が性欲セックスだと。全く、デートとベットがイコールな恋愛はヤなもんだ。そんな動物みたいな事望まないでくれよって噺だ」

「おや、意外と硬派おくて。純情なんですね。それとも恥ずかABC?」

「ウッセー、プラトニックなんだよ。夜這いが文化のイエローモンキーとは違うんだよ」

「また天邪鬼ツンデレだ。この人はどれほど丹念に育てた小犬でも懐いたら興味を無くすのでしょう。『簡単に懐く小犬なんて育て甲斐ない』とか何とか言って。そう、マイナー作品がメジャーになれば途端に興味を失う様に。しどいっ! 貴方にとって私なんてRPGのラスボス程度にしか思ってないんでしょう!?」

「お前は何キャラを目指してるんだ(しかもラスボスとか何気に……)。別に俺だってベタベタ甘えてくる女は嫌いじゃないが……単に気がノらないだけだ」

「ああ、枯れてるんですね。歳ですねえ。私が電撃で回復してあげましょうか?」

「シバくぞワレ」

「(笑)」

「まあ茶番は兎角、ちゃんと義兄は助けてやるから安心しろ」

「いや、いいですって。自業自得ですよ」

「ところが世間は子どもに甘いんでね。お前と俺が『So』といっても、世界の目が『No』というのさ。放っておいたら俺が悪者扱いされる。祭屋(A∴O∴)が大灰獣に呑み込まれた奴らを元に戻す方法を探している所だし、丁度良いだろ」

「だから、いーですって」

「アスコが信用できないなら信用できる奴を紹介しよう。言っただろう? 結構、仕事柄知り合いは多いんだぜ。ま、そのほとんどはお前ん所の義姉様の伝手コネだがな。そうだ、俺達にはあの『天津甕星』という鬼札ジョーカーがある。彼女に頼めば所持金の半分で、って鬼札なのは飼い猫のマオ――」

「ケイさん」言葉が飛んだ。ケイは少し「むっ」と息を詰まらせるように言葉を止める。それくらい、路花は真面目に言っていた。「ははあ、ケイさん、本当はソッチのタイプですか。見た目はつっけんどんな感じで、実は優しいってタイプですか。それともロリコ」

「アホか」

 ぺん、とケイは路花の額をはたいた。はたいて、はたいた部分を軽くさすった。ワザとおどけなくていい、という風に。義兄に突っ慳貪なフリをしなくていい、という風に。

「……ありがとうございます」路花はさするケイの手に自分の手を当てて言う。「けど、いいんです、これが運命なのでしょう。義兄の事は、そう気にしないでくださいまし」

 穏やかな笑みでそう言った。それを見て、ふと思い出す顔があった。それて、嬉しい事も哀しい事も全部丸めて、許し、受け容れる、あの静かな宵の海にゆらゆらとたゆたう星の様な、あの人の顔……。

(いや違う)

 あの人は満面の笑みの仲にも何時だって、哀しみを忘れない。

 けどこの笑みは違う。哀しみが無いというワケじゃない。ちゃんとこの子は哀しんでいる。しかし何処か違和感を感じるのは、何というか、そう、抵抗がないのだ。かと言って諦観や、妥協や、ましてやドウデモイイという笑みではない。それは納得しているような笑みだった。頭でっかちの悟り世代などではない。許容している笑みだった。

 白状しよう。ゾッとした。例え血の繋がっていないとはいえ、幾年も同じ家出共に過ごした紛れもない家族だろうに。それが目の前で消え去って、「仕方ない」だと? 十になるかならないかの年齢で、何という自分のエゴを一切排除した自制心を示すのだろう。その精神面だけで言うのなら、まるで「作られた赤んデザイナベビー」のような成熟さ。ケイは彼女がこの若さで絶対的価値観ユートピアを既に備えていると悟った瞬間、不気味さのあまり思わず身体に飛んで来たゴキブリの様に、手で払い除けそうになった。そうならなかったのは、一重に海の星の彼女の顔が過ったからに過ぎなかった。

 そしてふとケイは思い出した。彼女が「何時」生まれたかという事を。

「もしかしてお前、『第弐世代』か?」

 ケイは今までの感情を悟られぬよう一瞬で捨て去りそう言った。無論、彼女が精神感応しているならそれは無駄で、異能者ならケイなどという他者の思考回路など特に興味もないだろうが。兎も角、路花はどちらともケイに思わせぬキョトンとした愛らしい表情と仕草で、小首を傾げてこう応えた。

「? はい、そうですけど。見た目通りの年頃です」

「成程、道理だ」それにケイは腑に落ちた調子で言った。「道理で、界異に慣れている」

 第X世代――それは大まかな世代の分け方である。一般に、大祭害以前からオカルトにかかわっていた者は第零世代、大祭害時を直に経験した者は第壱世代、そして起こった後に誕生した者は第弐世代と呼ばれている。そして秀真路花マリステラは第弐世代だった。

 そして同時に第弐は第零でもあった。つまりそれは、既存の常識を壊され新たな世界に順応する必要のない、初めから新しい常識を持った、新世代の者だった。

 未知との遭遇(CE3K)から十数年経ち世界も落ち着いてきたように思えるが、まだまだその祭禍の祭火は燃え続け、第零世代や第一世代の者には文字通り眼に焼き付いて消え失せず、また過ごし慣れたかつての日々を忘れられない。戦争の花火がそうであるように、未だに後遺症フラッシュバックを引きずる者が多くいる。ソレはケイも同じ事。いくら非日常な怪物と闘っても、いくら現実離れした界異と出会っても、いや闘い出会えば出会うほど、記憶の奥に沁み付いた常識や観念というものを考えさせられた。

 だが第二世代にとって、それは特に声をあげて言う事ではないのだった。日常なのだ、彼等にとって、その祭火はもう、当然なのだった。

 被祭の瞬間を知らないからというワケではない。不感症でも他人事でも心が麻痺したワケでも慣れてしまったワケでもない。界異が起これば怯えるし、誰かが傷付けば涙するし、「奇形」で画像検索すればゴリッと正気度を削られる。

 しかし彼等はそれを絵空事と決めつける事が無ければ、「この物語はフィクションです」とネタにする事も無い。彼等が違う点はソコなのだ。

 彼等にとって異界や異能、怪物や神様、悲劇とは、もう生活の一部なのであり、その超能力や魔法といった異能力は「超」でも「魔」でも「胸躍る非常識ファンタジー」でも何でもない。鳥が空を飛んだり魚が海を泳いだりする様な日常行動の一つであり、冷静や短気といった個性の一つであり、物語にするまでもない「日常系」なのだった。実際、今時の第二世代にとって異能力など「Excelが使える」レベルの自慢にしかならない。それはこの秀真路花もまた例外ではない。

 それはあまりに「当然」だった、こればかりは幾ら努力しても、第二世代以前の者にできはしなかった。むしろ真似すれば真似する程、真に迫れば迫るほど、偽の物真似であるという事が如実に解り、本物との違いを浮き彫りにするのであった。戦後の作家がどれだけ戦争を写実的に描こうが所詮は戦後文学であり、どれだけその土地に根付いたフィールドワークであろうとも所詮は外部の人間の視点からなる研究なのであった。天然の邪気眼サイコパスは自分が異常だと自己申告しない、何故なら、生まれながらにしてソウなのだから。本物の精神障害キチガイは治る事は無い、何故なら、彼等にとってはその絵に描いたような夢の国が現実なのだから。病気ではないのだから。それが普通だから。

 何、そう難しい噺でも、珍しい噺でもない。自動車や包丁が一瞬のうちに命を奪うに足る凶器足り得ても、特に恐怖し危険視しないのと同じ事だ。不感症ではない。ただの慣れだ。ただほんの少し強かで、しっかりして、許容範囲が広いというだけだ。従来の人間が「古人オールドマン」と言われるのも解る。やー適応力って凄いね。

「ま、そういうのなら仕方ないか。優しさの押し売りはしませんよ」

「腐っちゃいやよ?」

「さーてね、身体は生モノ、心は移ろいやすいモノでして。冷凍保存くらいしなきゃ長持ちしないもんでさあ。けどまあ俺としても優しさが報われないなんて腐るほど経験済み。曰く腐ってるくらいが逆に美味いと……」

 などとケイが鳴れた口付きで軽やかにテキトーな事を言っていると、どしゃり、という水っぽい音が聞こえてきた。路花と共にその方向を振り向いてみる。見ると、子どもがまた何やら吐き出していた。どうやら義兄様を吐いた後に引きずられて出たらしい。その出てきたモノは、機械の身体に長い耳と蟹ハサミを生やした人外だった。腕の数や足の数からすると三者程の者が混ざっているようだ。平たく言えばアシュラ〇ン。

『ぐ、うう……ハッ! 此処は何処だ? 俺は俺。俺は……って、なんじゃこりゃあ!』

 三者三様の顔の大男(単数名詞)はしばらく意識がぼんやりしていたが、やがて意識がはっきりしてくると、同じ動作と同じ台詞でそう驚いた。その声は三つの声をマッシュアップした声であった。

