ぶたい短し踊れよ乙女 ―O Captain! My Captain!―
第弐幕 第参場『ぶたい短し踊れよ乙女 ―O Captain! My Captain!―』
謎の声『ガッハッハ! 貴様等、苦労しているなっ!』
その時であった! 灰泥が踊る舞台にそんなけたたましい影が乱入してきた。その後ろからジミに登場し、衣装はパンクで、身体は女っぽくさえある何の変哲も無さそうな彼は、灰泥をすっぱりと斬り裂いた。どうやら剣士なようある。と思ったら剣ではなく何とその辺に落ちてそうな木の枝だった。まあ兎も角、獲物は何にせよ、恐らく戦闘を見つけて舞台に上がったランナーの一者だと思われた。
しかし彼が本当に先の声の主なのか。声は煩いもとい快活な男の声だったが、現れた者はソレとは対照的に清閑ですらりとした細い身体、先の声には似合わない。それもそのはず、次の瞬間、その者の背中、いや影から、いやいや影自身が浮かび上がり、眼(?)と口(?)を開き、その声を発したのだ。
謎の影の声『その方、この吾輩が手を貸してやろう! 何、我は誰だと? ならば刻め、その矮小な魂に名を刻み込め! 我こそは第十一番世界を支配せし魔なる王!【影雄王〈ミッシ「『敵の潜水艦を発見!』」ひでぶっ!?(>Д<つ彡☆)Д゜)、;',;』無表情「…………」
何か何処かで見た事あるシーンだ……兎も角、
みしぃ、とウェンリーの鋼の拳がペラペラしたアスキーアート、というかヘー〇ル君のような顔に殴打した。いや本当、真っ黒い紙に白い「〇」と「△」を描いた様な姿だった。五秒で描けそうな上半身だけの姿だった。断じて青いドラゴンではなかった。何か紙のような質感だった。
「ウェンリー! それ敵じゃないよ?」「すわ! あやや、ごめんなさい、ごめんなさい、ごめんなさい……」殴られ謎影声『なっ! 何をするだァーッ!』やはり無表「…………」
ごちゃごちゃとした台詞が入り乱れた。心配するのは花であり、意外と素直に謝るのは岩であり、怒っている影であり、無言で肩をすくめ傍観するのは影の主である。そう、これがウワサに名高い「修羅場」というヤツなのでありました(分類ミス)。
「あーっ!」しかしウェンリーの謝罪は、すぐさまリィラの驚愕に上書きされた。「あの剣士は国民的漫画『LOUGH HERO』の一者、【月の影】!」
「LOUGH HERO」……それは乗合バスあるいは花集形式で送られる者語であり、「月の影」とはその一つ。魔王にさらわれたお姫様を取り戻すという王道を下敷きにしたなんちゃって喜劇であり、童話やマザーグースを引用した謎が知識層も満足させ、しかし決める時はしっかり決めるカッコいいお話――とか何とか。けれども、何時か言ったように、彼が本当に「ソレ」なのかはご存じの通りである。実際、彼は丸眼ではなく切れ眼……というか三白眼的なジト眼、ていうか無表情。
しかしソレの真偽は兎も角として、この鋼の錬金少年はその物語が大好きな様だ。「わーい、後でベルカお義姉ちゃんに自慢しよっ」などと小躍り阿波踊り死霊の盆踊りする。ソレを見て影が『ほほう?』とニヤる。
影雄王〈ミッシなんとか〉『この男の事を知っているのか。では我は?』
「あ、ソッチは知りません」
すとれんぢあ『この戯け! ルチオが!(←訳不能。恐らく異界語の悪口)』
「リィラー、あの人(?)がイジメる~」
「あーそー」
「ベアモト県にある活火山!」
「それは阿ー蘇ー」
女の子をイジメるあの人(?)『ぐぬぬ。ならば聴け! 心してきた聴け!』鋭い剣捌きで自分達に来る灰泥を断ち切る影主を他所に、子どもの切り絵な影が言う。『我こそは魔の王にして1と0の狭間にた揺蕩いし【影霊王〈グレイトグレー〉】』
「まあ冗談は置いといて」ぺいっ、とウェンリーは素面に戻って、飛んできた灰泥を打ち払いながら早口で言う。「私達は協力プレイも出来るランナーです。だけど協力申請は私ではなくコチラの『宝石の国』に住む【虹煌石】の花手にお尋ねください」
「なおトップモデルは仮の姿! 本当は勝手に応募されただけです!」
「偶像は皆そう言う」
影霊王〈グレ略〉『ああ、よく見ればその女『今月の妖精特集』で』
「そんな事よりまえ前フロント!」
おっと、とウェンリー達は灰泥の触手を避けた。駄弁っている間にもちゃんと戦闘は続いています。ターン性じゃないからね。
「ていうか、何で私に尋ねるの?」
「だってリィラ、コミュ障じゃん」
「コ、コミ……っ!?」
「『共産主義者』?」
「コミュ障じゃないもん! 全然大丈夫だもん!」
「さいですか(可愛いなあ)。あ、それと、報酬も大事よね? だから先着順で此方メイン其方サブ、OK? NOKなら『Alte Kaiser Stadt』か『Triste』か『竜のしっぽ』にお帰り下さい」
キレる17歳ではない影『ハーッ!? アホか! ガバが! ゲルベチオが! 吾輩を主役として反応ぜぼぼぼぼ』影が急に苦しみ出した。よく見ると影主が影の首根っこ(といっても何処が首だか解らんが)を絞めつけていた。『ばがっだ、ばがっだ、ぎょぶでょじでばどぶ、ばがっだがだでぼばだぜ……! チェッ! ああ解ったよ、それで行こう』
どうやら立場関係は口うるさい影よりも無口な影主の方が上らしい。三秒で描けそうな落書は渋々それを承諾し、ソレを見て影主が無言でグッと親指をウェンリーに魅せた。ソレにウェンリーは「キャー!」と黄色い声を上げて身体に生えた鉱物の部分を拍手か錬鉄の様に打ち鳴らす、銀地族が気持ちの高ぶった時にやる感応行動だ。リィラはクールに「楽しそうね」とヤレヤレする。
何だかんだ言って彼もツンデレ『『Bah humbug』! だが聴いて驚け、観て笑え。必ずしも主役とは、一等強い者ではないという事をッ! 行くぞ下僕、BGMは『40^H^-02**;jws (Hjp=@?』!!』
「Boy! 勝手にBGMを乗っ取る……って、え?、それなんて発音すんの?」
ウェンリーの疑問はさて置き、影がそう言うとその足元が蝋燭の火の様に揺らめいた。そしてそれは髪の毛の様に逆立ち、何本もの束に成り、『王のCAGEに捕らわれろ! 食らえ、〈影利な剣〉!』二次元の刃と成って相手に奔った。厚さ0の三角錐が巨大な剣と成って立体化する。ああ、いや、厚さは無いから立体じゃないのか? まあ兎も角、それは元の影の大きさなど無視して灰泥をザックリばらんと斬り裂いた。しかも、『「我ら役者は影法師」っとな! 秘技・〈影繰々り(サ・シャ・ドール)〉』
影の茨が灰泥の影に侵食する。ある影は灰泥を操り傀儡化して、ある影は灰泥の影ごと身体を斬り裂き、ある影は灰泥の影を奪った。影を奪われた灰泥は「かげおくり」よろしく太陽に当たると透明化していき十秒後には音もなく消え去った。
「わ、凄い、影泥棒っ」とリィラがソレを見て驚く。「ヘンテコな顔して、意外とやる」
「『ピーター』?」
「『ペーター』よ、七里靴の。まあ光の星霊にして魂たる白星族はそも影を持たないけど」
凄いのは影だけではない。大技な影の影に隠れて地味であるが、その影の主の剣士を結構やる。無駄のない小さくも鋭い剣捌き。無表情というか惚けた澄ました顔だが、剣術だけならリィラ達に引けを取らないだろう。というか――
牛の尻尾『ほら、シラーっとしてるんじゃない! 我が力は貴様の星が生み出す影! 貴様の情熱とか根性とか希望とか、何かそんなものが輝くほど我の力は高まるのだ!』
ツッコミ銀地族「まるで金魚の糞みたいだな」
金魚の糞『金!? キ、キッサマアアアアアア! 今何チュー事言うた!? 社会への反発とかいうノリでバンド作るような信念の欠片も無い偽悪並の暴言! 金魚とか糞詰まりして死ぬような電気鼠しか食べない骨と皮と鱗だけの魚ではないか!』
大地は星の骨です「骨は虚仮に出来ませんぞ。伝統的な星の骨なる土の星霊たる銀地族は『宝石の国』よろしく……ってそれケイ素生物じゃね?『ドワーフはケイ素生物』、新ジャンルのスメルがする。あ、でもグローランサ型銀地族は機械だし、白星族は植物だし、そんな珍しくも無いか? って何でエルフが植物なんだ。何時からエルフは草タイプになったんだ? トールキン型だとむしろ光なのに、星なのに。白星族って何時から田舎者になったんだろう、ネット回線も無い様な辺境に住むシャーマニズムに成ったんだろう。だがそれがいい。折角、ファンタジーをやるんです。ヘンテコな文化にすべきですね。欲を言うなら見た目もヘンテコならなお良しです。人間なんかに媚び売らずもっと人外々々すべきです。何、『そういうのはフリゲでやれ』と? よろしい、ならば私も今度の朝目覚めたら虫に変身しようかしらん? ハッ、そうか、イエラ型銀地族は『覚悟完了』よろしく昆虫的な外骨格を持った存在、『ARMS』よろしく成長する意志ある無機物……大変だリィラ、俺達は宇宙人だったんだよ!」
シンキングシング白星族「ハイハイワロスワロス」
風は星の息吹です「ネットスラングをリアルで使う森から上京して来た痛い田舎エルフっ娘が居るのは此処ですか?」
真王歌白星族「う、うるさいなー。闘い中に星を遊ばせるんじゃありません。というか、確かに金魚は糞を垂らしながら死ぬ事が多いけど、それが死因と言うワケじゃないんじゃないと思いますけど……」
水は星の血液です「話を逸らした」
後、後ろのはコイキングだね「…………」
というか、影の強さは大きく影主に影響されるらしい。「影響」だけに。イェァッ! …………。兎も角、影主は心身共に一流の剣士である様だった。
「やあ、頑張るなあ君達。本当に頑張る」
一方、さっかり忘れられ気味だった子の主はその闘いを見てそう言った。余裕である。負けるとは思っていない。事実、仲間が増えたと言ってもそうすぐに戦況は変わらない。
男は品のない眼つきで少年達を見て、大仰にやれやれと肩をすくめた。まるで演劇を見る観客のようだ。そして実に男はヤジや空き缶よろしく思いついたように炎を投げるだけで、後はほとんど見ているだけだ。それを見てウェンリーがおこになって牙をむく。
「山戯ろ。不細工に見せびらかしやがって。ソイツはお前の力じゃないだろ。寄生虫め」
「良き相棒を得るのも力の内だ。そして俺は良い相棒を手に入れた」
「え? 叡智の星であの男が造ったんじゃないの?」とリィラが尋ねる。
「見れば解る、アイツには『真理(אמת)』と描く技術も無い。確かに素材は一級品で、石は記憶や人格も凝固できるけど、暗記で造れるほど楽じゃない」
「すわ! ふーん、じゃあ、曲がりなりにも人形を造った人は一流なのかな……」
「或いは、林檎と共に重力が生まれる様な偶然かも」
「アレ創作って言われてるけどね。そして彼が見つけたのは『重力』ではなく『万有引力』」
「その通り、コレは俺が造ったんじゃない。コレはスゲエぜ、まさにギフトだ! 何でもできるし、何でも言うこと聴く。そこからはもう万々歳さ! コッチだけ強キャラ出して勝ち逃げだもんな! 俺は今まで何も持たないその他大勢の一人だった。魔術も使えないし超能力も無い。何の役に立っているのかも解らない仕事をして今日一日を惨めに生き延びる、世間様の誰も知らない死んでも誰も悲しまないような奴だった。だが今は違う。俺は力を手に入れた。それからは莫迦みたいに金を稼いで女を囲い、喧嘩しまくって化け物殺す、仕事も止めてスリルと冒険の連続だ! 誰もが俺を見て指差し叫ぶ! 眼を逸らさずにはいられない! お前らランナーだってそうだろう? それが心地いいんだろ!?」
「そーいうのもいるかもな。だがそんなのは三流も三流、本物のランナーは利己主義、誰かに与えられた役と舞台と小道具で良い気に何てなるものか。ましてや私達は操り人形に操られるほど阿呆じゃないし、ましてや子どもに頼るほど無粋じゃないぜ」
KY『うむ、そうだとも。勇者だから魔王を倒すのではなく、魔王を倒すから勇者ではなく、誰かを勇気づけさせる者こそ勇者なのだ、と我を366回目に封印した勇者も言ってたぞ。そうでないと人手が足らんと言ってたが、ふっ、無理もない、我は強すぎるからな! いずれにせよ親の七光りなど、役不足も甚だしいわっ!』
そして君は言葉に踊らされている「…………」
そして何故か白星族に精心的ダメージ「七光り……っ」
そして気付かずに台詞を続ける銀地族「一体、ソイツと何処で会ったんだ」
そして下卑て笑う男「拾ったんだ」
「拾った? 何処で」
「『何処』という程じゃないさ。そこら辺の路地裏だよ。一人でボーっとふらふらしててさあ? 可哀想だから拾ったんだ。優しいだろう?」
「優しいだと?」その言葉にウェンリーは眉をひそめて睨め付けた。「ならどうしてお前はそんなに上等そうな格好して、その子はボロボロの格好なんだ?」
「おいおいおい、コレは『できそこないの泥人形(FAILURE WORKS)』だろ!? 何で上等な服や飯をやる必要があるんだよ。オママゴトじゃあるまいし!」
それこそ男はガキが大人に荒唐無稽な文句を言ったかのように嘲り笑った。「何をマジになってんだ」と。
その事に、さしものウェンリーも怒った。物事を理解・分解・再構築し、敬意と慈悲を持って道具を使用する錬金術師にとって、その台詞はちと派手過ぎた。ましてや他山の石で聖剣造りとは無粋にも程がある。その怒りは炎と成り、己が心を噴火させた。そしてその実、火山の様な姿だった。裂怒の炎を立ち上がらせた。成程、土の民とは言ったものだ。ウェンリーの漆の柔肌は焦げ付いた岩石のように一層黒く硬くなり、ヒビ割れた皮膚からそれすら蒸気と化す程の火を輝かせる。まるで地上に開いた地獄の釜。彼は春雷の様に怒りを叫び、
「お前、調子に乗るのもいい加減に……ッ!?」
しかし、その怒りは「ひゅ~」とすぐ霧散した。不意に自分より強い者が現れて驚く大口族のように。ウェンリーはご機嫌をうかがうように、そーっと横目でちらと見た。
あー、コレは怒ってる。そーとーに怒ってる。
リィラはおこに怒っていた。だが傍目にはそうとは感じない。静かに息をすませている。しかしそれは爆弾のようなものである。それも導火線に火の付いた爆弾。今は沈黙を保っていても、爆発するのは時間の問題。さあ、そして彼が口開く。
「正義の数は人の数。人殺しが悪であるのは飽くまでも己の属する世界の〈法〉故であり、他の世界を知らない信者でなければならないだろう。それは一つの生き方だ。そして同じくそれ故に、私も私の生き方を此処に問う。肉食動物がそうである様に、ただ生きる為だけに殺す様に、自分の〈世界〉と〈法〉をお前に押し付ける」
リィラの身体が仄かに光った。スポットライトに照らされるのではなく、自ら発せられる華麗の光。その周りに光の綿毛が万華鏡する、虹の欠片が妖精に踊る、幾つもの光がまるで星々のように鮮やかに輝く。光輝、閃光、発火を繰り返し、虹と白、全と一、役持て色なる分化する相と無垢にて無貌なる未分化の相が入り乱れる。無垢が分光し閃虹する。
それは万華色の一欠片、白天より零れし奇跡の一滴。現界の者はソレを「万物の根源」、「気息」、または「第五元素」、或いは「源力」というかもしれない。
「歳だけ食った加齢臭が――」
だがいずれも違う。当然だ。何故ならその呼び名は現界の物。そして彼は異界の者。故にENGLISHやJAPANISEの言葉では表せない、既存の設定とは違う故に。
敢えてソレを言うなれば、ソレは森羅万象、物質を構成する原子と対を成す霊的粒子、霊子、魔子、「星子」と呼ばれる、世界が夢見る「くうそう」という相互作用を伝達する素粒子、〈物語子(Magon)〉。彼は詩う、それは世界を神秘する奇跡の法。
「腐った臭いで幼い果実に歯を立てて、子どもを自分のために使う大人なんて――」
その「法」、「魔」なる文字が示すように、自然の法を外れし「魔の法」なり!
