69.易者
マイヤーと連れ立って『緑風』チームを祝いに行ってみると、緑色を着た集団が盛り上がっているのが目に入った。その中には仮面職人のラーシュや、『雨漏り亭』の店主の姿も見られる。当然、その中には軽食喫茶の老店主もいる。「やったぜえ!!」と絶叫する仮面職人の様は常見るものとはかなり異なって見える。目を見開き雄叫びを上げーーイケナイお薬でもやってるんじゃないかと、はたから見ているとそんな気さえしてくる。彼らはこちらを見つけるや、「ヤー!」と声を上げながら抱き着いてきて、
「信じられないよ! 大博打を打つのは毎度の事だけど、狙い通りに神風が吹いてくれるなんて!」
「あんた達が来てから、一気に目が変わったみたいだ!」
そう口々に言ってくる。と、そこでマイヤーが割って入って、
「ウキクサの力が伝染してるのかもな」
「力が伝染? 俺にそんな力ないぞ?」
「何言ってる! あんた俺が見た限りでは相当の博徒だぞ!」
彼の言葉に、「そうなのかい!?」と俄然周囲のテンションが上がる。
「ああ! ついさっきも金貨一枚を二十数枚に増やしてるし、ノルトゥナでは金貨四十枚の大博打をやってる!」
マイヤーが言うと周囲がどよめく。そうして「あんた、なかなかやるなあ……」と四つ腕の『雨漏り亭』店主が漏らしていると、向こうの方から歓声が上がった。どうやらチームの面々が挨拶に訪れたようだ。
「……ん?」
見れば何故かメイリンが整備士の肉屋夫妻に文字通り担がれている。幸運の女神だとか何とか持て囃されながら。彼女は必死で「違う!」とどうにか降ろしてもらおうとしていたが、やがて諦めたのか、大人しく神輿になってーー
「……あ!」
こちらを見つけるや指を差して、ニヤリと意地の悪そうな笑みを浮かべると、
「あの人のお陰で私は舟を直して貰えたの! あの人! そこの丸っこい妖獣を連れた!」
更に周囲がどよめき、目の前に道が開かれてゆく。整備士シャックや奥方に祝福の声を掛け、ちらと肩車されたメイリンを見やると、「道連れじゃ」との事だった。
「そんな事言ってると、助けてやらんぞ?」
「あら、助けて貰えるの?」
「一応当てはあるぞ? ……シャック、彼の事は知ってるか?」
言って肉屋にマイヤーを紹介する。畜産関係のバイヤーなので顔見知りかとも思ったが、二人は初対面らしくメイリンを降ろすと握手を交わした。「面白い肉を卸したいなら力になれるぜ」と笑うマイヤーにシャックは、「変わった食材はないか? 猪の類とか、ジビエが欲しいんだよ」と話は盛り上がっているようだった。
解放されたメイリンにウキクサは声を掛けると、
「リュカは宣言通り、今日一日仕事に勤しむみたいね。明日一緒に仮装行列を見物しよう、って話になってる」
との事だった。つまり明日は仕事を誰かに押し付けるという事だが、その辺りは深く考えない方がいいのだろう。
見ればマイヤーはシャックだけでなく四つ腕の男とも何やら話し込んでいる。路上での馬鹿騒ぎが長くなると色々と不都合という事で、皆『雨漏り亭』に向かうようだった。そこで打ち上げというワケだ。
「ウキクサさんも来ませんか」
「そうよ、行きましょうよ」
シャックやメイリンにそう言われたりもしたが、ウキクサは「夜には顔を出すから」とやんわり断り、一度その場を後にするのだった。
ダイフクを伴い、喧騒から遠ざかるように路地を奥へーー裏通りへと、ウキクサは進む。祭の時期でも人の行き来が少ない、地元民の使う間道の一角が、彼の目的地だった。
建物の一部が凹んだ場所に、白髪の老爺の姿があった。椅子に腰掛け、卓の上には無造作に竹の棒が何本も転がっている。装いは特段凝っていない。白いシャツに黒のパンツと、至って庶民的なものだ。
「……お客かい?」
立ち止まって見ていたウキクサに老爺ーー易者の男は僅かに視線を上げる。カミールやアルゴがザックの情報を元に探し出したメルキュールらしき人物ーーそれがこの男だった。
「頼む」
そう言うと、ウキクサは対面に置かれた小さな椅子に腰掛けながら、銀貨を一枚卓の上に置くのだった。彼はそれに触れるや、
「貰いすぎだ……が、有り難く貰っておくとしよう」
易者は銀貨を仕舞うと、ジャラジャラと竹の棒を鳴らしては、その突起に触れながらこちらに手を出すよう促してくる。
「……目が見えないのか?」
「問題でもあるかい?」
言って彼はこちらの手の上に何かを探り当てたのか、「うーむ……」と難しい表情を浮かべた。
