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Flame's Traitor −炎の反逆者−  作者: 紫月 一七
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その2

 新緑の並木が迎えてくれる道を少年は歩いていた。

 道幅は広く開放感に溢れ、陽光が降りると黄金に包まれた空間となる。草木は燦然と息吹の主張を掲げ、風が若葉の香りを運ぶ。

 木々から伸びた影は整然とその身が大地に立つことを証明している。

 東側の樹木の隙間から吹いた清涼な風を受け、少年の髪がはためいた。通り過ぎ抜けていった風を見届けると、少年は口を開いた。その視線は腰にある剣へと向けている。


「そういえばさ、名前なんていうんだ? 魔剣ってくらいだし名前あるんだろ?」


 剣は鞘に収めているので独り言にも聞こえるが、そこに確かな反応を見せるものがある。喋るとき仄かに剣から漏れる光だ。

 今も少年の声に応じ、光を含む動作を送ってきた。


《小僧。人に名を聞くときは、まず自分から名乗るのが礼儀だぞ》


「エンガード・フレイムハートだよ。エンって呼ぶ人が多いかな」


 魔剣の冷たい物言いに少年――エンは僅かに苦笑を見せつつも名乗った。魔剣の方はややあってから、


《ふむ、フレイムハートか》


「ん? 聞き覚えでもあるのか? それより名乗ったんだからそっちの名前を聞かせてくれよ」


《よかろう……》


 厳かに告げてから溜めを作る魔剣。

 名前くらいでそんな大袈裟だなと思っていると、魔剣が先程よりも強い光を発し、


《我は……炎帝・フレイムハートだ!》


「おい、ちょっと待て!」


《なんだ。何かおかしな点でもあったか?》


「おかしな点しかないぞ!? 人の名前パクっただけじゃないか! 何が『ふむ、フレイムハートか』だよ! 思わせ振りな態度とりやがって!」


《何を言う、偶然だ。たまたま先に名乗られただけのこと》


「こんな偶然あるか! 礼儀がどうとか言いながら人の名前騙る気満々じゃないか! いいから名前は変えろ!」


《断る。気に入ったからな》


「気に入ったって、やっぱり盗んだんじゃないか!」


《な、何を馬鹿な……! 気に入っていたから変えたくないという意味だ。妙な邪推をするな小僧!》


 言い合っている内に並木道を抜け、坂道に差し掛かっていた。

 学園の校門へと続く道だ。この坂を抜ければ学園が見えてくる。

 エンは歩いていく。自らが戦場としている舞台へと。

 坂を登り切ると学園の全貌が見えた。

 そこは広大な土地だった。正門から先には石で舗装された通路が幾重にも混じり、正面には正確に時を刻む巨大な時計塔がある。時計塔の上部から幾つか通路が飛び出し、他の建物まで続いている。

 東側には各種施設があり、時計塔の奥には青と白の外装の校舎があった。均等にするように青と白の色がバランスよく塗装されていた。

 西側は山や森などの訓練施設となっていて一部の屋内訓練施設を除いた大部分が自然のフィールドになっている。

 校門を潜ると魔剣から声がした。


《ところでだ、小僧。一体何と戦っていた? なぜ戦っていたのだ?》


「詳しい事情は何も聞かないで契約するって、すごく勢いで生きてる感あるよな、お前……」


 いい加減な魔剣に呆れ気味に言ってから、何から話そうか考え込んでいると、続きを待たずに魔剣が、


《お前の要領を得ない説明など聞きたくない。何かこの施設のことが書いてあるものをないのか?》


「披露してもいないのにオレの説明能力が否定されたわけなんだが……確かに得意ではないけどさ! 学園のことかー。それなら……」


 エンは制服の胸ポケットに入れていた生徒手帳を取りだした。それを当ててみろとの魔剣からの指示に従う。鞘の上から生徒手帳を当てると剣が光り、生徒手帳もその光に包まれる。

