はしごを上ったら
この頃、何だかやたらと騒がしい。騒がしいというのは、ぼくのベッドがある二階の部屋の、天井のこと。
夜になり、うとうと眠りかけると、決まってガタゴトゴットン、騒ぎだす。
(ネズミが運動会でもしているのかなあ。まさか、オバケじゃないんだろうなあ)
ぼくは、掛け布団を急いで頭の上まで引っぱりあげる。
(もうすぐ、一年生になるんだ。パパやママに、泣きついたりなんかしないぞ)
そうやってじっとしているうちに、いつの間にやら眠っちゃう。
そんな日が、何日か続いてた。
――今日の朝ごはんのときのこと。
ぼくは、どうしてもパパとママに『そのこと』を聞きたくなった。それで、のどにひっかかったトーストをゴクッ、と牛乳で流しこむと、勇気を出して声をはりあげたんだ。
「ねえ、このごろ二階の天井の上に、何かいるみたいなんだ。何だと思う?」
すると、トーストにバターをぬりつけていたパパの手が、ぴたり、と止まった。せわしなく動き回っていたママも、じんまりと動かなくなった。二人とも、じーっとにらみつけるようにして、ぼくを見ている。
「アキオ、何でそんなこと聞くんだ?」
いつもに増して、低い声のパパ。
「だって、夜になるとガタゴトゴットン、うるさいんだもの」
心臓のドキドキを感じながらぼくがそう答えると、パパは両目の間にしわをよせて、目をパチクリさせた。
「……さあね、ネズミでもいるんでしょ。そんなことより、早く食べちゃいなさい」
ママは早口にそう言うと、ぼくの方は見ようともせずに、そそくさと台所へと行ってしまった。だまってママにうなずいたパパは、がさりと新聞をとりあげて、何もなかったみたいに、トーストにかぶりつく。
(パパもママも、何かごまかしてる……。天井裏には、すごいひみつがあるにちがいない! もしかして、本当にオバケがいるの?)
ぼくは、急に背中が寒くなって、ぶるぶるとふるえてしまった。
そして、夜になった。今、ぼくはベッドのふとんの中で、息をひそめている。
(今日こそ、つきとめてやるんだ)
眠たくて、今にもくっついてしまいそうな目をこすりながら、ぼくは天井が騒ぎだすのを待ち続けた。
――やっぱり、今日も始まった。いつもよりやさしい感じがするけれど、天井からガタゴトゴットン、音が聞こえだしたんだ。
ぼくは、勇気をふりしぼってベッドからぬけ出すと、二階のあちこちをさぐり始めた。
すると――あった。ぼくの知らなかった秘密の階段のようなものが! ぼくの寝る部屋のとなりの部屋の、奥のところだった。
(何これ、初めて見た……。階段? いや、はしごってやつだな。天井の上につながってるみたい――。
昼には見えないのは、もしかしてこれ、オバケが使ってるから?)
また、背中がひゅーっと寒くなる。けれどぼくは勇気をふりしぼり、そのはしごにふるえる手をかけた。そして、息をゴクリと飲みこむと、何かに引っぱられているかのように、はしご段を上っていった。
ギイイ、コッ。ギイイ、コッ。
いつかテレビで見たような、忍者のぬき足、さし足をやってみる。けれど、はしごは「ひめい」をあげてしまう。
はしごの先に、部屋でもあるのか、明りがうっすらもれて来た。最近は、オバケでも明るくしているらしい。
(よーし、いち、にの、さん!)
ぼくは、ちょっとがくがくしていた足に力をぐっと込めて、思いっきりジャンプした。
(えっ?)
はしごの先の部屋にたどり着いたぼくは、びっくりして石のように動けなくなってしまった。だって、その先にいたのは、『パパとママ』だったんだもの!
(オバケの正体は、パパとママ。ぼくは、オバケの子だったんだ!)
ちらり、こちらを見たパパ。
ぼくに気がついたパパは、鬼のような顔をして、こちらに向かって来た。真っ赤な目は、今にも飛び出しそう。
泣きそうなぼくの肩を、パパは両手で、がしっとつかんだ。そして、ぼくをそのまま持ち上げると、ニヤリ、と笑った。
「ばれちゃったら、しかたがないな――」
パパは、ぼくをゆっくりと床におろす。鬼みたいだった顔は、すっかりもとどおり。
「ちょっと早いけど、これがパパとママからの入学祝い、アキオの勉強部屋だよ。せっかく、今までひみつにしてたのになあ」
よく見ると、新しい机やたんす、ピカピカの黒いランドセルまである。パパとママは、毎日夜おそくに、この部屋のもようがえをしていたんだ!
それなのに、ぼくはパパとママを、オバケとまちがえるなんて……。
「この屋根裏部屋はね、わが家の特等席なの。ほら、見てごらん」
ママはウインクして、頭の上にある窓を指さした。その先には、数えきれないほどのお星さまが、肩をよせあって光っている。
「ありがとう。この部屋、大切に使うよ!」
ぼくはパパとママに、力いっぱい、しがみついた。