なむなむなむ ―Nom Nom Nom Nom Nom Nom Nom―
第壱幕 第参場『なむなむなむ ―Nom Nom Nom Nom Nom Nom Nom―』
時は現在。場所は何処か。役者は二つ、小道具は一つ。人間、ナニか、愚者の石。誰も見ぬ舞台で独白する。
「おはよう、『我が麗しの貴婦人(My Fair Lady)』。天使の卵。象牙の子よ。今まで生み出したのは全部で37。そしてお前で38。先に生まれた兄姉も存分に育っている事だろう。拍手は幾らか。野次は幾らか。精々莫迦に踊ろうではないか。何、既に舞台は道化ばかり。今さら指を刺されても構うかよ」
男はそう笑った。それは楽しむようでもあり、己を嘲り皮肉るようでもあった。
《You’re so vain― I’ll bet you think this song is about you― Don’t you? Don’t you―》
ケイはホシフルイから聞こえてくる電波音を聞きながら、食堂の玄関前、支払いを済ませ、棒状にしたホシフルイに体重をかけている。草をくわえながら煙を吐く。無論、路花から離れて吸っている。子どもの受動喫煙には気を付けよう。
店の前では、ちょろちょろ走る隠盗族、二車線をまたぐ雷竜、何処までも大きくなる超竜、石の身体を持った鉱石類、頭がお花畑な花咲族、命と魂を持つ機械類と言った「人間」が歩き、高層ビルの上部に備えられた空中立体電子看板には黒獣族の月輪熊と家唸族の金猟種がスポーツドリンクのCMをやっている。無論、人間ばかりではなく、地にはボリビアバグ的なモフモフな毛虫やリンサン的な首の長いリスっぽい猫、宙には翼の生えたツチノコのような半透明の魚、空には浮く十五mくらいのクダクラゲといった獣がいたり、ミクロな世界のイエダニやケジラミ的な者がマクロの世界に来たような獣もいたり、深海生物というか、宇宙怪獣というか、そんなよく解らない奴もいる。他にも職業「戦士」や職業「狩人」や職業「盗賊」や職業「魔術師」といった如何にもな格好をしたRPGな人間が居て、路花じゃないが、まるでオンラインゲームだなあ、とケイも思う。
(或いは、白昼夢。起きながらにして観る、眼を開けても魅せ付けられる、酩酊した様なデイドリーム。どちらが現実で、どちらが夢か。その違いを証明する手立ては無く、あってもならその手立てが本物である事を証明しなければならず、何処まで行っても夢の中、『我ら役者は影法師』。でもそんな事は考えない方が精神衛生上に良い。それを本気で考え出してしまったら、その曖昧さに不安になってしまうから。無論、それでは、この世界では踊れないが)
まさにその街並みは、番地が一つ違えば文化が違う坩堝、いや常識の違う人たちが一つのマンションで住んでいるような闇鍋か。様々な種族が集まって活気があり騒がしい。尤も、それは先住民を追っ払い、土着の神も大いなる神秘も忘れられた結果かもしれないが。この国の統治者は自国語を持っていない。尤も、漢字だって、そりゃ借り物で、もうとっくに元の幹から枝分かれ、ともすれば他の木の枝と融合した、立派な独特の文化と成っているが。なお、これが西の大陸である「Europia」となるともっと宗教っぽくなって色々な神や悪魔や妖精や精霊が見えるだろう。そして魔女狩りという名の魔法大戦が見られるだろう。魔術師の明日はどっちだ! まあ現実はどっちを向くともなく嫌でも東から来ますがね。たまに西から来るけど。コミックな世の中じゃプチイベントです。
(と言っても、やっぱり「流行」というものがあるけどね。流行の衣装、流行の音楽、流行の物語……判で押したような奴ばかり。まるでクローン人間だ。灰泥界異は他者を喰って物真似して他者と成り変わるらしいが、それに比べれば、別に凄い事でも何でもないね。まあそうやってシープルになるのも解らなくはないけどさ。考えるのって面倒臭いし、流されていれば大抵は上手く行く。故にたまに不安になるのだけどね。しかしそれも青春時代のハシカだ。大人になれば、そんな反社会的行動をするエネルギーも枯れて行く。けれどそれでいい。そうしないと資本主義は成り立たないから。むしろ表では「ありのままの~」と歌いながら、ソレを流行歌として売る方がどうなのかと。根っこの人の思考回路は、何も進化しちゃいない。いやむしろ、既に完成されているのか?)
その思考は本気じゃない。ただの暇潰しだ。本気で経済論などぶるつもりはない。本丸の奴には勝てないだろうし。「勝つ」と勝負事で考えている時点でそれはもう学問ではないだろう。そんな暇潰しをしながら、ケイは街を見遣る。
この辺りは、歩いている者は変わったと言っても、街並み自体は大祭害前とそんなに変わらない方である。異界によりそれこそ未来の世界の青ダヌキ染みた技術力を手に入れたはずなのだが、空飛ぶ車がなければ如何にもな円形流線形の建物もない。全く無いワケではない。それこそ「2001: A Space Odyssey」的な洗練されたクリーン未来都市から「Metropolis」やテクノのアニメ系PVで見る様な大都市が広がる都心部があれば、むせるスチームパンクやアシアン的未来都市な退廃して年中雨が降っている何処かもある。ただ街並み自体はあまり未来化されず残されている場所が多い。あまりに既存の価値観が壊れ伝統の価値を懐古し回帰したくなったのか、中には「Gatsby」よろしくジャズ・エイジな街並みもあるほどだった。昔への回帰は、歴史の中で何度もやってきた人間の営みの一つやなあ。文芸復興っちゅー奴や。寂しいんかなあ。もしかして駆け足で来たもんで、この道で正しいか、見落としてないか、心配なんかなあ。
世界壁という設定上、望の門を所有する(が居座る)それぞれの街並みは大祭害以前よりも個性化しており、国から独立している節も見られる。望の門は確認されているだけで世界に七つ、「妖械の黎明〈日の元〉」「諸国民の家〈秦〉」「魔神の祭典〈展望の眼〉」などの大国・列強のいわゆる「世界都市」に見られるが、内一つは不定期に南極・月・太陽を瞬間移動する門(出現・消滅瞬間からどれも同一と思われる)であり、一定地に留まるとは限らない。そしてこの街もそんなG07の一つ、「世界の酒場〈金の卵〉」だ。流石、移民で出来た国である。その際限無しの許容度と言ったら、ヤパーナなど目じゃない怪物ランドである。
「Kitaro」的な恐いのに何処か愛嬌と懐かしさを感じる妖怪ともはやお馴染みとなった猥雑な亜細亜的未来都市との融合が見たければ東の島「ヤパーナ」へ、逆に清涼感あるクリーンな未来都市やその上部を反重力的な何かで飛ぶ小型船達やその一地区を丸々陰に収める戦艦都市やそれ以上に大きな機械帝国もかくやな青い蒼穹を貫く陶器の様な白い大摩天楼に圧巻したければウォッカの国「ルーシー」へ、魔と神の混濁した如何にもな中世世界観やお洒落でシックな十九世紀メイドや「Les Triplettes de Belleville」的なセピア感あるいは「Arzach」的な奇怪な風景を味わいたければ西の中世ファンタジー御用達「ヨーロピア」へ、二足歩行する獣である獣人族の耳と尻尾や見た事の無い動物や遺跡を発見しサバイバリャーしたいなら南の動物の国「オストゥレイリア」、兎に角何でもありな闇鍋の中でドンパチ騒ぎたいのならば自由の女神が見守る此処「メリケ」をお勧めする。自分だけの隠れ家を見つけるように世界を探索してみよう。なおサバナと砂漠の広がる「アフルイカ」はかつての暗黒大陸よりもマジで暗黒大陸しているのでお勧めしない。と言っても、日中でも戦闘機が飛んでいる砂漠の国だってあるのだが……閑話休題。
(うーむ、細い身体して大食らい、もとい健啖……)
金銭的には問題ない。これでも結構、私生活はちゃんとしている働きマンなのだから。だから予想が違っていたのは、その点ではなく。
(テキトーに多めに頼んで残ったものをつまもうと思ったんだが、当てが外れたな)
あまり食えなかったな、と思うと同時に、そんな「お父さん思考」に肩をすくめる。
やれやれ、子どもには参る。生きてるだけで大人に交渉を仕掛けてくるんだもんな。理論武装した頭でっかちなら如何様にでも料理できるが、アレはそんな理論の蚊帳の外。しかしその術中にハマる分、自分もそこそこな大人という事か? 歳は取りたくないもんだ。
(つっても、「こんなものだ」と気取れる程も生きちゃいないが)
今の世の中、自分の年齢や性別が解らない者は多いし、知ろうとしない者が多いし、そも雌雄では区別できない者が多い。そして割とどーでもいいと思っている。そもそも死んでても生きてる方が居る世界だし、一々気にしても仕方ないのである。戸籍法が大変だ。
そんな中、先程までとは一転し、赤味のもどった顔の路花がいた。日を浴びる花の様に大きく伸びをして、脱力する。「あ~」と気持ち良さげな声を出す。
「ありがとうございます、満足です。ごちそうさまでしたっ!」
そう言って、路花はぺこりとヤパーナらしくお辞儀した。その次に顔を挙げた時の元気の良い満面の笑みは、見る者も元気にしてくれるようだった。
「それは良かった。美味そうに飯を食う奴は、それだけで素晴らしいよ」
ケイもまた軽い笑みで、満足げな感じで言った。
「けど、あー、後出しですけど……本当に良かったんですか?」
「ん? 大丈夫だよ。客が食材になるのは夜の部だ」「え?」「お金も要らんよ。笑顔はプライスレス。釣った魚に餌”ん”ん”ん可愛い娘に礼節を尽くすのが男の甲斐性だからな」
「え、えー? もーやだなーそんなレディ・キラー発言。孤児である私は現実の辛さを知ってるのです。そんな甘言には動じないんですからねー?」
と笑いながらも満更でもなさそうに喜ぶ路花。
「いやいや、冗談ではないぞ? 君の笑顔は素晴らしい。男にとって最高の女性、いや友達であれ家族であれ、相手というのは結局の所、『良く喜んでくれる奴』だからな。『リードとフォロー』の関係です。気の利く男はモテるし、ソレに感謝出来る女は可愛い。お前の好きそうな言葉で言うと『ツンデレ』だの『クール』だの様々な属性がいるものだが、リアルで付き合うとなるのなら、やはり良く笑う奴が一番だからなー、うんうん」
「あーそれ解ります。自分のやった事で笑ってくれるほど報われる事はないですね。だがしかし! その台詞、もしや女性なら誰にでも言ってません?」
「おや? お前もなかなか交渉上手じゃないか」
ケイはワザとらしく驚いて、ニヤリと面白そうに笑った。路花もまた、「あーやっぱりぃ」と可笑しそうに笑う。二人ともすっかり仲良しになって、楽しそうである。うむ、食卓を共にすれば友達になれる、我々もそうありたいものだな!(←ここ社会派)
「ま、アレだ、先行投資、情けは人の為ならずという奴だ。俺は利益の無い事はしない。その分ちゃんと働いて貰うぞ」
「Yeah, got your back! 路花は貴方の為なら何処までも!」路花はぴょんこっと飛び跳ねながら人懐っこい笑顔で言った。次いで「Live long and prosper」とでもやる様に、右手の第二・三指、第四・五指をそれぞれくっ付け宣誓でもやる様に伸ばしてこう言う。「お任せください! 私はエリック・ナービスさん家の黒馬くらい頼れます。父に娘、怪物に囚われの姫、そして一匹狼に女の相棒はお約束です。『それでも仙道なら…』系女子を目指す路花のハリウッド映画並みの活躍を乞うご期待!『笑顔とやる気は負けないつもりです!』頑張りますよぉーっ」
「『Bond Girl』か何かですか(大人の色気が全然足りないが)。しかしそういうヒロインは大抵、最後には永久退場するか主人公とアッチ方面でよろしくやる仲になるが、如何?」
「どうもしません。ただ幻滅するだけです」
「クールだね、ステキだね。往々に異能者は他に興味が無いからそーゆー欲求は無いと聞くが、どうなんかね。セクハラか?」
「うーん、往々に異能者は飽きっぽいですからね。ああいう単純な快楽はすぐ飽きると思います。ゆーて私は今まで一人遊びした事もないし、しようと思った事もありあー……今の台詞オフレコでお願いします」
「(笑)」
「まー私は昔の御伽噺の方が好きですけどねえ。『怪物』、『姫』、『魔女』、『王子』! ヴィランに捕らわれたヒロインを助けるためにヒーローがヘルパーの力を借りて冒険する……これが伝統的な御伽草子のアトリビュートであり、古今東西の王道です。そして勿論、私は『王子』役を望みます!」
「ふん?『姫』役じゃないのか?」
「だってお城で捕まってるなんてつまんないですしねー」
「カッカッカ、『アリーテ姫』だな、異能者らしいよ。ま、どの役でも安心しろい。この『魔女』が悪いようにはせんし、させませんさ。でないとお前の義姉さんに顔が立たん。ま、異能者の王子様には、ちと役者不足かも知れませんがね」
「ケイさんの義姉さんでもありますよ?」
「そーッスね。まあ尤も、場合によっては触手プレイをかます事になるが」
「もうかましました」
「しかも魔法の薬効果もあって気持ち良いらしいぞ。文字通りの『生身を喰いつくす薬物』」
「クロコダイーン(泣」
「そう言えばT4ファージなる生物がいるとか。アレは本当に生物なのか?」
「ああ、何か採取ロボットみたいな奴ですね。けどその問いは逆ですよ。機械が生物に似るんですよ。進化というものは大抵が考え無しに行われるものですが、長年それが存在するならやはり人間が適当に考えたものよりも生体工学的に理に適って……ってアレまるで寄生虫じゃないですかヤダー」
「後、尻から口まで内蔵開通する一口で二度美味しくRYONAる事になるかもしれんが」
「え、それは知らない」
「後、体内に侵入されて傀儡化されるかも知れんが」
「え、それも知らない」
「後、服だけが都合よく溶けるかもしれんが」
「あ、それは漫画ゼミでやった事だ」
「まあ、頑張ろう」
「I wanna be run away(泣)」
「頑張ろう(笑顔)」
「頑張るしかないのかー(洗脳)。りょ~(『了解』の意)。超能力者を取り扱う場合は使用上の注意をよく読み、用法・用量を守って正しくお使い下さい。では、頑張って行きませう!」
「世話になる」
「合意合意、隊長(Aye, aye, sir)。お世話しちゃうよ~♪」
「くく、飛ばしすぎて崖から落ちるなよ」
そう言って、ケイは口にくわえていた草を手に持ち、指で弾いた。そしてそれをホシフルイがパクリと喰った。棒の先っぽがにゅいっと伸びる様は亀を想わせた。路花は「おおっ」と感心したようなビックリした様子でそれを見て手を叩く。
「さて、では仕事の始まりだ。育ちは此方とは言え、君の血はヤパーナ人、真面目で繊細な仕事を期待しているぞ?」
「ノン! The name is mytear.『ヤパーナ人』という名ではありませんっ」
「こりゃ失礼。ま、内容は簡単だ。探偵ゴッコをしてほしいのだ。瞬間移動と精神感応が出来るなら、その派生で遠方感覚も出来るだろ」
「ヤー、ウ(←)チに任(ま←)せてください。SPECな超能力で発せられる電波信号がクリスマス特別番組をお届けしマァース。探偵小説を詰め込んだ私の灰色の脳細胞が光って唸るぜ。明日、私に会いに来てくりゃれ? 33分で本物の安楽死椅子探偵を魅せてあげたるわ。じっちゃんの名に懸けて真実は貴方の心を二十面相(バァーン!」
「明日じゃなくて今日しなさい。何か凄そうなだけのワケの解らん言葉並べてないで、ちゃんと実行で魅せてほしいもんですな」
「Hmm! 今すぐですか? 食後の運動は控える様にメー様に言われているのですが」
「(『メー様=ネー様』……?)しかしだね、早くしないと先にホシを取られてしまうかもしれん。そしたらお金も貰えない。早い者がちだからね。警察と同じだよ。いや、RPGの勇者と、かな? 例えばプレイヤーが操作する勇者以外にも、とある勇者の子孫が王の見送りの元に旅立ち、とある事件で普通の村人が謎の力に覚醒したり、とある冒険を夢見る学生が伝説の剣を引き抜いたり、怪物の村を滅ぼされた唯一の生き残りの怪物が英雄を倒す決心をし、とある村外れの山小屋で子供が『俺はお前の本当の父親ではない』と言って父に先立たれ、何処かの牢獄で『ここが…俺は一体…?』と呟いていたりする、『勇者(仮)』がいるかもしれん。そして魔王を倒した者だけが『勇者(真)』となれるのだ。勇者がダラダラしていると、先に魔王を倒されちゃうかもしれんぜ?」
「わーい、魔王さんモッテモテ~♪ 恋愛ゲームが出来そうですね。人間界を守ろうとする勇者達と魔物界を守ろうとする魔王の恋の行方とはッ! まさにロミジュリ的展開。そして戦争に負けると勇者の剣にお尻を突かれちゃったりするんですね! ……って何処の『プリンセス・ハオ』ですか。今時、三流ラノベでもそんな展開有りませんよ」
「尻という事はBLかよ。『そう…。そのまま飲みこんで。僕のエクスカリ』……何でもない。むしろこういう本当に奇を衒った物語っていうのは、タイポグラフィー然り、新ジャンル然り、純文学に多いんだよなあ。例えば彼の擬人化文学『吾輩は猫である』のように。莫迦と天才は紙一重、いや然り」
「或いは魔王なら『G線上』とか、BLなら或いは『ぼくの〇(ピー)こ』とか。ハッ、四月馬鹿のピンク髪の方の名前はそこからとった可能性が!?」
「むしろ双子芸人の兄の方じゃないかな、いや知らんけど。そしてその造形は多分、クリシュナ。勢いよく舞血霧たいアホ毛がよく似てる」
「ケイさんは割とマトモな方だと思ってたけど、君もHENTAIだったのか……所で『ダムコロロ』さんがとても可愛らしいと思うのですがどう思いますかっ!?」
「多分、中年が女子高生や女子大生に過度な期待を抱く様に、異国情緒たるアイヌに『言葉では言い表せない『ときめき』みたいなもの』を感じるだけと思われ」
「連れないなあ。まあけど、RPGの勇者の噺は解りますね。時間経過で世界滅亡ならまだしも、世界救済されちゃったら何かやるせなくなります。怒りのやり場が無くなります」
「そう言えばそういうの意外とないなあ。まあそもそも前者もそう無いけど。けどそりゃそうか。世界滅亡三十秒前でセーブしたら詰むしな」
「でも異世界には30秒で世界を救う勇者と金に汚い天使もとい女神がいるらしいスよ」
「それは勇者が凄いのか、魔王が下凡いのか……まあ兎角、」Snap!、とケイが指を鳴らして言った。「ほい、食後の休憩はこんなもんでいいだろ。休んだら、また仕事だ」
「農家の辛い所ねこれ。借金しまくって老後に休めると思ったら足腰立たないし年金は貰えんし死ぬまで節々の痛みに耐えなきゃならんとか、俺達はとんだ国家の家畜だよっ!」
「大丈夫、そんな歳に成ったら不幸だ何だという気力さえなくなるから」
「それ悟りじゃなくて諦めというオチ。そんな大人にはなりたくないナア……」
「一億人いれば9999万9999人が皆それ言ってそんな大人になる。『俺だけは違う』と言ってね。そして俺はマジで違った残りの一人! 俺と仲良くすれば上手く生きる人生のイロハを教えてあげるよ?」
「Hmm! うーん…………ランナーはお膳立てされた栄光よりも、自ら選び取った陰口を誇るものだと、ヴェル姉から聴きました。なのでその提案は、残念ながら無かった事に」
「そんなライ麦畑のピエロ伝道師みたいなランナーは初期型で、今じゃもうとっくに時代遅れだけどね。こんな大祭害の世の中も、十年あればコロっと変わる。けどま、そうですか。ならば良い。寂しさと嬉しさを持って、その応えに肯こう」
「あっ、あっ、あっ……あぅ、そう言われると哀しくなります。寂しがらないでください」
「いやいや、冗談だよ。言っただろ、俺の台詞は十中八九おちゃらけだと」ケイは困った様に眉を潜めて笑った。愛しい出来の悪い弟子を見る様に。「ま、兎も角、仕事だ。どんな台詞も、金を稼がなくちゃ『ぐう』の音も言えん」
「『ミュウヒハウゼン』、『アダルトチルドレン・マスコット』……」
「何か言ったか?」
「いえ、何もッ!」路花は首と手を振ってそう言った。「じ、じゃあ私は『トトロ』に会う勢いで、元気にどんどん走るとしませうです。どれだけ科学技術が発達しても走りまくるドラマのように。そして私は『レストラン理論』を応用した『他人事フィールド』でどんな相手にも気付かれず追跡できます。なのでたまに車で轢かれてミンチに成ります。どっ」
「安全第一でいこーね」ケイは笑顔で言う彼女に苦笑いした。ケイは働き者が嫌いじゃなかった。孤児という境遇か、持ち前の性格か、彼女は面倒事には慣れているらしい。そう思いつつ、ケイはポケットからカプセルトイのような入れ物を取り出した。中には紫色のナニカが入っている。そしてケイがカプセルの蓋を開けると、「Pop」という軽やかな音と煙と共にその中身が巨大化した。「コイツと同タイプのを探ってほしいんだ」
そしてそう言って、ケイはねちょっとしたものを路花に渡した……「ねちょ」?