 別に伏線でも隠すつもりも無いのでネタバレすると、彼らは第壱幕第壱場の冒頭で路花の義兄をイジメていた借金取りであり、大灰獣(の人間モデル)に呆気なくグリグリモグモグされた方達であった。

「おーおー、意思疎通が出来るな。おめでとう、君達はアタリだ(何がだ」ケイは子どもの口元をティッシュで拭きながらそう言った。「胃世界旅行はどうでしたか?」

『あ…ありのまま起こった事を話すぜ!「めのまえがまっくらになったと思ったら此処に居た」。何を言ってるのかわからねーと思うが俺も何を言ってるのかさっぱり解らん。第三次衝撃オレンジジュースというかネットの海というか、そう、神を見た』

「マジで何言ってんだコイツ」

 ケイは同時に喋られると耳が気持ち悪いと思ったが表面に出さず、しかし眼は至極どーでも良さげな眼をして聞いていた。アリの巣にダンゴ虫を特攻させる眼くらいどーでも良さげな眼をして聞いていた。蟻って意外と、自分から攻撃しないもんですよね。すると突然、大男は眼を見開き大声を上げた。

『あ、て、手前はッ!』「俺か?」『じゃなくてあの小娘……でもなくて小僧か? うん? うんんん!?』

「落ち着けよ。この何考えてるのか解らんボケっとしたコイツか?」

 とケイはそのボケっとした子どもを人外の前に連れてきた。

『そ、そうだソイツだ! このガキ、いきなり喰いやがって! うん? いやよく見ると違うな。でも雰囲気は確かにあのガキだ。うん? うんんん!?』

「うん? 知り合いか?」子どもは首をかしげる。「だそうだが」

『だが俺達は確かに喰われたんだよ食事的に! いきなり空から女の子が降って来たと思ったら俺達は何もしてないのにいきな……あ、アイツ!』「今度は誰だ?」『ソイツだよ、そこの小娘が持ってるガキ! ってガキ? うん? うんんん!?』

「何だ、知り合いか?」路花は首をかしげる。「だそうだが」

『その小娘は知らん。だがガキの方は知っている。何か若返ってるから微妙だが、間違いない。ソイツは俺達のとこ、あー、まあ予備校みたいなとこの生徒だったんだが、金を踏み倒しやがったんだ。そんで探して金を出させようとしたら、一緒にこのザマさ』

 ケイはその噺を、別にこの大男が何にどうされたのかは至極どーでもいいので興味無さげに「そーなのかー」とぼんやり思いながら聞いていた。

 しかし成程、どうやらこの大男の仕事は金貸し業、そして貸した相手の元へ行って「アレしてでもうばいとる→な なにをする きさまらー」な感じの方らしい。なら顔を覚える能力は多分それなりに多分あり、本当に路花の義兄と一緒に食われたのだろう、大男の言葉を信じるのならだが。しかし、喰ったのは子どもではないだろう。きっと食ったのは先に倒した灰泥だ。まあこの子どもも蜥蜴尻尾を食うあたり何食ってんのか解らんが。

「それは災難だったなあ……ところで、」しかしソレを聴いて物語擦れしたケイは何となく事の有様が見えてきた。つまり、彼らがどういう奴らであり、路花の義兄とどういう関係であり、そしてどういう状況で喰われたのかを。「お前、ナレ詐欺の奴らだろ」

『え、はっ!? あ、いや、違うっての。関係ねえし』

「ワザとらしい演技御苦労だが、無駄だぞ、コッチにはお見通しだからな」

『じゃあ証拠出してみろよッ!』

「じゃー現代のウソ発見器を魅せてやがりましょう」と、ケイは発見器の頭を握って人外に向かって突きつけた。「さあれ、聴いて驚け観て笑え、是なるは今を時めく超能力少女でござい。言ってる意味、解りますな? この子にかかれば気になるあの子のメールアドレスからお前のトルコ風呂アフロディーテでのプレイ内容まで何でもかんでも読み取りやがります」

『じゃあその小娘の超能力が超能力だという事を証明する超能力者を出してみろッ!』

「おやっ! トォトロジィな事を言いやがりますね。なら証明してみませうか。是なるがちぃっと本気出せば、発火能力で体内からぼうぼう燃焼、念動力で大気圏外さらば追放、挙句の果てには特技の極大爆裂呪文よろしく貴様等のクソ鳥にも満たないクソ脳髄などクソ電子レンジに入れられたクソダイナマイトの如くクソブレインバースト……」

『ややや止めろよお前マジヤメロッ!』

「おいおいおいおい。お前おいおいおいおいおい」ケイは楽しくてたまらないと言うように、眼を見開いて笑顔で続ける。「命令形スか? 井の中の大将はコレだからイカンね。お前何か勘違いしてやがるんじゃないですか? どーしてそう強気になれやがるのですか? どーしてそう調子に乗りやがれるのですか? 常に最悪を考えせーよ。そしてお前等は崖に落ちる一歩手前だ」

『な、何なんだよお前は! お前には関係ないだろ!?』

「お約束だな。関係なかったら何なんだ? 無視すりゃ俺の人生は彩るか? 自分の助けた困った人が今日も笑顔だと知るだけで、それだけで報われた気分にならないか?」

『はあ!? 何言ってんだ手前、ワケ解んねえ!』

「解らんなら勉強しようぜ。イジめる役と助ける役、どっちがカッコいいかという事だよ。他人の人生を無視する程、手前の人生は価値あるのかという事だよ。大体、情けは人の為ならず、誠意や恩義の価値は曖昧故に受け手によっては永遠無限の価値が生まれる。なら助けた方が合理的だろ。目先の利益しか見えん資本主義はこれだからいかん。だというのに『関係ない』? 初めは誰だって他人だろうに。無駄に意義を見出すのが生き様だよ。そんな事言う奴は、キツネに『ひまつぶし』の仕方でも教わりな。

 で、そんな俺は何者か。かく問うならば応えましょう。ある時は交渉ネゴついでに道端でデカブツぶっ放す代闘士ゴネシエイター、またある時は怪物退治ついでに姫様を助けるとある教会の喜劇役者コメディアン、しかしてその実体は、ほれ、名刺」

 と、ケイのホシフルイがぺい」と紙切れを取り出した。そこには連絡用アドレスと通り名が書かれていた。それを訝しげに受け取り、大男は一様に目を見開いた。

『おま、〈黒騎士〉かよ! あの……』

「御存じで結構。因みに言っとくとな、手前の引っ掛けたこの阿保も、その阿保の義妹も、海の星の子どもだぞ。ラスボスが出てくる前に、『逃げる』コマンドをお勧めするなあ」

『ご、ごくり……』

「ま、別に俺はな、少年漫画の主人公の様に相手を打ち負かして否定して、『俺が正義』と主張したいワケじゃない。ただ俺は好きなだけだ。弱者をいたぶるような、絶対に勝てるって思ってるような、調子に乗ってる奴の顔を右ストレートでブッ飛ばすのが大好きだ。唖然とした顔が特にな。それがたまたま悪者なだけの事。そして勿論、それには逆に殴られる覚悟がなきゃならん。正義も悪もどちらとも、相手を殴るなら、それ相応の覚悟が必要だ。そうだろう? 少なくとも、『もっと射撃が上手くなるまで、人ゴミで撃つのは控えた方がいい』と、俺は忠告するけどねえ?」

『ぐぬぬ……』

「ニヤニヤ」

 さーて、どうしますか? ――そういった体で、ケイはホシフルイで地面をコツコツやった。蛇口から水が滴るようなその単調な音が、暗示のように大男の耳に入っていく。大男にはその音が徐々に大きくなっていくように感じられた。それは悪魔が一足一足音を立てて近づくようで、疑心暗鬼のように恐怖は増長、心臓さえその音に支配されてしまったかの様に動悸が静かに激しくなり、湿地にいる様に汗がベタつき、灰色の煙が充満した様に思考は酔い、過呼吸の様に気分が落ち込み、もはや投げやりにも似た諦観が……

「はい、そこまで」

 路花が「Clap!」と両手を合わせてそう言った。ケイは少しビクリと驚き、「おいおい」と路花を振り返る。

「何だよ、俺はお前の味方だぞ? ご命令とあれば煤色の鉄砲玉になろうとも……」

「さっきも言ったでしょう、ケイさん。そーいうのは、いいんです」そう言って路花はその前に「Pin」と、「こら。」とか「よく聞きなさい。」とか言うように、路花は人差し指を立てて言った。「私からの要求は一つです。義兄の命を狙わないでください。仮にも命を助け……助けましたよね?」「助けた助けた」「ので、それくらいしてください。筋は通します。義兄に付き合ってくれた分のお金は払いますから」

