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【メイド】9枠目【本性露わに暴れよう】

 現在時刻は15時過ぎ。


 配信開始からはおよそ1時間が経過したところ。


 私とミーヤが強化合金製の盾を組み合わせた簡易要塞の後ろで軽く実況しながらお茶をしている中、エヴァ様はナイフ1本で死闘を繰り広げていました。



「もう何よこいつ!!殴っても斬っても刺してもノーダメじゃない!!死んでも死なないとか生物として欠陥品なんじゃないの!!?」


『おまいう』

『おまいう』

『おま』

『どの口で言ってんだよ』

『どっちかというとお前の方が不死の恩恵デカいだろ』

『おまいう』

『お前もう10回は死んでるからな』

『おいたった今1回増えたぞ』



 ああ、なんという特大ブーメランでしょうか。


 いえ、ブーメランなんてレベルの物ではありません。


 もはや自傷行為、大胆不敵なリストカット、逆位置の吊るされた男、全弾装填のニアークティックルーレット。


 肉体的にも精神的にも自らをボロきれのように扱いながら瞳を爛々と輝かせているその姿はまさしく理外、狂瀾怒濤と称しても何ら差し支えはないでしょう。


 私がそんなことを考えている間にも、エヴァ様はあまりにも激しい千日手に勤しんでいました。


 重量にすれば1000倍では済まない体格差の相手に対し、彼女が選んだのは後の先、すなわちカウンター。


 四肢、いえ、メインウェポンの鼻も含めて実質五肢から繰り出される憎悪と殺意に溢れた連撃に対して、エヴァ様はそれをスレスレで躱しつつ攻撃部位を削ぎ落とすという中々器用な真似で対抗していました。


 授業で合気道的なものをやっていただけで、ロクな心得も無いくせに初見のナイフ一本でここまで対抗してしまうというのは、非常に悔しいことではありますが、やはり天才と称さざるを得ません。


 もちろん、ミスって死んでもノーダメというイカれたアドバンテージはありますが。



「ほんとに強化幅どうなってんのよ!?速いし強いし硬いし最悪も最悪じゃない!!そろそろ視聴者もダレてきてるって!!」


『いや全然』

『安全な死ってこんなに面白いんだな』

『ちなみに前回の難易度9は内部確定度0%っていうの込みだから内部確定度100%で8の今回の方が強いよ』

『息子寝かし付けながら見てます』


「最悪な英才教育じゃない!!」


『その自覚あるんだ』

『自認が美少女>人外>人間なのすき』


「というかそうよ!!美少女ってもっとチヤホヤ」


「ヴァォォォンッッ!!」


「され──っっ!!?」



 草生える……ではなく、ああ、哀れなエヴァ様。


 どうやらコメント欄に集中してしまった結果、スノーフォールの渾身の一撃をまともに食らってしまったみたいです。


 圧倒的筋肉の塊に氷塊を纏わせたその鼻による一撃は言わば魔改造された巨大重機の突撃のようなもの。


 この質量差に抵抗する術は流石のエヴァ様にも無かったようで、頑張って抵抗していた細っこい身体は容赦無く銀世界に叩きつけられていました。



「エヴァ様、大丈夫ですか?」


「大丈夫に決まってるでしょ」


「いえ服の話です」


「そりゃそうよね」


『R-18を恐れる割にR-18Gを恐れなすぎだろ』

『というか受付嬢は?』


「あ、余韻に浸ってます」


『もう終わりだ猫の新キャラ』

『類は友を呼ぶ過ぎる』



 再び吹雪き始めた空の下、「クッソ、しくじったわね……」なんて呟きながら身体を起こすエヴァ様。


 相変わらずの生命力、と少し感心しながらもその光景を眺めていると、彼女は何かに気がついたらしく、「あ」と小さく声を漏らしました。



「……ねえリリィ、ナイフもう一本出せたりする?」


「あ、もしかして……」


「刺さっちゃった、ナイフ」



 「ほら」とエヴァ様がシャツを捲ると、「内臓入ってます?」と聞きたくなるウエスト51と、その肝臓側に深く突き刺さった剥ぎ取り用ナイフが露わになりました。



「うわもうメロ過ぎ……」


『ほんと見境無いなこいつ』

『化けの皮剥がれてますよ』

『道徳と倫理観と引き換えに得た顔と身体』

『乳が重い代わりに頭が軽い女』



 隣のリョナラーは置いといて、こんな死に方から始まる漫画があってもおかしくないくらいの見事な一撃必殺ポイントにブッ刺さっています。


 これが人間だったらまず諦めた後「愛してる」なんて伝えるところでしょうが、今回の被害者はあのエヴァ・グリーンデザート、心配するべきはナイフの方。


 エヴァ様がそれを抜こうと柄に触れると、そこまで一瞬で侵食したのか、柄ごと跡形も無く崩れ去り、ドクドクと血を漏らしていた傷口も何事も無かったかのような顔をして塞がっていました。