「……まず訊いてもいいか?」
そう言って彼は目を細めると、
「何故俺の所に来た? あんた偶々俺に行きあった訳じゃないだろう。明確な目的があって会いに来てる。……違うか?」
彼の指摘は間違っていなかった。ウキクサは明確な意思でもって、彼の所を訪れていたのだった。
「……俺の知り合いに予言者みたいな奴がいてな」
ウキクサは訥々と語りながら、光の映らぬ彼の瞳を見る。
「そいつの事を信じない訳じゃないんだが、普通の占いならどうかと思ってな」
「ハッ」と彼は嘲るような声を上げると、
「易者は『占い師』じゃねえ。一緒にしないで欲しいね。……まあ、似たようなもんだというのは認めるが」
言いながら仔細に両の掌を調べてゆく。
「そうさなあ……。あんた、近い内に多分トラブルに巻き込まれそうになるぞ。気を付けた方がいい」
メルキュールも同じような事を言っていた。
「それを避ける術はあるか?」
問うと易者は再度竹の棒をジャラジャラやって、
「何だろうなこれは……顔を覆う? といいらしい。後は食べ物か」
「食べ物?」
それに関してはメルキュールには何も言われていない。
「……油で揚げた何かを持っているといいかもな。これで答えになっているか分からんが」
と、男はニヤリと笑って、
「少し前に出会いがあったなら、それは大切にするといい。一生ものになる可能性がある」
そう言って笑った。少し前の出会いというと、どの辺りを指すのだろうか。今肩の上に乗っているダイフクの事か? アルゴやカミールか? それともダナン達の事か? それともーー
「女だな。少し前に出会った女」
不思議と真っ先に浮かぶのは、褐色の肌をした女の姿だった。今はどこに居るかも分からぬーーマレビトの女。と、不意に易者が笑い出し、
「ハハッ、お前さんひょっとしてマレビトか」
そう言って見透かすような眼で見てくる。こちらにしたって別段隠し立てするような事ではない。その通りだと言うと、
「最近は大きい戦は起きてないのか? 俺も戦から逃れている時に渡って来たもんでね」
と片目を瞑ってみせるのだった。
つまりは彼もマレビトという事だ。それがいつの時代なのかは分からないが。
「……あんた出身は……いや、何でもない。ありがとう、参考にするよ」
被りを振りながらウキクサが席を立つとその背に、
「当時は自分の国の名前なんて興味なかったさ。それより日々を生きていく事の方が大切だった」
言いながら一層目を細める。往時の記憶を掘り起こそうとしているのだろうか。
「一応あんた達が今で言う、インドって場所の生まれさ。易学は知人から学んだもので、手相は我流だ」
「『術』の類は?」
問えば彼は「ふははっ」と笑いながら、
「当然使ってる。詳しくは企業秘密だがね」
顔を覆うもの、そして揚げ物。それなり具体的ではあるものの、どのように備えておけば良いものか。単なる易者ならともかく、『術』も用いているのであれば、彼の言葉には何かしらの真実味は宿っていそうだった。
ぼんやり考えながら街をぶらつき、気付けば全く土地勘のない場所に出ていた。目の前にはちょっとした緑地が広がり、木の陰にはどこかで見たような石像が、苔むし斜めに埋まっている。
「許可証はあるかい」
と、横から不意に声を掛けられる。見れば明らかに骨の太さが違うガタイのいい男が、歩哨のように槍を片手に近付いていた。
「許可証?」
内心ビクビクものだったが何とかそう聞くと、向こうは「あんた、ここの結節点は初めてか?」と返される。どうやらここは黒花が現れやすい場所であるようで、揉め事が起きないように歩哨が立っているらしい。
「ここは利用する者が多いからな。案内人のギルドが管理してて、個別の発見者に優先権は認められていないんだ」
男が言う傍から、何やら紙を持った一団がやって来る。どうやら昨日のレースの参加者達であるようだった。
ーーと、その中に見知った顔があった。
「お、思わぬ所で会うもんだな」
レース後の宴で一緒になった一つ目とエルフの夫妻だった。第四界層から来た面々と一緒にこれから帰路に着くらしい。
「本当は長居したいんだが、仕事もあるからね」
「占い師さんに会えなかったのが心残りね。メイリンちゃんにも宜しく」
ウキクサと握手を交わすと、彼らは案内人に導かれて緑地の中へ消えてゆく。残されたウキクサの手の中には名刺が一枚残されていた。
『魔導具屋パストラル』
「……その内顔を出してみるか」
