【お嬢様】3枠目【◯ロトラップダンジョン】
『え、今ヤバくなかった?』
『うわ……』
『串刺し!?』
『グッロwww』
『いや死ぬだろ普通……』
『てか不死身って何?』
チラ見しただけでもバーっと中々見ないで流れるチャット欄。
私は血みどろになったパーカーを「これ直しといて」とリリィにぶん投げる。彼女は「うわ汚いですね」とそれを摘むようにキャッチした。
「戻せるでしょ?」
「ま、戻せますけど。でも帰ってからでいいですか?」
「流石にそこまで急かさないわよ……っていうか、これ終わったら引っ越し先も見つけないとかしら。やること山積みね」
「ええ。ですので出来る限り早く終わらせてください」
「それもそうだけど、せっかくの初配信じゃない。もう少し楽しみたいの」
「その初配信がグロトラップダンジョンなんて、珍しくツキがありませんね?エヴァ様」
「そうかしら?Me Tubeって規制厳しいもの、少しくらいの血は良い刺激でしょ?あーあ、やっぱり最高にツイてるわ、私」
血の滴る指の動作確認をしながら私は言う。
あの串刺しトラップによって刻まれたはずの傷は瞬く間に癒え、その痛みが呼び水となって放出された大量のアドレナリンに、自分でもかなりハイになってきてるのが分かった。
「リリィ、今の私、公共の電波に乗せていい顔してる?」
「さあ、どうでしょうか。少なくとも、私は好きですよ。その目を思いっきり見開いて真っ赤な瞳を輝かせてる、楽しそうなエヴァ様」
「そう。なら良いわ」
リリィの言葉に笑い返し、配信の方にも「無垢な貴方達には、少し刺激が強いかもしれないけれど」と軽く警告する。
そして私は指先の血を舐め取ると、ホットパンツの下、ガーターベルトに付けたケースから1デックのトランプを取り出し、その内の一枚を適当にめくった。
「「スペードのクイーン」……ふふっ、絶好調じゃない」
「今回はどれほど死ぬ予定で?エヴァ様」
「さあ?20くらいじゃないの?」
「だそうです。十分お気を付けを、視聴者の皆様」
『日常生活で聞かない会話すぎる』
『目の前で命の価値が暴落してる』
『単位略せる程度には日常なのかよ』
『死ぬ回数www』
『20回死ぬのに絶好調!?』
『絶好調の意味ネアってこい』
またワッと盛り上がるコメント欄に、思わず私の口角も上がる。
あれとおんなじだ、煮詰まってきたポーカーでオール・インした瞬間にオーディエンスから上がる大歓声。
そんなの、私みたいなタイプがアガらないはずがない。
「瞬きは勧めないわよ」と笑いながら、得物のトランプ片手にダンジョンの奥へと突撃した。
「あっはは!楽しくなってきたわリリィ!私のこと、ちゃんと撮れてるわよね!?」
「ちゃんと撮ってますよ。頭イッちゃってる美少女は皆様お好きみたいですから」
「はぁ!?誰の頭がイってるって、あっ右脚千切れちゃった!」
「ほらイッちゃってるじゃないですか」
「うるさいわね!もう生えたから良いでしょ!」
軋む廃工場に私達の声が響く。
いきなりの串刺しトラップから察した通り、案の定このグロトラップダンジョンは人間お断りの即死ギミックのオンパレード。
仕掛けられたレーザーカッターで身体はズタズタだし、設置されてるガトリングの精度はやたら高くて蜂の巣だし、足場はガンガン崩れるしで、ここに挑んだ冒険者の死体だけで火葬場が回りかねないレベル。
これでまだ魔力核を守るボスモンスも出てきてないんだから、管理委員会の方が「探索非推奨」とかって言ってるのも至極当然だろう。
スピードとテンポ最優先で、対処ガン無視して突き進む度にトラップが私にぶっ刺さる。
トラップが私にぶっ刺さる度にドクドクと血が流れる。
そしてドクドクと血が流れる度に、ドバドバと私の脳を駆ける快楽物質。
初めての配信、初めての痛み、初めてのダンジョン。
その全てが相まり人生の最高到達点を更新し続けていたそのタイミングで、私達は丁度トラップ地帯を抜けたようだった。
