67.書き置き
「ふーん、じゃあ二人は偶然出会ったワケなんだ」
「そう! そしたら舟の補修をしてくれる人が見つかるし、入賞するしで、まさに福の神ね」
メイリンがそう言ってこちらを崇める仕種をすると、リュカとエルフの女が笑いを上げる。そこにダイフクが練習中の羽を広げてパタパタ飛んでいくと、忽ち黄色い歓声が上がるのだった。
「……いやはや、女性はタフですなあ。正直ポーションで身体的な疲労は回復出来ても、精神的に張り詰めていた疲労感はまだ消えていませんよ」
「同感だね。我が妻ながら、感心する」
そう言って一つ目の男が笑う。
「俺は連れ合いを持った事がないが、どうなんだ、コツはあるのか」
ウキクサが言うと二人は「うーん」と唸ると、
「強いて言えば、自分は自分、向こうは向こうと思う事かな」
「吾輩もそう思うな」
どうやら筋骨隆々とした男も妻帯者であるらしい。「参考にさせて貰うよ」と言うと彼らは笑いながら、
「時々独り身の頃に戻りたいと思う事もあるがな」
「そうだな。結婚したらしたで悪くないが、あの頃の自由さも捨て難い。ーーまあ、どっちが悪いという訳ではないさ」
「そういうものか」
「「そういうものだ」」
言って二人が苦笑を浮かべた。それで何となく彼らは幸せなんだろうなと、そんな事を思ったのだった。
「ああ、忘れない内にちょっと訊いておきたいんだが」
ふと思い出してウキクサが声を上げる。
「何だ?」
「これは他の人にも訊いているんだが、ちょっと人探しをしていてな。黒い山猫と女、若い男、妖精の組み合わせを最近見たりしていないか」
二人は「うーん」と首を捻ると、「そういうのは記憶にないかな」と、やはり心当たりはないようだった。
「なら、白髪の占い師を見てたりしないか」
「白髪の? この街の易者なら知っておるが」
「俺は見ていないな」
「だよな」
そう言ってウキクサは肩を竦めると、「まあ急いでる訳でもなし、その内会えるだろ。……ダイフク、どうかしたか」
見ると何故かメイリンの服を嗅ぎ回るような仕種をしている。そうしてからうにょうにょと左右に体を動かし、思い出したように一度跳ねるとウキクサの方に戻ってくる。
次の瞬間ダイフクは体を変形させ、目の前に白髪ののっぺらぼうが現れる。どこかで見た覚えのあるシルエットだがーー
「ウチの旅仲間に似てるわね」
「旅仲間?」
「そう、洞天ーー故郷の辺りで拾ってね」
「拾った?」
ウキクサが首を傾げる。リュカや他の面々も面白そうにグラスを傾けながら彼女の話に耳を傾けていた。ーーダイフクは我関せずとテーブル上で踊る生首になっていたが。
「なに、運命的な出会いってやつ?」
「岬の突端で一緒に朝日を見たーーと言えば、聞こえはいいかも知れないけどね」
「なかなかロマンティックではないか」
「しかも暫く記憶喪失よ? どうしようもんか、って感じよ」
と、そこでウキクサがハッとなる。
「それって割と最近の話か」
「まあそうね、私がここに向かう直前くらいに出会ったから」
「白髪で、それなり年配の男じゃないか?」
「いや……白髪ではあるけれど、そこそこ若いと思うわよ? 二、三十代ってとこ」
「そうか……ああいやすまん、忘れてくれ」
言いながら被りを振ると、ウキクサはグラスの酒をくいっと呷った。
「探してる相手に似てるようだったから。でもそれなり若いなら、別人だろうなーーと言うかこの間言ってた『ウチの変わり者』って、ひょっとしてその人の事か」
「そうそう、体力ないもやしなんだけど、占いの結果は見事当たったわね」
「へえ、どう当たったんだい」
一つ目の男が訊くと彼女は思い出すように目を半ば瞑りながら、
「断片的な情報しか分からないみたいなんだけどね。『妖獣』『祭』『舟』『そこで何か良い事が起こる』って感じだったかしら。まさに今日の事よね」
言いながら彼女は笑う。エルフの女も「そんなに的中するなら、私も見て貰いたいわ」と身を乗り出し、「その時は是非私も!」とリュカも手を上げるのだった。他の男性陣も興が乗った様子で、「良い結果が出なかったらどうするんだ?」などと口々に言っては笑っている。そしてそんな中でただひとりーー
「…………」
「如何なされた?」
ウキクサだけは緊張した面持ちを浮かべていた。
「……もう一度確認してもいいか?」
「?」
「『体力のない』『白髪の』『占いが得意な』『暫く記憶喪失だった』『若い男』だな?」
「そうね」
「喋り口調はどんな感じだ?」
「些か大仰なところはあるかしら。でも荒くはないわよ、紳士的と言うべきかは良く分からないけれど」
彼女がそう言うとウキクサは少し言葉を飲み込んでから、
「……名前は?」
「メルキュールって言うわよ。頼りになるかどうかは怪しいけれど、まあ悪い奴ではないかしら」
そう返すのだった。
「……私もそれなり長い事この祭には関わっていますが」
言いながら船頭役の老執事ーーオルソは苦笑する。
「帰りにこれだけ多くの方を纏めてご案内するのは、初めてですね」
「すまん……と言うのも変な話だが、宜しく頼む」
