桃太郎株式会社
お読みいただきありがとうございます!
ここに出てくる経費の内容はあくまでも作者が創作したものであります。
小噺志太朗は、とある会社に来ていた。
桃太郎株式会社
社員証である札を受付で見せると戸を開けた。
中へ入ると部屋を見渡す。ある人物が目に入ると、志太朗は小走りに駆け寄った。
「桃太郎さん、お疲れ様です。鬼ヶ島はどうでしたか?」
「志太朗、まあ大変だったけどなんとかやったよ。領収書だろう? ちょっと待っててな」
昔話の挿絵そのまんまの見た目の桃太郎。ちょっとした有名人に志太朗は、緊張気味で領収証を入れる予定のクリアファイルを握りしめている。
今日来たのは、昨日経費精算申請が出されていたものだ。
桃太郎が自室の引出しを探しているのを横目に事務の女の子が志太朗に声をかけてきた。
「鬼ヶ島の財宝は発送の手配はしたそうです。これが発送の控えです」
女の子は1枚の紙を手渡してきたので、志太朗は受け取りながらその紙を見た。
「発送代金はどうしましたか? 何の申請で出ますか?」
女の子はファイルの中の書類をめくって確認している。
「これは請求書が出ます。請求書が届いたらそちらにお送りしますね」
そこへ桃太郎が戻ってきた。歩いているだけでも主人公の雰囲気がダダ漏れである。
「志太朗、これで頼む」
桃太郎は一式をクリアファイルに入れて志太朗に渡してきた。それを両手で受け取ると頭を下げた。
「迅速なご提出ありがとうございます」
「あぁ、それでよろしく頼むな。それからこの焼き菓子の詰合せも本社に持って帰ってくれ」
(さすがは桃太郎さんだなぁ。人として本当にすごい人だなぁ)
志太朗は感動しながら日本昔話株式会社に戻ってきた。
会社は書院造りの2階建てである。2階の隅の一角に【経理部】がある。
そこには上司の浦島がいた。あの浦島太郎とは遠縁らしい。
「浦島さん、ただいま帰りました。桃太郎さんから領収書貰ってきました」
「志太朗、お疲れ様。良くやった。そしたらこれで一連の費用は確定するはずだ。抜け漏れがないか全部確認してくれ」
「承知しました」
志太朗は棚へ向かうと桃太郎㈱のファイルを探す。ファイルを見つけると机の上に置いて開いた。
桃太郎と言うお話は、おじいさんが山に柴刈りに行って、おばあさんは川で洗濯する。
そしておばあさんが川で洗濯中に大きな桃が流れて来るところから始まるのだ。
頭からめくって見る。すると1枚目で志太朗は目を丸くした。
「えっ桃太郎さんの桃って食べれないの!?」
なんと桃の処分にリサイクルシール800円分の購入があった。
桃から生まれた桃太郎、あまりにも有名なシーンの現実を目の当たりにした志太朗は少し寂しい気持ちになった。
「廃棄処分だったなんて⋯⋯知りたくなかったな⋯⋯」
志太朗は気を取り直してページをめくっていく。ページの右上には”桃太郎のおじいさん”と書いてあった。籠、わらじ、軍手──。
「桃太郎のおじいさん柴刈りに軍手使ってたんだな。そりゃあ素手だと大変だよな」
その後も5ページに渡って籠、わらじ、軍手を買っている。一度に買えばいいのにと思いながらページをめくる。
次のページには右上に“桃太郎のおばあさん”と書いてあった。ページをぱらぱらめくっているとやたらと包丁の購入が目立つ。
「桃太郎のおばあさん、砥石も買わずにこんなに包丁買ってどんな料理をしていたんだろう?」
志太朗は余計な事を考えてしまう。
その横のページには竹の購入があった。10本も購入があるが、そんなに洗濯が多いのだろうか
「これって物干し竿ってことだよな。山には竹が生えてなかったのか」
ページをめくっていた志太朗は突然ファイルを勢いよく閉じた。
志太朗はそのファイルを持って、急いで浦島の元へ駆け寄る。浦島は近くに来た志太朗に顔を上げてみると、志太朗は周りを確認して浦島の方を見ると眉をひそめた。
「浦島さん、ちょっとまずいものを見つけまして⋯⋯」
