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ウキクサクロニクル  作者: 歯車えい
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70.仮面の祝祭

『金獅子のレダ祭』は三日目を迎え、通りの雰囲気はそれまでの二日と幾分異なる趣となっていた。喧騒という言葉ともまた違う、落ち着いた賑やかさーーとでも言うべきか。喩えるなら派手に新年を祝う国と、日本の正月のそれだろうか。冴えた青空だけは変わりなく、抜けるような高さだ。それも夕刻前には翳り始めるという予報なのだから、天気というのはやはり分からない。

「だから仮装行列を見られるのは、正味今日一日くらいかも知れないわねー」

 そう話すのは、鼻まで覆う仮面(マスク)を着け、男装した女ーーリュカだった。黒マントも着こなして、素人っぽさがない。流石はこの街の大立者といったところだ。

 隣には真紅のドレスにフルフェイスの仮面を着けた女性が立っている。どこか動きもぎこちなく、服に『着られて』いる感が滲み出ている。

「意外に暑くないのは助かるわ」

 ドレスを着ているのは言うまでもなくメイリンで、衣装一式はリュカが貸してくれたのだという。小柄なメイリンだが、シックなデザインの為か、決して子どもっぽくは見えない。どこぞの令嬢か令夫人といった風情だ。

「快適化の術を付与してあるからね。今の時期、暑いのはきついしね」

 事もなげにリュカはそう言うが、であるならば生地の仕立ての良さもあるし、かなりの高級品になるだろう。見ればメイリンは若干引き攣った表情で、「よ、汚さないように気を付ける」と言っていた。

 仮装行列はエリア毎に複数現れるという事で、ウキクサたちはバルバリ商会から程近い広場に集まっていた。周りには同じように仮装した男女や家族連れが集まり、ハーフマスクを着けた観光客の姿も多く見られた。

「地元の人もやっぱり多く参加するのか?」

 ウキクサが訊いてみると商会長はひとつ笑いを上げて、「今は(・・)そうね」と但し書きを付けた。

「……って事は、そうじゃない時代もあったのか?」

「まあね。観光客が増え過ぎちゃって、街の人間は次第に参加しなくなったのよ。『あんなの観光客の祭だ』、って。仮面なんかも粗製濫造品が増えちゃってね」

 そう言って目を細める。何年くらい前の事を話しているのかについては分からないが、それを彼女に訊ねるのはリスキーであるように思われた。

「それから色々とあって、また街の者が参加するようになったんだけどね」

 と、広場の奥から歓声が聞こえる。どうやらお出ましのようだった。

 赤や青の原色を纏った仮面の人々が何人も現れては、観衆の前でポーズを取る。女性が四人程、男性も二人いて、非常に洗練された身のこなしだ。装いも周囲の観客とは格が違い、これこそ祭の華だという自負が感じられた。ただーー

「……リュカは向こうでも通用しそうだな」

「うん?」

「周りと比べても、存在感が遜色ない」

「まあ、私も向こう側で出てた事あるし。当然ね、当然」

 そう言ってマスク越しでも分かるドヤ顔を彼女は浮かべる。

「でもアレ喋っちゃいけないから、なかなかキツいのよねー」

 見ると彼らは広場に集まった仮装者たちに挨拶しているようだった。そこで都度ポーズを取ったり、参加者との記念撮影に応じている。

「……あのカメラって、向こう(・・・)と同じ造りか?」

 カミールに呟くと、彼は軽く笑いながら、

「付与を施してあるんだよ。結局コスト的にも安上がりだしな」

「そうなのか」と応じながら、ウキクサは徐々に近付く仮面の男女に目を遣る。随分と慣れた風で、風雅な雰囲気は保ちつつ、一般の参加者とフレームに収まっているようだった。

「私たちも真似すれば、一緒に撮ってくれ、って言われるかもよ?」

 確かにあの集団を除けば、他の参加者よりは風格のある一団と言えるかも知れない。男装している者を含めて伝統的な装いの男が四に対して文字通りの紅一点だ。それなりに目立ってはいるだろう。実際メイリンがダイフクを腕に抱いていると、撮影して良いか聞いてくる者もいた。ウキクサたちは快く応じるも、リュカの演技指導に四苦八苦する羽目になっていた。

