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時間のレオーナ ~逆行する悪役令嬢の恋する相手~  作者: 川崎悠


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03 過去の改竄

※報復シーンが残酷です。注意!

「ふぅ。行くわよ」


 目撃者のいない階段から飛び降りようと身構えているアイリーン。


「──あら。階段から落ちたって、たったの3段なの? それで恐怖したって。貴方ねぇ……」

「ひぃ!?」


 背後から声が聞こえて、アイリーンは足を踏み外しそうになった。

 同時にその声と共に思い起こされるのは、噴水で溺死し掛かった日の記憶。


「な、な、な……!」

「安心なさい? 貴方は【未来】で生きている。それは私でも変えられないのよ。

 おかしな事になるからね。そういう制約よ。だから、アイリーン嬢。

 もっと高い場所から落ちても貴方は『生き残れる』のよ?

 その結果だけは私にも変えられないの」


 そこに金色の髪と赤い瞳をした美しき令嬢がいて、酷薄な笑みを浮かべてアイリーンを見下ろしていた。


「なん、で、ここに、……だって、貴方、さっきまで、今も向こうに居るはずで……」

「ふふ。それは【この時】の私でしょう? 私は【未来】の私ですもの。さぁ、大変だけれど、やるわね?」

「は?」


 ワケの分からない言葉の次に、両手が引っ張られるような感覚があった。

 それだけじゃなく妙に身体の節々が痛い。

 まるで階段を引き摺られて身体中をゴツゴツとぶつけられたような痛みだ。


「痛っ、えっ?」


 気付けばアイリーンとレオーナは階段の中腹どころか、最上段にいる。

 2階から1階へ向けた階段の一番上の位置にまで移動していた。


「……!?」


 ゾッとアイリーンの背筋が凍り付く。

 不可解な事が起きた。

 何が起きたのか全く分からない。

 しかし、この事象を引き起こしたのが目の前のレオーナという事だけは理解できた。


「アンタ、一体、私に何を……! 私は『何をされた』の!?」


 何をされたのか分からない。

 レオーナの手で、階段を登らされた? どうして。何のために。


「──じゃあ、いってらっしゃい」


 トン。と、レオーナはアイリーンの身体を突き飛ばす。


「えっ」


 微笑むレオーナ。

 自らの身体が宙に浮かぶイヤな感覚……。


「きっ……きゃああああああああああ!!?」

「ふふ。結果は【未来】のお楽しみね」


 次の瞬間。

 誰にも目撃されないまま、やはりレオーナは忽然と【その時間】から姿を消した。



◇◆◇



「いぎぃぃっ!?」

「アイリーン!? えっ!?」


 妙な悲鳴を上げたアイリーンにテルメオ王子達が視線を向けると……。

 先程まで健全に立っていたはずのアイリーンが、手足に包帯を巻きつけ、首を固定したような姿へと変わっていた。

 いつの間にか大怪我を『した事』になっている……。


「な、なん……え? なんだ? これは……」

「ふふ。ほら、ね? ちゃんと生きていられたでしょう? アイリーン嬢」

「いぎっ、あっ、ぅ、痛い、痛いよぉ……!」


 見れば服装も変わり、入院した患者が着せられるような簡素な服装にアイリーンは身を包んでいた。

 さっきまで彼女は確かにドレスに身を包んでいたはずなのに……。


「ふふ。まぁ、まぁ。テルメオ殿下ったら。『入院していた』アイリーン嬢を、無理矢理に呼び出しましたのね?

 なんて非道な振る舞いかしら!」

「な、なぜ……何故だ、さっきまで、あ、あ?」

「病院からアイリーンを連れて……あ?」


 そこで男達が『思い出す』。

 嫌がるアイリーンを無理矢理に自分達がパーティー会場へと連れて来た『事実』を。


「そんな……!?」


 確かにパーティー会場までアイリーンをエスコートしたのはテルメオ本人だった。

 しかし、いつの間にか、病院から強引にアイリーンを連れ出したという『事実』にすり替わっている……。


「な、なん、これは……! 貴様、貴様! レオーナ・フェルメル!

 貴様がアイリーンにした事だな!?」

「ええ、その通りですわ。テルメオ様?」


 全く悪びれずにレオーナは微笑む。


「すべて貴方たちが思い描いたシナリオ通りに。

 私、過去に戻ってアイリーン嬢を『虐げて』きましたのよ? ふふ、ふふふ。

 貴方たちがそう望まなければ、こんな【今】は叶わなかったのだけれど。いいえ。

 貴方たちが私に冤罪などけしかけ、声高に叫ばなければ出来なかった事だけれど、ね?」

「ぐっ……!?」


 これ程の破格の魔法を使えるレオーナは『無能公女』とまで罵られながらも、今まで大人しくしていた。

 テルメオ王子がどれだけ彼女を罵ろうとも、冷遇しようとも、だ。

 しかし、最後の一線をテルメオ王子たちが先に踏み越えてしまった。

 これは、その結果なのだと突き付けられる。


「こんな、こんな事を。この、この魔女め! やはり貴様との婚約は破棄だ!

 王子の名において、レオーナ・フェルメルとの婚約は破棄!

 そしてアイリーンを傷付けた罪で、貴様を、」


「──あら。私と貴方は、とっくに『婚約者じゃない』ですわよ?

 それを破棄だなんて何をおっしゃっているのかしら」

「…………は?」


 レオーナを罵る言葉の出鼻が挫かれる。


「何を言っている……」

「あら。テルメオ様も既に国王陛下から直接、通達されているはずですわよね?

 私達の婚約は解消したと。ほら、【過去】を思い出してくださいな」

「な……ん……あ?」

「で、殿下……?」


 今、この瞬間に思い出したかのようにテルメオは、国王である父の言葉を思い出していた。


 たしかに。

 たしかに自分はレオーナ・フェルメルとの婚約を既に解消している。

 国王の言葉も聞いた。


(一体、いつ? 何故、今、思い出して……。ち、違う。これは、この女が……!)


 その現象を引き起こしたのは間違いなく。

 目の前で悪女のように微笑むレオーナ・フェルメル公爵令嬢だった。



「──随分と騒がしいな」


 騒ぎを断ち切るように凛とした声が会場に響いた。


「……アルベル国王陛下。よくぞお越しいただきました」

「ち、父上……!?」


 その声の主は、アルベル・ドルク。

 レオーナが注目を浴びていた事で訪れた事に気付かれなかった国王が、そこに立っていた。

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