第10話.宿敵
「…終わったぞ!」
アシュレイは真っ二つになったケルベロスを横目で眺めながら呟く。
…ふぅ、全くこっちはヒヤヒヤもんだよ!
「…まぁ、そう言うな、たまにはスリルも良いものだぞ!」
…君と居るといつもスリルと隣合わせだよ!
「ハハハ…面白い冗談だ!」
…真面目なんですけど!
「…?」
…どうしたの?早く皆を助けに行こうよ!
「…待て、ちっ!厄介な奴が来た…」
…何が?
アシュレイの言葉と同時に場の空気が急激に冷たくそして身体が押し付けられる様な感覚が起きる。
僕にも感じる、全身の神経が危険信号を発している…気をつけろと!
突然、ガラスが砕ける様な音をたて、目の前の景色に亀裂が走る!
亀裂は徐々に拡がり、そこからアシュレイの見覚えのある顔が現れた。
「また…会いましたね、アシュレイ」
「…俺は会いたく無かったがな、タイロン!」
「うふふ…冷たいですね」
タイロンの両の紅い目が妖しく輝く。
「…やはり、黒幕はお前か!」
「さてさて、何の事でしょうか?」
一見、表情の無いその顔からは何も伺えないが、声は明らかに自分だと宣言しているようだ。
「今回はアシュレイと言うよりも…」
タイロンの瞳がコチラをじっと見つめる。
まるでアシュレイを通り越して僕に話し掛ける様に…実際そうなのだろうが…。
「それはそうと、大夫そのお身体にも慣れてきたみたいですね」
タイロンが少しずつ歩み寄って来る。
アシュレイは身構える。
「まぁまぁ…そんなに構えないで下さい、ここに寄ったついでに良い物を持って来ました」
「…なんだ!」
「貴方ではなく、宿主さんにですが…ね」
そう言うとタイロンは、まだ閉じていない空間に手をかけそこから何か取り出し、無造作にこちらに投げた。
…嫌な予感がする…!
渇いた音をたて、それは地面に転がった。
見覚えのある顔…それもそのはず、先程まで教室で冗談を言い合っていた一人の少年の変わり果てた姿。
…優!…うわぁぁぁっ!
拓哉は声にならない叫び声を上げる。
嘘だろ…さっきまで…貴様!
「…おやおやアシュレイ、宿主さんはお気に召さなかった見たいですね!」
「…どういうつもりだ!」
「どうもこうも無いでしょ…家畜を一匹始末しただけでしょう?」
「貴様…よくも優を!」
「待て…落ち着け!お前では勝て…」
少年の瞳が輝く様な紅から黒に変わった。
「フフフ…アシュレイは引っ込んで、今度は宿主さんの御登場ですか」
「…お前はだけは絶対に許さない!」
拓哉の身体が霧の様な黒い炎が噴き出す。
黒い炎は徐々にその範囲を拡げ遂には拓哉の身体は全体は炎に包まれた。
「…ほぅ」
…止めろ、よせ!それ以上、力を使うな!
「フフフ…アシュレイならばともかく人間風情の貴方に何が出来ますか?」
「…五月蝿い!」
黒い炎に包まれた拓哉の身体が黒く染まっていく…
身体全体がまるで黒い鎧のように硬質化し、その手足には、獣のような鋭い爪が生えてきた。
両の肩の付け根辺りからは、漆黒の翼がせりだし、その異形な姿はまるで悪魔そのものであった。
「うぉぉぉぉ!」
拓哉は獣のような雄叫びを上げ、タイロンに飛び掛かった。
拓哉の鋭利な爪がタイロンに襲い掛かる。
その攻撃を避けようとしたが…
「…ぐぁっ!」
予想以上に拓哉の動きは素早かった。
タイロンの肩口に拓哉の鋭利な爪が深々と突き刺さる。
拓哉はそのまま力任せにタイロンを壁に叩きつける。
鈍い音がして拓哉の爪が根元から折れる。
「…やりますね」
タイロンは壁に半分めり込んだ身体をゆっくりと起こし、肩に突き刺さっている爪を無造作に引き抜く。
傷口からは緑色鮮血が噴き出す。
「うぉぉぉぉ!」
拓哉は雄叫びを上げながら、再びタイロンに向かって行く。
「…そう簡単には私は殺られませんよ!」
タイロンが右手を高くかざすと、手の中に巨大な斧が出現した。
飛び掛かって来る拓哉に合わせて、タイロンは斧を降り下ろした。