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パンク・フィクション ―PUMP ZAPTION―  作者: 雑多
黒と虹と祭り彩る星々(おもちゃ)と ~The Parade of the Mad-Mud Dolls~
12/22

誰が為に ―All I Want: DooRaeMooooooN!!!―

 第参幕 第壱場『誰が為に ―All I Want: DooRaeMooooooN!!!―』


 時は何時か。場所は何処か。役者は二つ、小道具は一つ。人間、ナニか、愚者の石。誰も見ぬ舞台で独白する。

「おはよう、『我が麗しの貴婦人(My Fair Lady)』。天使の卵。象牙の子よ。今まで生み出したのは全部で39。そしてお前で40。先に生まれた兄姉も存分に育っている事だろう。拍手は幾らか。野次は幾らか。精々莫迦に踊ろうではないか。何、既に舞台は道化ばかり。今さら指を刺されても構うかよ」

 男はそう笑った。それは楽しむようでもあり、己を嘲り皮肉るようでもあった。


 ~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~~

 Kyrie eleison.

 Xxxxxxx eleison.

 Kyrie eleison.


【また転職か、〈YD〉。一体、何時になったら定職に就くと言うんだ。お前が望む物は何なのだ。生きがいか、金か、世間体か、安定か。愚かな。如何な大企業に入ったとしても、お茶飲み公務員になったとしても、所詮貴様は労働者プロレタリアート、社会の歯車にしかなれんのだよ。だというのにお前は、一体、何を望むのだ?

「俺は望まない。ただ、青い小鳥を探すだけだ。己を照らす、自分だけの居場所スポットを……」

 《「†BLACKXLEGEND† ~黒伝説~」第314159265話

 ~光、斬り裂く、闇~》

「はあ……はあ……はあ……」

 走っていた。腕を振り、足を回し、息を切らし。一人、逃げるように走っていた。走りながら思う事はこればかり、仲間はどうなっただろう。

 走る場所は光射さぬ黒より昏い闇の森。そこは闇の力が支配する場所。歯を持つ芋蟲、触脚と触覚眼を持つ翼獣、剛毛巨躯の二足獣、肉の爛れた四足獣、彼境パンデモニウムより漏れ堕ちし「光に愛されぬ者」が住む場所。その場所を走る者はこの場所に似つかわしぬ女。美しい。金色の髪に碧の瞳、白磁の肌。だが白星族ではない。人間の騎士だ。纏うは剣と鎧。ブリューで装飾された白光ウィライトの騎士。

「はあ……はあ……はあ……」

 その後を何かが追う。それらは怪物か。化け物か。あるいは影か。いずれにせよ闇の者。決して逃れられぬとでもいうように、闇が刃を持って光を追う。牙をむく。爪を立てる。迫り来る。子羊を追う獣の様に。あるいは上等な果実喰らおうとする歯蟲のように。

「はあ……はあ……はあ…………アッ!」

 女騎士が倒れた。無理もない。もはや何時間走っていたか。それも鎧を背負い、敵におわれ、視界は闇、足元は苔むし滑りやすく、女が思う以上に体力は削れている。しかし心だけは怯え急ぎ、それが身体を空回りさせた。受け身を取る力さえなく、女は無様に地に転がる。すぐさま立ち上がろうとするが、もう遅い。その身に影が落ちていた。

 その影形は人。だがそれは決して人ではありえない。彼らは闇化生オーク。光射さぬ地下、あるいは死の冥府から這い出してきた、猿のような、豚のような姿をした悪魔。その身体の醜さ、穢れさ、愚かさ、臭さは、そのまま彼らの魂を表している。鎧服も武骨でみすぼらしく、剣や斧は誰とも知れぬ血と糞尿で鈍色にささくれ立っている。

『BBGYBGGB(やっと追いついたぜ、観念しな』

『BGGYABGGYA(何、殺さねえよ。女はあの方への供物になるのだ』

『BGAGAGAGA(だが供物は闇に染まっていた方がいい。さあ、お楽しみの時間だ』

 闇化生達はそう言った。だが女にその言葉は解らない。ただ解るのは、自分がこれから恐ろしい事になるという事だけだ。今まさに女に伸ばされる、腐った魚のような緑の腕が、自分に爪を立て、弄び、蹂躙する。

「あ、ああ……」涙した。助けは来ない。どうにもならない。胸が恐怖に押し潰された。悲鳴が口から吐き出された。無意味だと解っていても。「イヤ――――――ッ!」

 そう叫ばずにいられなかった…………その時だった。

「――SLASH」

 光が降った。いや光ではない。それは闇。闇の刃。決して輝かぬ黒の刃。その刃が腕を伸ばした闇化生を吹き飛ばした。誰だコレは。男である。吹き飛ばした者の身なりもやはり黒。黒い背広スーツに黒い外套コート、黒い首帯ネクタイに黒い外交鞄アタッシェケース、ただ眼鏡レンズの鏡だけが透明である。一体、この男は何者だ。

 その突然の乱入と圧倒的な力に、その場に居た者は皆呆気にとられた。だがそこは腐っても戦闘種族、それも一瞬、吹き飛ばされた闇化生がすぐさま怒りに我を煮やし、『P,PGYAAAAAAAAA(て、手前ええええええ)!』と男に向かって斧を振るう。

 重い。耐えられない。ただの人間には防げない。硬質な盾を持つ背甲族トータスや、物質的な身体を持たない霊類ゴースト以外には。もしも耐えられたとしても、内臓がゴミ袋を割るように飛び散る。

「だが俺は、人ではない」

 眼ッ! 男の左手に持った外交鞄が闇化生の斧を防いだ。

『PGYYY(何いぃぃぃ)!?』

「無駄だ。このモリア原産『灰輝銀ミスリル』より作られし外交鞄は金竜の重爪を容易く防ぎ上司の火炎放射器ファイアすら涼しく受ける」

 邪気ンッ! 男が首に巻いた首帯を引きシュルリと取ると、それは漆黒の大剣ブレイドとなった。男が闇化生を蹴飛ばし、間髪入れずその首に切っ先を突き当てる。

「そしてコイツは企業戦士ビジネスソルジャーの象徴であり首元を絞める伸縮自在剣。動けばこの歴史の闇より削り出したクビキリソードがアイアン装甲をもつらぬくぞ」

『G、GHH(つ、強い)……!』輝かぬ閃光は闇化生の首を捕らえた。あと少しずらせば首が切られんとするその事実に、闇化生は一瞬で戦意を失った。それを見て仲間の闇化生もまた戦意を失う。『B、BGHHH(お、お前のこの強さ、やはり!)……BGHHHHBGBH(聞いたことがある。今は無き、かつて世界を裏で操る〈裏の虚影企業リバース・クリスト〉に存在し、敵対勢力を問答無用で襲撃する特攻性部隊〈十二愚者アグストロフィ〉……そこには招かざる十三番目、あまりの強さに特例で選ばれたもう一つの項目があった。まさか貴様がその十三番目、裏切りをもたらすアカウント……!〈黒ノ光(SIROKIYORU)〉、ぐあっ!?)』

 そのいきなりくっちゃべり始めた取って付けたような説明台詞を男は大剣で押し止めた。首元に僅かな熱を感じ、闇化生は口をつぐむ。

「ソレは俺にとっての『黒歴史ブラック・レジェンド』。心に隠した『矛盾原典パラドラ・ボックス』。そして今の俺は『滑るローリング・ストーン』で、依頼斡旋派遣会社結社『ハロー』の掃除屋クリーナーで……旅人気取りの自由人フリーターさ」男は抑揚のない声で喋った。どうでもいいのか、それともあまりに心深く感情を閉ざしているのか、解らない。「さてどうする。俺は乱入者、無粋な真似はしたくないが、男として美しい女を見捨てて置けん。厳選なる選考の結果、お前のご志望に添う事はできそうにないが……真に恐縮ながら、このまま立ち去ればお前達の命だけは考えて置くが?」

 男は闇化生を一睨した。鋭い瞳だ。だが敵意は無い。それでも相対するなら牙をむく。つまりコイツは、自分達の事などどうとにも思ってない。まるで今から踏み潰す羽虫に対するそれのような。それを瞬時に見抜き、闇化生は唸った。

『G,GGA(く、くそ)……GGYAAAAAAAA(引くぞおおおおおお)!』

 闇化生がそう鳴き叫び、男から立ち去って行った。後に残るは男と女のみ。女は無言で佇む男の背を見て何か言わなければと思ったが、もはや心身共に疲れ果て、男の登場は急激で、とてもまともに考えられる頭ではなかった。

「あ、貴方は一体……」

 故に、出てくるのはそんな益にもならない疑問だった。しかし男は律儀に、だが不愛想に、けれども女に手を伸ばし、こう言った。

「俺か? 俺は……通りすがりのリーマンだ」

 だがその手を取る前に、そこで彼女の意識は途切れた。


「ぅん……ハッ!」

 女騎士は眼を覚ました。身体を起こし、次いですぐさま頭を押さえた。どうやら酷く打ち付けたらしい。意識が朦朧とし、気分が悪い。しかし何故? 女は今、冷たい岩陰に座っていた。何故自分は此処に……。

「気が付いたか」声がして振り向いた。少し離れた場所で見張るように立つ男。落ち着いた風貌で、冗談の通じ無さそうな雰囲気の男が其処にいた。それを見て思い出した。そうだ、彼が……。「心配ない、ツレが結界を張ってある。まだ休むと良い」よく見ると光の薄い膜があった。その向こうに闇の者がいるが、コチラに気付かないようだ。「俺は松方弘人。呼び辛ければジュードでいい。見ての通り真面目と勤勉と礼節のレッテルを張られているスーパーヤパーナハタラキマンだ。君は?」

「あ、わ、私は……」不意に尋ねられ動揺した。呼吸を整え返事をする。「私はアリラ。青の国『エウルブ』の聖華騎士団長、アルトリディア・クロノアル・エルアバル・セレスティアだ。先程は助けて頂き感謝する」アリラはそう礼を言い、悔しがる。「だが……すまない、見ての通りだ。せめて街まで辿り着けば、何か報酬ペイを与えられるのだが」

「いや、通りかかった船だ。『情けは人の為ならず』、森の外まで同行しよう。しかし解せんのは、何故一人で『迷わず森』に。昔はそうではなかったが、今やこの森は旅人を迷わず森の奥底へと誘い込み、異形の怪物がそれを喰らう食人森……軍隊でも避ける森だぞ」

「一人ではない。なかったのだ。言っただろう、聖華騎士団だと。私は部下と共に、赤の国『デル』と緑の国『ニールグ』の隊と合流するため急いでいたのだが……」

「急がば回れ、だったというワケだ」

「迂闊だった。『夜の刻』はまだ先だというのに」

「夜の刻?」

「御存じない?」

「生憎、仕事以外のスキルは皆無でな。TVも見ないしSNSも解らん」

「そうか」アリラはその台詞を文字通り捕らえた。それが皮肉だと気付くには松方と彼の世界を知らなすぎた。「だが他人事でない。我らが姫にオラクル(神託)が下ったのだ」

 そう前置きして、アリラは語った。

「『黒き月、白き太陽を喰らう時、空の穴より闇よりも暗き夜の魔王現れ、世界は永久とこしえの黒に染まるだろう。彼の者は無何有郷のEREHWONエレフォーン。何処にも在り、何処にも在らず。彼の者を倒さんと欲すれば、透明ブランクを捜し出せ。其は何者にも染まらず、何者も染め上げない。だがそれ故に、何者をも見定める力がある。或いは全てを消す力も。其は空白。全てを断ち切る無貌の刃。捜せ、無を』

 ……その為に各国は騎士団を派遣し、我らもまたその一つ、その透明なる者を捜して旅を……だが、何処に居るのか、何時になったら見つかるのか」そう言って、ハッとした。何を自分は愚痴を言っているのだ。それも初対面の男に。そんな覚悟だから、こうやってまた……。アリラは話を変えるように、松方に言った。「マツカタは何処へ?」

「いやなに、俺にそのような大層な理由はない。営業の無茶ブリで開発が泣きを見るのは何時もの事だが、今度、天の国『ジンアムト』で開発部と営業部の内紛サバゲーが起こるらしくてな。その助人(及び後始末)として行くだけだ。だが、訊きたい情報ではそれではあるまい?」松方は単調な声でそう言った。ギクリとした。そう、訊きたいのはそれではない。「タダより怖いものは無いか? だが勘ぐりは不要だ。目的は無い。ただ単に、この森を通り君を助けたのはツレに頼まれてだ」そう、松方は眼を宙にやった。見るとそこには、雪の様な、綿毛の様な、淡い光が舞っていた。それはふわふわと松方の手に降り、ぽわぽわと光を明滅させる。「ありがとう、後はコッチで維持する」

「それは……『妖精霊リヌス』?」

 ソレを見てアリラは珍しそうに言った。「リスヌ」――それは「天の使い」を意味する言葉であり、この羽根ある光を指す名前。友愛の妖精フィアリスとも言う。かつては舞い踊る花弁のように辺り一面に在ったと言うが、今ではもう「金日の神話時代」や「銀月の御伽噺時代」の事である。アリラも見るのは子どもの頃以来だった。

