【お嬢様】1枠目【勘当】
「ねぇリリィ〜!!お父様に勘当されたぁ〜!!」
「はぁ」
「今度は何やらかしたんですか」と、ため息混じりに言うリリィ。その抑揚は物理的に激しく揺さぶっても全く揺らごうともしない。
とはいえ今この感情を受け止めてくれるのはリリィしかいないので私は彼女を揺さぶり続ける。
「まあ十中百ギャンブルでしょうが」
「違うの!!ちょっと拉致られた先の表に出来ないカジノで表に出来ない人達と揉めただけなの!!私は悪くないの!!」
「ほらギャンブルじゃないですか。それで、今回はいくら勝ったんですか?」
「……外車1台分」
「数千万の汚い金を表に出来ない人達から奪ってくる総領娘は勘当されても仕方ないのでは?」
「やめてリリィ。今貴方の主人であるエヴァ・ブランドフォードはとても傷付いているの。正論はいつの時代でも毒以上にはならないわ」
「それが正論だという認識がギャン中のエヴァ様にあったことが驚きですね」
「というか私被害者よ?良家のお嬢様狙った重犯罪の。もう少し労ってくれない?」
「いつの時代も被害者という身分を盾にする奴はカスです」
そう言って再び深いため息を吐くリリィに返す言葉も無く、私は揺さぶる手を止めてぎゅっと拳を握る。
「でもマネロンは済ませたし……!」と反論を試みるも、「それが何なんですか」と一刀両断。
私は「ぐぬぬ……」と情けないうめき声を漏らした。
「というかリリィ!貴方は私を慰めたいのか貶したいのかどっちなの!?」
「逆にどこをどうやったら私がエヴァ様を慰める必要が出てくるんですか?」
「貴方本当に私のメイドよね!?17年間私のお世話してるのよね!?」
「まあ残念ながら」
「残念ながら!!?」
「それとエヴァ様、もう勘当されたのなら「ブランドフォード」は名乗れないのでは?」
「……あ」
その事実に気が付き、私は本気で頭を抱える。
生まれてこの方17年、200年以上続く名門【ブランドフォード家】の総領娘として育てられてきた私だったが、家を出るということはその暮らしを捨てるということ。
勘当の意味を実感してきた頭が端っこの方から冷えていく。
うーん、流石に困る、とどうにかしてヌルチョロギャンブル生活を続ける術を思索していたところで、私の頭の中に妙案が浮かんだ。
「ねぇリリィ。貴方って強いわよね?」
「まあ、戦争を終結させられる程度には」
「私って見た目良いわよね?」
「まあ、社交界の華と呼ばれる程度には。見た目だけは」
「なら私達、ダンジョン配信で一発当てれるんじゃないかしら」
「えっ、エヴァ様ギャンブルじゃ飽き足らず酒にも手を出したんですか?」
「素面なのだけど」
「じゃあ精神科探しますね」と検索しようとしたリリィの手をペシッと叩くと、彼女のスマホがカーペットに落下する。
そして彼女は私の顔を見るなり「はぁ」と、今度は少し優しいため息を吐いた。
「珍しいですね。エヴァ様がギャンブル以外でそんなに楽しそうな顔するの」
「ダンジョン配信なんてレッドオーシャンで生きてこうなんて、実質ギャンブルじゃない。最高だわ」
「……仕方ありません」
「私も、退職願を出すことにします」とリリィは笑った。
◇◇◇
「名字は……」
「ありません。勘当されたので」
「住所は……」
「ありません。勘当されたので」
「収入は……」
「ありません。勘当されたので」
「保護者は……」
「いません。勘当されたので」
「……って何勝手に答えてくれてるのよリリィ!!」
先程の州庁の受付でのやり取りを思い出し、私は思わず頭に被っていたベレー帽を地面に叩きつける。
「匿名メイドにでもなろうとしたわけ!?何第一印象の最小値引いてくれてるのよ!!」
「いや嘘吐いちゃダメに決まってるじゃないですか。エヴァ様ロボット三原則知らないんですか?」
「何百年前の話よそれ!?もっと伝え方とかあるじゃない伝え方とか!!チッ……まさかここに来ていきなり勘当のデメリットが来るなんて……」
お父様から勘当されて数時間、私はダンジョン配信に必須の資格である【特定危険領域等立入免許】を学院高校以来数年ぶりに更新するべく、このミルリーフ州の州庁を訪れていた。
しかしそこで発覚したのは、現状の身分やら何やらでは更新が不可能という事実。受付でもらった幾つかの必須書類で顔を扇ぎながら私は打開策について思考を巡らせる。
「……ねえリリィ、そういえば貴女本名ってどっちなの?」
「「改造型敵対生命私刑執行機」の方ですけど。私の正式名称ですし」
「そう。なら「リリィ」として私と一緒に籍入れて」
「え……」
「何よその顔は!?そういう意味じゃなくて、私の保護者として戸籍登録してほしいってこと!!」
「ああ、そういうことでしたか」
「てっきりエヴァ様が私のことを性的な目で見ていたのかと……」とホッと一息つきながら言うリリィ。
「とてもメイドの態度じゃないわね」と苦言を呈するも、「だって退職願受理されましたし」と詭弁によって軽く受け流された。
正確に言えば、彼女はお母様が創った戦闘用の機械人形【|改良型敵対生命私刑執行機《Remodeling-Enemy-Lyncher》】、略して【Re-E-Ly】みたいなことをお母さまが言っていたのだけれど、お母様がリリィに対して愛着が湧いたとのことで急遽生まれたばかりの私の専属メイドとして配属されたという過去がある。