「サイッテーよ!」
Jingle、と鈴の音と共にリィラから光が輝いた。交響曲の楽章が鳴り輝く。その主題は「魔の法」。世界の法より外れし異界の理。その意志と理に従って、詩と光が未分化の種を割り、新たな理が花開く。既存の世界観を打ち砕き、新たな世界観が生み出される。それは「世界を穿孔する行為」!
「もう情状酌量の余地はなし! 問答無用で叩き斬るッ!」
「お前も泥人形にしてやるッ!」
「あー君達、どっちも者死には勘弁ね」リィラの叫びに男が笑う。ウェンリーはすっかり賢者モード。影は『ぬおおお何だこの光!? 影が、影が出来ん!』とコイキングの様にビチビチ跳ねる。影主は何気なく影とリィラの間に立つ。「けどこのままチビチビ闘ってもちとキツイ。キレても仕方ないよ。Hmm、何か一発デカいのが欲しい所」
「成程。なら私が光度を上げるまで時間稼ぎお願いしていい?」
「『いいですとも!』。出でよ、『オーメーテー』」とウェンリーは足踏みで迫撃砲を錬成し撃ち放った。爆弾が曲線を描いて空から地面に爆撃する。更に駄目押しで壁を錬成、灰泥の道を防ぐ算段。だが、「あららら?」生半可な堤防では水は止められない。ましてや壁ごと呑んでいくのがこの水である。「Hmm、これでは拠点防衛系ヒロインの名が廃るな」
「貴女は工芸品は白星族の私でも驚くほど精巧なのに、戦闘面では何で大雑把……」
今ですッ!『ならば吾輩に任せろ! 必殺・〈吾輩オブラート〉!』リィラ達の前に巨大な黒が立ち上がった。鳥籠の様に彼等を包む。『ふはは、無駄無駄無駄~ッ! 影は一片の隙間もなく、また一片も砕く事は不可能。何かに触れる為には必ず影を媒介にせねばならず、その瞬間に我が影は貴様の身体を容易く繰々る! ましてや喰らおうと口を開けたならば、全身、全霊、その暗幕の宇宙を我が世界としてくれるわッ!』
そう全包囲海苔巻きおにぎりを造った影は、銀地族に「どーめー」と勝ち誇った。是には銀地族も「ぐぬぬ」と悔し顔。リィラを護るのは私の役なのに。
「私は誰にも護られないわ。ヒーローに勝手に弱くて無垢なヒロイン扱いされるのは御免だし、何より光が遮られちゃうから。でもそれでも護ってくれるというのなら、まあアレね、適材適所という奴ね」そう言ってリィラは輝いた。暗幕の中、宇宙の中、宝石の様に、恒星の様に。「さて、そろそろ細工は流々仕上げを御覧じろ、ってね。じゃあちょっと無茶するから、二人と一……えーと、枚?、コッチに来て?」
え、何するの、とウェンリーが言う前にリィラは静かに謳い始めた。だが同時に雄々しさがあった。まるで津波の前の、嵐の前の、あの不気味な静けさの様な。しかしてその歌声と言ったら美しいのだから、ウェンリーはひやりとした。ああそうとも。それはどれだけ暴力的でも、やはり泣きたい程に美しいのだ。或いは、その止められぬ力故に。
霊とは零。天から降り給う光の雫。無垢なる御霊を飲んで花は咲き、世界に産まれる喜びを詩う。色踊り、星輝き、詩彩る。リィラから天上に向かう一直線の白金の光芒が昇った。それは「天気輪の柱」。それを中心に白虹が魔法陣を描く。それは幾何学的な同心円状というよりも、芽と根を伸ばす千花模様、更にそれは立体的、光の柱を蔓の様に這って行く。昇り広がる花弁は星の花。或いは、空へと伸ばす手平と指。その心意気は「星」、「花」、「詩」。
無貌の相は役を持ち、水と風の仮面を被る。未分化の霊光である「白」がプリズムの様に「緑」と「青」に分光し、両者は和音と色合わさる。恐み恐みも白し上げる。ソレに従いリィラの髪が感応し、その色は金日色から風水色へ、万華鏡の様に、虹の様に、花形の様に変光する。その歌色に惹かれる様に大気の風と水が集合し、美しい人の形を成していく。それはこの現界における四大精霊の内の二相の奏者、「波の(ウンダ)」を語源とする水の精霊と、「森の花嫁」を語源とし「神のライオン(アリエル)」と習合される風の精霊。天の使いたる彼等は階段を下り、妖精の謳う「光のパイプオルガン」に悦んで幽雅に踊る。ヤバい、急いでリィラの元へ――
『sho far la sho far du sy du ray La― Du― Far― My―』
ウェンリーがリィラに跳びつき、一人と一枚がリィラの横に並んだのと、その謳が終わったのは同時だった。終わると同時にリィラを中心に光りが渦巻き、光は志向性を持って水と風へ相転した。水は圧倒的な量となり風は圧倒的な運動なる。まるで水の竜巻、いや洗濯機? 屋上に居た灰泥は綺麗さっぱり洗い流され、跡には元の髪色に戻ったリィラと眼を回すウェンリーがいた。
「お、大雑把なのはどっちかにゃ~?」乗り物に酔った感じでフラフラしながらウェンリーが言った。影チームも些か力に当てられた様だ、頭を振る。「やれやれ、真面目な箱入り娘なフリして、やる時は結構、無茶やるもんだ。静かな奴をほど切れた時が怖い法則」
「残るはあの男のみっ!」
それに対して何ともないリィラが力強くそう言った。ウェンリーがそれにつられてその方向を見る。見ると子どもが繭のように泥で壁を造っていた。男もまたその中である。
「あり、流石に本体は魔術耐性ありなのかな?」
気のせいです『ぬおっ、しかもあの形は〈吾輩オブラート〉のパクリ!』
「問題なし。撃ち砕くのはあの腐敗臭のみッ!」
「加齢臭は別に身体が腐っていくスメルじゃなぃょぅ?(そもそもあの狼は臭くもない」
リィラはウェンリーの話を聴いているのかいないのか、ソレに返事せずに魔術を放った。白い光が男に向かって飛翔する行く。だが遅い。男は「うおっと!」と言いながら回避した。腐っても獣、反応が速い。だが甘い。光は男に直接当たるまでも無く、接近しただけで爆発した。「んな――っ」と男は光と風に吹き飛ばされる。そこを狙ってリィラが唱える。
『lal la lula celtoseon 光弾よ 敵を撃て――〈白の弾丸(Light bullet)〉!』
リィラの周りに光の数式が展開される。見事なまでに簡潔で無駄のない演算式。その式に従って周囲に浮かぶ光が凝固され光の弾丸となって飛び出した。それは先の〈白の矢〉よりも威力・速度共に上位互換、軌跡が白い線と成って相手を貫く〈白の弾丸〉。結晶化する程に超々々々々高圧されたエネルギーが音速よりも速く男に奔る。
「――クッ、やはりこの程度の〈法〉は呑む込むか」が、それよりも速く子どもが動いた。光は子どもの身体に、海に光を当てる如く拡散する。「貴方、どうしてそんな男の味方をするの! 道具のように利用されてるだけなのよ!?」
「そーだそーだ、いう事なんて聴く必要ない! おまうは『屋敷しもべ妖精』かっ!」
リィラに続いてウェンリーもまた子どもに叫んだ。が、それにどう思ったのだろうか、または何も思っていないのか、いずれにせよ先まで無表情だった子どもは、
「――ふふ、なにいってるのおねーちゃん?」にこりとした。意思疎通した。子どもが初めて喋った。「私は好きでここにいるの。命令されたからじゃない、私がそうしたかったからそうするの。だって私はひつようとされてるもの。それに私ががんばれば、この人がよろこんでくれるもの」その瞳に、光は見えない。「それって、とても幸せなことじゃない?」
コイツ正気か?、とウェンリーは疑った。その笑みはまるで仮面を被ったようで、その裏に感情というものが感ぜられなかった。アレには物語にありがちな「無表情」故に「無表情」という設定はない。そうではなく「能面」だ。あるのはただ「この場面では笑うべきだ」という機能だけだった。それはあまりに無機質。電気のスイッチを入れる感覚。ただの反射であり機械的。なまじ感情があるように見える分、リカちゃん人形を燃やすくらい不気味である。ウェンリーは薄ら寒ささえ感じた。「こうまでやれるものなのか」と。
だがそもそも、機械と魂の境界線は何処にある? AIと愛の違いとは? その違いが判らなければ、それは違いがないのと同意では? まるで哲学的なゾンビの様に。答えはない。しかしいずれにせよ、彼の鉱物の心はこう語る。
「哲学だな。それもまた一つの生き方だ。『インプリティング』にせよ、『ストックホルム』にせよ『ヒプノシス』にせよ、それとも本当に『アフェクション』にせよ、あの子は今の状態を良しとしてるんだ。今のままで『ほんとうの幸』だと言えるんだ。これじゃあ、私達はアイツ等の仲を引き裂こうとする邪魔者だね」
ウェンリーは「チェッ!」と舌打ちした。モヤモヤした気分だった。だがそのモヤモヤと共に現実として受け入れていた。現実は何時だってそうだ。現実は善悪二元論で語れるようにそう単純には出来てはいない。ましてやそれを幸福と不幸と決めるのは最後の所はその者の勝手だ。だからウェンリーは考えた。このまま闘うか、それともいったん退
「んなワケなぁーいッ!」だがリィラは即座に否定した。「それは今の世界しか知らないからだ。繭の外の世界を知らないからだ。それを知った上でなお男の元へ戻るならそれで良し。だがそれを見せないで是が幸福と思わせるなんて、『吐き気を催す邪悪』ジャーッ!」
そう煙の如く高らかに叫ぶと共に、リィラの周りで光が舞った。口が紡ぐは世界への祝詞。『Du― se du ren-r du se la Du du la du― se du la su my far so―』と進行曲のように言の葉を縫えば白が赤と黄の相に分化する。リィラの髪が火土色に変わっていく。彼が呼んだのはまさに「巨人の守護霊」。「山椒魚」と「地に住まう者」を語源とする精霊が合わさって、妖精の君を守護するため立ち上がる。それは煌々と燃え立つ雄々しき腕を持った岩石の巨像!
「鉄鎚を喰らいなさいッ!」
リィラが腕を振るうと共に巨像の腕も振るわれた。隕石のような塊が男とソレを護る子供に向かって落下した。瓦礫と粉塵が巻き上がり、屋上に巨大なヒビが入る。
「や、やりすぎじゃないかなあ……(死んでなきゃいいけど」
「あの程度じゃ子どもは大丈夫よ。貴女だって散々見たでしょ?」
「い、いやそうだけど見た目が子ども(ああ)だと……相変わらずストイックだなあ」
汗る影『お、俺は何処かであんな女を見た事あるぞ。美しいが、滅茶苦茶暴力的な女だった。ちょっと尻を触っただけでデコピンして……確か、メリー、クリスマス?(もしかして:サンタクロース)』
「だからって相手に禁欲主義を強いるつもりはないわ。ただ毒も薬も食べてるだけ。それよりも、」リィラは小さくため息をついた。困った事になったとでもいうように。「仮にも人形に人形魔術は不味ったかな。主導権乗っ取られた」
ぐじゅり、と巨像の拳に亀裂が走った。いや「ぐじゅり」は亀裂の音ではない。なら何か。ソレは神経が走る音。子どもの灰泥が巨像の隅々にまで浸透し、マリオネットの如く操って魅せる。巨像の顔がゆっくりとコチラを向く。そして拳を振り上げる。
「うー。ごめん、私のミスね。どうしよう」
「いやいやどうして、OK,OK」ウェンリーが喜ぶように笑って言った。「ちまちました戦闘に飽きてたんだ。ヒャッハー! ようやく出せる、奥の手が。奥の手を、私の奥の手を魅せてやる! 影チームは手を出すなよ、今度はウェンリッツのターンさ! 行くぞセラスス! 超えるぞ常識! 我、世界を錬世せん! 理解、分解、再構成、一気に確認。『ならば、やってやりますか!』」
《I’m on it. GOD LOOK.》
先までの戦闘が「ちまちま」ってナッツかお前とかいうツッコミは置いといて。彼の鋼鉄の如き黒い身体が、内部から燃える炎により火山の如くカッと赫く熱くなる。今度は私の出番だとでもいうように、ウェンリーはステップを踏むように、「THROB!」と力強く床を踏み抜いた。それは大地と繋がろうとするようで、または地面に活を入れるようで、或いは「I'm walking here! I'm walking here!」とでも言うようで。
「身体は炉で心は炎! 胎動する星を素材とし、閃光する魂を設計図とし、迸る思想を具現化せよ! 世界に対する己を創れ! 星の核よ燃え上がれ!『ARM YOUR HEART, STAND AT THE FRONT LINE. SEIZE THE DAY!!』『BUSO RENKIN!』」
BZZZZZT!、とウェンリーの周囲が電撃した。灼熱の炎が朱円を描く。それと同時に形成る。世界の姿を造り変える。拠点建設、術式展開、空間掌握――神近きて神嘲笑う錬金術師にとにって世界とは、苦しをFunに、Ms.をFineに、意志をお黄金に変えるが如し。ソレと共にウェンリーのペンダントもまた星の様に瞬く。
この、ウェンリーの首元で光る星は割と古い型であり、他の型と比べて時代遅れの代物である。しかしそれは、決して能力の脆弱性を意味しない。その身体は夢。その燃料は浪漫。その意味は、採算と倫理の度外視、製作者の趣味への没入、果てしなき野望、商品としてではない元型、初期型の実験用故に、考え得るありとあらゆる無茶とか希望とか憧憬を詰め込んだネタ溢れる規格外存在(EXist)。
ウェンリーはもちろん銀地族で、雌で、こどもで、錬金術師である。だがその瞬間、CERASUSを通じて世界が広がる。情報が感覚する。頭が高速回転する。彼は「この時、初めて世界と調和が取れた気が」する。その感じる世界を塊にし、迸る意思を弾丸にし、奔る心意気を刃にし、雄叫びを叩き上げ具現化する。出来上がるは概念武装。世界と相対する為の最終兵器。さあ、今こそ叫べ! 汝の名は――ッ!