「そうだ。みんな大好き妖精さん。時に人間の敵であり、時に人間の友であり、時に望んだ世界をツクってくれる、『記憶の宿屋』『夢現の薄明』『具現現象』と呼ばれる『影を持たぬ者』『役のつかない役者』『肉の殻の無い者』『水の子ども』『流星の子ども』『自らを閉ざす病』『目に見えていない者』『生まれつき身体の無い子ども達』『自己嫌悪で忙しい夜は反省文』、その名はテュテ」と言って、初めて男が疑問した。「……見えるのか?」

「え、ああ……。幼い女の子、白金の身体よりも長い髪、白金の瞳、白金の肌、白金の四対の羽根……可愛らしい服を着ているのだな」「ソレは俺の趣味だ」「そ、そうか……」

 アリラはその言葉に呆気にとられた。趣味という意味でも、細かいという意味でも。そんなアリラに松方は、「ふむ、しかし成程な」と合点が言ったように眼を伏せた。

「知っての通り、妖精とは『空想の友人』、その性質とは『幻』だ。憧れが大きい程に光眩しく大袈裟になり、逆に信仰を失えば光なく見えなくなる。故にコレを視るには真の眼が必要だが……意思も交わさずそこまで視るとは、お前は大した魂を持っているらしい。コレが俺を引っ張ってきたのも肯ける。今の時代、見える者は数少ない良き隣人だからな」

 そう言って、松方は初めて僅かに顔をほころばせた気がした。飽くまで気がしただけであり、アリラには確信が持てない。だから少しすねる様に、こう言ってしまう。

「羨ましいな。武術の心得はあり、魔術にも長けているとは。私など、この様だ」アリラは強く小さな拳を握り言う。「不幸は何時だって自分の予期せぬ所から襲いかかる。だから私は力が欲しい。例えそれが諸刃の剣でも、せめて誰かを守る力が」

 自分自身に、そう言う。己の心を鼓舞するように。ソレが正しいとでも言う様に。しかしマツカタはソレを聴き、「……だが、」と小さく呟く。

「『剣執る者、剣にて滅ぶべし』――何かを成したいのなら、力は必要だ。だが力を振るえば、何時か必ず、誰かに振るい返されるだろう」その言葉もまた、自分自身に言う様だった。だがアリラに対し、コチラはまるで戒める様だった。あるいは皮肉の様でも、嘲るようにも思われた。アリラにはそれが解らない。「お前は、その覚悟があるのか?」

 ソレを聴き、アリラは「それは……」とすぐ心を萎ませた。しかし、同時にこうも言う。

「けれど、痛いのは今なんだ」

 然り、だとマツカタは思った。後にその物語を見る者が小難しい哲学や解釈を説くのは簡単である。だがその物語の登場人物にとっては、何時だって今此処が現実である。そして何もしない者に何もしない程、世界は優しくも、また無関心でもない。弱々しく身体を縮こませるアリラは、まさに世界の重みに耐え切れず、寒さに凍える様だった。泣き出さないだけ立派だというだけだった。

 それを見てマツカタは思う。向いてないのだ、恐らく、刃を持つ事に向いてないのだ。そして実際、その姿は武骨な鎧や闘いの余波で汚れてはいるものの、その隙間から見える出で立ちは、戦場にいるにはあまりに美しいものだった。だからマツカタはふと尋ねた。

「……無粋な質問だが、何故君の様な女性が騎士を?」

「女では役者不足だと?」と、僅かに気を害したようにアリラが言う。

「そうではない。凝り固まった観念は緩やかな死だ。人事を見た目や性別で決めるのは愚策。しかし同時に適材適所という言葉もある。事業の窓口は女で固めるのが鉄則だ」

「ふっ、なら私は役不足だな」アリラは皮肉交じりに笑って、両手を広げて魅せた。「見て解らないか?」 

「? …………ああ、確かに」無遠慮にジッと見て、合点がいった。何故、戦地においてこのような美しい騎士がいるのかを。「さながら『オルレアンの乙女』か『民衆を導く自由のデエス』か……成程、『広告騎士』というワケだ」

「そうだ。私は『セレスティア』の称号を与えられたプロパガンダに過ぎない。年端もいかぬ可憐な女が闘う、ありきたりだが、胸躍るじゃないか」その言葉は自慢する言葉ではなかった。それは決して自らを誇る言葉ではなく、自虐し、嘲る言葉だった。「だが仲間は違う。私の様な偶然選ばれた村娘でも、ましてや必然で選ばれた貴族のご子息なんかじゃない。己の手で勝ち取った、正真正銘の本物だ。そんな彼らに甘えた、その結果がこのザマだ。闇の化生達に奇襲をかけられ、部下は私を逃がす為に囮に……。全く、不甲斐ないっ! こんな私の為に、命をかけてもらって、私は何もできないなんて……!」

 アリラは拳を握りしめ、己の情けなさに涙した。自分に力があったらと、自ら傷付いて行った部下を嘆いた。

「嘘だな」だが男は冷たい眼でソレを見据えた。「お前は恨んでいるんじゃないのか? 此処に居るのが別の誰かだったらと、免罪符が欲しいんじゃないのか?」

「な、何を言って……そんなわけない! むしろ私は部下に恨まれる方だ!」

「嘘だな。お前は何処かで、早く何もかも終わってほしいと願っているんじゃないのか?」

「そ、そんなわけ「いいや、思ってる」」男がアリラの言葉に侵入した。「早く終わってほしいと思ってる。地獄か天国かも解らない旅路で悩むなら、地獄でもいいから答え(アンサー)をくれと思ってる」気付くと男はアリラのすぐそばに居る。それどころか覆い被さり、艶めかしい手つきでアリラを撫でる。その言葉は甘く頭の中に入って行き、「何ならいっそ……」その手には漆黒の短刀。「俺が今此処で、終わらせてやろうか……?」男がアリラを見つめる。短刀と同じ、黒い光がアリラを映す。そのまま瞼を閉じ暗闇の中に堕ちそうになる。堕ちてもいいと思いたくなる。だがその一瞬、男の瞳の中に、何かを見た。「そ、それは、マツカタの方じゃないのか?」「何?」「いや、違う。貴方は既に終わっている。終わったまま続けている。何が、そこまで……」

「……チッ」小さく、だが酷く不快そうに舌打ちした。しくじったとでもいうように。「仮にも妖精眼マティアか。目は口程に物を言う、瞳を合わせるだけで魂を覗かれる」

 しかしそんな不快そうな顔はすぐに消え、それどころか首を振った。「すまない」とでもいうように。初めに仕掛けたのは自分なのだから、コレは自業自得というものだ。松方は小さく息を吐き、空を見上げた。そして、ポツリと呟いた。

「俺にはザワンと成る友がいた。彼奴アイツは何時も悩んでいた。自分がこの世界を手にしていいのかと、自分が導くに値する器なのかと。俺は裏切るべきだった。ただの一個が思い上がるなと、己が刃を向けるべきだったのだ。だが出来なかった。俺はアイツを裏切れなかった。ソレが俺のカルマ選択肢ドグマ刻印スティグマ

 ――主よ、主よ、何ぞ我を見捨てたもうや!

 そう叫べど応えはない。当然だ。捨てたのは己なのだ。耳を塞いだのは己なのだ。己は裏切ってしまったのだ。裏切る事を裏切ったのだ。

「そして同じように、彼奴は己に与えられた苦しみを裏切った。神の与えた死を拒み、自らの力で『復活アナスタシス』した。あの道化師ラビはそれを神の力などと偽り、こうして彼奴はこの世に君臨した。神に使える事を止め、神の力に使えた。もはや救世と望まれる人々に担ぎ上げられた大工の子ではない。本当に『人の子』となったのだ」

 ――汝、今宵の鶏鳴を待たずして、三度我を否むべし!

 自分は信じ切れなかった。彼を真に信じるのであれば、大胆に罪を犯してでも背を向け刃を向けるべきだったのだ。

「だから俺は今から歩む、己の正義を。例えこの世全てが彼奴を崇めようと、俺だけは彼奴を憎み尽くす。同じ道を歩む者だけが正義の使徒だ。正しいと思う事をする者が正義の味方なのではない。彼奴には彼奴の正義が在り、俺には俺の正義がある。例え神の思う絶対の正義が在ろうとも、もう、俺には解らない。

 そうだ。今はもう、俺は数字拾い(カルト)じゃない。だが、その名を誰かに渡すつもりも毛頭ない。そして過去は決して消せやしない。俺が俺である故に。過去が今に続く故に。この今は亡き母の左眼と、父の右腕にかけて、そして奴等から奪い我が身に刻んだ『聖血』、『聖躯腕』、『聖骨』、『聖布』を持って――俺が、アイツの、『敵』となる」

 俺はあのとき裏切れなかった。ソレが俺の最大の裏切り。だから今度こそ俺は、お前を裏切る。そしてその後は、この首を差し出そう。ソレが俺の贖罪で、断罪だ。

 ――ゼンソーわやうわーていうおるのにいかいうてるかオノレは

 おわっていないのです わたしのせんそーは おわっていないのです あんまーよ

 ――まらはからぬな マクわおり ヒはきえ ヒャクわかえった なんぞオンシごちでおどりゃんせ ダレぞみる もうなにもかもやうわーていう

 ――おわっていない あんまーよ ははうえよ わたしのせかいが おわっていない

 まらはからぬかオンシわ ヤマトウぬぴーたいぬしゅーよーぢょいれられておったのオンシわみたのーあらんな テンノーヘイカんぎょーさんすてくびぃちょちょりらっとーせ

 そう言ってソイツは手にした白い物を掲げる。アイツがカミを持て手に吊るすのは真っ白なナマクビで わらいながら ちかづいてくる そうやってちかづいてくるきゃつのくびももうすでにない ではオノレは? オノれノ苦ビハど散らに

(消えろッ!)松方は心に咆哮した。(母を騙ってくれるな、亡霊め!)

 するとその幻は消え果てる。この森の陰気マイナスの所為だ。アレにかかれば、どんな幸福も、幸福な分だけ不幸になる。それは敵ではない。闇は敵ではない。ただのコインの裏表。背界。鏡界。地表の裏。私はお前。もう一人のシャドー

(止めろ)松家は小さく呟いた。だがその小ささは、なまじ大きく吠えるより、何倍にも圧縮された声だった。(言われずとも解ってる。応ともよ。己が進む道はこれ一つよ。幕は降り、火は消え、客は帰った。何ぞ己一人で踊り狂う? それは終わってないからだ。誰の拍手など要らぬ。野次馬頭など知るものか。己は己の舞台の為に、御主等の幸せをただ壊す。己の世界が壊れるのを、見知らぬ振りした御主等に、同情は尽き果てた)

 松方は小さく息を吐き、空を見上げた。木々は鬱蒼とし、光は見えない。それでもその向こうにソラがあると信じ、見上げるのだ。何時かそこに辿り着けると信じて。そこに待つ場所は「ラクエン」か、それとも「シ」か? それはまだ、解らない。そう、解らないのだ、何時だって。その時にならねば解らない。インターシップでは白の様でも、実際にその職場に就いてみなければ、本当の色は解らないのだ。

 アリラは男を見つめた。その背は大きく、だが弱々しく見えた。出来れば自分が後押ししてやりたい気持ちに駆られたが、その為には自分は余りに非力だし、何より、自分が入ってはいけない領域の様な気がした。

「……さて、そろそろ行こう」松方が腕時計を見て言った。「日が暮れる前に此処を出ないとな。何、酔っ払った上司の送りには慣れている。何なら街まで送ってやるさ」


「はあ……はあ……はあ……」

 走っていた。腕を振り、足を回し、息を切らし。逃げるように走っていた。だが今は独りではない。前を男が走っている。

 走る場所は光射さぬ黒より昏い闇の森。そこは闇の力が支配する場所。歯を持つ芋蟲、触脚と触覚眼を持つ翼獣、剛毛巨躯の二足獣、肉の爛れた四足獣、それた彼境より漏れ堕ちし「光に愛されぬ者」が住む場所である。その場所を走る者はこの場所に似つかわしぬ女。そしてあまりに似つかわしすぎて見えなくなってしまいそうな男。

「はあ……はあ……はあ……」

 その後を何かが追う。それらは怪物か。化け物か。あるいは影か。いずれにせよ闇の者。決して逃れられぬとでもいうように、闇が刃を持って光を追う。牙をむく。爪を立てる。迫り来る。子羊を追う獣の様に。あるいは上等な果実喰らおうとする歯蟲のように。

