05 レオーナの恋する相手
※お相手注意!
国王アルベル・ドルク。
テルメオ王子と同じ『銀』の髪と『青』のサファイアのような瞳をした精悍な男性。
若い内にテルメオ王子が生まれた事もあって、国王アルベルの見目も未だ若く保たれている。
「……テルメオよ。本当に嘆かわしい。
この国唯一の公爵家、フェルメル家の公爵令嬢レオーナを蔑ろにし続けるとは。
王妃の歪みと、余の失態のせいであるな」
国王アルベルは、悲しそうに溜息を吐いた。
そして騒々しかったこの場を収める。
「王家の定めた婚姻であるフェルメル家との婚約を身勝手に破棄しようとした罪。
……それは既に『ない』。なにせ、それは私自らが過去に白紙に戻した事だからな。
だが、テルメオ。お前には無実の公爵令嬢を貶め、国敵に力を貸した罪がある」
「は……? 国、敵……?」
「その女だよ。アイリーン・ドーラ男爵令嬢。王の影の調べで分かっている。
隣国ベルミトランの間者がドーラ男爵領を経由して我がドルク王国に働きかけていた。
実害も出ていてな……。食糧難に見舞われた領地まである。
最も重き罪を犯したのは其方の母、王妃であるが」
「え、え……?」
「王妃の実家であるヘンダーソン侯爵家が、此度の反逆の頭目であった。
王子のためにと自らフェルメル公爵家の令嬢との婚約を進めてきた王妃であったのに。
テルメオ諸共にレオーナ・フェルメルを虐げてきた証拠もある。
……王妃は、今の公爵夫人に対する劣等感で生きてきたようだ。
真に悲しい事だが、な……。
カサンドラ王妃は、既に王宮にて反逆の罪に問い、その身分を剥奪している。
テルメオよ。其方は反逆者の息子となった」
「は? 母上、が……? え、私が犯罪者の、息子……」
「元王妃が起こした罪。そして今日起こした騒ぎをかんがみ、皆の前で宣言する。
王子、テルメオ・ドルクから王族の地位を剥奪!
元王妃カサンドラ共々、幽閉処分とする!」
「なっ!?」
あらゆる情報の奔流にテルメオ元王子は付いていけなかった。
だが、その決定にだけは反論しなければならない。
「父上! 父上の唯一の子である私を王族から追い出すなど!
次代の王をどうされるおつもりですか!? それに母上までとは……!」
「それは、これから何とかする」
(何とか、だと! そんな簡単に!)
「王妃も、王子も居なくなるのですよ!? そんな事が認められるワケが!」
「……新しい王妃は、既に決まっているよ。
もちろん、お前の相手ではなく『私の王妃』という事になるが」
「は……?」
新しい、王妃?
ただでさえワケの分からない事ばかりなのに、父親に新しい、妻?
しかし王妃など簡単に決めていいワケがない。
だからこそ自分だってアイリーンを妻にするために画策した。
それに王妃となる者には、しっかりと王妃教育を受けさせなければならないと決まっている。
レオーナとて今まで学園の授業とは別に王妃教育を受けてきたのだ。
(父上の世代の夫人に、すぐに王妃が務まる女など居るワケがない)
(今の王国にそういう女が居るとすれば……。それはレオーナぐらい……で)
「は……?」
テルメオの母である王妃が断罪され、身分を追われた。
そして既に決まっているという父の新しい妻。
王妃教育を受け、王妃に相応しい力を持った女は……今、この王国で一人だけ。
「……まさか」
テルメオも、他の者たちも、一人の令嬢に視線を向けた。
「──彼女、レオーナ・フェルメル公爵令嬢が、このドルク王、アルベル・ドルクの新しい『妻』である。
つまり彼女こそが次代の国母であり、次の王を産む女性だ」
(なん……)
集まった人々は絶句した。
そうなるのも無理はないとアルベル王も、事情を知る王に連れ立った大臣達も苦笑する。
「意味が、意味が分かりません! 父上、レオーナは私の婚約者ですよ!?」
「それは既に違うと申しておるだろうに」
「……ふふ。仕方ないですよ、アルベル陛下」
レオーナは柔らかくアルベルに微笑みかける。
その表情は、テルメオに向けてきた表情とは違う。
真に愛しい者へと向けるソレであった。
「なっ……!」
テルメオは、レオーナのそんな表情を見た事がなかった。
怒りの中に焦れたような感情が燃え上がる。
「ね、年齢をお考えください! 彼女はまだ二十歳にもなっていない!