「出ろ(Include)! 撃突の参番(COM/LⅢ)――〈竜頭火鎗〉!」
《CODE ACCEPT, Category Of Maghina >> Lance.3 ”GUN=GNIRL”.》
その宣言で現れたのは巨大な兵器。だがその規模、先まで用いていた斧にも大砲にも及ばない。素敵な88mmにも負けず劣らずの大体躯、戦車でも戦闘機でも戦艦でもなく、まさに巨人にこそ相対するべき過剰火力。その見た目はカノン砲に近い。ゴツゴツした武骨さは彼の趣味だ。だが撃ち出すのは弾でない。そのドラゴンを模した砲身には、長くて太い巨大な槍――あるいは杭と言えばいいか――のような長身の金属が入っていた。
ああこれは見た事ある、様々な物語に用いられる象徴的な武器である。それは純粋な質量物質を何らかの手段で高速に撃ち出し相手の装甲を撃ち砕く単純明快なむせる運動エネルギー特化浪漫土木兵器。
ウェンリーがニヤリとした。その顔面に影が被さる。巨大な質量が降って来る。ウェンリーはソレに対して指差した。「ぶっ壊してやる」という意志を込めて、
「BREEEAKEEEEEEEER!」
KABOOOOOOM!、とドラゴンが火を噴いた。その様はまさにその杭打ち機か打ち上げ機。水素が金属化するくらいの超々高圧で圧縮された大気を気化させ推進力とし金属製の巨大な物体を発射して、振り下ろされた巨像の拳を竜の顎が肩まで噛み砕いた。その勢いで巨像はたたらを踏み、ソレを見た男は呆気にとられ、リィラは「あー」とその大雑把ぶりに口を開ける。
「更に! 出ろ! 撃叩の拾弐番(COM/HⅩⅦ)――〈輝槌〉!」
《CODE ACCEPT, Category Of Maghina >> Hammer.17 ” MIJOLNIRL”.》
その雄々しき声と共に任意素材の電子が発火。屋上の一部の構造が組み替えられ、巨大で武骨な腕と鎚となる。巨大な腕が巨大なハンマーを握っている。その大きさもまた巨大に巨大、「大きけりゃ良いだろ」とでもいうようなその清々しいまでの在様、乱暴さ。だがその大きさ、巨像より、遙かに大。
「打っ壊れろオオオオオオオッ!!!」
文字通り鉄鎚が振り降ろされた。その鎚はそれ自体の速度・質量も然る事ながら相手に当たった衝撃の瞬間に大気中の窒素を1700℃・110万気圧で圧縮した爆弾並の威力を成形炸薬弾(モンロー/ノイマン効果)の要領で作用点に爆破させ、頭から打ち抜かれた巨像はいとも呆気なく砂糖菓子のように砕かれた。そしてその砂糖菓子の瓦礫は、男と子どもの上にどさどさと。
「Booyah! 魔法(mag)が機械(toy)に勝てるかよ!」
何故か自分の手柄の様に得意げ『ほー、やるではないかチビッ子! 褒めてやるぞ。その小さな体に無限の機能、成程、ヤパーナの精心を此処に見た!』
「魔術の基底は私なんだけど」良い気になって上々のウェンリー達を尻目に、リィラはヤレヤレと言った。「後、魔『法』は違うわ。私達の世界で魔法と魔術の学術的に区別すると、魔法は『法』、つまり原理・ハード・ルールを指し、魔術は『術』、つまり技術・ソフト・プレイを指す。例えば『電磁誘導』という理論が魔法であり、そこから成る『発電機』という論理が魔術である。上下関係があるワケではない、ゲームを造れる者がゲームが上手いというワケではないのと同じ。また『魔』法というのは世界に根付いた森羅万象にて王道たる『万』法とは違う邪道を総称したモノであり、いうなれば疑似科学に近い。少なくとも、私達の世界の万法とこの世界の科学は、認識の違いさえあれど立場は同じだ。解りやすく言えば万法はTASで魔法はCheat。と言っても、魔法が何でも在りなワケではない。むしろ逆。大学受験で例えるなら万法は予備校で魔法は独学。自由というのはご都合主義ではなく、むしろ自分だけの力で何とかせねばならぬ茨の道なのだ。無論、『あのやさしいセロのやうな声』が言う通り科学の定義などTPOにより移り変わり、例えGOSHの視点では絶対が在ろうと曖昧そのものである人が如何に理論を携えようが分光スペクトルする光の様に――」
「長い、三行で。んな某型月世界観みたいな設定はナンセンス。フェアリもピクシもトロルもデュラハンもカッパも『妖精』で一括りです。言葉は『うりぼ』るような『がんだー”うる・えくすまきー』なのさー。勿論、そこに情熱を傾けるのもまた言葉ですが。意味は解んないけど口に出してるだけで何か良い感じの言葉ってあるよね。異国情緒ってゆー奴?」
「言語って凄いね、まるで夢だ。ならあの子は、現実化した悪無か」
BOOOOOOOOOOOM!、と爆発音が響いた。リィラとウェンリーは半ば予想していたようにソレを見る。見ると辺りに舞う粉塵の中で、灰泥の天幕に守られる様にして腰を抜かす男と、灰泥の主の彼等を睨む子どもがいた。
「Huff,huff,huff……」
しかしその顔は青ざめ憔悴。如何に巨像を従わせる事が出来るといえ相手の魔術、それも超重量の巨像を操るのは骨が折れたと見える。それも操作時に巨像を壊されたのなら、その分の力は丸ごと無くなったのと同じだ。しかもリィラの術式を呑み込んでいた処に、リィラの魔術が付与されたウェンリーの攻撃を喰ったのだ。その状態は『トロイの木馬』に近い。リィラの魔力波長に著しく近くなったその霊は、よくリィラの力を通しただろう。フェラチオよろしく体内に塩素系と酸性の洗剤を打ち撒けられたようなものである。
(けどそれだけじゃない?)とウェンリーは錬金術師の思考回路で疑問する。(灰泥のエネルギー変換可能域は莫大なはず。経口摂取は勿論、身体全体で熱も光も風も振動も心だって無作為に食い散らかす。世界に根を張る様に、そこにいるだけで周りのエネルギーを吸い取る。まるで世界に祝福されたかのようなデタラメさ。ならば何故この程度で疲労する? この消費率は何だ? 代謝に供給が追いついていない? 自食さえ起きている。まるでエネルギーを莫大に消費する事で今にも壊れそうな存在を無理やり繋ぎとめようとするような。しかしそのエネルギーに身体は耐えきれず臨界超過して炉心融解さえ起きている……?)
それが事実かどうか定かではないが、実際、子どもは形を維持できなくなりつつあった。口や眼からは灰泥が流れ、溶けた蝋燭のように身体は溶け、その身を支える事もままならない。腐った右腕がぼとりと落ちる。
「あ、あああ、あああああああああ!? 痛い遺体居たい! どうしてこういうことするんですかあ? どうしてこういうことするんですかあっ!? 何で邪魔するの? 何でイジメるの? ヤめて、ブたないで、怖い、あっちいって、こんなの、いらない……!」
が、そこは泥人形、手負いの獣より恐ろしい。未だ力は満ちており、というかダムが決壊したように力が溢れ、呪いの怨鎖の如き灰泥が辺りを満たしぐじゅるぐじゅると立ち上がる。ソレはまるで冥府より伸びる手のようで、何もかもを引きこもうとするようで……。
眉を潜める影『むう……何か、吾輩達が悪な様に見えて来たぞ? いや確かに吾輩は魔の王なのだが、後ろめたい気持ちはないつもりだ。これではただのイジメだ』
「Hmm、私も同意。ねえ、ここらで止めない? 相手も『止めて』って言ってるし、何か可哀想になって来た……私は私のやってる事が絶対に正しいだなんて思わないよ?」
と三つは言った。まるで同情する様に。ソレに対し、一つはこう応う。
「私も思ってないわ。けれど……」そこでいったん口をつぐみ、男を見た。そこでは男は子どもの横で喚いていた。「何やってるクソが! しっかりしろクソが!」などと頭の悪そうなボキャブラリーの少ない悪口を供述していた。「あの男が気に入らない」
「『気に入らない』。とどのつまり、正義ってのはそういうものですか」
「故に例え子どもが拒否しようと、無理やりにでも引っぺがす!」
リィラが子どもに向かって走った。光に祝福された剣が煌めき奔る。
「チィ! おい来たぞ、何とかしろクソ人形!」
キレる男は壊れたTVよろしく子どもの頭をどついた。子どもは酷く気分が悪そうにふらつきながら、それでもリィラに憎悪の眼を向ける。
「ぐうぅ……邪魔を、するなあ……っうああああああああああああああッ!!!」まるで感情の爆発。拒否反応を示すように子どもの黒より深い闇の触手が暴れ伸びた。リィラに伸びるというよりも辺り全体にぶちめったら攻撃する。その攻撃は猛攻であり、これでは流石にリィラも近づけない。「や――――っ!!!」
「三人とも、お願い!」
「ドワーフ使いの荒いエルフじゃのう、Aye, ma’am!」
良い顔した影『フッ、大詰めか……! 心を光らせよぉ、相棒!』
リィラの言葉を三つは察した。あまりに短く何をお願いしているのか文字では解らないが、音を主とする白星族の声はソレだけで心を通わせる。つまり、動きを止めれば良い。
影が影を伸ばした影は光がそうである様に、光速の速度を持って相手の自由を奪った。と言っても灰泥自体を縛っているわけではない。灰泥を縛っても流動体であるソレに糸状の束縛は無意味だろう。だがその影を縛ったならどうだろう。無論答えは、いややっぱ解らん。うーん、多分、灰泥の存在自体を縛っているのだ、とそれっぽい事を言ってみる。兎も角、どういう原理か解らないが、影は灰泥の影を縛り灰泥の動きを止めて魅せた。だが如何な影主から成る影も、長くはもたない。存在量がデカすぎる。
だがそれで十分。ニヤリとして彼は銃を構えた。銀地族の弾丸はあの灰泥を撃ち砕けるか? 撃ち抜けたとして倒せるのか?「出来る。出来るのだ」。それが彼の弾丸なら!
「Fireee……Shoooooot!」
BANG!、とウェンリーは一つの銃声で弾丸を五つ撃った。しかしそれ等の弾丸は尽く外れ、子どもの周囲の足元を穿つ。故に子どもは嘲るようにクスリと笑った。そして着弾と同時に放たれる閃光。錬成反応だ!
「――ッ!?」と子どもは驚いた。閃光から生えるは弾丸が弾けた箇所から屋上と同素材の三角錐。それが子どもの身体を貫き、更に三角錐は身体に巻き付く様に連鎖反応、更に刺を生やし束縛度を高める。それは一つの術式で行われる和音命令、想定された特定の結果を起点にし次から次へと「Pythagora System」の様に自動で別の術が繋がっていく。それだけではない。穿たれた穴が侵入口となり灰泥人形の攻性防壁を次々と突破、此方の術式が相手の術式へと強制クラック、一時的に活動機能を限定停止させ誤作動させる。
「これぞ弾丸に術式を組み込む事でその弾丸を媒介に遠隔術式を発動させる錬金弾頭! 私がただの伊達や酔狂で銃を使うと思ったか!」
(思ってた……!)
とリィラを除く者達(影主は知らん)は思ったがソレは無意味。そんな事は過去の噺。今に結果があるのなら、過去の偏見は誤差である。
「しかもこの弾丸は先までの廉価素材ではございません。『石炭袋』の鉱石を『蠍星』の火と『天の川』の乳水と『銀地族』の槌で鍛え上げた〈国宝級〉にも劣らない〈幻想級〉の逸品です。10gに国家予算X倍をポンと詰め込んだ逸品です。子どもの叡智の星がどれ程の段階かは解らないけど、この光度等級なら負けさせない。今だよリィラ! 今こそカッコ良く秘奥義で決めるのだ!」
「良し、ならこれで決めるわ。『魔術合奏』、行くよッ!」
「受意(Oui)!」
魔術合奏――またはコーラス、チェインバー、或いはコンボ、オーバーロードとも呼ばれるそれは、二つ以上の魔術を組み合わせ一つの術にする行為である。術式を合わせるのは大変難しく、失敗すれば威力が弱くなるどころか思わぬ事故を起こしかねない。どれだけ難しいかというと、初めて見る相手のジェスチャーを読み取ったり、百裂拳で勢いよく縫い針に糸を通したり、目を瞑ってアルプス百万尺をしたりするくらい難しい。そしてどれだけ思わぬ事故かというと地震で核爆起きて津波がくるくらい思わない。だが同じ魔術を合わせる「ユニゾン」ならその性能を二倍以上に、異なる魔術を合わせる「ハーモニー」ならその性能を混色させる。そして今からやるのは、その後者ッ!
「出ろ! 撃穿の伍番――〈爆裂花火〉!」
『el Col sy re lalvar gin― rwe lu for sy ren vel― sel―』
それと同時に出るは巨大な大砲。しかしただの鉄塊砲弾ではない。撃ち出すは名前通りの爆弾花火。それに魔術付与を行うのはリィラ。光が役を持って顕在し氷となって砲を包む。紅蓮業火を纏った黒金の砲は色を変え、極寒凍氷を纏った蒼白色へと成り変わる!