「はあ……はあ……はあ…………アッ!」

 女騎士が倒れた。無理もない。もはや何時間走っていたか。それも鎧を背負い、敵におわれ、視界は闇、足元は苔むし滑りやすく、女が思う以上に体力は削れている。だが、

「大丈夫か」今はそれを支える者がいた。無様日に転がることなく、重い鎧をまとった身体を支えられる。不愛想だが、頼りに思えた。「休憩しすぎたな。やはり『考えて置く』という曖昧な返事ではなく、スパッと決めておくべきだったか……いや、もう遅いな」

 そう、もう遅い。その身に影が伸びていた。

 その影形は人。だがそれは決して人ではありえない。彼らは闇化生オーク。光射さぬ地下、あるいは死の冥府から這い出してきた、猿のような、豚のような姿をした悪魔。その身体の醜さ、穢れさ、愚かさ、臭さは、そのまま彼らの魂を表している。鎧服も武骨でみすぼらしく、剣や斧は誰とも知れぬ血と糞尿で鈍色にささくれ立っている。

『BBGYBGGB(やっと追いついたぜ、観念しな』

『BGYAGYAGY(今度はツエー仲間を連れて来たぜ』

『BGGGAGGA(やっちゃっください、オーガさん)!』

 闇化生達はそう言った。すると鬱蒼とした木々の中、地を響かせる音が在った。それはその者の強大さを如実に示し、次の瞬間、その力が爆発した。隠れた霊が姿を現し、数多の大木が金棒によって薙ぎ払われる。現れし者は畏角オーガ。東方にては鬼と習合される、「悪」「恐怖」「力」の象徴して扱われ、その強大さ故に時に神と同列にさえ扱われる「異端」の象徴、外法の存在、外来の者。安定した人の世を侵犯する、不安や苦痛を現象した、この世ならざる無法の邪霊。

「あ、ああ……」アリラは恐怖した。人間より遙かに大きく、闇化生が三体合わさってもまだ届かない。血が固まったような赤黒い体躯。焔が意志を持ったのような無為の力。それはまさに暴力でありどうにもならない。だが、

「心配無用。俺は自分から仕事はしないが、請け負った仕事は何があっても完遂する」

 そう男は言うのだ。感傷でも同情でも何でもなく、ただの仕事だとでもいうように。

『PGYAAAA(ははは!).GYAGYAGGy(そんな余裕も今のう)――』

『黙れ』闇化粧が殴られたようにきょどった。実際には殴られていない。だが強大な存在による言葉とは、それ相応の力を持つ。『我ら畏角は力の象徴。そこには何者の意志も存在せぬ。それがお前達の意に並んだのは、奴と闘えると聞いた故の事。でなければ、我々が貴様等下等な者と並ぶものか』

 奴、つまり男。鬼は唸るように言葉を放つ。アリラもまた男を見る。このような怪物に狙われるなど、一体、この男は……。

「その魔長、『巨蟹宮・Ⅶの引き出し〈戦車〉』の一品か。久しいな。名は知らんが」

『それでいい、Ghettoを往く者よ。所詮我らは影なれば名は不要。その意味は血で語る』畏角は黒く太い、針山のような金棒を男に向けた。『「今宵汝は我につまずかん」――それがお前の選んだ道だ。それをお前は知っている。闘え……闘え……ソレが貴様の真(Sin)故に』

「闘うさ。それが俺の理(Re)故に」松方は外交鞄を妖精に渡した。小さいながらも軽々とそれを持つ。「アリラも下がっていろ」

「な、私も闘う! おめおめと守られてばかりなど騎士の……!」

「本気か?」言われ、アリラはぐっと口ごもる。自分の力らの無さを痛感する。「……悪いが、俺はソロプレイヤーでね。一人の方が気が楽なんだ」

 アリラは僅かに驚いた。慰めるような言い方だった。だがその雰囲気は過ぎに消え、松方は畏角に向かう。

「さて、では商談ビジネスを始めよう」

『何時でも来るが良い。我が門は常に開いている』

「ふん、透明性と信頼性は違うぞ? だがそう言うのなら、魅せてもらおうか」

 そう言って松方は前に進んだ。そして闘いの署名を口にする。

「『これは契約に非ず友である。これは義務に非ず愛である。それでも力貸さんとするのなら。この声この魂に従いて。昏き路を共に往かん。呪われし運命を共に抗わん』。役者補足 舞台適合。設定決定。御約束ロード『キングズ・ギャンビット/単独』」そう一人静かに語り、そして最後に、「――Ptay to your God.」そう言って、彼は第二指と第三指の二組ジアヅで十字を切った……親指は無く、三組ではなく。それが彼の心の表れだった。

 闘いの幕が切り落とされた。

 牽制フェイントも無しに突っ込んだ。強い力と大きさを持った相手には下手な策はまとめて吹っ飛ばされる。故に真正面からの攻撃が良手。松方は首帯を趣流しゅるりとほどき、邪気ンッ!、と大きな剣となす。更に反対側にも剣がある。小剣だ。これは左手の小剣にて攻撃を防ぎ牽制し、右手の大剣にて相手を仕留める、攻防一体の戦法である。

 畏角が金棒を叩き落とした。松方はそれを逆手に持った小剣で受け流すと同時に小剣を畏角の眼に向かって投げつけた。それを避けるため畏角は首を動かす。が、その時に松方から眼を離した。戻した時にはもういない。何処だ。

「後ろだ」畏角が素早く後ろを振り返り、それ以上の速さで金棒を振った。だが手応えは無い。「本当の事を言うものか」

 その声の場所は上。松方は後ろではなく畏角の真上に居た。大きく振りかぶった畏角はソレに気付くも体勢を戻せない。松方は大剣を大きく振り上げて、無防備な脳天へと叩き込む。だが、

『効かぬ』弾かれた。頑強な鋼鉄のように。『我が肉体はそのまま武具にして防具。生半可な意志で害せはせん』

「なら次はコレだ」男は素早く首帯を首に戻し、手を宙に掲げた「テュー、Ⅰ番」

 そういうと共に、妖精の持った外交鞄から何かが飛び出した。長短の棒を直角交差させたような物体。松方を丸々覆う程の巨体。四葉を思わせる姿体。それは「選ばれし者」だけが持つとされる、呪われし聖遺物の一欠片。聖骸布、聖釘、聖槍、聖杯、後、聖骨とか聖血とか聖肉とか聖母乳とか聖石とか……まあ兎に角、全部で十二つあるとされる「十二トオニツの光る武具レリック」が一つ。その名は――

「単独対界兵器ガ一〈十字火砲クロス・ファイア〉」邪気ンッ!、と松方が交差点に備わった銃把グリップを握った。その重量は畏角の持つ金棒十個より遙かに重く、身体を腐った大地へと沈ませる。だがその重さが存在をこの世界にしっかりと根付かせる。この魂と身体を縛り付ける重さこそ、この世界への存在証明!「ロックンロールだ。Let’s GUN=SING」

 ガン=シングは統計学という堂々とした嘘により作られた接近格闘技術。中距離銃撃戦を無駄に近距離で行う事により何やかんやで凄い強い。それはまさに無駄に洗練された無駄のない無駄な動きであり、この体捌きを極める事により攻撃効果は120%上昇、防御面では63%上昇、バレット・バレエを極めたものは無敵になる!

『ぬうっ!』

 交差した長身の先から火を吹いた。それは死の舞踏の始まり。銃火は熱。熱き火が心を湧き立たせる。銃光は装飾。輝かしい光が役者をライトアップする。銃音は鼓動。猛き音が律動となって舞台を高ぶらせる。それはまさに「多銃奏デス・バレット」。その嵐のような銃撃に、さしもの畏角も顔を歪める。

『P,PG,PGYAAA(お、おい、押されてるじゃねえか)!』『PGYARITEA(畜生め)!』『GYATEGYATE(なら四対一だっ)!』

 闇化生が斧や棍棒を持って松方の背後から襲いかかった。アリラが「マツカタッ!」と叫ぶのと、松本が消えるのは同時だった。

『『『PGアリャッ!?』』』「上だ」

 事実、今度は上に居た。跳び上がり闇化生たちの攻撃を躱していた。しかし何故今度は本当を言ったのか、それは闇化生に注視させ動かなくするため。

「モード転化・〈無礼道(BRADE)〉」

 邪気ンッ! と十字火砲が変化した。銃身が鋭い刃と化す。松方はその巨大な剛剣を短身に備わった剣把グリップを握り易々と振り被る。振り被ると同時にその剣身が黒く放電スパークするッ!

「『月華――雷光閃』」

 松方が無礼道を叩き降ろした。それはかつて千年前に世界を救ったとある救世主猫が使ったとされる伝説の奥義の一つ、月の如く弧を描く美しくかつ風流な雷属性剣技奥義(SP180)。その奥義は文字通り雷撃の速度と威力で闇化生を斬り裂き、迸る放電が残骸を灼き焦がした。莫迦な、闇化生の形は呆気なく、跡形もなく消え去った。

『流石だ。コチラも覚悟を決めよう』畏角が闇化生の末路を見て言った。恐らく、自分では勝てないだろう。だが、それは初めから承知の上だ。それでも闘うのは誰かへの忠誠心や与えられた使命ではない。ただ単に、自分の力量を試したい愚かさ故。畏角が己に力を込めた。頭に生えた一本の角が太く伸びる。更に左右に二対の角が生えてくる。赤黒い肉体は更に黒さをまし、しかし焦熱したように燃え盛る!『Shuuu……これぞ『デーモン(鬼神)の相』。地獄から一時的に許容を超える闇を取り込み、莫大な力を得る鬼術。その己を超えた力は、自我さえも崩壊させる』

「成程。なら俺も、その心意気に応えよう。テュー」

 そういって男は妖精を呼んだ。外交鞄から小瓶が飛び出す。松方はソレを親指で開けてグイッといった。力が体中にみなぎる、みなぎるッ!

 それは魔法道具「RE―AGAIN」! それは一飲みで24四時間の力が得られる命の雫! 呑めば勇気のマークが胸に宿る! エネルギーがFLOWする! だが彼の場合一分ももたない。何故なら今から行おうとするその能力ちからはエネルギーを消費し過ぎてしまうからだ。逆に言えば、これは24時間分のエネルギーを一分で使い果たす程の超火力――その能力とは!?

「最速起動 陣形構築 精霊展開 汎用術式召喚インクルード SCPを全て省略ブレイク 環境設定は自動に同期 言語を『モルダレ』に統一 コード入力 拘束制御―拾番・玖番・捌番解放 第壱から第弐漆まで回路指定 心魂直列 魔子圧縮」

 松方は詠唱を始めた。莫大な魔力が松方に収斂する。飽和するエネルギーが物理法則を歪めていく。空間が曲がり亀裂が入る。物質世界の法則が乱れ霊質世界が顕在する。

 《Phase transition wait: 3…2…1…DONE(相転移まで後参……弐……壱……臨界点)》

 それに追随するは十字火砲。機械声が松方をサポートする。

「全力解放 限界突破 指定領域内で任意条件まで無限反復 定数宣言 右腕固定『火天大有』左腕固定『風天小畜』 乗算 交差 術式統結『雷天大壮』 術式代入 代入先をYDに照準ポイント 解析変換コンパイル 解放展開ビルドアップ

 《WARNING! 1249 The variable’1249’ is being used without initialization. Unexpected errors occur.(不初期化により代入宣言不可 壱弐肆玖番の数値設定が未入力です このままでは予期せぬ問題が発生します)》

「無視 無視 全て無視 実行 実行 未知数のまま強制実行 処理開始プロセススタート 聖約主題テスタメントタイトル『万魔装甲』」

 《OK/ *Forced Code =666* Boot; ‘PNDEMOR’ GO NOT TO DROP YOUR HEART: 10…34…89…GO!(了解。問題内包のまま処理開始 ここから先は自己責任で突っ走ってください 完了状態・壱零%……参肆%……捌玖%……完了)》

 瞬間、松方を中心に闇が炸裂した。アリラはあまりの眩しさに眼を閉じた。そう錯覚した。実際はただ視界が暗くなっただけだった。それ程の闇だった。それは輝かぬ光。闇の光。その姿はまさに天より堕とされた雷の光。黒き堕天使!

「起動完成・魔人一体〈輝けぬ金色(BLAIGHT)Ⅲ〉」

 邪気牙ンッ! そして彼は降り立った。十字火砲が分解され、磔の如く松方の身体を縛り上げる。男の存在と交差クルスする。その見た目は戦闘機械を思わせる悪魔の騎士。松方の身体、魂、存在が内部諸共変化する。その姿、全身全霊、怪力乱神!

「一気に決める。第零零零楽章『虚影のメイアン』」

 《OK. FINAL VENT: Qliphoth{ if(act) pass(Qimranut, Bacikal, ⧝)}(起動『虚影の樹』 小径・拾番から壱番まで解放 攻撃と共に無限闇流出)》

 SPAAAAAAAAAAAAAAAAARK!!! 男の背に黒き光輪(aureola)が輝く。生命から反鏡する暗黒閃光が男より放出する。それは闇。だが闇は敵ではない。闇とは対。モノの影。アンチマター。同じ世界の裏表、混沌より生まれし創世の闇!

