【お嬢様】6枠目【担当受付嬢】
「『まもなく〜アバーナント南〜アバーナント南〜』」
「あ、そろそろよリリィ」
「『右側の扉が開きます〜』」という車内アナウンスを聞きながら眺める外。
その景色は少し田舎寄りの郊外といった感じで、この前のオーエンテューダーの廃工場みたいな「ザ・ダンジョン」って感じの禍々しさは見当たらない。
まあ沿線からは少し離れてるって話みたいだし当たり前ではあるのかしら。
「あ、エヴァ様、ギルドから連絡来ました。北口の方に車つけてるみたいです」
「了解。あちらもご苦労なことね」
「まあダンジョン市場って年々増加傾向ですからね。残念ながらエヴァ様には才能があるみたいですし、ギルドとしても囲っておきたいんじゃないですか?残念ながら」
「そういうものなのかしら。あと貴女、相変わらず毒は欠かさないのね」
「……ああ、そういえばエヴァ様マゾヒストでしたね」
「違う。私にドM趣味なんてないわ」
「ふふっ、どうでしょうか。……ほら、着きましたよ、エヴァ様」
煩わしい話題はともかくとして、私達は今回のダンジョンの最寄り駅、アバーナント南に到着する。
スマホをかざして改札を出ると、広がっているのはやたら広い青空の景色。大きな建物は総合病院か役所か、あとパチンコくらいの物で、程よい都市近郊、あるいはちょっと都会寄りの田舎町って感じだった。
初配信の結果やっぱりもう少し良い機材とか使った方が良さそうということで、改めて配信者御用達のドローンカメラやらマイクやらパソコンやら、ついでにこの先使いそうなアウトドアキットみたいなやつを揃えに街に出たのが昨日のこと。
新人は伸ばしたいなら毎日配信しろ、みたいなことは聞いたけれど、まあ初回のがバズったし隔日でも大丈夫でしょ、と私は高を括っていた。
ちなみに昨日の成果物は今転がしてるキャリーケースに詰まっている。
「北口ってことはこのロータリーよね?」
「はい。恐らく近くに……あ、あれじゃないですか?」
15分に1本くらいバスの来る昼前のロータリー。
そこに到着するなりそう言ってリリィが指差したのは、ロータリーの片隅に停められた最新鋭の、所謂【PhPHEV】、正確に言うと【魔導式ハイブリッド自動車】。
しかも国産のハイエンドモデル。
これがリリィの言ってたダンジョン市場の拡大の恩恵なのかしら。
そんなことを考えていると、上手いこと人混みの中で彼女達の姿を見つけたのか、運転手は車を降りて私達の方へ駆け寄ってきた。
「……あ」
「お二人共、お待ちしてました〜!!」
「あら、貴女、ギルドの……」
そう言いかけたところで、私は思い出せないことを思い出す。彼女が誰かは分かる。
二日前ギルドで初報酬を受け取った際に担当してもらった新米受付嬢の人っていうのは覚えてるけれど、名前が分からない。
いえ、別にベイカーベイカーパラドックスとかではなく、単に聞き忘れていただけなのだけど。
そして一瞬私の言葉が詰まったのを見て、どうやらあちらもそのことに気がついたらしく、彼女はそうだったと言わんばかりにポンと手を叩いた。
「私の自己紹介、まだでしたよね?というわけで、中央ダンジョン管理委員会オーエンテューダーギルド所属、ミーヤ・アンブライドルドって言います!今回からお二人を担当させてもらうことになったので、これからよろしくお願いします!」
「ええ、どうぞよろしく」
「よろしくお願いいたします」
