2 ワタシ美香ちゃん
承前 一夜の過ち、でしたか? 1酒かクスリか率直下半身か
ふっかい溜息がふたつ下りてくる。だから、口を開いた。
「……覚えていた方が良いの?」
今度も揃って息を呑む音。
「嫌?」
何もくれない。
「どっち?」
「……高瀬君」
「美香だよ」
「えぇっと、高瀬さん、起きてる?」
「美香が起きてる」
「……美香ちゃんって」
「そっか、美香ちゃんか。美香ちゃんは、覚えてるよな」
「嫌?」
「美香ちゃんは?」
「嫌い?」
「好きだね、最高に」
「あんた、自分で口説いてる場合じゃないって言っといて――」
「言ってないぜ?」
「言った、は、如何だって良い、高瀬さん、俺、俺が好き、高瀬さん大好き」
「美香だよ」
「美香ちゃん大好き、愛してる」
「お前な」
「美香も好き。大好き、愛してる」
「どっち、って、俺ですよね、俺だよな、俺好き?」
「好き好き。どっちも好き」
「待て待て待て。つまり、未だ美香ちゃんなんだな」
「何言ってんですか、どっちだって」
「待て。未だ薬効いてるのかって意味だ」
「呑んでないよー」
「「え」」
「高瀬さん? 高瀬君? 美香? みんなねー、甲田ちゃんのところ? なら、呑んでないよー」
「え、って、ってか、高瀬さん?」
「美香だよ?」
「いや、待て待て待て。つまり、つまり、何だ?」
「美香嫌い?」
「な訳」
「嫌いなら待ってて。お酒、抜けたら、美香いなくなるから。でも、嫌。未だ気持ち悦ーい。美香が良い。美香嫌い?」
「好きだって」
「あたしも好き。好き好き大好き」
「おい莫迦、悶えてる場合じゃないって」
「そっちこそ――」
「莫迦待て。先に高瀬、じゃないの、か、美香ちゃん?」
「好き?」
「最高にな。済まんが、混乱するから、分けさせてくれ。いや、一緒にした方が? つまり、だな、まず、どっちだ、高瀬君だな、高瀬君、あの薬、と、俺達は推測しているが、甲田君の出したの、飲んでない?」
「高瀬君はね、美香ちゃんじゃないから、すっごく用心するの。ごめんね、甲田ちゃん、でも、嫌な嗤い方してたから、ごめんね、でも、なぁなぁ? に、したくなくて。でも、お酒じゃないし、って、すっごく言ってたから、だから、呑めなかったの」
「流石、高瀬さん」
「だな、俺達、揃って呑んぢまってるもんな」
「やっぱり高瀬さんが好き?」
嫌だな、せっかく悦い気分なのに。でも。
「好き好き大好き」
「うん、ごめんね。でも、」
「ごめんでも、ごめんです、高瀬さん、俺、本気。ごめんじゃ終われない。俺――」
「おい待て」
「課長は黙ってて。俺、機会じゃないっても、今逃したら本気で機会無い。高瀬さん、今言うときじゃないんでも、本気で考えて。俺本気で好きです。こんな後じゃ信じて貰えないけど、あれで惚れなきゃ嘘だって」
「うん。ごめんね」
「いや、だからですね、俺、それじゃ引き下がれない」
「だから、待てってんだ」
「てめぇが待って――」
「待てってんだよ。お前、ごめんっての間違えてる――筈だ、から、お前が黙れ」
「え? ごめんって、俺ごめんっての、じゃ、ない? ほんと、高瀬さん?」
「うん? ごめんね」
「莫迦黙れ」
「だから――」
「お前を喜ばせてやるんだから、黙れよ、莫迦」
「あ?」
「喧嘩嫌」
「う。うん、うん、ごめんなさい」
「だから悶えてんじゃねぇよ。高瀬、じゃなかった美香ちゃん?」
「そっちが悶えてんじゃねぇか」
「そりゃ、悶えんだろうが。こんな声で、ごめんなんて言われりゃ、理性どころか可哀想だのって感情も飛ぶ。美香ちゃん、悪いな、また泣かせたくなっちまうから、美香ちゃんも、誤解解こう?」
「ど、どさくさ紛れに口説いんてんのはあんただろう」
「舞い上がって泣き声になってんのに気付かないお前が悪い。美香ちゃん、誤解だよ。だから、ごめんなんて、言わないでくれ」
「美香、また間違えた?」
「ぜーんぜん、悪いのは、これだから。こいつが全部悪い。美香ちゃんは、悪いとこなんてひとつもない」
「てめぇは――」
「にも、飴やるってんだから、俺も甘いは」
「悪くない? 高瀬君じゃなくて、美香だよ?」