「~~~~っ!?」
ソレを見た瞬間、路花は息を呑んで声を失って毛を逆立てて寒気がしてぞわぞわした。
ソレはでろりロリとしたものだった。腐ってやがった。早すぎた。手に冷やりとベタつく粘液の塊。己の体臭を消さん為に過剰なレモンフレグランスを発する何か。証拠隠滅しようとして逆に禍々しくなる失敗作。何スかこれ? 何々スかコレ!?
「それはこの前の大怪獣灰泥の一部だ。安全処理してあるから触っても問題ない、多分」
「あばばばば」
「探すのはこれの本体だ。類似品でも、強そうな奴がベターだな」
「あばばばば」
「見つけるだけでいい。近づくな。俺に連絡して待っていろ。You copy?」
「あばばばば」
「……訊いてるのか?」
「あいあい」
「どーもお前さんは異能者でも純粋なタイプなようで」
そう言って気付けの様にケイは大きく一拍した。風船が割れたような音がして、路花は正気に帰る。そして悩める恋の様に路花は灰泥を眺めた。美熱っぽい火照った顔。それは昼ドラよりもドロドロである。大豆発酵食品並の糸引きである。しかし仕方ないと判断したのか、やがて諦めたような感じで言った。
「応頼(All right)……コレを辿ればいいんですね? やあ、こぴー」
でもこれを持ったままなのは嫌なのでせめてそのカプセル貸してください、とケイに言い、カプセルを受け取って灰泥を中にいれた。そんな路花を見て、ケイが言う。
「元気がないなあ、もっと返事はハッキリしなさい。もう一度行くぞ。You copy?」
「ヤー、コピー」
「ダメダメ、もっと元気に。You copy?」
「ヤー、コピーッ!」
「ダメダメ、もっと笑顔と愛嬌をもってそれでいて媚びる態度を見せないで無垢に天然に右手を上げた飛び跳ねて受難的に情熱に。You copy?」
「Ya, I copy!」
「よぉーしよし、上出来だーッ!」
とケイは路花の頭をわしゃわしゃした。路花はその突然の行動に「あわわわわ」と両手をバタバタさせる。けれども満更でも無かったりする。孤児という身分の彼女には頼れて安心できる年上の大きな手で褒められるのにちょっと弱ひ。兎にも角にも、そうやってケイは路花の髪を適当にぼさぼさにした後、
「――へごっ!?」
路花の頭を拳に纏わらせたホシフルイでぶん殴った。思わず、路花は変な声を出して頭を抱える。折角、良い気分だったのにこの仕打ち。流石の路花も割とマジで激おこぷんぷん丸になって、「『なっ! 何をするだァーッ!』」と怒った。あまりの怒りに台詞がギャグってるのは御愛嬌。
「いや思わず少女漫画や軽小説的なムツゴロウ系男子(注※すぐ女性の頭をポンポンしたり撫でたがる男性の総称)をやってしまったからそれを誤魔化すために殴った、というワケではなく『しんじようが しんじまいが わたしはヒーラー』……ホシフルイで喝を入れました。ホシフルイは心の刃、ババアの胸の様にだらしなく弛んだ心をグッと引き締めます。気分は良くなり、頭は冴え渡り、集中力も上がって、探偵ゴッコも何時もよりうまく出来るはずだ。物理的に殴ったワケじゃないんで、頭も痛くないだろう?」
「む? おおっ、そう言われてみれば何だか身体も強くなった気がします!」
と路花はバーベルを上げるように腕を上下させる。ソレを見てケイは思う。
(いや、確かにホシフルイには身体機能を強化する機能もあるが、さっきのはただ単に気分を良くするだけなんだが……まあ別にいいか。プラシーボ効果もトランシーバー効果もマーフィーの法則も、現実に影響するのは事実だし……殊に意味不明が手足を生やして歩いている様な異能者には。儀式を通せば魔術の効果も上がるし、放って置こう)
ケイはそう結論し、能天気もとい心身深い路花を見て肩をすくめた。
「で、ケイさんはどうするのですか?」と路花がそこら辺を小犬の様にクルクル歩き回った後、そう言った。「私はさっきも言った通り、灰泥で追跡しますが」
「俺は地道に『お巡り』するよ。さっきも言ったように、見つけたら連絡くれ。何度も念を押すが、絶対に先走るなよ。相手を見失いそうでも、他に迷惑を掛けそうでも、だ」
「解ってますよ。私もランナー、界異のイロハは知ってますし、物事を大局的に見る出来る女です。けど連絡というならばもっと大事な事がありますね。それはメルアド交換です」
「あー、今、携帯持ってないんだわ。アドレス憶えてもないし」
本当は持っている(というかホシフルイがその代わり)のだが、かけられるのが億劫なので白々しい顔で嘘をついた。ソレは脊髄反射に近かった。しかし流石にこの反応は大人げないと思ったのか、ケイはすぐさま言い直そうとする。
「そうですか。じゃあ何かあった時は『コレ』で連絡しますか?」
だがその前に路花は人差し指を頭の隣でクルクルさせた。
「念線は他の奴(e.g.超能力者)に拾われるからなあ」
「そんなの携帯でも同じですよ。それに私、出力高いのでよほど遠くでないと中継しませんし、何重にも鍵(ECM)かけるので大丈夫です」
「念線っていうのは『ゆんゆん』なんスかねえ……」
「さー?」
そんな事言われても知らんもん、と言う風に路花は小首を傾げた。だがそれは路花の落ち度ではない。その問いは「どうやって貴方は思考しているのですか?」というのと同じである。生粋の超能力者にとって超能力は「技」ではない。それは生体機能の一つ、つまり特に気にしなくても歩いたり会話できるのと同じなのであり、呼吸や心臓を動かすくらい無意識に行っているものなのだ。いわゆるブラックボックスという奴であり、故に超能力が電波か脳波か気合か、はたまたチャネリングかアストラルかオーラなのか、それは彼女自身にも不明なのであった。あまりに当然すぎるものは逆にその姿を見失う。これは先天性のメリットでありデメリットであった。尤も、後天性の者にとっては羨ましい限りだが。まあんなら携帯電話やパソコンは何だという噺だが。
というか大体、物理学の世界でも「原理はよく解らんがとりあえずこうすればこうなる」なんて事はザラであるのにましてや超能力など況やだ。物理学という聖書を信仰している奴等はそこんとこを知らない。そも科学とは「この世全ての真実」を追求するモノであると同時に「世の中を気持ちよく説明する心の平安」であり「最大多数に一般的に論理的に矛盾の無く納得し了承できる論理」を追求するモノであり、その「世の中」や「最大多数」というのは飽くまでも何処まで行っても「私の認識できる世界」である。
少なくとも、今は、まだ。もしかしたら「42」が見つかるのかもしれないが、今は此処までが限界だ。この大祭害の世でさえ。
というか鳶が鷹を生むワケじゃあるまいし曖昧な存在である人の造った物理学がこの世界の全てを完璧に計算できると考えるなどおこがましいにも程があるし、そんな事が出来るのならそれこそ悪魔の所業だろう。いやポ○モンじゃなくて。人の進化とは所詮「変化」……進んでいるワケではないのである。
因みに、「ゆんゆん」というのはぶっちゃけると「頭おかしい」的なアレである。電波である。くるくるパーである。宇宙からの神の声を受信しちゃう的なアレである。多分、擬音語である。なお超能力者のテレパシーは極短波や極長波など目ではなく海も大地も星さえ貫き、宇宙の端っこまでも到達する……らしい。そもそも彼等は物理的な物質を媒介しているのだろうか。心や物語が物理的な距離と時代を跳び越えて光よりも速く相手を貫く様に、それは何か精神的なモノなのかもしれない。答えは出ない。
しかし少し前までは(そして今も微妙に)、本気で超能力者は「神からの啓示を受けている」と信じていた新興結社がいた。どちらかというとお前等がゆんゆんでないかと。他にも「彼奴らは放射能で変異した超生物であり科学を狂信する愚かな人類に裁きを下すのだ」と生物学の本丸の科学者でもゆーとった。水爆大怪獣じゃあるまいし。なお、実際の超能力者は人類に裁きどころか、大して人類に興味などない模様。まあ実際はこんなもの。神が人類に裁きを下すとなったら、それはある意味、対等な扱いだ。本当に恐ろしい奴というのは意思疎通の不可能なもの……無邪気に蟻を指で潰す子どもが如き奴である。
「ふふふ、しかし路花は電波を読み取ってネット通信する事も可能なデジタル方面にも強い今時の超能力者ですよ。暇な時はアンサイク〇ペディアの『文体練習』で発声練習です」
「あんまりアングラ汚染された女はえんがちょー。住み分けって大事。そんなのは漫画の名台詞をリアルで使うのと一緒だ。まあネチケットとかいう頓痴気言うくらいなら、俺はアングラな方がいいけどなあ。和気藹々と殴り合う様な殺伐感が……まっ、相手が可愛い子ならそれも愛嬌だし、井の中でいたら何時までも海は知れませんがね……蛙は塩水じゃ生きられんけど」
「生きられるようになるのが進化なのだ。そして今の世の中、ちょっと古い言葉が流行ってるからアングラも大目に見て欲しいです。でももし心が脳波的な電気信号だとしたら、精神感応はソレを読んでいるのですかね? それか携帯電話みたいな電波でしょうか?」
「脳波は活動電位の変化、いわば心電図……それを読んで何かを感じ取れるならそれ自体が才能だな。そして電波であればそれこそ携帯電話の電波がぐちゃぐちゃだな。全く、そんな程度の認識で心を読めるとは、羨ましい限りだよ」
なお精心感応や念線とはSFでよくある「こいつ脳内に直接……!」なアレであるが、リアルでやるとなると脳波や精心的な何かが街の上空を横断して任意の相手にゆんゆんというのは非常にムズイだろう。脳波は電磁波とは違うものだし、そうでも無線LANや携帯電話だって中継機が必要だ。それ無しでは膨大な出力を出す機械が必要であり、ましてや一個の人間に実用的な遠方距離と相互識別を行って意識を送れるほど強く繊細な力を持つ者などそうそういない。それはこの大祭害の舞台でも同じである。
それを支援するのが志を同じにするランナーの集団によって作られる秘密結社の一つ、「超能力結社〈PSICOM〉」による念線基地局(TBS:TELEPATHY BASE STATION)だ。コレは電話交換手のように基地局を中継して離れた任意の対象に送るという仕組みである。そこら辺のやり方はラジオや携帯電話等を参考にしている。サイバーパンク鉄板の「ネットが現実にまで浮上した」設定で大体合っている。また、超能力は法に則らない使い方をすれば「テレパシー! 狂気を相手の脳内にシュゥゥゥ―ッ! 超! エキサイティン!!」な感じで相手の脳の処理限界を超える情報量を送ってメンタルブラストできたりするのだが、その様な犯罪を防止するためにも是が見張り塔となっている。勿論、ネット犯罪と同じように気付かれずに精心侵入する裏ワザがあったりなかったりするのだが、というかそもそも超能力犯罪は魔術犯罪よりもさらに痕跡が残りにくいので超難件の筆頭であり……けれどもこれは別の物語、いつかまた、別の時に話すことにしよう。
兎にも角にも、なので仮にも「出力が高い」と豪語する路花は割とスーパーな実力があったりなかったりするのだ。……まあ超能力使える時点で多分にスーパーだしその基本はデタラメであるらしいが、それはさておき。
「ただしすぐバッテリー落ちますがッ!」
ただし幾らハイテクだからと言ってそのハイテクを行使する為にはそれ相応のエネルギーがかかります。例えアプリが楽しいからと言ってあまり入れすぎるとすぐ落ちます。その場合、画面の明るさや画面裏で常駐しているアプリが無いか調べ、無駄な通信や同期は切りましょう。一日持たない場合は、大抵、使い方が悪いです。そう、幾ら機械が進化してもそれを扱う者が進化しなければまさに豚に真珠猫に小判ゴブリンに説法強くてニューゲームでありむしろ使い手自身は退化する一方であると言え(略)。
「じゃーお手を拝借」と、路花が両の手の平をケイに見せてきた。「流石に知らない人には特定して送れませんので」
ケイは念線登録される事に「まいったなあ」と思った。自分を心に刻み込まれるなど、それじゃあ携帯の方がまだマシだ。しかし今さら本当は携帯あるとは言いにくかったので、無抵抗に手を差し出す事にした。それに、己は別に念線拒否の方法など二十は知っている。嫌なら無視すればそれでいい、というのも大人げないか。兎角、ケイは手を出した。
「なうろーでぃんぐちゅう…………はい、ありがろうございます」
路花は物臭に左しか出してくれなかったケイの手を両手で包み、そう言った。
「うむ、では行って来い。我、吉報ヲ期待セリ。GOOD LUCK」
「Ya, wilco, sir!」そう言って、左手でサムズアップしながら右手で敬礼し、「では、行ってきまーす。ぐっら~」手を振りながら元気よく通りの向こうへと走って行った。
「……やれやれ、莫迦には勝てんな」ケイは軽く肩をすくめた。キラキラしてるね。「わしには強すぎる」、なんて。「ま、元気な事は良い事です。君が元気なら、手前も元気さ。『君が太陽で僕が月~♪』って、それじゃあ虚しいか? ま、兎角……」ケイはホシフルイをバトンの様に片手で回し、次いで「tap」と地面に真っ直ぐ立てた。そして手を離すとゆっくり倒れて行き、一つの道を示した。「元気に歩くかな」
倒れたホシフルイは拾われるとバキンと折れケイの腕に手を回すように白銀の腕輪となった。ケイはソレを確かめる様に撫で、軽く歌を口ずさみながら街を歩く。
「『Somewhere over the rainbow― Way up high― There’s land that I heard of― Once in lullaby―』」
そうして、路花とは別の方角へと歩いて行った。
「子どもが消え過ぎてる」
ケイはその言葉に眉をひそめた。この男がそんな事を言うとは、珍しい。
彼は翁。背甲族へと変身した人獣だ(賢者や世捨て者が成るという「悠日の古苔種」ではないし、実は鼠の師匠がいて忍者というワケでもない)。彼は境を作り裏と表を仕切る者。情報を掌握する者。気取った言い方をすればフィクサーか。彼に頼めば金で手に入るものならブラジャーからミサイルまで、物資でも信用でも第二の人生でも手に入ると言われている。いやもっと正しく言うなら、金があれば、か。
「ヤンチャしたいお歳頃なんですよ。こんな世界だ、自分の力を試したくもなります」
「先週で二桁だ。灰泥の中には子どもの奴もいるって噺だ」
ケイの軽口に対し、亀の翁は真面目くさって言った。珍しい事もあるもんだ。
翁は悪者というワケじゃない。だが善者というワケでもない。良くも悪くも中立である。それは祭り前の基準でも、今の法でも変わらない。だからケイは珍しく思った。子どもの事を心配するなど。まさかとうとう妻と子に出て行かれたか?
「あー、クソ、疲れた。おいジジイ、WC持ってきたぞ」「おーい、ジジイとか言っちゃダメだぜー! 出ないとまた報酬減らされるぞー?」「いや俺も疲れたッス……眠い」「皆、ファイト!、ですですのー♪」「全く、男のくせにだらしないわねえ」「一番重いの持ってくれてるから仕方ないですよ。僕も流石に疲れちゃ……あっ、こ、こんにちはっ!」
と、そんな声達が割り込んできた。ケイはその言葉に「ああ、こんにちは」と何気なく返す。他の者も気付き、「チアー!」「ウス……」「ハロハロゥ♪」とか何とか言ってくる。
歳は路花より少し上、台詞順に褐色クーツンピラショタ、莫迦元気ショタ、ダル系ヤレヤレショタ、ほんわかデスノリ、纏めツンロリ、良品性小動物ロリ、いやショタ?、むむむ、ロョタ!、あっ、あかんこれじゃリョナみたいだわ、ええと、じゃあシリでいいです、ねどっちも穴ありま(五寸釘)。しかも子どもには珍しい、変身の見られない純人間、それも異界の人間ではない現界人であった。まあ飽くまでも見た目だけの噺だが。そんな彼等彼女はケイを見て、「アレが噂のケイの旦那か?」「夜な夜な空飛んで口から火を吹くっていう」「けど実は美女の野獣で根は優しいとか」「カッコいーですのー」「ええっ! そ、そうかなあ」などと井戸端会議を興じていた。
いやそんな事よりも問うべきは、「何故ここに子どもが?」という事である。あの翁が子どもとつるんでいるだと? やはり老いには勝てないか。大祭害の所為で最近は親無し家無しの子が多いから。小さな女の子でもヤクやって股開きしてる所かその日暮らしどころしてる所もある。泥棒や殺陣が悪というのなら、それを強制する社会もまた悪ではないか? それを知らん奴はパッション系の「恋」だの「明日」だの日常の素晴らしさを歌うアニソンでも聴いていればいい。尤も、豊かな社会に見えてもそれは汚いものが表に出て来ないだけであり、故にこの舞台でもそんな楽しくもない裏舞台は映さんがね。小難しい事は、行政と余裕ある親切な人に任せれば宜しい。
そして勿論、それは大祭害以前でも変わらない。そしてそんな者達に奉仕する者もまた。十字架教では寄付の概念が一般的である。無論、ホームレスに対してもだ。というよりむしろ、世界的にはそうでは無い方が珍しい。別に綺麗事を言うつもりはない。それは高貴で好奇な娯楽であり、美談を引き立てる香辛料なのだ。物乞いを無視したり選挙で賄賂がどうのこうの五月蠅いのは発展途上国くらいである。あすこは特に金臭いのを嫌い寄付を悪と断じるから……おっと、別にヤパーナの事を言っているワケではありませんぜ。駅前という一等地で貴族暮らしながら年金を貰うホームレスの事じゃありません。
ま、何かをするには金が必要だ。綺麗事を言う前に、眼の前の事実を受け入れよう。誰かが言っていた。「金は血液だ」と。今も昔も、文化と技術の守護者は金持ちの支援者である。嫌儲という奴は、嫉妬でしかないのではなかろうか?
