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ウキクサクロニクル  作者: 歯車えい
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71.古典的な手

 件の結節点付近に着いてから、ウキクサたちは舟でぐるぐると辺りを通ってみたりしたが、例の花園は一向に見当たらない。曲がりくねったトンネルの先だったから場所が判然としないのはしょうがないが、それらしき水路くらいは見つけられて然るべきではないかーーそう思いつつ、一同は首を捻る。

「この辺りの地理についてはそれなりに知悉しているつもりだが……どういう事だろうな」

 漁師がそう言えば、リュカも同調して首を縦に振る。

 追跡者たちは一定の距離を保とうとしているのか、遠巻きに様子を窺い近付こうとはして来なかった。彼らにしたって、後を追って何度も同じような所をぐるぐる回っているのだから、こちらの動きを怪訝に思っていてもおかしくないだろう。

「ひとまずあちらさんは無視するか? 今の所害を加えようとはしてこないし」

「そうするのがいいかもな。……舟を寄せて貰ってもいいか?」

 漁師は比較的人目の多い、結節点に程近い橋の下に舟を寄せる。

「連中しつこいようだから、俺も着いて行こうか」

「いや……俺たちが原因なら、余計な騒ぎには巻き込みたくない。気持ちだけで十分だよ。あんたもあんたの予定があるんじゃないか?」

 言うと彼は被りを振りながら、「見透かされてるか……」と名刺を渡してくる。

「気を付けな。あと妖獣絡みで良い情報があったら、宜しく頼む」

「本当に好きなんだな……」

 渡された名刺も漁師としてのそれではなく、『妖獣愛好家 ボルドール』なる肩書きになっている。裏面には様々な動物の絵の中に名前が記されており、鷹の絵の中にはーー

「ジャック、か」

 言うと『鷹』がピュイ、とひと声鳴く。

「ありがとな。お陰で連中(・・)の事に気付けた」

 そう言ってジャックの頭を軽く撫でる。『鷹』もボルドールも満足気に頷くと、ゆっくりと舟を岸から離し、水路を外海へと漕ぎ出していく。

「……さて」

 残されたウキクサたちはこれからどうするか、選択を迫られていた。目的の『花園』を目指すか、それとも連中(・・)をとっ捕まえるのを優先するか。

「どうする?」

「目的が分からんからな。ひとまず纏まって行動をした方がいいだろうが……」

「どっちにしろ変わらないなら、当初の予定通り行ってみない? そうしたら着いてくるかも知れないし」

 それも一案だという事で、ひとまず一行は『花園』を目指す事にする。

 先日訪れた結節点の前を通り、路地を抜けると、ウキクサは見覚えのある鉄扉の前で立ち止まった。鉄扉もその中のトンネルや灯りも、彼が見た時と些かも変わっていないように窺われた。

「この先なんだが……」

 リュカに言うと彼女は何度も頷きながら、「やっぱり偶にはフィールドワークに出てみるものね。こんなの調べない訳がないじゃない!」

 そう言いながら扉を開け、ずんずんと薄闇の中を進んでいく。

 トンネルを右に曲がり、更に左に曲がると、程なく件の『花園』が姿を現す。相変わらずの落ち着かなさで、「ここ、大丈夫なんですか?」とアルゴが思わず問い返す。

「前も言ったが、俺は正直ヤバいと思う。良からぬ事に巻き込まれそうでな」

「動きにくい服装をしてると尚の事ね」

 とメイリンが同意を示した。確かにこの中では、彼女が一番普段と比べて動きにくい格好をしている。しかも着慣れていない服だ。他の面々はそれに比べれば、少し難儀する程度だろうか。

「ここの水路、多分隠されてるわね」

「隠されてる?」

 カミールがリュカに聞き直すと、

「多分目立たない入口があるのよ。そこを通らないと辿り着けないっていう、そういう水路なんだと思う。私道みたいなもんかしら。ほら、水路沿いの建物を見て? 違和感があるでしょう?」

 言われて注視してみるも、ウキクサには何が問題なのか皆目分からない。と、令嬢が「あっ!」と声を上げて、

「水辺からの出入口がない!」

「その通り!」

 皆が改めて両岸の建物を見遣る。二人の言うように、運河から建物の中へ入れそうな戸口は、見える限りではどこにも見当たらない。

「この街にしては珍しいな」

「ええ。私も使われなくなって久しい水路がある、っていうのは聞いてたけど、実際に見るのは初めてだから興奮するわー!」

 商会長が返すと、肩の上に乗っていた妖獣が一度ぶるりと震えて、ウキクサの腕の中に戻ってくる。

「……着いて来てるのか」

 ダイフクは『そうだ』と言いたげにひとつ跳ねると、『花園』の入口脇の目立たぬ辺りで再び路傍の石になって身を潜めた。連中がここまで来るかについては何とも言えないものの、警戒はしておくに越した事はなさそうだ。