「無い無い。全く問題ナッシング。高瀬さん、最高」
「だよね、ごめんね」
「ほんと黙れ、莫迦。言わないぞ」
「そーだ、そっちが黙れ」
「喧嘩嫌」
「うぅぅぅ」
「美香ちゃんに免じて言ってやる。美香ちゃん、この莫迦、美香ちゃんが好きって言ってんだよ」
「あんた何言ってんです? 俺さっきから好き好き言ってんじゃないですか」
「高瀬君が好き」
「好きです、大好きです」
「うん、ご――」
「ごめんじゃなくて誤解なんだ。ほんとに単純莫迦で、ごめんな?」
「美香が間違えたんだよね?」
「まあな。でも、全然、悪いじゃないから。美香ちゃんが好きってこの莫迦、美香ちゃんが振ってやってくれるか?」
「美香ちゃんが嫌いなのに?」
「や、そりゃ、嫌われて当然だけど、でも、あれは――」
「莫迦黙れ。好い加減潰すぞ――は後だ、悪い、済まない、喧嘩していない。喧嘩したくなるぐらいに、美香ちゃんが好きだって男二人がいるだけだ。解った、悪かった、俺もお前に謝ってやるから、少しだけでも黙ってろ」
「あんたそれで謝ってるつもりですか?」
「つもりだよ。美香ちゃんがごめんって言ってんのは、お前とお附き合いできません、ごめんなさいってのじゃないって、お前に、言いたくもねぇだろ?」
「じゃ――」
「つもりだってんだろ。黙れ」
「ごめんなさい」
「あー、美香ちゃんは、良いんだ。ってぇか、喋って欲しい」
「美香なのに?」
「あぁ、美香ちゃんにさ。こいつ、単純莫迦だから、っと、俺もだが、解んないんだよ」
「美香も解らないよ? 高瀬君の方が解るよ? ごめんね、美香、解らなくなっちゃうから」
「丁度良いな、解らない奴ばっかで。だから、謝らないでくれよ」
「謝っちゃ駄目?」
「こいつが附き合って下さいなんて言ってきたときだけ許可にしようか――っと、いや、済まん、俺もしっかり莫迦になっちまってるな。なぁ、美香ちゃん?」
「うん」
「こいつがさ、さっきから莫迦言ってんのは、美香ちゃんが大好きって言ってんだよ。だから、美香ちゃんが謝ることは無いだろう?」
「高瀬さんが好きなんだよね?」
「そ――」
くぐもって聞き取れなかった。
「だから美香ちゃん嫌いでしょ」
良かった、今度も聞き取れなかった。解ってても、嫌いって聞くのは、やっぱり嫌い。だって、今は美香ちゃんだし。ほんとは、美香じゃないときだって、ないときの方がもっと、嫌。でも。美香ちゃんって、こんな声で呼んでくれる声で嫌いって聞きたくない。大好きって、こんな声で言ってくれる声で、嫌いって、聞くのは、やっぱり嫌。
「え、ちょっ、と、待って、これって……」
嫌だな。嫌いじゃなくたって、さっきみたいな声じゃない。高瀬さんに言ってるんだから、嫌だった。でも、やっぱり、好きって聞くのは美香じゃ駄目なんだから。好きって、聞きたいけど。でも、嫌だな。
「解ったな? 少し黙ってろ」
「解ったなって、課長、解ってんですか、これ、如何いう……」
「解るかよ。だから、それを、聞こうってのに、お前が一々好き好き言って茶々なら良いが、高瀬君、じゃないのか、美香ちゃん泣かせんな、莫迦、少し待ってろ」
嫌だな、この声も嫌。喧嘩嫌。でも、喧嘩じゃないのかな。美香だと解らないんだって。怒るとかって、違うって。言いたいな。喧嘩嫌って。でも、違うって。黙れって。黙ってなきゃ? でも。駄目かな? もうちょっとだけ。
冷えた声聞いて、びっくりした。だって、あったかい。感触で解る。ベッドの上のあったかさとは違うって。ふわふわ飛んじゃった後、ふわぁっと気持ち好くて、このままずーっとふわんと感じてたいなぁ、って、あの感じ。大好き。けど、違う。シーツの感触じゃない。毛布の感触じゃない。感じるのは、生地の感触なのに。違う。
「莫迦って、いや、ちょっと、待って下さいよ。俺が美香ちゃん好きで、高瀬さん好きで、って、あれ?」
「だから、黙って、悩んでろ。美香ちゃん?」
駄目だなぁ、解んない。黙ってなきゃって、駄目になる声。
「美香ちゃん? 悪いな、喧嘩してないから、話してくれないか?」
「美香ちゃんだよ? 良いの?」
