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Flame's Traitor −炎の反逆者−  作者: 紫月 一七
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第1話 始まりの反逆

 薄暗い空間がある。

 鉄で囲われた長大な壁で、天井から僅かに漏れている明かりだけが唯一に光源となっていた。

 地面には武器や本や粗大ごみなど多くの物が乱雑に捨てられており、ゴミ屑の山を形成している。一定のリズムで上から降りて来るゴミが山を作る原因であった。

 ここは廃棄場だ。

 そんなゴミの山の中に普通はないものが存在していた

 影。それも人のものだった。

 赤みがかった茶髪に薄い青色の力強い瞳が目立つ少年。腕に軽装具を施した、黒を基調とした制服を着ている。体格は普通としか言えないほど、ごく平均的である。

 しかし力のある瞳には今は陰りが見えていた。

 制服も所々にダメージがあり、右手に持った剣は根本から折れていた。

 少年は折れた剣を乱暴に投げ捨てた。地面を打って転がっていく。

 それから自身もその場に崩れ落ちると、拳で地面を殴りつけた。

 何度も、何度も。

 やがて止まると、


「くそっ……!」


 声に続くのは涙だった。

 水滴が血の滲んだ拳に降り注ぐ。一度流れ出せば、感情が止まらなくなる。


「悔しい……」


 掠れた声が喉の奥から出てくる。

 一滴流れては鉄の床にぶつかり鈍い音が響いた。


「悔しい……」


 涙で視界が定まらない中で、その言葉だけを延々と繰り返す。


『悔しい……』


 何度目かの言葉を発したとき、少年は不意に自分の声と重なる音を聞いた。いま確かに誰かが一緒に、悔恨の声を口にしていた。

 しかしこんな場所に誰がいるというのか。

 界隈を見たが、何も喋りそうなものはない。

 ゴミだけだった。当たり前だ。ここはゴミを捨てる場所なのだから。

 そんな当然の結論が出る。しかし声は確かに響いていた。


《無念だ……》


 間違いなく聞こえてくる。幻聴ではない。

 少年は涙でぐしゃぐしゃな顔など気にせず声のする方へと向かった。

 奥に入るとゴミの濃度が増し、地面を踏む足音が様々な音色を出した。何かが折れる音。割れる音。砕ける音。それが不規則なテンポで続く。

 ゴミの山を進んでいくと、ふと異変に気付いた。

 これほどの密度があるゴミの集まりの中に、開けた空間があった。

 まるで周囲のゴミが避けているように円形状に広がり、そこだけは何もなかった。その中心以外には、だ。

 避けられた中央には一本の剣が落ちている。

 白銀の両刃の刀身。少し変わったデザインをしているが、見た目は普通の剣だ。

 しかし妙な感覚がした。威圧されるような独特の気配がする。

 一歩を近付く度に身体が自然と緊張していく。重くなる。こんな剣が一体なんだというのか。

 嫌だ。早くこの場から離れたい。

 動悸が激しくなっていた。心臓の鼓動が胸部付近をノックする。それほどに脈打っている。

 剣の目の前に立つ。

 息が切れ、湧き出た汗が玉となって顎から落ちて地面に降っていた。

 それでも見下ろした瞳には力が篭っていた。


《ほう……》


 剣はその身から僅かに光と出すと厳かに告げた。


《我の声が聞こえているのか、小僧》


 この声だ。先程聞こえたのは。

 剣が喋っている。有り得ない。

 憔悴しきって幻覚でも見ているかと疑っていい状況だ。喋る剣など聞いたことがない。

 だが少年はあえて拳を握って震えを止めると剣に向かって疑問を投げる。


「何なんだ、お前……?」


《我は魔剣だ。では小僧、お前は何だ?》


 返ってきた問いに少年は言葉を詰まらせた。

 魔剣ってなんだ、との疑問も放っておいて、自ら存在を定義する適切な単語が見つからなかったからだ。


「オレは……」


《ふむ、明確な答えを持たないか。ならば質問を変えよう。なぜ泣いている?》


 言われて少年は涙を拭うことを思い出した。

 制服の袖を押し付けて擦る。離すと濡れて汚れた袖が見えた。そこから問いに答える理由が浮かび上がってきた。


