株式会社金太郎(前編)
小噺志太朗は、とある会社に来ていた。
と、入り口で、この会社の社長に出会ってしまった。
目の前の男は着物の上からでも、その隆起する筋肉を隠しきれていない。
「志太朗くん、俺が着物を着ているからって気づかなすぎじゃないかい?」
「そりゃあ──」
ふんどしに上半身には“金”マークの赤い前掛けのイメージですから⋯⋯って言えないですよね。
そう、目の前にいるのは、あの有名な金太郎。
ここは株式会社金太郎なのである。
「いいって、いいって。さっきも前掛けでお世話になってる社長さんから“金ちゃんは前掛けのイメージが強すぎるからなあ”って言われちゃったもん。
さすがにこの歳で上半身裸に前掛けだと職務質問されそうだよね」
フランクな言い方をしてくれる金太郎の人柄に心が掴まれる。
(俺、この人好きだなぁ)
たぶん、金太郎さん、男に人気がある方だと思う。
「いや、でもやっぱり前掛けの金太郎さんのイメージは強いですよね。金太郎さん、カッコいいですから」
お話の金太郎よりも身長はかなり高く、漢としての逞しさも兼ね備えている。
「志太朗くん、褒めても何も出てこないよ? 出るのは前掛けくらいかな。あはは」
「あっ、俺欲しかったやつです。お店3軒も回ったのに、売り切れだったんですよ!」
今年、“金太郎20周年記念特別前掛け”が発売されたのだ。
この前掛けの特別なところは、何と言っても“金”の文字が手書き風になっているところだ。
力強い筆さばきで書かれた“金”の文字に、発売日の本店には、なんと1000人も並んだとか。
志太朗のまんざらでもない反応に笑顔を溢す金太郎。
「えっ3軒ってもしかして20周年記念のやつ?」
「そうです」
「あっ兎野さん、倉庫から持ってきて」
「はい、承知しました」
「えっまじですか? めちゃくちゃ嬉しいです!」
志太朗は前掛けをもらって、小躍りしながら日本昔話株式会社に戻ってきた。
会社は書院造りの2階建てである。2階の隅の一角に【経理部】がある。
そこには上司の浦島がいた。
余談だが、あの浦島太郎とは遠縁らしい。
「浦島さん、見て下さい!」
志太朗は自慢げに20周年記念特別前掛けを浦島の目の前で広げて振る。
「おう、おかえり。ってえぇ!?
これ20周年記念特別前掛けじゃないか。いいなー。俺が㈱金太郎に行けばよかったぁ」
珍しく悔しがっている様子の浦島。
志太朗は鞄の中をかき回す。
「そう言うと思って、もう一枚融通を利かせてもらいました!」
「さすが、志太朗! 今日は酒を奢るぞ」
「そんなことを言いながら、“経理部懇親会”の経費精算申請を出すんでしょう?」
志太朗は浦島の腕に肘をぐりぐり押し当てるフリをする。
「当たり! 執行役員、まだいるかな?
最近、社内懇親が厳しいからなぁ」
そう言いながら、浦島は執行役員を探しに席を立った。
志太朗はファイルの置いてある棚へと向かった。
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志太朗は棚の前で㈱金太郎のファイルを探す。桃太郎㈱の近くにファイルを見つける。
そして机の上に置いて前の方からファイルを開いた。
㈱金太郎のファイルは極端に薄い。
やはり一番購入されているのは、ふんどしか赤い布が多い。
ふんどし!?
あれ、金太郎ってふんどし身につけていたっけ?
帳簿を最初からめくり直すと、“法律事務所”からの請求書。
内容は『猥褻罪等、抵触する可能性のある法律の有無の確認』と書かれている。
昨今の世間のモラルを考える。
やれ猥褻だ、発言が⋯⋯などと声を大にする消費者も増えてきた。
幼少期と言っても、主人公がお尻丸出しとは、言い訳が立たない。
見えそうで見えないぎりぎりな服装で相撲を取るんだから仕方ないよなぁ。
『安心してください。僕、履いていません』なんてちび金太郎さんには、言わせられないよ。
というか、大の男へと成長する金太郎さんのイメージも考えるとふんどしを身に付けることは必須のように感じる。
金太郎のお話にふんどしは必要。
したがって、これは経費なり。
それから赤い前掛けプロジェクトは毎年のようにある。
それの広告費や商品のコンサルティング費用もかかるようで、一緒に稟議書のコピーが付いているのも多い。
5周年、10周年、15周年⋯⋯5年刻みの大々的な祝い年に1年ごとにマイナーチェンジを繰り返す赤い前掛け。
それだけではなく、『赤い前掛けとふんどしセット』、『赤い前掛け(金太郎サイン付き)と特別講演セット』などもある。
『完全金太郎セット』には、まさかり、前掛け、ふんどしの3点セット。しかもすべてにシリアルナンバーが入っている2000点限定生産。
(これが、自社の大規模販売・配送業者“送太郎”が一時パンクしたやつか)
それにしても⋯⋯、帳簿をめくっていると何度も出てくる“大斧”の購入。
ページを戻ると、この謎は解決した。
初めて大斧を購入した時の領収書手書きが残されていた。
“昔のまさかりは大斧の認識だったので、大斧の購入でオッケー(法務確認済み)”
へぇ、だから大斧なのか。
そう思いながら、最近のページをめくっていたが、ふと古いページをめくってみる。
金太郎というお話は、金太郎が幼少期に山で動物たちと相撲を取るのが有名なシーン。
その後、山の谷間で立ち往生した動物たちのために木の橋を作ってあげるというお話。
志太朗は1ページ目で手が止まった。
「嘘でしょ⋯⋯桃太郎が大当たりしたからって力入れすぎじゃない?」
そこにあった領収書に釘付けになった。