『これ危険度9だよな?』
『開始12分で進行率65%で草 RTAか?』
『もしかして:伝説の始まり』
『トランプで鋼線を切るな』
「っあぁ……堪らない……最ッ高……」
「エヴァ様、年頃の少女がしてはいけない表情でマゾヒスティックの余韻に浸っているところ申し訳ありませんが、次の関門のようです」
「あ、もう来てくれるの?あと私Mじゃないわ」
流れる血も癒え、アドレナリンの切れた頭で私は周りを見回した。
すると僅かな影の動きと共に、モーターの滑らかな駆動音が耳に入る。
そしてその姿を見るなり、私は「良い趣味してるじゃない」と思わず口にした。
オーエンテューダー工業地域は最先端の軍事技術が集った、いわば当時の「殺人」の最先端。
言われてみれば、ニードルトラップやらレーザーカッターやら防衛用ガトリングやらは150年前の流行だったはずだと、学院で習った戦争史の記憶が教えてくれた。
そして、あの時代の戦争にはとある「目玉」があったのを、私は知っている。
「綺麗ね。なんて綺麗な悍ましさなのかしら」
「ポエティックですね、エヴァ様」
「そう?これほどまで「殺人」に特化した芸術品なんて、私は初めて見たもの。綺麗なものはどんな形であれ綺麗としか言いようがないじゃない」
「すいません厨二病でしたか。厨二ズムって感じですね」
「誰が音ゲーよ」
軋む多脚の鋭い刃に奔る刃紋には何一つとして同じものは無く、百足のように蠢く長い下半身とは対照的に、上に乗った六臂の上半身は東洋の菩薩像に良く似ている。
その顔には柔らかなアルカイックスマイルを備え、その腕の一対は印相を表し、そして残りの二対は大鎌と一体化し、獲物を狙って揺れていた。1gの爆薬も、1門の銃口も備えない、兵器でありながら効率を度外視し、ただ目の前の敵を丁寧に殺すことだけに特化した戦争芸術。試作型私刑執行機、通称──
「【カインド】……!」
「詳しいですね」
「美術も10だもの、当然よ」
「まだ芸術品って言い張るつもりですか?こんなナンセンスが私の先達だとは……はぁ、気が滅入ります」
「「「敵対Seいめw発見しmAしa!TAdあ今yri殺ぐaIをOKOないmす!」」」
私のことを認識したらしいカインド。漆塗りのような瞳と目が合ったその瞬間、躯体のあちこちに取り付けられたスピーカーからノイズ混じりの、少女のような合成音声の和音が響く。
現在の私の死亡回数は15回。内訳は大体が出血多量によるショック死。
私はいつものように、「幼い主人公を残して死ぬ母親」と揶揄されてばかりのルーズサイドテールに髪をまとめ直した。
案の定、コメント欄でもそう言われていた。
「どうするの、リリィ?貴方も戦う?」
「いえ、遠慮しておきます。この先も配信を続けるならなるべくネタは残しておかないとですから。……あ、エヴァ様、【カインド】のパラメータ出ました」
「表示します」とリリィがその指を鳴らすと、ホログラムのように空中に映し出されるウィンドウ。
そしてそれはカメラの機能によって配信画面にも表示された。
パラメータというのは、100年ほど前にお母様の実家である「ネアルコ社」が開発した、現実において一部の情報を解析、分類、タグ付けし、参照できるようにする技術のこと。
名前とか、種族とか……後設定者が公開を許可しておくと年齢とか誕生日とか……まあ、現実のあらゆるものを同じフォーマットのデータとして管理できるようにした、みたいな感じかしら。
「で、これは……」
『名称:カインド(汚染体)』『製造日:大陸歴2703年11月24日』『種族:機械種』『戦闘能力:超高』『対人危険度:不能』
「『不能』って……リリィ、これどれくらい強いの?」
「まあ避難勧告は出ますね。軍で言うとギリギリ小隊でしょうか。いえ、ギリギリ小隊でも対処出来るという意味です」
「めちゃくちゃヤバいじゃない」
「まあ危険度9ですからね。ほら──」
