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ウキクサクロニクル  作者: 歯車えい
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65.ボートレース

『レダ祭』の当日を迎えた街は、レジャーランドも斯くやという人混みだった。空は快晴、海は穏やかという理想的な天候の為もあろうが、まさしく祭典の日といった風情だ。壮麗なマントに風変わりな角のついた帽子を被った男が儀式を行った後、いよいよ祭の開幕が宣言される。

「出場者の方はこちらから上がって下さーい! 正午発走までお乗り頂けまーす!」

 係員の誘導に従いスタート地点との連絡船に乗り込むと、かなりの人と、またかなりの数の妖獣が見られた。犬に似ていたり猿に似ていたり、種類も様々だ。

「君の相棒は、あんまり見た事ない感じだね。特殊な種族なのかな?」

 身なりの良い、宝飾品を多く身につけた男にそう聞かれたりもするが、こちらも分からないので「そうかもですねえ」と適当な感じで返しておく。ダイフクは自分の事を指していると分かったのだろう、こちらの肩に這い上がると、頭の上でぴょんぴょん跳ね始めた。

「くっ……! なかなか魅力的な跳ね方をするじゃないか! 正直ウチに欲しいくらいだ!」

 どの辺りがどう魅力的なのかは分からないが、彼の相棒である鷹のような妖獣とダイフクが仲良さそうに遊び始めたのでその言葉は飲み込んでおく。

「……ところで、黒い山猫みたいなのは見掛けなかったか?」

 彼に問うもそういった妖獣はここでは見ていないらしい。となると、テトやカルミアがこの大会に参加している可能性は低いだろう。そもそもが偶然のような流れで今ここに居るから、それもそうだろうとは思うが。

「私は色んな種類の妖獣と暮らしているのだが、黒い山猫というのは居ないのだ。もし君が知り合いなら紹介して貰いたいし、はぐれて探しているのならば、見掛けた時には連絡しよう」

 この世界には妖獣をペットにしている者も多いとの事だが、彼もそんな一人なのだろう。暫くバルバリ商会に厄介になっている旨伝えるとウキクサは彼から離れ、ダイフクと共に海原に広がる景色に目を向ける。近付いてくる島の姿は至って尋常な離島のそれで、『本島』と比べれば明らかに牧歌的な雰囲気がする。

「トライメンテみたいだな」

 そうウキクサが漏らすほどに、緑が多く、遠景からでも都会とは隔絶した空気が感じられる。聞いた話によるとそこは『本島』に住まう人間のベッドタウンのようなもので、産業がどうこうというより、寝に帰るだけという者が多いのだとか。

 島に着いて舟を浜辺に浮かべると、横にずらっと人や妖獣の姿が並ぶ。壮観と呼ぶ外ない光景だ。両隣には蜥蜴の妖獣を連れた女と、大山椒魚に似た両生類的な妖獣を連れた男がスタートを待っていた。

 大会のスタートもふわっとしたもので、「それでは妖獣とのコンビ部門、スタート五分前です!」というアナウンスがあった後、カウントダウンがある訳でも空砲が鳴らされる訳でもなく、「スタートです!」の声と共に皆一斉に海へと漕ぎ出すのだった。

 島の住民が歓声を上げて出場者を送り出す。海岸線から花を投げて、その香りがここまで漂ってきそうな心地がする。

「……ん? 今日はそれで通すのか?」

 見ればダイフクはあの仮面職人ーーラーシュの所で求めたハーフマスクを着けていた。祭だと分かっているからなのか、単に気に入っているからかは分からない。何時ぞやサングラスも好んで掛けていたし、後者ではないかとは思うが。

(……にしても、なかなかだな)

 チェックポイントとなる島は、それなり離れている。今の所他の参加者と同じくらいのペースを維持出来ているが、それもいつまで保つ事やら。

 しかしこうやって大海原に漕ぎ出してみると、決して苦しさばかりではない。自分の力だけで海原を渡っている感覚は、疲労は溜まるものの、心地良いものでもあった。平均するとゴールまで三時間程度は掛かるとの話だったが、これならモチベーションを保ったまま最後までやり切れそうだった。


 一時間半後。

 自分の認識が甘かった事を痛感させられる。トップ集団はまだ視認は出来るものの、大きく離されてしまっている。方やこちらは汗だくで荒く息をついている。鍛えの違いは歴然だった。

「とは言え、ようやく、か」

 チェックポイントの島はスタート地点のそれより緑が多く、眺めていると癒される。漕ぐ手を止めると丁度追い風が吹き、海上に設けられた給水用ボートに近付いた。

「やあ、なかなか速いじゃないか」

 見れば最前の身なりの良い男が、給水ボートの横で蛇の妖獣を連れた他の出場者と会話に花を咲かせていた。急ぐつもりは更々ないようで、胡座を組んですっかり落ち着いてしまっている。