そのためメイドでありながら私の姉っぽい一面もあったりした。
いや、今はそんなことを気にしてる場合じゃなくて、さっさと準備を整えて配信にオールインしないと。
正直全てを失いかねないギャンブルって想像するだけでアドレナリンがドバドバ出て堪んない。もしそれで勝とうものなら……。
「相変わらずキモいこと考えてますねエヴァ様」
「地の文読まないでくれるかしら?」
「いや明らかに三大欲求がギャンブル一強に置換されてるじゃないですか。そりゃ旦那様だってエヴァ様に孫望みませんよ」
「それは言わないでリリィ。私もそこそこ気にしてたんだから」
「過去形じゃないですか」
「……いやうっさいわね!!いいでしょマリーがなんとかするわよ!!」
「妹に頼り切りとは……勘当されるのも仕方ありませんね」
「貴方仮にも私のためについてきてくれたのよね!?」
「まあ残念ながら」
「天丼よそれ!!……ま、別に来てくれたんだからそれで良いわ」
「これで保護者はクリアね」と呟きながら、私は保護者欄に「リリィ」と書き込む。次の課題は収入だが……
「エヴァ様今無職ですよね?」
「失礼ね。ギャンブラーよギャンブラー」
「無職未満じゃないですか」
「ギャンブラー馬鹿にしないでくれる!?日々鉄火場に身を置く崇高なお仕事なのだけれど!?」
「そんなキッショい思考で自己正当化しようとするのエヴァ様くらいですよ。そもそも安定収入を聞きたいのに、その対極みたいなこと書かれても役所が困るだけです」
「ぐぬぬ……良いわよ、最悪マネーパワーで黙らせるから」
「エヴァ様お金あるんですか?勘当されたばっかなのに」
そう首を傾げたリリィに、私はスマホの電源を入れてネットバンキングの口座画面を見せる。
リリィはスクロールしたりしてしばらく眺めた後に「うわぁ……」と声を漏らした。
「キャリーオーバーの宝くじですか?これ全部汚い金とか……うわぁ……」
「失礼なこと言わないでくれる!?1割くらいは綺麗な……って、全部綺麗なお金よ!今は!!」
「はいはい分かりました」
「まあ、これだけあれば札束でブン殴れるでしょう」とリリィは私の手元から書類とボールペンを抜き取り、軽やかな筆跡で「収入:0円」「備考:金融資産多数」と書き込んでいく。
これで残った空欄は住所と、名前のところの名字だけ。
「面倒なのが残りましたね」
「ええ。だから少しモラルを捨てるわ」
「闇カジノ常連にそんなのあったんですか」
「そもそも闇じゃないし、表に出来ないのはあれが初だし、あれはギャン中の金を奪ってるだけだし、私はちゃーんとモラリストよ。道徳常に10だったし」
「ちなみにどうやって点取りました?」
「大人が喜びそうなことを書いたわ」
「生粋の悪の発言ですね」
「って、そんなことは良いのよ」と私はくるっとペンを回し、記憶にある適当な住所をガリガリっと書き込んだ。
「えっどこですかここ」
「お父様の知り合いが持ってた別荘。確か遺産相続で揉めた結果誰も手を付けなかったと聞いてるわ。貴族の所有物なら不入権もあるし、役所も確かめられないはず」
「急にIQ上がりましたね。胡散臭いクソゲーの広告みたいです」
「頭痛が痛いじゃない。どうせ配信始めたらすぐに良い感じの場所に越すんだから適当に誤魔化せば良いのよ。最低限更新手続きの30分くらい持てばお役御免だわ」
「もしバレたら?」
「天晴ね」
「そういうことじゃなく」
こうして住所の問題も無事クリア。
もう名字は適当で良いかしら、と私はリリィに話を振る。
「リリィ、何か良い感じのやつない?名字」
「雑ですね。「ああああ」とかにしてやりましょうか?」
「……やっぱ自分で考えるわ」
「はい、そうした方が良いと思います。心意気みたいなのを込めると良さげかと」
「貴方さっき「ああああ」って言ったの覚えてる?」
「良いじゃないですか。遊び心ですよ遊び心」
「随分と攻撃性の高い遊び心ね」なんて考えつつ、私は思考を巡らせる。
こうして心意気というか、自分について振り返ってみると思ったよりもギャンブルの割合が高い。
しばらく悩んだ後、私はポンと手を叩いた。
「決めたわ、リリィ」
「クスリの話ですか?」
「名字よ。「グリーンデザート」にするわ」
「……ああ、なるほど。安全を放棄するってわけですか」
「そういうの解説しないでくれる?恥ずかしくなるじゃない」
「あ、ちゃんとそういう感性はあるんですね」
「「リリィ・グリーンデザート」……なるほど、悪くありません」とリリィは優しく微笑む。
「そうでしょう?」と私は少し勝ち誇り、自信満々に書類に「エヴァ・グリーンデザート」と書き込んだ。
「そうだ、リリィも人間っぽく綴り直す?」
「せっかくですしそうしましょうか」
「……よし、ならこれで完璧ね。リリィ、今すぐ州庁の方へ戻るわよ」
「かしこまりました。……あと、1つだけよろしいですか?」
「何よ、何か文句でもあるの?」
「いえ、そうではなく……」
そう言って、リリィは静かに私の持っている書類を指差す。
「それ、下書き用ですよ」
「早く言いなさいよ!!」
私は全力でそれを地面に叩き付けた。
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