05 レオーナの愛
※追加エピソード
「……レオーナ。本当に良かったのか?」
「アルベル?」
年若い、それどころか本当に息子と変わらない年齢の美しい女性。
レオーナ・フェルメル。
公爵令嬢という身分だけでなく、あらゆる才まで兼ね備えた彼女。
いくら国王とはいえ、歳の離れたアルベルを望まずとも、もっと優れた相手と結ばれる未来はあった。
そんなことは分かっていて。
「……アルベル。何度も言わせないで。私は、貴方が好きなの。ずっと。ずっとよ」
ソファで隣に座ったレオーナはアルベルに身を寄せる。
【今】に相応しい年齢の差の、彼女。
だが、時を越えて出逢ってきたレオーナは、アルベルにとって時に『年上』のこともあった。
物心のつきはじめた時の幼いアルベルの前に現れた美しい女性に、アルベルは恋に落ちた。
本当に彼女が、あの時代に存在していたのなら、それこそ自分の年齢差を気にせずに求婚していただろう。
だが、何度か会う内に大きな違和感を抱えることになった。
それが『彼女』であることは分かるのに、いつも……そう。
年齢がチグハグだった。
彼女の魅力が損なわれたことはなかったけれど。
アルベルが幼い時には大人……今の年齢ぐらいの姿で現れ。
成長したあとは、彼女はより幼い姿で現れることもあった。
レオーナの【時間魔法】は、過去を改竄することもできる。
記憶は上書きされてしまう。
だから、もはやレオーナにさえ、どういう時間を過ごしたのか分からなくなっているのだろう。
おいそれと過去を変えることが出来ない制限があるとはいえ、あまりにも強大な力を持つ固有魔法。
レオーナ・フェルメルを王家から解放する選択はなかった。
「ふふ……。本当に。本当に私は、貴方のことが好きなのよ、アルベル」
「私もだよ。レオーナ。でも……『いつから』だろう?」
「いつから?」
「ああ。いつから……私は君が好きだったのか」
他の女性に惹かれたことはない。
カサンドラとは政略結婚だ。義務は果たしてきたはず……。
元王妃の生家のヘンダーソン侯爵家は、今回の調べでかなり以前から悪事を働いていたことも分かっている。
それにアルベルは捕まえた後にカサンドラの本音を聞いた。
彼女もまたアルベルを利用する気で王妃の座に座ったのだと。
そこに愛情はなく、親愛すらもなかった。
『居もしない女』を追い求めているアルベルを利用できると踏んでの政略結婚だった。
「……学生時代に、今の姿をしたレオーナと過ごしたこともあったな」
「ええ。そうですわね。ふふふ」
一度や二度ではなかった。
2人が『同じ年齢』の時にデートを重ねたことすらあったのだ。
不思議な存在だとは思っていたが、それ以上に彼女に惹かれていたアルベルは彼女を拒まなかった。
だけれど、恋心から少し離れて考えてみれば。
「レオーナ。私は年齢の割に……何か、身体が若い気がするんだが」
「あら。ふふ。気付いていらしたの?」
アルベル王の姿は、まだ20代でも通用しそうなほどに若く壮健だ。
同じ世代の者たちが徐々に年老いていくなかで異常とも言えるほど。
若作りとも言われてきた。
どうやって、その若さを保てるのかと何人の貴族たちに言われてきたか。
いつまでも若いままの原因が、今思えば『誰』の力によるものだったか。
「……少し恐ろしいかもしれない」
「私がですの?」
「ああ。私の心からレオーナが消えたことはない。それは間違いない。私の本心だ」
「ええ……」
当然だ。
幼い頃に出逢った、見惚れるような大人の女性。
力が付き始め、庇護対象を見れば心が動くような自分に現れた幼い彼女。
そして異性に関心が湧く頃に現れた同じか、少し年上程度の……女性。
隠れて何度も、何度も出逢って来た。
アルベルの人生に、レオーナの姿は常にあったと言っていいだろう。
……彼女の【時間魔法】ならば、それが容易に出来た。
そして【過去】が変われば、その記憶は上書きされてしまうから……。
その気になれば。
レオーナ・フェルメルは、アルベルの心を幼い頃から染め上げることも可能だ。
「ふ……」
「アルベル?」
「……テルメオではダメだったのか? レオーナ」
「あら」
もしも、レオーナが国王を虜にするために今まで【時間魔法】を使っていたのだとすれば。
たしかに納得はいく。
洗脳にも近い形で、アルベルがレオーナに入れあげるようにすることも可能だっただろう。
では、その『目的』は?