 光は一瞬で消えたが、魔剣は満足そうに唸った。


「これでいいのか?」


《うむ。今ので大体は理解した》


「え、マジかよ……じゃあどんなことが解ったんだ?」


《お前は学生だ》


「うっわ! 役に立たない情報だな、おい!」


《事実確認は重要だ。貴様が血に飢えた殺人鬼である可能性もあるからな》


「ねーよ! さりげなくオレの人格を否定するな! あと学生だからって別に殺人鬼じゃないとは限らないだろ!」


《それならそれで……我も喉が乾いてきた頃合いだからな、くくく……》


「お前が有害だという事実確認ができそうだよ今っ!」


 やはりそんな簡単に行くものでもないな、と嘆息しエンは歩きながらどこかゆっくりと話のできそうな場所を探した。

 ちょうど近くに小さな公園があり、そこに入ると木製のベンチに腰かける。一息ついてから話を整理し、


「まずはオレの置かれてる現状を――」


《説明の必要はないと言ったはずだが?》


 やっとまとまったことを説明しようとして魔剣に止められてしまった。無下にされて僅かに怒気の篭った目を向けると、魔剣は続けて、


《この学園では生徒同士が様々な権利を巡って抗争を繰り広げている。そしてお前の『負けた』という発言から、その抗争とやらに敗れたと。我に戦ってほしい相手というのが、お前が抗争している相手なのだろう?》


 エンは驚きに目を見開いた。素直に感心していた。この魔剣はたったあれだけのことで本当に現状を把握していたからだ。

 魔剣はそんなエンを余所に更に続けて、


《問題はその相手だ。どんなやつだ?》


「ああ、魔法使いなんだけど派閥があって勢力は主に四つなんだ」


 エンは重々しく告げた。

 初めは魔法使いたちは小規模グループで戦っていたが、学園で抗争を続ける内に組織化し、今では各勢力に別れていた。その中でも特に力の秀でた四人が、この学園をトップとして君臨している。

 氷のネリス、風のイリー、大地のミラ、雷のライナの四人だ。

 特にネリスとライナの勢力は活動的で、この二つのグループ間では頻繁に抗争が起こっている。ミラは勢力はあるが穏健派として有名で、攻勢は見せない。残りのイリーは組織を持たず、一匹狼として活動しているようだ。

 エンが主に戦っているのが、ネリスの勢力である。彼女は自陣の拡大と戦力増強のために剣術派グループを徹底的に叩き、従えていった。

 剣術が好きなエンたちは一丸となって発起したが、魔法の圧倒的な力を前に仲間は次々と敗れ魔法へと下った。

 そして現在へと至っている。


「オレが知ってるのはそのくらいで肝心のネリスについては何も知らない。オレたち程度なら本人が出てくる必要もないってことだな……。ただ化け物みたいな強さって噂は聞いたことはある」


《なるほど。ならばまずはそのネリスを倒すしかないな。それ以外にお前が生き残れる道はあるまい》


 それを聞き、エンの表情に緊張が走った。

 一度大敗を喫した相手に勝てるのだろうか。しかも本人ではなく手下にすら敵わなかったのにだ。

 そんな考えがどうしても頭を過ぎってしまう。

 エンが黙っていると、それを察したのか魔剣が、


《小僧。お前はもう先程までのお前ではない。お前は最強の反逆者となったのだ》


 激励の言葉だ。そして魔剣は今までよりも一層強い光で言い放った。


《燃やせ、心を!》


 視界を奪った眩しい光と突然の大声に魔剣を目を奪われながら、


「なんだそれ……?」


《気にするな。ただの口癖みたいなものだ。それよりもだ》


 何かあるのかと思い魔剣から視線を外さない。魔剣は言葉を繋いだ。


《戦いの前に知識が欲しい。先程のように吸収させろ。なるべく大量にだ》


「生徒手帳の件でも思ったけど、そんなことできるなんて凄いな」


《我は魔剣だぞ。造作もないことだ》


「何と言うか魔剣って言葉は便利だな……」


 会話もそこそこにエンはベンチから立ち上がる。

 魔剣の要求通り学園内に知識を求めに行こうと移動しようとしたところで背後から声が掛かった。


「あれー? エントだー! おーい!」


 明るい女性の声だった。

 呼ばれてエンが振り返ると、そこには赤髪の少女が立っていた。

 端正な顔付きで、白い肌に燃えるような赤い長髪をやや後ろでツインテールに結っている。瞳も髪に劣らない真紅だった。エンと同じ黒を基調とした制服に、その抜群のスタイルを包んでいる。


