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時間のレオーナ ~逆行する悪役令嬢の恋する相手~  作者: 川崎悠


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02 過去に向かうレオーナ

※報復シーンが残酷です。注意!

 その日、朝の早い時間。

 学園の教室で一人、歪んだ顔を浮かべながら教科書を手に持つ女が立っていた。

 黒髪と黒い目の男爵令嬢、アイリーン・ドーラだ。

 彼女は自らの教科書を手に持つと、思いきり自らの手で(・・・・・)破いてしまう。


「──まぁ、勿体ない。教科書だって無料(タダ)じゃないのよ?」

「!?」


 先程までは、たしかに一人きりだったはずの教室で。

 背後から声を掛けられたアイリーンは驚愕する。


「ごきげんよう、アイリーン嬢。今日は教科書破りに精を出していらっしゃるのね」

「な、何で、アンタが……」


 振り向けば、そこに立っていたのは金色の長い髪と赤い瞳をした美しい令嬢。

 アイリーンが妬ましいと思っている女、公爵令嬢レオーナ・フェルメルが居た。


「ふふ。私は【未来】から、お邪魔しているのよ?」

「は……?」

「それはそうと。ほら、破いた教科書は、これで元通り(・・・)

「え!?」


 たしかに破いたはずの教科書が、レオーナが指を振っただけで元通りになった。

 まるで『時間が巻き戻った』みたいに修復されてしまったのだ。

 しかし、その事に驚いたのも束の間。

 次の瞬間には、アイリーンの手元からは教科書がなくなっていた。

 それは、まるで『時間が止まった』瞬間に奪われたかのように一瞬の出来事だった。


「ふふ。まずは一つ目」


 そして、今度は確かに『レオーナの手で』ビリビリとアイリーンの教科書は破かれる。


「な、なん……」

「これでは何も楽しくないわね? まぁ、良いわ。次は少し遊んでみましょう。では、ごきげんよう。アイリーン嬢。また【未来】でね?」


 レオーナの姿は教室から消え去った。

 残された【過去】のアイリーンは何もワケが分からないままだった。



◇◆◇



「──ただいま戻りましたわ」


 そして再びパーティー会場に姿を現したレオーナ・フェルメル公爵令嬢。

 この時点で彼女が『魔法を使えない無能』だという話が嘘・偽りであった事が証明された。

 彼女を蔑んでいた者達の顔色が青く染まっていく。


 レオーナ・フェルメルは誰もが見た事のない特別な魔法を振るう女だった。

 それも魔力だけは膨大に秘めていると噂されていた女で、さらに彼女は公爵令嬢だ。

 貴族の中で最も高貴な身分を持つ令嬢。


 学業の成績も優秀で、見た目も美しく、王家に次ぐ身分もある。

 王家に請われて王子妃になるはずだった公爵令嬢。


 ……本来ならば、非の打ち所がない彼女を多くの者達が見くびり、侮ってきた事になる。

 その事実に気付き、周囲の者達は涙目になっていた。

 だが、そんなことはもう後の祭り、手遅れのことだった。


「な、何だと……。魔法が。レオーナは、無能公女のはずなのに……まさか、」


 国王譲りの銀色の髪と、王妃譲りの緑色の瞳をしたテルメオ・ドルク王子は、ワナワナと震えている。

 彼がレオーナ・フェルメルを気に食わないと蔑んでいた理由には、成績やその他の作法、賢さに対する劣等感も含まれていた。

 だからこそ、レオーナが魔法を使えない事を執拗に罵倒し、貶めてきたのだ。

 それが蓋を開けばレオーナは魔法を振るう事が出来た。


(それでは自分は、何ひとつとして、彼女に……!)


決して認められない『事実』がテルメオ・ドルク王子の頭の片隅に思い浮かぶ。

彼の劣等感が、なけなしのプライドが、その真実を受け入れることを拒んでいた。


「あ、あ……?」


 そんなテルメオの動揺とは別の形でアイリーンは混乱した素振りを見せていた。

 アイリーンのその様子を見て、微笑むレオーナ。


思い出し(・・・・)ましたか、アイリーン嬢? これで確かにあの日、貴方の教科書を破いたのは私になったわね? ふふ」

「な、ん……で? こんな、こんな記憶、あるはずが」


 『上書き』された記憶に混乱の表情を浮かべるアイリーン。

 彼女は、未だ事態を飲み込む事ができていない。


(魔法が使える? この女が。公爵令嬢で、王子の婚約者で、綺麗で、頭も良くて……何もかも持っている、苦労した事なんて何一つないだろう、この腹の立つ女が……! その上、魔法まで使えるですって!? それも、それも特別な……この女だけの魔法、を!)