ま、そんな社会派な事は兎も角。ううむ、これはいよいよ「妻と子に出て行かれた→路上生活児童を見つける→寂しさで里親に」という事実が明確に……。
「お前のあだ名を明日から『痴漢魔』にしてやろうか?」
「止めてください。その攻撃は俺に効く」
翁はケイが口元を押さえ痙攣を堪えているのを一瞥し、そう釘を刺した。ケイはスミマセンとでもいうように笑って誤魔化す。次いで、子ども達が持ってきた物を見る。
段ボール一杯の装飾品。眼鏡や耳当てや腕当てがあった。確かモバイルネットだとかバリアブルコンピューターだとか言われているユビキタスネットワークに使用する機具である(価格は200$より)。スイッチを入れれば「Picon」と空中投影画面(ALF)が光りキャッチャーなアイコンが幾つも浮かぶ。メンタルモデル(MM)と呼ばれるアクティブインターフェイス(AIーF)を持った電子の妖精が「何の御用でしょうか?」と尋ねて来る。その姿は人間形で髪型は緑の巨大な二尾、歌って踊れるパッションな何処かで見た事あるネギ好きの電脳少女である。前の持ち主の嗜好が伺えます。このような事を防ぐためにも捨てる際には育成データの初期化が推
「何じゃこりゃ。ウェアラブルコンピューター?」
ウェアラブルコンピューター。いわゆるスマートデバイスの一種である「身に着けるパソコン」。早い噺が「Coil—A Circle of Children」のアレ。或いは「Ghost in the Shell」の外付けver。「Megaman」でも「.hack」でも「Corrector Yui」でも「lain」でもいい。SFによくある物語装置の一つ、大祭害により急速に進歩した技術により生み出されたオーバーテクノロジーならぬ「The Technologys of Dawn」の一つである(とされるが水面下では既に研究・完成していたという噂も)。その技術は凄まじく、特にヤパーナの発想と技術力は世界的に群を抜いていて、ベーゴマを思念誘導で操りつつ龍を出して最終的には世界を救ったり、建物を破壊する程のビー玉を出して最終的には世界を救ったり、ヨーヨーで技を決めて最終的には世界を救ったりしている。玩具って何だろね(永遠のフィロソフィー)。これもまたその手の技術の一つで、液晶画面に映すだけでなく脳波(BMI)とか神経(NMI)とか何かそんなのに接続して脳に直接認識させたり空中投影したりもできる。今風に言えば、「エジソンに彼女は創れない」んだよ。他にもこの世界のスマートデバイスはかなり進化しており、COMICよろしく入れてるアプリによっては催眠術や変身や透明人間が可能である。おっと、そこのワクテカしてる大きいお兄さん、ちょっとご同行願おうか。
単語の脳内検索や聴覚視覚に入る言語の自動翻訳や光学迷彩による変身からそんな全ての現実に愛想をつかした仮想現実依存症者まで、電話やメールといった情報交換や商品の受注発注と言った仕事は勿論、分化身を造って仮想現実(VR)にダイブしてMMOをやったり、画面上にしか映らない拡張現実(AR)でサバゲーをしたり、現実風景と連動した「Bugmon」とかいう明らかにパチモンなモンスターを倒したりペットにしたりと「新しいロマンス」溢れる設定。しかもまるでその場にいるように見れて触れて舐められるので女性型モンスターならアッチ方面も〈検閲により削除されました〉。近々、人間をそのままパソコンにしたコンヒューマンだとかだとかエンジェロイドだとかいう「ちょび」っとした人間型コンピュータも出るらしい。電脳空間にもよるが驚くほど綿密でマップはリアルと同じ大きさを有するものも在りそのようなものは「超現実」と呼ばれており、子どもの噂ではそこは霊界であるとか神様の世界であるとか言われている。まさに「ネットは広大」である。因みにそんな噂を信じる奴は十中八九飛び降り願望の在る奴である。技術の進歩は秒進分歩。とは言っても、未だに物語の元ネタがどーたらこーたらで揉める方々はいますが。本当、何でこんなに情報ツールが発達しているのにそーゆー噺が出るのでしょうね(ヒント:そもそも「調べる」という行動を知らない)。無論、その便利面と鏡を成すように犯罪面も色々ある。それこそ仮想と現実の区別がつかなくなったり、SNSでの友達関係でゴチャゴチャしたり、というか機能が複雑すぎて人間が付いて行けてなかったり、アンドロイドが「『―Oid』じゃない。『Andro』だ!」と人権を主張したり……けれどもこれは別の物語、というか今回の灰泥舞台に関係ないの。
「引きこもり自殺教の【飢餓同盟(Orz)】が狂乱教の【死の舞台】に喧嘩吹っかけられて、トロールどもの【XXX】が『なら電脳バトルで決着付けよう』と楽し気に首突っ込んで来て乱痴気だ。コッチは儲かりゃ何でもいいがな」
「売りでもするんですか?」
「ああそうだ。『綺麗(Open)』にしてな」
どうやら何かやらかす気である。ケイはその事に辟易した。幾ら魑魅魍魎を相手にするケイでも、情報相手は御免である。今日日、情報すぐ社会に浸透する。腕っぷしの強さより如何に情報を使えるかで優劣が決まるのは、電子ツールが発達した今に始まる事ではないだろう。昔から何時だって、扇動の先導に立つのは知識者なのである。まあ、暴力や派手好きなANIMEの世界は知らないが。
「ていうかランラン、貴方そう言ってほとんど働いてないでしょ」「その名で呼ぶな、サキ。何か頭悪そうに聴こえる」「むむむ。So youファイトは駄目ますですの」「あはは、ルティちゃんはフォンラウさんのお姉さんですね」「じゃあ俺はレンきゅんのお兄さんになってあげる!」「わわっ、トウジさん!? 急に抱き付かないでくださいー!」「可愛いなあ、よしよし」「う~っ」「Good! これこそFriendというものでます♪ ささ、フォランもドゾー」「ばっ、莫迦! 誰があんな典型的暴力女と……」「聴こえてるわよ?(笑」「暗黒微笑(逃」「殴る(追」「Wow! 待ってくだしー」「ああっ、トウジさん、レムさん! 追いかけないと。皆待ってえー」「やあ、楽しそうで何よりです。なあ、レム」「知らねえ。お前等が楽しそうなら何でもいいよ……ふわあ」
どうやら翁の仕事には翁から言わない限り介入しないのが暗黙の了解らしい、子ども達はケイと翁が話している内に色々喋りながら去って行った。
「子どもは何時だって騒ぎの種だ。こんな世界になったって喧しい」
翁は唸ってそう言った。何時の間にか話が戻っていたらしい。その言葉に「ああ……」とケイは思いつく。子どもで喧しいと言えば、あの警報。
誘拐は刑法「他を支配に置く事なかれ」の項に著しく接触し著しい刑罰を与えられ、特にこの街は少年犯罪には娘を嫁に出す親父の如くけたたましい。発覚した途端街中に緊急警報が鳴り響き〈段階・琥珀〉の緊急事態宣言がなされTV・ラジオ・ネット・道路掲示板などあらゆる公衆メディアはその通常業務を中断し子どもがさらわれた旨と誘拐者の可能な限りの情報を報道しそうなるともはや逃げ場もなくモヒカンよろしくヒャッハーなヒャンター間違えた狩者に街総出で追われる事になる。これは竜巻や雷雨など局地自然災害が起こった場合と同程度の対応とされる。
「あれゃーうるさくて敵わん。歳喰ったジジイにはちとキツイ。この前も触手背広の『痩せた男界異』でギャーギャー喚いていた。しかも最近のは恐がるどころか憧れさえする」
まーそれはケイも解らなくはない。その前なんて吸血鬼騒ぎでウーウーやってた。犯人の吸血鬼曰く「寂しかった」との事。一人で現界に放り込まれた難民によくある動機だ。血を持って眷属と成し、血を持って子と成し親と成す。故に腹を痛めて生んだわけではないのだが、子どもをさらって血を吸って、吸血鬼にしてしまえば血のつながった家族の出来上がりというワケだ。しかしその界異は四十数という被害の量にかかわらず、その質は大したことはなかった。吸血鬼は特に子どもを傷つける事もなく、子どもの方も「吸血鬼COOOOL!」という血飲み子になれてむしろラッキーという在様で。しかも最近の吸血鬼ときたら十字架もニンニクも聖水も効かず日光すらちょっと眩しい程度ときたもんで、それでもって不死で不老で怪力なのだから本当にもうチート乙して無敵モードであるからして、ほとんど実害などないのだった。因みにそのドラキュラ伯爵は土間とジュースを飲んだりミディアムレアにされたりしたあと最終的に2ひゃく6じゅう1さいの輪っかの無い天使を見つけて末永く幸せそうに暮らしたとか暮さなかったとかというお話だったのサ。
「『憧れ』だと? 莫迦々々しい。憧れる奴等は、結局、ソイツをスクリーンの向こう側と思ってるんだ。映画の観客気取りなんだ。ソイツが本当に『本物』であるのなら、それはもう否定できない『真実』だ。苦痛があり、限界があり、絶望がある。もし手前が取るに足りないその他大勢の一者なら、辿る路はやはり凡庸だ。認められず勝てられずあまりに呆気なく容赦なく、成す術も無く死ぬだろう。さてお前はどちらだ? 凡庸か、天才か?」
その事に対し翁は呆れる。その言葉は誰に言うのか。子ども等に言うようでもあり、ケイに言うようでも、自分自身に言うようでもあった。
「ソレを決めるのは、俺じゃないです」ケイはそれに答えず、そう応えた。次いで、「アレも、そう言う『Midnight Cowboy』で?」ケイは子どもの去った方を見て言う。「大方、仕事で界異に巻き込まれたのを助けてやったその成り行きで、というとこですかね」
翁は「Goo」と鳴いた。どうやら図星という所らしい。ケイはソレに肩をすくめ、「まあ、警報が煩くても、いざという時があるでしょう?」とケイは続ける。地震が起きて発電所が爆発して津波が起きてからでは遅いのだと。
「お節介は世界の良心です。どんな世界になったって自分以外に心を配る事が出来るなら意外と大丈夫なもんです。そうでしょう? それすらもできなくなったら、もう駄目さね」
「『優しい』のと『都合が良い』のは違う。そうだろう? 戦争映画がそうである様に、『英雄の法』に望まれる役が時代と場所により変わる様に、アレが平和、コレが正義と言えるのは、それが手前にとって都合が良いか、或いは何も知らないからだ。その点では、悪も正義もそう変わらん。如何なる正義の王国も、何時かは悪の革命により滅ぼされる。嘘ではない。時代がソレを証明している。政治家など百年もせず変わるのに。無論、絶対というものはあるのだろう。神とかいう奴がそうである様に。だが少なくとも俺達のやる事は何事も、『今』の『此処』のソレでしかない」
尤も、大抵の者はそもそもそんな正悪論など気にしないがな。国の行方を決めるのは貴族や富豪や政治家といった一部の上層の者達だけ。ソレ以外の下々の市民達は、ただ思想も持たず流れるように従うだけ。メディアのランキングを信じるように。珍しい事じゃない。古今東西がそうだ。民主主義、自由主義、資本主義でさえ、国が作りだしたシステムに過ぎぬ。そして市民はソレに気付かない、自分で選んだと思い込まされている。そしてそういう流行という川に乗る魚を取るのが俺達だというワケだな――そう、翁は「Goo」と鳴いた(亀に声帯があるのかという問いは置いといて)。
別に、窘めているのではない。ケイが恥ずかしい台詞を言ったので、からかい返しただけだ。濁流に産まれた魚は必ずしも清流を好むわけではなく、むしろ清流こそ毒である。花の香りは人には芳香かも知れないが、虫にとっては悪臭である。つまりそれを「毒」と「悪」と感じるのはそう感じる者の勝手であり、そしてそも大抵の者はそんな小難しい事は考えず日々を生きて逝く――と。それは観念論ではなく、事実であった。
「勿論、それは悪い事じゃあないがな。何事にも流れがある。むしろ波も立たず、渦もない水の方が、よっほぽ不健全だろう。無論、人は魚じゃないがな。特に必要もないのなら、静かにしている方が健全で、自分から波風を造る必要はない。自分から痛みを負う事などせず、貧乏を清貧と誤魔化している方が迷惑かからんし精心衛生上も安定だ。けれどもそれは墓の中で死んでるのと、病院のベッドの上で寝ているのと何が違う? 何故、お前は、此処に居る? とどのつまり、そういう事だ。無論、ソッチの方が好きな奴もいるがな」
「らしくないですね、人生論とは。『民主主義自由経済は確かに自由をもたらしたように見える。しかしそれは安定を失わせ、更なる格差を生み出したのに過ぎないのでは? 答えはいずれにせよ、それが社会の要求なら従わざるを得ない。その結局の所、社会とは、上流によって決まるのだから。皮肉な事だ。自由を叫ぶ民主主義は、政府によって作り出されるという事を知らないのだから』、と?」
「俺は無学な亀だ。経済論など知らん。しかし敢えて言うならば、学問は勝つための刃ではなく、戦う為の心意気だ。そして本当に自由なら、誰に言われるともなく自由だ。ましてや俺達が生きる社会など、何処にだってあるだろう。ヒッピーは御免だがな」
「そうですかい」ケイはその応いで問答を打ち切った。「で、何も情報は無いんですね?」
「ああ。逆に言えば、無いという事が情報だな」
つまり彼はこう言っているのだ。元々は取るに足らない役者だった、と。
しかし翁は知っている。「そのような評価など大して役に立たない」と。評価など所詮、誰かが付けた点数。金で買える評価、流行を熱造する評価、雑誌や新聞やTVが言う評価を気にしても仕方ない。別に評価する事を否定しているわけではない。だがそれは飽くまでも、かつては正徳とされていたものが悪徳とされるように、見方の一つにしか過ぎないという事だ。少なくとも、その舞台が自分にとって面白いかどうかは、自分で見てみないと解らない。そしてそういう事は、ケイも知っている。
「しかしお前も暇だな。どいせあの【貝殻の女神】様は何もかもお見通しなんだろ? 何故わざわざ他者にやらす。自分が出れば早いだろに。まるで神話の如き茶番だ」
そう、亀は皮肉気味に笑った。亀に限らず、獣の顔は表情に乏しい(漫画よろしくデフォルメ出来るならまだしも。尤も、それは人間からの視点であり、獣同士だと解るのかもしれない)。しかしケイにはその表情が解る。それは慣れ親しんだ年月から来るものだ。その表情を見て、ケイもまた肩をすくめニヤリと言う。
「確かに。『神、そらに知ろしめす』世の中じゃ、何もかも予定調和です。けどそれじゃ物語にならんでしょ。物語には何時だって、誰かの不幸や困難、事件ちゅーもんが必要なんです。簡単にハッピーエンドじゃ、ツマラナイですからね」
「ふん? 俺はてっきり、誰もかれもが『シャボン玉のように膨らんだ夢幻の恋人』の前ではええかっこしいを気取りたいだけかと思ってたがな」
「Huh!」まさか、と、ケイは無意識に舌を「べー」と出してそっぽを向く。「アレじゃないですかね。コッチが本気になったら、アッチも本気になっちゃうからじゃないですかね? 殴り合いで相手が銃だしたら、手前も銃抜かずにはおれんでしょ?」
「まるで『メテオの傘』だな」
それに対して、ケイは「ははは」と軽く笑った。
社会学者曰く、大祭害の世は「次世代の冷戦」といっても過言ではないとか何とか。鎖国よろしく世界壁という設定上、その中にどれ程の異界を内包しているかで今後の現界勢力図が大きく変わるらしい。列強の国家政府に狙われるその状況はメェジの大和よろしく大国の椅子取りゲームであるとか、その街の主権を手に入れる事は千年の王国を手に入れる事に等しいとか、一つ服のボタンを掛け間違えば何時でも水風船を投げられる状態であるとか何とか。
「そうですね、アレはメテオだ。何時もコッチを見ていて、コッチがヘマしたら何時でも飛んで来きまう。何時もはノホーンとしてるくせに、やるとなったら一直線だ」
「だからお前も頑張るのか? アレを心配させないために」
「だーから、どうしてドイツもコイツもそう言いますかねえ? 俺がそういう素振を一つでもしましたか?」全く、とケイは少々の苛立ちを苦笑いに押し隠してそう言った。彼は何故、自分がこの亀の表情を読み取れるのかを忘れている。「全く、ムカつくぜクソッタレー。ま、兎も角、ありがとうございます。また何かあったら教えて下さい」
「気が向いたらな」
そう言って翁は目を細めた。その眼は終始眠たげであった。実際、亀になってから思考がぼんやりして仕様がないらしい。
その後はたわいない会話を適当にして別れを告げ、目的地なく気ままに歩く事にした。
「しかし、やっぱ難しいな」
携帯に変化させたホシフルイを弄りながらケイは言った。形と重さのある携帯は、今では時代遅れな部類である。だがケイは超能力者でも魔術師でも機械体でもないので、物質的な携帯を持つ。だからといって、わざわざ手持ちの携帯でなくともいいはずだ。今の技術では、携帯しなくともパソコン以上の事が出来るのだから……それは、単にアレである、流行に乗るのが嫌なだけである。しかし同時に気付いている。新聞が出た時は会話を愛し、TVが出た時は新聞を愛し、パソコンが出た時はTVを愛する……結局、ただの懐古趣味である。それで何かを得ようとは思っちゃいない。ま、そんな私事は兎も角。
かれこれ知り合いの情報屋やランナーを渡り歩いて数時間、全く成果が出ていなかった。よほど上手く隠れているのか、灰泥の情報は出るものの、その製作者の情報が出て来ない。その灰泥の情報だって、塵芥、灰汁、雑魚、派生品の類で、本丸は出て来ない。蜥蜴の尻尾きりとはこの事だ。いや、蛸の触手きりか?、この場合。いや表現方法何ぞどうでもよろしい。このままテキトーに歩いていても埒が明かない。明くはずない。パンをくわえて走っていれば偶然ばったり出会う、というわけでもなかろうに。
(もし俺が劇の主役ならば、空から女の子よろしく棚から牡丹餅と遭遇なんだが……ふっ、そう言えば、この前、ギャルゲーのヒロイン同時攻略よろしく五つの物語を同時進行したランナーの噺を聴いたっけな。友達居らんのかお前等は。嫌だね、そんな狂信者みたいな女は。主人公が特別なわけでもあるまいに。他にも良い男は沢山いるだろう。恋は盲目。然り、だね。俺ならそんな小犬要らんよ。手前なんかに助けを乞わず、さっさと自立して勝手にお幸せになってくれという話だ。
けれども、ま、こうやってランナーをやってる俺も、見る奴が傍から見ればそこそこに主人公をやってるのだろう。全く、ヤレヤレだぜクソッタレー。不幸自慢もロクにできやしない。人間を失格するとは、ハーレムを作る事と見つけたり、か? ま、そんなのはしなくて正解だ。そんな自己啓発な自己満足、ネットにでも行けば吐いて捨てる程転がっている。ありきたりだ、俺も、お前も。そんなもの読むより外に出なさい。日に当たって子どもと遊びなさい。その方が健康的だ。それか聖書を読みなさい。昔の純文学をやりなさい。商品として販売された物をね。不幸自慢にも質が在るのさ。夢のある空想だって売れなきゃ価値は無いし、誰でも喚けられるネットに価値などそんなにない。ま、本を読む精心が無いからネットをやるのだが。やれやれ、世の中には不幸を主張する事すら諦めている奴が巨万といるのに、好い気なもんだ。「The worst is not so long at we can say ‘This is the worst.’」だ。喚ける場所があって、聴いてくれる誰かがいるだけマシじゃないか。世の中には、悲劇にさえならないお話にならない劇があるのに。無劇こそが最高の悲劇。しかし、なら俺達は何時までも真の悲劇を判断する事は出来ないな。矛盾した噺だ。電子の繋がりと聖書の繋がり……さて、神はどっちかな。それとも、両方か?)