『お、お・お・おっ! 天より堕とされし悪魔が、今、再びGOSHへ……ッ!』

 畏角がその光に瞠目した。動けない。だが腰が抜けたワケでも怯えたワケでもない。それは一種の、高揚、羨望、憧憬! 

「我は放つ光の黒刃 黄昏より輝く悠久の星 血の流れより赫き獣の王 その呪わしき命運尽き果てるまで 我は求め勝ち取りて 無貌の力は仮面を被る

 我 希望と絶望を蹴り殺し 我 闇と光を消し去る者

 我 七つの災いを飲み干して 我 千年の幸福を喰らう者

 我 自ら世界の理より外れる者成れば 我 共に滅びへと至る愚者とならん

 座王の魂すらも打ち砕き――」

 男は空に向かって飛び上がった。畏角がそれを防ごうと雄々しく叫ぶ。

 だが無駄だ。祈りで神の助けを乞えれども、神の裁きは超えられない。ましてやそれは神を喰らう悪魔の一撃。否、その悪魔さえ喰らう人の一撃。孤児オーフェンにて殺人者スレイヤーたる楽園を毒する蛇王アクスピレオスが放つ、人の一撃。我宣ふ、「復讐するは我にあり」、我是に報いん。

 閃光はもはや弾けない。全ては男に向かって収束し、ただ、一個の力と成る。そして、

 ――剣執る者剣にて滅ぼすべし(Punish with the sword all them that take the sword)。

 地に堕ちた。

「〈滅天セーガ・サタン〉!」

 壱 弐 参 肆 伍 陸 漆 捌 玖 拾――天より閃く雷光カヴの如く、回転する炎の剣は輝ける闇となり、畏角の脳天を直撃した。それを防ごうとした畏角の金棒ごと、畏角を粘土の如く頭から股まで正中線で両断した。力の余波はそれだけに留まらず、地面を大きく穿つ穴を中心に黒い森を吹き飛ばした。

(す、凄い、これが彼の力。森が一気に吹き飛んだ。あの畏角までも容易く……!)その力を魅せ付けられ、アリラもまた瞠目した。そして同時に合点した。その力の由縁を。(だけど、そんな……もし私の考えが正しいのなら、あの人は、いえ、あの者は――ッ!)

 と、その時、『ふはははは』と笑う声があった。畏角である。まだ生きているのか、とアリラは思ったが、男はソレを見るだけだった。もうその存在に敵意は無かった。事実、その岩石のような表情からは読み取れないが、畏角は笑っていた。

『……見事でございます、我らが『敵対者』。『かつて光をもたらした者』。貴方はこうやって、我らが王とも闘うのですね。それが貴方の、選んだ正義ドグマ……』

「そうだ。俺は奴を殺す。皆が崇め奉る王を殺す。『裏切り』――其が俺の存在理由故に、テーマ故に。ただ一つ違う。是は正義ではない。是は俺の――我が儘だ」

 畏角の言葉に無感情に応えた。それが自分の仕事だとでもいうように。

『そうですか。ならば精々頑張りなさい。その先が崖だと解っていながら走るように』

「……ああ」

 男は畏角に短くそう言った。その畏角の身体に線が入った。白い線。

「あ……」アリラは空を見た。そこには蒼い空が在った。「光が」

 黒い森が切り払われ、遮られていた空が見えた。アリラが眼を戻すと、その白い光に当たった畏角の身体が石化した。光に愛されない闇の者達の宿命である。

 そして松方の黒い鎧もまた光に当たると弾けるように解けたかと思うと、元の十字火砲に戻った。その十字火砲を逆さにし、灰となった畏角に対し突き刺した。石化した畏角の身体が砕け散る。その様はまさに「天への鍵」。「無価値」を示す意味もあるが、コレは松方なりの、「解放」の意味であった。

「貴方よ、また一つ魂が旅立ちました。願わくば、迷わぬよう導き給え。我らが往く道に絶望が在ろうと、不幸が在ろうと、貴方が安らかに見守るならば、我らは強き意志を持って進みましょう。闇に光る、星の様に――」

 そう言って彼は、親指の無い二本の指で十字を画いた。神と子を繋ぐ、精霊を欠いたニ位一体の指で。何処か懐かしい旧友に投げかける様に。それに対し、アリラは呆気にとられ、言葉を出そうにも出せなかった。いっそ、恐ろしささえ感じられ……だが、

「行こう。日が暮れる」

 次にそう言った時には、もう初めて会った時のような無感動だった。テューの持つ鞄の中を受け取り、その中に十字火砲を「しゅんっ」と折り畳む。その事にアリラはホッとし、何故か、とても寂しくなったのだ。


 森を抜けた頃には空は紅く染まりつつあった。何とか日が暮れる前に出られたようだ。森は少しばかり高い丘となっていた。風に吹かれた森の葉が、丘下の草原へと流れていく。その流れた先には人の路と、そのずっと先には街が見えた。美しい光景だった。だがそれも日常になれば、特に思う事も無くなるのだろう。だが今、美しく、この風を心地良く感じている事は現実であった。

 まるで物に語る「ARDEN」の様だった。あの緑と獣が詩うのどかな大地の――松方はかつての望郷に頭を振り、此処まで来れば一先ず安心だな、と言った。その物言いは流石に少しばかりの疲れが見えた。闘いは先の闇化生と畏角だけではなかった。闇の獣や蟲は無差別に襲ってくる。それを全て彼が倒してくれたのだ。凄いと思った。情けない事に。

 しかしその疲れには些かの不快も見られなかった。この程度は日常茶飯事だとでもいうように、或いは当然だとでもいうように。一体、どれ程の戦場を越えてきたのだろう。

 だがアリラは思う。自分の考えが正しければ、それも無理のない事なのだ。

(あの力、あの黒光、あの存在力。まさか彼があの『偽りの賛美』、あらゆる世界の数値を書き換えたという伝説の反逆者ア・カウンター、『世界王』が王と成る前の彼の者に仕えたとされる、イスカリオテの――でも、彼は地獄第九圏・永氷地獄コキュートスに封じられているはずでは……)

 尋ねるべきだろうか、アリラは思う、まずは自己紹介をしてくださいと言うべきだろうか。それとも――アリラは自分の腰に手をかける。そこにあるのは白銀の剣。己の偏見的なフィルターにかけ、足を斬り落としてしまうべきか。不意を突けば、一太刀で……。

(できるわけがない)力量が足りなすぎる。(それに……)思ってしまったのだ。彼は、何処か自分に似ていると。本当は逃げたいほど辛いくせに前を進む姿が……いや、自分は誰かに望まれているだけまだマシだ。ああ、そうだ、自分は……。

「ありがとうございます、マツカタ。助かりました」

 アリラは微笑みながらそう言った、右手を胸に当て、そう礼を言う。それは「心から言っている」という意味の、アリラの国の所作である。

「……何も訊かんのか?」それは松方も知っており、故に僅かに訝しげにそう尋ねた。「今まで会って来たものは、フラッシュで眩しくインタビューするか、恐れて近づかないかのどちらかだったが」

「それは優しいリップサービスでしょう。私がそのような特別な存在のはずありません。きっと多くの者に感謝されてきたはずです。それと同じように、私もまた思います。貴方はマツカタです。今まで会ってきた誰かのように、私を助けてくれた、優しい人です」

「ふっ、『俺は俺』、か。そうだな、過去は捨てられん。ソイツがソイツである限り。そして捨ててはならない。それ故に今があるのだから。例え自分以外に成りたくとも……」

 そう言って、松方は肩をすくめ、手の平を見つめた。自分は自分の罪を否定しない。この罪は自分だけのものなのだから。否、捨てられるものか。どうして捨てられようか。

 ――あの方への敬愛を……!

 松方は慟哭した。だが傍目にはソレは解らない。解るのは、血が肘から滴れるほどに握りしめる拳だけだ。けれどもアリラには解る。見える。読める。

「表裏一体なのですね、マツカタのその方への想いとは。……ですが、なら、やはり貴方は優しい人です。今私がこう想い、今もまた何時か過去なれば」

「傷つけない事と、優しさは違う」松方は血を払って言った。「だが、そうだな。なら、俺の名刺にそう加えておこう。『時々優しい』とな」

「ソレは逆に怪しいですね」

「お似合いだ」松方はそう言い、僅かにほおを緩めた。アリラにつられて笑っていた。次いで、「……敬語?」と、ふと気付いたようにそう言った。

「あ……」アリラがうっかりした、という様に口を押えた。「すいません。元々は、コッチが私の喋り方で……先までの口調は、強く魅せるように言う、堅い口調で……」

「いや、いいんじゃないか? そっちの方が礼儀正しくて、可愛らしく見える」

「可愛らしいですか。強い方が良いですけど」

「しかし賢人曰く、『愛嬌とは自分より強い者を倒す柔らかい武器』と……」

 と、松方が冗談を言おうとすると、

『おじょ――――――うっ!』

 そう、遠くで声が聴こえた。一つではない。あれは、

「皆! 良く生きてて……っ!」

「お仲間か?」

「アレが我ら聖華騎士団の者達です! おーい、皆、コッチだーっ!」

 そう言ってアリラは剣を掲げ振った。それは涙ぐんでいたが、確かに嬉しそうだった。そんなアリラは見て、松方は静かに言った。

「……お前はまだ広告騎士を続けるのか? 自分に嘘をつきながら」

「え……」アリラは一瞬その言葉を受け止めかねた。だが、すぐに凛とした力強い言葉で応えた。「はい。私はそれでも構いません。自分に嘘をついてでも私は此処で闘います。本当にならなくとも。……それに、」思い出したのだ。あの頃の自分を。彼は、何処か自分に似ている。本当は逃げたいほど辛いくせに前を進む姿が。いや、自分は誰かに望まれているだけまだマシだ。ああ、そうだ、自分は……。アリラは少し口ごもり、恥ずかしそうに、「カッコいいと、妹が言ってくれるのです。私はそれが嬉しくて、ですから私は、カッコよくありたいんです」けれども誇らしそうに、はにかんだ。それは優しい笑みだった。

「……そうか。ソレがお前の原点か。偽りでも舞台で踊るか。それもまた一つの在り方だ」

 そう言って、ふと思った。「役者とはそうなのかもな」と。役者とは如何にエンターテイナー足れるかだ。夢の様な嘘をつけるかだ。騙されてもいいと思わせられるかだ。

 そして例え全てが虚実だとしても、その夢に憧れた思いは、熱は、他ならぬ――。

「『おお、燦然と輝く乙女よ』! 良かった、無事だったんですな。森に光が生えたらいきなり怪物達がビビッて逃げたんで、何事かと思いましたがね。俺達は『遂にお嬢が覚醒した!』『神化した!』『本気モードだ!』『きっと、翼とか牙とか生えて眼からビーム出すんだぜーっ!』とか何とかワクワクしてたんですが……別にそんなことはなかったぜ!」

 騎士団が松方達に追いついた。それなりの歳だろうが、そのハツラツとした言動からずっと若く見える、アリラの部下の中でもリーダー格と思われる剣士が、笑いながらチンピラの頭で大仰にそう言った。その後に続いて、他の部下達も口々に、「やーお嬢大丈夫ですか!」「お嬢、下の膜は無事ですかい?」「腹は脹れちゃいませんかい?」「レイプ目になってませんかい?」「魔物の慰み物になったりとか」「触手とハッスルしちゃったりとか」「『くっ、殺せ』なんて言っちゃったりとか」「闇堕ちとか」「むしろ踏まれたい」「そんなイヤーンな展開はなかったですかい?」などとどかどかとあっけらかんとプライバシーにかかわる事を言ってくる。これには聖女も辟易である。

「げはー。折角生きて再会して第一声がそんな事しか言えないお前達にイヤーンだよ!」

「はっは、これだこれだ」「このツッコミが無きゃな」「んだんだ」「顔赤らめてさ」「嬉しいくせに」「生き返るわー」「まあ俺は逆にツッコミたいけど」

 それに対しアリラは反発する。だが仲間たちは慣れた様にからから笑う。

「ええいだからそーいうのは止めろと言うに! 拾った命を捨てたいか貴様等!」

 いやあだってなあ、という言葉を皆ニヤニヤして顔に出す。

「ぐぬぬ」アリラは身体を震わして仲間を見た。次いで肩を落として、「そんなに、私は頼りないか……」

『まあぶっちゃけ命を預けるのはゴメンすね』

「ぐはっ!」アリラは身体を震わして仲間を見た。次いで肩を落として……だが、それでは何も変わらない。決めたのだ。嘘でもいいから、私はやると。「いいか、私は強くなる! 皆に支えられる私ではない!」

