第6話「大盛況の店内と芽生える感情」
カツ丼を初めて提供した夜から数日が過ぎた頃、ルカの食堂に明らかな異変が起きていた。
昼の営業が始まるや否や、屈強な体つきをした若い男たちが次々と店に押し寄せてきたのだ。彼らは一様に騎士団の紋章が刻まれた軽装を身にまとい、店内の空いている席に座るなり、期待に満ちた大きな声で注文を告げた。
「おい、ここがあの団長が言っていた店か」
「ああ、間違いない。レオンハルト団長が『過労の底から蘇るほどの活力が湧く料理がある』と絶賛していたからな。カツ丼とかいう料理だ」
ルカは厨房の奥でその会話を耳にし、目を丸くした。生真面目で無口な印象のあるレオンハルトが、まさか部下たちに自分の店の料理を熱心に勧めて回っているとは想像もしていなかったからだ。
「店主、そのカツ丼を三つ頼む」
「こっちは四つだ。どんぶりからあふれるくらい大盛りで頼むぞ」
次々と飛び交う注文の声に、ルカは慌ててエプロンの紐を締め直した。用意しておいた大森猪の肉は十分にあり、白穀物もたっぷりと炊いてある。ルカは作業台の前に立ち、無駄のない動きで調理を開始した。
肉を叩き、衣をつけ、熱した油の中へと次々に投入していく。厨房の中に油の熱気が広がり、香ばしい匂いが店内に充満すると、待っている騎士たちの間から生唾を飲み込む音が聞こえてきそうだった。特製の甘辛いタレで肉を煮込み、卵でとじる工程をいくつもの小鍋で同時進行させていく。
どんぶりに盛られたカツ丼が次々と客席に運ばれると、騎士たちは一斉に匙を手にして料理にかぶりついた。地の文で表現しきれないほどの熱気と興奮が、男たちの豪快な食べっぷりから伝わってくる。
「うおおっ、なんだこれは。肉が驚くほど柔らかいぞ」
「この甘辛いタレと卵がたまらない。米みたいな白い穀物と絡んで、どんどん腹に入っていく」
「美味い、美味すぎる。団長が勧めるだけのことはある」
屈強な騎士たちは額に汗を浮かべながら、夢中になってどんぶりをかき込んでいた。彼らの豪快な食べっぷりを見ているだけで、ルカの胸の奥にも気持ちの良い風が吹き抜けていくようだった。食欲を満たすことは、命の活力を生み出すこと。カツ丼はその圧倒的な満足感で、日々過酷な訓練に励む若者たちの胃袋を完全に掌握してしまった。
その日の昼営業が終わる頃には、ルカが用意していたカツ丼の材料はすべて底をついていた。休む間もなく動き続けたルカの足腰には心地よい疲労感が広がっていたが、空っぽになった大量のどんぶりを洗う作業すらも楽しく感じられた。
***
それから数日間、ルカの店はかつてないほどの大盛況となった。騎士たちの間でカツ丼の噂はまたたく間に広がり、さらには市場の商人や近所の職人たちにもその評判が伝わっていったのだ。下町の食堂で活力がみなぎる力強い料理が出されるらしいという噂は、連日満員の客をルカの店に引き寄せた。
夜も更け、最後の客を見送った後、ルカは厨房の床に座り込んで大きく息を吐いた。身体のあちこちが悲鳴を上げているが、心の中は充実感で満たされている。
その時、入り口の扉が静かに開く音がした。ルカが重い腰を上げようとすると、顔を見せたのはレオンハルトだった。
「ルカ、今日も遅くまでお疲れ様。……表にまで漏れる良い匂いと熱気で、どれほど繁盛していたかすぐにわかったよ」
レオンハルトは少し申し訳なさそうな顔をして、店内を見回した。
「レオンハルト様、ご来店ありがとうございます。実は、レオンハルト様が皆様にお話ししてくださったおかげで、毎日大変な忙しさでして……。本当に感謝しています」
ルカが深く頭を下げると、レオンハルトは慌てて手を振った。
「いや、私はただ、君の素晴らしい料理の事実を部下たちに伝えただけだ。君が一人でこれほどの大人数をさばいているとは……。負担をかけてしまって、すまない。私に何か手伝えることはないだろうか。皿洗いでも床掃除でもする」
王都の治安を預かる騎士団長が、下町の小さな食堂で皿洗いを申し出ている。その真剣すぎる表情に、ルカは思わず吹き出してしまった。
「ふふっ、お気持ちだけで十分です。レオンハルト様には、この国の平和を守るという大きなお仕事があるじゃありませんか。私の仕事は、料理を作って皆様に食べていただくことですから」
ルカの明るい笑い声につられ、レオンハルトの顔にも柔らかな微笑みが浮かんだ。彼の表情は、初めて店を訪れた時の冷たく強張ったものとはまるで別人のように穏やかだった。
「それに、レオンハルト様のための一食分だけは、どんなに忙しくても必ず残してありますから。どうぞ、席にかけてお待ちください」
ルカのその言葉を聞いて、レオンハルトの瞳の奥がわずかに揺れた。
「……私のために、取っておいてくれたのか」
「もちろんです。カツ丼は、レオンハルト様に食べていただくために生み出した料理ですから」
ルカが振り返りながら自然にそう言うと、店内に一瞬だけ深い沈黙が降りた。ルカは自分の発した言葉の重さに後から気づき、急に顔が熱くなるのを感じた。
『私は今、なんて大胆なことを言ってしまったんだろう』
慌てて厨房の奥へと向かい、火元に背を向けて立ち止まる。胸の奥で心臓が早鐘のように鳴っていた。単なる客と店主の枠を超えて、自分の心が彼に対して特別な感情を抱き始めていることを、ルカはもはや否定できなかった。
レオンハルトの不器用だが誠実な人柄。国を守るための自己犠牲の精神。そして、自分の料理を心から喜び、美味しそうに食べてくれるその姿。ルカにとって、彼はすでに日々の生活の中心であり、料理を作る一番の原動力となっていた。
厨房から戻ったルカが湯気を立てるカツ丼を差し出すと、レオンハルトは受け取る際、ルカの指先にわずかに触れた。ルカの肩がびくりと震え、二人の視線が交錯する。レオンハルトの瞳の奥には、ルカに対する深い感謝と、言葉には出せない熱い感情が確かに渦巻いているように見えた。
「いただきます、ルカ」
レオンハルトが静かに匙を持ち上げるのを見つめながら、ルカは自分の胸に芽生えたこの温かく切実な思いを、大切に育てていきたいと強く願った。外では冷たい夜風が吹いていたが、狭い店内には二人だけの穏やかで甘い時間が、ゆっくりと流れていた。