などとケイはどーでもいい思考をする。そう、「どーでもいい」、だ。ただの暇潰しだ。それが本気の思考になるには、それ相応のTPOが必要だ。ま、兎も角――
情報以外にも捜す手段ならなくはない。それはよくある手段である。オーラだとか気配だとか、そんなのだ。だがケイは妖気だの霊気だのそんな「ふわっ」としたあやふやなものを探るのは得意ではなかった。出来なくもないが、この種々雑多な街の中では難しい。ネットでお目当ての情報を見つけるのとはワケが違う。ナニを固くしながらどれが適切なアドレスかも解らずに何度も何度も飛ばされて広告が飛び出しまくってたらい回しされた挙句結局「この動画は既に削除されてます」とくるAVサイトの方がまだマシだ、いやアニマルビデオの話だよ。果たしてあの超能力小娘の方は上手くやっているのか。
と、そんな事を考えていると、ふと横に眼につくものがあった。何やら者だかりが出来ており、歓声や怒声が聞こえてくる。「頑張れ」だの「そこだいけ」だの「そうじゃないだろ」だのという声から、金属音や破壊音、爆発音まで聞こえてくる。
ストリートファイトか、とケイはぼんやり意識をやった。それは腕試し、賭け、知名度を上げるためや、実力を持って物事を解決する公式な決闘の場として提供される「即席闘技場」である。必要なのは「両者の同意」と黄金狂世界によって造られた筐体人間の「判定者」だけ。そんな決闘場は街の多くの場所にあり娯楽の一つとなっており、これ以外の私的な私闘は推奨されない。なおレフリーと言っても場の提供と勝負の判定及び証明をするだけでストップなどはしてくれない(ちゃんとした所ならしてくれるし治療もしてくれる)。と言っても過度にやると観客に白い眼で見られるし、RIPサービスして口を聴けなくした場合当然それ相応の結末は用意されてるのでご注意をば。とケイが遠目に見ていると、
『BRAAAAAAAAME!』
一際大きな爆発音が飛び出した。煙が上がり、何やら美味しそうな匂いが立ち込める。どうやら豚人がミディアムされたようだった。お肉を美味しく焼くコツはまず最初に強火で焼く事です。こうする事で表面のタンパク質を即座に固めうま味が逃げ出すのを防ぎます。塩を振る事で同様の効果もありますのでそちらも合わせてやるとなお良いでしょう。
《BREAK DOWN! 勝者!【虹色の星霊使い】エフェクト・カラー!》
リボンで目隠しした二尾髪の機械人兎の女性型レフリーに腕を上げられたのはカラーと呼ばれる女性だった。実名ではなく通り名である。その通り名の通りかどうかは解らないが、彼女の周りには大人の頭程の大きさがある土・水・風・火といった色とりどりの星霊――自然から発生した妖精霊、生物の魂が成った化幽霊の総称。同時に文字通り星の霊、つまり魂を指す場合もある――が蛍の様に浮いていた。その使い手である彼女は何だか不機嫌そうな目つきだった。
その勝者を見て、先まで闘いを観戦していた者がワイワイ騒ぐ。いわゆる人間族がいれば、ゲロゲロ喋り飛び跳ねる帰鳴族や、焼き芋に使えそうな可愛らしい子葉族、その親と見られる頭に木の枝を生やした角女な木角族や、ベトベトした変幻自在の粘液類、黒透明の何かが半楕円に形を成した陰袋族、呆けたような笑み宙に浮く天使族などがいて、他にもクケリ的生物やゆっくりした生物や頭がくぱぁした触手膣犬がいた。つか危ねえ。
「あれだけ精霊と対話できるとかツエーな」「人間って身体能力低いのにああいうのは得意だよな」「あと乳が出けえ」「いやそれ関係ないだろ」「でも人間の友達はいないらしい」「うはっ、寂しい女」「あーだから精霊と仲良いのな」「クーデレ美味しいです」
「で、どうするの? 貴方達も焼かれるの?」カラーは会話を断ち切るようにそう言った。別に怒っているワケではない、多分。「それとも水没? 風化? 埋立が良いかしら?」
「うるせー! ゴミの分別みたいに言うんじゃねえ!」
その声を聴き、ぐぬぬと睨み返すのは豚人の仲間である他二名の内の一者。
長い尻尾と息を巻くのは二足歩行する動物界脊索動物門爬虫綱有鱗目トカゲ亜目、ではない蜥蜴人間「リザードマン」。神話や伝承存在ではいないものの現代ファンタジーでは超重鎮、硬い鱗の上に更に簡素な鎧を羽織り剣と盾を持っており、往々に誇り高く優秀な戦士という設定で扱われる。
しかし同時に好戦的という設定もあり、実際この若い戦士はどうも気が高ぶりやすい性格のようで、土色の鱗を纏った肌を真っ赤にさせて怒っていた。
「何、貴方もさっきの豚人みたいにケンカを売るつもり? 余計なお世話と思うけど、もう少し自分の値段を知った方が宜しいかと」
「んだとーっ!」そう言って蜥蜴人間は腰の剣に手をかけた。その事に危険を感じ小さく悲鳴を上げる者がいれば、事態の悪化に構える者もおり、新たな決闘を予感してワクワクする者もおり、そして蜥蜴人間の仲間と思われる一者の狼人は「勝てるワケないだろ」とでもいうようにソレを制止した。「うっせー毛深いんだよ!」
狼人は包み隠さずしょんぼりした。
「闘わぬのなら剣を納めなさい。だけど剣を抜くのなら私達は容赦しない。例え軽い気持ちでも、例え小さなナイフでも、向けられた者は命がかかっているのだから」
一方、星霊使いは相手を興味無さげに冷やかに見ながら、不機嫌そうにそう語る。もはや買い言葉に売り言葉である。その喧嘩な会話におけるイルミネーションのように光る彼女の星霊達の反応は様々で、無表情で冷静な黄、優し気に微笑む穏やかな青、背中に隠れる臆病な緑、ベーと舌を出す好戦的な赤、にこにことしている楽観的な白、ぼーとしている謎な黒がいる。
え、何、【虹色~】のくせに6匹しかいないって? んやまあ、その数は気分で変わるんです。虹色の数なんてTPOで変わります。LGBTなら大体6ですしお寿司。因みに、妖精といえば「あらし」のプロスペローに従うエアリアルですよね。主従関係を疎ましがり年季はまだかよとか文句言いながら何だかんだで饒舌で陽気に付き従うのはツンデレな愛ですわ。無表情で「YES」としか言わない軍人な妖精もいいですけどね。閑話休題。
しかし、これは星霊使いの言い方も悪い。もしかしたら「人間の友達はいない」というのは本当かも知れない。例えどれだけ正しい言葉でも。刺々しい言い方では嫌なものだ。実際、蜥蜴も引く気はない。正に一触即発である。そんな飛んで火に居る導火線の中、
「やあ、お嬢さん(マドモワゼル)。何か悩み事があるならこのチェイス・自歩・駆乱芸が手を貸しましょうか?」と笑いながら道端でバッタリ会った友達のように声をかける者がいた。ケイである。人混みを分けて両者へ向かう。どうやら知り合いらしい。正確に言えば二人ともメリューの知り合いであるのだが、けれどもこれは別の物語。兎も角、ケイは何気なく手を振る。「またトラブル引っ掛けてんのな。What‘s up?」
「ん? ああ、弟君」「誰が弟ですかお姉様」「冗談。ハロー」と、カラーもまた冷たい眼を少し柔らかくし、ケイに向かって言った。「どーもこーもないです。あの小児性犯罪者が子どもを食べようとしていたのです」
「先に歯を出したのはソッチだろ!」「カラー、幾ら既存動物に似てるからって流石に獣人を食べるのはどーかと」「食べませんし私じゃないです」「いきなり鼠みたいに齧りやがって、どー見ても悪いのはそっちじゃねえか!」「まあ落ち着けよ、初めてAV見る童貞じゃあるまいし。なあ狼君?」「ばうわうあう」「しまったこの方獣語だ」「見た目で判断するなら貴方の方が怪物ね」「生まれつきなんだよ仕方ないだろ!?」「なんばわん。わんだふる」「ちょっと待て。お前実は人間語喋られるだろおい」「山戯やがって、手前も一緒に食っちまうぞ!」「ならコッチは貴方を『ペットランナー』にでも売りましょうか」
ランナーとは異界に関する事物に携わる者達の総称であり、華やかな戦闘で喝采を浴びる界異と呼ばれる異界犯罪を解決する者が目立つが、一口に科学者と言っても専門分野が分かれる様に、他にも色々と分野化しようと思えば分野化できる。例えば、現界に流れ着いた神話に語るような武具や財宝や芸術を探す「アート」、伝承に謳うような幻獣を研究する「バイオ」、実在となった古代遺跡の謎と宝を解き明かす「トレジャー」、フィールドワーク片手に観光旅行に使える土地を探索する「セット」、ただ一人で珍味を追い求める「グルメ」、その広告性を生かしてアイドル活動の様なものを行う「アイドル」もいて、皆が異界文化の素晴らしさに気付かない内に芸術品を二束三文で買い漁って置こうという「ビジネス」もいる。RPGやACTGやSTGだけが、ゲームではないのだ。また、社会的に褒められた事をするランナーばかりではなく、ランナーという何でもやってるイマイチ掴み所の無い非合法っぽい合法性を利用して、中には匿名企業の依頼で他企業の妨害や諜報活動と言ったスパイの様な事から、誘拐や襲撃や殺害と言った(飽くまでも「その社会にとって」の)クライムの様な事もする。その様な「アウトロー」は、ランナー協会によるイメージ向上活動や、依頼主自体も表沙汰にしたくない事もあり、あまり話題に上る事は無いが……やはりというか、障子にメアリー、情報は生もの、口に戸は立てられぬときたもので、ランナーが如何に混沌とした職業なのかを示す由縁の一つと成っており、ランナーが「民間軍事会社」だの「荒事屋」だの「ランナー協会はテロまで輸出するのか」などと言われる由縁と成っている。
彼女の言う「ペットランナー」もまたランナーの一種であり、特に飼育を目的とした存在の捕獲・売買・保護を行う者を言う。犬や猫をペットにするように、異界の動物をペットにしたがる現界人は多く、また異界人にもペット文化のある世界があり、そのようなニーズに対応している。ただ、現界において特定の人種を家畜同前に扱うサイコパげふんげふん上層階級や逆に動物虐待を訴えたりするキチガげふんげふん愛護団体がいる様に、異界によって価値観が大きく違うので、何をペットと見なすかは常に議論が交わされる。そもそも「どうすれば生きていると見なすか」からして様々で深く考えるとパげる。故に良識あるペットランナーは捕らえる対象に従ってその世界の道徳、倫理、通念、法律等をきちんと理解し、常に情報を更新し、場に応じた柔軟な思考の下に行動しなければならない。またよく外来種による問題を解決するのも彼等であり、密猟者と闘うのも彼等である……ってやっぱりドンパチするんですね。――異界書房刊『混沌世界の歩き方 職業編・Ⅰ』より抜粋。まあ兎に角、深い意味は解らずとも、
「尻尾に来たぜ!」
かなりドギツイ言葉だと解ればそれでよろし。
蜥蜴人間はついに鞘から刃を抜いた。左手に持った安っぽい銀メッキの光が刃に微妙に輝く。右手に持った木炭になった盾が哀愁を誘う。きっと負けるだろうが頑張れ蜥蜴人間。足蹴にされて罵られるだろうが屈するな蜥蜴人間。そう、負けると知って戦うのが遙かに美しいのだ。さあ今こそお前のビックリギミックを魅せてや――
「Oooooouch!??!?」
蜥蜴人間が突然飛び跳ねた。何事かと思いケイが見ると、ケイもビックリした。何と蜥蜴のビックリギミックが持って行かれてた。蜥蜴の尻尾が切れていた。いや別に蜥蜴の尻尾が切れようが切れまいがどうでもいいしむしろケイの心中は「お前の尻尾切れたんかい」とツッコミたい程だったが、まあともかく、ケイが驚いたのは尻尾が切れた事ではなく、何故切れたかという事だった。或いはその尻尾の行方とも言うべきか。
その尻尾は喰われていた。年端もいかぬ人間の子どもに。いやトカゲの尻尾を喰う奴が人間か? 少なくとも形は人間だ。兎も角、蜥蜴の尻尾は釣ったばかりの魚の様に子どもの小さな手の中で暴れていた。その子どもは無表情で、周囲の驚いた目線などお構いなしに、堅い鱗を気にせずに、丸ごと生で喰らっていた。血がイヤーン。
「で、で、で、出た――――ッ!!!」
「ああ、彼です、いや彼女? まあ兎に角、あの子が原因です」
お化け屋敷よろしくビビる蜥蜴に対し、カラーは何て事なさそうに言った。
「手前、豚バラだけでなく俺の尻尾まで喰いやがって! 頭イってんのか!?」蜥蜴が剣の切っ先を子どもに向けた。その長剣は人間程度なら骨まで容易く断ち切るだろう。子どもはそれに気づきジッと見つめた後……口を大きく広げた。「うおぉ!? あぶねーなおい口斬るだろ!」蜥蜴は思わず剣を引いた。子どもの口は空を切った。食べるつもりだったのだろうか?「ってそうじゃねえ! 何、俺の尻尾グリグリモグモグしてんだカニバリズム! 俺達蜥蜴族にとって尻尾が切れるのがどれだけハズいことか知ってんのか!?」
出身世界により違いは在れど、往々にしてリザードマンは戦士である。勇猛に剣と盾で敵と闘う者である。その戦士の尻尾が切れたとあれば、ソレはさぞかし不名誉だろう。敵に背を向けるだけでなく、尻尾まで切って逃げたともなれば。
蜥蜴は身体を震わせて、怒りの矛先をサッパリ変え、「野郎ぶっ殺してやらあ!」と怒鳴り散らした。しかし、
――Eat,Eat,swallow.Eat,Eat,swallow.
当の子どもはそれに怯える事もなく座り込んで、「もっくもっく、ごきゅん」と社交ダンスよろしく尻尾を口に入れては飲み込みながら、ジーっと怒れる蜥蜴を見返した。その瞳に感じ取れる意志はない。だが蜥蜴にはそれが小莫迦にしているように感じられた。「Yeah, but so what?」とでも言われている様だった。「メケメケ」であった。魔法陣ではない。一方は怒鳴り、一方は呆けり、何だかその熱の違いが不思議空間となって漂っていた。
「とまあ、要約すると子どもの悪戯に大人がガチギレしている状態ですね」
「謝らない子どもに非があると、俺は冷静に思うんだがね」一方カラーとケイの方もまた、それら二者に構わず話を続ける。「市役所の児童福祉課に連絡した方が良いんでない?」
「もう警察呼びました」
「流石、現実的な対応ですなあ……」
「だから、それまでの間でいいですから助けてあげてください。私は別の用事がありますので……大学で保護している一角獣が出産という事で、立会人として呼ばれているのです。間に合わないと事です」
「あー、最近、偽物が流行ってるし、幼体の泥棒が多いからなあ……けど面倒臭い。つうか俺がそれを見たい。記録媒体に残そうとすると何故か上手くいかないっていうし、人の手が介入する出産はまだ世界的にも片手で数える程しか例がないっていうし」
「まあまあそう言わないで、助けてやってつかあさい。アレですよ、判官贔屓という奴です。蜘蛛より蜘蛛の巣にかかった蝶を助ける方が格好が付くという感じです」
「やあ残念。もしその蝶がもうちょっと大人で大人しい清楚系胸デカのさらさらロングビショージョ(ポニテも可)なら快く助けたんだが。この前のTVニュースで、『その少女の身体には生来の致命的な欠陥が在り、産まれてから一度も病院から外に出た事が無かったが、大祭害による異能化により健康になった。しかしその異能は他者の命を食らわなければならない異能である事が判明。警察が面会に来た所を逃亡。現在も行方不明であり、親から捜索願が出されている』とかあったじゃん? ああいう娘ならおいちゃんも張り切るんだがねえ……やっぱ同情するからにはそれ相応の見た目が必要だ。そうだろう? ねえ?」
「またそうやって気取ってる。道化ないと熱くも成れない?」
「俺はくるくるパーじゃありませんから、自分が回らないと頭も回らないのさ」
「星の様に、ですか。なら、後は頼みましたよ、便利屋さん」
「まーたそうやって事件振る。主人公振り回すヒロインじゃあるまいし。そりゃ、人外と闘うために人外と手を組んだ召喚士は――『召喚』は語弊があるが――とまれその手の職業たる姉さんは人外の者と仲が好いが、俺ァ人間だぜ? そう言われてもなあ」
「嬉しいでしょう?」
「No way。『Screw you ladies, I'm going home!』、だ。蜥蜴に猿じゃ分が悪い」
「そんな汚い言葉使ってると、お姉さん怒りますよ」
「Bleah. ならやっぱり俺は逃げちゃうね。負けない闘い方を教えてやろうか?」
「『Mais on ne se bat pas dans l'espoir du succès!』」
「その台詞言う奴死ぬんだぞーぅ?」
「勝てなければ、お姉さんが笑ってあげます」そう言って、一つニヤリ。
「ハッ、それは上々」その顔に肩をすくめる。しかしそういうケイの顔はまんざらでもなさそうで、「……チェッ! お義姉ちゃんの言う通り(Let It Be)、だ」
と、「SNAP」と指を弾いて受け応えた。と言っても、ケイは最初から断るつもりなど無いし、それはカラーも解っている。こうやって駄弁るのは一種の仲の良いお約束だった。一方、蜥蜴男はというと、
「ムカつくぜクソッタレー! レフリー! 試合だ! 決闘だ! 闘いだあ!」
などと憤りを顕わにする。その台詞にレフリーは《未成年及び保護措置の方は身元引き受け者の同意が必要です》と理論脳のままに応答する。
「俺の誇りが食われたんだぞ! アイツは良くて俺は全部悪いってのかい!?」
《1.刃を交わす前にまず言葉を交わしてみよう。2.我らに『法』を問うとは滑稽な。3.警察に相談だ。4.ほwwwこwwwりwww。旧時代な考え方ですね(笑)》
「うるせえっ!」
《台パンはおやめください》
「ぐぬぬ……なら決闘なんてどうでもいい! 今すぐここで斬り捨ててやる!」
その言葉にレフリーは《私闘は推奨されません》と言ったが蜥蜴は無視し、腰の剣を振り被る。その剣筋は子どもを袈裟斬りにする道筋。左手の剣を右肩に巻き付かせ、次の瞬間には振り絞るように放たれる。だが、
『Coo』
その前に、そんな間抜けた音が鳴った。子どもの腹の音だった。
「ぶはっ!」それに続く様に、そんな笑い声が聞こえた。蜥蜴はその笑いが自分を侮辱したと感じ、剣を振り被ろうとする己の動きを止めて、声の主を睨め付けた。ケイはそれを見て「おっと」と申し訳なさそうに口元を押えて言う。「いや、悪い。真剣になってる時に余裕ぶって茶化す奴は、ムカつくよな」
「ああん? 何だ手前!」
「失礼。初めまして、こんにちは。俺は召喚術師に任された交渉人なるパシリ屋です。喧嘩するより仲良くしましょ? おっと、先ずは依頼主に挨拶だな。というワケで、どうだ、えーと、名無しの子供。今から君の代わりに喧嘩もとい交渉を受け持つが、俺に一存してくれるかい?」
とケイは子供と目線を合わせる為に、子供の前でしゃがみ込んだ。子供に限らず、人と真意に話すには、先ず目線を合わせる事が大切です。しかし一方、その話相手は、
Nom Nom Nom Nom.
「『相変わらず尻尾を食べ続けていたのでした』っておいおいおい。『もぐもぐもぐもぐ』じゃねーよ。挨拶しろ。挨拶の仕方は様々であれ、挨拶という概念は世界共通だぞ、多分。いずれにせよ、挨拶が出来ん奴は駄目駄目駄目。返事しろい」
ケイは子供の頭を掴み、グラグラと乱暴に揺らす。だが子どもは相変わらず無表情、目はケイの方を向いているが、焦点が合っていない。ケイはやがて水掛け論だと悟ったか、「……まあいいや」と溜息をついて諦めた。是に時間を掛けていれば、背中の蜥蜴が斬りかかってきそうだから。
「まっ、気を取り直して」ケイは「Snap!」と指を弾いて立ち上がり、蜥蜴を見た。「故に今から会話シーンだが、まあ先ずは落ち着こう。アンタ、一人相撲ですぜ? 尻尾くらいくれてやれよ。どうせまた生えるんだろ? 許してやれよ。愛と勇気が友達だろ?」
「友達じゃねーよ!」
「なら今から友達に成ろう。友達ってのは何時でもなれるものでさ。いずれにせよ、斬るのはやりすぎですぜ。傷が残る。傷つけるな、というワケじゃない。けど治る傷なら、何度だってやり直せる。だから、つまり、平和的解決をしようじゃないか」
「うっせーな人間が、すっこんでろ二足歩行猿!」
「おいおい、疲れてるのか? まあグロ画像見る様に冷静になろう。そんな煽り文句を言って相手を怒らせてどうする? 確かに熱心なのは良い事だが、大人なら感情論でネットにクレーム上げる様に撃っちゃるよりも、鋭く刃の様に粛々と語るべきじゃないか? 場の空気を呼んで口を慎むのはメリケもヤパーナも同じだし、少なくともメリケじゃ餓鬼みたいな炎上より論理的で理性的な語りじゃないと見向きもしないよ。悪いと思う相手をぶん殴ってスカッとしたり、その場限りの強い台詞を言って好い気になったりも、まあ少年漫画や匿名の世界ならいいだろう。だが大人なら、ソイツは少し幼稚じゃないか? そんな事やったって、理性的な奴には『うわ気持ち悪いな』としか思われんぞ」
「何だ、猿かと思ったら黄色い猿か! そんな奴は『NO!』も『自分の意見』も言えないまま、居心地の悪いその場限りの愛想笑いを浮かべてろ! 捕鯨や9条で騒いでろ!」
「そう言えばあの問題もすぐ話題にならなくなったよなあ。9条改正反対デモも所詮は流行に乗った安保闘争と変わらない、騒ぎたいだけの魔女狩りだったか。まあぶっちゃけあんなのは戦時の戦争映画よろしくメディアが視聴率の為に面白可笑しくでっちあげた噺を自分で考え着いた思想だと思い込んだ駄呆げふんげふんいや愛国心は素晴らしいと思いますその愛の炎が御国を錬鉄するのです平和なのは良いですが学生運動も出来ない腑抜けはどうかと思います燃えたよ燃え尽きた真っ白にな。
つーか東の島国だってメリケから見れば西洋だぞ。なら手前は味方にするべき奴にまで噛みつく狂犬病……あー、じゃなくて、どうしてそう喧嘩腰なんだ、何故すぐに卑下するんだ、相手を論破して打ち倒して勝てればそれで満足なのか? まあそれも悪くないが、もっと仲良くしようぜ。また別の発見があるかもしれんだろ。有意義かは解らんがな。けど田舎を未発達扱いする進化主義じゃあるまいし、そんなに自分に自信があるのか? 悪口を言うにしても、どうせなら他の奴らが聴いても面白いウィットの効いた奴がお勧めだな。例えば『パイアグラ使ってもその程度か? まるでシメジですな。お前の尻尾みたいだ』的な。ストレートに言うのもいいですが、ピリリとしたジョークを混ぜるのが頭の良い風刺であって、まあそれには相手も頭が良くなければならず万人がそうというワケでは、ってあーそうでもなくて……じゃあ、妥協案、切り傷は肌に残るから、殴るのはどうだろうか。拳骨三発、いや五発でどうだ? 無論、死なない程度にな。それなら良し」
「そういう問題じゃねえ! 解らず屋はどっかいってろ!」
「解らぬ屋どうしが喧嘩してら。ならば此処は一つ、態度で示してみるとするか」
そう言ってケイはホシフルイを「雅伸」と十mはある梯子の形に成り伸ばし、支えの無い地面に立てた。するとそれを「ハシゴのぼり(ピーター)」よろしく駆け上がり、その上で片手人差し指で逆立ちしてこう叫んだ。括目せよ、コレが東方のオモテナシ!