「その台詞もう今日で十と三回は聴きましたがね」

「ぐ、今度は違う。今度こそ私は強くなる!」

「この人は何時もそうやって強がって敵に腹パンされるから困る。狙ってんですか?」

「ちちち違うわ!『頼まれたら嫌々でも逆らえない』とか『堅物そう故に悪い男に引っ掛かりそうな女』とか言うな! 私は強くなる! 強くなるったら強くなる!」

「そして『ひとりでできるもん』?」

「それは……!」

 勿論、と言おうとした。今までの自分ならそうだったろう。だが知ってしまった。ソレがどういう事なのかを、自分によく似た者を見て。だから、アリラは……。

「無理だ」胸に手を当ててそう言った。弱々しく、けれども力強く、「だから皆、私を支えて欲しい。私ももっと頑張るから。認めてもらえるように頑張るから。だから力を貸してほしい。私に少しでも命を預けて欲しい。私もそれに足る命を賭けるから、だから……!」

「支えて欲しいって、最初っから支えっぱなしっすけどね俺ら」

「はーん!」

 アリラは膝をついて項垂れた。渾身の台詞だったが、何時ものように軽く流され返された。森を駆け抜けてきたアリラにそれを受け止める気力は無かった。

「……ま、前よりかはマシなんじゃネーノ?」が、頭の上からそんな声が聴こえてきた。見上げると肩をすくめて笑っている仲間がいた。「自分だけでしょい込もうとして潰れるよりは。なあ?」「まあな。休憩中に特訓して実地でへばるよりは」「ああ、前に出過ぎて遙か後方へ吹っ飛ばされるよりは」「嘘情報つかまされて意気揚々で帰って来るよりは」「力任せに剣振ってすっぽ抜けるよりは」「行き当たりばったりに新魔術唱えて自爆よりは」

「死にたい」

 アリラは膝をついて頭を垂れてそれどころか仰向けに地面に転がった。何か今日はもう疲れた。頑張るのは明日にしたくなってきた。もうこのまま眠って……

「まあでも、一人でこの森を抜けたんですからね。それなりに味方も改めましょうか」

「え? い、いや、それは違うぞ。私だけじゃなくて、この人が助けて――」そう言って、

 アリラは振り向いた。振り向いて気付いた。「……マツカタ?」

 そこには誰も、いなかった。


 ――もしお前も、この日に、平和をもたらす道を知ってさえいたら……。

 そう、彼の者は言っていた。これがお前の知る平和だと言うのか。「ほんとうの幸」へと至る道だと言うのか。ああ、平和なのだろう。実際、世界は大きな眼で見れば幸福だ。例えその幸福の由縁を知らず幸福と思わされる羊の幸福ユートピアだとしても、あるいは外の世界を知らずそれが幸福と思わされる羊の幸福パラダイスだとしても。だからその最大多数の最大幸福を、己の勝手な気持ちで壊そうとする俺は、全く世界のユダなのだろう。ああそうだ。俺は愚者だ。目の前の崖に猛進する者だ。「それでもいい」と、俺は――

 光の綿毛がちろちろと男の周りを飛んでいた。テュテだ。何か言いたげな様子である。

「……ん? いや、こういうのは、人知れず去ると相場が決まってるだろう?」

 グルグルと男の頭の周りを廻る。

「『街まで送ってやるさ』、と? 口約束や口頭契約は法律上有効だ。だが法律など、所詮は『その法律が通じる社会』での法……渡り鳥の俺には関係ない。それに、風来坊エキストラの役目は此処までだ。後は、この世界が彼女達を強くする」

 そう言って、男は振り返った。もう彼女達は遠くに見えない。それでいい。彼女達には彼女達の物語がある。そして俺の歩く道は、振り返れどフリ変えられない道である。帰る居場所などもう何処にも無い……。けれどもこれは物語ではない。誰も語らない者語だ。

「【神の涙(CELESTEAR)】か。果たしてその光は路を惑わす愚者火ファトゥスとなるか、勝利導く聖火グロリアとなるか……」

 そう呟いて、男は彼女達に背を向けた。あの方に祈るわけではないが、見守る者がいるなら見守ってほしいと、そう思った。

 コレは、みんなのほんとうのさいわいを探す物語――

 ~次回予告~ BGM♪(たらららーたーたーたたーry)

 組織を潰す事が目的のジューダスは遂に因縁の相手、光る武具が一つ「聖釘」を持ち家族を殺した十二愚者の一者「全てを知る者」と対決する。心を焼き尽くす炎を操る全てを知る者に対し闘いを有利に進めるジューダスだが、全てを知る者は何と死んだと思われていたジュ―ダスの妹マティアを連れて来る。ええっ! ジューダスが組織に戻らなければ彼女を新たな十二愚者にするっていうのかい!? 駄目よジューダス、妹さんを見捨てては駄目! それじゃあ、家族を裏切った組織と同じにっ……!

 次回「†BLACKXLEGEND†」第3141592653話『シアー・ハート・アタック! 出るか、逆転の四回転ジャンピング焼きDOGEZからの倍返しだ! シメオン、散る ~そして廃人へ~』 シューカツスタンバイ!

 ♪ED「オレたちバブル乗遅組」

 どうせオイラはバーコード~♪ 二十四時間バーコード~♪ ロンリーかい? ロンリーさ! デリバリヘルスで母を呼べ~♪ エントリーシートで愛を書けー♪ ※)どうせオイラはバーコード~♪ 近くて便利バーコード~♪(※怒られるまで繰り返し)】

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 そんな音楽が流れて番組が終わった。暗転した後、何処かも解らぬ美しい土地と無駄に壮大な音楽と共によく見かける車が走っているCMに変わった。車のCM、それは虚偽の塊である。いやだって、あんな音楽を鳴らしてあんな場所を走る機会なんて一個もないでしょ。しかしそんな携帯の液晶画面を見ながら、眼を輝かせる者が一人。

「か、かぁっこいい~……」うっとり、といった感じでそう言った。「はああああああああんっ!! もーかあーこいいよブラック・リーマン。全くカッコよくない言動と身の毛のよだつような滑り具合と何処に向かってるのか解らないストーリーを独特のハッタリとダサさと外連味のハーモニーで1620(360*4+180)度回転させてやがる!」

「それ褒めてんの?」

「松方の辿る運命とは! 人類全ての罪を我らが代わりに背負った黒王の正体とは! 磔男を樽から飛ばす聖槍の必要数とは! 世界に散らばる十字架の破片から推定される受膏者の大きさとは! そして転生した幼女マリアの行く末とははははッ!」

「最後の三つ必要か?」

「ゆーて十字架教のバイブル程エンターテインメントに優れた物語もそうはないっしょ。『世界的弱者である大工の息子が世界を救う』、まさに王道の原点さな。ならばそれを使った物語もまた、自然と何か凄くなるじゃけん」

「まあ、その知名度程には原典を読んだ者はそういないだろうがな。実際の戦時の写真や遺書も知らずに戦争映画で感動する様な下らなさだ」

「けどクールですよ、ステキですよ。もーかあーこいいよぅリーマン。『JING Girl』よろしく毎話出て来る今日のヒロインもハラショーでした!『問おう、汝が私の(ry』」

「そーかー?」

「クールだね、ステキだね」と、その者は手に持つ物を食べた。「小さな筒」を語源とする、柔らかく甘いクリームとバリバリした小麦皮の触感が至福……カンノーロである。でも、ちょっとふやけたくらいも好きです。「面白いんだよ? 動画サイトで百万すぐ行くし」

「そりゃ絶対数も増えてるしネットもあんだから行って当たり前だろ。むしろ『これだけの状況でそんだけ?』って感じ。それなら魔女狩りとかしてた時代の方がまだ熱狂だったし、無駄な才能が燃え上がってたよ。今の時代の物語にそんな莫迦がいるかどうか」

「でも流行ってるし」

「お前の周りの流行を言われても知らん。流行っているという証拠は何処にある。ましてや内輪流行がさも世界主流みたいに言われても困るわ。ネットやアニメで幾ら流行っても所詮はサブカルだという事を認識しろと。そんなの所詮芸人が一発ギャグかまして盛大に売れて三か月で何時の間にか自然蒸発するような『突発性ヒット作』だろ。それか全米が泣いたくらい信憑性の無いしょっぱい『自称・社会現象』か、もはや神格さの欠片もない安い『神・作品』か。んなら『インベーダー』は社会どころか『唯一神世界現象ハイパーエポックメーキング』だ。餓鬼や国内やアングラで受けただけでギャーギャー騒ぎおって。声高な少数派かお前等は。全く、世界の狭さが知れるな」

「因みにこのリーマン役【虹色の精霊使い】と知り合いなのだってさ」

「マジかよ。かっけーなリーマン」

「この手の平ドリル具合である。螺旋の力は偉大だァナ」

 しみじみとした感じでそう言った。その者は細身の身体に美麗な顔立ちで、長い髪を上部で一尾テールにした、狼の様な獣の耳と尾を生やした人獣だった。その背中に掛かるのは正義を名乗るつもりはないが襟巻マフラーであり、髪を飾るのは簪であり、頭の横に顔を隠さず掛けるのはお面である。まるで和国の屋台が並ぶお祭りにでも行って来たような出で立ちだ。その簪や面の様相は気分で変わり、今は前者は「風車と鈴」で、後者は「へのへのもへじ」である。それに対し仮面を顔に掛け素面を隠す者は大柄だった。その仮面は「笑う猫」の形をしており、菱形模様の付いた外套を羽織り、その薄くまだら模様を描いた身体は松の木のように硬い。木剣を腰に下げ如何にも腕っぷしの強そうな風貌であり、そして実際、滅茶苦茶強い。どれくらい強いかっていうとRPG並の体力を残機として持ちつつ敵基地に単機で突入するSTG主人公機くらい強い。因みに素手で。

 この二者はランナーだ。前者を「瑞穂みずほ流夜るや」といい、後者を「マグナグレキア・アルルカ・ナントカ=カントカ」と云う。「ナントカ~」は勿論、本名ではなく、単に本人が忘れているだけだ。ふとした事から長い事つるんでおり、仲の良いタッグであるのだが、体格の違いから親子に見られる事がままあったりなかったり。まあ実際、若者の流夜に対して、アルルカはずっと年上ではあるが。そんな二者に加えて、

「全く、またアルルカの持病が始まりましたよ。何とかに付ける薬はないと言いますが、どう思います、ファブラさん?」

 《汝思、故我在》

「んム。ワシが思慮するに、彼奴はまた突発性不完全燃焼症候群に掛かっておるのじゃ」

 《不治的病?》

「ファブラさん、ナイス天然」

 どうやら「ファブラ」という者がいるらしい、静かな声が流夜に応えた。流夜は「SNAP」と指を弾いて指差して、その指はアルルカの腰に向いていた。が、そこにはアルルカ以外の存在が見当たらない。少なくとも、流夜には「さん」付けする程度の御仁らしい。

 なお、先に断っておくが別に彼は「見えない友人」と話しているワケではない。その実、ファブラと呼ばれる声はちゃんと空気を振動させていて、アルルカも「ビョーキ扱いすな」と空気を振動させて応えていて、だから彼等の間では空想ではない。これが噂の三段論法とは関係ない。閑話休題、兎も角、だ。

 三者は何処とも知れぬ街路を歩いていた。ブラブラとしているだけであり、特に目的は無い。ただ流夜は界異に会えばバトれて楽しいかなあとは思っているが、それもアルルカと一緒なので別に構わない。例え退屈そうに愚痴をグチグチとこぼされても。

「だが、俺はこういう『俺TUEEE』なのは何だかなあ。アレやられるとその世界全体がショボくみえねえか?『遊び人縛りプレイ余裕』みたいな。何つーか、そーいうのは何か白けて見えて……」

「おいたった数人で運命の戦争を終わらせるモンスターなハンターやたった数人で世界を滅亡させる怪物を食べるゴッドなイーターや自重の欠片もない『俺の所の神様が一番ツエーんだよッ!(ドン』的なハイパーインフレしすぎな神話群ディスってんじゃねーぞ。無双系なんて一人だぞ。初代ドラクエだって一人だぞ。そうでなくともゲーム世界じゃ世界を滅ぼす魔王をたった四人パーティでたった一週間かそこらで倒すのがデフォなんだぞ」

「いや別にクリアできない設定のゲーム創れっていうわけじゃないが……」

「逆に考えるんだアル。主人公が凄いんじゃない、逆に敵がその程度なのだと。プリティーでキュアキュアな二人組にやられる程度の敵なのだと。五人組のタイツに壊滅させられる程度の敵軍なのだと。仮面被った奴にフルボッコにさせられる程度の敵組織なのだと」