「美香ちゃんが好いね」
「そーやって、どさくさ紛れに課長が口説いてなきゃ、黙っていられるんすけど」
「のべつ幕なしに押しの一手の莫迦戦法より目があるからな」
「えっちする? 美香が好きなの」
「するするしたい。俺が好き――」
「莫迦黙れ」
ちょっと騒がしい。冷静でいられるうち? なんだろう? でも、こういう声嫌だし。聞こえなくて好いのかな? でも。
「ごめんね、でも、駄目?」
「駄目じゃないない。でも、待って。高瀬さん、じゃなくって、美香ちゃん、ちょぉーっと待って。課長。口説きナシ。了解?」
「何が了解だ、お前がな。で、と。とにかく謝るのだけは止めてくれ。高瀬君も美香ちゃんも、どっちも、悪いとこ全然無いんだから。駄目なんてのは、こっちが駄目男って奴で」
「良いの?」
「好い好い何だって」
「だからお前がするなって。美香ちゃん、何がしたいって?」
「黙って、って……美香ね、ほんと大好きなの」
「悪いね、黙れってのは、この莫迦に言ってるだけ。美香ちゃんなら、大歓迎。いっぱいいっぱい喋ってくれるか?」
「良いの?」
「勿論。俺がこの莫迦に黙れって言ってんのは、美香ちゃんの声が聞けなくなるからだ。解らないか?」
「解んない。だって、美香だよ?」
「美香ちゃんだと?」
「だってね、ちゃんと言えないでしょ?」
「ちょっと、難しいな、何かちゃんと言いたいことが、ある? って、あるわな、当然。言ってくれ」
「美香が言いたい?」
「今言いたいこと、あるだろう? それとも、言いたくない? 美香ちゃんが、好きなように、話してくれたら良いよ。話したくないなら話さないでも良いし。まぁ、そういうことを、さ」
「ちゃんとってのは無いかな? あるかな、話すのなら、高瀬君? 待ってて欲しいな、駄目?」
「全然。でも、美香ちゃんは? 美香ちゃんが今、話したいことも無い?」
「いっぱいあるから、美香なの。好きって言うの大好き。好き好き、いっぱいいっぱい好き。好きって大好き。好き好き好き」
「好き好き、俺も大好きだから、美香ちゃん、大好き」
「好き? 好き好き、大好き」
「おい、勃てんなよ」
「駄目? 美香好きなの。駄目ぇってときでも、好きって、言えるから、好きってほんと好き」
「課長、マジ話。マジ話で、あんたどっかいって、ってか、俺等だけで、どっか行きたいんすけど」
「悪いがマジ話で、抑えろ堪えろ。今この獣伸せば俺が獣に成れて一石二鳥って獣追い払うので俺は今手一杯だ」
「喧嘩嫌」
「してないしてないしていません。高瀬さん大好きってだけ」
「だからそれを止めろ。単純莫迦でももう何か変――は違う、美香ちゃん? 変とかってのは、この莫迦に言ってる。解ってる、俺だって可怪しいんだよ、立派に。成らない方が変なんだよ」
「やっぱり美香じゃ駄目?」
「じゃない。いつもの、って、何だな、悪い、分けさせてくれ。なぁ、高瀬君は、こう、聞き分ける? 声の調子とか、そういう、判断か? まぁ、巧いだろう?」
「巧いかな、美香より巧いよね」
「美香ちゃんだとできない?」
「ごめ――」
「じゃない。全然。少なくとも、これは、美香ちゃん、絶対巧いと思うんだが」
「高瀬君より? 無いよ」
「でも、俺達より巧いよ、断然。俺がさ、美香ちゃん好きって――」
「あんた」
「黙れ、って、こいつに言うときの声と全然違うだろう?」
「好きって声好き」
「そ。好きって、声だけ、美香ちゃんに言ってる。野郎相手じゃ、こんな声出ねぇよ。違って聞こえないか?」
「聞くの好きって声?」
「聞きたい?」
「うん。好きって感じする」
「俺。俺の。俺が美香ちゃん好きってのは? 好き?」
「好き」
「ったく。けど、まぁ、そういう訳で。喧嘩もしないように努力するが、努力したって、ぐだぐだの駄目男声に成ってるときが、美香ちゃんに言ってる声、な?」
「ぐだぐだ? 美香もなるよ」
「美香ちゃんのはエロい――」
お読みくださり有難うございます。
束の間且あなたの貴重なお時間の、暇潰しにでも成れたら幸いです。
承後 一夜の過ち、でしたか? 3 早撃ちガンマン