「他人の祈りで行けるのは、」「地獄だと思い識れ――ッ!」
リィラが叫び、ウェンリーが撃った。蒼白色の弾丸は子どもの腹にめり込んで、子どもに無理やりにでも飲み込ました。そして次の瞬間、灰泥の身体が華々しく爆散した。
「Well done, venlit and Okages」
「どーめー」褒められても嬉しくないんだからね!『当然だな』b「…………」
リィラが微笑んで言って、ウェンリーがニヤリとサムズアップした。それに対して、男が合い得ないとばかりに愕然とする。
「何、だと……莫迦なッ! アレがあんなに、ありえない! 特機隊だって喰らったんだぞ!? なのにこんな小娘二者に、なんで……ッ!」
その先の言葉は続かない。目の前に来たウェンリーの銃口が男の眉間を睨んだからだ。
「現実の闘いに勝利するには、RPGよろしくLvが高けりゃ良いってもんじゃないのさ。ま、私達はLvも上級だがね。見た目の可愛さで解らなかったかニャ?」ニヤリとしてお道化て魅せる。「さてこの状況、勿論観念するよなあ? 私の弾は神への祈りより足が速いぜ? 幾ら言葉を並べたって暴力は暴力なんだ、あんまり手を汚させるなよ」
「ぐぅ……「待て!」っ!?」
その顔にかけられる幼い声。その声に悔し気な男の顔がニヤリと笑う。その声は子どもの声だった。ズサーと身体ごと跳び込んでて、リィラと男の間に割って入る。
しかしその様はまるで不完全。その子どもの状態はPTAが見たらブレイクダンスを踊って「ポウッ!」と叫びそうな感じに痛ましく悩ましく、喋る頭に繋がるのは引き裂かれた上半身と右腕だけというテケテケもビックリな在り様である。
「その人は、傷つけ、させない……守る、理由、など、ない……守り、たいから、守る……その人は、私が、守る…………その人を守る……ッ!」
しかし倒れない。どれだけ傷つこうと傷つかない。爆散した身体の残骸がぐじゅるぐじゅると蛞蝓の群れのように本体に集まり、数十秒もすれば元の姿になるだろう、平常なら。
ソレを見てウェンリーは自嘲気味に肩をすくめ、ライ麦畑の住人よろしく、子どもっぽく「Boy!」とやる。
「止めた方が良いよ。如何にも君は不完全だ。あまり無理をすると、臨界点を突破するぞ」
「ぐ、うう……こんなの、痛くないもん。こんなの痛くないもん!」
「さっき『痛い痛い』と言ってたじゃないか」
「う、うるさいうるさいうるさい! この人の為ならこんなの全然痛くないもん! アナタなんか、アンタ達なんか……ごちゃごちゃに磨り潰して壁の塗料にしてやるッ!」
「ほう、何てイジらしく健気……え、何この子怖。まあ兎に角、この胸を突く衝動はなんだ。まるで忠犬のような愛らしさじゃないか?『少女に与えられたのは、大きな銃と小さな幸せ』と?『こんなの全然痛くないもん!!』と? 素晴らしい。まるで男がゲームのヒロインに求めるような、嫌とは言わない盲目の愛だ。羨ましいよ。もし私が男なら、そんな催眠術ばりにそこまで所有できて自分に無条件の承認と必要をくれるヒロインがいるだけで満足なものだけどな……と、固茹卵な事を言ってみる」「ギャグってる場合か」「真意のお道化。だが残念、その気持ちには応えられない」
その言葉と同時に「ソレ」は来た。ガチン、と歯車が軋むように子どもが止まる。
「何……ッ!?」「『やったか!?』」「止めろ」
ウェンリーのボケとリィラのツッコミを他所に、子どもは驚いて身体を見た。何と、身体の端が凍っているではないか。その氷は徐々に広がり水が沁み込んでいくように侵食する。リィラは眼を逸らさずにそれを見る。
「『分解して凍らせる』、分散集合型は勿論、大抵の再生類に対する特処の一つよ。パソコンと同じ。幾ら高度な術式構成を持っていても、機能自体がフリーズしてしまえば動けないからね。そして幾ら再生すると言っても、縫合する部分を詰められればくっつかない」
加えて言うならコレは熱エネルギーを用いて冷凍術式を発動させる虚数冷凍法。その方程式は「i^2=-1」を書くので、「力を加える」解凍方法ではますます凍るばかりである。しかもこの氷はアイス・ナイン宜しく常温でも凍ったままで、ブライニクルの様に身体と大気のH2Oを凍らせていき、「そのうち対象は 考えるのを止め」る。
因みに「宇宙に出ると身体が凍る」というのはデマである。そもそも普段、我々の言っている「温度」とは、「原子・分子運動の乱雑度」の事である。宇宙ではそれが無い絶対零度(0k)なのであり、故に宇宙は寒いワケだ。絶対零度とは温度の到達点であり、いうなればバケツから水という温度を空にした状態である。故にこれ未満の温度は在り得ない(因みに因みに、絶対零度と同じ温度である「ー273.15℃」のマイナスとはセルシウス度で表した場合のマイナスである。セルシウス度の0℃はかつては「水の氷点」を基準としてた。水とはかくも偉大である。水は生命、宇宙、そして万物についての究極の基準である。もし氷が水より重ければ世の中は物凄い事に成っていただろう。しかしケルビンで表せばマイナスでも何でもないただの0である。「面積」や「重さ」がそうであるように、「温度」もまた概念的なモノでしかないという事だ)。
だが同時にこの世にはエネルギー保存の法則がある。いうなれば「エネルギーが変化するには己以外の物質からエネルギーを受け渡ししなければいけない」という事だ。だから温度を上下する為にはその温度を受け渡しする対象が必要で、また受け渡しには何らかの媒介が必要である。そして大気圏内で用いられる媒介とは水や空気である。ここまでくればもうお解りだろう。そう、宇宙には水も空気もありはしない。つまり魔法瓶の要領と同じであり、だから冒頭の論理は偽であるのだ。むしろ人間は恒温動物なので体温が上がりっぱなしになり火傷する所である。というか宇宙服には冷却装置が付いている程である。
無論、宇宙は広い。どれくらい広いというと、どれくらい広いのか解らないほど広い。まさに無限である。それはこの大災害の世の中でも解らない。自分の住んでいる星の自然破壊で一喜一憂しているのが莫迦らしくなる程である。なのでこの温度の記述も、所詮は解っている範囲の記述である。付け加えるなら「温度」は電磁波にも左右され、宇宙には宇宙マイクロ波背景放射なるものがあり、これは2.7K分の温度が在る。なので全くの0℃というワケではない。また例え「0」としてもそれは所詮「現代の科学で検測できる範囲の0」である。まあ、それが常識というモノで、論理的に正しそうに見えればそれで割と問題ないものであるが。
逆に乱雑度が正しいとすれば、ファンタジーの金字塔「四元素」は割と理に適ってたりする。そしてこの世の全ては原子で出来ていると考えれば、物語の魔法使いは土・水・風・火、全ての力を使えて然るべきだ。彼奴等は何も無い所からそれらを出すのだから、四つの内いずれか一つでも扱えれば、他の三つも使えるはずである。とすれば畢竟、魔法使いとは、原子や分子を操す者を指すのかもしれない。しかし実際は個別化やバランス調整などの様々な大人の事情で使えない。人が夢見る力だというのに、皮肉な噺だ。此処においても、現実が夢に追いつけないのだ。因みに水素を金属化させるためには「首都圏民営警察・外星生物警備課」が活躍する漫画によると二百万気圧くらい必要らしい。しかもTAMA川を殆ど枯らしてやっと30平方mくらいの容量しかできないのだから、「火→土」を実用的に行える魔法使いがいるとすれば相当凄い魔法使いだろう。あれ、別に皮肉でも何でもない気がして来た……閑話休題。
さて、コレを破るためには熱を冷に変える術式を上回る熱量が必要だ。再生類の対処法は他にも「エネルギー源を断つ」「睡眠や麻痺などで損傷を認識させない」「気絶させる」「再生部位に異物を混入する」「心や魂への精神攻撃」「窒息や冷凍などにより生命維持の根元を断つ」「単純に再生速度を上回る損傷を与える」「マホイミよろしく過剰な回復を与える」「邪念樹を撃ち込む」「悪性腫瘍化させる」「毒を入れる」「相手の再生エネルギーを食べる寄生虫のようなものを打ち込む」「血行を止める」などがある。ふむ、列挙してみれば意外と対処法はあるものだ。生物の構造をしているのなら、弱点は幾らでもあるのである。用意できるかは別として。
「ッ……チィ! ぬか喜びさせやがって、使えねえな!」
「あのねえ……」リィラは心底面倒臭そうにため息をつき、それでも男に向かって言葉を言う。「だったら貴方は『何』なのよ? 助けてもらってるクセに、おこがましいわ」
「うるせえ黙れ! 毛唐難民の分際で説教してんじゃねえ! 腐った魚の様な、気色悪い色の目で俺を見やがって……そうやって上から見下して良い気になって、そんなに自分より下の者が欲しいかよ! 自分が正しいって言えれば満足か!?」
「ななな何を言っているんだ君は! 違うから! 説教何て違うから! 異界者の私が言うのはそんなの何か、如何にも人混みの流れに疲れた都会人が自然代表の田舎に望むような、物理化学信仰が超常的存在である妖怪や神様に求めてるような、心の豊かさを忘れた大人に星の子どもが語るような、何か、何か、何かそんなものみたいで思う壺じゃないか! コッチだって一々そんな感想文やってられるか!『愚かな人類どもめ~っ!』何て言うものか!『世の中に不満があるなら自分を変えろ。それが嫌なら耳と目を閉じ口をつぐんで孤独に暮らせ』なんてほざくものか! そんな安易な社会風刺だとか機械による真心の無さだとか世界を造り還るだとか貧困や戦争や差別や環境破壊だとか何てそんな、そんな、そんな、そんな事に付き合ってられるかーっ!」
(付き合ってたんだな、リィラ……)
とウェンリーは遠い眼をする。これは厨二病ですか? いいえ、素です。「綺麗な世界を維持できるなら他人が不愉快になろうが不幸になろうが爆発四散しようが仕方ないね。貴方も問題意識を持つべきだね。温暖化、動物保護、資源枯渇、自然汚染、戦争貧困、ネタは沢山あるよ。カッコいいのを選ぶといいよ。コレがあると優越感が持てるよ」と、大体そんな事をとある風呂場ので出会った人達が言ってました。
演説好きアジるダハーカ『フッ、愚問だな。唯牙独走! 王とは、戦い忘れた者に代わり戦う者。そしてそれ故に、牙持たぬ者達から畏れられる者。それが強者の宿命! 孤独な疾走! だがそれでいい。王は例え誰に共感されずとも、黙って指揮棒を振ればいいのだ。その影と成る背中に、孤独や汗と涙の結晶を暗示するな! そして、それをしないために、その影は、一段と高尚な、そして静かなものになる。敢えて拍手をもらうとするならば、それは劇が終わった後だ』
「うおお、何か影がソレっぽい事言っとる。リィラさん、どう思いますか?」
「え? あ、ごめん、聴いてなかった。ご、ごほん。兎に角、私は説教できる程偉くないです。それにこんな年下の説教なんて、私だって嫌だわ。幾ら正しい事言われたって、腹立つ事は腹立つもの。けど今回の結果は、これが現実。そして何か言ってくれる内が華だとよく言います。言ってくれないのなら、それは期待されてないって事かもしれないから。そういう事、本当、その時にならないと解らないものです。人生の成功の秘訣は『どれだけ独創的になれるか』ではなく、『どれだけ相手を許容できるか』、です」
「うるせえ!」「うわわっ?」
男が刃を振って来た。灰泥の残骸から造った剣である。それは禍々しいが、怖さは無い。というのも男は傍から見ても闘いの経験のないド素人だったからである。リィラは驚きつつも軽く盾でそれを防ぐ。一方、ウェンリーはリィラの台詞に異議を唱える。
「確かに許容することも大切ですが、作家や歌手のように個性だの自由だの謳って誤魔化す奴らの事は聴いちゃいけないね。そーいうのはいいからお前等の上手くやった方法教えろと資本主義め。ネズミやペテン師はすぐバズマジックワード言うんだからな。夢なんて金儲けの素材だよ。そんな無責任な事言う奴はホント捻じれと。悪徳に螺子曲がれと」
本当の自由は滅茶苦茶辛いぞすっごくすっごく大変だぞ「自由」ってのは「都合の良い」とは違うんだヒッピーとかホームレスとか目じゃないぞお母さんやお父さんに頼らず毎日自分の力で何もかもしなきゃならんのだぞ何を神様みたいに理想してるんだい上司に確固たる目標を与えられる束縛ラリーマンの方がまだ安心できる社会主義の方がまだ楽チンだ。勘違いした学生達が勉強もせずに「バンドやろうぜ」とか言って結局コンビニのレジ打ちで一生を終えるとか目も当てられんぞ無駄に寿命を浪費して「なぜオレはあんなムダな時間を……」とかでも言うつもりか。空想は結構だがそれも物語にならなきゃ意味ないぞ。何だかんだ言ってもこの世は学歴社会。大して社会で生きても無いくせに「難しいのは解ってる。でも本気なんだ」だとか社会の辛さを語るんじゃない。世界は君の語る「難しい」より七百億倍は難しい。何、「政府のいう事なんて聴くものか」?「我々はこの支配体制に異議を唱える」? 莫迦だな。それこそ政府の造り出した罠だ。洗脳し扇動された者の戯言だ。「自由」とか「個性」とかいう言葉は資本主義と責任転嫁を推し進めたい君の言う支配者や政治家が造り出した甘言だよ。面白ければ良いってのは阿保になれって言われてんだよ。ランキングのいう事を鵜呑みにしてゲームやってろって言われてんだよ。高尚でワケの解らん所に付け込んで無教養者に偽物の芸術を売る詐欺師だよ。そうやって思考を放棄させるんだ。何を無邪気に信じてるんだ。「友情・努力・勝利」? そんなのは「本物」にとって「当然」だ。一人で戦争がやれるかよ。生まれてすぐに努力の連続だ。勝利した者が英雄だ。遊んだ分だけ他の奴にすぐ置いて行かれるぞ。努力など手放しに賞賛される事でもないくらいに当たり前だ。名言から都合の良い事ばかり拾ってきて。幸せならばそれでHAPPYかい? アイデンティティーとパーソナリティーの違いも判らずに、何度も行われてきた焼き回しと気付かずに、資本主義のメディアによるプロパガンダと気付かずに、「Let it go」を歌っていれば満足かい? 家畜だなあ! マジでアイキャンフライ以外の選択肢がない奴だっているんだよ。そんな大量生産なその他大勢向けに作られた曲で励まされるというのならお前の不幸はしょせんその程度だという事だ。苦痛さえ一過性の娯楽だ。被虐趣味め。そんな適当に生きてると、すぐに大人になっちゃうぞ。苦悩もなく、焦燥もなく、青春の万能感に酔いしれて、気付いた時の俺はどうだ? 時は無情にも過ぎ去っていく! ああ、何時の時代も、何処の場所も、人を悩ますのはこの問題だ。我らは何処へ行き何時行くのか。答えなどありはしないのに、叫ばずにはいられない。恐怖!「Out, out, brief candle! Life's but a walking shadow, a poor player. That struts and frets his hour upon the stage and then is heard no more」。期待するじゃないバカヤロー! 期待しなければ何もかもマシに見える。ああ誰か人生の正解を教えてくれないものかなあ。文明が生まれて数千年、未だに答えが見つからない!「答えのないーまーいーにちがーッ! ただ過ぎて行くじーかーんがーッ! これから先―どーオナるのっだっろおぉーうッ! わかあああああらああああいッ!」……ねえ聴いてる?