「余力ありそうだが、トップとかは狙わないんだな」

 問えば彼らは笑いを上げながら、「それが目的じゃないしね」と相棒たちに目を向けるのだった。

「しかし仮面を着けるとは、貴殿も粋な事を考えたな。来年は私もそうしようか」

「いや、私たちが着けるのはともかく、舟の上で慣れない事をするのは彼らが嫌がるだろう。彼の相棒が常と変わらないのは偏にその手のものに抵抗がないからで、恐らく前から着けているからでは?」

「そうだな、というかダイフクのやつ自分で着けてたからな」

 言うと二人は感心した様子で、「そこまで出来るとは。正直羨ましいね」

 褒められたのが分かったのか、ダイフクが舟の上で数度跳ねてみせてから、『鷹』と『蛇』と遊び始める。それを見て二人は、

「いやあ、これはいいね!」

「これですな! 至福のひと時ですな!」

 と妖獣たちの戯れる様を飽きもせず眺めていた。

 あまり長居し過ぎると後から来る者の邪魔になるから、とようやく妖獣ソムリエたちと別れると、他の参加者と同様、一路『本島』を目指す。船で来た時も興奮したが、こうやってゆっくりと迫っていくのも、独特の高揚感があって悪くない。

 しかし考えてみれば、ダイフクと二人で行動する事も随分と少なくなっていた。他の人間が同道するようになったからだが、こうしてみると、森の中で二人きりだった頃が懐かしい。

(思えばダイフクがこっちで最初の話し相手だったな)

 ダイフクは近くを泳ぐトビウオを観察しているようだった。飛ぶ形態に興味があるのか、食材としてのそれに目を付けているのかは分からないが。

「……お前さんは何者なんだろうな」

 言ってみるとダイフクは仮面を仕舞い込み、どこからともなくノルトゥナの時のサングラスを出してみせる。『カッコいいだろ』とも『俺は俺だ』とでも言いたげなその様にウキクサは一頻り声を出して笑うと、

「そうだな、その通りだ。悪くないと思うぞ」

 そう言って手に持つ櫂に、再び力を込めるのだった。


『本島』の姿が次第に明瞭になってくる。今日ばかりは海上に交通規制が敷かれているのか、大運河を行き来する舟は僅かしか見られない。それに反比例するように運河沿いや橋の上は人で覆い尽くされ、出場者のゴールを待ち受けていた。

 ダイフクはいつの間にかサングラスから正装(・・)の仮面に戻っており、海上から観戦する客に愛想を振り撒いていた。とーー

『お次は今回初出場! 九十八番艇のゴールだ!』

 拡声器を用いていると思しきアナウンスが響き渡り、観客から歓声が上がる。

『トライメンテ島のバルバリ商会が送り込んだ二人は、大健闘と言って良いでしょう、出場百二十チーム中二十一位での帰還になります! 漕ぎ手はウキクサ選手、相棒のダイフク選手は……おおっ、これは粋な! 仮面を着けての登場です!」

 黄色い歓声が方々から上がる。ダイフクは得意げにそれらに向けて跳ねてみせると、さっきのように再度サングラスを掛けてみせる。すると更に歓声と拍手が大きくなるのだった。

「俺に対してって訳じゃないだろうが、悪い気はしないな」

 言うとダイフクはこちらの頭の上に這い上り、二、三度軽くその場で跳ねてみせる。

「二人でウイニングラン、ってか」

 ウキクサも笑ってそれに返すと、橋の連なる大運河を下ってゆく。

「おーい! あんたら!」

 声に左の欄干を見やると、そこには見覚えのある顔が並んでいた。軽食喫茶(バール)の老婆始め、シャックやそのおかみさんーー『雨漏り亭』で会った面々だ。その中から四つ腕の店長がヌッと腕を伸ばすと、

「ゴール祝いだ!」

 そう言ってシャンパンの小瓶を二つ放ってくる。「ありがとよ!」と何とか受け取るとウキクサは片方をダイフクに渡し、「相棒に!」と打ち鳴らしてひと口含む。とーー

「……ッ!!」

 想定外の酸っぱさにダイフクと揃って震え上がる。見れば面々は大笑いを上げながら、

「あたし特製のレモネードさ! 疲れたカラダには効くだろう!?」

 瓶を掲げて礼をすると、彼らが後ろに過ぎ去ってから、

「……正体の分からないものは飲まないようにしようか」

 ダイフクはサングラスを外し、神妙に一度平べったくなってみせると、再度仮面を着けて舟の先端から観衆に応えるのだった。

「お前はタフだなあ……」

『螺鈿邸』や名所の橋を潜り、やがて大広場近くの終着点に辿り着くと、そこにはヤコポとザックの姿があった。

「お疲れ様です! 観衆に素晴らしい印象を与えたと評判ですよ!」

 そう口にするヤコポの顔は分かりやすく綻んでいる。商会の名前も宣伝する事が出来て、言う事なしといったところか。舟から降りるとウキクサは思わず姿勢を崩しそうになり、片膝をついてしまう。