 嫉妬心からアイリーンはどうにかなりそうだった。

 レオーナの唯一の弱点だったはずの魔法の有無。

 それだけが彼女を貶められる欠点だったのに。


「さて。他の誰にも把握しかねるでしょうから、貴方にだけは言ってあげるわね?

 あの日、貴方は『自らの手で』教科書を破いていたワケだけれど。

 それを私は塗り替えて見せたわね?

 ……つまり、私がその気になればあの瞬間。

 あの場に『公平な目撃証人』を連れ立っていく事も出来ましたのよ?

 お分かりかしら。私は、いつでも私の冤罪を晴らす事が出来るのだけれど。

 それでも、あえて貴方の茶番にすべて乗って差し上げるわね?

 ご自分の考えた被害を受けるシナリオ。たんと味わいなさい? ふふ、ふふふ」


 未だアイリーンの理解が及ばないレオーナの【時間魔法】の力。

 分からない。

 自分の身に何が起こるのかまだ分からないが……、とてつもなく嫌な予感がする。


「ま、待っ……」

「ごきげんよう。また【過去】でお会いしましょう? アイリーン」


 そして再びパーティー会場から姿を消すレオーナ。

 彼女はまた【過去】へと転移したのだ。



◇◆◇



「──『噴水に突き飛ばす』だったかしらね?」

「えっ」


 やはり突然。

 周りに誰も居なかったはずなのに、アイリーンは背後から声を掛けられた。


 聞き覚えのある声がしたかと思った次の瞬間。

 身体を突き飛ばされて、自ら飛び込もうとしていた噴水に、アイリーンは顔から沈み込んでしまった。


 予定では足が浸かる程度だった。

 精々、スカートを濡らす程度の予定だったのに頭から突っ込むアイリーン。


「がぼがぼがぼ!」


 自分で飛び込むのと、誰かに突き飛ばされるのでは状況が違う。

 アイリーンは混乱しながらも手足をバタ付かせ、頭を水面へと上げようとする……が。


「がぼっ!? がっ」


 両手が押していた水底が消失したように水をかき、空気? に触れる。

 上げようとしていた頭は逆に勢いを付けて水の中へ沈み込んだ。

 一瞬にして天地が逆さまになったような感覚に、ますます混乱するアイリーン。


 がむしゃらにもがき、顔を上げようとするのに、何度も天地が逆転するような事態が起きてしまう。


(なに、なに、なに……!?)


 ここは学園に設置された噴水だ。

 水深はそこまで深くはない。

 立てば余裕で顔は水面に出るはずなのに。

 アイリーンは、一向に水の外へ顔を出す事が出来ない。


「ふふ」

「がぼっ、!?」


 ふとした瞬間。

 水の中なのに公爵令嬢の笑い声が聞こえてアイリーンは恐怖に包まれた。


(し、死ぬ……溺れ死んじゃうっ……!)


 誰にも見られないタイミングを見計らった。

 元々は水に浸かる程度のつもりだ。

 助けを求めても誰も来てくれない。

 近くには誰も居ないはずだ。

 ……どころか自分は突き飛ばされた。


(殺される……!? あの女に……!)