「今度は聴いてる聴いてる。『Religious text』か『Faust』でも読んでろ(※長ったらしいので暇潰しに成るの意)。後、どーでもいいけど、そういう事言い出す社会は危ないよ?『24時間戦えますか』的な。それこそ国の造り出した自由主義という幻想を無抵抗に信仰する所業と変わらないかと。そりゃ『楽して何かを得ようとか甘え』なのも解るけどサ」
リィラが男の剣を弾き飛ばした。男が「クソッ!」と佇む。ウェンリーはぶっきらぼうに自己啓発セミナーを続ける。
いやホント世の中にはビックリするほどのアホがいるからね。そういう阿保の子どもの親は誰だろなあって見てみるとまさに「あー」って言いたくなる程の阿保親で、この前なんて車の往来が激しい駐車場で子どもがダンスの練習してて明らかに邪魔なのに親も見てるだけで注意しないで「家の子上手に踊るでしょ?」ってお前らもう薬やってんじゃないかと。いい大人が情けない。人生というのは「いいお手本」に出会えるかどうかで決まるのだなあとしみじみシジミ
「ああそうだ! お前等が特別なわけじゃない! そんなお手本があれば俺だって強くなれたさ! 俺だって力があれば少年漫画の様に名も知らない誰かのために身体を張ったさ! 俺だって、子供の頃は魔法や超能力に憧れたさ! だから大祭害を喜んださ。けど実際はそんな上手い噺じゃなくて、駄目な奴はやっぱり駄目で――全く、ムカつくぜクソッタレー! 上手くいっている奴に俺の気持ちが解ってたまるか! 酒の一つも奢らないくせにクレームばかり言いやがって、俺の金儲けの邪魔するな!」
「ええと、先ずは落ち着きましょう。冷静にならないと実がない強い言葉ばかりが先行する。自分が駄目だと自覚するなら開き直らず『ナニクソ』と応戦しよう。それが進化です」
「だから説教すんじゃねえ!」
「だから説教じゃないって。これは独断と偏見から来る一般論であり倫理道徳社会常識。そして貴方の言ってる事は自己奉仕バイアス、ヒューリスティック、ツァイガルニク効果、錯誤相関等々。皆、誰でも言ってる事よ。今いる社会に合わせるのが嫌なら別の社会から出て行く事ね。迷惑だから。『自由』と『自分勝手』をごっちゃにしてはいけません。此処は『楽園』ではありません。貴方が貴方以外を否定なら、貴方以外も貴方を否定する。それが普通。作用・反作用の法則。或いは、砂糖・塩の法則? ましてや煩く喚いてたって世界は何も変わらない。それで何とかなると思っているのは、泣き叫ぶ赤子かミュージシャンか、物語の作者かネット弁慶の引きこもりね」
「だから、説教すんなって、言ってんだろッ!」
男が懐から自動拳銃を取り出した。ウェンリーとリィラがソレを見る。だが何もしない。別に危ないと思ってない。男はソレに気付かずに、拳銃の引金を引いた。そして、
――Jingle.
と、スレイ・ベルのような「シャン」という鈴音が「Bang」という銃声と重なった。弾丸はリィラに当たらない。代わりに虹色の星屑が散逸する。弾丸はリィラの顔から腕一本分くらいの先で砕けていた。
「『理論武装』!?」
「受動型の『魔術障壁』よ」ソレを見て驚く男に対し、飽くまでも冷やかにリィラは対応する。「魔術師だから物理に弱い、なんてゲームだけよ。破るならそういう瞬間的な物じゃなくて、剣とか鎚とか、押し込むような物をお勧めするわ」
「因みにこのリィラの障壁は私の使う障壁とはちと違う。私の障壁の原理はこの世界の科学で例えるならこ星の『磁気圏』のようなもの。つまりプラズマです。『プラズマ』って言っとけば許されるのは昔の空想科学だけ! 太陽風だって防ぎますし、攻撃に使えば電子レンジの容量で沸騰させますし、可視化すれば見た目にもオーロラの様に綺麗です。方や、リィラのソレは超能力者の超自我防衛機制に近く、例えばどれだけ高名な絵画でも共感できなければただの子供の落書でしかない様に、或いはどれだけ最高な悪口でも知らない外国語で言われたらただの雑音でしかない様に、如何なる力学的敵意も光に変え――」
「こらこら、ウェンリー。少年漫画じゃあるまいし、システムを説明したら対策されるでしょうが」
「でもそういう説明が在った方が気合とか根性とかより納得できるじゃん? ご都合主義はヤだもんねー。敵さんに申し訳ない」
「読者はそんな所まで気にしない。ハイ解決」
「『切ないぜ…土砂降りの涙の雨』の気分だ」
「ぐううう! クソ、クソ、クソ! なんで上手くいかねーんだよ! ズルいだろ! お前達ばっか上手く行って、何でコッチは上手くいかない!?」
「単純にステータスが低いからだろ」
「それ言っちゃお終いだ」
ウェンリーの言葉にリィラが困ったように言った。だがそれは真実である。結局の所、こうなのだ。幾ら詭弁を弄してもとどのつまり、問題なのは能力があるかないか。力とか知識とか、あるいは見た目とか知り合いとか。それがなければ、何にもならないのだ。しかしだからと言ってルールを破りズルすれば、誰かに迷惑をかけるだろう。それにより与えられるは当然の罰である。ソレが嫌なら、やはり上手く罰を逃れる能力が必要だ。これは同情でも感情でもない何でもない。それが今の事実なのである。
「だから敢えて言っておくわ」リィラが男の眼を見て言った。その眼を男は正面で受ける。いや受けてしまう。銃口を見つめる撃たれる寸前の悪役のように。「世界が嫌なら世界を変えなさい。だがならば世界に否定される事を覚悟しなさい。自分が嫌なら自分を変えなさい。だがならば自分を殺す事を覚悟しなさい。どちらも嫌なら耳と目を閉じ、口を噤んで誰にも迷惑かけず孤独に暮らしなさい。それも嫌なら――」
そう言って、リィラが手を出した。その手は光を帯びていた。剣と同じ光。魔の光。それを見て男がビクリと震えた。恐らく彼はこう思った事だろう。
――コロサレル!
『――――ッ!?』
リィラとウェンリーは素早く男から跳び退いた。先までいた場所を黒い刃が斬り裂く。灰泥の徹甲弾だ。彼達は男から距離を取り、次いでソチラに振り向いた。まさか此処で上がって来るとは。虚ろまで呑み込むとは。己の存在がペテンなら、同じく架空のペテンさえ喰らうか。それとも「差」自体を喰らうか?
――唐傘のぉ 骨はぁ羽乱羽乱紙破れてぇも 離ぁれ 離れ舞い添ぉえ千鳥駆ぁけ
――絡ぁ繰の 羽っとぉ変わり死お前の心ぉ 影でぇ 影で意図轢くぅ人がぁ居る
――撒煙草ぉ 身体は巻かぁせ心も蒔かせぇ 胚ぃに ハイになるまぁで主の蕎麦ぁ
『ぐ……ああ、ア……わ、わたシ、が……ま、まモ……そのシとを、まも、ル、ルルル』
我放つは「偽りの詩」。灰泥がボコボコと泡立ちながら下水道に呑まれる様な、奇怪で不気味な声を携えて、子どもがぬらりと立ち上がる。残った本体の残骸で手と脚を造っていた。だがそれはあまりに欠陥な身体である。
その様は例えるなら「腐ってやがる、早すぎたんだ」。元となる素材が足りていない。身体はまさに泥といった感じであり、粘つき腐った組織がぐちゅりぐちゅりと液化する。しかし同時に刃であった。溶けては固まり、固まりは溶け、しゃりしゃりと、さながら「みづかね(マーキュリー)」の様に変化する。まるで砕けた硝子を樹脂で固めたような痛々しさ。そこに感じる痛さとは、きっとその子が受ける痛さだ。
「うおお? 何ぞアレ。第二形態ぞなもし? 臨界点突破ぞなもし? とりま、ヤバいという事を解るります」とウェンリーが冷静にパニくる。
《臨界点を失ったどっちつかずの状態だ。不安定。非常に危うい。退避を強く推奨する。あるいは決死の救助を切望する》とCERASUS→ウェンリー。
「救助? 同類に情でも受信したか?」
《否。骨しか持たぬ我等の存在理由とは、愚かで愛しい肉と霊の武具と知恵と成る事故に》
「ある意味で理路整然だ。用意されている存在理由を疑わないって羨ましいなあ」
困惑する影『んんん? 何だ餓鬼んちょ、いきなり一人遊びを始めて。狂ったか?』
「空気読もうぜ影法師。いや私が言えた台詞じゃないけど。てか台詞に割り込むな」
威張る影『それは無理な相談だ。闇とは光の不在ではない、闇こそが原初なのだ。而して影とはその逆、光故に現れる存在。何かが其処に在るのなら、必ず我が其処に居るのだ』
「ぷらいばし~(泣」
《茶番よりも目の前の式を処理する事を推奨する》
遠い眼の銀地族に石卵がそう進言した。その通り、茶番をやっている暇はない。
とは言えあの炉心融解の灰泥娘に相対するなら、対核装備を要求する。つまり、清潔なサージカルマスクと冷蔵庫だ! 一方、男はその危険性も知らずに有頂天。
「おおお! はっ、何だよやればできるじゃねえか! そら行け! この調子に乗った小娘どもを黙らせろ! だが見た目は傷つけるなよ! ただじゃ済ましてやらねえからな! そら行け! やれ! お前はヤればできる子なんだからな!」
無論、その命令に含まれた激励は褒めではなく叱咤であり追い込みである。その何処までも自分本位な褒め言葉を聴いて、リィラは僅かに辟易した。無論、そういう者に一々黄を裂いていたら間に合わないし、自分もまたそうでないとは言い切れない。が、敢えて己の行いを度外視し偏見を含めて言うのなら、子ども、それを絡ませるのはいただけない。
「此処に来てまで子ども任せか。全く持って、粋じゃない。力は見せた。警告もした。それでも向かってくるというのなら、」リィラは刃に光を灯した。それは静かに燃える星のように、淡くも鮮烈な力が込もっている。「もう、容赦してやんないぞ」
「うーん、私は一先ず、戦術的撤退を提案する」だがウェンリーは嫌な顔をした。子どもに攻撃するのが嫌なのではない。というよりも、何だか逃げ出したいような。「コレはヤバい。何かヤバい。物語というか漫画ズれした私には解る。こういう展開の場合……」
だが言い終わる前に、男が「行けええ――――ッ!」と命令した。バカ、止めろ、とウェンリーが言おうとしたがもう遅い。『U”R”A”A”A”A”A”A”A”A”A”A”A”A”H”!!!』と子どもが男の声に反応して突進する。ウェンリー達にではない。男にである。
「なあっ……!?」
男がタールに呑み込まれた。逃げ出そうとするが底なし沼にハマったように沈んでいく。カバキコマチグモよろしくな泥人形の捕食行為は、あっという間にはじまって、あっという間におわります。その名も、名も、吾輩は灰泥である。名前はまだ無い。
「子どもが男を喰った!?」
「まさか:暴走?」リィラが驚いたのに対し、ウェンリーは「ですよねー」という感じでそう言った。「うーむ、やはりヤンデレだったか。ちょっと羨ましいな。『じぶんとそれからたつたひとつのたましひと完全そして永久にどこまでもいつしよに行かうとする この変態を恋愛といふ』」
「『そしてどこまでもその方向では決して求め得られないその恋愛の本質的な部分をむりにもごまかし求め得ようとする この傾向を性欲といふ』……ってボケてる場合か」
「ボケじゃないさ。愛があるって素敵な事。己さえも灼き尽くす様な熱い恋。あや其で鉱石を打てばどれほど素晴らしい結晶が出来上がるか。骨と化してなお煌々と燃える魂よ!」
「その出来上がったものがコチラになります。因みに、この物語は娯楽物語です。別に原爆の利点うんぬんが欠点をそうこうする主題なワケではありませんのでご了承ください」
辟易気味な影『なあ、貴様等何時もそんな感じなのか? こんなヤバめな状況まで漫才とは、いやはや、世界の強度が凄まじいな』
どの影が言うか「…………」
「ば、バカ、違う、俺じゃねえ! がぼっ、た、助け……」
五者五様の内一者は、その後の台詞を続けられなかった。なむなむ(笑)。
「発狂したか。利用しようとした悪魔に取り込まれる、まあ物語のお約束ですね」
「じゃあこの後はどんなストーリー、ウェンリー?」
「Huh、そりゃあ君『『『『ZODOZIDOVOBABORRRRRR!』』』』私達が食われるんだよ」
「『な、なんだってー!?』ってギャグってる場合ぢゃない。何とかあの子止めないと、あまり酷いと特機隊に処理されちゃう」
「心配するとこ其処ですか。それもまたお約束」
「しかしどうするか」
「魔術結合は?」
「NON.相手がデカすぎる。それに魔力量が足りない。錬成弾丸」
「NON.外郭が硬すぎる。それに何処に撃ちゃいいか解らない。気合」
「NO……気合で何とかなるかっ!」
「じゃあ『コマンド:ルーラ』」
「逃げてどーする! というか灰泥で空間汚染されて逃げられない」
「『バカヤロウ逃げるぞ!』あんな娘が相手じゃ分が悪い! 多分、後でちょこっと修行すれば何とかなるんじゃないかな」
「なるか!」
「だって相手からの攻撃の正体がつかめんし」
「じゃあもう『いのる』しかないなあ」
「ただ祈れば両手が塞がるんです」
「どないせーっちゅーねん」
困惑する影『何でお前等そう呑気なんだ。惚気てる場合じゃないと思うが』
『『『『『W”O”R”A”A”A”A” A”A”A”A”A”A”A”A”A”A”A”A”A”A”H”!!!』』』』』
などと掛け合っている内に子どもが叫んだ。いやもう子どもではない。声が幾重々々にも混ざり合う。「怨(AUM)ッ!」とダムが決壊したように灰泥が流れる。なんちゃって屋上プール(汚水)が出来上がる!
