【メイド】2枠目【回顧録】
エヴァ・ブランドフォード。
それが私、リリィのお仕えする主人の名です。
名門ブランドフォード家の現当主にして、軍人上がりながら若くして国の交通を司る【国土卿】を務めるエアハルト・ブランドフォードと、現代社会において多大な影響をもたらした【パラメータ】技術を開発した巨大プラットフォーム企業【ネアルコ社】の令嬢であり、自身も優秀な研究者であったミナ・ファロスの、両家と社交界を巻き込んだ大恋愛の末に、彼女は生を受けました。
エヴァ様の人生を一言で表すのなら「順風満帆」以上のものはないでしょう。
齢10足らずでヒステリック体罰女教師に拳を以て対抗し見事判定勝ち、12の頃には国内の私学最高峰である私立エネイブル魔導学院高等学校に首席合格。
そしてその後も500年以上に及ぶ学院の歴史上で9人目となる合計三学年飛び級や、国際人工言語オリンピックにて史上最年少での金賞に輝くなどその才能は留まることを知らず、悔しいことに「社交界の華」と讃えられる程度には容姿も端麗。
その存在は万人の思い描く才色兼備そのものと言って差し支えありません。
その残念な中身と、ギャンブル中毒にさえ目を瞑れば、ではありますが。
「エヴァ様、お待ちかねのいちご氷ですよ」
「あら、想像以上に良さげじゃない」
そして先ほどミルリーフ州庁を離れ、現在地は高速道路のアラジサービスエリア。
そのフードコートでエヴァ様は今、人生始めてのライブ配信の準備に励んでいました。
「えっと、カメラにマイクに……リリィ、機材ってこんなものかしら?」
「そんなものだと思いますよ。そういえば、免許の方は大丈夫ですか?」
「完璧よ。ほら」
そう言ってエヴァ様は「ほめてほめて」と言わんばかりのドヤ顔で、めちゃくちゃ自慢げに免許証を見せつけてきます。
正式名称を「特殊汚染域立入許可証」とも言うそれは等級によって入れる危険度が変わるのですが、エヴァ様が今見せつけてきているのは当然の如く一番上の甲種許可証。
「小癪ですね」と思わず呟くと「ここ普通褒めパートじゃないかしら?」と飛んでくる訴え。
仕方ない、と私はエヴァ様の頭に手を伸ばしました。
「えらいえらーい」
「要求しといてあれなのだけど、褒めというよりあしらいじゃない?それ」
「あっ、すいません。機械人形なので人間というものは良くわからなくて」
「便利な言い訳ね本当。「私はロボットじゃありません」にはチェック入れる癖に」
「ロボットではありませんからね」
「カスの論理武装止めてくれるかしら」
「ま、褒めゲージは溜まったから良いわ」とカメラやらの設定を確認するエヴァ様。
溜まるんですね、それで。
そして彼女はごちゃごちゃと色々弄った末に「出来たわ!」と嬉しそうに顔を上げました。
「ねぇリリィ、これで大丈夫よね?」
「ま、いいんじゃないですか?後はどこで配信やるかですけど……」
「そこ安心して。なんかヤバそうな未探索ダンジョンあるらしいから予約しといたの。甲種登録したら一発だったわ」
「まあゴールド免許みたいなものですしね」
「取り敢えず場所教えてください」と言うと、エヴァ様は私のスマートフォンに位置情報を共有してきました。
この先のオーエンテューダー廃工業地域の一角に、件のダンジョンは出現したそうです。
一通りの出発準備を終えた私は愛車の魔導炉接続式1200CCに跨がり、エヴァ様も私の後ろに跨がりました。
「リリィ、ダンジョンまでどれくらいで着くの?」
「まあ……ここからだと2時間はかからないでしょうか」
「……ねえ、道交法無視とか」
「しません」
そして私達はいつものように「どうせ死なないから」とヘルメットの存在を無視したまま、ダンジョンに向けて出発しました。
◇◇◇
オーエンテューダー工業地域は、かつては軍需工場が集まる、国内でも有数の工業地域でした。
ですが、150年前の【サンジョヴィート岩礁戦争】の終結により、国内外に長い平穏が訪れた結果軍需産業そのものが縮小、多くの工場機能が外部へ移転され、オーエンテューダー工業地域も閉鎖を余儀なくされたのです。
そして私達は現在、朽ち、ヒビ割れ、草木の張ったアスファルト、いわゆる「ポストアポカリプス」のような産業道路を走っていました。