 マジでなんなんですかね、これ。



「ねえ、もう一本ちょうだい。駄目?」


「……もう素手で良くないですか?」


「だって武器持ってる方が映えるじゃない」


「エヴァ様なら武器無しでも余裕ですよ。そもそもが生体兵器みたいなもんですし」


「でも疲れちゃうし」


「1時間ほぼ肉弾戦でしたよね」


「私末端冷え性だし」


「真冬に暖房も付けず下着だけで冷凍ゼリー食べまくってますよね」


「……はあ、仕方ないわね」



 一体どうして「自分が譲歩してやった」みたいな面をしているのでしょうか。


 まあそんなことには目を瞑り、私は時計を再確認しました。


 15時15分ですから……まあ、25分、いえ、20分には余裕で終わるでしょうか。


 だって、武器という枷を外すのですから。



「こうなった以上、とびっきりに面白いのを見せてあげる」



 愛用のパーカー、ハイブランドのパンプス、白無地のニーハイソックス、ケース付きのガーターベルト、それらを脱ぎ捨てると、エヴァ様は長い舌で口周りに付いた雪を拭い、ネクタイを緩め、そして投げ捨てました。


膝上10センチのミニスカート、裾もしまわないノースリーブのカッターシャツ、後は下着だけという寒さを舐め腐ったファッションにスノーフォールも御立腹の様子。



「ヴァォォォンンッッッ!!!」



 その怒りに呼応して再び荒れ始める空。


 猛々しい咆哮とともに振り下ろされる、隕石の如き氷塊の巨鎚。


 それに怯むでも立ち向かうでもなく、自然体のまま不敵な笑みを浮かべているエヴァ様。


 その、次の瞬間でした。



『は?』

『冗談だろ』

『???』

『?!』

『何?』


「あ、あぁ……っ!」


「はぁ、相変わらず、ですね」



 大きく揺らぐスノーフォールの巨体。


 鼻に奔った真っ赤な亀裂。


 振り抜かれた右手。


 高らかな笑い声。



「あっは!やっと手応え出てきたわ!」



 ええ、こればっかりは主人の偉業を認めざるを得ません。


 紛れもない事実として、エヴァ様は平手打ち一つで、あの一撃を迎え撃ったのです。


 赤く染まり、鮮血をしとしとと滴らせる手先足先。


 纏めていたゴムが外れ、吹雪の中にに得意気になびく長い金髪。


 心底楽しそうに煌めく、最上の紅玉のような瞳。


 どうやら、本日は絶好調のご様子です。



「ヴゥ゙……」


「あら、怖気付いたの?なら──」


「──!ヴァ──」


「もう閉幕ね!!」



 よろけたスノーフォールの眼前まで飛び上がり、エヴァ様が繰り出したのはドロップキック。


 その直撃とともに両足に纏っていた血はミルククラウンのように広がり、真正面からそれを受け止めてしまった巨象は大きくよろめき、後方へと下げられました。


 そして平手打ちを食らった鼻や、ドロップキックの直撃した脳天からじわじわと赤い血が拡大、侵食していくその様子を見て、「あっはは!顔色悪いわよ!」とテンション高く笑い声を上げるエヴァ様。