父上は若いといえど、数年もすれば四十を超える!
恥ずかしくはないのですか!? そんな歳の差の……!
レオーナ! お前もだ! そんな歳の父より、私の方が……!」
『私の方が』
テルメオは、そう言おうとした。
それはまるでレオーナを求めるような言葉だった。
だが、レオーナは、そんなテルメオに言葉を返す。
「構いませんわ」
「……は?」
「だって、陛下が私の……『初恋』の相手なんですもの」
「は……? な、なにを、言って。君は、俺が……」
「それは貴方の勘違いです。それにね。テルメオ様。『両想い』なんですのよ。
私たち。昔からね」
「……は?」
(両想い? 昔から? 何を、言って)
「──私の幼い時の初恋の相手でな、彼女は」
「は、初恋……? 父上のそれはレオーナの母である、フェルメル公爵夫人だと、母が」
「それが違ったのだ。私の想い人は『彼女』だったのだよ。
あの頃は『年上』だと思っていた令嬢。
捜していた女性が、よもや、あの頃は未だ生まれる前だったとは……」
(何を、何を言っている?)
(レオーナは間違いなく自分と同じ年齢の令嬢だ。父上の初恋の相手のワケがないのに……?)
「あ……【時間魔法】……」
そこで聡い誰かが気付き、言葉を漏らした。
国王の驚愕の告白と、そして。
「あ」
先程、披露されたレオーナ・フェルメルの【時間魔法】……。
確かに【過去】を変えてみせた彼女ならば。
幼い頃の国王に……出会う事が……。
「──ふふ。私もまだこの【時間魔法】に慣れてない頃でした。
徒に使うべきではないとは分かっていましたが……。
そこは、やはり自らの魔法ですから。
試しに使ってみたのです。どれだけ過去に戻れるのかと。
そうして出逢ったのが幼い頃の国王陛下……。
私、レオーナ・フェルメルの初恋相手。アルベル・ドルク様でしたの」
「そ……んな」
再びの絶句。
銀色の髪とサファイアの瞳を持つアルベル・ドルク王。
そして金色の髪と赤い瞳を持つ美しき公爵令嬢、レオーナ・フェルメル。
二人の間には誰にも邪魔できない【真実の愛】が感じられた。
相思相愛の二人なのだと誰の目にも理解できた。
歳の差があるはずで。
そんなもの結ばれるはずがない、2人に……。
「まさか、私自身がお母様の学生時代の混乱の原因とは思い到りませんでした。
私もアルベル陛下と出逢ったより以前の過去の時間に向かう事は出来ませんでしたし。
【時間魔法】は制限があると言いましたでしょう?
強固な運命までは改竄できないのです。ですから。
きっと私の【時間魔法】はアルベルに出逢うための力だったのよ」
国王を呼び捨てにし、それを受け入れられるレオーナ。
気付けば、その指には、銀色のリングとサファイアを嵌めた『婚約指輪』が嵌められていた。
……その色は、アルベル王の髪と瞳の色だった。
「惚気るようだが……。レオーナはな。
時に私と同じ年齢で。時に年上。時には年下の姿で私の前にたびたび現れた。
追いかけても、探しても捕まえられないはずだった……」
国王の恋の話は聞いたことがある。
母……元・王妃の嫉妬心を掻き立てた理由。
その原因、元凶が……レオーナ。
「なん……。父上、息子の婚約者を、相手に……そんな」
「だから、もうお前の婚約者ではないよ」
「ですが! 年齢をお考え下さい! 国内に、どれだけの混乱を!」
「その点は問題ありませんわ。アルベルの『若さ』は私が保ちますもの」
「なに……?」
「あ、もちろん、今のありのままのアルベルも素敵なのですけど。
テルメオ殿下……失礼。テルメオ様のご懸念、ご興味は老齢による、次代の王子の誕生でございましょう?
