陰謀型 桃太郎・岡山
鬼賀 誠は出張の多い営業マンであった。
繁忙期である今の時期はひと月のうち半分は東京の自宅から離れたビジネスホテルに泊まるような生活をしていたが、彼はその生活が意外と嫌ではなかった。
それは彼が独り身であるというのもあるが、泊まるついでに知らない街を一人で冒険することが好きだったというのが一番だ。
初めて来た場所で、駅前にある系列店でない、個人経営の飲食店を探して飛び込みで入り込み、その土地の人間と話すことが何よりの楽しみであった。
そしてそれは今回の岡山出張にも当てはまる。
かれこれこの会社に来てから4年経っているが岡山駅前に降り立つのは初めてであった。
巨大な建物が立ち並ぶ駅前で、ひときわ活気のある商店街。
その一角にあるおでんが有名な、小さな居酒屋。
それがマコトのターゲットである”桃源”という店だ。
荷物をビジネスホテルにすべて預けたあとに入店した。
一般的に”おでんを出す店”というと大衆向けで、人が多く騒がしいとか、年季が入っていて少し小汚いような店内をイメージしがちだが、ここは違った。
店内は落ち着いたブラウンの色調で統一されており、オシャレなカクテルを出すような、清潔感のあるバーのようだった。
カウンター8席のみで、店の壁には数々の日本酒の瓶や国産ウイスキーのボトルが並べられており、アルバイトはおらず、初老の男性店主ひとりで店を回している。
若い男女のカップルと落ち着いた雰囲気のマダムが先客として料理を嗜んでいる。
マダムのほうは店主との会話を自然に楽しんでいるので、恐らくこの店の常連だろうか。
「それにしてもお客さん、見ない顔ですね。旅行ですか?」
「はい、出張で来ました。初めて岡山に来ましたが、いいところですね」
「ちなみにお名前は?」
「キガって言います」
「キガ……?どういった字を書くのですか」
「節分に出てくる”鬼”に、謹賀新年の”賀”、変わった名前でしょう?
キガなんて読み方だと飢え死にを連想しますが、これでもウチの祖父母の代まではずっと鹿児島で農家をやっているんですよ」
素晴らしい店の雰囲気を壊さないよう慎重に話題を選んで店主に話しかけながらメニューを考える。
「この”おでんのお任せ盛り合わせ”と、”ナスの煮浸し”、あと日本酒の”とうしゅう”?ですかね、これください」
「ああ、”冬柊”ですね。結構甘口ですが、大丈夫ですか?」
「はい、大丈夫です」
マコトは出張のたびに地酒を頼むようにしているが、銘柄にはまったく詳しくなかったし覚える気もなかった。
それでも大抵の場合は出てくるお酒を楽しめているのであまり気にすることもなかったが、今回は違った。
出てきたおでんが想像よりも美味しすぎたのだ。
大根、卵、しらたきといった定番ものはもちろん、団子のような具材が異常な存在感を放っていた。
鶏肉とは思えぬほどジューシーで、魚の練り物よりも食べごたえがある。
加えて少し、ピリリとするような刺激感もあり、これだけをずっと食べていたい。そう思えるものだった。
こんな料理は初めてだった。もっとこれにピッタリな辛口のお酒を選ぶべきだったと強い後悔に襲われる。
「びっくりした、凄い美味しいですね。このおでん」
「それはそうでしょう。おでん屋ですから」
店主はにっこりと笑顔を浮かべる。
そう言っていつも通り、何気ない会話を楽しんでいるといつしか若いカップルはタクシーを店前に呼んでから街の中に消えていった。
そうなると必然的に店主とマダムの3人で会話を続けることになる。
「あなた、東京から来たのね。どのへんに住んでるの?」
「大田区の蒲田です、品川と神奈川の間らへんの」
「あら、あまりいいところじゃないわね。私は港区に昔住んでたのよ、あのときは──」
マコトは、こういったマウントを取ってくる相手に慣れっこだった。
こういう過去の栄光の話をしたがる人間というのは全国のどこにでもいる。
しかし、こういった思い出話というのは繰り返し聞かされぬ一期一会の関係であれば意外と面白いもので、マコトにとってはそれも楽しみの一つであった。
いつも通り相槌を打ってマダムの話に聞き入る。
「それとね、この店はおでん屋だけど茶碗蒸しが一番美味しいのよ。絶対に頼みなさい」
マダムは一通りの自慢が終わると常連らしく、おすすめのメニューを教えてくれた。
アレほど美味いおでんを出す店で、常連が一番美味しいという料理だ。
頼まない理由はなかった。
「作るのに15分ほどかかりますから、少々お待ちください」
そういって店主は茶碗蒸しを作るために店の奥に消えた。
残されたのはマコトとマダムの2人だけ。
今まで和やかだったマダムの顔つきが、いきなり険しいものに変わった。
「名前を鬼賀といったわよね?」
「はい、それがなにか?」
「今すぐ岡山から離れなさい、正体がバレたら狙われるわよ」
何のことか理解できなかった。マコトは普通のサラリーマンでなにも悪いことをした覚えがない。
ここにも仕事で訪れただけだ。
「どういうことですか?」
「あなた、岡山で一番有名な特産物って何か知ってるかい?」
「いえ、すみません。岡山と言われてパッと思いつくのは……」
「”桃太郎”よ」
「”桃太郎”?あの、昔話の?」
昔話が特産物と言われると不思議な感じがするが、少し考えると納得はできた。
そういえばお土産コーナーや顔出しパネルなど至るところに桃太郎があしらわれているし、もはや飛行機で最初に到着したところも「岡山”桃太郎”空港」という名前であった。
「そもそもたかが作り話で、他の特産物を押しのけてこんな県全体でプロモーションしてるなんておかしな話よ。
きびだんごなんていう、ただ粉っぽいだけの団子をお土産コーナーの一番に置いているのよ?