「どうにかして撒く(・・)? それともーー」

「あちらさんの目的も人数も分からないのが問題だが……ここまでしつこいなら、数が少ない今の内にいっそ(おび)き寄せて捕まえるのもアリだな。トンネルのこっちまで連れ込むのが大変だが」

 商会長の言葉にカミールはそう言ってニヤリと笑い、

「古典的な手でも使ってみるか?」

「古典的な手?」

「お前さんも知ってる手さ。まあアイツの『予言』もあるから、どうするかは任せるが」

 ウキクサは暫し思案すると、「なになに、『予言』とな?」と興味深げに顔を寄せてきた女性二人を一瞥してから、

「……まずは説明しておいた方が良さそうか」

 と苦笑を浮かべるのだった。



 ーーーーーー



「……どうする?」

「参ったな」

 鉄扉から少し離れた所に、仮面に黒マントの二人組が立っている。追っていた一団がトンネルの中に入ってしまった為、どうしようものかと動きかねているのだった。

「中は暗いみたいだし……どうする、出直すか?」

「ここまで来てか? この二日(・・・・)なら仮面で悪目立ちしないし、何よりここならお誂え向きに人通りが少ない。何かあっても(・・・・・・)気付かれにくいだろう?」

「それはそうなんだがな……」

 二人が言いながらちらりと扉の内側を覗くと、中から誰かが駆けてくる。しかも何事か叫びながらだ。慌てて二人は隠れるも、現れた人の姿を見て困惑した。

「誰だあれ?」

「トンネルの向こうに居た人か?」

 それは白い服を着た中肉中背、褐色の肌をした女性だった。息荒くふらふらと手を突き、「だ、誰か……」と消え入るような声を発していた。二人は無視してそのまま建物の陰に隠れていると、

「妹が、スライムみたいなのを連れた連中に……」

 それを聞いて一人が飛び出す。もう一人に制止されるのを尻目に彼女に近付くと、白い服を着た女がそれに気付いて、

「急いで、舟で、逃げられる……!」

 息も絶え絶えに言うと、ぐったりとその場で両手を突いてしまうのだった。

 男が「やはり悪漢の類だったか……!」と懐から何かを取り出しつつ、トンネルの中へ駆け込む。それを見届けてから女はふらふらと通りの方に向かうと、通行人に何か手渡した。受け取った方は「お安い御用で!」と忽ち駆けてゆく。女の方も、そのまま別の角を曲がっていった。

 残された方が忌々しげに顔を歪める。相方が独断専行してしまった為、次に取るべき手が難しい。出て来た女を追うべきか、中に入って相方と一緒に『賊』を相手にするか、じっとこのままここで待つべきか。

 本当(・・)に誰かが襲われているなら後を追って加勢するのが良いのだろうが、流石に明らかな人数差がある。向こう見ずの相方はともかく、男女合わせて五対二の状況など、自分は御免だ。そもそもこの界隈をぐるぐる回っていた時点で、尾行を勘付かれている可能性だってあるのに……

「……クソッ」

 悪態をひとつ吐くと男は周囲を見回し、退路を探す。先程の女か通行人が援軍でも連れて来ようものなら、ただでさえ厳しい状況がますますお手上げになってしまう。しかし相方をこのまま置いて帰る訳にもいかないだろう。

 暫し成り行きを見守っていると、鉄扉の中から一団が姿を現す。相方は昏倒させられたのか、背の高い仮面の男に背負われているようだった。先程の女の妹らしき女性も、別の男に背負われている。その前に注意深く辺りを窺う、別の仮面の男が。

「ーーん?」

 とそこで異変に気付く。自分たちが追っていた一団は、男四人に女一人、そして妖獣が一匹居た筈だった。然るに目の前に居るのは相方を除いて男が三と部外者の女が一人ーー

「!!」

 追跡者が失策に気付いた頃にはもう遅かった。頭上から何かが降ってきたと思いきや、仮面を持って行かれて男の顔が露わになる。慌ててソレ(・・)を振り払うと、彼は思わず目を丸くした。

(妖獣……!)

 男の目の前で仮面を丸呑みしたダイフクは、彼を嘲弄するかの如くパタパタと宙を飛んでみせる。

 拳を振り上げてそれに殴り掛かるも、妖獣はひらりと紙一重でそれを躱して右へ左へ行ったり来たりする。

 謀られた。

 であるならばこの妖獣も陽動の可能性があるーーそう思った次の瞬間、角から槍で武装した男の姿が現れた。

(結節点の衛士か……!)