国王の伴侶に、つまり王妃になること? だとしたら。
テルメオ王子が相手でもよかった。
むしろ、彼の方が労力なく篭絡できたはずで。
その性格に不満があるなら矯正することもできたはず。
「誤解なさらないで。私は別に王妃の座に執着しているわけではありませんの。
……本当に。アルベルのことが好きなのよ」
だから、それでも彼女がこうして言うのだから。
アルベルはそれを信じて。
生きていた時間だけ愛し、焦がれ続けていた彼女を受け入れ、愛を注ぐだけだ。
「ああ、それから」
「うん?」
「『私は』時間を越えられるもの」
「……? ああ、そうだな」
「つまり、私自身は過去にもいけるわ」
「ああ」
それは聞いている。制限、制約の多い魔法ではあるが、身を以て知ったことだ。
「だからね。アルベル。子宝に関しては安心していいわ?」
「……うん?」
「だって、貴方にはテルメオ王子という子を作る能力があったもの。たとえ【今】が衰えたとしても……」
「……まさか、レオーナ」
「ふふ」
【過去】のアルベル王に、それこそ彼女と似合いの、同じ年齢の頃に出逢って。
そして肌を重ねる……? レオーナには『それ』ができる。
たとえ歳を重ねた自分に子を作る能力がなくなっていたとしても。
……【時間魔法】は、もはや倫理を置き去りにした能力だ。
「レオーナ」
「はい。あっ……」
アルベルは恥を捨てて彼女を抱き締める。
「まさか若い自分に嫉妬させられることになるとは……」
「ふふ」
「時を遡れば、私の初めての相手すらキミになるのか?」
「ええ、そうなりますわ。まぁ、とっても外聞に悪い事態となりますけれど」
「そうだろうな……」
それも、そもそも今更の話だろう。
テルメオ元王子とカサンドラ元王妃がああなり、自分は息子の婚約者だった女と恋に落ちた無様を晒した。
王家を見限る貴族もでてこよう。
……だが。
レオーナのあまりにも強大な力を見せつけられた後で、彼女を否定出来る者がどれだけいるか。
過去に戻って人を殺すことは出来ないとは言われている。
だが、あのアイリーンのように大きな怪我を負わせることは……。
悪女にすらなる、レオーナ・フェルメル。
彼女に絡め取られたアルベルは、彼女から逃げることはできない。
逃げるつもりなども、さらさらないが。
「レオーナ。キミを生涯、離さない」
「……ええ。アルベル」
彼女に執着心を見せると、レオーナはうっとりとした表情で微笑んだ。
それから。
アルベルは人よりも長く若さを保ち、レオーナと共に国を守った。
恋に溺れた姿を見せたものの、治世はアルベルもレオーナも申し分なくこなしてみせた。
レオーナ王妃の【時間魔法】については貴族の誰もが知っている。
敵に回して良い女ではないとも。
裏では恐ろしい魔女とも言われたが……表立って彼女を、かつてのように非難する者は現れなかった。
アイリーンは、そのための見せしめだったのだろう。
隣国の間者でもあったアイリーンは、表では処刑されたと言われている。
本当にどうなったのかは誰にも知られていない。
また国を傾けるような悪事を働いていた元王妃カサンドラは毒杯を与えられた。
テルメオ元王子は、数年間に渡り、幽閉されていたが……。
アルベル王とレオーナ王妃の元に3人目の子供が生まれた後。
幽閉は解かれ、小さな領地へと送られることになった。
身分は既に剥奪されている。
テルメオは平民として静かに暮らしていくことになる。
彼の心には生涯、消えない後悔があった。
「レオーナ。愛している」
「ええ、アルベル。私も、貴方を愛しているわ」
愛しいと思い、結ばれたいと願った相手と結ばれたレオーナ。
時を超える魔法を、その後の彼女が使ったとは記録に残っていない。
【時間魔法】は、アルベルと結ばれるためにだけ使われた。
「私は幸せよ、アルベル──」
レオーナの魔法は、きっと彼女の愛のためにあったのだ。
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