「じゃあ、そんな程度の敵に滅亡に追いやられる世界は何なんだ?」

「『ぼくらの存在はこんなにも単純だ』的な『お前の守ろうとしているものはこんなにもしょっぱい』という暗喩」

「『これはひどい』」アルルカはそう言って手を上げた。「情けないもんだ。相手を下にしないと自分が上に立てないとは。

 殊にアレだ。機械技術の発達した自分の世界を持ち込んで魔法世界でチートとかいう、ネットスラングをリアルで使う感じの物語。手前の成果じゃないのに他人の褌でドヤ顔してしかも微妙にネタの古い物語。そりゃアンタ世界を舐めてるわ。虚仮にし過ぎだ。世界っつーのはそんな簡単なもんじゃないぞって。手前如きでどうこうなる世界なら、そりゃ単にその世界がチープなだけじゃないかと。ド〇えもんじゃあるまいし、先住民を火薬と銃で撃ち殺す侵略者じゃあるまいし、優位な立場から力を魅せ付けるなんて無粋な真似、陰鬱な学生生活でも送って来たのか? そうでなきゃ西欧主義だ。しかも古臭い価値観だ。時代を逆行してるな。啓蒙思想だ。文化進化主義の間違いを繰り返してる。己の価値観を絶対と見て、田舎や未開地の文化を発展途上と見なしてる。それはただの『違い』であって『遅れ』ではない。おバカな多神教を進化させて素晴らしい一神教にさせようとかいってるようなもんだぞありゃ。果てには其処に穢れ無き無垢を見出すなど阿保か。お前は小学生の自分の娘が未だに手前の穴が何の為にあるかも知らんとでも思っているのか。犬や猫を世話するように見下して。一生マイナーな存在でいろとでも言うつもりか。

 そりゃ、そーいう架空戦記は昔から一定の人気を持ってるがな。シミュレーション的な面白さから、強い力を一方的に魅せ付ける快楽から様々だ。しかし折角、別の世界に行ってまで己の価値観を押し付けるとか、全く持って嘆かわしい。何故に世界の多様性を無くすのか。異世界物語とはその多様性を楽しむものではなかったか? いやそもそも俺達はその世界に完全無欠の『楽園』を見出して旅を、物語をするのではないのか? かくも聖杯伝説に始まる『青い鳥』がそうである様に。なのに出来損ないの世界を望むなど、欠陥楽園はディストピア小説だけで十分だ。ドイツもコイツも文句ばっかり言って。まるで全知全能の神様にケチ付けるみたいに。

 世界の狭い奴は煮ても焼いても食えんな。ウィキで調べた程度の半可通であまり賢そうな物語を書くなよ。お里が知れるぞ」

「らしくないね、人身攻撃とは。ブーメランが痛いぜ? まっ、そりゃ幾ら正しい事を言っても『手前が言うな』ってのはあるけどね。この世界に正解はない。なれば人の語る台詞とは、正否ではなく納得できるか否かが問題でせう……閑話休題。

 文化進化ねえ。そんなもんじゃないの? 投石は弓矢に、弓矢は銃に、栄えある騎士の剣は習い事になり、イカした飛行機乗りはロボットに取って代わられる。そしてそんなロボットも何時かまた。同じさ。恐竜が人間になるのとね。だから俺達に出来る事は、精々、『その日を摘む』事くらいさ。それにそれが読まれてるなら、やっぱり人気って事じゃない? 何だかんだ言っても架空戦記は面白い、それが事実。カツ丼の美味さを否定されても困るぜ。そりゃ、そんな物語でカタルシスを得られるなら、ソイツの人生難易度もEASYなのかもしれないけどさ。でも、それをどうこう言う方がむしろ啓蒙かと」

「口煩い親、ってか?」

「ちと違う。それは二十年も生きてないくせに親より賢いと粋がっているただのマヌケだ。けれども物事の正しさなんて千差万別、少なくとも一般市民は。ならば手前が良ければ『これでいいのだ』。例え『自由』やら『個性』やら勝ち組が負け組に語るポップソングの詭弁に扇動され、かつそれが自分で考え出したと思い込まされた価値観であろうとも。そうやって無知で思考停止した子羊な方が精神衛生上も宜しいです。まあウチは御免やけど。

 大体ソレを言うなら、どんな物語だって作者の価値観だしねえ。作者の限界が物語の限界です。女を舐めた、願望垂れ流しの、自由研究の様な薄い本の世界じゃあ、どんなヒロインもすぐに手前から腰振るさ」

「ソレを言っちゃあ」

 言っちゃあ……そこで、アルルカは黙りこくった。いや、何も彼は物事を否定したいワケじゃない。ただ、たまにこうやって考え込まずにはいられないのだ。一種の病気と言ってもいい。或いは、自浄作用と言ってもいい。ワザと考え込む事により、冷静に、広く物事を見ようとしているのだ……と言ってみたが、まあ、ただの頭でっかちである。

 《明流々果如不持興味動漫和電子遊戯》

「確かに、アルルカはANIMEとかGAMEに興味ないよねー。おまけにTVもネットもやらないもんだから、最近の流行にさえとんと無頓着と来たもんだ。どれだけ科学が発達しても、それを受け取る側が是じゃあねえ」

 アルルカの思考にそんな台詞が入って来た。アルルカは頭を掻きながらぼんやり応える。

「最近のアニメは一瞬で人気に成るクセに一瞬で忘れられるから覚えにくい。長大な物語はなりをひそめ、取っ替え引っ替えな撃って当てるのBANGBANG歳。麻薬か何かかよ。回転寿司か何かかよ」

「回転寿司とはこれまた妙な。けど、そうだねえ、供給過多なんだよねえ。次から次へと来るから、一つに熱を入れる暇がない。流行したように見えてもそれは最大瞬間風速が強いからそう見えるだけで全体的に見るとそうでもない。最近の人はせかせかしすぎだね。大量生産の安売りだ。まあ、だからと言って定食屋に高級フレンチを頼むのも場違いなのかもしれないし、フレンチ屋になられてもアレだけどさ。ソレに何より現状でも観客は満足してるのだし、ソレが嫌ならツァラトゥストラと山に籠ってろとね。

 因みに、ウチはアニメは2クール程度が丁度良いスなあ。純小説は1~3巻、軽小説は3~5巻、漫画は1~10巻がウチには丁度いいですね。最近の人気軽小説は二桁軽くいくから逆についていけない。極限まで圧縮してビシッと決めるのがクールなんでさ。あーでも『Karakuri Circus』みたいな『これぞ大団円』って感じも捨てがたいねえ……まあでも、ゆっくりするならやはり日常系かな?」

「アニメを見てまで日常を感じたいとは、ソイツの日常はよっぽど過激な日常なんだな」

「聖夜すら一人で楽しむ人だっているんですよ!?( ;∀;)」

「一人ならラジオの方がお勧めだな。『星流し(トランス・ザ・スター)』とか面白いぜ? 好き勝手やってる掛け合いがとても良くて、そんな掛け合いを許容する聴衆がとても優しい。で、特にそれの『ヤサグレシンガー』が良い感じなんだ」

「んや、誰だっけそれ? 聴いた事あるような……」

 《摩訶不思議的歌手》

「あー、あの噂の『Ms. Terious』、『My starry stories』」

「金髪ロリツインテ美少女と見た」

「そりゃアルルカの願望でしょ」

 ヤサグレシンガー。男か女か、人か人外か、大人か子供かも解らない。時間不指定、周波不指定、だけど俺達は何故かそれが流れる時と場所を知っている、煙の草が生えたようなこの街で、何かに疲れてしまった見知らぬ誰かに、忘れてしまった何時かの何処かを語り掛ける。彼女の名はヤサグレシンガー……その正体は謎である。

「俺はあのくらいのローテンションが心地よい。最近のは何か駄目だ。何もかも過剰になってやがる。普通の女じゃイけないときてやがる。バタ臭いコテコテの装飾。派手な音楽と台詞と演出。言葉が多ければいいってもんじゃないぞ。俳句でも読め」

「それは俺への当て付けか、『ニンジャスレイヤー』ッ!?」

「スマン、ネタが解らん……」

「やれやれ、本当に流行に疎いんだから……けど、ハイクねえ。アレは曖昧過ぎてちっとなあ。他者に評価を任せてるというか、評価を決められるのを怖がってるというか、自分でも何が言いたいのか解っていないのではというか、衒学染みた気取りというか。本当に言いたい事が在るのなら、解釈のズレの余地も無いほどに、真摯に丁寧に説明すればいいだろうに。そりゃ、それは、マジックのネタをバラしたり、滑ったギャグを説明する様なもんだと思うけどねえ。本当、絵画、物語、音楽という形態は、謎が多いですなあ……などと芸術論をぶっていみる。まっ、嫌いじゃないですがね。『言わなきゃ解らんのか』何て頓痴気な事言う上司もアレですが、ボケを一々説明するのもまた無粋ってもんですぜ。それに合理的で見た目ばかり取り繕った美学ばかりじゃ疲れてしまいます。

 ソレにウチはヤパーナ贔屓ですきにね。特に派手じゃなく静かなのが良い。スペクタルなのもいいですが、SAMURAIガールの俺としては、枯山水のような緊張感のあるわびさびのある闘いが乙なのですね。無粋な叫び声を上げない剣道な感じ? 西部劇だ。ガンファイターだ。一瞬で終わるのね。真剣死合とはこうですよ。『虎眼流』ですよ。無駄に撃ち合わない一撃必殺ですよ。刀で斬られれば痛いのです。音も無く、動悸が静かに速くなる。閃光が奔り、相手に突き勃てる刀と共に吹き上がる血潮とは……於戯、絶頂だなッ!」

「HENTAIか」

「『お前の愛した女はな、お前を殺して股を濡らすような女なんだよ』。ハードボイルドだね。勿論、派手で騒がしい戦闘だって、僕はとーっても好きです」

「ふん、娯楽だな。スナッフフィルムのような残虐シーン、何か言ってるようで何一つ具体的な事は言ってねえふわっとしたポエム社会、都合の良い響きだけの台詞ナンセンス、モラルの無い二次創作、露出狂じみた脱がす楽しみを知らないガキども、だのにソレを聴き見る奴は『素晴らしい!』とスタンディングオベーション。ったく、マスターベーションじゃねーんだぞって」

 鼓膜裂けて前が見えねえ程に音や光が飛び交ってそれ故に何をやりたいのかがもう解らなくなってやがるヒロインが生き返ったらカンドーとかお前それ作者が作った舞台の噺だぞ死ぬか生きるかなんて作者と編集の匙加減だろうに何言ってんだかしかも大量虐殺が起きるアニメ見てスゲーとかヤベーとかそんなのに笑って興奮するお前等の方がヤベーっての何時になったら人形遊びを卒業するんだ?カンソー言うならせめて古典映画や文学くらい読んでから出直して来い事によるとああいうのが言うのは決まって「無茶な方が面白い」だとか「ありきたりはツマラナイ」だとか言いやがる面白い?ツマラナイ?アホかバカかならば『できちゃった作品』がよろしいか?感性(笑)や個性(笑)も結構だが思考停止の無知で哲学もない芸術はあまりに空虚型破りってのは型があってはじめてできるモノであって現代文の客観的解答に文句言う奴はそこんとこが解っちゃないんだ大体感性や個性ちゅーものは社会や他人との研磨のや知識や人生の結晶として成り立つもんでだな「私」は他がいてこそ「私」であって自己肯定は自己満足じゃないんだ近代化の民主主義によって洗脳された、自己肯定と自分勝手をはき違えた個人主義め誰かに認められない価値などクソにもならん他者を認めないくせに自分を認めて欲しいと言うのはおこがましいにも程がある。舞台の中で生きるならその舞台に従うのが最低限のルールだそれができない奴はさっさと降りろ崖から落ちろ何処ぞの見知らぬ端っこで愛と平和とセ×クスを愛する自然回帰主義ヒッピーか空と風と大地を愛する自由人ルンペンか『ありのままの~♪』とか何とかいう歌にカンドーしながら他者の迷惑を考えずに親の愛や友の助けが当たり前と思いやがってそんな事も解らずに学校時代に自由に遊んでバッカで莫迦な大人になってコンビニアルバイトしか職がないじゃもう死にたくなるぞそんな危険性も知らずに「頑張れ」とか「楽しめば良い」とかあんな責任感ないよく解らん何処ぞの馬とも知れない携帯小説かブログみたいな寝言を特別なものだと勘違いして神格化して聖書よろしく感銘を受けてるようじゃあちょっとヤバいなそこから言えばつまり俺の言葉もアレなワケだが。

 などとアルルカはボケーッとしながら学生サークルの身内でキャッキャウフフして楽しむような携帯小説かブログみたいな戯言を独り言つ。ソレを聴いて流夜はからからと何て事なさそうに笑って応える。

「『Le plus important est invisible』なのさー」

「チラリズム(カリギュラ)は興奮するって事か?」

「『ゆるふわでもいいじゃない 人間族だもの』 3男」

「『蜜男』ってつければいいと思うなよ」

「そんなの、TVのやらせを怒るくせにいざマジモンのグロ見せられたらイヤーンなるのと同じだよ。エンターテインメントを勘違いしてる奴はそこんとこが解っちゃいない。そもTVにマジになる方が可笑しいのさ。物語は面白ければ良いんです。風刺でも無意味でも、皆が楽しめればいいんです。あんなの修学旅行で『誰のせいで皆が迷惑してると思ってんだ』なんていう教師よろしくだ。『いやお前だよ』って噺だよ。文句言って場を壊すな。空気読め。ま、そりゃ彼は責任のある立場だ、怒鳴るのも解るけどねえ」