「どーもすいませんでしたあああああああああああああああああああああああッ!!!」
それを見ていた者達は拍手した。子どももまた「ポカン( ゜∀゜)」と見る。これぞジパングに伝わる伝家の宝刀「DOGEZA」である。力強い球を投げる時はしっかり土を踏みしめる様に、DOGEZAは謝罪の気持ちを獅子の如き体勢で身体に込め頭を振り被る要領で相手に向かって脳内の謝罪力を発射する大技だ。それをこんな空中技にしようとは。いやそれ以前に素直に謝るとは素晴らしい心意気がけじゃないか。例え敵でも格下でも礼節と敬意を持って接するのが大人の作法です。まだまだ俺達も捨てたもんじゃない。本物の「YAMATO\^p^/SOUL」が、此処にはあるのだ。
「いや単に技を魅せびらかしたいだけだろッ! つかそれ『DOGEZA』違う!」
「すまない、自尊心と芸人魂がつい……」そう言ってケイは逆さまのまま梯子を縮ませ、前転して梯子を銀の腕輪に戻して地面に降りた。いや、別に彼はふざけたワケではない。ただ普通に謝るのはツマラナイと思っただけだ。ほら、よくある料理ベタ系ヒロインにある「隠し味云々」って奴ですよ。可愛さ余って憎さ489(シバク)倍。「やれやれ、謝罪じゃダメですか? まあそうだな。メリケじゃ弱い所を見せたら負けだ。ちと悪で暴力でもマッスルなジョックの方が女も濡れる。素直に自分の非を認めるよりも、相手に非を認めさせる方が実行力のある良い人間だと見なされる。それとも銃社会のこの街じゃ、手錠(BAN)より先に鉛玉(BANG)という事ですかねえ?」
「謝罪自体が悪いワケじゃねえ! 前提が違うんだよ! 手前が此処で謝ったって、それは我慢している謝罪なんだよ! 俺を正当化しようとする謝罪なんだよ! だが俺は既に正しくて、コイツは悪者だろうが! なんで俺が悪く言われなきゃならんのだ!」
「そりゃお前、その恐竜顔に文句言え」
「お前も見た目で判断すんじゃねーっ!」
「冗談。だがそれ故にアナクロ。見なさいよ」と、ケイは両腕を広げて見せた。それと同時に蜥蜴も気付く。誰も何も言ってこないという事に。それどころか、闘いが始まるのをワクワクさえしていた。映画を見る観客の様に。「此処が何処だか知ってるだろう? 世界を照らす自由が見守る開拓と力の黄金郷。今や正義も悪も一緒に莫迦騒ぎだ。誰が正しいとか悪いとかそんな中世染みた裁判は時代遅れで、ましてや二元論で語れるほど現実は簡単じゃない。虚無と神、陰と陽、死と生、闇と光、アルケーとテロス、ミュトスとロゴス、0と1、その境界をたゆたうのが俺達だ。そりゃ、自動販売機の飲み物は『あたたか~い』と『つめた~い』しかないけどな」と言って一人笑う。ケイはそれっぽい台詞を言う中にもそんなコミックリリーフを忘れない。「応、謳、殴ッ! お前さんの言い分も解りゃあす。こんな童子に莫迦されたら怒髪天、私だってキレゃあしょう。しかし天が導き給うには、私はコッチで、お前はソッチ。小難しい事は関係ない。相対するにはその事実だけで、あっ、じゅうぅぶんよぉ」べべん、とケイは勿体ぶった台詞回しで、くつくつ笑いながら棒でゆっくり振るった。名乗り口上・変身シーン・必殺技の宣言に始まり、ヤパーナANIMEの原点は傾奇であると言えやせう。「ま、アレだな。『どっちにツく?』と問われたら、迷わず『オンナ!』と言う私です。おっと、『ツく』と言ってもエロい意味ぢゃあないぞ。お前の言い分がどうであれ、ましてや俺が悪でお前が正義であれ、お前が刃を向けるなら、コッチも刃を向けるという事だ。それが生存本能だ。そうだろう? それでもまだ斬るっていうのか?」
「手前の言葉通りだよ! 俺は尻尾を斬られた! なら、その餓鬼の指でも腕でも首でもいい、一本斬り返さなきゃ気が済まねえ!」
「藪蛇だったか。これだから台詞の多いキャラはイカンよね、相手を金色にプッツンさせちまう。負け犬の遠吠えよろしく、莫迦な奴ほどよく喋る。――ああそうかよ。時間を掛ければコーヒーの様に冷静になってくれるのかもしれんが、仕方ない。生憎、お前にとってはメインイベントだが、俺にとっちゃサブイベントでね。そういうのなら、僭越ながら俺が相手をさせてもらおう」
「カッ! 二足歩行の毛の無い猿如きが、産まれながらの戦士である蜥蜴に勝てるとでも思ってんのか!?」
「『意地が在んだよ、男の子には』、ってうわヤバ、これ死亡フラグ。まあそこを『運命の打破』するのが主人公。ま、兎角、やるならさっさと掛かって来い。やるのか、やらんのか、それとも俺のお説教をまだ聴くか? 喉が枯れるんだ、さっさと決めろ。『You ain't heard nothin' yet!』『Hurry hrrry hurry!』『Go ahead, make my day?』」
そうケイはあからさまに挑発した。蜥蜴はそれに眼を背けることなく怒りを表す。
「ぐぐぐ……チクショウ、ドイツもコイツも莫迦にしやがって!」
「詩人曰く、『苛立つのを 近親のせいにはするな なにもかも下手だったのはわたくし』」
「うるせえ!」
「また十に曰く、『人の違うことを怒らざれ。人皆心あり。心おのおのの執れることあり。かれ是とすれば、われ非とす。われ是とすれば、かれ非とす。われ必ずしも聖にあらず』」
「うるせえっての!」
「またまた月の女王曰く、『…それもラブ …これもラブ』」
「だからうるせえっってんだよ衒学屋! そんなに言うならお前から先に斬ってやる! 名を名乗れ! 俺は【大蜥蜴】ゲローラ・デド・ドラジール!」
「わたしはきどりやのクラウン。きょうもあいてをえらばずけんをふります。……なまえ? チェイス・ジッポ・くらうんとでもいっておきましょうか…ッ!」
「いいだろう、チェイス! なら尋常に勝――何、チェイス? 駆乱芸?」
その名乗りに蜥蜴はふと我に返った。そのハンドル、何処かで聞いたような……。
「応啓(OK)! ならば戦闘開始だ、レフリー、〈CALL〉!」
《YA! CALL IS ACCEPTED.LET‘S START“CHASEVS DD”.DO YOU SET? RDY……GO!》
しかしその疑問は実を結ぶ前に、響いた言の刃に断ち切られた。
――帽子をさらりと雅びに投げ出し、
――足手まといの大きなマントを、
――しずしずここにかなぐり捨てて、
――抜けば玉散る氷の刃。
――伊達な姿は、かのセラドンか、
――素早い素早いスカラムーシュ、
――耳かっぽじって、聞けや、ちび助、
――反歌の結びで、くさっと参ろう。
「謳え、ホシフルイ! BGMは『The Decisive Battle (otono)』! お前の星を魅せてみろッ!」
――WA! WA! WAAAAAAAAAAAAAAAAAAAR!!!
ホシフルイがケイの感応に従って高らかに開幕咆哮、心理動作を作動原理とし力強く駆動演技、白銀の腕輪が「牙伸ッ!」と伸びる、心が物理的な刃と成る。ロボットアニメの変形よろしくどういう構造かは解らんがともかく何やかんやでたちまちケイの身長程の長さを持つ一振りの槍に展開する。そしてどかどかと遠慮する気は微塵なく槍をバトンの様に回しながら走ってくる。デドは意識を戻して剣を構えた。
若いと言えど、リザードマンは優秀な戦士である。鱗は硬く、意志は強く、蜥蜴よろしく地を這うような戦法は独特だ。膂力はただの人間を大きく上回り、知力も引けを取らない。故にデドはこう思う。何、焦ることはない。あんな人間族、軽く蹴散らしてやる、と。故にケイとその刃を交わした時、デドは少なからず驚いた。この人間族、なかなかやる。
「――っるあああああああああああああああああッ!」
待った(フェイント)なしの猪突突進。息を吸って、止めて、大きく叫んで己を鼓舞し、ケイが剣にしたホシフルイでデドに向かって突っ込んだ。デドはそれを盾で受けるが「質量×速度」の法則で押し込まれる。運動量と運動エネルギーの違いは「活力論争」でも御参照。両者は衝撃と共に地面を滑りカメラ内から逃走。ケイはそこからデドの身体ごと弾いて距離を作る。すかさず気合一閃、踊り廻る、反時計回りに三回転分の遠心力と跳躍分の速度を持ってケイが槍を薙いできた。デドは左から来たそれを盾で受ける。だが容易くは受け止められない。この槍の刃にはそこから直角に生えるもう一本の刃があった。いわゆる戈というものである。それが鎌のように盾を乗り越えて来るのだ。ケイがその反作用を利用して跳ね返るように逆円を描く。それもまた盾で防ぎ、ケイもまた更に逆円、と思いきや脚を狙った払い。それをデドは跳んでかわす。ケイは回転そのままに一転しそのままデドの横腹に振るい、それもまたデドは盾で受け止める。デドはそのまま盾を受け止め、滑らせながら素早く接近、更に盾でケイの視界を防ぎつつ、その背後からケイの喉元を剣で突く。それをケイは上半身を逸らして右横回転で躱し、下から這う様に逆手の石突で小手を狙う。この槍には石突にも刃がある。それをデドもまた柄頭で防ぐ。ケイはその体勢のまま再度石突で腹を狙い、これをデドは盾で落とし剣でケイの首を狙う。しかしそれがケイに屈んで躱され、同時に右から払いが来た。それをデドは後退して避けるがケイはそのまま回転し連撃。デドは回転の隙間に刺し込もうとするが、怯んだのか勢いが足らず、結局、中途半端な形で盾で防ぐ。デドは思わず盾で防ぎつつ後退するが、ケイがそれで出来た距離を詰めると同時に鋭く突いて来た。それをデドは剣で叩き落とす。しかしそれは餌。叩き落とされた反作用を利用し気味に左回し蹴り、それを後退して避けるがケイは回転を止めず一転して槍をしなる程ぶん回す。それを剣で受け止めるが勢いに乗った槍に弾かれた。ケイが立て続けに繰る槍を急いで剣で防ごうとすると、それより速くケイの脚が出だしを防いだ、握り手を足裏で蹴飛ばされる。体勢を崩された。そこにくる大振りな縦の振り。それを更に剣で防ごうとしてまた弾かれ、その次の手で槍で剣を地面に押さえ付けられた。そこからケイは何と、初めからそういう機構なのだろう、槍を真ん中で二つに折って三節混のようなものにし、片方で剣を押さえつつもう片方でデドの頭を狙った。剣は使えない。だがデドはこれを盾で防いだ。続いてケイは打った槍を力点にしてデドの頭を跳び越え位置を入れ替える。その入れ替える間にもケイは片方の槍をデドに向かって打っている。それも盾で防がれている。ケイはデドから距離を取った。それをデドは追撃する。だがこれも餌。ケイは素早い撤退から急停止、腰を落として反転し、二槍の槍を一つにしてデドに向かって槍突いた。いきなりの停止にたたらを踏んだデドは体勢を整えられない。しかしそこは「敏駆」、疾いのだ。盾を避けた槍は剣で弾かれて終わる。しかしそこから更に追撃の多段撃。腰を落とし自重を置き、連続で槍でついて来る。力点のしっかりした槍の一撃一撃は重く速く、しかしそれ等をデドは立ち位置を動かさず剣と身の捻りだけで受け流す。だが流石に厳しいか、盾で防ぎつつ距離を取った。そこをケイが追撃し一振り二振りと大振りの薙ぎ。更にそれを防ぐ盾を蹴られ後ろに押された所にダメ押しとばかりに投げ槍してきた。槍はやはりとばかりに盾に防がれ弾かれる。ケイはソレを宙で受け止めて上から下への大縦斬、それを盾で受け流すが、返す下から上への大逆縦斬、その勢いを殺さずに一転二転三転と続いて行き更に突きへ、と移行したところでデドが剣で割り込む。ケイは思わずそれを槍で受け止める。そこからデドは剣を滑らせ、ケイの右の持ち手を狙う。それをケイは手を離して回避したが、更にデドが多段撃、ケイはそれを腰を落とし柔軟な体制で迎え撃つ。槍の持ち手は動かさず、槍の尖端だけを向けるイメージ。デドの斬り裂く素早い剣戟はケイに槍の穂先で弾く様に受け流される。そして何時の間にか一転、先と同じようにケイに連続突きを食らう形に成る。十度目の突きでケイが突きから足払いに変えてきた。それをデドは跳んで避け、そこを狙ったであろうケイの突きを敢えて無視し、それよりも速い速度で唐竹に斬る。ソレを身体を横に逸らし避けられ、反撃の腹突。盾で防ぎ逆に腹突、更に腹突。一度目は槍で受け流され、二度目は回避、ソレと同時にまた腹突。コレをデドは剣で流し首切、屈んで避けらるが更に足払い。ソレを大きく後方に跳躍して避けられ、デドとの距離を取った。まるでアクション映画のカンフーの様だった。動き回る格ゲーの様だった。そしてそのまま両者とも睨み合い、と、突然ケイが大きく息を吐いた。短距離を全力疾走した後のような息遣いである。しかしそれは二、三度だけで、慌てて息を張り詰める。
無理もない。時間にして十秒あるかどうか、だがずっと激流の河に潜るような濃密の時間である。集中力が切れるのも無理はない。そこでは攻撃の流れは間髪入れず、練れば練るほど色が変わり、1秒が1時間に寸断される。汗がぼっとり1kg出る。体重がごっそり十kg減る。アドレナリンがどっそり百t溶ける。なお一般人が一kg減らすためには食物の消費と摂取の差が約7千kcal必要とされる、それは単純計算で十kgなら7万kcal、つまり大体カ○リーメイト(チーズ味)7百本分くらいである。少なくともケイはそんな心持ちだ。人間の集中できる時間など勉学でたかが十五分かそこらと何かの研究が言っていた。それが休みない命のやりとりとなるとそれは二乗三乗の加速度で神経をすり減らすだろう。そりゃシマウマだって寿命減る。だが、だが、だが……。
だが成程、コイツは出来る。とデドは感じる。しかも是は自分の持つ武器の特徴を解っている。アレは槍というものだ。長物の長所を良く生かし、一定の間合いを取り、堅実な闘いで相手を鈍らせ、崩れた所を一気に突く。しっかり腰を据えて相手を見て、相手と自分の刃圏を把握し最小限の動きをする。あの武具は己の世界にもある。突く、薙ぐ、斬る、叩く、投げる、線、面、と思えば鋭い点、大きく槍を振って揺さぶりを掛けて行き、隙をついて一閃を突いて来る。時の英雄はよくアレを使ったもので、この世界でもそうらしい。尤も、最近の奴らは剣の方が主流なようで、己の世界もそう変わらないが、兎も角。コレはただボタンを連打すれば勝てる様な闘い方ではなかった。そこには確かな技術があった。
それに疾い。ただ脚が疾いだけではない。天多ある子どもの読み物の様に、ただ疾いだけではない。第一によく動く。守りに徹した型は硬くも、一度動けば縦横無尽。上下左右の動きは軽業師のように目紛しく、しかして自身の体重を塊として撃ち込む刃戟は鉄塊のように重い。中々の体力だ。第二に頭が回る。疾いという事は、それだけ交差時間が短いという事。視界が定まらないという事。だが相手はその短い交差の中に技を放ち、的確にコチラを捉えている。武器をただ闇雲に振るうだけでなく、己の身体の一部として、体重を伝わらせて振って来る。獲物だけに頼らない武術を交えた多様な攻撃は、なかなか鋭く、なかなか強い。
(いや違う)
と、デドは内心で頭を振った。自分が「なかなかやる」と思う点はそこではない。ただ強いものなど何処にでもいる。力が強く、身体が硬く、技術が鋭く、足が速く、運に恵まれているものなどざらにいる。それこそ、神話の世界なれば有象無象だ。だが彼奴にはそれ以外のものが在った。
つまり彼奴の動きには意志があった。粗暴な言動とは裏腹に、その手腕は丁寧だった。感性や直観といった曖昧なものではなく、意味なく力を込める事も考え無しに刃を振るう事もない。確かな力と技術があり、それを使い闘って来た経験があり、それらに基づいた確固たる哲学があった。無形でありながら目標を定めて描く軌跡。その刃には、はっきりした自覚と理由、信念があった。
(あるいは、誰かに手本された教え)
だがデドはそれに劣らずも増している。敵意の雨の中にワザとらしい穴が四つ。真正面はもちろん技、その二つ隣も罠、その上方も左も罠。その下方はもやはり罠だが、展開が遅すぎる。欲張りすぎだ、柵師が柵に溺れている。しかしケイもソレは解っていた。だから殊更下に気を配った。そして同時にそこをついて、敢えて真正面から来ることも解っていた。そして実際、デドは真正面から入った。それは予想できた事だった。だが予想していても、防ぐ事は出来なかった。罠の通り道は進む程に狭くなる敵意の檻だ。其処に入れば四方八方から相手の刃が牙を向く。しかしデドは更に加速し、罠が発動する前に駆け抜ける。それでもケイは慌てて攻撃を開始する。だがまるですっぽ抜けてている。上、右、左、下、可能性のある斬撃線を瞬時に読み取られ、デドは剣をケイに伸ばす。だが此処であろう事か、相手は抵抗する事を諦めた。その結果身体は力を無くし、重力に従ってすとんと落ちる。あまりに水平なデドの視線はそのケイの動きに気付けない。その顎を目掛けてケイが下から上に穿つ。だがそれをデドは死線を合わさずに当て感だけで盾で防ぐ。防いでいる間にデドの剣。ケイがソレを石突で受ける。その交差は滑らかに繋がっていく。交差、交差、交差、交差、十何度目の交差はデドが下でケイが上。デドはケイの槍を勝ち上げて、相手の手から放り出した。そのまま返しで叩き斬る。だがケイが「SNAP」と指を弾くと槍はデドに向かって自動で伸びた。デドは驚いて盾で防ぐ。が、その隙に上へ向いた盾を潜ったケイの右ストレートでぶっ飛ばされた。身体に拳が叩き込まれる。だが無事だ。衝撃の前に後ろに退いている。ケイは攻撃を休めず、落ちてくる槍を受け止めデド目掛けて走る。デドはその頃には態勢を整えて、距離と速度を計算し剣を逆袈裟に斬る。それをケイはリンボーよろしく上半身を逸らせ避け、滑るようにデドの懐へ入る。そして槍を身体に捻じ込み、は無理だった、これもまたデドが盾で防いだ。
一手足りない。デドは常に防御を考えて剣を振る。当たり前であるが、武器を攻撃に使えばその瞬間はその武器は防御に使えない。そして長物や射撃でない限り、攻撃する為には相手の攻撃圏内に入らなければならない。詰まる所、相手を攻撃できるという事は、自分もまた相手に攻撃される可能性があるという事だ。是は考えてみれば当然の事なのだが、相手を殴るという奴としばしば是を忘れている。だがデドは常に盾を構えている。常に防御を考えて攻撃する。デドの剣を回避しても、その身体まで至る事は困難なのだ。
それはまさに相手を倒すための技術だった。人を殺すためだけに造られたような兵器だった。だが、そんな人殺し道具は別に兵器だけの特権じゃない。猫の爪や犬の牙だって獲物を殺すために在る。人間だけが特別な顔をするんじゃない。ソレと同じように、己が正義を貫く為に在る兵器である。
叡智と哲学と思想の結晶を研磨した素晴らしき殺害道具である。その良さを分からん者は、殺害が悪と断じる由来を知らずに虚しく戦争をやるがいい。
デドはすぐさま反撃する。剣を逆手に持ち突き刺そうとするが、後転して避けられる。順手に持ち直し、其を追って腹、足、腕目掛け剣を振る。四度目の逆袈裟を槍で受けられる。だがその攻撃に槍手であるケイは手応えを感じなかった。それに訝しむと同時に、デドは剣を滑らせてケイと擦れ違う様に身体を槍の内側へと滑り込ます。ケイはゾクリとして思った。抜かされた! 不意に足場が崩れた様に力んだケイは前へと身体を倒し、デドは千切れた尻尾で足を狙う。これが当たればケイの身体は宙に浮き完全に死に体となり、地面に倒れる前にデドの刃がケイの首を断つだろう。だがデドが蜥蜴ならケイもまた猿、野獣の如き直感で生と死の接点である尾を眼で見ず勘だけで跳んで避け、おまけに跳びながら連蹴りを放った。だがデドもまた盾で防ぎ、押し出され気味に飛ばす。追ってデドの刃が迸る。着地の硬直を狙った横腹右薙ぎ。これは難しいぞ。しかしケイは着地した身体をそのまま沈ませソレを頭上ギリギリで避ける。続けて振るわれる斬落は身体を捻りながら己の身体ごと跳び越えられ、刃は縦半回転してデドの後頭へ。が、何という身のこなし、柔らかい、デドは重心を変えず上半身だけでソレを避け、返しの刃を撃った。ソレをケイは何とか防ぎ、ソレの威力を利用して跳ね上がり、一先ず距離を置く事にする。
「Huhhh、どうしたどうした『トカゲの騎士』! サルに負けるとは片腹痛いぞ、『ミミズだと思ってつかんだのがヘビのしっぽだった。だからビビってるのか?』」
そうケイはケラケラ笑う。しかしそれはハッタリだ。だがトカゲは丁寧に静かに応う。
「ヘビ? Huh。だったらその足を斬り落としてやろう」
「藪蛇だったか。だがな、俺はただの蛇とは一味違うぞ。何せ此方とは、点睛と共に駆け上がる【りゅ」そこでケイが台詞に詰まる。眼を見開く。続きを忘れた様に。しかしすぐさま「Huh!」と笑いニヤリとする。「道化師さっ!」
ケイが突進して気味にデドに当たった。刃を振り被らない、けれども体重の乗った、鋭くも重い突き。だがこれも容易くデドの盾に阻まれ――しかしその前に「Rose Rose!」と槍が薔薇の様に怒めきずった。身体から生えた棘が蔦か触手の様に伸び盾を迂回してデドに迫る。不意打ちだ! しかし遅い。ホシフルイは心の刃、星の剣、核たるケイから離れれば光は弱まる。デドは後退して避け、伸び切った棘は難なく伐採する。伐採できる程に脆かった。ケイは「チェッ!」と舌打ちする。彼自身、土台、上手く行くとは思ってない。だが変幻自在のホシフルイを見て、観客の「ああすればいいのに」と言う目付きが癪だっただけだ。普段は自己満足の吐き出し口な虚仮ティッシュを気取るくせに変な所で律儀なのは、果たして何の悲しきSAGAなのか。槍を元に戻して距離を詰める。
一見するとデドが優勢な様に見える。そして実際、優勢だ。武器を持つ事を選んだ人間と、生身で野生を生きる事を選んだ蜥蜴とでは、眼で見える身体能力の開きがある。ならば知識で優れれば、という事も出来はしない。知能と身体、その両方を兼ね備えた者が一流の蜥蜴戦士なのである。故にケイがこのまま負けても仕方ない。そして実際、このままでは負けるだろう。故にデドはケイを見て思う。ふむ、やはり中々やる。
広く冷静な視野、大きく揺さぶる運動、それを支える体力と発条、徒手空拳を交えた連撃、体勢を崩してまで避けるのならば傷の一つや二つ負う度胸。痛みを受けるのを恐れず、また痛みを与える事を躊躇わない。よく練られていた。鋼の様に、堅くもしなやかだった。それでいてその高い技術と力をひけらかす気取り屋ではなかった。先までの横暴で冗長な言動とは打って変わり、舞台に上がれば精心一到、その演舞は最短距離を目指す光の様に洗練されていた。無駄な動きがほとんどない。今時のランナーとかいう傾奇者どものような、不味さを誤魔化す外連味の奴等とは俺は違う、という事が伝わってくる。
ふっ、解る、解るぞ。見た目ばかり気取った今時の若者は実に駄呆だ。実がないのを隠してチープなスリルを楽しむような、無駄に飛んだり跳ねたりする奴などクソ食らえだ。動かせばいいというものじゃない。戦士に過剰な技や無駄な演出は要らぬ。ボォドゲェムの様な最善手! 鍛え上げられた技と知恵は、それだけで美しい。磨き上げられた古典曲は、鼻歌でできるような量産歌とは違うのだ。オママゴトは「あにめ」や「げえむ」の中だけでいい。本物の闘いを知らぬお子様は、「まんが」で感動してればいい。そうだとも。あんなお遊び、命をかけた場には不真面目にも程がある。俺は大祭害など御免だ。アレの所為で故郷から離れ、家族から離れ、まるで金を恵んでもらう難民だ。だがそんな大祭害にも一つだけ良い事がある。月並みだが、この瞬間だ、面白いと思わせる奴に出会わせてくれた……この瞬間だ!
