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夢観測所

作者: 村崎羯諦

「母は夢の中で私を妊娠して、夢の中で私を出産したんです。だから、私は夢の中で生まれた人間で、ずっと夢の世界にいることができる。そういう理由で、この観測所の管理人をしてるんです」


 夢の中に建てられた夢観測所。ここで働く未夢と名乗った女の子は、そう言って笑った。彼女の表情は優しく、だけどその奥には、底知れぬ悲しみが潜んでいるような気がした。


 宇宙や海底のように、人類の科学をもってしても、全てを解明できずにいる領域はたくさんある。そして、そのうちの一つが私たちの見る夢だった。


 はるか昔。夢は個々人の頭の中だけに独立して存在しているもので、別々の人が夢の中で交流することはもちろん、他の人が勝手に覗き込むことだってできないと考えられていた。しかし、研究によって、人々の夢の世界はすべて繋がっていて、人々の夢へとアクセスすることができる共通領域の存在が判明して以降、私たちの夢に対する考え方はがらり変わることになった。


 もちろん夢にはまだ明かされていない部分がたくさんあるし、他の人の夢を勝手に覗いたりすることは国際的に禁止されていて、きちんとした手続きを踏まないと、夢の共通領域に行くことはできない。それでも夢の共通領域を拠点として、世界各国の研究者や企業が夢の研究を行っている。そして、この観測所は、人類が今現在見ている夢を観測し、記録する場所。そこで、この夢の中で生まれた未夢という女の子は、人々の夢を観測し続けている。


「研究所や企業の視察みたいなものはよくあるんですが、古川さんみたいな雑誌の取材は初めてなんです。だから、ちょっと緊張しちゃいます」


 未夢はどこにでもいる十代の女の子の見た目をしていた。観測所の作業着を着ていることを除けば、目の前にいるのは普通の女の子で、彼女が夢の中で生まれた存在だとは到底思えない。


「未夢さんは、私たちが発行している女性雑誌の名前とか知ってるんですか?」

「ええ、名前は知ってます。私が生まれてすぐは現実世界と夢の行き来は今よりもずっと大変で、観測している人々の夢だったり、研究者の人たちが時々くれる本でしか現実世界の情報は手に入らなかったんです。ですが、十年前に現実世界と夢の中をつなぐインターネット回線が開通して、今ではリアルタイムで現実世界のことを知れるようになりました。というわけで、私が知ってる知識は、全部ネットの知識なんですけどね」


 彼女を案内役で、私たちは小さな観測所の廊下を歩いていく。未夢の後ろをついていきながら、左右にある部屋を一つひとつ、覗いて行く。機械のメンテナンスに使うための機材の倉庫。資料室。出張でやってきた研究員が寝泊まりするための簡単な個室。簡単な流し台とキッチン。野菜が植えられている室内畑。


 そのどれもが現実世界で見たことがあるようで、だけどどこか違う。言葉にならない違和感が胸に突っかかって、そのたびにここは夢の中だからと自分に言いきかせる。しかし、振り払おうとすればするほど頭のモヤは少しずつ大きくなっていって、身体中の現実感が薄れていく。足元を見るとコンクリートでできた床がぬかるみのようになっていて、右足だけがズブズブと沈んで、平衡感覚を狂わせた。手をつこうと右手を伸ばそうとしたけれど、それと同時に右手ってなんだっけ? という疑問が頭の中を支配していく。自分の腕を見ると、毛穴からは小さな虫のような生き物が無数に這い出てきている。そして、その虫の一匹と、私は目があった。私はその小さな穴のような目の中に引き摺り込まれていく。身体が浮く。呼吸が止まる。私は何も考えることができなくなったまま、そのまま流れに身を任せようとした。その時だった。


「夢の共通領域に来るのは初めてですか? ()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()()


 未夢の言葉にハッと我に返る。足元を見ても、そこは固いコンクリートで、足の裏でしっかりと踏みしめることができる。周囲の部屋を見ても、先ほどまで感じていた異物感は無くなっていて、右手がなんなのかも明瞭に理解ができるようになっていた。