「いえいえ、これも貴重な経験、というものですよ。私も根が商人なものですから、このような面白いイベントは大歓迎です」
言いながら彼は舟を漕いでゆく。祭の夜とは言え、流石に街明かりも少なくなり、日中の喧騒もどこかへ行ってしまっていた。潮の香りと共に櫂を返す心地良い水音が聞こえ、酒で幾分ふわふわとしているのが相俟って、ウキクサは得も言われぬ充足感を覚えるのだった。
老執事の舟に乗り込んでいるのは総勢で六名と一匹。ウキクサとダイフク始め、メイリン、一つ目とエルフのカップル、ガタイの良い男、それにカペッロ商会のリュカーー晩餐会の主催者までいた。彼女は「ごめんねオルソさん」と言いながら笑っていたが、それなりに飲んでいるからだろう、幾分上気してゴキゲンな様子だった。オルソはそれには笑みを浮かべつつ、「お気になさらず、逆にこの場に居合わせたのは名誉になりましょう」と紳士的なんだか分からない答え方をしていた。
こんな事になったのは、言わずとも『メルキュール』が原因だった。彼女の語るツレが真実ウキクサ達の探すメルキュールであるなら、会わないという選択肢はない。帰りも同道させて貰えないかとウキクサが言うのは自然な事だった。
それに便乗する形ではないが、「そんなに占いが当たるなら」とまずリュカが興味を示し、一緒に行くと言い出した。次いでエルフ妻の強い希望でペア部門の二人が。最後に筋骨隆々たるシングル部門の優勝者が、「面白そうじゃないか」と更に同船を願い出たのだった。
要するに後半のテーブルで同卓した者全員だ。オルソが送る事になったのは、この夜送迎を担当したクナーダの商会内で彼が最も発言力があったからだそうで、曰く「皆疲れているでしょうから、今日は私に任せなさい」とかなんとか。実際は彼自身興味があるからというのは疑いないが。
一行は皆何か有名な流行歌のようなものを口遊みながら、夜の運河を一路メイリンの宿へと向かう。大運河を遡り、幾つも細い運河を通うと、やがて舟は年季の入った、古びた建物の前に着けられる。
「流石に部屋まで集団で押し寄せるのはちょっとアレだろうから、ここで待ってて」
そう言ってメイリンが中に上がるのを見送った後、ウキクサは深く息をついた。
「緊張してるの?」
リュカに問われ、彼はややあってから微かに頷いた。
「確証に近いものはある。だけど外見の年齢が違うのがどうもな……。しかしそれも、考えてみれば変異の結果と捉える事も出来るのか」
「些か急激だとは思うけどね。寧ろ、以前は『年配』に見えたのが今は『若年』なのだとしたら、変異が進行したと言うべきかは微妙な所かな。その人の実年齢とか、元からこっちの人かどうかって分かる?」
「いや、少なくとも俺は知らない。仲間も知ってるかどうか……」
「それなりに歳をとってるのなら、若返りは珍しくはあるけれど変異の一種だろうし、逆に例えばまだ実年齢が二、三十代のマレビトならーー」
「変異していたのが何らかの力で浄化された……とか?」
リュカは首肯すると、「あまり聞かないけどねえ」と軽く戯けてみせる。そこでウキクサはふと我に返り、強いて彼女から顔を背け建物の上階を見上げた。
(人当たりがいいからか、どんどん喋っちまいそうだな……)
忘れてしまいそうになるが、彼女はこの界層でも有数の商会の代表でもあるのだ。それに今の話じゃないが、彼女だって外見は若いものの、実年齢は幾つか分かったものではない。或いはこちらがマレビトである事くらいは、既に見抜かれていてもおかしくないが。
「どうなんだろうな」
なので各階に並ぶ小さな嵌め殺しの窓から漏れる明かりを見上げながらそんな言葉を吐いてみたが、それがどのように響いたかは自分では評価し辛い。
ーーと、中を駆け下ってくる音が聞こえる。いよいよご対面か。
「……足音は一人分」
不意にエルフの女がそんな言葉をぽつりと漏らす。実際戸口から飛び出て来たのは一人ーーメイリンだけだった。彼女は肩で息をつき、明らかに狼狽した様子で、
「いない!!」
そう言って皆に上がって来るよう促すのだった。
それからウキクサはすぐに自らの宿へと戻っていた。持ち帰ってきたものをどう解釈すべきか彼には持て余すものがあり、『浜辺』の両人に見解を仰ぐべきと考えた結果だった。
「……両手に花とは、なかなかやるな」
とはウキクサの後ろに付き従うメイリンとリュカを見たカミールの発言だ。
「それどころじゃない、これを見てくれ」
言ってウキクサはカミールに紙片を手渡す。何があったのかとアルゴも欠伸を噛み潰しながら奥からのっそりと姿を現したが、カミールの手元を見て一気に表情を変えた。
「これはーー」
ウキクサが渡したのはメイリンの部屋に書き残されていたものだった。そこには流麗な字でーー
『訳あって暫くここを離れます。少なくとも祭が終わる頃には宿に戻っていると思いますので、ご心配なく。万一自分を訪ねて来る者がいたら、慌てずこの街にいるよう伝えて下さい。彼らの知る姿からは少し若返っているので、驚かれないと良いのですが……。本人かどうか分からないと言われたら、苦手な料理を克服したと伝えて下さい。メイリンならそれが何か分かるでしょう?