「ーーおっ」

 そのリュカが声を上げる。気付けば例の一団がすぐそこまで来ていた。彼らは優雅に礼をするなりして、ハーフマスクをしたダイフクを撫で始める。とーー

「……ジュールちゃんかな?」

 リュカが言うと撫でていた女性の手がピタリと止まる。そうしてリュカがマスクを上げて素顔を見せると、傍目にも分かるような動揺を示した。

「お、当たりかな? いやー、脅かすつもりはなかったんだけどね」

 商会長がそう笑うと、深い溜息とともに相手が僅かに腰を折り、

「脅かさないで下さいよ……」

 と若い男の声が聞こえた。思わずウキクサやアルゴ達も彼女(・・)の方を見る。つまり、目の前にいる令嬢は中身は()なのだ。

「気付かなかった……」

 ウキクサがそう漏らすと彼女(・・)は満足そうに、

「だとしたら嬉しいです。ーー皆さん、リュカ先輩に振り回されないようお気を付け下さいね」

「どういう意味よー」

 口を尖らせるリュカを尻目に相手は優雅に愛想を振り撒くと、「私も抱いても?」とダイフクを指してメイリンに訊く。彼女は『どうする?』と言いたげに一度ちらとこちらを向くも、その間に妖獣は自ら飛び出て向こうの腕の中に収まった。

「ふおお……!」

「相変わらずこの手の可愛い生き物好きねー。いや、私も同じだけどさ」

 仮面越しにテンションの上がった声音が聞こえてくる。というかーー

「喋っちゃダメなんじゃないのか?」

 ウキクサが問うと、これにはリュカが返して言うには、

「相手が自分の正体を言い当て、かつ両者仮面を着けている場合に限り、その人物ないし集団に対してだけは口を開いてもいい、っていうある意味不文律のようなものがあるのよ」

 ジュールと呼ばれた相手がこちらを向いて、こくりと頷く。

「まあ基本喋っちゃダメなので、これくらいにさせていただきますね」

 そう言って彼女はダイフクをウキクサに返し、写真を撮るかと身振りで訊いてくる。リュカはともかく、意外にもアルゴも撮らせてくれと願い出て、プロさながらに膝をついたりして撮っている。

「あいつ結構上手いんだよ、こういうの」

 隣でカミールがそう笑う。実際見せて貰ったところ、かなりの腕前と言って差し支えない出来だった。

「折角だからメイリンもツーショットを撮ったら?」

 リュカの言葉にメイリンも「折角だしね」と乗り気で、ジュールの横に並ぶ。アルゴは何度かカメラを構えるも、構図が気に入らないのか、なかなか定まらない様子だ。

「うーん……あ、こっちを向いていただいても宜しいでしょうか?」

 路地を背景にようやく一枚撮ると、それで満足したのか、借りていたカメラを返すのだった。

 写真撮影を終えて彼らが去ってから、「知り合いか」とリュカに訊いてみると、

「酒飲み仲間ね。ヤコポとも知り合いよ」

「顔が広いと言うか、何と言うか……」

「そう! だからこういう仮面(モノ)でもしてないと、即『身バレ』するワケよ!」

 自分から話し掛けておいて身バレもクソもないのでは? と一同は思うも、

「昔の人は合理的だわ、仮面を着けて誰か分からなくするなんて」

 と蘊蓄を垂れ始める彼女に、ひとまず言葉を飲み込むのだった。

「お、そろそろ移動してみる?」

 気付けばジュールの一団は姿を消しており、広場に集まる仮面の集団も半ば以上が入れ替わっていた。

「別の広場へ向かうのか」

「それでもいいし、単に路地を巡ってもいいわよ? 探検じゃないけど、こういう格好をしてそういう薄暗い所を歩いていると、なかなか雰囲気出るし」

 リュカのひと言で脇の小道へと入っていくと、意外な程に仮面を着けた者が多いのに驚く。本格的な格好をした者が多いというより、ハーフマスクを着けている観光客らしき部類が大半だが。

「当たり前よ、一応祭の朝なんだから。寧ろさっきは人が少なかった方じゃない?」

 商会長の言葉は正しかったようで、路地裏だと言うのに一行は色んな人に撮影をせがまれてその都度ポーズを取り、やがて別の広場に出るとカミールも思わず「凄い人出だな」と漏らす程だった。そこでは妖獣を連れた参加者も集まっており、ウキクサはその中に見覚えのある鷹を連れた男の姿を見出し、「もしかして……」と声を掛けるのだった。

「おお! 貴殿はレースの時の!」

 矢鱈と金ピカのものを身に付けた仮面の男は、レースで知り合った例の漁師だった。

「楽しんでいるようで何よりだ」

「初めてこういうのに参加してみたが、なかなかどうして悪くないな」

 そう言うと漁師はひとつ笑いを上げ、

「これを楽しめないんだったら心が貧しい証拠だと私は思うよ!」

 言いながら慇懃にメイリンの前で膝を折り、

「お嬢様、ひとつ私と踊っていただけませんでしょうか?」

 などとキザな事を言ってのける。メイリンも興が乗ったのか、「慣れていないのでリードはお願いしますよ?」と一緒に広場の真ん中で、楽の音に乗って踊り出す。その上を『鷹』とダイフクがパタパタと飛び回りつつ、時折肩の上に留まり、観衆の注目を集めていた。