 男が即座にその場から逃げ出す。流石にあんなのを相手になんて出来ない。業腹だが撤退するより外ないーーと駆け始めた男は、しかしすぐに驚愕で目を見開かされる事になった。

「どけっ!! 女ァッ!!」

 退路の先に、先程の女(・・・・)が立っていた。不敵に笑う彼女に男は何か術的なものを発動しようと手を広げる。しかしーー

「!!?」

 突如として足が重くなり、男が思わず前につんのめる。すぐ立ちあがろうとするも、今度は地面に突いた腕が上がらず、そのまま這いつくばってしまう。

 何が起こったのか分からないまま、近付いてくる靴音に向けてどうにか顔を上げるとーー

「……あ、あんたは……!」

「あら、私の事を知ってるって事は、一応地元の人間なのね」

「何がどうなってる……!?」

 男は困惑の中にいた。それも道理だろう、先程まで彼の目が捉えていた人物と明らかに異なるからだ。

「……リュカ・カペッロ……!」

 この『本島』随一の大立者ーー紛う事なきその人が目の前に立っていた。

「マジシャンはそう簡単にタネを明かさないものよ?」

 言いながら彼女はどっかと男の背に乗り、衛士や鉄扉から出て来たウキクサたちに向かって「捕まえたよー!」と声を上げるのだった。



 ーーーーーー



「ナニコレ?」

 遡って例の『花園』でウキクサの受けた『予言』について説明された女性陣は、それぞれペンダントを手渡されていた。

「ただの便利グッズだよ。暫くの間別人になれる」

 それはカミールとアルゴが第五界層に渡る際使用した魔導具だった。メイリンとリュカが試しに使ってみると、忽ち街のどこにでもいるような、凡庸な面立ちに見えてくる。肌の色も褐色に変じていた。

「ナニコレ!」

「これ売ってくれない? マジで私にぴったりなんですけど!」

 二人が口々に言うのを無視してアルゴが、

「まあ一種の認識阻害というやつですね。短時間ならこれで誤魔化せます」

「つまりこれで連中を釣って(・・・)来い、と?」

「そういう事だ」

 カミールは言いながらも、内心断られるだろうなと思っていたがーー

「いいねー! そういうの大好き!」

「私も乗ったわ!」

 と予想外にも二人が乗り気だったので、適当に設定を(こしら)えてリュカに引き込む役をお願いする。

「でもそう上手くいくかなあ」

「ダメだった時は援軍でも連れて来てくれ」

「……あ、リュカは顔が広いんだよな」

 ウキクサが何か思い付いたのか、話に入って、

「結節点の近くの衛兵だか警備員だかは、知ってたりするか?」

「ははーん」と商会長が口角を上げる。

「つまりあそこの衛士にも手伝って貰ったらどうだ、って事ね? 彼らの詰所で私の名前を出せば、多分一人ぐらいはすぐに派遣してくれると思うわ」

 そう言って悪い顔を浮かべてみせる。

「でも危なくないか。向こうがどんな奴なのかも分からないんだから」

 ウキクサの懸念に彼女は今度は自らの胸を叩くと、

「一応立場が立場だからね。護身術の類はそれなり身に付けているわ」

 何とも胡散臭いが、彼女も目端が利く人間だ。下手をしそうだと感じたら無理はしないだろう。

「仮面とマントを取れば、一瞥しただけでは気付かれないでしょう」

「念の為、マントの色も変えればスカートみたいに巻き付けて使えますか」

 アルゴが懐から小瓶を取り出し、「すぐ元に戻りますので」と許可を得てリュカのマントに振り掛ける。すると瞬く間に、黒いマントが白く染まっていく。

「お、超便利じゃん! ウチで製品化しよう、そうしよう!」

 などとはしゃぐ彼女に「いやあ、大したものじゃありませんので」とアルゴは返しつつも、満更でもない表情を浮かべている。

 とにかくそう言った次第でリュカが出て行った訳だったのだがーー

「……いやあ、簡単に釣れすぎだろ」

「逆に罠という可能性はないか?」

 追跡者はトンネルの中に張られた縄に派手に引っ掛かり、強かに顔や腕を打ちつけていた。そこをアルゴに昏倒させられ、『花園』の前に引き出されて目隠しや身体検査をされたのだが、現金を持っているのみで身元に繋がるような物は何も持っていなかった。

 ダイフクは一芝居打ちに出たリュカについて影に潜り、背後から残党を炙り出す役割だが、果たしてこちらの意図がちゃんと伝わっているかどうか分からない。まあ、ダメだったらその時はその時なのだが。

「全然関係ない通行人、って事は?」

 メイリンは襲われそうになった『妹役』になる為、アルゴの錬金薬で赤から青のドレスへと衣装替えをしていた。

「勘ですが、私は追跡してた一味だと思いますね。……まあ、リュカさんやダイフクさんと合流すれば、自ずと分かるでしょう」

 アルゴが纏めると、追跡者をおぶって「じゃあ、行きましょうか」と一同を促す。

 ウキクサが肩を竦めて「それじゃあ」と打ち合わせ通りにメイリンを担ぐ。

「うっ……」

 思わず漏れた声にしまったと思うも、即座に肩を万力のような強さで掴まれて、ウキクサは苦悶の表情を浮かべつつトンネルの中を歩き始めるのだった。

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