親愛を込めて
メルキュール』
読むなりカミールはバッと顔を上げて、
「あいつ、ファボリケを食えるようになったのか!?」
メイリンは驚きを露わに、改めて二人の男を見遣った。
「……せ、正解」
そう言うとアルゴは天を仰ぎ、「まったく、あの人は……」と深い溜息を漏らし、カミールは「何が『訳あって』だあの野郎、さっさと姿を見せやがれ!」とあからさまに悪態をつく。
ーーそれでも二人の顔には微かに笑みが浮かんでいた。友の安否が知れて、心なし安心したという表情だった。
「じゃあこれはアレかな? メイリンの旅仲間さんがウキクサ達の探してた人っぽいんだけど、その人は今姿を眩ましていると?」
「概ねそれで間違ってない」
ウキクサがリュカに返すと、『浜辺』の二人から『この人誰?』という視線が投げられる。
「リュカさんだ。例の宴で会った人で、『占い師』に会ってみたい、って話になってな。……ああ、因みにカペッロ商会のトップでもあるとか」
「カペ……!?」
カミールが心底驚いた表情というのも珍しい。これだけでも彼女を連れて来た甲斐があったというものだ。「よろしくぅ!」と半ば酔いが回った彼女に二人も呆然とするしかなかった。
「ええっと……じゃあ私たちの方針としては、取り敢えずはメルキュールからの『連絡待ち』という事ですかね」
アルゴが言うとカミールは「じょーっだんじゃねえ!!」と体を仰け反らせ、
「さっさと来ねえと第四界層に行っちまうぞ畜生! 残りの四日間、しこたま楽しんだるわ! 金もあるしな! あいつの都合なんざ知るか!」
そう言ってさっさと奥に引っ込んでしまった。不貞寝ではないが、安堵出来たからこそ面白くなく、好き勝手言えるようになったーーと言った所か。アルゴは苦笑を浮かべると、
「今日は夜も遅いですし、また明日の午前中にでも仕切り直しましょうか」
実際時計の針は既に夜の十一時を回っている。いい加減眠くなってくる頃合いだ。老執事のオルソが進み出て、「では明日の競技部門のレースを観戦しながら、というのは如何でしょうか。当商会は最初の二日間を担当しておりますので、良い場所を提供出来ますが」
これにはアルゴが「お気持ちだけで」と返し、リュカも「私は明日オフだから、自由に動けるぞ?」と半ば牽制するような言葉を発した。
オルソは『酒下し』の界層間輸送を企てたくらい、目端が利く男だ。今回も本人が言っていたように、面白いものの気配を察知して機敏に動いている節がある。根掘り葉掘り詮索されるのはアルゴとしても歓迎するところではなかったし、リュカはリュカで有力商会のトップとして、また個人としても、思うところがあるのだろう。
「私たちはバルバリ商会を基点に情報を集めていますので、まずは彼らに義理立てさせて貰いますよ? 明日の集合場所も、そこでどうでしょう」
言うと皆に異論はないようで、「バルバリかあ、最近顔出してなかったなあ」とリュカが言えば、オルソは急に翻意して、「大人しく手を引きましょう」と両手を上げるのだった。去り際、「折角ですので少しばかり耳寄りな情報を」と彼はこちらの耳元で囁くと、
「バルバリ商会のヤコポさんとリュカさんは、元彼氏彼女の関係です。恐らく、現場は面白い事になるでしょう」
と、なかなかの発言を残して颯爽と女性陣を送っていった。
「……リュカはヤコポがこちらにいるとは知らない、って事か?」
「どうなんでしょう、既に数日経ってますし……知ってたけどおくびにも出さなかった、とか?」
何れにしろ正解は明日分かる。いきなり元カノに会う羽目になるヤコポがどんな表情を見せるかーー確かに老執事の言葉の通り、なかなか面白そうだと、ウキクサとアルゴは変に顔がニヤつくのを覚えるのだった。