「これはアレか? 俺たちも同じようにした方がいいのか?」

「気の赴くままでいいんじゃない? 楽しめればそれでいいと思うわよ」

 とリュカはウキクサに返すと笑い、ファンシーな衣装を纏った小さい女の子に声を掛けて踊り始めるのだった。ちらと『浜辺』の二人を見るとやれやれと被りを振りながらも、共に観光客らしきハーフマスクを着けた女二人組に声を掛けている。

「みんな凄いのな……」

 正直この手の事は苦手だーーと思いつつもウキクサは辺りを見回し、リュカが相手をしている女の子の祖母と思しき年配の女性を見つけ、話し掛ける。

「ウチのツレがすみませんね」

 言うと彼女は何言ってるんだいとばかりに被りを振ってから、「年頃の子にはこういうのが必要なんだ」と目を細めるのだった。

「そういうものですか」

「そういうもんだ」

「……では宜しければ、一曲ご一緒しても?」

「あら、これは役得ね」

 そう言ってウキクサの手を取り踊り出す。かなり慣れた風で、「踊るのは初めて?」と途中で見透かされる程だった。

 曲が終わって集まると、一行は再び路地に入っていく。『鷹』を連れた漁師が先頭に立ち、「舟の旅もオツなものだぞ!」と自らの小舟に案内する。

「どこへ行くんだ?」

 漕ぎ出して少ししてから問うと、「未定だ!」と男は苦笑してから声を落とし、

「で……どうするつもりだ?」

「どう、って言われてもなあ。船頭次第じゃないか?」

「そうじゃない」と彼は更に声を小さく、

「いいか、動揺して変な挙動をしないようにな。ーーあんたら、尾けられてる(・・・・・・)

 数人がピクリと反応して、思わず周囲を見回そうとするのをどうにかして抑える。

「……確信があるのか? 方向は?」

「進行方向を十二時として五時の方角、距離は定かじゃないが恐らく視認出来るギリギリか? 相棒が見つけてくれたんだ」

 言って肩に止まる『鷹』を軽く撫でると、キュイ、と鳴き声を発する。

「ダイフクもさっきから、ずっと同じ姿勢だな」

 カミールに言われてリュカの腕の中に収まるダイフクを見ると、見覚えのある感じだった。これはーー

「……獲物を捕獲する時に似てるな。気配を消してる」

『人魚』やマンドラゴラを相手にする時と同じような、路傍の石にでも擬態している感覚とでも言うべきか。

「妖獣二匹は気付いた、ってワケか。……アルゴ、バレないように相手の姿を確認するのは可能か?」

「どうでしょうね……」

 言いつつ彼は顔の向きはそのままに、五時の方角を見れないか試みる。

「仮面がなければもう少し楽なんですが……ああ、居ますねー、運河の奥ーーやはり右岸ですね」

 言いながら向こう(・・・)に悟られないよう、空っとぼけて笑ってみせる。

「誰かの恨みを買うような事でもあったのかい?」

「いいや、心当たりはないんだが……」

 漁師に返しつつ、ウキクサはメルキュールの『予言』を思い出していた。


『仮面に気を付けろ』

『トラブルに巻き込まれる可能性がある』

『仮面を被ると上手く切り抜けられる』


「鬼が出るか蛇が出るか……」

「何か言ったか?」

「いや、何でもない」

 独白を誤魔化しながら、ウキクサは前方を見遣る。そこでアルゴが、

「ウキクサさんの仰っていた場所は、ひょっとしてこの近くですか?」

 昨晩説明した怪奇スポット的な中庭の場所を訊いてきた。

「いや、もっと北東の方……という説明が正しいのか分からないが、とにかくそっちの方だな」

 リュカに説明すると彼女は喜色を露わに、

「行こう行こう! いや……しょうがなくね! 私も立場上、色々と知っておかなきゃならないから、本当は興味ないけど、しょうがなく!」

 そんな事を言って漁師にそちらへ向かうよう促す。他の面子(メンツ)も、「俺も一応研究者として……」とか「貴重な素材があるかも知れませんし……」と表現は違えど乗り気なようだった。追跡者を振り切ったところで身元がバレているなら意味はないのだろうが、船頭の判断としては、「面白そうだ! やはり貴殿といると飽きないな!」との事で、まずは『本島』の結節点付近まで向かうのだった。

「カミール」

「何だ?」

「一応訊いておくが、メルキュールが俺にした予言は覚えているよな?」

 ウキクサがそう言うとカミールはニヤリと笑い、

「回避する方法もちゃんと聞いてるだろう?」

 そう返してくるのだった。ウキクサはそれに軽く嘆息をつくと、再びダイフクの方に目をやる。他の面々の反応を他所に、丸っこい妖獣だけは、メイリンの腕の中で変わらずじっと身を潜めているのだった。

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