第2章:禁断の第一歩
充は、江美との連絡が日常に小さな波紋を広げていることに気づいていた。
保護者面談をきっかけに始まったメッセージのやりとりは、最初は樹里の進路や成績についてだったが、次第に個人的な話題へと移っていった。
江美は、シングルマザーとして樹里を育てる苦労や、離婚の傷を静かに語った。
充もまた、妻との冷めた関係や、満たされない日々をぽつぽつと吐露した。
互いの言葉は、まるで暗い海の底で響き合うように、深い共鳴を生んでいた。
ある秋の夜、江美からのメッセージが届いた。
「谷口さん、もしお時間あれば、少しお話しませんか? 仕事の後で構いません…」
充は迷ったが、彼女の声の向こうにある孤独が気になった。
妻が遅くまで帰らない夜、充は都内の小さなバーで江美と会うことにした。
バー「月影」は、JR線の駅から少し離れた路地にひっそりと佇んでいた。
薄暗い照明の下、江美はスーツではなく、柔らかなニットのセーターとスカートで現れた。
彼女の微笑みには、38歳の女性らしい落ち着きと、どこか疲れを帯びた温かさが混ざっていた。
「遅い時間に呼び出してしまって、申し訳ありません。少し…誰かと話したかったんです。」
江美の声は低く、充の心に静かに染み込んだ。
二人はワインを傾けながら、仕事や子育て、過去の失敗について語り合った。
江美の話す声には、人生の重みを背負った深さと、どこか少女のような脆さが共存していた。
「樹里は、私が離婚してから、どこか心を閉ざしてる気がするんです。私のせいかもしれません…」
江美の瞳が揺れた瞬間、充は思わず彼女の手を握った。
「大島さん、ご自分を責めすぎないでください。樹里さんは強い子です。きっと、時間と共にわかってくれると思います。」
充の言葉は丁寧で、年上の女性に対する敬意を込めたものだった。
江美の表情がほぐれ、彼女の手は充の指に微かに絡んだ。
バーを出て、夜風が二人の間をすり抜けた。
駅に向かう道すがら、江美が立ち止まり、充を見つめた。
「谷口さん、私…こんな気持ち、久しぶりなんです。」
彼女の声は震え、充の胸を締め付けた。
自然と二人の距離は縮まり、路地の影で、江美の唇が充の頬をかすめた。
それは、キスと呼ぶにはあまりに儚い触れ合いだったが、互いの心に火を灯した。
その夜、充は江美をホテルの部屋へと誘った。
ドアが閉まる音が響き、二人は互いを見つめた。
江美の瞳には、ためらいと期待が交錯していた。
充は彼女の肩に手を置き、そっと引き寄せた。
「大島さん、無理に進める必要はありません。ゆっくりでいいですよね?」
江美は小さく頷き、充の胸に額を寄せた。
二人は言葉を交わさず、ただ互いの温もりを感じ合った。
彼女の髪から漂う上品な香水の匂い、指先の微かな震え。
充は、江美の心の奥に潜む傷に触れるように、ゆっくりと彼女を抱きしめた。
夜が深まる中、二人は互いの存在に身を委ねた。
衣服が床に落ちる音、吐息が重なる瞬間。
そこには激しさよりも、互いの孤独を埋め合うような静かな情熱があった。
江美の指が充の背中に食い込み、充は彼女の耳元で囁いた。
「大島さん、ひとりじゃないですよ。僕がここにいます。」
その言葉は、江美の心に深く響き、彼女の瞳から一筋の涙がこぼれた。
彼女の唇が、充の肩にそっと触れ、その温もりに年上の女性らしい包容力が感じられた。
翌朝、二人は何もなかったかのように別れたが、互いの心には消えない痕跡が残った。
充は、江美との時間が自分の日常を変えつつあることを感じていた。
だが同時に、背徳感と、どこかで感じる危険な予感が胸をよぎった。
江美の落ち着いた微笑みと、彼女が背負う人生の重みが、充の心に深く刻まれていた。