それならば、私が解決致しますわ。
アルベルとは私の寿命を分かち合います」
「寿命を分かち合う……?」
「ええ。流石に不老不死などとは無理でございますから。
アルベルと私が共に時間を生きられる分だけ。
長生きし、若さとそれからの老いを重ねていけるように私の【時間魔法】を振るいますの。
そうですわね。具体的に言えば『次の世代の王の在位期間』程度。
アルベル王は長く、健康でいらっしゃいますわ。
もちろん私、レオーナ・フェルメルも力のすべてを用いてアルベル王をお支えし。
そして……ふふ。アルベルとの『子宝』も授かる予定ですわ」
「────」
また、再びの絶句。
テルメオは、もはや何を言われているのか理解したくもなかった。
ただ、手に入れられたはずの、美しき、才ある女性に手が届かなくなる。
王族の身分を追われる事よりも、その事実が重くのしかかる……。
(何故だ。レオーナの、あんな表情を私は向けられた事はない。もっと早くに、あの顔を見せてくれていれば、俺は……!)
今更のように芽生えた、或いは気付いた気持ちに打ちのめされるテルメオ。
実の父親に、愛しい人を奪われるのだと。
否、はじめから彼女の心は父のモノだったのだと突きつけられる絶望……。
「不可思議に思った事だろう。
皆も若い娘にほだされる国王などと疑問に思うかもしれない。だが違うのだ。
レオーナの素晴らしき力も、国政に携われるだけの知性も既に皆が知る所だろう。
愚かな息子であったが故に……。
『レオーナが王妃になるのなら国は安泰だ』と皆、思っていたのではないか?」
「…………!」
それは、と。集まった者達たちは認めるしかなかった。
魔法のみをもって無能と蔑んできた者達も。
知性面に対するやっかみが多くあったぐらいだ。
そして、その魔法の力すら。
「他を凌駕する魔法の才能を持つレオーナだ。
普通に判断するにしても、彼女は王家に何としても迎え入れた事だろう。
そうする事で我らがドルク王国も安定する。
しでかしたテルメオの代わりに有能な第2王子でも居れば、きっとその子とレオーナを結ばせただろう。
だが、相応しい王族も今はいない。これは、そういう政略的な話でもある。
テルメオに国王は委ねられない。だがレオーナは王妃に相応しい。
故に王家にレオーナを迎える。
テルメオの代わりに私が少しだけ長く国王を担う。
政略的な話に、王妃レオーナに対する信頼と愛が伴っているだけの話なのだ」
「アルベル……」
うっとりと頬を染めるレオーナの瞳には、愛しいアルベル王の姿しか映されない。
『それでもテルメオを』とは、そんな彼女に言えるはずもなく。
このような冤罪事件を起こす前だったなら……大臣たちも王を止めたかもしれない。
だが他ならないレオーナが、アルベル・ドルクを望んでいた。
歳の差など関係ないと。
そして、その差すら彼女の【時間魔法】が埋めてしまうのだと……。
「うぅっ……!」
後悔とも何とも言えない、か細い悲鳴がテルメオ元王子から上がる。
だが、その音は祝福の声にかき消されていった。
こうしてレオーナ・フェルメルの幼い頃からの。
時間を越えた愛は実った。
レオーナは、アルベル王と共に末長く幸せに暮らし、王国を豊かに導いていった。