「クッ……!」とリィラが短く舌打ちして両手を広げ。「Du my soll tu rey sholl so」と詩うと光がリィラを同心円状に広がって簡易的な結界を造った。しかし、
『A”A”A” A” A”L”O” O” O” O” O” O” O” O” O” O” O” O” O” O” O” O”N”E”!!!』
叫叫叫ッ!!! その結界は灰泥に断ち切られた。光の帯は露と成って砕け散る。その叫びは助けを求めるのであれ否定するのであれ、音である以上、他の音を拒絶せずにはいられない。
それに驚き「うわわ、ヤバッ……!」とウェンリーが退避しようとしたのと、『lal yea li fa ray Lar Lagin』とリィラが光の盾を構えたのは同時だった。先の衝撃に断ち切られたはずの光が復活し、新たに現れた光と結合する。
これぞ人間族の分類法で言う「術式系統〈詩〉」の得意技、一つの術式主題から間髪入れず別の術式主題に移行する「連歌術」である。「重唱術」とも言い、長い場合は「多楽章術」とも言う。この場合は一人なので、正確には「独連歌術」という。広義には「合唱術」の一つであり、他にも掛詞や言葉遊びにより一つの術式に複数の主題を並行させる「伴奏術」、時間差で同一術式を行う「輪唱術」、同じく時間差だが僅かに違いを持たせる「回唱術」、主題も無く自由に術式を行う「狂唱術」などがある。
なお凡そ予想が付く様に、その名称は音楽用語から文字っている……が、その音楽用語が正しい使い方をされているかどうかは此処では問わないで頂きたい。いや何故かって、仮に誤った使い方をしてたって、そもそもそんな正誤など、一般人は知らんだろ?「お前ハモるなよ」と「ユニゾン・アタック」は使い方が全く逆と言ようが、そんな誤りは下々の方々は解らない。そも軍人じゃあるまいし、技術の統制などされていない。というかそもそも、典型的なRPGじゃあるまいし、異世界たるリィラの世界にはそんな英語(Eng)や伊語(Ita)や仏語(Fra)など存在しないし、故郷ではそんな分類すら存在しない――兎も角、だ。
蔦の様に絡み合った光はより堅固さを増し、二者から灰泥の呪いを遮った。その光の盾は透明で、丁度水族館の海底トンネルのような感じだ。灰泥を真下から眺める景色はちょっと綺麗に感じちゃいます……いや嘘です全部嘘ですマジヤバス持病の閉所恐怖症ががが。
「ふう。間に合って良かった……けど、」リィラが顔を僅かに歪めて言った。白銀の光の盾は絵具を混ぜるように徐々にその輝きを失っていく。「これはちょっと、危ないかも」
まるでウイルスバグだ。ウイルスがデータを書き換えている。「コイツのHPは――無限だ…!」このままいると、そのウイルスはこちらまで侵食し……。
「いやこれはチャンスだ」それに対してウェンリーもまたおっかなびっくりな表情だったが、あまりに恐怖しているのか笑っていた。「違うっての」失礼。ウェンリーは何時になく真面目な雰囲気で眼を走らせる。「これだけ内部に侵入出来たら後は……セラスス」
《既にやっている。すぐ其方に情報を送:main FILE(maxprefer, no limit){calc(elem, fre, foe(*0003998, *0029872, *072));} skip&code(sub lmy ife support; code, CERASUS-9) now doing…doene; SYNC(CERASUS <-> MY STAR):完了した。GOOD LUCK》
「That’s my CERASUS♪」ウェンリーはそう言ってセラススと世界を交差する。歌と思考を同期させる。情報計算はCERASUSがやる。だが、彼には「何をすれば良いか」は解っても、「どうすれば良い」か解らない。生肉のどんな料理法も完璧にこなすが、どの料理法を行うかを決められない。だからウェンリーは頭で描く。美味しい料理のレシピを。おっと、今は生肉をそのまま食べるってのは勘弁な。兎煮も角煮も、あーしてこうしてえーと良し。「OK.合図したら一瞬だけ障壁解いて。灰泥の機能を停止させて、分解シークエンスでパケットしてみる」
「『しーく』?『ぱけっと』?」「取り敢えず俺に任せろー」暴れる影『ギャー、死ぬ死ぬ死ぬーぅ!』「きゃっ、こら、抱きつ、って何処触って……ひゃんっ!」「あっ、エロい、じゃなくてズルい、私も!」「ええい、どっちもぺたぺたすなっ」お約束ですね「…………」「とりま、私に任せとけ。私は銀地族。解答は知らなくても、解法は知ってるさ。だから1、2の3で解凍よろ」「スリーは『ス』で? それとも『リ』?」「リィラが言ったら惚気なのか天然なのか解らん。『ス』です」「All right.」「じゃあ行くぞ。1、2の、3ッ!」
その合図と共に光の盾が解除された。光は消え灰泥が入る。一瞬で空間を掌握され、生命活動に必要な全ての要素が遮断される。食料はない。水も無い。酸素もないし、温度もない。視界無し、音響無し、上下左右の区別も無し。いや違う? 温度はある? いや違う、温度じゃない! これは刺激! 痛み! 消化液! 溶ける様な灼熱の激痛――
PAAAAAAAAAAAAAAAAAW!!!
風船のような、銃音のような、そんな破裂音と共に灰泥の塊が爆発した。塊は吐瀉物を流す様にでろどろと屋上に広がり、徐々に流動性を失って、水に溶けた片栗粉のように固まっていった。そして辺りは静寂に包まれる……と、少しだけ呆けて待っていると、やがてそんな混沌の泥がボコリと盛り上がる姿があった。リィラである。
「ぶはーっ! げーほげーほげっほげほ!」と酷く喘ぐのはリィラ。美しい金色の髪も白磁の肌も今は泥遊びをしたかのようにぐっちゃりである。「うぅ、ちょっと飲んじゃった。何コレ、気持ち悪い、生臭いし、喉に絡みつく……」幾ら吐き出そうとしても取れないので、ごくり、と唾と一緒に呑み込んだ。だがやはり喉に何かつっかえている感じが取れない。何だか凄い疲労感である。「泣きたい。でもその前に……ウェンリー、ウェンリー!? 大丈夫かしら。何処、ウェンr「なーう!」うわービックリした」
ぼこっ、と泥の中からウェンリーが現れた。頭や腕を豪快に振り回し灰泥を取る。
「ううう怖かった。布団の中に潜って寝て酸欠で死にそうになるくらい怖かった」
「どんなだ」
「えー? あるあるでしょコレ―……って、リィラさん! 良かったー無事だったんだねえ――ぺたぺたぺたぺた」
「ぺたぺた止め」
《Good Job, Venlit》
「Yeah, you are gu-jo gu-jo too. 無事にいって良かったんだぜ。よっしゃー、勝利のポーズ勝利のポーズ! へーいへーいわう!」と彼はクルクルと回って踊る。頭の妖精がクルルクパルル。全く、何て良い顔で笑うのだろう。本当に彼の笑顔は美しく、穢れ無く、太陽のように眩しい。やれやれ、実に元気にさせてくれる娘である。そんなに元気でいられたら、落ち込んでる自分が莫迦みたいじゃないか。「眼が回って気持ち悪い」
「アホか」
「勝った私を褒めて褒めて。流石は私と褒めてやりたい所だ。頭をなでろー」
「じゃあ私が此処に手を添えるから自分で頭回して撫でられろ」
「何それ新しい(左手は添えるだけ……」
笑う影『ふむ。何かよく解らんが上手く行ったようだな。これにて一件落着、だ!』
お前が締めるのか「…………」
と、どうやら四者とも無事であるらしい。服が微妙に溶けてイヤーンな感じかどうかは、読者の想像にお任せしよう。
「で、」そんな茶番を一区切りしてリィラは言った。「あの子は?」
その言葉に対し、ウェンリーが「ん」と眼をやった。みると一際灰泥が盛り上がっている場所に、タール塗れの鳥よろしくな子どもがいた。酷く衰弱しきっておりおまけに下半身が無くなってテケテケ状態である。その眼は閉じられているが、息はある。
「文字通りの『スリープ』だね。あの状態にしておけば、早めにエネルギー補給すれば回復するよ。あの子造った奴はとてもシンプルな構造を描くね。おかげですんなりと構造把握できたよ。いや、ここは構造をイジる知識のなかった彼奴に感謝カナ?」
そう言ってその「彼奴」を見た。彼奴は黒い雨に濡れた小犬の様に、リィラとウェンリーを見て震えていた。
「ななな、何なんだよ、お、お前ら……あ、頭おかしいんじゃねえのかっ!?」怯えた声でそう言った。どうやら自分以外がどーなろうとしったこっちゃないこの男も、自分が飼い犬(灰泥)に手を噛まれて(飲み込まれて)肝を冷やしたようである。腰が抜け声が上ずっている。「イカレてやがる。おかしいよお前等!」
「自分に理解できない事を『おかしい』の一言で済ませられるなら、貴方の世界はよほど平和なのでしょうね。それでもいいと思うわ、自分の興味あるものしか見ない生き方でも。者の良き生き方の一つは、どれだけ満足できるかだと思うから。けどコッチの舞台に上がって来ないでくれる? 興覚めするから」
それに対してリィラは冷たい眼つきでそう言った。呆れているようでもある。その眼に自分の今の状況を悟ったか、男はビクリとした。観念し、先までの熱が嘘のように引いて行く。リィラから眼を逸らし顔を背ける。そして、
「チッ。何、マジになってんだよ。こんなの冗談だろ。何熱くなってんだか」
そう言った。まるでゲームに負けた戯言のように。それに対し、リィラは怒鳴った。
「まだ言うかッ! だったら貴方は自分のやってる事が面白いなんて思ってるの? 正直言ってツまらないわ。素面を気取って他を茶化して誰かに迷惑しか掛けられないのなら、一生部屋で引き籠ってろ。外に出て真面目にやってる奴の邪魔するな!」
キレ気味に言った。怒っている様だった。すぐさまウェンリーが「まーまー」と言う。
「白星族が綺麗な声を削るなんて嫌だよ、ぼかあ。誰だって最初は初心者じゃないか。失敗はあるよ。なのに自分が子供だった時を忘れてその手の物を語るのは粋じゃないなあ」肩をすくめてそう言った。慣れ親しんだお約束なのだろう、片方が熱くなると片方が冷ます役をやるらしい。「せめて言うならこの程度にしないとね。『残念ながら此処は現実、ゲエムでもネットの世界でもありません。お前みたいな自分以外が下じゃなきゃ気の済まないクソ野郎はクソイカ臭いクソ部屋でクソ課金してクソマスかいてるかクソコピペしたクソ文章をクソSNSにクソ貼り付けて自分が認められている気分にクソクソクソ浸ってろ!』ってね」
ただしそのお約束が良い結果になるのとは別であるが。だがその言葉にリィラは「ソッチの方が酷い偏見と嫌味と暴言に塗れている様な……」と辟易し、熱も冷めたようである。先までの自分を少し恥ずかしく想い頬を指でかいた後、
「敢えて言っておくわ」リィラが眼を逸らしたままの男に言った。その眼を男は頬で受ける。いや受けてしまう。親に叱られる子どものように。「世界が嫌なら世界を変えなさい。だがならば世界に否定される事を覚悟しなさい。自分が嫌なら自分を変えなさい。だがならば自分を殺す事を覚悟しなさい。どちらも嫌なら耳と目を閉じ、口を噤んで誰にも迷惑かけず孤独に暮らしなさい。それも嫌なら――」
そう言って、リィラが手を出した。その手は光を帯びていた。剣と同じ光。それを見て男がビクリと震えた。恐らく彼はこう思った事だろう。
――コロサレル!