「リリィ、もうすぐじゃないかしら?ダンジョンまで」
「ええ、そうですね。そろそろ見えてきてもおかしくありませんが……」
そう言いかけたところで、不自然に歯車の軋む音、スチームパンクなサウンドを奏でる廃工場が目に入ります。
「あれじゃないですか?」と問いかけると、エヴァ様は目を輝かせて「それよそれ!」と指差しました。
「管理委員会の資料にも「湧き出た魔力によって工場の設備が汚染され、不自然な機械の稼動が確認できる」ってあるもの!間違いなくそこよ!」
「じゃあもう少し飛ばしましょうか」
そもそも【ダンジョン】というのは未来不特定性、つまり「曖昧さ」をエネルギー源とする【魔力】によって汚染された領域のこと。
その中には外部と隔離された極めて広大な空間が広がり、現実とは異なる環境、トラップなどの仕掛けやモンスターなどが生成され、また内部の挙動が現実そのものにまで影響を与えることもそう珍しいことではありません。
そして、その汚染の拡大を止めるにはダンジョンの形成の中心となっている【魔力核】を回収しなければならず、それを国のダンジョン管理委員会が直轄する各地の【ギルド】に提出することで、晴れて「攻略した」と認められ、ギルドから報酬金などを受け取ることが出来るのです。
そのようにして報酬金を稼いだり、あるいはモンスターの素材などを集めて生計を立てる人々は、古くから【冒険者】などと呼ばれるのだとか。
そして廃工場の前までやってくると、そこにはダンジョンを封鎖するためにギルドが簡易的に設置した【ゲート】がありました。
無論、その入り口は電子ロックによって固く閉ざされています。
「リリィ、この程度ならどうにかこじ開けられそうじゃない?」
「まあエヴァ様くらいの化け物ならどうにか出来るかもしれませんが、それ以上に「ゲートを設置してる」ということが重要なんです。そうすればギルドは何かが起きても「施錠してた」と言い張れますから」
「大人の事情なのね」
そんなことを言いながらエヴァ様はゲートのセンサー部分にスマートフォンをかざしました。
するとゲートのモニターにエヴァ様と私の顔写真、それと免許更新の際にギルドの方に登録された個人情報が表示されます。
そして私達がそれぞれ「確認しました」とタッチパネルに表示されたボタンを押すと、暫くのロード時間の後に、ゲートの施錠が解かれました。
「「内部確定度:0%」「危険度:9/10(探索非推奨)」……エヴァ様こんなの初回で行くものじゃなくないですか?」
「てなわけで、初配信始めましょうか」
「話を聞いてくださいエヴァ様」
既に起動された配信用カメラドローンに向けてエヴァ様はダブルピースし、私にもカメラを見るよう促します。
既にチャット欄も『マジの美人で草』『初配信乙です』『頑張って!』『wktk』など決して多くはありませんが、それでも素人の初配信にしてはかなり多いであろう50人弱が集まっています。
どうしてなんだろう、と確認してみると、どうやらエヴァ様はサムネに私とのツーショットを設定したようでした。
まあ顔だけは良いですからね、エヴァ様。
「じゃ、行くわよリリィ」
「かしこまりました」
そのようにして、私達がダンジョンに足を踏み入れた、次の瞬間でした。
「あっ」
「エヴァ様?」
情けない声とともに、エヴァ様の体が必要以上に踏み込まれました。
床が下がったのが分かりました。
どうやらエヴァ様の重量を検知して何らかの罠が作動したようです。
いえ、あまりに一瞬の出来事でしたから、何の罠かなぁ、と考えるくらいしか出来ませんでした。
そして次の瞬間、一度瞬きをして目を開けると、そこには四方八方から機械仕掛けの鋭い棘で串刺しにされたエヴァ様の姿がありました。
どくっ、どくっ、と血が溢れ出し、その棘を伝って滴ります。
しかし、さらにその次の瞬間。
「……ったいじゃない!何するのよ!?」
エヴァ様はその腕を振り払い、その棘を薙ぎました。
その血液によって強烈に朽ちた鋼鉄の破片が、辺りにバラバラと散らばります。
そのまま「このパーカー気に入ってたのに!」とボロボロになった服を見て嘆くエヴァ様。
そして困惑に包まれるチャット欄に向け、私は一言添えました。
「ご安心ください。エヴァ様は不死身ですので」




