第3話「朝の市場と未知なる食材」
翌朝、太陽が空の低い位置に顔を出したばかりの頃、ルカは大きな籠を背負って王都の巨大な市場へと足を運んだ。
市場はすでにすさまじい活気に満ち溢れていた。石畳の上を行き交う人々の足音が重なり合い、荷車を引く車輪のきしみ、商人たちの威勢の良い声が朝の冷たい空気を震わせている。色鮮やかな野菜が高く積まれ、新鮮な魚が敷き詰められた氷の上で銀色の鱗を光らせていた。どこからともなく焼きたてのパンの甘い匂いや、香辛料の鼻をくすぐる刺激的な香りが漂ってくる。
ルカは人波を縫うようにして歩きながら、両側から迫るような品物の山に鋭い視線を巡らせていた。頭の中にあるのは、昨夜思い描いた新しい料理の構想だ。レオンハルトに食べさせたい、力強くも優しい料理。そのためには、完璧な食材の組み合わせが必要だった。
精肉が並ぶ区画へと足を踏み入れると、獣の血と脂の生々しい匂いが一段と濃くなった。いくつもの店を覗いて回るうち、ルカの足が一軒の古びた肉屋の前で止まった。巨大な木製の台の上に、赤黒い色をした分厚い肉の塊が無造作に転がされている。
「おや、ルカじゃないか。今日は何を探しているんだ?」
顔見知りの肉屋の店主が、分厚い手ぬぐいで汗を拭いながら声をかけてきた。
「おはようございます。この肉は……大森猪ですか?」
ルカが肉の塊を指さすと、店主は苦笑いを浮かべた。
「ああ、そうだ。味は抜群に濃くて美味いんだが、とにかく筋が多くて硬い。煮込んでもなかなか柔らかくならないから、誰も買いたがらないんだ。その分、値段はタダみたいに安いがね」
ルカは肉に顔を近づけ、色合いと繊維の流れをじっくりと観察した。脂肪の層は真っ白で美しく、赤身の部分には野性味あふれる強い生命力が宿っているように見えた。
『硬いなら、繊維を断ち切って物理的に柔らかくすればいい。この強い旨味は、きっとあの料理の主役になる』
「これを少し分けてください。厚めに切って」
ルカの注文に店主は驚いた顔を見せたが、すぐに手斧のような包丁を振り下ろし、肉を見事な厚みに切り分けて分厚い紙に包んでくれた。
大森猪の肉を手に入れたルカは、次に穀物を扱う区画へと向かった。パンに合わせるのではなく、料理そのものを受け止める器となるような、主食となる食材を探していたのだ。
ふと、南方の衣装をまとった見慣れない商人が店を出しているのに気づいた。彼の前には、様々な色の豆や穀物が入った麻袋が口を開けて並べられている。その中に、真珠のように白く、小さな粒が密集している袋があった。
ルカが興味深そうに見つめていると、南方の商人が柔らかな笑みを浮かべて話しかけてきた。
「珍しいだろう? これは私の故郷で栽培されている白穀物だ。水を含ませて火にかけると、ふっくらと膨らんで、かすかな甘みと強い粘りが出るんだよ。腹持ちもいいし、どんなおかずにも合う」
商人は小さな木の匙で、あらかじめ調理してある白穀物をすくい、ルカに試食を促した。ルカはそれを受け取り、ゆっくりと口に運ぶ。
噛みしめた瞬間、もっちりとした弾力が歯を押し返し、噛めば噛むほどに自然な甘みが口いっぱいに広がっていく。パンのような乾燥した食感とは全く違う、水分をたっぷりと含んだみずみずしさがあった。
『これだ。大森猪の濃厚な味と脂を、この白穀物がすべて受け止めてくれる。これなら、食欲がない時でもするりと喉を通るかもしれない』
ルカは胸の高鳴りを抑えながら、白穀物をたっぷりと買い込んだ。
背中の籠がずしりと重くなったが、ルカの足取りは羽が生えたように軽かった。店に戻ると、ルカは休む間もなく厨房に立ち、買ってきたばかりの食材と向き合った。
まずは大森猪の肉だ。分厚く切られた肉をまな板に置き、鋭いナイフの先を使って丁寧に筋を切っていく。そして、肉たたき用の木の槌で、肉の表面をまんべんなく叩いた。繊維がほぐれ、肉全体がわずかに広がり、柔らかさを増していくのが手を通しても伝わってくる。
白穀物は冷たい水で丁寧に洗い、水を吸わせてから土鍋に入れて火にかけた。しばらくすると、鍋の隙間から甘くふくよかな蒸気がシューという音とともに噴き出し始めた。
「よし、ここまでは完璧だ……。次は、これをどう調理するか」
ルカは腕組みをして、叩いて柔らかくした大森猪の肉を見つめた。単に焼くだけでは、肉の水分が飛んでパサついてしまう。旨味を逃がさず、さらに外側に別の食感を加える方法。
ふと、ルカの視線が、棚の隅に置かれている売れ残りの硬焼きパンに止まった。それを手に取り、指で表面をこすると、乾いたパンの粉がパラパラと落ちた。
その瞬間、ルカの頭の中で、バラバラだったパズルのピースがカチリと音を立ててはまった。
「これだ……。これを削って衣にして、良質な油で揚げるんだ。そうすれば、旨味は閉じ込められ、外はサクサクとした食感になる」
ルカの顔に、希望に満ちた明るい笑みが浮かんだ。未知の料理の完成が、すぐ目の前まで迫っていた。