が、その恐怖は無力であり、リィラは男の手を掴んだ。今度はリィラもウェンリーも男から跳び退くことはない。黒い刃は斬り裂かず、男から距離も取らない。彼達は男から眼を離さない。ふむ、腐っても獣、回復は早いようだ。
「それも嫌なら、頼りに出来る誰かを探しなさい。ただし利用するんじゃなくて、助け合うような、何時か恩返しできる、そんな頼り方で。『頑張れ』より『頑張ろう』、です。まあ私は、まだ一個も返せてないんだけどね」その光は男を癒していた。先までの戦闘や子どもに呑み込まれた事により受けた傷や炎症した部分が嘘のように消えていく。「だから、まあ、仲良くしましょ? ケンカして嫌な空気になるよりも、仲良くした方が楽しいわ」
そう言って、恥ずかしいような、懐かしむようにリィラははにかんだ。
そう、我々は手を取り合えるのだ。かくも夜暗い中で家路に帰ろうとする時に、遠き山に落ちる日があまりに白く眩しく見えるように。星が空を散りばめる時、今日の業を成し終えて、私を待っている父母の家路へ、団居へと付くのだ。何ぞ未だ恐れる事あらむ。此処に置いて、我等は黒と白の幸福な調和を夢見る。それが黒的か、白的か、そのようなオリジナリティーを語るのは、一先ず置いておいてほしい。少なくともそこに美を感じ、調和を感じた事は、嘘偽りない真実なのだから。いやそれこそが一つの解答なのだ。無知の解答なのだ。湧き上がる麗水が四方八方に散り散りに成ろうとも、豊かな霊感の源泉は一つ。そう、かくも未分化の光と闇がそうであるように。彼等は対極ではない。例えるならそう、螺旋の様に。我等は混然一体と成りて不可思議の太平に入る。南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏。ありがたいありがたい。何、仏教的だと? だがしかし全てが一つに成ろうと言う到達点は十字架教でも詠唱教でも割かしどの宗教にも見られるもので……まあ、第二楽章ばかりが礼賛されて他を詩わないっつーのはアレっすけどね。閑話休題。
それを見て、ウェンリーはふと思い当った。子どもの事でこんなにも彼がムキになった、そのワケを。
リィラはコッチの世界にいきなり飛ばされて海の星に拾われた口だった。だからあんなに怒ってたのだ。彷徨う子どもをいいように操る法螺吹き男を。幾ら力や知恵があっても、いきなりわけの解らない場所に来て、誰かの世話にならなかった奴なんてそうそういない。それは自分もそうである。
けれどもそれは運の良い方である。大祭害時のことを思い出す。文字通り空間に穴が開き、そこから流れ落ちて来る怪物達を。彼らが元の世界でどう思われていたか解らない。見た目通りの悪者だったかもしれないし、仲間内では英雄だったかもしれない。だが彼らは言葉を発する前に倒された。尤も、言葉を発しても同じ言葉を話せるかは疑問だが。そんな事を思い出し、だからウェンリーは皮肉交じりに肩をすくめてこう言った。
「それでも駄目だったら?」
「駄目じゃなくなるまでもっと頑張りましょう。救いの手に全能を求めてはいけません。不平不満を言っている暇があるなら経験値を稼ぎましょう。何だかんだ言ってもやらなきゃ始まらない。何時か何処かはそうじゃなくとも、今此処はそれが事実ですからね」
「結局、根性論じゃないですかヤダー。根性論はあきませんで。そういうタイプは、無力でいる事に慣れてますから。気力という奴が無いんです。救いの手が差し伸べられても、どうにも頑張る気になれんのです。詳しくは年金問題を検索」
「そうやって欠点ばかり目立たせて十把一絡げに語るのはどーかと」
「てーか、『頼るのが嫌or頼れる者がいない』からこうなってるんじゃないですかね?」
「そんな時は福祉施設〈海の星〉へようこそ。カッコ良くて綺麗で優しいメリュー姉様が何でもお手伝いしてくれるわ」
「うわ、しれっと勧誘してるよこの娘」
「してません」
「ホント、皆、【我が麗しの貴婦人】が好きだよねえ。『海の星(SEA STAR)』ならぬ『姉の星(SISTAR)』? まさに【海の彼女(She’s Sea)】だ。『「あなたが好き」「あなたを想う」「あなたのために」 数多の歌詞が捧げる「あなた」ってきっとこんな感じ。長い髪 柔らかな線』。『ひらひら 手首の先から蝶々みたいに回る綺麗な手のひら 欲しいもの全部 欲しいものから喜んで手の中に入ってきてくれそうな手――…』男は皆、あの蝶々のような手の平を追いかける。例え巣を張る蜘蛛さえ喰らう歯を持つ蝶でも。『The Brain — is wider than the Sky — The Brain is deeper than the sea — The Brain is just the weight of God —』頭の中で発火するその言葉を私だけにくれるなら、女の子でも顔を赤らめる。『星も人もこの世界に散りばめられたお互いを知らない点々なのに 知り合って結ばれるとお話ができてゆく… 神様達の星座物語みたいにつながる数だけ 私達の物語は広がっていくでしょう』。君こそが僕の初恋で俺達の青春。でもあの人は、誰かの物になるような人ではない。彼女こそは『オーロラ姫』。しかし夢を見ているのは他ならぬ俺達で、一度触れようものならば夢は覚めてしまうだろう。けどきっと、あの人の乱れた姿は夏の影の朝露のように瑞々しくてエロいのだろうなあ中央アシアンテイストな服を着て欲しい特に身体の線の出る藍と白のアオザイを着せてみたいそしてぎゅっと抱きしめさせてほしい柔らかい温かさと圧力を感じて甘えたいはあ~ん」
「おい最後まで気を保て」
「勿論、白星族の身体もいい身体してますがね。スポーティで眩しい太股とか腰の曲線美とか服からでも確認できる意外と大きな胸の半球が……エロい! うぇっへっへ」
(この子、どんどん発想がこの街っぽくなってくるなあ(つまりチンピラ))
「でも私にはああいうぼけっとしたタイプはドーモねー。そりゃあの人は美人さんだ。許容量爆群で『超許す』な『慈母星』だ。強くて綺麗で凛とした『太母』だ。『理想女』なお姉さんだ。彼女の御心は海の原、その身体は曙光綾織るユリの籠。子供が情景する『Träumerei』、あるいは新世界の『Largo』、はたまたボレインの『O Fortuna』。月の浮かぶ湖上の麗人、貴婦人、妖精よ。『薄明の明星』にて『貝殻の乙女』よ。【海の星】よ。『Erhöre einer Jungfrau Flehen, Aus diesem Felsen starr und wild Aus diesem Felsen starr und wild soll mein Gebet zu dir hinwehen.』」
たおやかだし清楚だし才色兼備だし透明感あるし胸大きいし胸大きいしスタイル良いし豊潤だし頼りになるしミステリアスで物腰は幽寂閑雅、心は安閑恬静、大人しく瑞々しい。けれどもいざやるとなったら泰然自若、精神一到、ビックリするほど喧嘩が強い。綺麗な顔して文武両道、外柔内剛だからあの人は侮れない。けどそんな威風堂々な時でも常に敬意と礼節と丸みと余裕があって悟ってて畏怖を感じさせない。ラファエロの慈愛の手とダ・ヴィンチの知性の瞳が合わさって無敵に見えます。BLADEと似たような所があるよね。ゆったりしたフリして問答無用でぶん殴る所とか、喚き立てず派手さもないけど芯が強い所とか。「強い!絶対に強い!」的な強さがある。まるで昭和の世界大戦時の大和撫子の女性の様だ。「斜陽」にしちゃ強すぎるけどね。本当、あの人は身体も魔術も強いからズルいよ。魔力で肉体強化して魔力で障壁展開して魔力で自己再生能力全開にして魔力で魔法弾オールレンジして突撃するという「レベルを上げて物理で殴る」を地で行く男らしいゴリ押しスタイル。必殺技は過度な酸素が毒である様に膨大な魔力で相手を窒息させる〈めでたし、海の星〉だッ。しかもその魔力は無駄に高純度なのでそれを無理に魔術に使おうとすると高血圧で血管がパンクして脳卒中を起こしたりディーゼルエンジンにガソリンを入れたり幼稚園児が大学論文読んだりしたみたいに魔術回路がぶっ壊れるぞ! ただしそれに見合う分解能力が在れば超便利! 相手は魔力0で此方は常時魔力MAXのチートモードだぜ! しかも何処ぞのマオ様みたいに場の魔力を自分色に染め上げて敵味方識別無しで魔力アレルギーや非経口摂取みたいな症状を引き起こさないだけ有情かな! まあ尤も、あの人の強さはそーゆー喧嘩の強さじゃないけどね。海や宇宙の様に何でもかんでも許容する所にあると私は思います。「宇宙はお前を愛してはくれないが許してはくれる」。DBの主人公が本当に凄い所は、敵を許す心にあるのだ……。それに問答無用というより完全無欠って感じだけど。全身全霊、完全無欠。「男が命を捨てようと言う美しさ、考えるまいと思う先から責めたてられ、思わず知らず落ち込む罠、蘭麝の薔薇の、底に沈む恋の伏兵! あの微笑みこそは、完全無欠。何もせずともただそのままに優美艶麗、僅かな身振りも神々しく、帆立貝に乗るヴェニュスの女神も、花咲く森を行くディアーヌも、パリの街を駕籠で行く、ただ歩む、あの人の姿には遠く及ばぬ!」。そしてどれだけそんな賛辞を述べたって、その美しさの真理を一欠片も表せなくて、語り手を少しも満足させちゃくれないんだよな。まるで永遠にお預け食らった自己満足だ。本当の姿も忘れっちまった青春の幻影だ。汚れっちまった悲しみだ。手に入らないのは解ってる。彼女はシャボン玉、或いは星、手に入らない故に美しく、近づけばその身を焼かれる。俺達はそんな彼女に恋したのだ。だから私はあの人がイマイチ好きじゃない。酸っぱい葡萄ほど虚しいものは無いから。そしてそれでもなお憧れてしまう己がなあ……その心は、太陽への片想い……ムカつくぜクソッタレー! あの蝋の羽根持つイカロスたる【黒金】も、モーツァルトに嫉妬する『アマデウス』も、多分、そういう所がムカついて――
……などとウェンリーは世辞を並べる。しかしこれは彼の感想というよりも、世間一般な感想である。そんな感想を聴いて、リィラは困ったような笑みでこう応える。
「あんまり褒め言葉並べると逆に嘘っぽいなあ。簡単に『無限』とか『最強』とか言ってるみたいだ。今時、哲学家でも小学生でも言わないよ」
「『実がないだけ雄弁』なのさーァ」
「この前と言ってること違くない? 前は知行同一、確固たる論理と実践が大切と――」
「人の思想なんてTPOで変わるよねー」
「頑固な銀地族らしくない曖昧な思想ね」
「け、けも私はメー義姉様なんて全然好きじゃないんだからねっ! あまりに嫌いだから目が行って顔が赤くなるだけなんだからね! ふんだ! ふんだふんだ! だっふんだ!」
「はいはい。でも姉様はシスターじゃないよ。カトリックでもクリスチャンでもないし、というかソーシャルワーカー。海の星は教会でもあるけど特に教派を決めてるわけでもないし。むしろ自由領域。イスラムでも仏教でも神道でもスパゲッティなモンスターでも海産神話相手でもウンババな未開呪術でもぼくのかんがえたさいきょうのかみでも魔法使いでも、希望に応じてやってます」
「節操ないなあ」
「ダレカが信じるナニカを信じているだけだけよ。節操ないと言うなら、それは色々と創り出す方じゃないかな。神も神も神も神も神も、皆、『願われる神(a Star You Wish upon)』じゃないか。何を区別したがるんだか。例えそれが偽物でも、信じる心は本物だと思うけど……」
「ふん。多神教など糞喰らえッ!、だ。『神ゲー』だの『神アニメ』だの何でもかんでも神々言いやがって。まるで神様のバーゲンセールだ! お前らの神様キャバ嬢か何かかよ。神様はそんなお手軽なもんじゃないっての。あんなのはただ単に己の神が何なのか解ってないだけだ。美少女ゲームよろしく新しいアニメが出る度に自分の嫁を取っ替え引っ替えするような曖昧で不安定で無知蒙昧なご都合主義の脳内娼婦だ。信念が無いんだね。思想がさ。優柔不断なのだ。たった一つを愛する気持ちが無いんだ。『ありのままの~♪』とかいう個性を礼賛する歌を聴いて、皆が皆、奇抜な服を着る阿保っぽさだ。未定義でバグっているだけだ。他を否定してまで肯定したい幸福でなくて、一体、何の価値があると言えるのだッ!『本物』を知らない奴らはこれだから……。
ま、そんなヤパーナの文化が、私は大好きですけどね。『…それもラブ …これもラブ』。『ほんとうにどんなつらいことでもそれがただしいみちを進む中でのできごとなら峠の上りも下りもみんなほんとうの幸福に近づく一あしずつですから』。正義の色は天多あれど、『信じる』という行い自体に違いなんてないのさーぁ」
「因みに、大和が多神教だからといって別の宗教に寛容だと思い込むのは世界史を知らない不勉強です。寛容なら、踏み絵や廃仏毀釈なんて起こりませんから。ていうか、他所様のGOSHを都合良く取り込むとか、それこそ厚顔無恥もいい所だと」
「それ既存の英霊とか神様とか悪魔を一緒くたに戦わせる系の物語に喧嘩売ってるぜ? アニメの知識だけを取り込んでたら本丸の人達の考えと違って『思ってたのと違う!』という事が稀によくある(e.g.『人類補完計画』」
「まあ、本当にGOSHが全知全能なら、如何なる人間の行いでも、怒ったりはしないだろうけどね。神とは、畏怖されど、恋慕されど、莫迦にされど、天に座す北極星の様に、ゆったりと光っているものかもしれないから。まあ、『お客様は神様』の思想とか、一神教の方はどー思ってるんだろとは思うけどね。お前は何処の『人の子』かと」
「見境なき絵師団は言いました、『汝の敵に萌えよ』」
「『Goryō Moe』か……」
「しかし『萌え』なる単語が一般になったのは21世紀……歴史は浅かったりする」
「『グリグリモグモグ』♪」
「そしてPTAに色々言われてめくるめくるの『ハレンチ大戦争』に……」
「『Her mince』?」
「えー? まさかあの伝説の漫画を知らないとは。『悪魔人間』の作者だぜ?(ニヤリ」
「ほほう? それは見てみたいかな。いや、漫画が見てみたいと言うワケではなく、文化研究というか、人類学というか、フィールドワーク的な一環で」
「(笑)ま、兎に角、誰だって自分の嫁が一番可愛いんです。偶像とはよく言ったものだ。そりゃ自分の神が正しいと言いたくなるよね。お前の神を照明しろ! 大祭害で神様が自明になった今、何処もかしこも多神教化するのかな?」
「それはない。ウェンリーの言った通り、『自分の神が一番』なんだ。TVの俳優やスポーツ選手と同じです。いるかいないかは問題じゃないの。神様が本気で信じられていた時代でさえ、或いは本当にいた時代でさえ、神様で喧嘩してたんだ。神様自体がどうこうなったって、いまさら付き合い方は変わらんよ。それを信仰する人間自体が変わらにゃあね。でも、別に信じる事を否定しているわけじゃないわ。どんなモノにせよ信じるモノにとっては真剣なわけであって、それを卑下するわけではありません。例え、神ではなく神の力を信仰したとしても……。まあ、兎も角、ソレが姉様の宗教というだけよ。『正義の逆はまた別の正義』、って事ね」
「漫画の知識で真面目な物事を語るのは痛いぞ」
「べべべ別に漫画だからってワケじゃないですぅー!」
幻想染みた人里離れた地で過ごす森の民タイプのエルフ娘の興味を引くには略。
男はそんな二者のやりとりを黙って見ていた。毒気が抜かれたようだった。いやというよりも、何だか自分が酷く情けなく思えてきた。彼等はきっと、自分の事など敵と見なしていないのだろう。先まで命を賭けた闘いしていたくせに、打って変わってこのやり取り。まるでちょっとした一仕事を終えたかのような何て事無さ。それに比べ、自分はアレを、ほんの子どもを手に入れてはしゃいで……。本当に、自分は何なんだ? この娘が自分を握る手は、俺より小さくて、白くて、小奇麗なくせに、力強く見えて……。