「本当? どこの部分?」
志太朗はそっとファイルを開けてそのページを遠慮がちに浦島に見せる。
「これってきび団子の材料ですよね? これ、機密事項ですが、こんなところにファイルを置いておいたらまずくないですか?」
志太朗は声を落として浦島に近づく。浦島はそれを聞いて領収書をじっと見る。
「あー購入品の内訳かぁ。これは上と相談しないとだなぁ」
今は“桃太郎のきび団子”という商品を売り出していて、きび団子の材料やレシピの細かいところは社外秘なのだ。
「これは、今売ってる“桃太郎のきび団子”の材料仕入れの書類も確認しないとですね」
やれやれ、やることが増えたな。志太朗は机に戻ると、続きのページをめくる。
「そろそろ“犬”さんが出てくるよな」
物語の中では犬、猿、キジが仲間になり、いざ鬼ヶ島へ出発するのだ。
物語の中に犬、猿、キジの名前はないのでとりあえず敬称をつける。
ページをめくっていると、懇親会の領収書があった。
“桃太郎、犬の2名参加”と手書きされている。
志太朗はその少し先のページで、“あるもの”が目に入ってファイルを閉じた。
「まじか⋯⋯これはきついな」
そっとファイルを開け直すと、株式会社思い愛の領収書があった。そこには“中途採用成果報酬:猿さま”と書いてある。
それは今で言う転職エージェントが“猿”を紹介したという意味だ。
「まさか“猿”さんの引き入れに桃太郎㈱が転職サイトを利用していたなんて⋯⋯しかも転職サイトに支払った金額って結構高いんだな!」
その次のページには“㈱思い愛への贈答品”に高級焼菓子の領収書が載っている。
予想通り、その後懇親会の領収書が見つかった。だが、そこには“桃太郎と猿の2名参加”と手書きされている。志太朗は良く確認する。
「待って、メンバー3人しかいないのに“犬”さん不参加なの? リアル犬猿の仲なの!?」
志太朗は次のページをそっとめくる。また転職サイトだったら嫌だなあと思うとページをめくるのに躊躇してしまうのだ。
少し日付があいて、また懇親会があった。
“桃太郎、犬、猿、キジ(協力会社)の4名参加”と領収書に手書きされている。これには志太朗も目を丸くした。
“キジ(協力会社)”
協力会社!!
協力会社とは外注先の会社、今で言うアウトソーシングの会社なのだ。
「うっそ、“キジ”さん主要メンバーなのに協力会社? 社員じゃないの!? “キジ”さんも社員にしてあげて」
その後、稟議書がついた経費精算があった。その稟議書には“船購入の件”の文字が見える。
「えっ、わざわざ船購入したの!? しかもこの金額なら固定資産じゃん! ちゃんと処理されてるか、これも確認だな」
税金の収め忘れがないといいなと志太朗は願うばかりだった。
その次のページに“船講習代4名”とある。
「船の講習4人で受けたの!? 皆初心者なんだ」
ページはそろそろ終わりの方に近づいている。そこで志太朗はさっき桃太郎から預かったクリアファイルの中身を机に広げる。
そこには領収書と紙が1枚入っていた。領収書を見ると懇親会のようだった。
「日付が昨日だから鬼ヶ島から帰ってすぐか。打ち上げでもしたんだろうな」
そう思いながら紙の方を見る。
“交際費事前承認願”
追記部分に桃太郎が書いたであろう手書きが残されている。
“急遽2軒目に行ったため、事前に提出できませんでした。また、追加の2軒目の部分になります。予想以上にお酒の追加があり高額になってしまい申し訳ございません”
それを見て志太朗は安心して大笑いを始めた。
「良かった、仲は悪くなかったんだ! こんなにお金を使ってよっぽど盛り上がったんだろうなぁ!」
実はもう1件、経費精算の申請がありまして、志太朗に渡した本社への焼き菓子の分と言うのは、作者だけの秘密です(笑)
お読みいただきありがとうございました!
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