 必死に。水面へ顔を出そうと身体を捻る。

 度重なる天地の逆転現象に、もはや上がどちらなのかも彼女には判断がつかない。


 むしろ水面だと確信して顔を上げようとすると、より深く沈む事になる。

 アイリーンは水深のそこまで深くないはずの噴水の中で、必死にもがき続けた。

 自らの意思のように何度も何度も、水底に顔を叩きつけてしまうアイリーン。


「がぼぉっ……!?」


 本人は水面だと思って顔を上げようとするのに、毎回そこは『水底』の方向なのだ。

 もはや自ら水底へ沈んでいるようにしか見えなかった。

 それを目撃している者は、ただ一人しかいなかったが。


 息が続く限界まで水底にいたアイリーンは、しばらくして、ようやく水面に顔を上げる事が出来た。


「ごぽぉっ! げほっ、けほっ、はひゅ! はひゅー、はひゅー!」


 形振り構わず水を吐き出し、呼吸するアイリーン。

 その様子は普段の可愛らしさからは外れ、必死の形相だ。


「──まぁまぁ楽しめましたわよ? アイリーン嬢。ふふ」

「っ!?」


 また背後から声。ゾクッと背筋が震える。

 だが振り向いたところで、あるのは水を吐き出し続ける噴水だけだった……。


◇◆◇


「──ごきげんよう。あら。座標がズレちゃったわ」

「ひっ!?」


 再びパーティー会場。

 今度は、アイリーン・ドーラの『真後ろ』に現れたレオーナ・フェルメル公爵令嬢だ。


「なっ、瞬間移動……転移だとぉ!?」


 背後に現れたレオーナにテルメオ王子は、また驚愕する。


「正しくは時空間移動ですわね。殿下。時間だけを操りますと『その場』に縛られますので。ですから私、場所も自在に移動できますのよ」


 パーティー会場に集まった者達には、レオーナが見せている魔法は瞬間移動の類にしか見えなかった。

 本当に『時間』にも干渉しているのか分からない。

 ただ一人、アイリーンを除いては……。


「あ……ああ……!」


 レオーナを見て、震え上がるアイリーン。

 彼女にまた新しい記憶が『上書き』されていた。


「思い出せて? 貴方が噴水に突き飛ばされた日の事を。

 ふふ。大変でしたのよ?

 貴方が顔を浮かべようとする度に、貴方の身体を『逆さま』にして差し上げていたの。

 私がよ? そこは『手動』なのよねぇ……ふふっ」

「ひっ!?」

「アイリーン!?」


 耳元で囁くようにレオーナが言う。

 アイリーンの怯えは先程までと違って真に迫る『本物』に近付いていた。

 近くに居た男達が、アイリーンを怯えさせる公爵令嬢レオーナに対し、なりふり構わず掴み掛かろうとする。


 だが彼女は一瞬の内に姿を消した。

 そして、元いた場所にいつの間にか姿を現している。

 それは先程見せた瞬間移動とは別の動きに見えた。


「私に対して暴力を振るおうとするのは得策ではないわね。

 殴り掛かるならまだ良い方。剣で切り掛かりでもした瞬間。

 目の前に居るのが私のまま(・・・・)とは限らなくてよ? ふふ」


 余裕を持って笑って見せるレオーナ。

 

「何を、時間とは関係ないじゃ……いや、まさか。まさか」


「ああ。テルメオ王子殿下。

 失礼ながら、我がフェルメル公爵家から贈った、この指輪は殿下には相応しくないようですので。返して頂きましたわ?」

「……!?」


 誰にも。本人にも気付かれない内に王子が嵌めていた銀のリングとサファイアの付いた指輪を手中に収めていたレオーナ。


「時間、時間……? まさか、時間を『止めて』?

 時間を止めて、動いたというのか!?」


 テルメオ王子を含めて戦慄が走る。

 そんな事をされては、この場の誰も彼女に抗う事が出来ないではないか。


「テルメオ殿下は銀髪に緑の瞳。

 この指輪が贈られた相手が、ご自身ではないとわからなかったのかしら?

 本当に不快でしたわ」


 レオーナは『銀』と『青色』のサファイアの指輪を手にする。

 いつから持っていたのか、消毒液でそれを拭いて見せていた。


「さて。気を取り直しまして。続きを致しましょう、アイリーン嬢。

 最後は『階段から突き落とされた』でしたわね? ふふ。

 3日前にそんな事があったのに、貴方ったら本当に何の怪我も負わなかったなんて。

 なんて健康で強い身体なのかしらね?」

「ひっ……!?」


 学園の噴水で溺死し掛かった記憶がアイリーンの頭の中に蘇る。

 それは【過去】に『確かにあった』事だった。


(ありえない。こんな事、ありえない。忘れていた? 今まで? 違う……!)


 過去の改竄、歴史の改竄、時間の……魔法。


「では。行って参りますわね?」

「まっ、待って! お願い、やめっ、」


 必死で止めようとするアイリーン。

 王子を含め、彼女が侍らせていた男達も何事かを成そうとするレオーナ・フェルメルを止めようとした。

 だが彼女が向かう先は【過去】だ。誰にも止める事は出来ない。


「──それは『既に起きた事』なのよ? ふふ」


 そして再び彼女は【今】から消えて、【過去】へ向かった。


「いやぁあああ!」


 悲鳴を上げるアイリーンだが、それはレオーナには届かなかった……。


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