「はい、終わりました」と、男がその手を見つめていると、不意にその手が離れた。「応急処置はこれくらいでいいでしょう。後でちゃんとしたとこの解呪屋に頼んでね。でないと死ぬから」サラッと何か凄い事言っリィラを「う、え、死……? ガチですか」とウェンリーが見る。「うん、ガチ☆DEATH。子どもの灰泥浴びてるから、ガイガーカウンターがマッハです。あ、私達もね」
「わーお」
「だから貴方も、ちゃんとしてね?」
そう言って、リィラは優し気に微笑んだ。だが男はその笑みを見て、「……チッ。小娘が一々ウルセーよ」と殊更まゆをひそめ嫌そうにそう言った。リィラは「全く」と困った顔をする。と、男はそっぽを向いたまま、リィラに言った。「アイツ、どうすんだ?」
アイツ、つまり子ども。今は眼を閉じて眠っているが、起きればまた大騒ぎするだろう。リィラはその質問に応えずにウェンリーを見る。
「どうするの?」
「私が決めて良いの?」
「元々貴方が持ち出した話だし」
「んじゃまあ、予定通り回収かな。ここまで人格意識があるのは貴重だ。『銀色のクオリア』で隅々まで研究して玩具改造して初期化して好きな様に調教を……ってしたら怒るよねえ?」
早口気味に言って、苦笑いがちに肩をすくめた。それに対して、リィラは冷たく、
「怒らないわ。ただ哀しいだけで」
「やだなーもう、冗談だよ」笑って腕を掴んで言った。「ちゃんと結社が面倒見てくれるさ。研究莫迦が多いから、ちょっとナイーブになって引きこもりになるかもだけど」
「心配だ……」
「元気でいれば良いのです」ウェンリーはうんうんと頷いてそう言った。次いで肩をすくめて、「まあ、本人が親しんでいる奴と一緒にいるのが一番良いかも知れんけどね」
そう言ってウェンリーは男を見た。男は「此処に来て俺に振るか」とでもいうように横目で睨む。そんな事言われても、今さら自分にどうしろと――
「置いてかないで……」
そう言った。子どもが眠りながら泣きながら。その塩水は偽物だろうが、そこで泣こうとした気持ちは本物だ。
「はーん! 可愛い! 抱きしめてよしよししたい! くそう、羨ましいぜ! 私はあんな子にされてみたいなと思いますッ!」「アホか」「アホじゃない、グルービーだ!」「グーフィー?」「ふおおおおおおっ!(高速回転」「落ち着け」「落ち着いた(急停止」
「で、」リィラが茶番から一転、真面目な口調で言った。「これからどうするの?」
「……知るかよ」
男は子どもから眼を逸らし、俺に聴くなとでもいうように言った。
「そ。まあ、考える時間は牢屋の中で十分にあるし、あの子の方にも考えてもらうから、今はそれでいいわ。けど、もし貴方にその気があるのなら……多くは望まない。それを望むのはあの子であり、何が幸せと思うかもあの子だから。ただ、私としては、これだけは命令したい」リィラは男を見て言った。例え男の眼が逸れていようとも、心は逸れていないとでもいうように。相手の心に眼を向けて、「情けない姿を見せないで」
そう言い、もうこれ以上言う事はないという様に言葉を切った。その言葉に男は、「……チッ」と、そう小さく舌打ちするだけだった。
(そんな維持張らずにもっと相手のいう事を許容すればいいのに)
とリィラは思う。だがそれ以上に解っている。相手の言う事を聴く事は、かつての自分を殺す事だ。大袈裟な言い方だろうが、言い方を変えても意味は変わらないだろう。
それに自分のような小娘にこれ以上グチグチ言われるのも嫌だろうと思い、もう何も言わないでおこうと思った。そして静かな昼寝を要求していたマンションの住民である単眼触手が「イイハナシダナー」と涙ながらに拍手していた。誰だお前。
ぶっちゃけ忘れてた『うむ、今度こそ一件落着だな。やはり仲良き事は良い事かな、だ。なあ相棒よ』影が主に対してそう言った。当の主は「何臭い事言ってんだ駄呆が」とでもいうようなメッセ顔だ。『ぐ、貴様という奴は……っ!』
そんなやりとりを見て、リィラは微笑み、ウェンリーも微笑み……そしてふと訊いた。
「コレ、〈複重歩行者〉?」
おい「コレ」呼ばわりはないだろという意見を他所に、影の主はこくりと肯く。
やはりか、とウェンリーは思った。〈複重歩行者〉――大祭害による異界漂流の際の時空座標同期や、その後の魔術の合体事故や存在干渉など、何らかの要因で別々の存在が融合してしまった者。ソレを持つ者を全体主義国家によって分割統治される近未来世界を描いた小説にちなんで「複重思考者」とも呼ぶ。その姿は、物質的重複者ならいわゆる結合双生児を想像すれば早いだろうか。霊質的重複者なら憑依が早い。一説には大祭害以前からある多重人格や人面瘡も別の存在が混ざったものとか何とか。大祭害の世界では蝿男やフィッシュ竹中さんも是になるとか何とか。
この影の主もそうなのだろう。ソレは文字通りの「もう一人の自分」だった。ウェンリーによると、影の主は何かの漫画の既知世界の住人らしく、ならば影とは別の世界の者なのだろうが、現界に漂流した際に融合してしまったのだろう。尤も、この影が最初から影だったのかさえ、よく知らないが。
にしても、影が自分の者でなくなるってどういう状態なんでしょうね。本来の影は何処に? 光がない場所が影ではなく影のできる場所が影? どちらがどちらを操ってるのか? 影を無くしたり、影が動いたり……「影」――それは様々な文学で扱われる魅力的な存在である。ちいちゃん……かげおくり……うっ、頭が。ま、それはさて置き。
「んい。ま、何は友あれ、助かりましたぜ」
と、ウェンリーは軽く笑ってそう言った。その言葉は本心だ。あまり他とはつるまずとも、心には礼節を、手には感謝を持つのがランナーの嗜みです。リィラもまた「Thank you」と感謝し、CERASUSも《Good Job.》と己を光らせ、影主は「お安い御用だぜ」という様に無言でサムズアップして応えた。そして影は笑って言葉を返す。
お影様で『ふっ、コチラこそ助けてもらって何よりだ。しかし礼は要らん。助けるのは当然だ。『ノー ブリーフ オブ リーフ』という奴だ。曰く、『葉っぱ一枚すら要らぬ』』
「え?」
ウェンリーは影主を見た。さっと眼を逸らされた。
で、名前は?『さて、では次の舞台へ行こうか相棒よ! 古き夢は置いて行くがいい、新しいドラマが待っている。かくも愛を歌うJーPOPや、平和を謳う戦争映画のように。それが資本主義というものだ!』
「え、あの……」と、ソレを見てリィラが言う。「待ってれば警察が来ますよ? ランナーとして依頼されたワケではないですけど、奉仕度に従って懸賞金が貰えると……」
あの、名前は……『いやいや良いのだ。むしろこの出逢いこそが報酬。願わくば、吾輩の存在を魂に刻め。それでいいのだろう? 相棒よ』そう言って影は笑った。『人助けによりコネを増やしつつ将来のライバルを撃破。まさに一石二鳥。いや、お前の作戦は頭が良いなあ! この世界も我が支配するのはそう遠くないぞ! ガッハッハッハッハ!』
ランナーはクールに去るぜ「(親指を立てて)…………」
影は高笑いし、ふよふよと影主を置いて先へ行く。しかし影の伸縮に限度があるのか途中で止まる。影主は何も言わず軽く手を上げて少年達に別れを告げ、犬の様に手綱を引っ張る影を無視してマイペースに歩いて行った。
出る時はぱぱっと舞台に乱入し、帰る時はささっと舞台から退場する。名乗りもせず拍手も受けず、飛び入り参加のお手本のようだった。そんな二者を見てリィラはこう言った。
「色んな人がいるのねえ」その眼には奇異と羨望があった。妹が兄を見る様な、全裸で来た莫迦を見る様な、自然な感想だった。「まるで腹話術みたいだったわね」
「『Dead Silence』とか『House of Wax』とか?『お前も泥人形にしてやろうか!』」
「シャレにならん……」
「じゃああの方も何時か『MAGIC』みたにな統合失調症になったりするんですかね? しかし人が無数の細胞で出来ている事を考えると、人は既に多重人格なのもしれない」
などとウェンリーは考える。しかし病気という奴は、飽くまでも一般とは違うという事。そして一般の定義とは、時代と場所により変わるのだ。
「ま、兎も角これで一先ず一見落着ね」とリィラが言う。「後の処理は警察に任せましょう」
「あ、警察と言えばさ、どーして早く来れたの?『アシストが来た』って言ってたけど」
「ケイとか言う人が助けてくれたのよ。何にでも変わる武器持って暴れてくれたわ」
「え、それって【黒き雷】? うわっ、いーなー。また一緒に遊び(バトり)たい」
とウェンリーはシャドーボクシングする。一方、リィラの方は、
「…………?」
「あれあれ、ご存じない。割と人気なんだよ? 性格が腸捻転みたいにひん曲がってるからPTAとか真面目な大人からの受けは悪いけど、思春期(笑)な気取り屋の子どもや莫迦な大人にはパンク・ロックというか、ダークヒーローというか、ツンデレというか、本人には明らかにその『こゝろ』がバレバレなんだけど担任の女教師に悪戯する淡い青春の小学生時代といか、『黄金風景』というか、『ドン・キホーテ』な感じで好きな奴結構いるんだー。ごっつ強くてカックイーでしょ?『コウモリだけ~が知っているっ♪』」
「魔術や機械化による事後変身が流行る今日日、見た目がカッコいだけなら幾らでもいるけどね。ましてや今や異界よいとこ一度はおいで、カッコイイの定義は者それぞれです。まあ確かに強かったし、まさにばったばったと薙ぎ倒す風来坊だったけど……でも、ちょっと生理的に合わないかな」
「生理的ときたもんだ」
「あ。ええと、そうじゃなくて……何か仮面被ってるみたいで、気味悪かったから。例えるなら、『外見はペコペコととても謝罪する癖に中身は全く気持ちの籠っていないヤパーナ人リーマン族に出会った気分』。彼等はその時はとても申し訳なさそうにしているのに、その場が過ぎれば、スッと仮面を外す様に無表情になるのだから……アレは、ゾッとする」
「あー……」ウェンリーはそれに思う所があるのか、少し台詞を淀ませた。さすが白星族、見る眼がある。しかし彼は「ははは」と茶化す。「あー、いるよねー、そういう人。携帯電話なんかで爆笑してて、終わったらポチッとスッと無表情になる感じのね。まるで演技と言うか、表情を造るのが面倒くさいかの様な……携帯で話している間は、誰しもが異世界に飛んでいるのだろうねえ。成程、気持ちは解るよ。白星族の感性は時々リリカルだねえ。でもやっぱリィラはホレないか。だって既にお義兄様がいるものね」
「う、うるさいなー。変に名前出さないでよ」
「『I just saw the moment when a person falls in love for the first time. Oh boy』。恋する乙女って綺麗ですよねえ。その人の為に美しくなろうとする情熱が私の心まで熱くさせます。ヒロインばかり前面に出す典型的MOEラノベはそこん所が解っちゃいないんだな。華道と同じ。女性というのは男性が居てこそ可愛いんだ。主人公は名脇役がいてこそ映えるんだ。カレーはご飯と一緒に食べるから美味いんだ。彼が太陽なら私は月よ!『月がキレイですネ~』。ま、大体の奴はカレーのルーだけで満足しますがね。精神年齢が餓鬼なんだ。寿司に醤油をびしゃびしゃに付けて醤油味にする様な大人子供だ。だから『ラノベなんて』と小莫迦にされるんだ。本の低俗さは読者が決めると理解しろと。まあ私はそんなラノベ好きですけどね。そもラノベと十把一絡げにする時点でダナ……」
「だから五月蠅いと言うに」
「でも、メル・シーとも知り合いだよ。ていうか先の『女教師』っていうのがー……むふふ、これゆーたら怒られるから止めとこー。でも皆そーだってゆーとったー♪ あんまり来ないからエンカウント率全然だけど。海の星に入ればもっと会えるのかなあ」
「そーなんだ。ふーむ、だからミティカと一緒に居たのか。姉様が手を回したのかな」
しかも割かし懐かれてた。まああの子はコミュ力高いから誰とでも初期好感度高いのだけど、いや別に自分が低いワケじゃないのだけど、超能力故に他者の強い心に感応する彼女が好むなら、そう悪い人ではないのだろう。
それよりも、ミティカが無事な様で安心した。中々帰らなくともミティカの事だから大丈夫だと思ってたけど、それでもやっぱり心配した。ロクに相談もせず勝手に家を飛び出して。どうにも異能者は自己完結的な者が多くて困る。利他的な様に見えてやはり彼女も異能者、自分勝手な人助け好き……利他的利己主義だからなあ。
そして……一緒に居た子ども、かは解らないが、彼女、かも解らないが、アレは何処か泥人形と同じ光を感じた。ミティカとあの強い男がいるならわざわざ介入する事もないと思い、敢えて尋ねなかったが……やはり、アレは…………。
「はむ?『ミティカ』ってメリュー・ファミリーの? 見つかったんだ。良かったね」
「何を『アダムス』みたいに。そうよ、超能力者のね。全くよ。全然帰らないし連絡も取れなくて、皆迷惑してたんだから。一段落したら後で鳴一杯小言言ってやる」
「また雷落とすのか。普段綺麗で静かな分、怒ると恐いんだから。そんなに怒ってちゃあ、何時まで経っても姉様のような女性にはなれないぞ?」
「べ、別にそんな怒りん坊じゃないですー。あの人は怒るべき時しか怒らないだけですー」
「いやいや怒ってるって。この前なんて私がちょっとイタズラしたらもう『おれはひとりの修羅なのだ』って感じに『BOOM!』て雷落として――」
『BOOOOOOOOOOOOM!!!』
激しい爆発音がした。それも真下であり、何やら「ベキバキ」と嫌な音がする。
「……何、さっきの音」
「……あー」ウェンリーは半ば予想していたように声を出した。「流石に弾や武器の素材にしすぎたかな。多分もうこの建物、シロアリの巣みたいにスカスカかと。それにさっきの子どもの暴走がとどめ刺した」
「え、じゃあつまり……」
「これぞ一件落着ですね。イェァッ! ……あ、つまり落着と落下を掛けており「落としてるのは頭の螺――ッ!」」
リィラが怒鳴ると同時に建物が胎動した。見るも悍ましい亀裂が入る。瓦礫が波打ちめくりあがる。「ずごごごご」と明らかに危ない産声が上がる。
「うわこれヤバい」「言ってる場合か錬金術使って!」「まあ任せチョコレートはろって。私が軽っと錬金を「速くしてお願い私じゃ大きいのは無理だから!」頼られるのって嬉しいね。じゃあ今すぐ……。…………」「ウェンリット?」「ふむ、どうやら灰泥の攻撃で状態異常になったようだ。簡単に言うと『沈黙』状態。スキルが使えません」「マジでか!」「(マジでか……)と言っても私の錬金術は『技』ではなく『個性』なんだけど、閾下にまで侵入するとは……成程、彼奴の力の本質とは、壁を壊すのではなく壁と同化し――」「おい、何だ、何が起こってるんだ。この建物が崩れるのか?」「ええとそうです、兎に角、貴方は子供を守って! 魔術で防壁を張って出来るだけ」「あや、私が錬金出来ないならリィラも汚染されてると思われ」「マジだーっ!(泣」「本当、リィラは焦る姿も可愛いよねえ。ああ、何処までも締まらない」「いやお前等ボケてる場合じゃなくて逃げ――」
そして遂に建物が崩壊した。天空の城は此処に崩壊する。アイキャンフライ。リィラとウェンリーが落ちていく。男と子も落ちていく。憐れ憐れ。しかし何より憐れなのはこのマンションの住人だろう。巨大ヒーローロボットのジレンマよろしく、戦いの後に残るは芥川。ソレに対しセラススは言った、《This is the world》――こんなもんだろ、と。身体があれば、肩をすくめていただろう。
こうして、この闘いは見事にオチがついたのでした。チャンチャン……って何だかなあ。
――――第弐幕 第参場 終