「私はここでずっと暮らしているのでこれが普通なんですが、中には耐えられなくて倒れちゃう人もいるんです」


 未夢は何でもないことかのように私に教えてくれた。ありがとう。私はお礼を言って、未夢の後ろをついていく。ここは夢の中。私はもう一度自分に強く言い聞かせた。


 あそこは人が踏み入れていい場所じゃない。


 私がこの観測所を訪れる一週間前。この夢の共通領域で仕事を一度したことがあるという知人が言った言葉。夢の中で働くということがどれだけ大変なことなのか、寝ている少しの間だけ夢の世界を訪れる私には、想像もつかない。


 夢が開拓されてまもない頃、夢の中で働く人々が次々と精神を病んでいったという噂があるし、ここで働いているうちに全く別の性格になってしまったという話も聞いたことがある。怖いもの見たさでこの夢の共通領域を訪れた人が、精神的な理由から突然言葉を話せなくなったという都市伝説も知っている。現実世界でも、夢の共通領域のことは一種のタブーになっているし、得体の知れない、不気味な場所というイメージの方が強い。


 そして、そんな夢の中で生まれた彼女は、一体何を考えながら、この世界で過ごしているのだろう。私は彼女の小さな背中を見ながら、そんなことを考えてしまう。


 ふと、私はある扉の前で立ち止まった。関係者以外立ち入り禁止。扉の前には赤い文字でそのような貼り紙が貼られている。他の部屋と違い、扉は閉ざされ、扉の上部についている窓は曇りガラスで、中の様子を伺うこともできない。未夢は私が立ち止まったことにも気が付かず歩き続けていて、彼女の足音だけが廊下に虚しくこだましていた。


 他の部屋とは雰囲気の異なる部屋に興味がそそられた私は、扉に近づき、取っ手に手をかけた。そして、音を立てないようにゆっくりとドアノブを回そうとした。その時だった。


「そこは関係者以外立ち入り禁止なので、入らないでくれますか?」


 いつの間にか私の近くまで戻ってきていた未夢が私に穏やかな笑みを浮かべたまま優しく諭す。突然声をかけられた私はびくりと身体を震わせた後で、ごめんなさいと謝った。壊れやすい精密機器が置かれているんです。ドアノブから手を離しながらも、ちらりと扉へ視線を送った私に、未夢は申し訳なさそうに教えてくれた。


「ここがこの観測所の中心。観測アンテナの制御室です」


 長い廊下の突き当たりにあった部屋。そこは球体状の巨大な装置と、その周りを取り囲むモニター画面で埋め尽くされていた。足元は数々のケーブルが張り巡らされ、足の踏み場もない。私たちはケーブルを踏まないように中央へと進み、巨大な装置に手が触れられる場所までやってきた。機械はほんのりと暖かく、静かな駆動音を立てながら、わずかに振動していた。


「このアンテナは数十年前に開発された旧式のアンテナですが、人類の夢領域の60%程度までカバーできるほどの信号受信能力があります。ここで受診した人々の夢は周りに設置されているコンピュータで処理されたのち、現実世界に存在するサーバへと送られます。ここで集められた大量の夢をもとに、現実世界では研究をおこなっているそうです。」

「……人々が見ている夢を勝手に収集しているわけですが、プライバシーの侵害とかそういう問題は起こらないんですか?」

「現実世界のサーバに送られる前に、ここにあるコンピュータで特定の個人に結びつくような情報をマスキングしています。また、加工前の夢の情報は、加工処理完了とともに完全に消去されるように法律で決まっていて、誰々がいつどんな夢を見たのかという情報は決して流出しないように細心の注意が払われているんです」


 私よりも一回り以上若い未夢は、すらすらと専門的な話を語る。私は部屋を占領する機械を見上げながら、彼女の横顔を見つめた。途中、彼女が私の視線に気がついて、メモは取らなくても大丈夫ですか?と聞いてくる。後でボイスレコーダーを聞き返すんで大丈夫です。私がそう答えると、未夢は雑誌の取材とはこういうものなのかと納得してくれたのか、それ以上追求することなく説明を続けてくれた。