『んだとゴルァ! 毛も生えて無さそうな小娘がナマ言ってんじゃねーぞ! シャーペン耳に突っ込んでカチカチして脳内貫通させてやろうかあッ!?』

 それは地味に真似する人が出そうだから止めれ。

 しかしプッツンした大男は聴く耳持たない。それに対し路花も目には目を、歯には歯を、暴言には暴言をとマイナスイオン的プラズマをビリビリさせてまくし立てる。

「んですとコノヤロー! ソッチなんて腐ってカビ生えて社会に焦げ付いたパサつきウェルダンじゃねえですか! コッチはナマはナマでも肉汁溢れるミディアム・ナマだ! 悪い事はイケない事なのよ! あまり反省する気がないと私の僭越なSF(少し不思議)パワーで時間旅行させて世界を照らす自由さんに膝つかせるよ!?」

 因みにウェルダンの名誉のために言っておくとウェルダンは焦げ付いた油がサクサクして美味いです。ただの油ではございません。肉のうま味たっぷりの油です。それを楽しめるか否かが通の分かれ目と言えるでしょう。まあお前らド素人はレアでも食ってなさいってこった。ただし更にガッツリ焼いたブェルィーウェルダンは上級者向けなんで注意しろよ。……え、何、俺は真っ黒焦げがいいって? いるよなーそういう子ども! 焼き肉とか肉を炭化させるまでこんがりるのね。そして焼き肉のたれでびちゃびちゃにするという。ま、しかし解らなくもない。刺身に醤油をびちゃるのが子どもの華さ。キャベツはドレッシング味にするのさ。唐揚げを上げた時に出る油粕とかそこそこ美味いというかクセに成るしねすっげーサクサクしてるしねでも歳をとるごとにえらぁむつこおなっとああこりゃあぎゃおしぇにならってことなんじゃっとしみじみシジミ

「何の噺だよ」とケイは一人辟易した。「『Oh my God. I'm back. I'm home』ってか。本当にできたらスゲーなソレ」ケイはそんなやりとりを傍目で見ていた。ケイから見ればどちらも子どものケンカである。「悪者に向かって説得、アレをどう思いますか?」ケイは棒状のホシフルイに向かってそう言った。ホシフルイは《WRRR……》とため息をつく様に応える。「全くだ。『最悪です。5点ですね。確かに正論ですが相手にしてみればわかってやってるんですから、『バカ』と言われたも同然で』せう。『確かに愛嬌は最高、台詞も最高、だが君、肝心のおまえの心意気が最低だ』。仕方ない、同郷の誼だ、ここは頼りになるオニーサンがカッコつけてあげますか」

 そう言って、ケイは前に歩み出る。それに路花は気付いて、「あぁっ、駄目ですって、暴力反対~っ」とケイの裾を引っ張って止める。

「駄目やな。眠いわ。たるいわ。見てて面白くないんどすわ。俺が本物を見せちゃるばいじゃきべさ」そう言ってケイは男の前に立った。相手は「何じゃワレ」と鉄砲の様にガン付けてガンギマリ。それをケイが見返して何を言うかと思えば、

「どうもすいませんでしたあああああああああああああッ!」

 ケイは腰を追って頭に地面を擦りつけた。路花は盛大にずっこけた。お約束。

「ってケイさん、何やってるんですか」

「何って気持ちよく相手をボコって平和を勝ち取る少年漫画サイコじゃあるまいし、口承と交渉で丸く収めるのが大人でしょ。それに例え敵でも底辺でも常に礼節と敬意を持って接するのが作法マナーです。敵でも仲良く……お前の望み通りだろう?」

「望み通りですけど、いざ目の前でやられると居心地がイヤーンです……」

「君ねえ……」

『ああん!? 謝って済むと思うのかコンチクショー!』

「ふん、やっぱりノータリンのチエオクレにゃDOGEZの叡智は伝わらんか」とケイはコロッと態度を変えて立ち上がる。

「そーいう問題じゃないと思います。後そーゆー言葉は狩られるます」

「全く、何でも暴力で解決できるとか、世の中そんなに簡単で甘いと思うなよ? しかし、ま、この場は殴った方が建設的か。なら折角だ、パカーンとブタ箱までブッ飛ばそう」

「それじゃ暴力でしか会話できないようになります……強制反復って言うんですよ?」

「いいじゃないか、男は拳で語ろうぜ。おいBig Loser、手前の上司ファーに言っときな。今後一切、コッチのツレに無粋な笑みで手を出すな、Or else……」

『な、何だよ……』と、男達がその不敵な笑みにゴクリとやる。

「Oe……そうだな、そうだ、気取った言い方で言えば例えばこうだ、『I'm going to make him an offer he can't refuse』、ってのはどうかねえ?」

『お、おいおい、止めてくれよ……親父に馬なんていねえぞ』

「と思ったけど、解った、止めた。その台詞の意味を知ってるなら、気が変わったよ。因みにお前、お前等、その映画は好きか?」

『え? いや、まあ、嫌いじゃねえけど、なあ? ああ、詳しくは知らんが。俺は別に好きってワケじゃないが、派手なもんばかり見てると、たまにああいうのが見たくなる』

「ほう、そうかそうか」そう言い、ケイは気安く相手の肩に(といっても相手はその唐突のフィジカルインティマシーにビビったが)手を回した。「然らば、なあ、解るだろう? こんなみみっちい阿漕商売、人としちゃダサいもんだぜ。勿論、お前等は仕事でやってるんだろうし、そうとしか生きられない者がいる事は理解している。感情論じゃない。ビジネスライクだ。売春が駄目なんて言う奴はお綺麗な場所からのナンセンスだし、十字架教的思想からなる偏見ってもんだろうさ。けどだからと言ってこの街ではそれが常識。ソレが嫌なら己を変えるか世界を変えるか目と口を閉じるかヒッピーになって逃避行と選択肢は色々あるが……それでも餓鬼の女にたかるのは、果たして一人の男としてどーかなー? 見なよ、彼女、中々可愛いと思わないか? それに義兄の為に頑張るなんて、とても良い子だし、健気じゃないか。そんな彼女に、お前さん、何とも思わないのかい?」

 何て、ケイはベラベラと饒舌で語り出した。その語りはいわば、思いついた事をその場限りで話しているような感じだった。けれどもそこにちゃっかりと人情を織り交ぜるのは、もはや手癖というべきか、舌癖というべきか。路花はそんな語りを聴いて、「もしかしてこの人、同じような仕事をしていたのでは?」と訝しんだ。実際、ランナーは正しい事ばかりをしているワケじゃない。制限がないのは、何も年齢や性差だけではないのである。何故ならランナーは、正義や悪の蚊帳の外なのだから。で、さて、そんな騙り、間違えた、語りを聴いた男達はというと?

『実は俺、あの歳くらいの娘がいてさ、さっきから姿がダブっちまって……。俺の娘はもう子どももいるが我ながら阿保でなあ、あんな賢い娘がいたらと……。チェッ! お前等羨ましいなあ。俺なんて40過ぎてまだ色噺なんて……』

 と一人三役の芝居を始めた。どうやらケイの話術がそれなりに上手くいったようである。

 こういうものだ。どれほど悪役な様に見えたって、そこには家庭があって、人生がある。其処にある正義と悪に、一体、何の違いがある? 違いがあるとすれば、それはハサミかナイフか、戦争か経済かの違いだろう。

(ま、そりゃ左巻きの赤であり、社会で生きるなら、やっぱり一般常識は必要だがね)

 と思いつつも今はそんな考えは置いといて、

「ならば、なあ、解るだろう? 此処は彼女に免じてさ。勿論、あの子が言った様にお金は払うさ。それに、何ならもっと良い働き方を紹介してやろう。どうせリスキーな事をやるのなら、合法なリスキーの方がやり直しも効くだろう?