 それと対照的に、スノーフォールは唸り声を上げながらも静かに彼女を睨みつけ、じっと何かを待っているようでした。



「あら、困惑してるの?言っとくけど、どれだけ待っても無駄。もう貴女の身体は戻らないわよ!」



 基本的にエヴァ様は出血量が多いとテンションが上がります。


 そしてそれは出血量の絶対値にのみ比例し、それ以外の要素は一切関係しません。


 要はリスカドーピングです。


 最悪な横文字の並びですね。


 そんな自傷行為でテンション爆上げ中のエヴァ様は勢いに任せてスノーフォールに突撃を敢行。


 もはや勝負の流れは絶対的にエヴァ様に傾き切っていました。



『これもう人類には早すぎる動画だろ』

『現実で自傷アタッカーするな』

『紛争?』

『もう強いことしか分からん』

『何の何の何!?』



 気がつけば視聴者も登録者も収益化のラインを軽く飛び越し、5桁の大台を優に突破しています。


 しかし視聴者の皆様も血塗れの少女が理不尽に暴れ回る様子に困惑が隠せない様子。


 そんな皆様のため、私は即席でこんな資料を用意し、配信にもう一つウィンドウを追加しました。



◇◇◇



「ゆっくりリィです」


「ゆっくりーンデザートだぜ」


「ねえ、エヴァ様が急に血塗れになったかと思えば急に超強化されたんだけど、あれは何が起きてるの?」


「良い質問だぜ。あれは【出血過剰オーバーフロー】と言って、エヴァ様の体質が深く関わってるんだ」


「【出血過剰オーバーフロー】?随分アレな名前を付けたものね」


「まあ本人が3年前に付けた名前だからな。恥ずかしいのか、エヴァ様自身もそう呼ぶことはほとんど無いぜ」


「それは滑稽な話ね。それで、どうしてエヴァ様は血塗れになると超強化されるの?」


「それには「エヴァ様が重度のマゾヒストだから」という説と「強制的に血液中のエネルギーを取り出しているから」という説があるんだ。私は前者だと思ってるが、今日は後者について解説していくぜ」


「よろしくお願いするわ」


「まず、エヴァ様に限らず人の血液というものは魔力などを始めとする生命エネルギーを運んでいるのは知ってるな?」


「ええ。心臓は血液を送り出す器官であると同時に魔力を生み出す代表的な器官でもあるものね」


「ああ。だが、人という生物の使えるエネルギーには限度がある。身体が1日に生み出せる血液や魔力には限度があるからな」


「待って、理解出来たわ。エヴァ様は不死身だからその限度が存在しないのね。血液は無限に生み出せるし、心臓もリセットすれば魔力を生み出し放題だわ」


「そういうことだ。血塗れになってるのは用済みになった血を手足から排出してるからだな。しかも排出した血液は他の物体に対して拒絶反応を起こして侵食するという厄介な性質まで併せ持っているんだぜ」


「それはとんでもないわね。しかも本来は痛みが伴うはずの大量出血でもエヴァ様はとても楽しそうだから、そこも弱点にならないのは少しズルい気がするわ」


「そう考えるとやはり超強化の理由は「エヴァ様が重度のマゾヒストだから」という説が濃厚だな」



◇◇◇



『なにこれ』

『なんだこれは!?(なんなんだこれは!?)』

『大体わかったけど意味わからん』

『まとめてエロい人!』

『無制限バフ+攻撃時スリップダメージ追加』

『おお』

『たすかる』

『ありがとうエロい人!』


「いや何バラしてくれてんのよ!!【出血過剰オーバーフロー】とか言っちゃったの未だに後悔してるんだから!!」


「他にもありましたよね。【排血汚染オーバードーズ】とか【脈動加速オーバードライブ】とか──」


「あああああ!!知らない知らない知らない!!なんでそんなの掘り返してくるの!!?私知らないから!!」


「お年頃だ〜」


「【汚染爆発オーバーライド】」


「ああもう!!うるさいうるさいうるさい!!」


『草』

『顔真っ赤で草』

『かわいい』

『エヴァ様厨二病拗らせてて草』

『でも俺らだって10代で血液操れる能力とかあったら拗らせるだろ』

『たしかに』

『なら仕方ないか……』


「貴方達も何勝手に嗤って勝手に憐れんでるの!!?私悪くないのに!!」



 そんなに過去の自分のネーミングセンスが恥ずかしいのか、攻撃の手を止めてまで顔を真っ赤にするエヴァ様。


 いや何を目まで潤ませているんでしょうか。


 そして彼女はうっすら涙を湛えた真っ赤な瞳に羞恥やらイライラやらのありったけの感情を詰め込み、渾然たる視線をスノーフォールへと向けました。



「……っ!!ああもう!!貴女には!!悪いのだけれど!!全部貴女のせいにすることにするわ!!」



 それはもう理不尽な八つ当たり宣言と共に放たれる、思わず身震いしてしまうほどの敵意。


 手足から溢れる血液もその感情に呼応して熱を帯び、じゅわっ、じゅわっと周囲の雪を昇華させていました。


 しかし、対するスノーフォールも諦めには至っていない様子。


 叩き込まれたエヴァ様の連撃によって赤いヒビ割れは全身へと分布し、徹底的にその身体の回復を阻害していますが、窮鼠猫を噛むとも言う通り、追い込まれてなお放たれる殺気、人間に対する敵意は先程以上に鋭く、エヴァ・グリーンデザートという人のようなナニカに向けられています。