 それから私たちは部屋を移り、こじんまりとした待合室へと移動する。ソファに座って部屋の中を見渡していると、未夢がコーヒーを持ってきてくれる。私たちは向かい合いながらソファに腰掛け、部屋の窓の向こうに見える外の景色を眺めた。


 現実世界と違って、夢の中の共通領域は発達途上だ。道は整備されていないし、人自体が全くいない。音はアンテナ制御室から聞こえてくる駆動音だけで、周囲は静けさに包まれている。現実世界に生きる私からしたら、この夢の共通領域は明らかに殺風景で、暮れなずむ街並みを見ているような、そんなもの悲しさを感じてしまう。


「夢の中で産まれて、夢の中で生きるって、どういう感覚なんですか?」


 記者としての好奇心から生まれてきたその言葉。言葉にした後、ちょっと気分を害されるかもと私は思ったけれど、未夢は変わらず穏やかな表情を浮かべ、じっと外の景色を眺め続けた。


「私は好きですよ。現実世界を知らない私が言っても、説得力はないかもしれないですが。私にとってはこのヘンテコな機械と施設が私の家で、何もないまっさらな世界が私にとっての世界です。たまに研究所の人から外のお話を聞かせてもらうときはありますけど、私にとっては御伽噺の中の世界でしかない。小さい時のはもちろん憧れた時もありましたけど、少なくとも今は、この世界を離れたいと思うことはないです」


 私はもう一度未夢の横顔をじっと見つめる。決して強がりなんかでもなく、心の底からそう思っているからこそ出てくる言葉だった。現実世界の時間軸で言えば、彼女はまだ二十代にもなっていないくらいの女の子。その女の子がその心境に至るまで、どのような心の変化があったのか。私は彼女のここでの日々に、思いを馳せずにはいられなかった。


「一人でこの施設で住むようになったのはいつからですか?」

「覚えてないですが、多分私が10歳になるかならないかの時だと思います。その頃はまだ母親がいて、一緒にこの施設の管理をしていました。母親がいなくなってしまってからは、私がここの施設の管理者です。ずっと夢の中で過ごせる人は貴重ですし、私としても他に行くところもないですから」

「……未夢さんの母親は今どこにいるんですか?」

「私にもわかりません。ごめんなさい。せっかく私の母親を探しにここまできてくださったのに、お役に立てなくて」


 私は驚きのあまりえっ?と思わず呟く。すると未夢は少女らしい無邪気な笑顔で、「気づかないとでも思ったんですか?」と問い返してくる。


「この夢の世界にも鏡くらいはありますよ」


 未夢は自分の頬をゆっくりと撫でながら、言葉を続けた。


「お母さんから話は聞いてましたし、何より会った瞬間、自分と顔がそっくりで驚いちゃいましたよ。七瀬叔母さん」






*****






 私の姉、古川沙織は、この夢観測所の初代管理人だった。その生活の中、姉は夢の中で妊娠し、夢の中で未夢という女の子を出産した。そして、姉が未夢を産んだ二十年近く前から、彼女は現実世界で一度も目を覚ましていない。


 現実世界の姉は今、都内の病院で植物状態のままベッドで眠り続けている。医者の話では身体のどこにも病気はない。彼女が目を覚さないのはただ、彼女自身から夢から覚めることを望んでいないからだと医者は説明した。


 姉がどうして夢から覚めようとしないのか、当時の私たちは誰もその理由がわからなかった。その頃はまだ夢の共通領域への往来手段が発見されたばかりで、関係者以外の人たちには入ることはもちろん、その中で一体どのようなことが行われているのかすら知らされていなかった。だけど、時代とともに夢の共通領域の話が現実世界にも知られるようになっていって、最近になってようやく、姉がこの観測所で管理人として働いていたという事実を知った。