 それに俺ァ……さっきも言った通り、勧善懲悪は好みじゃないのよ。そりゃガキにはそれがスカッと心地良くて、解りやすいのかもしれんがね。けれども、そんなのは手前に酔ったやり方だ。田舎を無垢な場所扱いする進化主義よろしく、相手を悪と断じて己が英雄と思い込むドラッガーだ。だからさ……俺をあんまり偽善家にさせてくれるなよ」

 と、ケイは最後に暗に「OKと言わなければ偽善家になる」と言っていた。脅しと交渉のギリギリな分水嶺だった。果たして、男達はその意を理解したのか、

『……チッ、解ったよ!』と言って、ケイの身体を跳ね退けた。次いで、『だが俺等はパシリだ。期待すんなよ。後、俺達は違法じゃねーっ! ちょっとお高いだけでちゃんと『Uキャン』並になれるわ! 好き勝手にやるランナーの方がよっぽど詐欺だっちゅーの!』

「うるせーなダーホ、解ったんならさっさとケーレ」

『チェッ! 全く、ムカつくぜクソッタレー。……解ったよ、くそう、覚えてろよ! うわ、んなお約束言わんでも。つーか良い働き方、ちゃんと教えろよ!?』

「カーエーレッ!」その口調は荒っぽくも何処か親し気で、実際、彼の顔は笑っていた。相手の顔も何時の間にか笑っていた。何というか、土手でバトって夕焼けの野原に転がって「へへ、強いな」「お前こそ」何て感じの雰囲気だった。下町のチンピラ同士、通じる物があるんでしょう、多分。よーし、明後日に向かって競争だ! 明後日ってどっちさ? 太陽が上がる方向さ! つーか今は昼だ。戻して現実に戻って来い。「ふん、阿保だが元気があるじゃないか。元気があれば、どんな方向にだって飛べるよ」

 兎も角、一人三役で語りながら、男達は去って行った。力が及ばない所を見ると素直に引き下がる当たり、下っ端でも融通の利く下っ端なのだろう。まあ、一辺倒の阿保よりは、話を通してくれるだろう……と、ケイはそれをぼんやりと見送り、

「……とまあ、こうやるのだ」と、くるりと路花に振り返って言った。「あの手の男は娘に弱い。特に頑張る女の子にな。いやはや、男って奴ァ。けど、即興が通じる奴で良かったわな。本当はこういうのは事前に相手の事を調べてやるもんやからね。多分、やっぱり、メリューの名前のおかげだろうなあ」

「はあ、そうですか。それにしても、慣れたお手付きで」

「別に上手いワケやないけどな。お前の義姉さんとこもアレはアレで色々ともめ事があるから、荒事方面は慣れとるのよ。メンツは大事だからねえ。

 しかしお前さんもお前さんだ。君は『暴力反対』とか表では綺麗語バズワード使いつつも、相手と距離をとっとるからイカンのよ。いわゆる無意識の差別、でさ。可哀想な動物に同情するフリをしつつ、見下してるんやなあ」

「まっ! そんな事は――」

「ぢゃあ、慇懃無礼って奴かな? とまれ、こういうのは、しゃんと腹を割って話さにゃあかんよ。尤も、ルードとフランクは違うけどな」

 うんうん、とケイは腕を組んで肯いた。けれども、こんなのは結局、人付き合い、完璧な教科書なんて存在しない。ならばやはり、数をこなして慣れるしかないでしょうなあ――そうケイが言ってると、路花が何とも言えない複雑な顔をしているのに気付いた。

「ま、大丈夫なんじゃねーか? ああいうのは真正面から闘って打ち負かさずとも、闘っても利益がないと思わせりゃ良いんだ。それとも『目には目を』なやり方が気に入らないか? それならスマン。横紙破りが俺の仕事でね。けどその分、名実共に心配ご無用だ」

「色々な意味で?」

「そうだ、色々な意味で」

 カラカラとケイは笑い、路花もまた小さく笑って、

「ありがとうございます」と応えた。「けど、悩んでいるのは其処ではなくて……すみません、助けてもらったのに文句言って」

「ああ、『ソッチ』か……全くだ、ツマラン。相手を瞬間移動して『*いしのなかにいる*』くらいやっちまえば良かったのに」

「それはオーバーキルですよ」

「リアルな答えが返って来たな。しかし鉄の棒で殴って置きながら『不殺』ですか」

「だって殺人犯になりたくないですしお寿司、世紀末になったら困るですしお寿司」

「大丈夫。この世界ではもうそーいうリアルは残虐されるモブキャラ並になあなあだから」

「本当、この世界の治安維持とか法権ってどうなってるんだろう。けど過ぎた返しは返し返しが痛いです。それにあのタイプはマドハンド式に仲間を呼ばれますし」

「だがあのタイプは頭悪いからオブラートな言葉じゃ意味を理解してくれん」

「それじゃあ、ああいう平和的解決は駄目ですか?」

「いや……それとコレとは話が別だよ。確かに言っても解らんかもしれんが、だからと言って殴って解決すれば良いという事じゃない。頭下げたり相手を良い気させたままで居るのは癪だろうが、けれどもそれが『大きい人』というもの。カッコいいと思うぞ」

「なら良かったです」そう言って、路花は笑顔で言った。それはもう良い事をしたと信じる様なさわやかな笑顔で。「まあアレですね。千の損も一つの得でチャラになります。今日のとてもイヤーンな事も、三日経てば大体、忘れてます。心というのは都合の良いものですから。何、難しいことじゃありません。イジメっ子になるより、友達になった方が数倍楽しい。そういう事です。罪と罰より、慈悲と許容ですよ」

「じゃ、良かったな。今日は二つも得できた。俺とホシフルイに会ったんだ」

「……くすっ」路花は少しだけ呆け、年相応に笑った。そして、「そうですね。色々助かりました……だから、」そう前置きし、ケイの頬に、「Chu」と口付けをした。「本当にありがとうございます。頼りになりますね、ケイさんは」

 そういう路花は仄かに顔を赤く染めていて、はにかんだ笑顔でケイを見ていた。その顔はひどく可愛らしく、その顔を見る為ならば、怪物を倒し怪物に食われた彼女の義兄を救うのに命を賭けても惜しくはないと思われた。そして実際にそうしたケイはその顔を見て、

「……ナニコレ」

 口付けされた部分に手を当てながら「いきなり何すんだお前ひくわー」といったような胡乱な顔で路花を見た。

「えーっ!? ケイさんが『チューしてくれたら』とか言ったから僭越至極恐悦私め如きがメリケンよろしくなオーバーリアクションだと言い聴かせて卒業式に根元に死体の埋まった伝説の天使の輪に祈って首吊り自殺が横行する事から通称『死垂れ桜』と名高いの樹の下でMOUSEチューしたのにぃっ!」

「あ……あーあーあー」ソレを聴いて、ケイは思い出したように笑って言った。「ははっ。冗談に決まってるだろ、バカだなあ。でも、ふぅん、可愛い事するじゃないか」

「そ、そんな事言うなやカイ。ホレるやろ」

「『未知数』なのに『解』とはこれ如何に。まあ兎角、お約束というのは、かくもコメディなモノですな。ま、それがいいのだけど。けど、礼ならいらんぞ。何せ、コレは俺の勝手な自己満足オナニーだ」

「オナっ……!? ~~~~っ」

 唐突に切り出された下ネタに路花はしどろもどろと恥ずかしがった。うーん、このぐちゃぐちゃした街に居て純な娘だ、とケイは思った。それとも彼女の教会の娘として生きる生真面目さ故だろうか。教会は境界、その線引きは著しい。

「し、しかし義兄も義兄ですね。チープで陳腐な詐欺に引っ掛かるなんて、全く、良いと歳全くですよ」路花は慌てて話題を変える様に言った。「メリお義姉ちゃんでも誰でもちゃんと相談すれば良かったのに。超能力者じゃあるまいし、言わなきゃ解りませんよ」

「それ鏡見て同じ事言えんの? まあ物語は事件なしには進まないし、事件が起こるのには無言が必要なのさ」

「『ま、まさかそんな!』→『知っているのか雷電!』→『いや、確証が出るまでは……』→『そ、そうかやはりアレは……!』→『はっ、後ろから気配が!』→『ぬわー』。っていう黄金コンボの事ですね、解ります。これぞまさしく『沈黙は金なり』。イェァッ!」

「ホント、あの世界って『話し合いをする』という選択肢はないのか知らん? それとも『空気読め』って奴なのか? 情報共有ホウレンソウくらいしっかりしようぜ。まあしてないから悲劇は成り立つのであり、ロミオとジュリエットは死ぬのだが。やれやれ、者語るのが物語だというのに、皮肉な噺だ」と、ケイは肩をすくめた頭を振った。「しかし、だ。義兄さんの事も解ってやれ。俺にはなんとなく、どーじょーできでしまうよ」

「そうなんですか?」

「ああ、まあ訊いても『そう』だとは言わんだろうがな。けど多分、まあなんというか、ソイツはきっと、不安だったんだ」

 今の時代、あまりに簡単に奇跡が起きる。竜がいて、英雄が居て、星が落ち、愛する者が甦る。勿論、それには想像を絶するほどの努力と才覚、運が必要だろう。が、それはもう、お伽噺の話ではないのだ。「絶対」という言葉はもうないのだ。

 そんな世界に居るからこそ、不安になったのだろう。

 自分が此処に居てもいいのか、皆の役に立っているのか、自分が演じている劇は面白いのか、魅せるだけの価値があるのか……言い聞かせられなくなって、自信なくて……。

「『海賊の宝が何処かに在る。皆、それを夢見て旅立った。さあ、自分はどうしよう?』。ま、つまりそんなとこだ。こんな世界だもんな。自分の力が何処まで通じるか、試してみたくもなるもんさ。けれども本当は何処かで自分の力の限度は既に解っていて……そんな考えがごちゃごちゃして、こんな中途半端な結果になったんだろう。だというのに『相談してくれ』なんて、ましてや仮にも男の子に、そりゃあ無理な噺だぜ」