 そしてピリつく空気の中、エヴァ様は口を開きました。



「……待って、まだ恥ずかしいからもうちょっとだけ待ってもらえないかしら……!!」


「あちゃ〜」


「まあお年頃なネーミングセンスでしたからね」



 私とミーヤはシールドの裏に隠れながら、ポップコーンとコーラをお供にその光景を見守っていました。



『いや余裕すぎだろ』

『実況解説席?』

『二人も戦えばもっと早く勝てるのに……』

『今ロボット通った?』


「いつかはそうなるでしょうが、今はまだエヴァ様のターンですから。サボっていてもどうにかなる、メイドとは楽な商売です」


『どっかで聞いたことある』

『元ネタよりだいぶ酷い』

『時代が時代なら物理的に首飛んでるだろこいつ』


「あ、私は〜……見てるだけじゃ我慢できなくなったら、ですかね〜」


『もう終わりだ猫の受付嬢』

『エヴァ様を楽しみすぎてるだろ』

『この配信で一番自由なやつが性癖王だ!!!』

『未来の性癖王いるな』


「リリィ!!カメラ回して!!」



 そんなコメント達とやり取りしていると、ようやく準備が出来たらしいエヴァ様が叫びました。


 相変わらずの薄いメイクですが、その目元には涙を拭った後が。


 そんなに恥ずかしかったんですね、エヴァ様。


 いえ、そんなことは置いておいて、カメラドローンがフォーカスした瞬間、彼女は勢いよく駆け出しました。



「ヴァァオオオォォォンンッッッ!!!!」


「ええ、たけなわよ!!」



 今日一番の咆哮を上げてエヴァ様を迎え撃つスノーフォール。


 しかし彼女はそんなものは物ともせずに巨象目掛けて全力疾走します。


 ただでさえ常人離れした身体能力は【出血過剰】によって爆発的に強化され、そのスピードは手足からの排血が残像のように空中に軌跡を残すほどに。



「誇りなさい、スノーフォール!!」



 そこから繰り出される、捉えようが無いほどの速度を伴った全方位飽和攻撃。


 エヴァ様の排血、あるいはスノーフォール自身の血が吹き出し、その巨体が真っ赤な球体に包まれていきます。


 すでに神経系まで侵食が拡大しているのか、その動きは極めて鈍く、もはや抵抗の余地はありません。



「だって、私がこんな手を使うのは──」



 そして完全に巨象を球体が飲み込み、雪に降り立ったエヴァ様は高らかに指を鳴らしたその瞬間。



「──久々なんだから!!」


「──────!!!」



 赤い球体が、割れた水風船のように弾けました。



「……起こされて災難だったわね、スノーフォール」


「あ、ちなみに今のが【汚染爆発オーバーライド】です」


「……、〜〜っ!!今いい感じに締めたじゃない!!」



 情けない声が、主を失った雪山に木霊するとともに計測終了。


 タイムは4分17秒でした。



『やば』

『!?!?』

『流石にかっけえ』

『これは厨二病もやむなし』

『おお』

『今のかっこよすぎ!!!』

『これは【汚染爆発オーバーライド】ですわ』


「そこ!これ以上は手が出るわよ!」


「画面殴ってどうするんですか」



 そう言われて、小っ恥ずかしそうにしながらため息を吐くエヴァ様。


 晴れ渡った空、真っ赤に染まった雪原、溶けて消えた巨象。


 随分とスッキリした空気の中、彼女は湖みたいな血溜まりの中から結晶状の、継ぎ接ぎみたいになった大きな心臓を拾い上げました。



「これが今回の魔力核かしら」


「まあ十中八九」


「それじゃ、これにてミッションコンプリート。そうよね?」


「はい!お疲れ様です、エヴァさん!……ふふっ、良いもの見たなぁ……♡」


『※年頃の少女が血まみれになっていたことに対する発言です』

『コミュニティノート付いてて草』

『そんなんで頬を赤らめないでほしい』


「貴方達も、ここまで見てくれて感謝するわ。次の配信でも貴方達に会えること、楽しみにしてるから」


「エヴァ様エヴァ様、締めのアレ、忘れてますよ」


「大丈夫、忘れてないわよ。……それじゃあ貴方達、おつエヴァ〜」

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