リリィは、静かに私の後ろを指差した。
「──簡単に死ねますよ」
「……え?」
私は目線を落とした。
ほぼ絶壁と言っていい胸を、ノースリーブのカッターシャツごと貫く2つの鎌先。
それはまるで開き過ぎたハサミのように、私の身体を裂き始める。
そしてその双刃が私の身体を突き抜けると同時に、カインドは満足げに動きを止めた。
的確に心臓をブチ抜き、その上で鎌刃が左右からそれを両断する、そんなことをされたら大体の生物は死ぬし、まあ人間も死ぬだろう。
でもそれは──
「ターゲットが人間」という前提、でしょう?」
「「「もku標を達seいしmAした。活d」」」
「そうよね!!」
撤退アナウンスを遮り、指に挟んだ「スペードの3」がカインドの腕を斬り落とす。
私を貫いたが故に血液がベッタリとついた鎌は酷く腐食してなまくら以下の錆び付いた鉄塊に成り果て、それどころか私の血によるダメージは内部まで侵食していた。
そして、切られても切られた端から塞がってく傷一つない身体と私の反撃を確認し、再びカインドの漆塗りの瞳が私に向く。
「あーあ、またアガってきちゃった」
「「「tEKい対Sえい命no反抗を確ninしMaした!再度Saつ害をおKoないまsU!」」」
「ええ、良いわよ、胸を貸してあげる」
「貸すほどありませんけどね」
「雰囲気秒で壊さないでくれるかしら?」
「締まらないじゃない」と距離を取り直した私は先程のスペードの3を戻し、オーバーハンドでデックを切る。
視聴者はいつの間にか500人を越し、『不死身がロクなもんじゃないと教えてくれる配信』『死にたがりギャン中で草生える』『グロいだけで死なないの分かってるから安心して見れる』と褒めてるのか褒めてないのかは分からないけど、チャット欄もチラ見じゃ追い切れないくらいの盛り上がりを見せていた。
「来ますよ、エヴァ様」
「ええ、分かってる」
「「「satugaisAtugaISATUGAISあTうGあいさつがい殺害!!」」」
そして10m程の駆体を蠢かせて突っ込んでくるカインドを前に、私はデックから2枚のカードを引く。
捲れたのは「クラブのジャック」、そして「クラブのエース」。
やっぱり、今日のツキは私にある。
そして私は腕に軽く力と魔力を込め、2枚をカインドに向けて放り投げた。
「召し上がれ。私の【ブラックジャック】」
放たれたカードは水平を保ってカインドへ飛んでいった。
そして私の魔力によって強化されたそれらはいとも容易く、まるで回転ノコのように上半身と下半身を切り離し、ムカデのような下半身をバゲットサンドの如く上下に切り離す。
「「「失p」」」
そんな遺言のようなアナウンスの途切れと共に、カインドは活動限界を迎えて溶解した。
『おめ』
『おつ』
『おめ』
『おつエヴァ』
「良いじゃない、それ採用するわ。というかリリィ、こういうのって剥ぎ取りみたいなのあるんじゃないの?」
「あー、多分エヴァ様の血でボロボロになったせいで残りませんでしたね。その血の定めです」
「それが物理的な意味で使われてるの初めて見たのだけど」
「では、あとあれを回収したらおしまいです」
そう言ってリリィはカインドの溶解した跡に残った、手のひらサイズのエンジンのようなものを指差した。
それを拾い上げ、「なにこれ?」とスマホカメラに収めてみると【魔力核(機械)】と名前が出てくる。これが件の魔力核という奴らしい。
「で、これを持って帰れば良いの?」
『それの写真を撮って管理委員会に送った後に3日以内にギルドに提出することでダンジョンをクリアしたことになりますよ』
「そうなの?感謝するわ。じゃあ、これで配信終了かしら」
「あ、エヴァ様。恒例のアレ忘れてます」
「アレ?……ああ、アレね」
そして私は血を拭い、シャツを整え直してから改めてカメラドローンの方を向いた。
「それじゃあ、これで私の初配信はおしまい。見てくれた貴方達、おつエヴァ〜」