 しかしそれを誰かに相談するわけにはいかなかった。何故なら俺達ァ男の子。今を時めくヤンチャ☆ボーイ。「父さんが残した熱い思い」も「母さんがくれたあのまなざし」も捨て去って、俺達ァ水平線の果てへそのまた向こうへ。「しっぽを立てろ」!「泣くのは嫌だ笑っちゃおう」!「ただ一つの憧れは何処の誰にも消せはしないのさ」!「どおせおいらはヤクザな兄貴」! さあ、こんな俺を褒め称えろ! 凄いだろ! 輝いてるだろ! 何故誰も返事しない!? ああ、そうだった。俺は一人で来たんだった……。

 ケイは「全く、ヤレヤレだぜ」と肩をすくめた。しかし路花は、

「黙っていれば伝わるなんて、そんな事ありません」ふん、と言ってうっちゃった。「けど、まあ、解らなくもないです。時折、育ててくれるメリお義姉ちゃんにとても申し訳ない気持ちが一杯になりますし。『何てこんなにも良くしてくれるんだろー』って」

「その時分からそれはちょっと擦れ過ぎじゃね?」

「でもでも。言いたい事は、そういう事でしょう?」

「んー、まあな」

 けどその心の持ちようは路花の方がずっと大人だろう。

「成程、そうでしたか。なら、言いたくないのも無理はありません」路花は小さく肯き、子どもになった義兄をなでた。「しかし、なら問題ありません。やりようはあります」

「それはどんな?」

「まず早起きします!」

「えぇ?」

 ケイはごく普通の事を言い出したので首を傾げた。

「良く日に当たります。朝ご飯を食べます。適度に運動します。何でもいいので熱中します。会話します。仕事します。夜更かししません。ぐっすり寝ます。暗い事を考えるのは不健康な生活をしているからです。まともにしていれば心もまともになるでしょう」

 遠回しに義兄の事をまともじゃない呼ばわりしていた。……けどまあ、

「だな。健康でいればそれなりに大丈夫だ」その言には同意だった。「あ、因みに、さっき食った泥人形もコレみたいに戻せるのか? 雑魚キャラじゃなくて、ボスキャラの方」

 b。

「なんじゃそりゃ。首切りか?」

「ケイさん、『b』と『q』の中間じゃないですかね? つまり『Maybe』」

「喋らんのじゃなくてもしかして喋れんのか?」

「声以外の情報伝達手段じゃないですかね。つまり、体温や体臭や身体言語!」

「そうかもしれんなあ」

「最後の以外は冗談のつもりだったんだけどナ」

「後で手話でも教えてやるかなあ」

超能力者わたしがいれば身体型意思伝達障害の方にも適切なアプローチが出来ますよ。介護福祉にも路花ちゃんは大活躍です!」

「せやな。ま、『多分』なら上々だ。A∴O∴やメリューに頼めば何とかなるだろう」

「んや、敵なのに思い入れが?」

「一度言葉でも刃でも交わしたらその時点でもう知り合いなのよ。ま、今回は痛い闘いしかできなかったし、機会があれば、今度はもっとゆっくり話し合ったりメルアドを交換したりするのもよかろうて」

 そう言って、しかし同時に、ソレで良かった、とケイは思った。

(ああ、ソレで良かった、ロクに会話もできない程度の知能で。もしもっとしゃんとした知恵があったなら、あの灰泥の万能さだ、単純な破壊以外の攻撃方法もしてきただろう。それこそ、メテオを自力で作られるのなら、単純な殺傷能力で言えば、放射能の方がずっと強い。まあいざされてもホシフルイなら対核行動くらい容易いが、流石に観客は上手に焼けてただろう。他にも、、周囲の物体を昇華させる程に己の体温を上げたり、逆に自分を気化させて相手の体内に入り込んだり、通行人に化けて暗殺したり、……莫迦みたいな発想だが、それが莫迦々々しく思えない所が何より恐ろしい。いやもっと恐ろしいのは、彼奴等がそういう事に躊躇しない所か)

 兎角、レベルの低い奴で助かった。幾ら特殊なスキルがあっても、練度がなくちゃな、とケイは思った。逆を言えば、まだまだ成長段階という事だが。そう、横でニヤニヤと笑うコイツみたいに。全く、ヤレヤレ……って、何、笑ってんだ。

「へえ……ははーん」と、路花は手を口に当てて小悪魔アザトースっぽくあざとく笑う。「平和主義って奴ですね。良いですよ、青臭くて。己の正義を妄信し、他の止めを聴かず不条理に異を唱える。青春ですね。ちぃとケイさんの為人が解ったような気がします」

「阿保め。俺はそんな簡単に共感されるような軽い男じゃないっての。大体、他の命を喰う事でしか生きられないのに平和主義とか、そーゆーぶりっ子は少年漫画でやれって噺だ。そして俺は少年じゃない。これはアレだ、単に情が移っただけだ。移らなければ女・子供とて袈裟斬りだ。メリューの奴にボランティアと称して色んな施設でソーシャルワーカーやらされるから、悪餓鬼に免疫が在るだけだ」

「あ、私もよく職業訓練で保育士みたいな事しますよ。〈海の家〉は居心地の良さは勿論、独り立ちしても大丈夫な将来性の高い教会かつ孤児院です!」

「誰に対して宣伝してんだよ……」

「けど、そういうタイプはやらないタイプですよ。精神感応で解る」

「勝手に人の心読むんじゃねー、破廉恥が。んな覗き行為ばかりやってると……お前の頭わしゃわしゃするぞ!」

「あはは、何ですかソレ。照れ隠しですか? かーわいっ♪」

「それか手足もぎ取る。念動が使えるなら要らんだろうしな。むしろ目が見えなくなれば耳が良くなると云うし、念動の力が強まりそう」

「ソレ、笑えない冗談なんですよ……」

「ああ、実際にやった奴いるのね。何かスマン。後、男性を可愛いとかゆー女性の感覚は解らん。男性ならカッコ強くあるべきだろうに」

「雄雌に要求される役割なんてTPOにより変わりますよ(e.g.カイロウドウケツ」

「草食系男子もあながち莫迦には出来んかもなあ。しかし、そう簡単には俺の性格は解らせんぞ。可愛い君の前で格好良い俺を演じているだけかもしれないからな」

「でも、格好良いのは事実です」

「ふん? 成程、仮面ペルソナでもそれを格好良く思った想いは事実、か? ……ま、それもアリだな」ケイはそう言って、軽く笑った。「ま、何は友在れ、一件落着だな」

「ですね!」

 路花は笑顔で言った。ケイも満更ではないように笑っていた。今、二人は気持ちを分かち合っていた。戦友だった。それは超能力でも交渉術でもない。そんなものは必要ない。上手く言えないが、心が繋がっている感じだった。この仕事が終われば別れるといっても、今や二人はもう仲の良いパートナーだった。だから二人がソレを見るのも同時だった。その言葉が心に浮かぶのも同時だった。二人はこう思っていたのだった。

 ――コイツ(この子)、どうすっかなあ(どうしたらいいんだろう)……。

「(やっぱり、あの子『コレ』何ですかね? だったら私これからどうやってあの子と接したらいいか解らないわっ)」と路花がひそひそちる。

「(お前はコレがドレでも変わらず接すると私は思う)」とケイがそれにひそひそいらう。「(そしてそう決めつけるのはまだ早い。もしかしたら40天文単位離れたEKBから来た47の使吐の1かも知れんぞ。保護者の気に入る姿になって取り入り餌を貰うのだ)」

「(使吐の一人だったら宜しいんですか?)」

「(いやぶっちゃけ宜しくないです)」

「(てゆーかあの子からアレと同じ波長を感じるんですが)」

「(さっきからソレソレ一々遠回しに言ってんじゃねーよ)」

「(だから触手ですよ、『SHOCK YOU』!)」

「(んなの……)」

 言われんでもわかる、とケイは溜息をついた。

 二人は子どもから距離を取ってひそひそと話し始めた。そういう話し方は一般的な子どもに著しく不安を与える事は二人とも知っていたが、一身上の都合で今は御容赦。

 海の星の管理人さんは言っていた。最近、灰泥に襲われる界異が起きていると。変身して対象に成りすます事が出来ると。そして今さっきこの子どもがやってのけたのはまるで相手を呑み込むようで、見た目は可愛い子どもで……ケイはズバリ訊いてみる事にした。

「お前、最近起こってる灰泥界異に関係あるのか?」

 d。

「親指、親指が立った! やりましたね親方!『オーホホホホホ おそろしい子!』……って素直ですねっ! 本当でしょうか?」

「そこをお前が閾下侵入でだな……」

「『何も考えなければ心を読まれない』」

「バトル漫画でよくある奴。つまり読めないって事ですね」

「ち、違います。役立たず扱いしないでください……」

「してないから寂しそうな上目遣いは止めなさい」とケイは手で路花の視線を隠すように眼を覆う。「ただでさえ灰泥は混線してるのに、今のお前の体調でそれを望む程酷じゃないよ。それにまあ実際何考えてるかよく解らん奴だしな、気にしても仕方なかろう。しかし始末書を書く時の為に、一応話を訊いて置こう。お前の言っている事は本当か?」

 b。

「なら上々。じゃあお前は何者なんだ?」

 d。

「いやサムズアップじゃなくて。名前は? 役割は? 何とか言ってくれ」

 ……b?

