第9話.待ち構える者
窓を閉めきった薄暗い部屋。
その奥、それは静かに椅子に座っていた。
「おや…意外と早かったですね」
見た目は校長の姿をしたそれは、コチラを見てニヤリと笑う。
「雑兵共では貴方の足止めにもならないですね」
「…何で…何でみんなを…」
「おや、おや…アシュレイさんの宿主さんですか…」
「何でこんな事するんだ!」
「何を言ってらっしゃるのですか?これはゲームですよ」
「…ふざけんな!」
「…落ち着け俺に任せろ!」
「…許さない!」
「お〜怖い、怖い…でどうするんですか?」
僕は右手を校長に向けた。
「…ふん、無駄ですよ」
右の掌に力が収束する。
「いっけぇ〜!」
校長の身体は一瞬で黒い炎に包まれる。
「…この程度ですか?」
「…嘘だろ!」
黒い炎は校長を呑み込み焼きつくした様に見えたが…傷一つない!
「…くそ!」
…お前では奴とはまだ無理だ!俺に変われ!
「…でも」
「フフフ…変わられた方がよろしいですよ、でないと…死にますよ!」
校長の指先に黒い力が灯る。
…早く変われ!
「ちょ…ちょっと待って!」
「フフフ…さよならアシュレイ!」
校長の指先の黒い力が一段と激しく輝く、
…その刹那
耳をつんざく様な轟音と共に、黒い一筋の光がアシュレイ達に突き刺さる。
間一髪の所で体の体勢を崩し直撃は何とか避けたようだが…
「…うっ!」
肩に手を当て思わず顔をしかめる。
白い上着は肩口の辺りからじわじわと赤く染まる。
痛みに耐え、キッと校長を睨み付ける…その目は紅く輝いてる。
「ほぅ…やっと変わりましたか…」
「あぁ…待たせたな!」
「魔界で右に出る者はいないと言われた貴方の力…試させてもらいます!」
「フッ…後悔するぞ!」
「…その前にこの格好では失礼ですね、少し待ってて下さい」
そう言ってニヤリと笑う校長の顔に、細かい亀裂が入る。
亀裂は身体全体に拡がっていき、遂に内側から爆発して砕け散る。
その衝撃で舞う破片により視界が遮られる。
どうしたの…まさか…自爆?
「…いや…違う、本来の姿に変わったんだ!」
もうもうと舞う粉塵も幾分か治まり、それは姿を現した。
腹の底から聞こえてくる様な唸り声。
コチラを睨み付ける六つの紅い瞳。
えっ…六つ…?
「ぐわぁ〜!」
不意に黒い塊がコチラに向かって突っ込んで来る。
…だがアシュレイは、身体を半身程ずらして難なくそれを避ける。
黒い塊は数メートル先で着地し、コチラに身体を向け低い唸り声を上げる。
全身を黒い体毛で覆われた、巨大熊を思わせる様な体格の狼。
…ただ普通の犬種と明らかに違う所は、頭が三つ有り、その全てがアシュレイ達を真上から見下ろしている。
…な、何だよアレ!
「ん?…何だ知らんのか、人間界では結構マイナーだろ、ケルベロスだ!」
アシュレイは少し驚いた声を上げる。
「いや…そうじゃなくて、あんなにデカイのが何でこんな所に?」
「ふっ…今さら何を言ってるんだ!…それより来るぞ、邪魔するなよ!」
…邪魔するなよ!…って言ったって僕の身体はアシュレイが使ってるし、邪魔しようが無いけど…。
声には出さずに心の中で呟く。
「ふっ…何と無く言ってみただけだ!」
「えっ…今の聞こえてたの?」
「当たり前だろ?…俺達は一つの身体で繋がっている、だから声に出さずとも相手の事が自然と分かる」
…へぇ〜そうなんだ!次からは気を付けよう
僕達のやり取りなんかお構い無しに、ケルベロスが再び突っ込んで来た。
「…気に入らん!」
…何が?
アシュレイがボソッと呟き、ケルベロスに向かって走り出す。
ケルベロスはガバッと鋭い牙が並ぶ口を開き、真横から勢いよく叩きつける。
アシュレイは瞬時に真上に飛び上がる。
ケルベロスの牙は空を切る。
「畜生の分際で俺を上から見下ろすな!」
…は?
アシュレイはケルベロスの頭を蹴り上げる。
「ぐぉぉぉ〜」
ケルベロスの身体は勢いよく宙を舞い、壁に激突する。
壁に半身を埋めたケルベロスの身体の上に、天井の塊が落ちてくる。
「…犬コロ!もうオネンネか?」
アシュレイの罵倒にケルベロスの身体がピクリと動き、何事も無かった様に起き上がる。
「グルゥゥゥ!」
「ふん!そうでなきゃあな…さあ来い」
アシュレイは手招きする。
…馬鹿ぁぁぁ!
「何だ?」
…何だ…じゃない!遊んでないで、さっさと片付けてよ!
「…ふん!犬コロにどっちが格上か教えてやってるんだ!」
アシュレイはニヤリと笑う。
…もう!時間が無いんだよ…早く皆を!
「ちっ…分かったよ!」
アシュレイは不機嫌そうに答えると、ケルベロスを睨み付ける。
「そう言うことだ犬コロ、こっちは忙しいんだとさっ!最後の相手してやるから来い!」
「グルゥゥゥ…ガァ〜」
ケルベロスは、一声大きく叫ぶと口から大人の頭くらいある火球を吐き出す。
…ほらっ…挑発するから!危ないよ、どうするの?
「五月蝿い!心配するな」
アシュレイは迫り来る火球を軽く手で振り払う。
軌道が逸れた火球は次々と着弾し、豪快な音をたて燃え上がる。
「どうした?怖じ気付いたか…来ないならコッチから行くぞ!」
アシュレイが走り出す。
ケルベロスはアシュレイに向かって飛びかかる。
ケルベロスの鋭く尖った爪がアシュレイの頭上を捉える瞬間、ケルベロスの身体が空中で一瞬止まったかの様に見えた。
次の瞬間、ケルベロスの身体が真っ二つに裂けて、轟音と供に床に崩れ落ちた。