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過労で倒れかけの騎士団長を「カツ丼」で救ったら、なぜか溺愛され始めました。  作者: 水凪しおん


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第9話「殻を破る決断と寄り添う誓い」

 市場の不正が取り払われ、ルカの食堂は数日ぶりに営業を再開した。


 開店の知らせを聞きつけた常連客や騎士たちが、待ってましたとばかりに店に押し寄せた。厨房には再び大森猪の肉を叩くリズミカルな音が響き、油の跳ねる香ばしい匂いと、甘辛いタレの濃厚な香りが店内に満ちあふれた。どんぶりをかき込む客たちの満足そうな顔と、活気ある笑い声。ルカはその光景を見つめながら、料理を作れることの喜びを噛み締めていた。


 しかし、その喜びの裏側で、ルカの心の中には一つの確かな決意が芽生えつつあった。


 夜になり、最後の客を見送って扉の鍵を閉めた後、ルカは厨房の片付けを終えてカウンターの前に座った。目の前には、いつものように遅い時間に来店したレオンハルトが、湯気を立てるお茶を静かに飲んでいる。


「ルカ、どうかしたのか。今日は少し、思い詰めたような顔をしているな」


 レオンハルトが鋭く察知して声をかけると、ルカは深く息を吸い込み、意を決して顔を上げた。


「レオンハルト様。私、この店を少し休業しようと思っています」


 その言葉に、レオンハルトは驚いてお茶の入った杯を置いた。


「どういうことだ。市場の問題は解決したはずだ。まだ何か、君を脅かす者がいるのか?」


「違います。そうではありません」


 ルカは首を横に振り、言葉を探すように両手を胸の前で固く組んだ。


「今回の事件で、私は痛感したんです。今の私のような、市場の末端で食材を買い集めるだけの小さな食堂では、悪意ある者たちに流通を止められただけで、何もできなくなってしまう。料理を作って皆さんを笑顔にしたいという私のささやかな願いすら、誰かの気分次第で簡単に踏みにじられてしまうのだと」


 ルカの瞳には、かつてないほど強い意志の光が宿っていた。


「だから、私はもっと強くなりたい。自分の足で立ち、誰も不当に私の料理やお客様を奪えないようにしたいんです。そのために、私はこの王都で商会を立ち上げようと思います」


「商会を……君が?」


 レオンハルトは驚きのあまり言葉を失った。


「はい。市場の仲買人を通すのではなく、大森猪を狩る猟師や、白穀物を育てる南方の農民、琥珀茸を採る山の人たちと直接契約を結ぶための流通網を築きたいんです。そうすれば、不当な圧力をかけられることもなく、生産者にも正当な対価を払うことができます。カツ丼という料理を、本当に必要としているもっと多くの人たちに届けるために」


 ルカの言葉は、熱を帯びて真っ直ぐにレオンハルトの胸へと突き刺さった。それは、ただ料理を作るだけでなく、食という営み全体を守り抜くという、料理人としての大きな覚悟の表れだった。


 レオンハルトは静かに目を閉じ、ルカの言葉の重みを心の中で反芻した。そして、再び目を開けた時、その瞳には深い敬意と、隠しきれない愛情が満ちていた。


「……ルカ。君は私が思っていた以上に、強くて誇り高い人だ。私が君を守らなければと思っていたが、君は自らの力で未来を切り開こうとしているのだな」


 レオンハルトは席を立ち、ルカの座るカウンターのすぐそばまで歩み寄った。そして、ルカの組まれた両手を自分の大きな手でそっと包み込んだ。


「君がその困難な道を選ぶというのなら、私は全力で君を支援する。王都の治安を預かる者としてだけでなく、レオンハルトという一人の人間として。君の隣に立ち、君の歩む道を切り開くための盾になろう」


 レオンハルトの大きな手から伝わる熱い体温と、その力強い言葉に、ルカの胸の奥が激しく高鳴った。


「レオンハルト様……。でも、商会を立ち上げるには、途方もない労力と時間が必要です。ご迷惑をおかけするわけには……」


「迷惑などではない。君が作る料理が私を救ってくれたように、今度は私が君の夢を救う番だ。それに……」


 レオンハルトは言葉を区切り、ルカの目を真っ直ぐに見つめ返した。


「私は君の側にいたいのだ。君が笑い、君が悩み、君が前へ進む姿を、誰よりも近くで見守っていたい。君は、私にとってすでに必要不可欠な存在なのだから」


 その不器用だが真っ直ぐな告白に、ルカの頬が朱に染まった。レオンハルトの瞳に嘘や打算は一切なく、ただ純粋な愛情だけが存在しているのがわかる。ルカは包み込まれた手から力を抜き、逆に彼の大きな手をきゅっと握り返した。


「……ありがとうございます。レオンハルト様が一緒にいてくださるなら、私、どんな困難でも乗り越えられる気がします」


 二人の間に流れる空気は、これまでのどんな時間よりも甘く、そして深い信頼に満ちていた。夜の静けさの中、二人は互いの存在の大きさを確かめ合うように、静かに微笑み合った。


 王都の下町で生まれた小さな食堂は、今、新たな次元へと羽ばたこうとしていた。カツ丼という奇跡の一杯が結びつけた二人の運命は、より大きく、より輝かしい未来へと向かって動き始めたのだった。

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