「負けたから……」


《なるほど、負け犬か》


「違う! 剣さえ折れなければオレは――」


《剣のせいとはな。そこまで負け犬根性が座っているとは、いっそ清々しいな。だがどのような理由があり言い訳を述べたところで貴様が負けた事実は変わらん》


 まくし立てられ、沸いて出た怒りに顔を歪めるが、反論は出てこない。

 それが正論だから。図星だから。そして自分が憤っている理由でもあるからだ。

 唇を噛み締め押し黙っていると、再び剣が光り、


《小僧。我を手にしてみろ》


 急な物言いに躊躇する。

 警戒というのではなく、触れることへの迷いだ。

 怒りに身を任せて立ってはいたが、今でも押し潰されそうな圧力を忘れられてはいない。

 こちらの意図を感じたのか魔剣は、ふむ、と短く唸った。

 すると不意に息苦しい空間から解放された。今までの威圧感やら不安感やらが嘘だったように、空気が軽くなった。

 身体も軽い。どうなったのかと視線で疑問を送るも、魔剣はそのことに何も触れてはこない。

 少年は溜息をつくと、言われた通り魔剣を拾い上げた。

 軽い。刃が張りぼてなのではと疑いを持つくらいの軽さだ。それによく手に馴染む感触だった。自分の剣であるような気分にさせてくる。


《なるほど。剣のせいというのはあながち嘘ではないようだな》


 心地良さに浸っていると魔剣が何やらひとりごちに納得している。

 少年はそんな魔剣の刃に視線を合わせ、


「何か解ったのか?」


《我に触れたことでお前の強さを測ったのだ》


「そんなことができるのかよ」


《我は魔剣だぞ。この程度のことは造作もない。お前は見かけに寄らずそこそこ腕が立つようだな》


「そこそこ、か……」


 手厳しい評価に少年は苦笑する。

 だがそこで、


「うっ……!?」


 頭の中に感情が流れ込んできた。何の前触れもなくいきなりだ。

 突然のことに混乱しているが、その怒涛とも言える勢いに頭を押さえて堪えるしかなかった。

 入ってくるのは深い悲しみ。怨み。憤り。負の感情だけが延々と繰り返されていく。

 なぜ自分には使い手がいないのか。どうして現れないのか。このままこの場所で朽ちていくのか。剣としての役目を果たせずに死んでいくのか。全て終わっていくのか。

 悲痛な声だ。理不尽な現状に対して何度も思い浮かべた台詞なのだろうか。

 この剣はずっと待っていたんだ。こんな場所に打ち捨てられても、きっと自分を手にし連れ出してくれる者が現れると。

 そう信じている。

 辛かったはずだ。魔剣として感情を持っていたことで、そんなことを考えてしまう自分が。いっそのことただの物で有りたいと思ったこともあっただろう。

 ……こいつをここから連れ出してやる……!

 少年が決意すると剣から微かな物音が漏れた。


《……つ……い……》


 魔剣の感情が止んでいた。

 押さえていた手を頭から退かし、両手で剣を強く握りしめると、少年は剣に熱意の視線を送った。そして口を開こうとしたとき、また剣が光を出した。


《こちらからせずとも感情を読み取るか小僧。お前には才能があるのかもしれんな》


 急な称賛に少年は口元に笑みを浮かべた。

 純粋に褒められたのが嬉しいのもあったが、それよりも この流れならば行ける気がしたからだ。この魔剣と共に戦えると。


「なあオレと一緒に行こう! 一緒に戦ってくれ!」


《断る》


 少年は固まった。

 あまりに一瞬で拒絶され、え、と声を上げてから一気に表情が落胆へと変わり、それでも口から出てくるのは、


「なんで? どうしてだ! お前はずっと使い手を探してたんだろ? 剣として生きたいって思ってたんだろ?」


《そうだ。そして今も待ち焦がれている。だがその使い手はお前ではない》


「オレじゃなきゃ誰なんだよ! もうこんなとこ誰も来ないし……それに才能があるって言ってくれたじゃないか! 何がいけないって言うんだよ!」


《確かに才能はある。認めよう。但しだ、小僧。それはやはりお前ではない。最初に――》


 そこまで言ったところで剣は急に言葉を切った。

 ……なんだ? 最初に、なんだよ? オレが最初に何かを言ったのか? それはなんだ?

