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 もしかすると、あれが最後の朝食だったのかもしれない。

 それでも朝食はいつも通りに楽しく終わった、終わってしまった……。

 そんなことを考えながら、空になった皿をお盆の上にまとめて持って、台所へ向かって廊下を歩く。

 台所に入ると、色のない少女の姿が視界に入ってくる。死神と名乗ったその少女は、脇に置いてある背もたれのない小さなイスに座って、目を閉じている。

 その外見はとても普通の人間には見えない。人種や育った環境によって変わるものであろうが、この年で完璧な白髪を持っていることには違和感がある。それに、紅色の瞳というもの初めて見る。

 だが、特異な外見だったとしても、それがそのまま少女が死神だという証明になるわけではない。

 少女の肩が規則的な呼吸と共に小さく上下している。眠っているのかもしれない。

 この仕草だけを見ていると、少女が死神であるとは到底思えない。孤児院に新しく迎えられた子供だと言うほうがよっぽど信じられる。

 運んできた皿を流し台に置いて、少女へと向く。

 こんなところで眠らせておくよりも、どこかの空き部屋に運んでベッドに寝かせてあげるべきだろう。

 そう思って、少女に近づいて手を伸ばす。しかし、手が身体に触れる直前、閉じていた目蓋がパッと上がった。警戒心をあらわにした視線でこちらを睨む。

「何するつもり?」

「いや、眠っているならベッドに運ぼうと思ったんだが、必要なかったな」

「そう……」

 少女の身体の強張りが解ける。警戒の色が消えでも少女の瞳は俺を見つめたまま。

「死神は仕事中に眠ることはないんだよ。それに――」

 スッと眼が細められる。

「――あなたには死神の私を気遣っている時間なんて、ない。二十三時間二十七分。それだけの時間しか残されていないんだよ」

「………」

 何も言えなくなってしまう。

 少女の瞳は依然細められたまま、こちらに視線を注いでいる。俺の心が見透かされているような気さえしてくるから不思議だ。

 同年代の少女とそれほど変わらない仕草や言動もするのに、今のように見た目に不相応な冷たい表情をするから、やっぱり普通の少女には思えない。

 ……信じてしまう。少女が死神だと、自分があと一日で死ぬのだと、信じてしまう。

「ねえ、聞いてる? 時間がないって私言ったよ」

 動こうとしない俺に痺れを切らしたのか、少女が不満げな口調で言う。

「私に訊きたいこともあるんじゃないの?」

「ああ、ある。けど、ちょっと待っててくれ」

 その話をここでするわけにはいかない。

 少女のそばを離れて、朝食に使った鍋や皿を洗い始める。洗い物を終わらせるのが先だ。

「洗いながらでも話すればいいんじゃないの?」

「え? 何て言った?」

 少女が話しかけてきたことは分かったが、肝心の内容は水の音に掻き消されて聞こえなかった。

「だから!」

 少女は立ち上がり、俺に寄って来る。

「だから! 洗いながらでも話をすればいいんじゃないの!」

 少女が怒って不機嫌そうにしている顔が、死神ではなくて普通の子供のように見えてしまう。先程までの冷たい表情をしていた少女と同一人物とは思えない。

 そんな姿が可愛くて、ついつい頬が緩む。

「なんでニヤニヤしてるのよ」

「ん? お前が可愛いなって思っただけだけど」

 少女が静止する。それも束の間、言葉の意味を理解した少女の頬が上気して、だんだん赤くなっていく。

「な、なななに言ってんのよ、あんた」

 そこにいる少女は、もはや"色のない少女"ではなくなっていた。

「いや。そうやって恥ずかしがる所も可愛いなって」

「か、可愛くなんかない! 私は死神なのよ!」

 怒って俺を見上げるが、死神としての威厳なんてゼロだ。冷たい表情は何処へ行ったのだろう。

 それがおかしくて、笑ってしまう。

「なんで笑うのよ。あんたなんて……あんたなんてさっさと死んじゃえ!」

 少女は走って先程まで使っていたイスに戻り、座りなおして、俺を睨んでくる。

 微笑ましくなる視線を背中に受けながら、洗い物を続ける。

「俺が死ぬ、なんて話を子供たちに聞かれるわけにはいかないだろ?」

 小さく呟く。

 声は水の音に掻き消されて、誰にも届くことはない。




 なんなのよ、なんなのよ、なんなのよ!