「何だお前。『はい』か『いいえ』でしか応えられんのか。RPGの勇者ですか」

 p?

「お前もしかして適当にやってねえか……?」

 |〇。

「え、なにそれ」

「あ、それアレですね、『Are You Sleeping?』な『グーチョキパーで、グーチョキパーで、なにつくろー(エコー:なにつくろー)♪』って奴。そしてコレはキノコですね」

「情弱ワロス。パーとグーはヘリコプターだろ」

「はっ(嘲笑)、世界が狭いですね。他にも目玉焼きや蛸だってあるりますよ」

「蛸? ……はあ、蛸ね。その発想はなかったわ(実際にやりながら)…………っていやそうじゃなくて」

 話し通じねえ。

 意思表示をしてくれるようになったのはありがたいが、疎通は未だ出来ないままだ。キャッチボールというよりボールパーソン。仕事柄色々なタイプの者と接してきたケイはこういうタイプの者を相手にするのも慣れており、別にイライラしたり面倒臭いとは思わないが、このままではどーも不都合である……が、今のまま進展はなさそうだ。

「ソッチがそういう態度なら、仕方ないな。しばらく連れ回させてもらうとするか」

「警察に届けないんですか?」

「普通ならそうするが俺はランナー……手前で解決しないと金が入らないんでね。まあ、お前の義姉様には後で報告するけどな。ああ、後、逃亡生活の経緯もちゃんと言う様に」

「げはー。ちゃんと覚えていましたか。ううム、おちゃらけているようでそーゆー所はちゃんと大人なんですねえ」

「大人じゃなくても『ホウレンソウ』は社会人としての常識だ。そしておちゃらけてるのは、お前みたいな子どもを油断させ取り入るためだ」

「あや? てっきり余裕ある大人を気取るためだと思ってましたけどね。『大人が笑うのはな、大人は楽しいぜって子どもに羨ましがられるため』さ……的な。チクショー! いいなあ! 青春ブルースプリングだなあ! 思い出は誰にも奪えないその人だけの宝石ね! あは! あはは! (゜A。)アヒャヒャヒャヒャヒャハェがはごほぜひ(むせた」

「急に高笑いしてどうした(さっきの泥浴びて勝手に精神感応したか……?」

「超能力を使う人は脳内麻薬的なものがよく検出され酩酊状態になるでしゅ」

「ほーかい(崩壊(ガキが何をませたことを言って……」

「素っ気無い返事。あ、もしかして言ったこと図星ですか?」

「うるさいなー」

「(笑)。うーん、でも危なくないですか?」

「可愛いからいいんじゃね?」

「可愛さで選ぶのかー」

「そういうもんだろ。結局は見た目だ。生まれでとやかくいう奴等は知らんが。まあそれに、今は何もしてないしな」

「むう、確かに。今のところ何もしてないですしね」

 まあ被害が起きてから対処しても遅いんだがな、とケイは心の中でボヤく。

 しかしそれはそういうものだ。指を切るのが危ないからといって何時までも子供に料理の仕方を教えないのでは、何時まで経っても包丁を使えないだろう。痛み無くして得るモノは格が知れている。そういう事をケイは知っている。もちろん路花も。まあ進んで痛い思いなんてしたくないし痛くないに越した事はないのだけど。

「解りました、同行しましょう。じゃあお名前が必要ですね」

「あん? なして」

「なしても何も、名前が解らなければ呼ぶのに面倒でしょう?」

「そりゃまあ……しかし、既に親から貰った名前があるかもしれないのに別名はなあ」

「でも犬猫にだって名前付けますよ?」

「お前それ人狼や猫娘の前でも言えんの?」

 因みに一部の獣人族には「名前を付けてもらう事でその意味を取り込む」という慣習があり、多く名前を付けて貰うほど「魔除けの祝詞」としての効果が上がるため、親や洗礼者以外の様々な者からも名前を付けられる。生後でもあだ名感覚で付けられる。一説では自分の支配を他者に任せて心の安定を得るための儀式に由来するとか何とか。この名付け方を列車みたいに連結していくので「Coupler Name」や、名前を付けられるので「Naming Name」、また東の国の落語というものから取って「寿限無命名法」と言ったり言わなかったりする。異界書房刊『ネーミングから見る民俗学』より抜粋。

「いやいや嫌だって。俺ァ前に赤ちゃんの名前を付けて欲しいって頼まれて半年悩んで付けた後に『いややっぱアレの方が良かったかも……』と今でも時折悩むくらい優柔不断なんだ。もうあんな責任持つつもりはない」

「いや、そんな真面目に考えなくても」路花は苦笑いして頬を掻いた。「まーただのハンドルみたいなものですよ。深く考える必要はありません。けど愛称を付ける事は大切です。そうやって好感度が上がるのです。そしてやがて二人はコンビを組むのです。そう、『ボニーとクライド』や『テルマとルイーズ』のコンビのように。彼らは最高だったわ」

「おいそれ例えのコンビもその例え出されたアグラオネマも最後ヤられてるじゃねーか」

「やはりロォドムゥビィはイイですね。ロックですね。特に『SBM』は盛り上がるラストが在るワケでもなくひっそりと終わるのがまた一夏の青春の懐古って感じで……。『インギナイッ ハズコーン アドラーンディーズドー アンヌムー イジオオリー ライウィルシー……ソゥダーリンダァーリンッ「歌詞飛ばしてるぞ」ステーン』……(、・з)」

「他者に迷惑撒き散らす人生はどーかと。迷惑かかってない奴には面白いかもしれんが。『ネタでやってんだよ。空気読めない奴だな』とかそりゃネタでやってる人は楽しいですけどね、って噺だ。嫌な人が居るのは事実です。そりゃ『だからどーした』って言われればどーもしないですけどね、ネタになるって事はそれがメジャーって事だし、何だかんだ言ってマイナーは世間体には勝てやしない。まあ、そこで勝つのもまた革命なのだが」

「まあそれは置いといて」

「自分からネタ振っといて自己完結するスタイル。流石、第二世代(偏見)」

「とにかく名前です。名前名前。『やさしく白き手をのべて 林檎をわれにあたへしは 薄紅の秋の実に 人こひ初めしはじめなり』ーとくりゃねえ……んーえーとじゃあ、ポ「ポチとか安直に言うなよ?」なななそんなワキャないじゃないですかあばばばば」

(パピーな奴だ)

「そうじゃなくてえーとあーとポ、ポ、ポ、ポンデリング!」

「なお悪いわ(食いもんじゃねーか)」

「じゃー灰泥関係で『スワンプメイド』『デトリアス』『グロブスター』」

「イジメじゃねーか。絶対学校で『~菌』て言われるぞ」

「じゃあ色んなの出す感じで『蝮の女』『千の魔と蟲を持つ毒蛇竜』『黒き豊穣の女神』『万物の王である盲目にして白痴の神』『カドゥルー』『モンスターハウス』『生命の母』。所で『竜』なんて一言も書いてないのに勝手に竜の姿にする物語はどうかと思ふ」

「『シミュラークル』という奴です。てかキラッキラやぞそのネーム」

「『ドロドロさん』『謎の彼女』『怪物強盗X.I』『常闇ノ皇』『エンプティダンプティ』『ジョゼット』『泥師』『ぽろろ』『ドドロ』『この世全ての悪』『最終兵器彼女』『先行者』『グロテスク』『ガランティーヌ』『トラペゾヘドロン』『マイマクテリオン』『セルライト』『ザイゴート』『ゲヘナ・ゲヘナ』『げろしゃぶ』『怪獣王』『平安のエイリアン』『タルトタタン』『ドリー』『力太郎』『メンガーのスポンジ』『コドン』『ちょびっツ』『ブラウン運動』『シカクナマコ』『ミトコンドリア』『ベニクラゲ』『ユリア108式』『傍らの片端』『ひっつき虫』『アルソミトラ』『エラッタ』『邪神アバター』『グリセリンの結晶化』『完全球体』。もし完全球体があってもそれを証明する方法が無いらしいですね。そう言えば脳細胞と宇宙って似てるとか」

「何か微妙に外れ名前が混じってんだが。お前ってもしかして腹グロなん?」

「ならば遺伝子を運ぶ箱舟的な感じで『EMANON』とか……EMANONって何だっけ。ヴィクトリア朝時代英国の貴族と女中の噺でしたっけ? いやむしろシャーリーさんにアームロック。ああ、忠誠、忠義、主従関係、甘美な響き。尽くしてくれるってイヤら、素晴らしい」

「そばかすスモーカーに今なら何とメイド眼鏡属性が付いて更にお得! 因みにそれ、取り外しできますか? 眼鏡萌えとか言ってる奴は十中八九がノリだと思う。本物の記号嗜好者フェチは例え女性本体が可愛くなくても萌えられなくてはならない」