「最初は、私を置いて現実世界に帰ったんだと思ってました。でも、母からの定期的な報告があがってこないことを心配した研究所職員の方が調べてくれて、現実世界の母がまだ眠ったままであること、要するに、まだこの夢の世界のどこかにいるということを教えてくれました。いつか帰ってくれる。そう思いながらここで生活を送っていましたが、結局十年近い時間が経ってしまったという感じなんです」

「失踪した理由に心当たりとかはないんですか?」


 私の問いに未夢は首を振る。


「私にはわかりません。でも……」

「でも?」

「私を産む前からもう、限界だったのかもしれません。母は、夢の世界に適性があるわけではなかったので」


 未夢が手に持っていたコップをテーブルに置き、コップの底とテーブルが当たる音が寂しく響き渡る。限界とはどういう意味なのか、未夢はそれ以上語ろうとはしなかった。私は未夢の横顔をそっと観察する。穏やかなその顔は、どこか姉の面影のようにも見えたし、そうではなくて、まるで最初から全てを諦めたような寂しげな表情のようにも見えた。


 それから私たちは当たり障りのない会話を続けた。それから、時間が来て、私は現実世界に戻らなくちゃいけないことを未夢に告げた。出口まで見送りますよ、という申し出を丁重に断って、私は一人、元来た道を歩く。長い廊下をゆっくり歩きながら、私はいろんなことを考えた。未夢のこと、この夢観測所のこと、そして、いまだに夢の中で行方不明となっている姉のこと。そして、私は無意識の何かに命令されたかのように、廊下の途中で足を止める。私が立ち止まった場所のすぐ横にあるのは、あの関係者以外立ち入り禁止の扉だった。


 雑誌記者という仕事をしているからといって、別にジャーナリスト魂なんて持ってないし、なんなら知らなくてもいい事実は知らないままでいたいとさえ考えている。でも、それでも、なぜか私にはその部屋が気になって仕方がなかった。壊れやすい精密機器が置かれているんです。未夢が言っていた言葉を思い出しながら、それでも、気がつけば私はドアノブに手を伸ばしていた。夢の中だというのに、胸の鼓動が早くなり、背中には気持ちの悪い汗が流れていた。


 ドアノブを回し、扉を押してみたけれど、鍵はかかっていない。私は深く息を吐き、それからドアノブを握る手に力をこめる。ゆっくりと扉を開けたけれど、部屋の中は暗く、廊下の照明だけでは全体像が見えない。私は手探りで壁を探り、照明のスイッチのようなものを探しあて、スイッチをつける。白昼色の照明が点灯し、私の目に飛び込んできたのは、可愛らしい子供部屋だった。


 私は拍子抜けしながら、部屋の中に入っていく。床には可愛らしいピンクのカーペットが敷かれていて、ぬいぐるみやおもちゃが散らばっている。壁には絵本が入った本棚、左端には学習机が置かれていて、子供の落書きの跡が残っていた。


「死体が隠してあるとでも思いました?」


 いつのまにか私の後ろに立っていた未夢が私に声をかけてくる。私は慌てて後ろを振り返る。


「見ての通り、ここは私の子供部屋なんです。恥ずかしいので、関係者以外立ち入り禁止ってしてるんです」


 未夢は相変わらず穏やかな表情を浮かべたまま説明してくれる。彼女は勝手に部屋に入った私を怒るでもなく、学習机まで近づき、そっと表面の落書きを手で撫でる。


「母親が失踪するまで、私はここで母親と一緒に暮らしてました。ここで働いてくれる人は貴重だったということもあって、待遇は良かったようです。研究所の人に頼めば大抵のものは届けてくれるし、何につかうのかなんてことも聞いてくることはない。だから、こんなにものが散らかってるんです。そして、この部屋は幼い頃の私にとっての世界で、それと同じくらい母との色んな思い出がたくさん詰まってるんです。母を思い出してしまうので、最近は滅多にこの部屋に入ることはないんですけどね」