「……ライナ」


 エンが僅かに目を伏せて返事をする。

 近寄ってきたライナはエンの態度と汚れた制服を見てから、あー、と唸ったあと、


「また負けちゃったんだね……」


「まあな……」


 彼女はライナリア・アストライン。

 先程の説明で出てきた四人の内の一人で、他の勢力から『雷撃姫』の異名で畏れられている少女だ。エンとは幼なじみの誼みか、彼女の勢力から侵略されることはなかった。

 ライナは仕方なさそうな笑みを浮かべていた。まるで自分の子供が全身泥だらけで遊びから帰ってきたような対応だ。


「エントは弱いんだから、無理したらダメだよ?」


 エンのことをエントと呼ぶのは彼女だけだ。昔からの呼び名で最初と最後をくっつけただけの渾名みたいなものだが、未だに続いている。

 弱いとバッサリと言われたが、エンは特に何の感情も湧かなかった。

 本当のことだからだ。ネリスと比肩する勢力のトップを勤めるライナに自分などは足元にも及ばない。

 それにこう見えても彼女は自分のことを心配してくれているからだ。それだけは前から解っていた。だから弱いと言われても、怒る気にはなれない。

 しかし今のエンは違った。今のエンは炎の魔剣を手にしている者だからだ。

 出てくる感情は怒りではなく、嬉しさを含んでいた。


「なあ、ライナ! オレさ魔剣の使い手になったんだ! 凄いんだぜ、こいつ……なんと喋るんだ!」


 エンは鞘から剣を引き抜き、興奮気味に見せ付ける。

 ライナはその様子に少し動揺しつつも剣をジーッと眺め、


「へぇー、何だかヘンテコな剣だね?」


「確かにデザインは変わってるけど……そこじゃなくってこいつ人の言葉を喋るんだ。なあ、魔剣。なにか喋ってくれ」


 魔剣からの反応がない。残ったのは静寂な空間だけになった。


「あ、あれ……? えっと……偉そうな喋り方で結構口数も多いんだけどな……おーい、魔剣?」


「…………」


 刀身を指でコンコンと叩くが、やはり魔剣からの反応はない。

 見ると正面のライナが少し引き気味になっている。何か可哀相な物を見る目をしていた。


「い、いや違うんだって! 本当に喋るんだよ? そうだよな、魔剣? 魔剣さーん? おい、魔剣ったら魔剣!?」


 エンは焦りを顕にして身振り手振りで大仰に説明するがライナの表情はどんどん冷めていく。

 そこで動きがあった。魔剣ではなく、ライナにだ。

 ライナは急にパッと笑顔になったかと思うと、


「わ……、わぁー! すごーい! 喋るんだぁ? あたし感動したよ!?」


「信じてないな!? 絶対信じてないだろ!?」


「……あのね、エント。負けて悔しいのは解るけど希望を捨てたらダメだよ?」


「その同情する目付きは止めろー! マジなんだってー!」


 ライナは尚も言い張るエンを見て溜息をついてから、


「解ったから一つだけ言わせて?」


「……オレは正常だと踏まえた上でなら聞く」


「うんうん、エントは正常だよ? だからちょっとこれから心休まるお部屋まで行こうか?」


「そこは医務室だな!? 病人を労るように誘導するな!」


「平気平気! すぐに治っちゃうから安心して!」


「もう完全に病気だと思われてる!」


 このままでは病人として扱われてしまう。

 危機を感じたエンは魔剣の紹介を断念する。


「あー……ごめんライナ。ちょっと冗談が過ぎたようだ」


「あはは。もーエントったらー。似合わないことするからー」


 そこまで本気にしていなかったのかライナはすぐに笑みを作ってから、ふと時計塔の方角を眺めた。見ると表情は若干の焦りの色になり、


「やっば……あたしそろそろ行かなくちゃ! またね、エント」


 余程急ぎだったのか手を振りながら早足でこの場から遠ざかって行った。

 エンはライナの背中を見送ると溜息をついた。


《どうやら行ったようだな》


 今頃になってしれっと喋り出す魔剣。

 エンはそんな剣に恨みがましい視線を送る。


「おい魔剣」


《なんだ小僧》


「なんだじゃなくって、なんでだんまりなんだよ? おかげで幼なじみに頭がおかしくなったと思われかけたぞ」


《奴は対抗勢力の一つだろう。早々手の内を明かせるか。名誉の負傷とでも思っておけ》


「ああ、本当に名誉が傷付いたよっ!」


《それよりもヘンテコだと……あの女いつか叩き伏せる》


「うわ、気にしてたんだ!」


 エンはボソボソと続けてライナへの怒りを口にする魔剣を鞘に戻した。それから改めて魔剣の要求する知識を探しに校舎へと向かった。