丁丁発止。更にケイとデドの刃が打ち鳴らされた。互いに弾かれ、さらに交差。衝撃は鼓動、音は血、火花は研磨される魂の残滓。痛み。熱。鋼を撃つように、楽器を奏でる様に一合、二合と高音が鳴る。鳴るたびに音はその質を増していき、増していくほどに観衆の歓声は湧き上がり、湧き上がるほどに両者の太刀筋が重く、早く、鋭くなる。その度にデドの頭は冴えていく。もはや先までの怒りは無く、舞台の剣戟を楽しんでさえいた。
何十度目だろうか、デドの盾がケイの刃を防いだ。刃は弾かれること無く盾に押し込まれる。音が軋み、鍔迫り合いのように力を込める。力を込めたまま、デドはさり気なく盾の陰に顔を隠した。そして深く息を吸い込み、肺一杯に溜めこんだ所でほとんど腰を落とさずバックステップ。後退させる事を気付かせず、盾に刃を押し付けていたケイは無理矢理前に押し出された。スカした。思わず体勢を崩される。その隙、その瞬間を狙ってデドが勢いよく息を吐いた。吐いた息に火炎がひりつく。「ブレス」である。魔法や超能力ではない、術でも技でもない。呼吸と同じ、生まれ持った身体機能であった。
巧い。完全な不意打ちだ。
しかしケイは落ち着いてなすべき事を実行した。体勢を立て直す事を諦めて、ホシフルイを地面に刺す。その先が勢いよく伸びていき、持ち手のケイを後ろに押し出した。その勢いのままケイは高く後方に回避し、デドの火炎の息を逃れる。そしてホシフルイは、火炎くらいでは物ともしない。
デドは不意打ちのつもりだったが、ケイはつい最近、巨大灰泥との闘いでそのような技を食らったので身体は敏感に反応したのだった。だが余程その技がとても印象深かったのか、少し不恰好なビビるような避け方だったが。
だが今やデドは冷静さを取り戻していた。意識は戦士たるリザードマンのソレだった。身体は熱く、心は静かに、力を込めて、しなやかに。深く気負わず集中していた。それは同時にケイの強さを表していた。鋼を打つように目が覚めた。その事に蜥蜴はニヤリと笑った。久々に楽しい闘いが出来そうだと思って笑った。そしてデドは次こそは仕留めるとでも言うように、舌なめずりするように細長い舌をチロリと出し――
「と、シリアスなシーンのはここまでです」
闘い開始から三十秒も持たなかった。先までの真面目な雰囲気は何処へやら、ケイはあっけらかんとそう言った。その余りの変わりように、デドは間抜けた表情でこう言った。
「は?」
「つつがなく爆散してくれ」
それに対しケイは笑った。裏では全然笑ってない能面だった。
事実、その笑顔はすぐに不敵な笑みに早変わりした。それと同時に「牙身ッ!」とホシフルイが音を立てる。どういう構造になっているのか、明らかにそんな変形出来ないだろうにいともたやすく行われるスーパーロボット変形のようにみるみるその姿を変えていく。そして現れたのはあんまりな兵器。火薬や圧縮ガスにの噴出により推進力を得て自力で飛行する爆弾。平たく言えば擲弾発射筒であった。
「『これで終わりだ! インディグネイションッ!』」などという掛け声と共に爆弾が飛翔した。デドは慌てて回避行動。狙いを外した弾はデドの後方へ飛んで行き、「あ、ミスった」
ケイがそう言うと共に先まで見物していた観客を吹き飛ばした。どがーん。
「うわー何するんだコイツ!」「正気かお前!?」「死ねボケー!」
「んだとゴルァ! コチラとら手前らの為に闘ってんじゃねえんだよ! 観客席なら巻き込まれないと思うなよ! そんなに傍観者に成りたいんなら部屋に籠って新聞読む爺さん婆さんよろしくよくも知らずに正義面して『最近の子どもは怖いわねえ』なんて言ってやがれこの駄呆がーァッ!」
トリガーハッピーは悪びれるつもりもなくドカスカと続けて爆弾を放り込んだ。何処からそんなにも爆弾が出て来るのか、弾は尽きることなく発射される。しかしそれに負けじと先程まで観客だった群衆もまたケイに向かって殴ったり叩いたり切ったり撃ったりする。そしてほんのり豚の焼ける良い匂いがする。魚の焼ける良い匂いもする。
先程までの真面目な闘いはさっぱり崩壊し、今や阿鼻叫喚の乱闘騒ぎ。戦闘はパンク・ロックよろしくスプラッターコメディーとなっていた。
そんな滅茶苦茶な戦闘の中、デドは先祖返りしたかのように地面を這った逃げ回る。逃げ回りながら頭にもやもやとしたものが浮かんでいた。こんな辺り構わず周囲を巻き込んだ莫迦莫迦しい闘い方をする奴を、何処かで聞いたことがるような……。
「あ、思い出した!」と同時に立ち上がった。「お前あの【黒金】の〈ドラ」
後の言葉は目の前に飛んできた爆弾によって吹き飛んだ。無論、デドも。
「ハッハー! 幾ら類まれた運動能力が在ろうとも、幾ら精錬された武術が在ろうとも、火薬と銃には勝てんのだ! 貴様はこの俺に負けたのではない、この回り往く世界に負けたのだ! 消えろ時代遅れ!『I love the smell of napalm in the morning!』『Say hello to my little friend!』見ろ、人がゴミの世」
『Beeeeeeeeeeeeep!』
ピッピー、と笛の音が空に響いた。ソレと同時にケイが止まる。他の暴徒と化した民衆も止まる。その理由は警察が来たからだった。
と、ここでこの舞台の用語を説明する時間を十行欲しい。人魚が「上半身人間+下半身魚」という様に、特に注釈が無い限りこの舞台で「人獣」というと「人+x」という人間主体のケモノを指す。いわゆるケモ耳やケモ尾。少なくとも頭は人。これが「獣人」になると逆になり獣も獣、頭は獣で身体は毛や鱗が生え爪や牙や嘴も出来る獣主体、「クララが立った」という意味になる。いわゆるアンソロ(ただし彼らもこの世界では歴とした三次元存在、ならばズーフィリア?)。ただしこれは飽くまでも便宜的で、感受性には個人差があります。そもそも「世界」が「WORLD」「WELT」「MONDE」と呼ばれるようにその分類はTPOで違うだろうし、また見た目は明らかに人間でも中身の元素や分子などの構成成分が違ってたり、獣度の多少や主体の場所や人間の定義は何かなどで変わるだろう(どの動物も顔で同族かどうかを判断しているワケではないだろう。産まれたばかりの雛が人間を見れば、人間を同族だと思うのと同じである)。そして何より、コレは飽くまでも人間を主観とした噺ですので悪しからず。というか、人獣は確かに人間が主体に見えるのでまだしも、獣「人」というのは如何にも人間中心な思考回路だ。人間を真似したわけでもあるまいし、ただ単に進化の過程で二足歩行して言語や文化を得ただけなのに、まるで人間の後追いみたいに人間と一緒くたにされても困るだろう。なので「『獣人』ではなく『半獣』というべきだ」という論があるのだが……それだと逆に二足歩行なのか解らなくなる(例えば、人間の姿は全く関係なく、鳥の頭と猫の身体を半々に持った、混血した合成獣の場合もある)ので、やはり獣人に落ち着いている。論より証拠、論より実なのである。まあつまり、「あなたがそうだと思うものがファーリー(ケモノ)です」云々という奴である。いや、あれは定義する事を笑っているので、「という奴」だと定義したら本末転倒なのであるが、まあ兎角。なお、特に注釈がない限り獣人も人獣もその他の人間っぽい虫や植物や鉱物も「人間」で一括りにしています。また人外は「者」とし、人間は「人」としています。特に「この世界出身の人間」を示す場合は「人間族」と書かさせて頂きますのでご了承頂候。アレ、二十三行だった。次で二十四行。まあいいや。兎も角、はい、閑話終わり。ご清聴、ありがとうございます。
で、コレは獣人。何処からどう見ても犬だった。犬のお巡りさん(CORD)だった。身体は大きく意志は硬く、力もただの人間族であるケイよりもすっと強いだろう。というか基本的に、人間族よりも獣人族の方が直進的な身体能力はずっと高い。
「乱痴気騒ぎなら闘技場でやりなさい。他の者達に迷惑だ。特にそこの莫迦」
「『You talkin' to me?』」
「アンタが一番派手だからな」
「これは決闘ですよ?、ミスター・ティップス。レフリーに許可も取ってある」抗議するようにケイが言った。「熱い闘いだった。それで火の粉が飛び散って文句を言うのは、明らかに警戒色を発している蜂をひっつかんで『刺されたから駆除しろ』何て言ってるのと同じだと思いませんか?」
「どんな理屈を言おうがお前が迷惑をかけた事実は変わらん」流石の治安維持組織である。お巡りはケイの軽口にサラりと対応して魅せた。「そして我々は黄金狂世界とは『別物』だ」
お巡りさんは別物と協調して言った。実際、現界政府と黄金狂世界は協力していると言っても別の組織である。外面は手を取り合っても内心何考えてるか解らないというのは、何処にでもある噺であろう。どれくらい違うかというと、飲み物のコーラとペプシくらい違う。そして刑事ドラマの本庁と所轄くらい仲が悪い。世間一般の認識では、現界より(保守派・法規的・私達はお客さん)の価値観が界連、異界より(改革派・超法規的・俺達に任せろ)の価値観が黄金狂な感じ。
殊にメリケは複数の州法からなる連邦共和国の合衆(×州)国……現界連合が世界統一機関となり公式・非公式を問わず全ての警察も保安官も軍隊も取り込んだが、細々とした設定は州や国によって違うのが大人の事情という奴である。その自治意識と云ったら上司も自分の管轄内の法執行機関さえ把握してない程だ。先進国の定義とは何なのだろう。しかしそれはそれで良いのだろう。愛国心のないものに世界など到底任せられないだろうから。それが更なるいざこざの種になろうとも、「…それもラブ …これもラブ」。
そう、これらの設定は飽くまで一般的である。細かい法を連々並べると場所によって「市内で核爆弾を爆発させたら500ドルの罰金」飲酒運転を発見されたドライバーは国軍一個分隊の砲撃により処刑される」「エンパイアステートビルからの飛び降りは死刑」「セメントを飲むな」「日曜日にアイスクリームのコーンをポケットに入れて歩き回ってはならない」「豚に『ナポレオン』という名前をつけてはならない」「夫に先立たれた妻を日曜日にスカイダイビングさせてはならない」「女性は商売でないなら公衆の前でトップレスになっても良い」「近親相姦による結婚は合法とする」「ヤマアラシと性的関係をもつことは違法である」「いかなる車も後部座席にゴリラを乗せてはならない」「キリンを電柱につないではいけない」「ロバをバスタブで寝かせてはいけない」「性交をする場合は正常位のみが合法である」など色々ある。誰向けですかねこれ?
しかし何より、現界連合は各国籍を問わない集団であるが、何も仲良しごっこで超国家をやっているとは限らない。そういう者もいるだろうが、むしろ「この世界などどうでもいい」という故の、他に興味がない故の軋轢の無い逆説的な集団なのかもしれない。その真相は本者に訊くがいい……兎も角。
そして警察は法規的である現界連合の管轄であり、大体の者は我が物顔で今の世を力と厚顔で指揮する黄金狂世界がいけ好かなかった。大祭害により既存の常識が通じない今日日、だからこそ短絡的にヒャッハーせず法律を重視しようという声は大きい。それは異界から来たこの犬の獣人も同じである。彼にとっては己世界の世界は全て異界に変わりない。そう現界の側に立とうとした経緯には、彼がいきなり異界である現界に流されて右も左も解らない難民であった時の事が関係しているのだが……けれどもこれは別の物語。
そしてランナーがこれら警察と協力する事はほとんどない。というのも、ランナーは自分達の力で世渡りするのが嗜みだからである。だからケイもまた、仕事上それなりの知り合いや伝手もいるが、基本的にあまり仲はよろしくない。汚れ役や不満を引き受けるのも行政の仕事である。
「全く、この街じゃただでさえちょっとした事で逮捕するっていうのに、今じゃ『Miranda warning』も無しに撃ち抜かれたって文句は言えんぞ」と犬人はぶつくさ言った。そうぼやくのは仕事の疲れと相手に対する心配故である。「住所と名前は?」
「魔女の修行じゃあるまいし……俺ァ家無し親無しですよ」
「なら独房が家で法が親になるかもしれないな」
「じまスか……」
ケイはふとこうなった原因の主を探した。いや、原因と言うほどではないのだが、自分が捕まってあの女が捕まらないのは癪に障る。そう思い辺りを見渡したが、既にあの星霊使いはいなかった。だから星霊使いは友達いないとか言われるんだ、浮世離れ野郎め……。
その挙動をお巡りはどう判断したのか、肩をすくめて言った。
「抵抗はせんでくれよ」
それは「解るだろ?」といっているようであった。しませんよ、とケイも両手を上げ「解ってます」というポーズをした。
実際、本当にお廻りにケイを独房に入れるつもりはないし、入れられない。何故ならこんな騒ぎなど日常系だ。わざわざ檻に入れて世話をしてやるほど警察も暇ではない。これは飽くまでも世間体保持、役所仕事、点数稼ぎといったもの。無駄に大事にしなければ、単なるお茶濁しで済むのである。それに、とケイはお巡りの隣に居るソレを見た。
それは何だと子どもに問えば、もしかしたら「昆虫」、あるいは「蜘蛛」と応えるかもしれない。高さはケイの一人か二人、大きさなら九つ分?、乾燥質量で200kg以上、しかしその重さはSFによくある「何たらドライブ」とかいうプロセッサーの廃熱と大気の光音風熱衝原子を利用した反無重力装置で如何様にも変化可能。身体を支えるニンニクのような大きな六対の脚と顔付近に幾本にも別れた神経のような精密作業用の小さな触手を持ち、その顔は身体に比べて小さく、様々なセンサー群と信号が二つ並んだような三対の眼、昆虫らしい触覚がある。昆虫なら羽根の在るべき場所に戦闘用の熊の手のような攻撃肢が畳まれている。これは軍部でも最近使われるようになったナノマシンによって組み替えられる形状記憶武装(SMA)であり、人口ではまだまだ珍しい代物である。光学的な迷彩処理デバイスが起動しているのか身体の表面は蜃気楼の様に文様が揺らめき、じっと見ていると認識がゲシュタルト的に崩壊してくる。また音や熱科学的にも迷彩されており、体表は常に高速振動しているので汚れも防ぐ……とまあ仕様つらつら語ってみたが、要するに鉄とコミュニケイトする感じの某「多脚砲台」、というか「記憶」である。配管工の親父が花を取ったら出すアレである。土木工事機械ではない。
大祭害発生からまだそんなに月日が経たない頃、異界から来た奴らと闘うための兵器が一杯造られたという。ソレは、曰く時代外れな攘夷志士達によって造られた掛け値なしの対界兵器であり、曰く資金と倫理を度外視して造られた破壊兵器であり、曰く左巻きの赤トンボ達が宇宙怪獣と肉体言語する兵器だとか。まあいずれにせよ、どれも誇張か噂である。でも実は現界連合はそんな秘密兵器で構成された軍隊を持っており、懇意にするランナーにそんな武器を横流しているとか何とか。
で、コレはそんな原型をかなり小型化・量産化したもので、デカいものならそれこそ巨大ロボの範疇と成り、血管の様に脈打つ電力ケーブルをツタの様に四肢に纏わりつかせたソレが要求する電力は電磁波に換算するとTOKYOドーム四個分を軽く電子レンジに変える程であるらしい。TOKYOドームってよく使われるけど大抵の人は知らんと思う。
ケイは「どうしようかしらん」と思った。先にも言ったように、真面目に捕まるような事はない。しかし時間を取られるのは面倒だ。そんなワケで逃げる事もまた日常系。なら、どうやって逃げようかな……などと思っていると。
「あー! 犬のお巡りさんだ!」「わんわん! わんわん!」「犬が、犬が立った!」「ほらお手! おー手!」「ちーんちん! Teenten!」
「うわっ、こら、止めなさい、ちょ……尻尾は引っ張るな!」
キャーキャーわーわー。
子どもが犬のお巡りさんを見つけてしまった。獣好きの女学生も集まって途端にお巡りは身動きが取れなくなる。ふむ、チャンス。ケイは子どもに気を取られている隙に逃げる事にした。すり足で離れ、距離を置いたところで一目散に……。
(とその前に)
ケイはこの件の別の原因である子どもを見た。尻尾をかじる子どもである。子どもは美味いのか不味いのか、顔はそれを一切示さず、心此処に在らずといった体で尻尾をかじっていた。無表情で、何も読めない。というより何か考えているのだろうか。
ケイはその子どもに近づき、目の前でしゃがみ込んだ。
「さて、俺が助けてやるのは此処までだ。コレに懲りたらもう悪さするんじゃないぞ」と、子どもの頭を大きな手で力任せにワシワシとやった。「解ってんのか? 全く、ボーっとしやがって。まあいい。兎に角、ソレを返してくれないか」と言ってケイは右手を差し出した。すると子どもはソレをジッと見て、齧ろうとした。「いやそうじゃなくて」だがその頭を押さえる。「その尻尾を返してやってくれないか。大切なものなんだ」
その言葉は先までの暴れん坊とは思えない程、優しさと礼節に満ちた言動だった。子どもと視線の高さを同じにし、その瞳をジッと見つめ、相手の奥を見透かそうとするように、またそれによって逆に自分の奥を見させようともするようだった。
果たしてその思惑が通じたのか、子どもは尻尾をかじるのを止め、ケイを見返した。ケイが尻尾を取っても取り返そうとしないので、ケイは了承してくれたと解釈する。
「ほれ、リザ公」そう言って、まるこげで横たわり情けなく涙する蜥蜴人間に尻尾を投げた。「まあ、ぶん殴って悪かったな。でも、お前だって知ってるだろう? どんだけ世界が混沌に満ちても、女と子どもは大切にすべきだ。そうだろう?」ケイは肩をすくめてお道化て魅せた。ソレと一緒に書面も投げられる。「そこの治療屋に行けばその尻尾も再生してもらえるだろ。まあ斬られた事が問題なんだろうが、それでチャラにしてやってくれ」
「……好きにしろい」
はあ、と疲れ切ったオヤジのようにため息をついた。何だか可哀想な奴だった。
「同情するよ」ぶっきら棒だが、込められた想いは真面目だった。「それともう一つ。さっきお前はどっちが正しいか云々言ってたが、もう一度言おう、ありゃナンセンスだ。何故ならその正しさは当事者から見た考え方。歴史家やTVの視聴者がやる様に、何時だって何を正悪と見なすかは、私でも貴方でもなく第三者です。そして社会一般からしてみればソレは暴力。少なくとも、今の此処は。だからやっぱり、お前も悪者になってたんだよ」
どんな理屈を言おうがお前が迷惑をかけた事実は変わらん――ケイは先のお巡りの台詞を思い出しながらそう言った。上手い事言うじゃないか。
「解ってらあ、そんなの」そして蜥蜴男もまたそう言った。「それくらいの覚悟と誇りくらいあるわい。ただ、それくらいマジだったんだよ、あの尻尾は」
「解ってるさ、俺はイーミックな人間だからな」
「『イーミック』?」
「キョーカンの事。さて、駄弁りも終わりだ。GOOD LUCK.今度は真面目にバト」
「オイこらー、そこの人間族! 逃げようとするんじゃあない!」
子どもを装備品のように纏わりつかせながら、お巡りがケイを追って来た。
「おっと、さっさとずらかるか。じゃあな」
そう右手でを上げて、ケイはすったかさっさと場を離れる事にした。犬のお巡りさんの制止を無視し、通りの向こうへ消えて行く。まるで傾奇系キャラのお約束だった。