「記号萌えの何と至高な事か……。ならば『ラルロ』とか『ユーヌム』」

「……一応、由来を訊くが、何それ?」

「私が『臨死応戦』という必殺技が最高に気持ち良いゲームの主人公ズに付けた名前です。『死に臨みて応戦せよ!』、カッコいいですよ。臨死応戦のシステムは秀逸ですね。相手の全力攻撃を受けてなお立ち上がる様は、まさに王道展開! 気分は超サイヤ人ですね。相手の大技を耐えたり避けたそもり発動させなかったりする展開は天多あれ、HP0になってからしかも食らった威力が大きいほど強くなって復活するシステムはゲームでもそうそうないですよ。市販のゲームはパクっていいレベルです。技を決めた時に同時に湧き上がる観客の演出も伴ってボルテージは最高潮ですね。カードというジャンケンかギャンブルみたいなバトルもそれを助けます。その気に成れば完全試合だって可能ですぜ!」

「成程、お前の熱意は伝わった。だが……その主人公、ハムスターだぞ?」

「そして二つ名は【妖星乱舞フェアリーサーカス】! いや【明暗祭典ダルーカス】、あー、【妖魔大公グランドダーチス】でもいいかな」

「あ、三つ目はちょっとカッコいいかも。でも俺は男爵がいいな。『破壊男爵バスターバロン』的な。オリで行くなら、【狂った泥人形の揺りクレイ・ジー・ドール】とか、【黄昏色の海のマル・メル・ヒェン】とか、【夢見る人形ドール・ミール】とか、、まあそんな奇を衒わなくとも単純に【お菓子のヘクセンハウス】とか、【煙吸い(放題スモッグ・スモーガス)】とか……ぺパマリRPGのモアモアってそういう意味かも」

「おっ、流石、お上手ですね。確か、『メル』というのは羅甸語で『蜂蜜』の意味でしたっけ。それで黄金の黄昏ですか、なるなる……その調子で、名前も何か付けてくださいよ」

「『Frankly, my dear, I don't give a damn.』」

「またそうやって気取るぅー。ケイさんの事は好きですけど、時々、ポール・マッケニーさん家の犬さんくらいに脱力します」

「気取ってないし精心は正常だし心の病でも躁鬱病でもないです」

「そ、そこまで言ってませんが、そうでない方は皆そう言ぅ……いえ、何でもありません」

 そうやって色々と路花は名前を提案したが、どれもこれも何だか微妙なモノばかりだった。別にケイが意地悪なのではない。本当に微妙なモノばかりなのだ。黒洞々、縮退炉、石炭袋、バチルス、そんな名前ばかり出されると、ケイは路花の思惑に気付いた。どーやら彼女、どーやっても彼に名前を付けさせるつもりらしい。何が可笑しくてそんなにニコニコしてるのか。ケイは困ったように頭を掻いた。どうやら仕方、ないらしい。

「わーったわーった、俺が決めるよ。それでいいんだろ? じゃあ、えーと、あー」ケイは少しだけ悩んだ。五秒くらい。けれども五秒あれば十分である。ケイはすぐさまソレに決めた。「良し、コレだ、『アノン』、これでいいだろ。いやこれがいい。バッチいい」

「『そして誰もいなくなった』?」

「いや『不明者(UNKNOWN)』じゃなくて『名無し(ANONYMOUS)』なんだが……まあ着地点は同じか。まあともかく、」ケイは力強い握手をする修道士の様に人差し指を「ぴん」と立てた。「というわけで、俺達は君を『アノン』と呼ぶ。アノン、だ。解ったか、アノン? それで構わないか? 構わないなら、ウンとかハイとか言ってくれ」

 しゃがみこんで目線の高さを子どもに合わせた。人差し指を中心に子どもと自分の目線を交差させ、じっと瞳の中を覗き込み、ゆっくり丁寧にそう言った。するとややあって、

「……あ」「あ?」「あ。あーあーあー」

 と、子どもが何かに気付いたように、あるいは寝ぼけ気味に眼が覚めたようにそう言った。いや「言った」というより、「鳴いた」に近い。「鳴いた」というより「反応」に近い。しかし兎も角その者は、初めて声らしき声を出したのだった。

「キエエエエエシャベッタアアアアアアッッッ!!!」

「言うと思ったが、黙れ」

 ペン、とケイは路花の頭をしばいた。ツッコミである。しかし相手はしばかれたというのに何故か嬉しそうに笑った。そんな遅れてきたレモンな青春の一ペェジに若干ケイはぐらっときた。童帝純情ピュアストーリーならそれもいいが、汚れつちまつた悲しみを背負う中年男性には油料理が如く目眩しか起こさない。「スマンがその石をしまってくれんか。ワシにはry」。一方、子どもはそんなケイ達を放って置いて無表情のままアッチをふらふらコッチをふららふしながら声を出していると、やがて、

「アノン?」

 と、子どもはケイを見て自分を指差して尋ねてきた。

「うん、そうだ、アノンアノン。アノンノン」突然声を出した事にケイは僅かに驚いた。しかしそれを顔に出さず、軽く笑いかける。「構わないか?」

 首を縦に振った。そしてまた、「あーあーあー」と発声練習のように声を出した。その声は棒読みであり、感情も無く、中性的。というよりも、差を感じられない。意図を感じない。ただ喋るから喋るのだ、とでもいう様な。

「…………?」とケイは胡乱な眼で小首を傾げた。一体何がしたいのだろう、という様に。ソレを見つめる眼は訝し気で、変なモノを見るようで、しかし何処か楽し気で、口元は緩く綻んでいた。何処に行こうとしているのか自分でも解らない子猫を見守るように。そんな風にケイが呆けて見ていると、子どもがケイに抱き付いた。まるで無為に、まるで本能的に、まるで其処に居る事を確認するように強く抱きしめて、そしてアノンは顔を上げて突然不意に――ああ、それは全く不意打ちだった――こうやったのだ。

 えへへー。

 にこー、とした笑みで喜ばれた。ズルい。抗えない。ただの人間には眼を逸らせない。蜥蜴人間の素早い動きに反応したケイも、これにはほとんど反応できなかった。駆け引き無しの正面交差ヘッド・オン。直撃という奴だった。子どもの瞳に敵意は無かった。ただケイを見返すだけだった。今や子どもはケイをしかと見ていた。くらやみのような眼には迷い火のような淡い光が灯り、意識はケイに向いている。その顔にケイは、自分自身でも本当に格好悪いと思うのだが、夜中にお化けでも見た様に背筋が凍った。

「どうしたんですかケイさん、固まって。もらいましたか?」「一緒にすんな」「んまっ」

 怒るフリをしてケイにジャブする路花をなすままにして、ケイは左手を顔に当て、アノンをゆっくりと身体から引き離す。身体を屈め、震わせ、青冷める。

「すまんが、その子をしまってくれんか。ワシには強すぎる」

 う、ううう……と鬱々とした気持ちを呻きに変えて、誰に聴かす事も無く外に出す。紙巻の煙を吸って、モクモク、黙々とやるように。

(やられた。何て子供だ。これだから綺麗な奴は嫌なんだ。まるで鏡のように、コッチを映してきやがる。自分が捨ててきたものを、どうだと見せびらかしやがって)

 うーうー、と二日酔いした親父の様に胸を掴んで唸るケイ。そんなケイの気持ちも知らぬまま、路花は、しまっちゃうよー、しまっちゃうよー、などと何処ぞで聞いた事のある台詞を言っていた。

「良かった! 気に入ったようで。じゃあ、改めてよろしくね、アノンちゃん」

 そう言って路花が手を出すと、アノンは「はて?」という様にその手を見つめた。路花はそれに素早く気付き、路花の垂れ下がった両手を取って、ぎゅーぎゅと強くにぎにぎした。ちゃんとここにいますよ?、とでもいうように。路花がにこーと笑顔をやると、アノンもにこーと笑顔で返した。楽しそうだった。何だかよく解らないが二人の世界があるようだった。すぐ仲良くなれるのは良い事だと僕は思った。ケイには遠い世界だった。それをみてケイがぼそりと呟く。

「何か、急に雰囲気が変わったな、お前。ちょびっとだけど」

「はい? アノンちゃんですか? 確かにダウナーから少しアッパーになりましたが」

「いやアッパッパじゃなくて、何か、何つーか、知力がレベルアップしたというか、自我が入ったっていうか、コチラを相手として認めた様な、まるでインプリン……」

 言って、「あー」とケイは思った。アレか。そういう事か。コレはそういう筋書きか。マジか。マジでか。そんなテンプレな。しかしあの眼はまるで、コチラをまるで……。

「ふむ? アレですかね。『さあ、次に「いい顔」になるのは…キミの番だ!』的な」

「『あれ、その触手…』『ああ、友達に借りた!!』ってやかましいわ」

「じゃあ『フラスコの谷のピュグマリオンの子、アノン!! アノンは光輪を帯びし調停者にして戦士なり』って感じですかね」

「何が『じゃあ』だ。止めろ。世界が燃えちまう」

 と同時にケイの脳裏にはある光景が浮かんでいる。前に闘った巨大灰泥の破壊光線。アレはどー見ても「陽子荷電粒子砲プロトンビーム」……。

 はあ、と、つくづく変なものを拾っちまったなあ、と、ケイは溜息をついた。まあ別に初めてじゃない、こういう拾いモノは。そうだ。こんな筋書き(ストーリー)、そう珍しい事じゃない。この前の少年ガキなんて何処ぞの異界の王子だった。あんなややこしい界際問題に比べれば、何、コレなんて、メテオのスイッチを拾ったと思えば……。

