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シャープペンとケシゴム

我らのご主人は随分な乱暴者で、そして悪戯好きだ。


だから私の中に住んでいる彼らは時に胴体を真っ二つに折られたり、時には身体に消えない傷を刻まれたりと、酷い仕打ちを受けている。それは私も同じなのだが、どうにも私は弄りにくい体質のようで、最近は地面に叩きつけられる程度のことしかされていない。


ご主人が小学生のときは、投げ飛ばされたり踏みつけられたり、それはもう散々だった。けれど私の身体は頑丈に出来ているので、ちょっとやそっとのことで壊れることはない。投げ飛ばされてメダカの泳ぐ水槽に沈んでも、踏みつけられて変形しても黒く汚れても、多少の傷が残る程度だ。


故にご主人とはもう八年近い付き合いになる。


その長い年月の間、私の中の住人の面子はほとんど変わっていない。どんな酷い仕打ちを受けようと私たちがご主人の元を去ろうとしないのは、我らの寿命が尽きるまでその手元に置いてくれるからなのだろう。


貴重な小遣いを我らを新調するために使うだなんて勿体無いという理由で、ご主人が我らを傍に置いているのであっても。


……とりあえずご主人、ご友人とふざけ合って私を蹴り飛ばすのは止めてください。私はサッカーボールではありません。それになにより私の中にいる皆さんが大変なことに――


「痛ッてぇぇ! ちょ、痛、シャープ、ささ、刺さってるって!」

「私だって、あんたに刺さりたくて刺さってるわけじゃないわよ! あんたのご主人が暴れるのが悪いんでしょ!?」

「俺のご主人はお前のご主人でもあるだろーが! 痛、いたたたた」


――なってしまっているようだ。


がしゃがしゃと音を立てて振り交ぜられた私の中に住まう彼らが悲鳴を上げている。私は彼らの居場所であると同時に汚れや傷から守るためのものでもあるのだが、こればかりはどうしようもない。


私の中はそれほど広くないために激しく動かされると、住人同士が不可抗力であるとはいえ、傷付けあってしまうことが間々あるのだ。ご主人が小学校に入学したときから傍にいるケシゴムさんと、中学校に入学するときに新しく入ってきたシャープペンさんの場合は、特に。


我らの中で最も使われているであろう彼らは傍にいることが多い。そのため、ご主人が私を持ったまま暴れたりだとか今のように蹴って遊んだりだとかをすると、シャープペンさんの先端がケシゴムさんに突き刺さることが必然的に多くなってしまう。


「うおお、ちょっとマジでやばいって! 貫通する、貫通……っ俺の身体に穴がぁぁ!」

「うるっさいわね! ほんとに貫通させるわよ」


騒がしいふたりの声。私はそれを聞きながら、ご主人のつま先によって床から空中へと浮き上がった。ああ、嫌な予感がする。


「……はっ、貫通したいならやればいいんじゃねーの? 構わないぜ俺は別に」

「……ふぅん、なら望み通り――」

「ただし、お前のその先っちょの細ーい穴に、俺の一部が詰まることになるけどな!」

「なっ……そんなことになったらシャー芯が出なくなっちゃうじゃない……!」


ケシゴムさんの笑い声とシャープペンさんの悲痛な呟き。それらはご主人の足が風を切る音に掻き消された。


吹っ飛んだ私と、再び混乱に陥った私の中。なんだかとても鈍い音を立てて黒板に強打せざるを得なかった私は、そこでようやく蹴り飛ばされることから逃れることができた。チョークの粉で多少汚れてしまったが、それだけのようだ。安堵に全身の力が抜け、落ちた床にへばり付く。


「………だ、大丈夫か? ハコ」

「なんか……物凄い音が、したけど」


上擦った声で言ったふたりは、黒板にぶつかった衝撃でだろうか、ケシゴムさんに少し窪みはできたものの、何事もなかったかのように綺麗さっぱりシャープペンさんの先端は抜けていた。


ケシゴムさんをシャープペンさんが貫通、なんてことにならなくて良かった。


「……ハコ、ほんとにお前、シャープと違って良い後輩だなぁ」

「はあ!? 私だって、あんたがハコみたいな先輩だったらもうちょっと敬ってたわよ!」

「んだと、この生意気シャープ!」

「なによ文句あるっての? 馬鹿ケシ!」


ぎゃあぎゃあと騒がしい私の中を知るはずもないご主人が、黒板の下の床に落ちた私を拾い上げる。チョークの粉に塗れた私を軽く払って汚れを落としてくれたご主人は、楽しそうに笑って、我らを腕に抱えた。


まさかとは思うが、八年目にしてようやく我らを労る気になってくれたのだろうか。期待に胸を躍らせた私を一際強く腕に抱いたご主人は、本当に本当に心の底から楽しそうに、私を――我らを。


「うお!? なんかまた揺れ――」

「ちょっ、馬鹿ケシ、そんな近付いたらまた――」


我らを、開いた窓から広い広い青空へ――


放り投げた。


放り投げた。


放り投げた!?


「痛ッてぇぇ! ちょ、痛、シャープ、ささ、刺さってるって!」

「私だって、あんたに刺さりたくて刺さってるわけじゃないわよ! あんたのご主人が――って、え? なんか私たち、落ち、てる?」


綺麗な綺麗な放物線を描いて地面へと真っ逆さまな私は、教室の窓から快活に笑うご主人を見た。あんなに楽しそうな顔を見せられたら、多少痛くても多少壊れても全然平気だと思えてしまう。


騒がしい中身と授業開始のチャイムの音を聞きながら、広い青い空を見た。


主人は今日も楽しげだった。

我らは今日も騒々しかった。

日常は今日も変化なかった。


「ご主人はあいかわらずだなぁ」


呟いた私から空が遠のいてゆく。


……………。

………………………。

ぐしゃ。

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