だからその背を追う小さな影が居る事に、ケイは気付いていなかった。
「ここまで来ればいいかな」
そう言ってケイは走るのを止めた。槍状のホシフルイを杖代わりにし、深く息を吐く。
ソレと同時に、先の乱闘は少しやんちゃしすぎたな、と反省した。幾ら世界がバカ騒ぎ気味だからって、自分まで莫迦になってしまうことはない。「Dignity, Always Dignity」。プロ足る者、如何なる相手にも常に品格と礼節をもって相対せねばならぬのである。
……なんて考えるのも何度目だろうな、と自虐気味に肩をすくめる。そして一息つけるように道端のベンチに座った。その横に子どもも座った。先の尻尾齧り虫だった。
「うおっ」小さくもケイにしては素っ頓狂な声を上げた。それ程までに気配を感じなかった。というより、感じていようとも、煙に包まれたように読み取れなかった。「何だ、影法師、尻尾よろしくくっ付いてきたのか? 俺は食いもん何て持ってねーぞ。ましてや知らないお兄さんについて行ってると、逆に手前が食われちまうぜ?」
そう冗談交じりで言ってみる。しかし子どもは聴いているのかいないのか、ぽーっとケイを見返すばかり。
年端もいかない子どもだった。まだ年端もいかないからか、顔も身体も中性的で判らない。尤も、男か女か、或いは両方か、性別を三つで分けられるのはとうの昔の事だ。哲学ではない。生物学だ。そうでなくとも、この異界が交わる舞台に置いて姿形で物事を判断するのは危険である。変身能力を持つ役者などありふれているし、そも固体化された姿を持つとは限らず、逆に鉱物が魂を持つのが今時だ、彼奴等に性別があるのかどうか。故に先に子どもといったが、年齢だって解らない。
しかし、はっきりしている事もあった。それは天多の文献が云うような、こんなありふれた描写。そう、それはまるで――
(DOLLの様だ)
その容姿は美しかった。ともすれば幼く無垢な自然の生娘の様に愛らしい。しかし同時に、端正に丹精込めて作られた人工美の様であり、丁寧に計算し、ともすれば魔性めいた何かを込めて造られた美であった。先に男か女か解らないと述べたが、その可愛らしい美しさから言うならば、女性だと言える程だった。いや、それも凝り固まった偏見か。メスの方が可愛いと、美しいとは限らない。むしろメスの方が大きく、強く、飾り気のない生物など沢山いる。ま、そんな生物学はともあれ、
それに何やら心地良い、眠くなるような甘い匂いがした。蝶を引き寄せる香り。物理的なモノではなく、精神的なモノに訴えかけて来る何かが在る。性的な欲動を刺激する。けれども爽やかでべた付かない。確か、何かの本で挙体異香なる言葉があったが……。
(しかし香水など、屍体の消臭剤ではあるまいか? 花の香りというものは人間にとっては良い香りでも、それを餌にする虫にとっては不愉快この上ないのだ)と考えながら、ケイは頭を振る。何やら良い匂いがするが、ひねくれもののケイにとって、そんなものは好みではない。(何て言うから怒られるんだろうな。生物学的には素の体臭が一番人を寄せ付けるらしいが、綺麗になろうと言う心意気くらいは買うべきだろうよ。けど、ああいうのって、女性ばかりが楽しんで、男性からどう見られるとか考えているのだろうか)
などとぼんやり考える。少なくとも隣の是は、そんな事など考えては居らぬのだろう。その佇まいは自然だが、見た目も香りも人工的な様に思われた。何処か、着せ替え人形の様に勝手に誰かに付けられた匂いの様な気がした。
「子どもか、お前? 迷子か?」
ケイは自分の腰程の背丈も無い子どもの目線に合わす為、少しかがんでそう話す。しかしやはり子どもは無表情、視線はケイを通り越し明後日の方向へと飛んでいる。
(駄目か)
しばらく見つめていたが、やがて止め、深くベンチに背を預けた。自分もまた子どもがする様に呆と空を見つめてみる。そこには何時もと変わらない空があった。大祭害前の蒼い空が。問いかけても答えはしない。それはただそこにあるだけ。そこに何かを見出すなら、それは見出す者の勝手である。そんな空を見ていると、世の中はとても変わってしまったように見えて、根っこの部分は、そう変わってないのかもしれないな、なんて思えてくる。そう考えるのは特別な事じゃない。一気にいろんな事が壊れてしまうと、何か「もうどうにでもな~れ」と思ってしまうのは珍しい事じゃない。
もう十年か、まだ十年か。狂騒の十年この世界は異形の跋扈する「The Realms of the Unreal」となり、学校ぐるみの「Deux Ans de Vacances」よろしくな漂流世界は初期程ではないにしろ未だ止まらない。統計(つまり把握されているだけの数)によれば異界からの漂流者は一日に一千か三千は来ているらしいが、まあ数字自体は別に驚くものでもない。それなら大祭害前の正方不法問わずの国からの移民と同程度だし、世界の公式非公式問わずの自殺者や行方不明者数とも変わらない。死亡者数ならその百倍大きい。
そんな大祭害の原因は、未だ全く解っていない。此の世界、つまり現界の所為なのか、彼の世界、つまり異界の所為なのか、それとも両界の所為なのかも解らない。現界人にとっても異界人にとっても大祭害は青天の霹靂だった。というかそも証明する方法がないのだから解決も何もない。神や悪魔と言われる超越者、舞台裏の存在、或いは黄金狂世界の上位陣なら何か知っているかもしれないが、そのレベルに成ると対面するだけで正気度が年貢の納め時並みに持っていかれる様な奴ばかりらしいので、訊きたいと思う者はそういない。そして別に訊かなくても皆あまり気にしない。今のままでもそれなりに楽しいから。
そんな楽しいオカルトな意見なら一杯ある。例えば大祭害による動物・植物・鉱物の突然変異。是はナードやサブカルによれば、常識の崩壊の所為だとか、世界による強制進化だとか、異界から来た微生物の所為だとか、放射能の所為だとか、邪神が復活したとかそんな感じの所為らしい。それで変わったのは見た目だけでなく、超能力や魔術といった特殊能力を持つ者や、「高い所から飛び降りたい」といった欲望や「世界を燃やし尽くしたい」といった妄想が病気化した偏執病や統合失調症といった精心障害をきたす者、「HINOTORI」復活編よろしく世界全てがグロテスクにしか感覚できなくなり狂う者もいた。ただ、それが大祭害の所為なのかそれとも元々の気質かよく解らず、特別性に憧れて変異したフリをする者も少なくないので、難しい社会問題となっている。しかしこれまたオカルトでは、そのような妄想が具現化したのが異形者とも言われている。まあいずれにせよ。
どれも言っている事が証明できないという点でお巫山戯の域を出ない。異常気象が起こる地域もあった。正確に言えば気象の範囲に収まらないが。大都市を竜巻が通過したとかならまだしも、大地が浮いたとか、雷が湖を蒸発させたとか、砂漠が一晩で熱帯雨林になったとか、星の気温が急激に三度下がったとか、RPGよろしく街が怪物に襲われダンジョン化する地域もあった。自然学者によると、星の重力や磁力や大気成分といった物理法則まで変質しているとかなんとか。
漂流の原因は大祭害と共に現れた「望の門」だろうが、確証はない。形状不明、材質不明、機能不明。門の研究は十年経っても全く進んでおらず、大きさがどれ程かも定かではない。己の認識すら信用出来ないからだ。眼に見えるならば光を反射しているという事だろうに、如何なる粒子も波も情報も反射せず透過し、如何なる者物にも傷付かない。
門の扱われ方は政治的拠点や象徴から待ち合わせ場所まで様々である。その状態も様々で、この街の門なぞは何処ぞの派手にやらかした原発よろしく武骨な石棺の幕で封じられており、ヤパーナのに現れた門なんぞは普通にぼけっと建つままにされて観光スポットなんぞにされている。かつて〈霧の街〉と言われた街はその霧を思い出したかの様に顕在化させ、霧の円周は街の三分の一を覆い、深さは門に近づく程に濃くなり、門の上部がギリギリ視認できる程になると地上はもう1m先も見えなくなる。この中では如何なる電子機器も超能力も魔術もまともに行使でず、物理・現象・概念法則が壊れ、変な幻覚が見え、怪物が見られる滅茶苦茶な空間となっている事から、名実ともに禁足地と成っている。
(そしてその門を潜る事が出来れば異界に行けると言われている。行き先は解らないが、異界が現界にきたのだから、逆もまたありというのは筋が通るだろう。実際、元の世界に帰りたい者や、この世界に居たくない者、ソレを望んで門を目指す者は少なくない。だがその門は「Lasciate ogne speranza, voi ch'intrate」……入れば二度と出て来られないだろう。俺? 俺は、まあ好奇心で行ってみたけど、どうにも開かなくて……)
異界により歪なまでに技術は進み、無駄な破壊力のある武器が出て、命の価値はギャンブルの様に飛んで逝き、物事は嘘の様な幻想染みた事が起こる。そう、嘘の様な。
(まるでペテンだ。朝起きたら「Ungeziefer」になっていたどころか、「I've got a feeling we're not in Kansas anymore」と新世界となっていた、そんな朝。自分は正常で、目を覚ましているのか? まるで夢の中で見る夢。こんなにもこんなになっちまったら、一体どっちが現実で、どっちが夢なのか。そんな時代に乗り遅れた者が付く溜息は、中世よろしく古典古代を嘆く郷里への念か。「現実に帰れ」と言われても、「じゃあ現実って何よ」って感じ。いや「現実とは何か?」が問題なのではない。「現実をどう証明するか」が問題なのだ。かくも「神」がそうであるように。しかし、しかし、しかしだな)
しかし、それ等をもって世界は変わったと言えるのか。環境破壊や核兵器、人種差別や貧民、病気、災害、そんなものは昔からあった。世界が平和だ何て言えるのは、そういう事を知らない者にとっての事であり、実は世界はずっと前からヘンテコだったのかもしれない。それこそ超能力者や魔法使い、吸血鬼や狼男、そんなのだっていたかもしれない。分類好きの呪術的思考な医者にしてみれば、そんな望郷の念だっていわゆる「解離性障害」における「離人症性障害/現実感喪失」に過ぎないかもしれない。
しかし実際、どーなんスかねえ。むしろ何でもアリに成っちゃって、今や地震や竜巻や飢饉や戦争や、そんな些細な事じゃ感じなくなってきている様な気もする。どんな世界に成ったって、「これがどん底」と成ったって、何だかんだで今日も生きている誰かがいる。
(何か変わったのだろうか、この世界は)
何処かから未知の敵が攻めて来る、という防衛系な世界観では、物語によっては一ヶ月ぶりの人身事故を報道するTVのように良くはしゃぐ。彼奴等にとっては、不幸さえも暇潰しだ。誇張し、悲劇化し、戦争がどーの、人類がどーの。実際、大祭害から一年はそんな感じだったが、そんな事も時が経てば、ほらこの通り。道行く人に「異能者だらけで治安がヤバくね?」とインタビューすれば、大体の人はこう応えるだろう。「銃社会が異能社会だけだろ?」「メンタル弱すぎ」「ココでは日常茶飯事だぜ!」。世界というのは意外とタフなワケでありまして。例え喧嘩しても仲良く出来るのが文化的生物の特徴でありまして。むしろ「このイカレた時代へようこそ」よろしく「V8インターセプター」を乗り回してヒャッハーしてる。非日常も、少し経てば既に日常だ。
ソレは何も特別な事じゃない。そうだろう? 世界大戦も、大震災も、時が経てばフィクションだ。大祭害以前でも、五歳くらいの女の子が臓物を腹から出しながら「ママぁ」と戦場を歩いたり、貧困層の難民達がくじびきで今日の食料を決めたり、朝起きたらいきなり息子が「俺赤軍に入る」とか言ったり、アトミック喫茶店のお会計で「合計126Svになりまーす♪」とかやったり、髪の抜けた女が原爆オナニーしたり。わざわざ映画館に行かずとも、痛覚で経験した事の無い資本主義者の作った商品で感動せずとも、阿保みたいなマジでワケ解らん世界というのは、割と何処にでも在るのである。人類は宇宙所か、自分の星の事さえロクに知らんというのに。むしろ凄い事が一つも起こらない世界の方が凄い。
往々にして人生というモノはそういうもの。「何をすればいいんだ?」と疑問視つつ、取り敢えず目の前の問題を解決していく、それでも世界は回ってるから、立ち止まって考える時間などありはしないから、だから仕方なく今日も朝日が昇れば目を覚ます。
(「Lord of the Flies」よろしくな魔王が来て、異界者に人間族がハエやノミよろしく有害動物として処分されたり、ブタやウシよろしく奴隷動物として家畜化されなかったのは不幸中の幸いか? まあ、眼に見えてないだけで、誰も知らない所で『Arena』よろしく『ひとりぼっちの宇宙戦争』している奴がいるかもしれない。もしいるのなら、その見知らぬ何処かの誰かにお祈りでも送ってやろう。まあ原典が悲劇だったか喜劇だったか、ちとオチを忘れてしまったが。何せ人を食った噺が多いから。現界で神や悪魔と呼ばれる上位存在は、今頃何処で何してるのか。黄金狂や界連がやってる事など、下々の民衆には判らない。何を言ったって潮流は、結局の所、大きな所で決まるのかもしれない……と言いつつも疑問する事を止められないのは、頭でっかちの悲しきSAGAか)
見た目がヘンテコな奴も色々増えたが、それこそ昔から、色んな奴がいたものさ。UMAがいたし、UFOがいたし、大祭害前から生物の種は百万とも一億とも言われてもそれでも上手く共存してたんだ。それが今さら十倍百倍になったってどーってことないよ。
大体、こんなのはとどのつまり移民問題だ。物語で言えば「落ちもの」で、現実で言えば「外国人」か「外星人」か「外界人」かの違いだけ。そう考えれば、別にどうって事ない事さ。それが手前の普通じゃなかっただけ。噂が噂じゃなくなっただけ。大体ずっと前から空想を描いていた人間が、いざ本当になってギャーギャー騒ぐなってーの。それに大祭害以前だって鉄の塊が空を飛んだり光る板が喋ったりしたのだ。大祭害などそう珍しいモノでもない。元の味が何なのかも解らないような過剰な味付け(オーバーリアクション)。げー、だね。やれやれだ。これだから外国人は……というのも偏見か。
と思うと同時に辺りが黒くなった。空を見ると「つうと銀のいろの腹をひるがえして、一疋の魚が頭の上を過ぎて行きました」……などという雄大な景色ではなく、何処ぞの腐海にでも出て来そうな数十mの奇妙な海老が波打ちながら悠然と泳いで行った。腹が百足の様にぬらぬらしていた。我等が青空は簡単にその姿を隠したのだった。
ケイは無言でげんなりし、ふと気付くと子どもがケイのホシフルイを齧っていた。
「てちょっ、何やってんだお前!?」
蜥蜴人間の素早い動きに反応したケイも、これにはほとんど反応できなかった。唐突だったからではない。その動きがあまりに自然だったからだ。道端のアリを拾って食べるような無知さ。不自然さが全くなく、その動きは無意識。まるで犬が骨を食らうように子どもがホシフルイに歯を立てていた。ケイはすぐさま子どもの肩を掴み身体を揺らし口を開けさせ、無理矢理にでも離させる。
何とか離してホシフルイを見ると、小さく歯型が付いていた。横面を戦車砲で撃たれても傷一つ付かないホシフルイが。ケイはそれを血の流れる傷をなでる様にして触れる。傷はすぐさま溶ける様にして治ったが、これにはケイもキレたようだ。身体を震わせ、睨み付け、容赦なく子どもに向かって怒鳴り散らした。
「手前、何のつも――り、だ……」
が、その怒気は一瞬で霧散した。子どもの瞳に敵意は無かった。ただケイを見返すだけだった。どうして怒られるのかも解っておらず、怒られているとさえ思っていない様だった。人を食っているのか、呆けているのか、いずれにせよその瞳は何を見ているのか解らない。それ以前に何かを見ているのか。眼に光は無く、意識も感じられない。
(なんて道化た眼をしてやがる)
タールの樽底の様な瞳。夜の海のような、あるいは穴。仮面に開いたような仮の穴。無貌の瞳は深く、何も持たない故に無限であり、一度その深淵を見つめ魅入ってしまえば、文字通り吸い込まれてしまいそうだった。
ソレを見てケイは「『魂食い』にでもやられたか?」と訝しむ。状態が「死至病(Fortvivlelse)」に似ている。少し前まで「ディメント」よろしく宙を浮くボロ布の異界者に子どもの魂を抜き取らせて意識を希薄にして人売り業者に売っ払うのが流行っていた。抜き取った魂は「異界機械――現界の機械に対する異界の機械の総称。ただし分類学者により定義は様々。出身だってり、技術だったり、見た目だったり――」に入れて教育して疲れない労働者にしたり、残った魂の残りカスの入った身体を「愛玩人間――「ラブドール」ならぬ「ラブヒューマン」。シリコーン製ではない血の通った人形。伴侶人間とも。人権問題で色々と議論中――」に見せかけて売ったりしたのだ。後者においては、何でもそーゆー抵抗する気を無くし何もかもに期待しない眼をしたマグロ状態がソイツの全てを征服した気分にさせとても興奮するとか何とか、やっぱり養殖と天然では味が違うとか何とか、実際に文字通り食ってたとか。今じゃんな事すれば「共界存権宣言」に則り第一種A級犯罪者に登録されてやれば多世界の何処かへ隔離世、関与及び未遂でもアハト刑や無視刑も真っ青な5億年ボタンよろしく次元牢行きだが。
於戯、この子どもはあまりに無防備だった。地面を歩く蟻がひょいと人の子の指につままれてそのまま潰されてしまうくらい。此処で拳を握り殴ろうとも、是は何も思わないだろう。こねくり回し、抱きしめようとも、是は何とも思わない。その動作は恐ろしく自然で、一つ一つに媚がなく、知性が全く感じられなかった。この子供はあまりに愚者だった。
それでいて見た目はいやに綺麗なものだから、その不自然さは実に際立った。むしろ愚か故に愛おしくさえ思えた。
歪んだ真珠の様に妖艶だった。幼くして性に悶える娼女の様に、身体の完成度に知性の追いつかぬ白稚の様に蠱惑であった。魂がない故に如何なる穢れもない無垢を手に入れたDeadの様に、あるいは手に入れていたIbの様に、はたまた愚かゆえに愛おしく思うIdiotの様に観る者を惹き付けた。或いは「絵に描いた(ウィッシュアート)」の様に、或いは真似るほど本物と偽物との違いが浮き出るような「不気味の谷」の様に、外見と動作がなまじ極めて人間に近いだけにソレはその分だけ奇妙だった。
不気味と神秘が混じった不可思議の闇であり、闇は未知と想像の余地となり、無限の美しさと神を見出させる。かくもTVのアイドルが、愛玩偶像(I(’m) love doll)がそうである様に、貝殻の女神が両腕と引き換えに、それ自体の美しさではなく見る者の思想の美しさにより無限の美を手に入れる様に。それ故にその美しさは、己自体ではどうにもならない空虚なものである様に。それは同時に見る者にとってもただ名前ばかりが膨らんだ、泡沫の幻影であるか。――しかし、
『Coo』
そんな哲学的な美しさも間抜けた音で掻き消える。ケイは眼を白黒した。疑問に思い、呆気にとられ、怒り、不思議に思い、次は何だ、飽きれるか?