不自然じゃないかしら?」
「特産物なんてそういうものなんじゃ……?」
「岡山県民以外はね、”桃太郎”を単なる昔話って思っているだろうけどそれは違うよ。
第一、鬼をしばくだけの話がどうして日本一有名な物語になっているんだい?」
「犬、猿、雉とか動物が出てきてキャッチーだし、勧善懲悪がわかりやすいからじゃ……?」
「そう、これは”実際にあった出来事”を元にしているからだ。真実を後世に残すためにこれほど広まってるんだ」
「話聞いてねぇ!?」
マダムは鋭い眼差しで話を続ける。
「まずあなた、”桃太郎”がどんな話か知っているかい?」
「それはまぁ、【お爺さんお婆さんが拾った桃から産まれた桃太郎を育てて】、【きびだんごで犬、猿、雉を仲間にして】、【鬼ヶ島の鬼を退治して宝物を取り返す】……誰でも知ってる話じゃないですか」
「それは世の中に広めるための”擬態型”の桃太郎だね。真実は隠されている」
「擬態型の桃太郎!?」
「桃から子どもが産まれるわけがないだろう?」
「それは……フィクションだからじゃ」
「まず【お爺さんお婆さんが拾った桃から産まれた桃太郎を育てた】というのは真っ赤な嘘だ。
これは【不妊に悩んでいた老夫婦がよそに産まれた子どもをさらって育てた】というのが正しい。
歳をとって、働き手に困っていたからから目を盗んで誘拐するなんてのはこの時代には何も珍しいことはない。
桃から産まれたというのは、村民に追求されたときの言い訳さ。
”桃源郷”という言葉があるほどに、桃は神様に近い果物だからね。
神様の贈り物だと主張されれば、強く言い返すことは出来ない」
「一応スマホで調べましたけど、そんな説どこにも書いてないですよ……?」
「それは当然、岡山県庁が隠蔽してるのさ。真実が広まると困るからね」
「県庁が歴史に介入してるんですか!?」
マコトにとってはどう考えても与太話にしか聞こえなかったが、あまりに真剣な語り口に思わず耳を傾けてしまう。
どうせ料理が来るまで暇なので、このおふざけに付き合ってもいいかなという気持ちが芽生え、話を続けてみることにした。
「それじゃあ、【きびだんごで犬、猿、雉を仲間にする】ってところはどうなんですか?これはどう考えても作り話じゃあないですか」
「確かに【犬、猿、雉を仲間にした】ってのは嘘だね、【仲間を犬、猿、雉にした】という方が正しい」
「え?同じじゃないですか」
「ちがうさ。単なる団子一つで命懸けの戦いなんて、どう見ても報酬が釣り合ってはいない。
当然、犬や猿ならともかく雉を団子ひとつで躾けて鬼にけしかけるなんてのはもっと無理だろうね。
そもそも畜生ごときが戦えるわけがない」
「それじゃあ──」
「しかし、この話にも”真実”は隠れている。”きびだんご”さ。こいつは普通じゃなかった。
異常な中毒性のあるものを練り込んでいた──そう、強烈な麻薬入りの団子だったんだよ。
こんなものを一口食べちまったらどんな人間でも、犬や猿や雉のような獣になるのも無理はない。
【”きびだんご”を食べた人間が”獣に堕ちて”、この”きびだんご”を餌に殺し合いに無理やり加えた】のさ」
「そうだとしたら、桃太郎は完全に悪者じゃないですか?」
「そう、だから擬態型なのさ。誘拐してきた子が成長したら薬物中毒患者を量産して島民を皆殺しにしたなんて話、バカ正直に書いたら当時の人間が消しちまうだろう?」
「た、確かに……というか皆殺しにしたのは真実なんですね……」
一応話が通ってる気がしないこともないが、気になるところはまだある。
「もし、そうだったとして桃太郎は何で鬼ヶ島に?やっぱり鬼がみんなの宝物を奪ったからじゃ……?」
「宝物を奪ったのは桃太郎のほうさ。元々宝物を作ったのは鬼と呼ばれる島民たちだ。
当然だが、鬼ヶ島は現在の種子島のことだね。
そこに元々住んでいた島民はあのアステカに並ぶほどの偉大な木工と英国並の製鉄技術を持っていたんだ。
日本に初めて持ち込まれた火縄銃は”種子島”と言っている大ホラ吹きどもがいるが、その銃の真の名は”鬼ヶ島”だ。南蛮人どもが持ち込んだものじゃないよ。鬼ヶ島の一族が作り上げたものさ。
桃太郎はその宝を奪うために乗り込んだ、野盗だったんだね」
「桃太郎って野盗だったんですか!?」
「子どもをくすねるような悪党に育てられたら、そうなるのも自然なことだ。蛙の子は蛙だよ」
「ええ……」
変な薬をやっているのはこのババアのほうではないか、そう思いつつここまで聞いて引き下がるわけにもいかない。
「そもそもなんで鬼ヶ島が種子島になったんですか、今ウィキでみたらモデルは香川県の女木島って書いてありますよ?」
「鬼たちの遺産が眠ってる島を教えたらすぐに別の野盗にバレちまうから当たり前だろう!?