 広い空間がある。

 薄暗さの中に幾つもの人影があり、全員制服を着用していた。誰もが忙しなく手を動かしたり、声を掛け合ったりしている。

 そんな様子を中央から眺める人物がいた。

 腰まである輝くような金髪のストレート。切れ長の目に青い瞳を持つ。他の者よりも豪華な装飾の施された制服で、その制服から豊かな丸みある胸部が目立っている。

 少女は身体よりも大きい椅子に座り、脚を組んで目の前を注視している。

 正面には大きな鏡があり、そこには魔力によって作られた映像がある。

 映っているのは緑色の髪をした細身の女生徒だった。


「ネリス様! 目標を捉えました!」


 手元を操作していた女生徒が振り向いて告げた。

 呼ばれた少女――ネリスは座ったまま右腕を正面に掲げ、


「捕らえなさい!」


『はっ! 必ずや!』


 張りのある響かせた声に応えたのは画面の向こうの三人の女生徒だった。

 三人とも同じ顔付きで、巻き髪のドリルヘアーが赤、青、黄と分かれている。それが足並みを揃えて緑の少女を高速で追跡していた。

 しかし緑の少女の脚は速く、徐々に距離が開いていく。

 追い掛ける三人は同時に腕を前に出すと少女に魔法を放った。

 赤が火、青が水、黄が地とそれぞれの得意な攻撃を飛ばすと、三つの魔法は重なり合い強力な破壊力を現して地面を進んでいく。

 魔法が少女に追い付くと、轟音と共に破砕した。

 画面が砂煙で埋まり状況がよく見えない。

 激しい煙が立ち込める。その中で動きを見せる影があった。

 確認と同時に砂煙が勢いよく裂かれ、一気に画面が鮮明さを取り戻す。

 正面には緑の少女がいた。

 そしてもう一つ。

 風。目視できるほど吹き荒れる空気の塊が、彼女を囲い球体の防壁を成していた。

 少女が眼前を睨むと、その風が広がって行き、前方の三人はなす術もなく吹き飛ばされた。画面も激しい風を映したのを最後に反応が消える。

 数瞬の沈黙。


「も、目標ロスト……。負傷者を回収に向かわせます」


 それから思い出したように女生徒が告げた。

 するとネリスは椅子のひじ掛けをバンバン叩き、地団駄踏んで奇声を上げると、


「なんてムカつく女ですの! 風のイリー……!」


 気持ちを落ち着けるために置いてあったティーカップの紅茶を飲み干し戻すと、そこにまたポットから紅茶が注がれた。

 注いだのは男だった。

 黒髪に黒縁メガネで執事姿の痩躯。怜悧そうな雰囲気だ。


「お鎮めになってくださいネリス様。元々イリーにはネリス様以外に太刀打ちできるものなどおりません」


「そんなことは解っておりますわ、レイ。それでも何とかしなければなりませんのよ」


 不満げなネリスの声に、レイと呼ばれた男をそれ以上は何も言わず一歩を引き下がった。

 四大勢力のトップは万軍の兵にも匹敵するほどの力を持つために並の人間では歯が立たない。その力を持つネリス自身が誰よりも理解している。

 一見ネリス本人が戦えばいい気もするが、それでも引き分けてしまうのだ。過去何度かイリーと直接やり合うも勝敗は付かず。最近では面倒なのか相対すらイリーに避けられてしまう。

 だからこうして戦力を動かし、イリー捕獲に力を入れていた。

 四人の内で唯一戦力を持たないイリーを倒して従わせれば他の勢力とのパワーバランスは崩れ、一気に天下を狙えるからだ。


「ですが、ネリス様。長らく拮抗を続けていらしたのに、なぜ最近になってイリー討伐を?」


 背後からのレイの疑問にネリスは渋い顔をして、


「最近動きがないせいかお母様が厳しくて……何とかしないとわたくしのお小遣が減ってしまいますの」


 その言葉と同時に周囲から、ええ、とのどよめきが起こった。驚愕の真実だった。そんなことのために戦っているのかと。

 レイも動揺していたが、メガネの位置を整え背筋を伸ばすと、


「ネリス様……。恐れ入りますが、そういった事情はお控えになさったほうがよろしいかと思います」


「なぜですの? 大切なことですわ。このわたくしの士気に多大な影響を及ぼしますのよ!」


「そ、そうですか……」


 レイは半ば諦め気味に会話を打ち切った。

 ネリスは溜息をつくと、紅茶に口を付けながら、

 ……何か今の膠着状態を崩すものでも現れないかしら……。

 復旧した画面には長閑けさだけが残る青空が映っていた。

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