そして改めて自己紹介を終えた彼女に「「ミーヤさん」で良いかしら?」と尋ねると、彼女は少し遠慮がちに手を揺らして断り、「私固いの苦手なので……出来れば「ミーヤ」とかで呼び捨てにしてもらった方が……」とのリクエストが飛んでくる。
それに応えて私とリリィが試しに彼女のことを「ミーヤ」と呼んでみると、ミーヤは「そうそうそれそれ!」と言わんばかりにこちらを指差した。
「それじゃあ今回のダンジョンの説明に入りたいんですけど〜……立ち話もアレですし、どっかお昼ご飯でも入りませんか?……あ、もちろんお二人に出してもらうってことはないので〜!」
「へぇ、良いんじゃない?」
時計を見ると11時半。
少し早い気もするけど、配信を14時からの予約に設定してあると考えればまあ丁度いい時間帯ではある。
リリィに「貴女はどうする?」と尋ねると、彼女は目を輝かせて頷いた。
「喜んでお供します。ご飯なんていつどれだけあっても困りませんから」
「なら決まりね。後ミーヤ、リリィに奢るなら食べ放題にしておきなさい。想像の5倍は食べるわよ、これ」
「何ゆえ姉兼メイドのような私をモノ扱いするんですかエヴァ様」
「姉を先に言う辺り図々しいわね」
「安心してください、ちゃーんと美味しい食べ放題のお店知ってますから!なんなら今予約も取りました!」
「おまかせあれ!」と言わんばかりにそう胸を強く叩くミーヤ。
その様子と、立派に揺れる胸元を眺めているとリリィが「何見てるんですか」と私の頭をベシッと叩いた。
「ったぁ!?何するのよリリィ!?」
「まさかまだ貧乳コンプ拗らせてるんですかエヴァ様?反応が大袈裟です。豆乳飲みまくってた日々が懐かしいですね」
「別にそんなの全く無いけど!?豆乳ハマってただけだし、あんな重力の枷みたいな余計な脂肪に憧れるわけ無いじゃない!私のは完璧なバランスの下完成されたAAカップなの!」
「持たざる者というやつですね」
「何よ貴女だってせいぜいCでしょ!?別に大差ないじゃない」
「え〜、そうですか?私は羨ましいですよ、エヴァさんみたいなモデル体型!細くて、しかもすっごく綺麗で〜」
持つ者、恵まれた者の余裕が心臓のド真ん中を貫く。
しかし反撃しようにもその笑顔は天衣無縫、人は悪意や打算なく自らへ好意を向けてくれる相手へ敵意を向けられるようには作られていない。
いえ、ここで大事なのは「人外っぽいしワンチャン行けるんじゃない?」みたいな戯言ではなく、私の中に正当な理由を失った行き場のない怒りが溜まっているという事実のみ。
私は思いっ切り、自らの細い太ももを殴った。
バキッという、まあ人体からは鳴っちゃいけない感じの音が身体の中で響いた。
「エヴァ様今何しました?」
「一般人換算でしっぺね」
「大腿骨の大安売りですね」
「だいたい……?何の話ですか?」
「いえ、何も」
「それより、そろそろ出発するんでしょう?」とミーヤに尋ねると、「あ、そうでした!」と彼女は両手を叩き、車に乗るよう私達に手招きする。
どうやら例の店はダンジョンへの道のりの途中にあるらしい。
ミーヤが運転席に、リリィが助手席に、そして私は後部座席に乗り込んだ。
「それじゃ、出発しま〜す!」
そしてミーヤがアクセルを踏み込んだ瞬間、割とびっくりするような速度で車が飛び出した。悪い予感がした。
「ちなみに、免許取ったのは……?」
「この前の春休みなので……二ヶ月前?」
あー、ヤバいかしら。
◇◇◇
運転あっっらぁ……。
これで取れるなら私も3日でいけるんじゃない?