(捨てたい、その「どくさいスイッチ」……北方のコレア辺りに)

「彼女こそ天地再創世計画の一柱。神に祈る事を忘れた者達に、今一度神を伝えるために空から落とされた無垢なる子」

「え、何その黒設定」

「貴方は激闘の末、訳ありな少女を手に入れた。実は彼女は今の第一世界が終わった後に創られる、第二世界の神なのだ。勇気がないならば背を向けて去るがいい。何、矢など刺さない。刺すのは嘲笑の指と諦観の視線だ。だがそうでないというのなら、さあ、今こそ彼女を邪教徒から守り給え! 敵は強大だ、矛盾・破綻・超展開を尽く砕き、フラグ・お約束・ノリを全て打破する問答無用。味方は僅か、ともすれば居た事を忘れてしまう程に、然れど君が忘れても彼等は永久の愛を持って常に君を優しく見守るだろう。さあ、歩け! 彼女こそ『堕胎された神の子〈エヴァリュシオン・アナスタクァ〉』……次世界の王!」

「クッ、何だと!? これが裏アカシックレコードの外典アポクリファに刻まれた三大古文書である星幽文書アストロアの第五章六節九と四分の三項目の不思議星世界旅行アリステラ星刻文字イシタュルで描かれている絶対暗黒点の云々が波動律動をどうこうして生まれる認識する者によって再生にも滅亡にもなるという〈何時か来るべき予言〉、〈永久に儚き薄明の子供〉だとでも言うのか!?」

「そ、そうだ。彼女こそ朝と夜の境界、夢と現実の狭間、移し世の子。『do a barrel roll』と入力すれば世界が回る。君にコレを託す」

「やれやれ、また面倒な事に成ったな。不幸の星に生まれた何処にでもいる普通の俺(笑)の辛いとこねコレ。やれやれ。やれやれ。静まりし俺のこの腕のガイアが光ってやれやれ」

「そうですね」

「急に素に戻るなよ」

「こういうばかみたいなことに つきあってくれるあなたが わたしは だいすきです」

「いわゆる『ウェーイ系』の大学生みたいなノリで俺は好きじゃないがな。俺は阿保は嫌いだ。ロクな夢も信念も持たずゲラゲラと気持ち悪い顔で笑う奴も、持っていても単純に能力が無い奴も。夢も無く頭空っぽなくせにチャラチャラして適当にバンド結成してニートでフィニッシュするくらいなら、サッサと死んだ方が建設的だ」

「『うぇーい』って何ですか? 成層圏で飛んでる『うぇーい』って鳴く鳥の事ですか?」

「ぐはっ。コレも古いのか? えーと、つまり、ガンギマリ」

「成程っ! ならば波に乗るんだ。皆が楽しんでるときにウツって場を壊すなんて一般常識で無粋です。嫌ならその場を退場しましょう。それも嫌なら自分の力で場を沸かそう。『It’s always a good time』で『心が躍る』まま『気分ジョジョ←←』と『Easy Rider』をかますのが偉い人だと、牛を二頭飼ってるクリス・ゴードンさんも言ってました」

「最後イっちゃってるじゃねーか。俺はアレだよ。席を譲るのが恐い僕は最初から電車でも席に座らない。友達を造らないんじゃない。一人が好きなんだ。一人遊びが」

「一人でジェンガするみたいな?」

「やっべ、凄い悲しい図だ」

 とケイがアノンを盗み見ると、ばれていた、まるで読まれたように眼を合わされた。一瞬、ケイは構えたが、しかし相手は赤子のような笑みで、にこー、と笑った。毒気を抜かれるとはこの事である。相手は灰泥だが。

(ふん、「人生唐草もようね」、か? 俺は決して思わんぞ。ワンマンヒーローじゃあるまいし、空から落ちて来るヒロインを受け止める役が、スラッグ渓谷の鉱山で働く見習い機械工でなければならないなんて。……特別じゃなきゃ主役に成れない何て。

 だが……同時に「Of all the gin joints in all the towns in all the world, she walks into mine」――ってのはお別れフラグか、まあ兎角、折角だ、可愛い顔している間は大目に見よう。どんな殺人兵器だって、どんな異形怪物だって、どんな気狂いだって、可愛ければ許される。そうだろう? 可愛ければ何でもいいのだ。安易なアニメのヒロインのように、囚われの姫の様に、むしろそれが不幸であればあるほど愛らしく思えるもんだ。同情されるもんだ。古今東西のお約束だ。尤も、是を『姫』とするにはちと『アリーテ姫』という所だが……しかし、まあ、『ワケ有の子ども』、まさにお膳立てされた大役者の小道具じゃないか。そんな大舞台で踊れて、「やれやれ」と不幸を気取るつもりはないぜ。「出会いは神の御業」と言いますし、死なないで程度に大立ち回りを演じさせてもらうかな)

 そう思い、ケイは二度目の溜息をついた。「ああ、またか」とでもいうように、けれども、ああ、けれどもだ、何処か可笑しそうに笑って、肩をすくめ、そして、

 ――くー。

 そんな音にまた溜息をついた。

「……アノンか?」

 ケイは今までの小間物屋を開いたことを考えてアノンに言う。しかし首を振られた。

「私です」路花が恥ずかしがる様子も無く手を上げた。「お腹がすきました。なのでご飯を所望します」

「そのエネルギー効率は見習いたいね。しかしその前に風呂だ。正直、臭う」

 肩をすくめる刑に対し、路花は「んまっ」という風に眉をひそめた。

「あーそういう事言うんだー。酷いねー。ねー?」

 そして同意を求める様にアノンの手を握り、握られたアノンは「……?」と小首を傾げる。それを見て、ケイもまた小さく笑い、というか苦笑いし……そしてふと考えた。

(しかし、灰泥界異か。厄介だな。こんなにも普通に溶け込んでいるとは)まるで完全受動存在。自分では何もしないくせに、相手の望みに従って如何様にも姿を変える。冗談でEKBとか言ったが、あながち冗談でもない事に気付く。彼ならば嫌な奴を代わりにプチコロしてくれる殺害人形にも、アッチ方面のお世話もしてくれる愛玩人形にも成るだろう。いやむしろ、むしろ、むしろ……「骸なる星」、という所か?(面倒だなあ……)

 ケイは紙巻に火を付けて、アノンを見ながら呟いた。と、そこに、

 《WWWEEEEEOOOOOOOO WWWEEEEEOOOOOOOO――》

 という音が聞こえた。どうやら警察の方々が来たようである。

「噺が一段落したところに来るとは、まるで深刻な会議をしている所に突然ブレイクアウトする事件のようですね。狙ってるんですか?」

「よく気付いたな。アレ等は美味い所をとるために、俺達ランナーが頑張って敵を弱らした獲物を取るために常にスタンバっているのだ」「ジマですか」「と、悪口いう奴もいる。実際はもっと有能だと思うけどね。市民はすぐ国家を舐める。ま、兎も角、後の面倒事は公務員にお任せて、俺達は退散しよう。あの怪物達を釈明する気は俺にはないし」

 と、ケイはアノンが造ったジャンクどもを指差した。其処には子犬の尻尾を生やして蝸牛の殻を乗せた蛙を配下に、五階建てビルより巨大なクマムシっぽい生物が「QUEEEEEEEN」と甲高い奇声を発しながら進軍していた。路花も何とも言えない表情ながらも無言で見なかった事にする。そんなワケで彼等は立ち去り、後には化け物達を見た公務員たちの渇いた笑いが残ったのだった。

 因みに、その後路花の義兄は眼を覚まして「なんじゃこりゃぁあ!!!」と叫び、(路花とケイが勝手にした)約束通りこわーいお兄さんと愉快な仲間達と共に借金返済に明け暮れるのであり、それを良く笑う泥っぽい子どもが助けたり助けなかったりするのだが、欲張りな私は貴方の細胞を一つ残らず食べないと満足しないのもしもぉうまれかわあってっもぉこのわぁたしにうまれぇたぁいこのかぁらだとこのいぃろぉでぇいきぬぅいてきたんだぁかぁらぁーみんなふこうなふりしてるだけなのでもあまいさとうがしはたべたいなア……けれどもこれは別の物語、いつかまた、別の時に話す、多分。ちゃんちゃん。



  ――――第壱幕 第陸場 終

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