「解ってたまるか。大人の苦労は大人になるまで解らんよ。そんな理解は、本気で音楽や漫画家で食って行こうと決意する程度の心意気だ。酔ってんだよ」

「あはは。然り、だ。けどさ、やっぱりテキトーに笑ってればいいんだよ。皆が楽しんでいる時は楽しみましょう。それに問題があったって、どーせ言われなきゃ気付かんさ」

「アレおかしーよな。騙す方が悪いのは最もだが、なら騙された方も自分の無知さ加減を恥じろって感じ」

「恥じなくて良いよ。騙されてれゃ良いよ。だってその方がコッチが得するもん」

「おま……そういうマジモンは見せるなよ」

「えー? でも世の中ってそうでしょ? シンガーだって自分達がマンネリなラブソング作ってるって知ってるよ。けどそれでも売れて皆も喜んでるから続けてるんでしょ? 客を莫迦にしてるワケぢゃないけど、騙されやすいもとい純情なのは事実だもんね。小難しい事を考えない方が大体の人は楽しめるという事が、それを証明しています。だがそれでいい。現実を語って何とする? 授業講義じゃあるまいし、小難しいシンドイ噺なら専門書でやればいい。例え正しい事でもしつこい宣伝活動プロパガンダは鬱陶しいし、駄呆にはどんな高尚な台詞も『そうか、そうか』と返されて終わるだけ。夢の無い事を言ってもツマラナイし、ツマラナければ聴いてもらえない、そして言ってる自分自身がツマラナイ。だから甘い蜜で酔いましょう。あたかも神を信じる様に。本物を知らず、フィクションだと距離を取って、不謹慎ネタで笑えばいい。何もかも笑い飛ばせれば、これ程、楽な事もないさーぁ。それが今の、大衆の望むモノですからねー。ま、冗談じゃなくてもさ、否定アンチで物を語るより、肯定ファンで物事を語った方が、語る方も聴く方も気持ち良いと思うけどな。否定するなら、せめて理性的な批評を望みます」

「『王道が何故面白いのかを理解できない人間に面白い話は』云々か? ありきたりだが、それだけ望まれているという事か。なら大衆にケチをつける奴は結局の所すれたマイナー、面白さを見出せないツマラン奴、自分達の好きなものを出せと喚いている阿呆なのか?」

「マイナーだからダメとは言わないけど、ユニークを気取る必要もないって事さ。何言ったって世界の流れというものは大きな所で決まるもので、中小企業の事なんて見向きもされないのは今も昔も同じで、聖林映画が如何に堕落したかを語ったって所詮は与えられる側、ルサンチマン、負け犬の遠吠え、文字通り光に対する陰口さ。そんなのは『タイポグラフィを駆使した小説は小説じゃない』言ってるのと同レベル。物理学でも言っている、それは作用・反作用の法則だ。『とらとら』だって『ひぎい』だって『バラバラ』だって、それも何時かは慣れて、日常に鳴って、受け容れられる。ゴシックの様にね。そも批判的思考クリティカルな奴らは考え無しに楽しむ事を否定するけど、往々にして実は羨ましくて、妬ましくて、それだけで負けを認めているものなのさ。それだけソイツを見てるっていう事だし、騒いでるだけで売り側からしたらめっけもんだ。

 ましてや本物プロにとっちゃそんな有象無象の言葉アンチなんて大して気にもならん事。一部が文学の堕落をどうこう言っても、最近の映画がツマランと言っても、ソレが大衆で受けているのが事実なら、その他大勢の言葉に一体どれ程の価値がある? 君達は金を払うのか? それに誰かを虚仮にしなければ自分も語れない奴の言葉では、何も動きやしないさ。虚仮にされたから虚仮にしている様では、どっちも同じ井の中の蛙だよ。ましてやそんな非難でさえ計算の内かもしれない。まっ、色々言ってみたけれど、結局はどんな相対主義だって社会学社会学者よろしくお偉い学者様に『~主義』とか『~厨』とか言われて主婦に『~論者』や『~派』やの陰口されてTVに『右』だの『左』だの『~派』だのレッテル張られて箱にしまわれるのがオチさあねぇ」

「そうなのかねえ」

「そうだよ。物事っていうのはそういうもんさ。難しい噺じゃない。受ければいいのさ。そして受けにゃ、受け容れられない。この世の善悪はそういうものさーぁ。どんなカッコいい台詞だって認められなきゃただの妄言でしかあるまいし、どんな正当な台詞だって、ウゼー時はウゼーだろうて。

 大体、台詞が過剰っていうならさあ、じゃあアルルカは何を言われれば満足なの? 現実? 風刺? それとも共感? きっと何言われたって、文句言うんじゃないのー?」

「――――」アルルカはその言葉に僅かに瞠目した。目が見開き、息が詰まった。しかしそれを流夜に悟らせる愚はしない。溜息と共に一息ついて、「まあ、そうかもしれんな」何てことないように、肩をすくめて皮肉っぽくそう言った。「『You don’t like anything that’s happening』って奴かもなあ。文句が過程じゃなくて目的になってんだ」

「それは『エゴ』ってもんですぜ。ライ麦畑で『チェッ!』とやって世の中に起こる何もかもをインチキだと嫌悪して莫迦にして説教や否定するのもまた『頭でっかち』というものでさ。何もかも自分の思い通りに行かなくちゃ気が済まない感じのね。ファービーがファーファーモルスァってるよ」「『フィービー』な」「あの妹、ちょっと人間出来過ぎちゃいませんかね。アレこそまさに作者の願望。無垢なるヒロイン。ああ、男って奴ぁ……」

「いや違う、違うぜ。絶対にそんなことはない。なんだってお前はそんなことを言うんだ。俺が世界の何もかもを嫌してるとでも? まさか、そんな、いやあ」

「なら逆か」

「逆?」

「そうさ。天多の詩や物語が語るように世界があまりに素晴らしいもんだから、自分の入る余地が何処にも無い事に気付いて途方に暮れている。この世に為さねばならない事は無く、故に己の生に意味は無く……チクショウ、ああ、なんて世界は美しいんだっ!」

「…………」

 流夜は恍惚する様に腕を己に回して抱き締めた。己自身を抱きしめる、己という世界を抱きしめる。それはそれ以上に、この己を存在せしめる世界に対する感謝の気持ち。ソレに対するアルルカの表情は解らない。何せ、彼の表情は仮面の裏だ。そんな不愛想なアルルカに対し、流夜は子どもの様に肩をすくめる。

「らしくないなあ。普段フリーダムな人生送ってるくせにちょっと政治家が問題起したらワーワー喚く阿呆や、大木の葉っぱの一枚が変色しただけでギャーテー言い寄る新聞記者や、自分の考えでやってると思いつつ実はメディアに踊らされてるだけのプロパガンダや、コピペした様な実がない台詞だけ立派な駄呆でも、自分の意見を押し通したいだけの論破好きでもあるまいし。何、眠いの? 別にバシッと決めればいいじゃん」そんな事をカラカラいうのだ。それこそまあ全く何ともなしに。次に遊ぶゲームを決める様に。だから彼は事もなくこう言うのだ。「それとも飽きた?」

 その言葉にアルルカは息を呑んだ。仮面の外からでは解らない。ただの勘だ。だがそれは長年連れ添った流夜だからこその勘である。

「チェッ!」アルルカは子どもっぽくそうやった。「まだまだガキだと思っていたら、たまにギクリとする事言いやがる」

「ぎっくり腰?」

「(ち)げーっての」

 アルルカは肩をすくめ、ついでぼんやり眼を宙へやった。

 飽きた。飽きた、か。もしかしたらそうかもしれない。如何に素晴らしいグラフィックも、斬新な設定も、ノリノリのアクションも、慣れれば飽きてしまうかもしれない。

 実際、この街を見てみれば解る。あれほど大騒ぎした大祭害も、今ではB級映画のコメディーに脚色されるくらいだ。勿論、何事にも例外はあるモノだが、だがその例外を許容するのが人生であり、初めは不気味だった異形達も、そりゃ見た目通りの奴もいるが、意外と気さくな奴や優しい奴もいて、割と上手くやっている。

 まあそもそも大祭害以前でも何やってるのか解らない奴らなんて巨万といた。超能力や魔術を割と大真面目に研究する機関は少なくないし、ハンバーガーの肉は屑肉かもしれないし、服の下に何を隠しているか解らない。講義で見かける気になるあの子がヴァージンなのか解らないし、いわゆるループものやヴァーチャルものは何が原点なのか解らないし、列車の前の席に座るお姉さんのたわわに実ったブドウが天然リアルなのか養殖パッドなのか解らないし表紙のいい乳した女の子が本編に登場しない理由も解らないし時間停止物のAVがヤラセなのかどうかも解らない今の僕には理解できないアーインry。そして遂にその解らなさがこの世界に出てきたワケで、この何でもありな世界ではもはや物語にする以前に物語で、あからさまに幻想を見せ付ける場所なワケで、目を背けようにも何処に眼をやればいいんだというワケで……だが、

「飽きた、とは違うんだなあ。何て言うかなあ」

 アルルカは語彙を検索する。疲れた。無意味。やるせない。そのどれも違うし、全部をひっくるめた感じもする。倦怠アンニュイ虚無ニヒル反対アンチ。何を言っても言うほどに芯から離れていく気がする。心を何に例えよう。この得体の知れぬ茫洋を。いや解ってる、是はそんなに珍しいモノじゃないのだろう。例えるならアレだ、就活に迷った学生が考える様な将来に対する不安。また或いはアレだ、「水タバコをふかしながら断頭台を夢見る怪物」。またまた或いは、灰色の煙草を吸う男達……。

「後、コッチはもう子どもじゃないよ」

 流夜がビシリとそう言った。アルルカの前に来て、人差し指を見せて来る。

「おつむはおむつのままじゃねーか」「でも身体は大きくなってるし」「ヤって腹がデカくなりゃ大人だと思うなよ」「笑えないブラックジョークだなあ」「ビターなんだよ、俺ァ大人だからな」「飲めないブラックコーヒーを頼むのが?」「そりゃー、あー」《明流々果嫌辣和酸》「今日はよく喋るね、お前さん」

 参った、とばかりにアルルカは手を上げた。流夜はソレを見て笑う。

「でも、今まで通りで良いじゃん?」くるくるとアルルカの前で回ってそう言った。「相手をブッた斬るのは気持ちいいし、それでお金くれるなんてサイコーじゃん?」周りながら言葉を繋げる。「それに曲がりなりにも悪役を倒してんだから、コッチは世間的にも冷たくないわけじゃん?」木馬に乗ったように、ぐるぐる、ぐるぐる、回りつづけてる。「響きの良いポエムでも良いじゃん? ウツだーウツだーっていうよりはさ」そうしてやっと止まると、流夜はアルルカに笑ってこう言うのだ。「嘘でもいいから、楽しませようよ」

 そしてやはりその笑顔は、子どもっぽくて……。

「……クッ」「?」「クハハハハハハ」流夜が小首をかしげる中、アルルカはそう静かに笑った。「成程、確かに。不平ばかりを言ったって、世界は何も変わらない。世界は今日も簡単そうに廻っていく。そんな不平を毎日やるくらいなら、『Get busy living or get busy dying』、さっさと死んだ方が建設的だ。どうせそんな不幸など、『After all, tomorrow is another day』、明日にはそんなこと忘れてる。ハッ、お気付きかい?、名台詞が混ざってるな。そうともさ。土台、俺達の語る台詞ってのは、何時か何処かの焼き回しで、俺達の居る舞台よりうんと素晴らしい舞台ですでに語られている事なのさ。この世界が一つの舞台だとするのなら、もう何年だ?、冗長ったらありゃしねえ。神様だって、飽いてるんじゃないのか? だったらもう、止めちまった方がいいんじゃないか? だがそれでも、死ぬのは嫌だ。何故かって、単純に痛いから。それに明日こそはとも思うから。しかして先にも言った通り、俺達は同時に知っている、知っているはずだ、為すべき事など何も無い事を。ならば全ては戯言、ナンセンス、ならばやはり、笑っていれば俺の勝ち、か?『The show must go on! Make』 me laugh. そうだとも。笑ってる物語が楽しいさ。そうだとも。この世がフザケタ舞台だとするのなら、俺達は笑ってるだけで勝てるはずだ。

 ……ハっ、何だよ、結局『ソレ』かよ。『楽しければいい』かよ。楽観だな。それは答えじゃない。ふりだしだ。疲れ果てた思考の終着点だ。けど結局の所、そうなんだ。そうだろう? そうなんだろう? ドイツもコイツも、その出した答えが正しいかどうか解らないが、それが素晴らしい物だと信じて明日も知れず今日の賽の目に一喜一憂して……」

 そうアルルカは問いただす。「それで良いだろう?」と。世界に対して、或いはそこにいる自分に対して。それとも、問いただす誰かなど解らぬか? いやそれ以前に、「結局」だと? お前はその答えでいいのか? それはただの妥協では? 停滞では? ただ問う事に疲れてしまっただけでは? 神のサイコロに任せるだけでは? 