差し引きで言えば某カートレースゲーム未満くらいの荒さだったけれど。
クラスで2番目くらいに可愛い感じの顔とクラスで一番注目されるタイプの身体を持ってるキラキラJKみたいな人間の運転とはとても思えない。
常時アクセルベタ踏みとか公道向いてないわよ。
「いや〜、やっぱり運転って楽しいですね!」
「もしかして運転の楽しさをジェットコースターと同類のものと見做してる?」
「でも楽しかったじゃないですか、エヴァ様。昔乗ったウォータースライダーくらい」
「貴女もそっち側なのリリィ?……ま、食前の運動としては丁度いいかしら」
車を降り、身体を伸ばしながら私はふわぁと少し情けない息を漏らす。
空はちらほらと雲が浮かぶ程度の晴れ模様。
これが明日まで続くらしく、絶好のダンジョン日和といったところ。
「……あ、すっかり聞き忘れてたわ。ここ、何のお店なの?」
「じゃじゃ〜ん、焼肉で〜す!割とヤバめの依頼なので、お二人共バッチリ精つけてもらおうと思って!」
「肉……うん、良いじゃない。丁度肉の気分だったもの」
私がそう頷くと同時、ミーヤのスマホの通知が鳴った。
案の定予約の時間を知らせる連絡で、それを聞いたミーヤは「三人で予約のミーヤ・アンブライドルドです〜!」と店の中へ乗り込んでいく。
「めちゃくちゃ食べます、めちゃくちゃ」「ええ、破産の一端を担ってやるわ」と私達も彼女の後をついて行った。
「それでは、どうぞごゆっくり!」
そう通されたのはタブレットで注文するタイプの食べ放題だった。
コースはもちろん特上、牛タンもハツもイチボも好き放題。
別にお金なんて惜しいものじゃないけど、それにしたって他人のお金で食べるご飯ほど美味しいものはそうそうない。
店員さんが網に火を入れている間、私とリリィはタブレットに肉やらサイドメニューやらを入れまくっていた。
「おお〜、お二人共、良い入れっぷり〜!」
「ミーヤも何か入れる?」
「あっ、じゃあ冷麺とか〜!」
「了解。スイカは?」
「エヴァさん、それ「カレーにライスいる?」って聞くようなものです」
「本格派だと入らないじゃない」
というわけで各自食べたいもの、というか殆どが私とリリィのだけれど、を入れ終えると、1回の注文で1グループの最終リザルトみたいな量になる。
牛タンなんか一回で12皿も入ってるから厨房も目を疑っている頃だろう。
私達はドリンクバーなんかを持ってきつつ、適当に喋りながら注文が届くのを待った。
「……ってことで、キャロルハウスさんからの特別報酬としてオーダーハウスが提示されてて〜」
「へえ、良いじゃない」
「大変お待たせしました!牛タンと特上カルビ、牛ホルモン、それぞれ10人前です!」
ミーヤから今回のダンジョンの概要について軽く聞いていると、店員さんがワゴンに肉山盛りの皿を乗せてやってくる。
「待ってました」と言わんばかりにリリィは身を乗り出してそれを受け取った。
「それじゃ、ごゆっくり〜!……今の若い子ってあんなに食べるんだ……」
「若い子……あ、そういえば、エヴァさんって今いくつですか?」
店員さんの呟きで気になったらしいミーヤ。
「今年18かしら」と私が答えると、彼女は「わ〜、人生楽しい時期だ〜!」と柔らかく笑う。
「あ、リリィも同い年よ。誕生日は少しあっちの方が早いけれど」
「18ってことは……あれ、まだ学生さんですか?」
「いいえ。私三学年飛ばしてるの。学院出たのは2年前ね」
「うっそ〜、三学年も飛び級してるんですか?私の周り飛び級も全然いなかったのに……やっぱりエヴァさんはすごいなぁ〜」
「ええ、そうね。私天才だもの」
「卒業してから2年間ニートでしたけどね」
「ニートじゃないわギャンブラーよ」
「ニート未満でした」
「相変わらず口が減らないわね」なんて言いながら私は運ばれてきた牛ホルモン、追加でやって来た鶏レバーを口に運び、メロンソーダで流し込む。
歯応えと言い味わいと言い、まさしく「肉」を食べているという感覚がなんとも堪らない。
しかも人のお金。
そんなブタでオール・インしてフォールドさせた時くらい最高の瞬間を謳歌していた私に、ミーヤは声をかけた。
「……いやなんで生で食べてるんですか!?ホルモンにレバーを生!?死にますよエヴァさん!?」
「良いじゃない。監視カメラも店員さんも見てないし、私には効かないもの」
「何なんですかその自信!?カンピロバクターもO-157も山盛りですって!リリィさんも止めた方が良いんじゃ……!?」
「いえ、放っておいて問題ありません。残念ながら、エヴァ様は本当に死なないので」
「いや、「死なない」って言われても……」
そんな彼女の新鮮な反応を見て、私はようやく「ああ、言ってなかったっけ」と思い出す。
そして僅かな血の風味が付いた箸を置いて、小さく咳払いした。
「私、不死身なの」
「え?ふじ……え?」
「ま、少し困惑するのも仕方ないかしら」
ミーヤが「ちょっと何言ってるか分からない」みたいなある意味妥当な表情でこちらを見る中、私は「リリィ」と合図する。
彼女は1本のナイフを取り出し、向かいの席に座る私の胸へ、躊躇いなく突き立てた。