「かなりしんどかったぞ……またやれなんて言うなよ?」

「流石にそこまで厚かましい事を言うつもりはありませんよ。元々お互いの利益があったからこそですし。ーーそれはそうと、ザックから報告がありますよ」

「報告?」

 彼がわざわざこちらに報告してくるような事と言えばーー

「もしや」

「そのもしやですね。つい先程ですが、白髪の占い師を見たという情報が入って来ましたよ」

「本当か」

 だとすればそれはメルキュールである可能性が高いのではないか。そう思いカミールとアルゴの二人の姿を探すが、辺りにはいないようだった。

「お二人でしたら、今現地に確認に向かっていますね。路地裏に店を出しているという話だったので」

 言っていると向こう側から丁度二人が戻って来る。

「お、お疲れさん。いい運動だったんじゃないか?」

「まあな。でも割と脳味噌空っぽにして漕げている時間があったのは、良かったのかもな」

 ウキクサが返すと二人が笑う。いつもと変わらぬ風だった。

「今聞いたんだが、白髪の占い師を探しに行ったんだろう? どうだった」

「ああ、それな……」

 カミールが口をへの字に曲げる。アルゴも苦笑を浮かべつつ、

「メルキュールではありませんでした。普通に、街の易者ですね」

「しかもその道数十年の、ベテランの爺さんだぞ。ザックには貰った情報をそのまま教えてくれるよう頼んでるが、流石にスクリーニングしないと玉石混淆でかなわないな」

「それなりに情報自体は集まってる、って事か」

「メルキュールもどき(・・・)に関してはな。残念ながらそっちのカルテットについてはまだ何も情報がない」

「そうか。……まあ、それも何れどうにかなるだろう」

 そう言って自分の身体を持ち上げると、ダイフクを伴い「また後で」と出場者専用に大広場に設られた休憩スペースへと向かうのだった。

「ん? おお! 無事完走したね」

 入るや声を掛けられる。もはや馴染みになりつつある、鷹の妖獣を連れた身なりのいい男だ。

「ちょっと自分の体力のなさを痛感してる所だよ」と椅子によろよろ腰掛けると、「そんな事はない」と彼が大真面目に返す。

「私はこの島で漁師をやってるんだが、君はそれより数十分遅い程度でゴール出来ている。充分に速いよ」

 漁師には見えないーーという言葉は辛うじて飲み込んで、

「こっちは疲労困憊だよ。あんたはまだ余力がありそうだが」

 ウキクサの言葉に彼は笑うと、「まあ、それに関しては認めない事もない」と相棒の『鷹』の頭を撫でるのだった。

「お、あんたがさっきゴールしたっていう人か」

「妖獣さんはどこかしら」

「見て見て、可愛い!」

 何故か先にゴールしていたチームが集まって来る。彼らの事は仮面を着けて跳ね回るダイフクに任せるとして、どういう事だと説明を求めると、「貴殿らの事は少し話題になっていたからな」と『蛇』の相方が教えてくれる。

「話題?」

「ここにも実況の音声は流れておるからな、観衆や実況の興奮度合いは、何となく分かるものなのだ」

「そんな中、初参加者が歓声を集めているものだから皆気になっていたのさ。我々が知っていると話すと余計に興味を持ったみたいだな」

 踊り回るダイフクに合わせて他の妖獣も踊り出す。妖獣大集合の図だ。

「ああそうだ、二人には訊いたけど、誰かこの界隈で黒い山猫の妖獣を見た者はいないか? 若い女と子どもと、それから妖精が一緒にいると思うんだが」

「黒い山猫?」「見てないなあ」とこちらも感触は芳しくない。やはりここには来ていないのだろうか。

「九十八番艇のウキクサ選手、いらっしゃいますか」

 運営の腕章を着けた女性が呼ぶ声に振り返り自分だと名乗ると、

「おめでとうございます。こちらが招待状になります」

「招待状?」

 何の事やらと首を傾げるウキクサに、『鷹』の男が興奮した様子で背中をバンバン叩いてくる。

「入選だよ、おめでとう!」

「入選?」

「部門別上位でゴールした三チームと、審査員や観客投票によって選ばれた三チームーーつまり六組三部門の計十八チームには、大会を盛り上げて下さった御礼として晩餐会に招待させていただいております。ウキクサ選手のチームは各審査基準に於いても上位かつ印象深いと認められ、入選の運びとなりました」

「堅っ苦しいのは正直苦手なんだが……」

「心配しなくていい。俺も出た事があるが、作法はそれ程要求されない。妖獣の食い方が汚い、なんて言われる事もないしな」

 それならいいかと思いつつ、ウキクサは運営の女性に礼を言うと招待状を開いてみる。

「時間は今晩の夜八時か。場所は……おいおい、マジか」

「マジだ。なかなかテンション上がるだろう?」

 男の言葉にウキクサは首肯せざるを得なかった。会場はなんとあの『螺鈿邸』。舟で迎えが来るとの事だった。

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