 私は部屋の中をぐるりと見渡した。ここにあるのは現実世界と変わらない、子供の部屋。どこか見覚えがあると思って記憶を辿ると、ここが姉の幼い頃の子供部屋にそっくりだということに気が付く。


「お母さんのことは、どう思ってます?」

「というと?」


 私はちょっとだけためらった後で、勇気を振り絞って問いかける。


「憎んでたりしないんですか? 自分を勝手に置いていった自分の親のことを」


 未夢はカーペットの上に転がっていたぬいぐるみを拾い、優しく抱きしめる。それから長い沈黙が流れた後で、未夢は囁くように私の質問に答えてくれる。


「家族って、家族の数だけ色んな形があると思うんです」


 憎んでる、とも。憎んでない、とも言わずに、未夢はそういった。


「この夢観測所で働いていると、他の人がどんな夢を見ているのかちょっとだけ知ることができるんです。楽しい夢、怖い夢、変な夢、色んな夢があるんですが、家族……それも親が出てくる夢って意外に多いんですよ。夢の中にも、現実世界の親との関係が反映されていて、その人ごとに違った夢になっている。感謝してるとか、憎んでるとか、そんな簡単な言葉で言い表すことはできないし、他の人がああだこうだ言うことなんてできないと思うんです」


 うだうだ言ってごめんなさい、未夢は少しだけ照れながら私に謝る。


「私は母のことは今でも好きですよ。別に、親を大事にしろとかそういう常識があるからそう言ってるわけではなく、心から」


 その言葉を聞いた瞬間、彼女を心のどこかで不気味だと思っていたこと、そして、可哀想な子だと勝手に決めつけていた自分を恥ずかしく思った。夢の中で生まれたからといっても、母親が失踪してしまったからといっても、彼女はこの観測所で立派に生きている。私は未夢に微笑みかける。すると未夢もまた、私に微笑み返してくれた。それから彼女は、この部屋にいるのは恥ずかしいので、出ましょうと言った。私は頷き、未夢に続いて部屋を出ようとする。


 その時、私はふと足元に転がった写真立てに気が付いた。それを拾い上げると、そこには一枚の写真が飾られていた。写っているのは、若き日の自分の姉と、今よりもずっと幼い未夢の姿。二人は仲睦まじく身体を寄せ合って、カメラに向かって微笑みかけていた。二人の周りには色んなものが無邪気に散らかっていた。動物のぬいぐるみ。可愛らしい落書き。先っぽが削れたクレヨン。そしてそれから、一本の太い、鉄の鎖。


 鉄の鎖。その幸せな写真の端っこに映る異物に対し、私は一瞬目を疑った。そして、私はもう一度部屋を見渡し、カメラが収めた画角を確認し、床へと目を向ける。そして、転がったぬいぐるみに隠れていた、鉄の鎖の存在に気が付く。私はゆっくりと近づいて、それを手に取った。重たく、冷たい鎖はずっしりと重い。鎖を手繰り寄せるとその先端には、()()()()()()()()()()()()()()()()()()がくっついていた。


「鎖がそんなに珍しいですか?」


 扉の前で未夢が私に問いかけてくる。私は彼女の方を見た。未夢はさっきと同じ、穏やかな微笑みを浮かべたまま私を見つめ、それから落ち着き払った声で私に呟く。


「さっき言ったじゃないですか。家族って、家族の数だけ色んな形があるって」






*****






 私が夢の共通領域を訪れた、数ヶ月後。私の姉であり、未夢の母である古川沙織は、何の前触れもなく静かに息を引き取った。葬儀の後、私は夢の観測所で働く未夢に、姉の訃報を伝える手紙を送った。


 だけど、今もまだ、未夢から手紙の返事はない。


 郵便受けを確認し、今日もまた彼女からの返信がないことを知るたびに、私はいつもあの時の彼女の表情を思い出す。姉の面影のようにも、まるで最初から全てを諦めたような寂しげな表情のようにも見えた、あの穏やかな彼女の表情を。

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