「莫迦莫迦しい」気が抜けた、という様に席を立つ。「さて、俺は用があるんでさよならだ。誰かに遊んでほしいのなら、健全に同年代の子どもを探すか、それか保護欲とか支配欲とかそんな奴を満たしたい大きなお兄さんでも探すといい」
冷たくはない。ただ、自分がやらなくてはいけないと思わないだけだ。それに見ず知らずの他者は危険だ。自分に害意が無かったとしても無邪気の邪気という言葉がある。肉食獣が他を殺す事に罪悪感があるかどうか解らない。そうでなくとも毒や病気を持ってるとか、術者に操られてるとか、知らずに爆弾にされてるとか、そんな事は良くある噺だ。
そもそも自分はこんな所でボーっとしている身分ではない。探し者をしているのだ。今ごろあの娘も探しているだろう。子どもを働かせておいて大人の自分が暇を潰すなど言語道断、そんな奴は好きじゃない。だからケイは肩をすくめて、
「じゃあな、子ども。飴と悪い兎には気を付けろよ。着いて行ったらアンダーランド……何て事もあるからな。白い液体なら……無粋だな。ではそいう事で、GOOD LUCK」
そう言ってひらひらと右手を上げて立ち去る……つもりだったが、
Coo。
振り返らなきゃよかった、と後悔したがもう遅い。その音に反射的に反応して見ると、あのボーっとした道化た眼がケイを映していた。その瞳は克明にケイの姿を映していた。自分自身を見せられているように思われ、またその瞳は奥深く、ともすれば映った自分がその深さに呑み込まれていくかと錯覚された。ケイはそんな考えを抱く自分に驚いた。
「おい、そんな眼で見るな。見るなっつってんだろ。ナニでも喰わして欲しいのか」
Coo。
「それがお前の言葉か? それとも処世術か……?」
Coo。
「おいおい……」
頭痛の様にケイは顔を手で覆った。全く声を出す様子が無かった。失語症か何かなのだろうか。コレが子どもでなければ「別のお者好しを探してください」とにこやかに立ち去る所である。
これだから子どもはアレである。天多ある巨大人型兵器に現実性をもたせる様に、大人は自分の欲求を認めさせるため色々と小難しい設定や論理を展開するものだが、子どもは子どもというだけで許されている所がある。ソレはあまりに唯我的で、それ故に暴力的で、実がないだけ雄弁であるのだ。
まあそういう風に子を設定しているのは他ならぬ大人だが。そうだろう? 大人はすぐ子どもを神格化する。無知で無垢で純粋な神秘のベールで仕立て上げる。自己犠牲に酔って、相手を勝手に弱者扱いして、強くてかっこいい自分がソレを救って、他者に素晴らしい奴だと認めてもらいたいような、自分を自分で慰めるような愚か者。
(或いは己がかつて持っていた「青い花」を、または終ぞ持てなかった「青い鳥」を、其処に幻想しているのか。しかしいずれにせよ、助けられる弱き民がいるからこそ、コミックのヒーローはヒーロー足るわけで、「何故理由もなく無駄な人助けをする」などと典型的な台詞を言うヴィランは、そういう事を解っちゃおらんのだ)
――――どうしたの、君、こんなところで。……泣いてるの?
(アホか)
それは何時しかの誰かの言葉。それに莫迦らしいと頭を振る。しかし……。
Coo。
その音は、万の言葉より雄弁だった。
「でりこっこのアイス乗せ」ぼけっとカップに入った食べ物を見つめる子どもにそう言った。「アイスフライっていう奴みたいなものか? からあげの衣にアイスが沁み込んだ感じがまた絶妙でなあ……割と美味いぞ」
からあげの上にアイスとはこれ如何に。
結局、ケイは子どもに飯を奢っていた。「そう言えば、昼ごはん、あまり食ってなかったけ」――そうワザとらしく言いながら。ただし先に食堂に行ったばかりだったので、また入るのは何だかなと思い、露店物だ。
「食べなよ。タダだ」カップの中を見つめるばかりの子どもにそう言った。するとから揚げの入ったカップごと口に放り込もうとする。「あー待て待て。何なんだお前は……」
苦笑交じりにソレを止めた。もしかしてこの子どもは何かの障害者じゃないかとも思われた。「対人相互反応の障害」「意思伝達の異常」「活動と興味の限局性」などを特徴とする、LSDだとかドッペルガー症候群だとか言うアレである。いや心の病じゃなくて。
(っていうのは流石に失礼か。或いは、異能持ちなのかも知れん。俺の、そして一般的な認識の異能者は、大体がこんな感じだ。他に無関心で、感情に乏しい、不思議ちゃん。何処ぞの路花みたいな、あんな元気な馬鹿は、異能者のブロンドヘア並に珍しい。ただ単に元気なだけなら、魔法の薬でガンギマリしたような奴はいるのだが……)
そう思いつつ、ケイは備え付けの木のフォークを手に持ち、バニラアイスの乗ったから揚げを一刺しし、子どもの口に持っていく。言葉が通じるかどうか解らないが、一応、「コレごと食うなよ。後よく噛め」と言いながら。
子どもはしばし、しげしげと見つめた後、アイスの乗ったから揚げをほおばった。すぐさま飲み込まず、吟味するようにもぐもぐする。すると……なんということでしょう、無表情だと思われた顔に、仄かな驚きが浮かんでいるように思われるような気がすると思われるのではなかろうかと言っていいのではなかろうか、と専門家は言うのではなかろうか(何処までもあやふや)。
『冷たい』
『まあ、アイスだからな』
『けど、幸せの味がする』
『……はっ、そうかよ』
「何てのはその手の甘いコミックの噺か」子どもはビックリ眼を見開いていた。というかゲロってた。眼を見開いたまま口からだーと白濁液がぼたぼた垂れていた。ケイは「甘いの苦手か」と器用にアイスだけが吐き出されたのを見て言った。実際、子どもはアイスをすくって地面に投げつけようとする。
「こらこら」すぐさまそれを止めさせる。「お前、食わせてもらってそれはナイだろ。キレられても文句言えんぞ」
と言っても子ども自身は「食わせてくれ」などと頼んでない。ただコチラの勝手な気分で奢ったのである。そういう事はケイにもよく解っているので、そう言いつつも怒るつもりは毛頭ない。そりゃ哀しいことは哀しいが。
兎にも角にも、ケイは「ふう」と一息つき、自分の手に持ったカップを差し出す。その中のから揚げに乗ったアイスは茶色かった。
「じゃあ、コッチのコーヒー味ならどうだ? ビターでござい」
子どもはソレをしげしげと見つめた。好奇心で火に触った子どもがその熱さを知ったような眼に思われた。しかし、くれるのなら食べる、とでもいうようにカップを受け取り、今度は自分でフォークを持って一口食べた。
すると……なんということでしょう(略)。今度はゲロることなくもぐもぐしていた。一定のスピードで咀嚼しては、次のから揚げを口に運ぶ。
(食べた食べた)と肩をすくめると同時に、ケイは自分に辟易した。(鳩に餌やってんじゃないんだぞ)しかしそんなケイの心境など知らん、という様に子どもは食べる。相変わらず美味いか不味いか、どう思っているのかは顔から解らないが、少なくとも不満ではないらしい。(無表情キャラか。ま、別に獣人と相手してると考えれば珍しくない)
いや、それも違うか、とケイは思う。表情はあるのだ、確かに、先に眼を見開いた様に。きっとそれ相応のシーンが来れば、笑いも泣きもするだろう。しかしどの表情を見せられても、ケイには無表情に見えるだろう。正直者ではない者と話し合う仕事が多く、言葉と表情の裏を見なければならない、人を外見上で判断しない、ケイの様なひねくれものには。それはなまじ外面がマトモに見える分、内面の異様さが際立った。コレは物語の設定によくある「無感情」キャラでも、「無表情」キャラでもない。
つまりそれは「能面」だった。仮面の笑顔であった。感情は全く無く、それでいて、表情は全く在った。まるで条件反射の様に、美少女ゲームのヒロインの様に、魂の無い自動人形が「此処では笑うべきだ」という感情の結果笑う様な、まるで哲学的ゾンビの様な……。
(ま、見分けがつかないからゾンビなワケであるのだがな。「Any sufficiently advanced doll is indistinguishable from human」、なんて。それとも逆かね。どっちにしろ、感情や魂なんて俺は見た事ないから解らんが)
などとケイはどーでもいい思考をする。そう、「どーでもいい」、だ。ただの暇潰しだ。それが本気の思考になるには、それ相応のTPOが必要だ。ま、兎も角――
ケイもまた、自分の分のから揚げを食べた。美味い。油でカラッと揚がった衣にしわっと甘いバニラが沁み込み込んでいく。ザラりとした舌触りと共に、熱々とした甘みが口に広がる。油と砂糖、この組み合わせは抜群だ。どちらもデブへと至る大きな門だが、その堕落がまた甘美。肉に砂糖という組み合わせもまた……。
と、ケイが少しばかり幸福に浸っていると、ふと子どもが自分の方を見ているのに気が付いた。正確に言えば、ケイの肩に頭を乗せるホシフルイを見ていた。
「コイツは食えんぞ。俺の相棒だ、見ての通り」冗談交じりで言った。「気になるか?」
返事はないが、ホシフルイを見つめて来る。
「まあ、教えてやろう。と言っても貰い者で、その貰い手も誰かに貰った者らしいが」
と言って、少しだけ思い出す。彼女に、〈海の星〉の主に是を貰った時のことを。あの頃はまだ色々とつっぱってたなあ。いや、今も大して変わらんか?
「コイツの名前は『耀翔謳星〈BLAISING STAR〉』……もとい〈星奮〉。その形は千姿万態。その力は千変万化。持ち主の感応、つまり心の動きに従って思い通りの道具と成る『完全受動存在』」それは秩序と矛盾を併せ持ち、絶大な力の代わりに己だけでは踊る事すらできない無垢なる胎児、雛料理、歪な真珠。受星卵。アルケーであり、イリアステルであり、アゾット。白にて虹、一にして全、根源にして万華。生命の樹を封じるダイソン球。持ち主によって如何様にも変わる純粋な力、無貌の仮面、無形の美醜。無垢なる可能態は無限の現実態に変身する。かくも黄金の林檎の刺さった蟲の様に。その者の声は透明で、その透明の光の「震えなき変動」を捉えるのは己の感応。「確か、何処かの異世界の設定で、『まだちゃんと果になる前の、未発達のユリ科の鋼鉄を、そのまま丸ごと剣にしてしまったものだった。そうすることで、たとえ外見がどんなに老いてしまおうとも、鋼鉄が意志を持つ前の、』持つ前の……何だったかな、兎角そんな『EREHWON』なる『唸る剣』という剣が在って、そんな感じと俺は勝手に思ってるだが、まあそんな事言ってもお前はその世界の事を知らんか。
星の卵か、種だっけ、産まれる前の星である原始星を、そのまま丸ごと鍛える事で、例えどれだけ花咲かせてもまた種の姿に戻られる様に、あらゆる形相と資料に成り得る、円環の状態を保てる……とか何とか。世界そのものを道具にする事で、分化の虹と未分化の白を内包した、無限にして単一の可能性を持たせられるらしい」
そしてその星からなる「心の刃」は本気になれば惑星一つ打っ壊しそのエネルギー効率は人間の拳大の石コロを壊すのになんと自家発電6ひゃく6じゅう6回分とか何とか。テクノり〼。
そう言いながら星奮を見た。まるで息遣いを感じる存在力と、仄かに感じる温かさ。白銀の色、金属のような光沢、淡い発光。そしてよく見ると、ケイが描いたのか元からか、その身体には「TU WAS DU WILLST」と描かれていた。「Thelema」だろうか? いやこの男の事だ、小説の方だろう。
己は何でも一人でやろうとする性分だ。初めて会った時はすぐに捨てようと思ったが、今では何だかんだでツルんでいる。にもかかわらず、ケイはあまり彼の事を知らなかった。何処で造られたとか、何故造られたとか、そういう事を。けれども別にそれでいいと思っている。往々にして、仲間とはそういうものだ。君だって、友達の家族情報を何でも知っているワケじゃないだろう? 解っているのは頼れる仲間という事だけ。それでいい。それだけで一緒にやるには十分だ。
「ま、ともかくそんな感じだ」
と言って子どもを見ると、子どもは既に星奮から眼を離していた。子どもが吐き出したアイスをホース状の口で「Drink Drink」と飲むおもちゃみたいなへんちくりんな象か馬のやうな生物を見ながらから揚げを食している。……どーも空振りな気分。
しかしそんな気分は見せずにケイは尋ねた。
「今度は俺に君の事を教えてくれ。君、迷子か?」
Nom Nom Nom。
「親御さんはいないのか?」
Nom Nom Nom。
「今ごろ心配してるんじゃないか?」
Nom Nom Nom。
「名前は……」
Nom Nom Nom Nom Nom Nom Nom Nom Nom。
「あー……」
話通じねえ。
はあ、とケイは子どもに気付かれない程度の小さな溜息をつき、煙を飲もうとして「あー」と低く呟き、ロリポップに持ち替えた。と、子どもがそれをジッと見る。だが見るだけで何も言って来ない。なのでケイはしばらくそれを無視していたが、それでも見て来るので「あー、もう」とやはりため息をつき、薄荷色の奴をくれてやった。これなら甘くないだろう。実際、子どもは吐き出さずコロコロと口で遊ばせる。もうケイを見ない。その事にケイは、気が抜けるやら、脱力するやら。いや、無償の愛に対価など求めない。此方が勝手にやっているのだ。感謝など求めない。求めないが、それは建前で……兎も角。
ケイがこうやって相手の事をしつこく訊くにはワケがあった。と言ってもそんなに深いワケではない。孤児院でもある海の星と縁がある手前、子どもを一人で放って置くのは気が引けるというだけだ。そして家に帰りたくない代表格は身寄りの無い者である。育成施設や保護観察の者全てが子どもに味方する場所とは限らない。労働商品にしないとは限らない。そうでなくとも、別に街の治安が悪いというワケではないが、今は灰泥界異が少なからず賑わっている時分、放って置くのはためらわれた。
(まあ尤も、コレがお約束な展開なら、実はコイツは重要な立ち位置で……イカンイカン、こんなこと考えてるとまたアイツに「漫画擦れしてるなあ」なんて笑われる)
いずれにせよ、仕事中連れ回すわけにもいくまい。子どもの世話には慣れてるが、だからといって楽しんでいるわけでもない。警察に任せるのはほっぽりだすみたいで気が引けるが、この場合は仕様がないだろう、とケイは自己完結し
《いたああああああああああああああああああああああああああッ!!!( ゜◇゜)》
大音量の爆音が空気を一切震わさず鳴り響いた。
「バッッッカ野郎、鼓膜破れるわっ!」
《念話だから鼓膜はないよ!(*´ω)/~❤ュッチュ あ、でも頭が電子レンジに入れられたポルガ博士よろしく ((;゜A゜))ガクブル》
「言わんでいい言わんでいい脳内にイメージ送るなFAXか」
因みに送られたイメージは生スルメイカを丸ごと電子レンジで炭化するまで熱したモノ。電子レンジから煙出とる。
しかし画像ではなく動画とは、阿保な見た目してやはり異能者か。けど流石に高画質動生再生は簡便な。それ重さ何メガだ。いや人間の知能とパソコンの処理は別問題か?
とまれ、ケイは大気振動を停止させ、代わりに声の主を感覚する。
《で、何がいたんだ? 灰泥か?》
《(DJスクラッチ)~~でけでけでぅでぅでん♪ ちがいます(q・ω・)q》
《傷付くわあ(うっぜ……)》
《因みに心で思った事は漏れなく私に筒抜けだよっ!_(:зゝ∠)_ チューイシテネ+ω+》
《――――(産地直送画像)》
《あびゃあ!?(☆△☆)(重大なエラーが発生しています)》
《で、何が居たって? はぐれメタル?》
《あばばばば ( ^p^) おぼろろろろ_(´ཀ`」∠)_ ……うえ?Σ(゜A゜) あ、義兄です、義兄サマーがいたんです!(#^д^) でも義兄さんは灰泥でミックス!?(゜A。)~☆》
《――解った》
路花は多分に動揺しており、彼女の言っている事は支離滅裂だった。絡まった言葉はナンセンスで、文の法則は滅茶苦茶で、恐らく自分でも何を言っているのか解らない。
だがケイには解った。英語の文章問題において英単語をマイナスとプラスの意味に分けるように理解した。否、ケイでなくとも気付くだろう。あの大灰獣を目の当たりにすれば。
《……それにしてもケイさん、本当にテレパシーに拒否反応示さないんですね(゜ω ゜)》
《あっあー。お前、典型的なジュブナイルがやる様に「貴方みたいな人は初めてです」とか吐くなよな? 出会い系の処女じゃあるまいし、そんなの世界が狭い奴の台詞だ。どーせそんな「貴方」はきっと猛獣の恐ろしさも知らず愛護団体する様な阿保だろよ。ま、相手が可愛けりゃ何でも良いかもしれんがね》
《またツンデレな事を……(  ̄◇ ̄)》
《ウッセー。大体、今時示す方がレアいだろ。こんな世界自体が変になった時代ぢゃあま。それに俺ァ心を読ませない方法なんて十二分に知ってるし。てか異能なんて肌が白いか黒いかの違いだし。んなら銃社会や核ミサイルの方が怖いっての。普段はSNSで駄弁ってるくせに心読まれた程度でとやかく言う奴は世界が狭いんだよ》
《あー。何時何処で情報が洩れてるかなんて、解りませんからねえ( ̄ー ̄)ニヤリ》
《ショーユー事。大体、こんなのは遺伝子組み換えなんて言われなきゃ解らんのと同じだ。隣の先のあの子は実はエスパー、何て事があるかもしれん。それは大祭害以前でも同じだ》
《何それ、めくるめくるのハートフルストーリーな予感!Σ(゜ε゜)ハッ》
《超能力を持った彼女との甘く切ないラブストーリー。喋らない彼女から初めて聞いた言葉は「好き」でした。彼女に友達が増えて行く度に超能力の力が弱まっていく設定の意味を知った時は泣けたなあ。超能力は彼女が独り立ちするまでの……》
《それを魔法にしたのが「魔女の宅急便(映画版)」です》
《まあそんな事は置いといて、まだ相手には接触してないな?》
《Ya, ma star! アハー、路花探偵も頼りになるでしょ(*`ω ) 褒めて褒めて(>∀<)❤》
《真面目になるべき時に真面目にやれない奴は好きじゃないな》
《つまり例えばケイさんが「君は笑ってる方が可愛いよ(ハート*一億)」って言った時の私の対応は「ふえっ!? べ、別に可愛くないしっ!」とラブコメ的反応するんじゃなくて変態で変人なゴミムシを見る様な眼で「え? はあ、そう(キモ)」とリアリスティックに反応する方が良いという事ですね? 解りました》
《リアルそんな冷たくねえよ》
《ふーん、そう》
《…………》
《………………………………》
《……………………………………………………………………………………》
《……何か喋ってください(;∀;)》
《喋らなくとも心が対じる関係って良くない?「瞬間、心、重ねて」みたいな。死に際の爺婆みたいな》
《例えは良いけど言い方っ! そして褒めなくて良いので会話してください(;∀;)》
《異能者にしては交流してくるタイプだよなあ、お前》
《でも花粉症には掛からないですぜ?(・ω・)b》
《何処の「黒の契約者」ですか。或いは、利他的に利己的なのかもな……ま、冗談だよ。GOODだ、良い子だ。良く見つけたな。えらいえらい》
《べべべ、別に褒めて貰たって嬉しくないんだからね!ノ(>A<)ノ ふんだ!(*^ω^) ふんだふんだ、だっふんだ!(*> Д<) きっと、兄の雰囲気を感じたからですね。それで見つけやすかったかと》
《「兄」? ……ふーん、成程。アイツはそれに気付いて……チェッ! 全く、ムカつくぜクソッタレー! 何時もそうだ。何時も裏では色々考えてるくせにソレを悟らせなくて断れないのを知って扱き使いやがってそれでいてこうやって手を回してやがってだーくそ俺は何時までも試される餓鬼じゃやべ回線が: SE(protect,mytear->key) +num.666 =AB->aaaaaaaaaaaaaaaaaaaaa》
《い、いきなりバグってどうしたんですかΣ(゜A゜)?》
《解らんのならお前の異能等級はまだまだだな。それを喜ぶべきか、心配すべきか。ま、兎も角、そのままお前の位置情報を出しながら見張ってろ。すぐ行く》
《何か私GPSみたいですね(・w・)ウォゥ~》
ケイはそんな「へろーん」と気の抜ける例えをする路花に少しだけ笑い、そこで通信を切った。
(会話だけだと、此奴も普通の子供だな。だが、異常を使いつつ日常だから、異能者なのだ。道化のように)
ケイはそんな考えを消す様に、笑いながら頭を振り、席を立ち、ロリポップを「Crack」と飲み込んで、ゴミはホシフルイに投げ入れて、そして、「あー……」と喉を震わせて唸った。
子どもの存在を忘れていた。さてどうしようか。今すぐに現場に行きたいのだが、その為には警察に寄り道している場合ではない。
「つくづくそれっぽい展開だね、どーも」漫画擦れしたケイは思った。こういう展開の場合、この子供こそ――。ではどうするか。此処に置いて行くか、連れてくか。「あー……お前、どうする?」
それでもケイはそう訊いた。それを選ぶのは相手自身だと思ったからだ。結果、ケイが子どもから離れると、子どもは立ち上がって着いて来る。
なるほど、じゃ、好きにし給え。ただし責任は取らんからな。
というワケで、ケイは子どもが付いて来るに任せ、ただし適度に速さを調節し、路花の元へと急いだ。
――――第壱幕 第参場