だから桃太郎は鬼ヶ島の名前を種子島なんて名前に変えて、舞台を女木島だと偽ったんだ。
鬼ヶ島に残った女連中に桃太郎の”子種”を植えつけたから”種子島”なんて名前に変えてる、本物の悪党なんだよ!」
「流石に今住んでる人に失礼過ぎませんか!?」
頭のおかしなババアの暴走は留まるところを知らない。
「それにね、桃太郎は鬼ヶ島の島民を制圧したあとも残虐非道な行いは続いていたのさ」
「普通に成敗したんじゃないですかね?」
「ただ殺したなんて生ぬるいものじゃないよ、鬼が恐れるものとして柊のトゲが使われているか知っているかい?」
「それ節分の話ですよね?」
「これはね、鬼ヶ島の島民をいたぶるために使ったのさ。
フィンランド人がサウナで使う”ヴィヒタ”というのは知っているかい?
アレと同じようなものを柊で作ったのさ。
白い装束を着た神官がそれを振れば祭り事だが、薄汚い桃太郎の手に渡れば拷問の道具に変わる。
ムチのようにして痛めつけて、全身から赤い血が出るさまを楽しんでいた。
よく鬼には赤鬼、青鬼という呼び方があるが、赤鬼は”柊で痛めつけられて全身から血が吹き出ているもの”、青鬼は”痛めつけられたあとに血が抜けて青ざめたもの”ことを指している」
「あれ、そういう区別だったんですか!?」
だんだん桃太郎の枠組みすら超越した理論を展開し始める。
マコトはこれ以上話を広げるとまずいと思い、話題の引き戻しを試みる。
「ま、まあ桃太郎の真実は分かりましたけど、それと”僕が狙われてる”っていうのはどういう意味なんですか?まさか僕の名前が”鬼賀”だからとかじゃあないでしょうね」
「その通りよ」
「嘘だろ!?全然僕心当たりないですよ?」
「鬼ヶ島に住んでいたのは文字通り”オニガ”の一族。それが転じて”鬼賀”という名前になったのね。
あなたの祖母が鹿児島出身というのは鬼ヶ島から逃げ延びた一族という決定的な証拠よ」
「そんな馬鹿な……」
「”桃太郎”という物語はね、生き残った鬼の末裔が血塗られた歴史を風化させないためにカモフラージュして広めたもの。
こうすることで桃太郎の悪行を日本人に根付かせているの。岡山県庁はそれを保護する立場よ」
「岡山県庁は鬼サイドの組織なのか……」
「桃太郎の血は今でもこの岡山に潜んでいるわ。岡山県民の3割は桃太郎の末裔と言われている。
当然真実を知る鬼の末裔がいれば彼らは消しに来る。だからあなたは早く岡山を脱出しなくてはいけないのよ」
頭から足先まで荒唐無稽としか思えない陰謀だ。
しかしこの話で一番気になるのは──
「それじゃあこの真実を知っているあなたは何だっていうんですか?
桃太郎の末裔なら僕を殺す側じゃあないですか」
「私の名前は犬猿雉 京子」
「ま、まさか……」
「桃太郎のお供、犬と猿と雉の末裔よ。あなた達と同じ”きびだんご”による桃太郎の被害者──」
その瞬間、奥のキッチンが店主が現れた。
「おまたせしました、茶碗蒸しです」
コトン、とテーブルに置く。
「おお、鬼賀さん。”桃 十八郎”特製のきびだんご、全部食べてくれたんですね。
代々伝わる自慢のレシピですから、気に入ったようで何よりです」
この作品はすべてフィクションです。
出てくる桃太郎および岡山県、種子島、鬼の伝承はすべて事実無根であり、間違っても周りの人に伝えないでください。
岡山大好き!