 思い出そうと振り返るが、剣の感情が流れ込んだ時の印象が強く残ってしまっている。必死に最初の言葉を思い出そうとするが叶わない。

 一体何がダメだというのか。何が足りないというのか。


《小僧。そろそろ我を元の場所を戻せ》


 無情な要求を告げられた。

 嫌だった。放したくなかった。

 せっかく思えたんだ。一緒に戦って欲しいと。

 魔剣の姿が自分と被ったからだ。自らが置かれている理不尽な状態に足掻きたいと思ってる。

 同じなんだ。悲しんで、怨んで、憤って、どうしようもなくって。

 解っているけど、それでも何とかしたいと思ってる。

 そしてまだ諦めていない。

 それが理解できたからこそ、こいつと共に戦いたい。

 やれる気がするんだ。なぜだか解らないけど、この魔剣となら。

 だから頼みたい。願いたい。伝えたい。

 ……オレと戦ってくれ!


《……あつい……》


 また魔剣から声が届いた。

 何かと思い疑問にしてみようとした。

 その時だった。

 上空から轟音が響いた。見るとゴミの塊がここを目掛けて降り注いでいた。

 少年は思った。ここにはゴミが落ちてこないのではなかったのか。

 ゴミは纏まっていて大きい。幅もあるし体積もあるだろう。加えてあの高さから投射されれば、その破壊力は計り知れない。

 油断していた。避けられない。


《構えろ!》


 魔剣からの槍声につられ、反射的に剣を上空に掲げた。

 もう直撃する。

 衝撃音。ゴミがこちらを踏み潰した音ではなかった。

 眼前ではゴミに熱を持った壁が衝突し、行く手を阻んでいる。

 それは炎だった。

 手元を見ると、魔剣から炎が噴き出していた。剣から少年の全身に伝っている。

 少年はその炎を魔剣の切っ先に集め出す。大量の熱が破裂しそうなほど集結させると、それをゴミに向けて放った。

 壁に勢いが加わると炎が跳ね上がり一瞬にしてゴミを飲み込む。

 そして爆ぜた。火の粉が空中に舞ってすぐさま消える。その頃にはもう上空には何も残っていなかった。微かに焦げ付いた臭い以外は、塵すらも残さずに。


「何なんだ、これ……」


 暫く呆然と虚空を見上げていたが、少年はそこでふと気付く。

 今の自分の発言がどこかで聞いたことがあったからだ。いや、聞いたではなく自ら口にした。

 何なんだ、と。それは魔剣へ最初に発した台詞。

 そこで少年は思い出した。最初に魔剣から言われたことを。


《早く戻せ小僧》


「待て。その前に聞いてくれ」


 素っ気なく促す魔剣に少年は言い、いつの間にか抜けていた腕に力を入れ、魔剣の柄を握り締めた。


「あんたは最初に質問したよな? オレは何だ、と」


 魔剣は何も答えない。

 だがその態度に少年は確信した。これが魔剣が求めているものだと。


「オレは……お前と同じで今自分が置かれている境遇に絶望している。だけど諦めたくない。失った物があって、それを取り戻したい。そのためにお前が必要だ。オレ一緒に戦ってほしい」


 そして今こそ言う。魔剣としての身を持つ彼が揺らぎなく答えたように。


「オレはこの理不尽な状況と世界、そして例えこれが運命だとしても、それに刃向かうものだ! オレは、その全てに反逆する者だ!」


 叫びが空間に響き渡る。

 魔剣から反応がない。

 だがよく見ると反応があった。それは声ではなく、魔剣から出ている光だ。震えているように点滅を繰り返すとやがて、


《おもしろい……おもしろい……!》


 底から沸き上がってくるような嬉々としている面を覗かせていた。


《全てに反逆にする者……反逆者か。――おもしろい!》


 そしてその声は張り上がり、今までになく快活なものとなった。

 突然、腰に重みが加わった。何もない場所からベルトと鞘が出現し腰に装着されたのだ。鞘は魔剣専用の形と朱の色を持っていた。


《小僧! お前はもうただの反逆者ではない! 我が契約しよう……この身に宿る炎の意志と共に!》


 少年は破顔するのを引き締め、廃棄場の出口へと進む。


《そして今この時から、我々は炎の反逆者だ!》


 両手で扉を退かすと、勢いよく外へと飛び出した。

 気持ちが前進していく。高揚していく。

 一人の少年と一本の魔剣による反逆が、今始まろうとしていた。

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