場所は第四界層の諸都市からは多少離れた郊外にあるとの事で、夫妻で経営しているらしい。アリーの所よりも規模が大きく、自身で付与も行う他、それなりの数の職工も抱えていると説明していた。
(……それにしても)
とウキクサは再度路地を歩き始める。
(迷宮みたいな都市だな。脇道に逸れると途端景色が変わる。……いや、都市なんてのはそういうもんか)
そう思いながら角を曲がってみれば、そこは行き止まりになっていた。ーー否、突き当たりの鉄扉は僅かに開き、人の出入りを思わせる足跡も多く残されていた。
「……入って大丈夫か?」
口にするとダイフクが肩から飛び降り、ゆるりと扉の中に身を潜らせる。
「……」
儘よ、と恐る恐る扉に手を掛ける。錆びていそうな見た目に反し、扉は抵抗なく開いてゆく。定期的に油を差しているのだろうか。
中はトンネルになっている為暗く、魔導具によると思しき灯りがぽつりぽつりと点っていた。途中で右に折れ曲がっており、外光も窺えない。
足元を何かが駆け抜ける。鼠の類だろうか。ウキクサは『光球』を使うと、少し前にいたダイフクを拾い上げ、自分の肩の上に乗せた。
「……お前さんは夜目が利くようだからいいが、俺はそうじゃないんだよ」
言いながらおっかなびっくり、通路を進んでゆく。やがて道は更に左に折り返し、前方に微かに外光らしき明かりが見えてくる。
「鬼が出るか蛇が出るか……」
言いながらウキクサはその先に出るとーー
「!!」
そこは十メートル四方の、建物に三方を囲まれた空間だった。残りひとつは運河に面していて、さらさらと水が流れている。一面花々が生い茂っており、ガーデニングの盛んな『本島』の中でも異彩を放っている。ここもギルドなどの共有管理地なのか、でなければ私有地なのだろうか。ウキクサがこちらに渡って来た時目にしたあの『植生の狂った一帯』が、丁寧に手入れされたーーそんな印象を受ける場所だった。
ダイフクはウキクサの肩から降りると、草花の間を掻き分け始める。とは言え、食せるものが少ないからなのか分からないが、程なくウキクサの足元に戻って来てしまったが。
「……戻ろう」
舟が通り掛かる気配もない。ダイフクも何かを感じ取ったのだろう、大人しく、ゆっくりとこちらの頭の上に登る。
(嫌な予感がする)
花園の妙な穏やかさは、どうにも落ち着かないものを覚えてしまう。そこだけ何かが歪んでいるような。名状し難い心許なさは、僅かに身体を強ばらせるものだ。或いはそうやって、本能が危険信号を放っているのかも知れなかった。
大人しく来た道を戻り、ウキクサは『雨漏り亭』に合流した。そこには『緑風』の面々の他、熱心なファンや、メイリン、アルゴにカミールといった面々まで揃っていた。ウキクサが姿を現すや一団は一層盛り上がり、今日何度目かも分からぬ乾杯にグラスを打ち鳴らさせる。既に大半の者は『ゴキゲン』になっており、中には卓の上でぐにゃりと身体をへの字に曲げている者も居た。
(……失敗したかも知れんな)
酔漢の相手をするのは骨が折れる。相手がそこまで親しくない間柄なら、尚の事だ。ダイフク先生は美味い食い物にありつけて、ご満悦のようだが。
ーーと、そこで思いついて例の鉄扉の先にあった花園の事を訊いてみる。地元民なら何かしら分かる筈だ。
「鉄扉? 長いトンネルのアレか。昔は物資の輸送ルートとして活躍していたらしいが、使われなくなって久しい。……と言うより、あんた良く行ったな」
「どういう事だ?」
今日のレースに出場していた一人に言われ、思わずウキクサも聞き返すと、
「あそこ、地元民の間では有名な怪談スポットなんだ」
聞けば大昔人死にがあっただの、その幽霊が出るだの、他にも色々と真偽不明の逸話が残されているらしい。花園も実は幽霊が管理しているとかなんとか。
「錯乱状態になって、危うく溺れて死にかけた、って話も聞いた事があるな」
「物騒な……。もうちょい普通の中庭みたいな感じなら、ピクニックでも楽しめそうだが」
ウキクサが言うと意外にも、「実際やった事ある奴もいるらしいぞ」と返され、
「水上を行く気味の悪い仮面の一行に出会って、じっと見られたから仕方なく『好きなものをどうぞ』って言ったら、野菜の揚げ物を持ってかれたとかなんとか」
……どこかで聞いたような話だ。揚げ物でお面と言うとーー
「……店長、油揚げとかって作れるか?」
四つ腕の男にウキクサはそう訊き、聞かれた方は「なんだそれ?」と小首を傾げるのだった。