 ああいいさ。己は賢人ではない。ならば今は、それで。今はそれで生きていける。今がいいなら、それでいい。今は、まだ。

 アルルカはそうニヤリとした。ああそうだ。俺の人生は単純だ。単純故に誤魔化しが効かないが、けれども、これほど莫迦になれる事もそうあるまい。

(しかし、それもまた世界の狭い解答なのだろう。俺もまたありきたりだ。こんな世界じゃ、何もかもありきたりだ。怪物がいて、悪魔がいるこんな世の中じゃ、上には上がいるのをこうも明確にされる世の中じゃ。いや、それはそれは大祭害にかこつけた、気取った考え方か。昔だって明確な順位は存在した。そうだとも。何も変わっちゃいないのさ。全く、ムカつくぜクソッタレー。けれども、まあ、それでいい。それがいい)

「んム、何だか知らんが、まあ納得いったなら良かった良かった」と流夜は腕を組んで肯いた。「思考は良い。考えていれば、多少なりとも賢くなった気分になれる。けれども考えてばかりいたら、『天空の城』はただの売春婦に過ぎませんからねえ。例え考えながらも、取り敢えず前に進まなくては。世界は待ってくれないのだから。『Le vent se lève, il faut tenter de vivre』……ああ、素晴らしいな! 何時だって人の語る言葉は素晴らしい。暗転の中で輝くからこそ、星はかくも美しい。だが近づけば、蝋の羽根を容易く溶かす。ああ人の望む夢とは、かくも熱きものなりや? 邪魔する敵を灼き尽くす様に、優しい仲間も灼き尽くす様に、己さえも灼き尽くす様に」

「『終わりはズタズタでしたが』、ってか。己も仲間も敵も犠牲にして、辿り着いた場所はまさに『兵どもが』何とやら、か。デカダンじゃあるまいし。そう言えば、あの映画が出た後は『永遠の』何ちゃらを始めとした『ゼロファイター』の物語がよー出たっけなあ。結局は、戦争さえも消費される資本主義のお気楽娯楽か。お涙頂戴、泣けるね、全く。やっぱり悲劇好きなんだな。サディストだ。チンケなもんだ。そこん所は、アニメもムービーも変わらん。ま、それでいいのかもな。土台、明日が陰鬱な時代だと思ってたら、命なんぞ張れるかよ……まあ、死人に口なしだけどな。つーかお前、そんな台詞良く知ってたな。それともあれか? 名台詞だけは知っていて、中身は知らんという奴か?」

「『青空文庫』やその元ネタの『Project Gutenberg』は本当素晴らしい場所だと思います」

「あそこは止めとけ。一日が本当に早く過ぎる」

「あはは。しかし、ま、兎も角アレだ。取り敢えずは目の前の事を認めなきゃ。何だかんだ言っても、それが今の此処の事実だよ。或いは、漢なら黙して語れ、ってね。ていうかそんな高尚な事を考えながらも、お腹がすくしねえ?『おっもっいっでは~ いーつーもーキレイだぁけど~ そっれっだっけっじゃっ おなかがぁすっくわ~♪』」

「成程ね。だが流夜、それでも一つ言っておこう」「あや? 何さ」「つまり、だ。やはり物語は、誰かの問題から起こるのだよ。例えば、ほれ、あのように」

 そう言ってアルルカが前方を指差した。流夜も習ってソレを見る。見ると者混みを掻き分け走って、いや撤回、飛んで来る二つが見えた。一つは腕と脚が鳥のソレになった者、能天気なにこにことした顔で飛んでいる。一つは、よく解らない、火玉霊族ウィルだろうか、人拳くらいの光が飛んでいる。その二つは前者が後者を追っているようだった。

「あははー。マてマてー!」「~~!」「あははー。マてマてー!」「~~!」「あははー。マてマてー!」「~~!」「あははー。マてm」

 Pow!、とアルルカが人鳥の額にチョップを食らわせた。文字通り面食らった人鳥は眼を星にして撃たれた戦闘機のようにクルクル回って地面に落ちた。はらひれほろはれ~。

「小さい子をイジメるのは感心せんな」追いかけられていたのは妖精霊だった。中人族よりもずっと小さい手乗りサイズの小人族リリパット、それも光綿種である。ソレは隠れる様にアルルカの首にしがみつく。「妖精なんだろ? 悪い事は言わんから止めなさい」

「えー? イジメるんじゃないよ、アソんでたの!」

「笑顔で言うんじゃない(そりゃ猫の論理だ)」

(イジメっ子思考……)←コッチは流夜。

「兎に角、止めて置け。妖精系フィロは集まると餓鬼種マンチキン(妖精系の中でもあまり好ましくないモノを指す)より厄介だからな。調子に乗ると『鼠を食うチーズを食う鼠』になるぞ。何にでもホイホイと近づくな。おにーさんとの約束だ」

「はーい、ワッカりましたー! あーっ! アレはデンセツのカンドリ『サンダーバード』!? マてマてー!」

「いやだから近づくなってつか何あれアルゲンタヴィス……?」そこには片翼だけで約七里(30km)はある巨鳥が悠然と飛んでいた。人鳥はまさに舌の根の乾かぬ一行も経たぬ間にその巨大な黒鳥を追いかけて行った。「流石、鳥頭である」

「そりゃ差別発言、否定しないけど。でも風翼族ハーピーって頭は人でしょ?」

「ああいうのって分けて考えるモノなんだろか。つまり人猫に玉ねぎは毒か否か、人犬に犬アレルギーは大丈夫なのか、色の識別はどうなってるのか、卵生なのか胎生なのか、獣人の耳は四つなのか」

「大祭害で変異されられた者は自分の意思じゃないから兎も角、妖術や魔術で人間に化けてる獣は両方を生やしてるのもいるよ。でないと本来の自分を忘れちゃうからね」と言って、狼の耳を持つ流夜は横髪をかき上げ人間族の耳を見せる。「まあ、『早く人間になりたーい』奴はその限りじゃないけど。要するに、気分の問題かな」

「そうなんか。まあ兎も角、つかアレは風翼族ハルピュイラじゃないだろ。アイツらクソ巻き散らかす老婆だし。可愛かったから歌翼族セイレーンじゃね?」

「可愛さで判別するのかー」

「元ネタも知らずに孫引きする奴らの所為でそこら辺ごっちゃになってるよなあ。これも『シミュラークル』という奴か。まあ、神話体系自体が習合と勘違いの温床だし、大和ならどいつも怪物も美男美女で萌え萌えだがな」

「割と何処も昔からそんな感じですけどね。神話とは擬人化の歴史。殊にあらゆるモノを擬人化しまくったギリジン神話や八百万はかなりの上級者であったに違いない」

「そもそも戦闘機や自動車や武器に女性の名前を付ける程度の文化は割と何処にでもあるがな。ヤパーナの擬人化文化を笑う前に先ず手前の乗ってる物を見ろと。まあ母艦や空母もそうだが。しかしむしろ近今の絵にした直接的な視覚スペクタルイメージでしかMOEを語れないヤパーナより、言語に女性名詞や男性名詞を見出す諸外国の文化の方がよっぽど精心的に『アレ』だろと」

「文法の性別は謎ですなあ。『女と男』、『陰と陽』、『動と静』、『魔と聖』、或いはプラス『中立』……この世は並べて二元論か三元論だ。しかし、では何を持ってソレを『女』・『男』と区別してるのか。それでいてヤパーナは『I』を示す単語が『俺』とか『私』とか一杯あって、それでいてそれは必ずしも性を決定しない……謎である。つーかその発想で言うと神様造っちゃう時点でもうアレですな。黒歴史とは他に認められるか否かで……」

 などと二人がどーでもいい論議をしていると、「~~! ~~~~!」とアルルカの服を引きながら妖精が何かを要請してきた。「しょーもな」すいません。

妖精語ティンカーベルは解らん」とアルルカが溜息交じりに言う。「チンチロリンとしか聞こえん」

「賭博?」「いや松虫」「遅れてるなあ。今は石の箱や光る板でさえ喋る時代なのに」

「お前だって喋れられるワケじゃあるまいに……まあ兎に角、通訳してくれ」

「合点(got it)~♪」

 そう言って、流夜は妖精霊と話し始めた。妖精の音は聴こえる人によると、オイフォンやモールス信号、モスキート音やTVの空きチャンネル音、川のせせらぎや木の葉の衣擦れといった自然音や、「私の知っている景色に似ているある、種のリズムや音のサンプル集」に聴こえるらしく、更にそれを言葉として認識できる人は、自分の声だとか、デジャヴな声だとか、「ポーラ・ベル」の「スキャットマン」だとかに聴こえるらしい。ただその意味は明らかに単語・文法・文脈が同じであるにもかかわらず全く違う意味で用いられる事から、言葉自体には意味の無いナンセンスだとも、聴き手が都合よく解釈しているクオリアだとも、そも言葉による意思疎通ではないとも言われ、つまり全く意味解ら……あ、流夜が翻訳終わったみたいです。

「んー、なるたる。解った」流夜がそう言ってアルルカを向いた。「この子が言うにはさー、何か仲間が変なこと企んでるんだって。前までは危ないこと考える人達じゃなかったのに、むしろ核兵器が落ちて来たって咲ってるような人達だったのに、変なドロドロが来てからソイツにアジられて悪巧みするようになって、遂には人間に反逆するとか言って、何だか怖くなって、取り敢えずそれを止めて欲しいために我等が麗しの〈海の星〉へ行きたいんだけど、途中であの鳥子さんに追われて……」

「あー、スマン」しかしアルルカが流夜の言葉をそこで制した。もう十分だとでもいうように。その瞳は遠く斜め上に向けられていた。「いや、もう、俺にも解った」

 そう言われ、流夜もアルルカの見る方向に眼をやった。すると流夜にも「うあーっ!」と言ってそれが解った。

 巨大な地鳴りと共に彼方の向こうから何かが来た。ソレはずしーんずしーんと重厚な音だけを響かせて、徐々に高い建物群を越えて頭角を現すというお手本のような巨大物体の現れ方で現れた。其処には巨大ゴリラが昇る天国に一番近い場所よりもデカい人型機械が在った。大きさは少なくともウルトラな男くらいはあるだろうか。つまり高層ビルの大きさで変わる。おまけにその方向の通りからは蟲人やら機械やらがワーキャー言いながら走ったり飛んで来るし、炎の岩やレーザー光線やミサイルも飛んで来て……って、

「うおっ、危なっ」とアルルカは妖精を抱え流夜と共に跳んでそれらをかわした。

「Ya,ya,ya! 我九時ノ方向ニ敵ヲ発見セリ。アレは何だ!?『イェーガー』か、『超ロボット生命体』か、『メガデウス』か、『マジンガ―』か、『ゲッター』か、『ダン・オブ・サーズデイ』か、『グレンラガン』、『ガンバスター』かあッ!?」

「いや『コレジャナイロボ』じゃね?」眼を輝かせる流夜に対し、アルルカは気の抜けた感じでそう言った。そのロボットはあまりにあんまりだった。例えるなら夏休みの自由研究。それは菓子の箱と割り箸製のハイパーボデェであり空気ミサイルを300発撃てそうであり、曲がる事に己の存在全てを駆けるハリボテのエレジーだった。……明らかに手抜きと解るだけ自由研究でももう少しマシかもしれない。「さて、どうするか」

「どーもこーも、行くっきゃないでしょ! 折角のデカブツを叩き斬るチャンスぢゃないか。ガンガンいこうぜ!(Yeah,yeah!」

「珍しくテンション高いな。お前デカいもん好きよなあ」

「そりゃーねっ! 俺はデカくてカタいのが大好きさッ! 斬り甲斐ありそーだもん!(ブったKILLER)ねー、ファブラもそう思うでしょ?」

 《汝思、故我在》

「ファブラさんはそう言うよねー」とからからと笑う。

「お前本当リッピー(リッパーハッピーの略)だよなあ」そう言って、アルルカは暫し悩んだ。行くべきか、行かざるべきか、ソレが問題だ。問題だ、が。「『If it were done when 'tis done, then 'twere well It were done quickly.』、どーせ暇してたし、ボーっと阿保面して携帯で写メ取るくらいなら、舞台に上がってみてみるか」と、そんな「おい交通事故やってるぜ」的なノリでアルルカ達は行ってみる事にした。が、「~!? ~~! ~~~~っ!!!」そんな能天気な若者を止めるように妖精がアルルカを止める。アルルカにその言葉は解らないし、姿ももうぼんやりとしか見えないが、それでも言わんとしている事は解った。「心配してくれるのか? 可愛らしいな。だけどどうせなら拍手で送りだしてくれ。俺達の演技を見ていてくれ。きっと、カッコいいものを魅せてやるから」

 そう言って、アルルカはニヤリと笑った。勿論、その表情は仮面の下で表には見えない。だがその仮面は、何時だって笑っているのだ。



 ――――第参幕 第壱場 終

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