 心の中で叫ぶ。

 私は死神なのに、なのになのに、なのにどうして私に可愛いなんて………

 思い出して、また顔がカァッと熱くなるのを感じる。

 動揺しすぎだと自分でも思う。

 でも死神である以上、好意を向けられることなんて滅多にない。死を告げにくる存在に向けるのは悪意と決まってるのだ。

 今まで何百人何千人の人間を監視してきたけれど、可愛いなんて言われたことは一度もなかった。これが初めてだった。

 私たち死神が死を告げた後の人間の反応は大きく分けて三種類ある。畏怖や恐怖の視線を向けるか、気味悪がって避けるか、鬱陶しそうにして無視するか、だ。

 一つ目は私たちの言葉を信じた者の反応。これらの視線の本質は、最期まで変わることはない。あとのふたつは、信じなかった者の反応。最期には私たちを恨むようなものに変わる。

 死神に向けられる感情は、基本的にどれも少なからず悪意に順ずるもの含んでいる。好意を向ける機会などありはしないのだ。

 悪意を向けられるのが当然。

 死神である以上仕方のないことだと割り切ってやってきた。ずっとずっと、長い間。

 だが、青年はたった一言で、私が長い間信じてきたものを覆した。

 可愛いと言われて、嬉しくないと言えば嘘になる。だけど困惑もあった。心のどこかで『ありえないことだ』と否定している私がいる。

 どうして青年は私のことを可愛いと言ったのだろうか。

 青年の真意が分からない。何か裏があるのだろうか?

 私をおだてれば助かると思っている? それとも私のことを信じていなくて、ただの子供だと思っている?

 分からない、分からない、分からない!

 人間の真意を知りたいと思ったのは今回が初めてだった。今まではこんなことなかった。人間が何を考えていようと、仕事にも目的にも差し支えないからだ。

 だけど今回は違う。……なんで?

 青年の考えていることが分からなくて不安になっている。

 どうして私は不安なの? 分からない。分からないけれど不安で。

 もし青年が言っていることが嘘だったら、裏があったら………私は、私は………?

 私はどうするんだろう?

 何もしない? そうだ、何もする必要はない。してはならない。

 死神は監視対象が時間通りに死ぬ運命を変えないためだけにいる。死神である私が監視対象の未来を大きく変えてしまうような行動をしてはならない。

 だから、そう、このままでいい。……このままでいい、はずだ。

 それなのに、どうして私は不安になっているのだろう?

 もし、青年が嘘であんなことを言ったのであれば、私は………

「どうした?」

 突然、青年に話しかけられた。

「な、なに?」

 驚いて、声が裏返ってしまう。

「いや、どうしたのかって聞いてるだけだけど」

「別に、なんでもない」

「そうか? だってお前、怒って俺を睨んでると思ったら、いつの間にか青白い顔で何か考えてるし、かと思えば俺に話しかけられて挙動不審になってるし」

「なんでもない!」

 青年を睨む。

「そう、ならいいんだけどさ」

 青年は困った顔で苦笑していた。それがなんとなく悔しくて、強引に話題転換をする。

「話があるんじゃないの?」

「あるけど、それは後で。場所を変えてからにしてくれ」

 そう言って台所の出口の方を向くと、青年はゆっくりとした足取りで出て行く。私はそれをイスに座ったまま見送る。

 そのまましばらく待っていると、青年が走って戻ってきた。

「ったく、お前も来るんだよ」

 優しい声で言ってから私の手を取り、歩き出す。

 手を握られたのもこれが初めてだった。

「後で、って自分で言ってたじゃない」

 照れを隠すために、小さな声で反論する。青年の言葉を勘違いしてしまったことに対する八つ当たりでもあるが。

「なに?」

「なんでもない!」

 青年から顔をそらす。赤くなっている顔を見られるのは悔しかったから。

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