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ウキクサクロニクル  作者: 歯車えい
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61.あの男の置き土産

五月頭と言っておきながら下旬になってしまいました……

『金獅子のレダ祭』は、第五界層の中でも年間通じて最も大きく祝われる祭のひとつだという。その起源は古く、この地に人々が集住し始めて以来の長さを誇るとの事で、毎年多くの見物客で賑わうらしい。

 花火は派手に打ち上げられ、仮装行列は絢爛豪華との事で、それを目当てに訪れる者も多いが、最も有名なのがレガッタの競争だ。各島で海上の移動技術を競い、また技術革新を促す事を目的に始まったらしいが、今ではスポーツとして、また仲間と楽しむ為に出場するものとなって久しいのだとか。そういった理由で嘗ては帆船のレースも行われていたらしい。水上移動が多いこの界層ならではの特色と言えるだろうか。

あちら(・・・)のヴェネツィアって所に似たような祭があるらしいな。どっちが先かは知らないが」

「そうなのか」

「と言うより、その街をモデルに発展してきたという話ですよ。『金獅子の』なんて付いているのも、そこの守護聖人がどうたらこうたら……といった由来があったように記憶しています」

 ウキクサは「そうなのか」と、カミールに次いで再度気のない返事をアルゴに返すと、作業に勤しむ職人の姿を外から眺めるのだった。

 三人が訪れたのはレガッタや小型艇を専門にする工房だった。ここの職人に依頼して、祭用に突貫で新しいものを一艘準備して貰っていた。

 中古を上手く再利用すれば済むだろうに、それをしなかったのはヤコポの強い拘りがあるらしく、「ボロ舟に商会の名前なんか入れたら、恥ずかしくて島に帰れませんよ」との事だった。それで急遽新たに用意する必要に駆られた訳だが、これには珍しくウキクサが知り合いを頼る事になったのだった。

「……お! 大博打の(あん)ちゃんじゃねえか! 丁度仕上げの所で、後は塗料が乾けば完成だぞ! 見てくかい?」

 そう言って日に焼けた筋骨隆々たる男が一人声を掛けてくる。彼ーーベンはこの工房でも親方の次に偉い立場であるらしいのだが、何故そんな人物とウキクサが知り合いかと言えば、ノルトゥナでルーレットの大勝負をした時に彼が名刺を渡してきたからだった。

 ヤコポも流石は商人と言った所か、船上で一度だけ見たそれを覚えていたようで、連れ立って新造の依頼をしに向かったのだった。流石に日数が掛かるから無理だろうと思っていたのだが、

「実は六、七割方完成してるのがあるにはあるんだが。そいつを超突貫で仕上げるとなると、流石に通常の料金という訳には……」

 と、最初に応対した窓口の職人には初めは難色を示された。しかしこれもヤコポに言わせれば相手が儲ける為の手口で、こちらの足元を見ているのだという。素直に払っちまえばいいじゃないかと思いながらぼんやり彼らのやり取りを見ていると、そこで名刺を見せるようヤコポに促される。

「ノルトゥナで名刺を貰った者だと言って貰えれば多分伝わる……と思う」

 職人があからさまに胡散臭そうな目をしながら奥の工房に戻って、三十秒も経たない内にドタドタと大きな足音と共にベンが姿を現したのだった。

「いやあ、まさかこんなに早く兄ちゃんに会えるとはな! 何より俺の事を頼ってくれたってのが嬉しいぜ!」

 ガハハと彼は笑うと、二人を鷹揚に工房の中に案内した。最初に相手をしてくれた職人はベンの反応にすっかり驚いた様子で、幾分顔色を失っていた。恐らくまだ下っ端なのだろう。

 ベンは完成した舟が置かれる保管場所に二人を招くと、

「残念ながら完成品はこれ一艘っきりでな。直ぐに渡せるような品がなくてすまん」

「これは購入出来ないので?」

「代済みでな。流石にこれを流す不義理はしたくないね」

 赤い船体は水面に浮かぶと映えるだろう。或いはこの依頼主も自分達と同様祭に出るのかも知れなかった。

「でもウチの奴が言っていたように、六、七割程度完成しているものならある。今から急げば期日までには間に合うだろう。あんたの役に立てるんだ。親方に話を通して安くして貰うさ」

「無理する事ないぞ。金はしっかり取るものだ」

 そう返すとガハハと再度ベンは笑い、「やっぱり兄ちゃんは器が違うな!」と愉快そうに一度引っ込んで行った。戻って来ると親方から意外な提案があったそうで、

「ウチの工房名をデカく入れて貰えるなら、安く請け負ってくれるってよ」

「商会の名前も同様に入れて頂けるのであれば、構いませんよ」

 ヤコポが返し、即金で直ぐに支払いを済ます。するとベンは職人に大声で指示を出しながら、

「四日程くれ! それでどうにか仕上げてみせる!」

 との事で、工房の中は俄かに忙しくなるのだった。


「本当に四日で仕上げてしまうとは、流石プロだな」

 感嘆の台詞と共に、目の前の新艇と向き合う。色は黄色の地に黒い文字、形はシャープな流線形だ。正直今まであまり乗り気ではなかったが、これを目にすると早く実際に漕いでみたくなる。

「だからと言って手を抜いた訳じゃねえから安心しな! ウチのモットーは、『納得出来る仕事が出来なきゃ金は取るな』だからな!」

 まだ一部乾いていないから触るわけには行かないが、確かにヤスリ掛けまで綺麗に施されている。

「ありがとうベン、恩に着るよ」

「とんでもねえ! また顔出してくだせえ、今度は奢って貰った分の酒を奢り返さなきゃならねえ」

 乾いた舟は明日の朝イチでウキクサ達が乗る船に積み込んでくれるとの事だった。一行はその場を後にすると、レグルス支店長の元に別れの挨拶をしに立ち寄った。

「えらく早い出発だねえ」

 彼女はそう苦笑するも事情は聞いているのだろう、「責任重大だよあんた」と笑いながらバシバシ背中を叩いてきた。

「コンペティション部門じゃないんだろう? そっちの妖獣さんと楽しくレースに参加してくれる事が、何よりの宣伝になるからねえ」

「……まあ、程々にやらせていただきますよ」

 そう言ってその場を後にしようとすると、ふと思い出して訊いてみる。

「レグルスさん、ここらに宝石商ってあるかい?」

「宝石商? あると言えばあるが、何か用事でもあるのかい」

「ああ、ちょっと見て貰いたいものが幾つかあってな」

 ウキクサが懐から小さな袋を取り出す。そうして中から、球形の何かを取り出した。

翡翠玉(ひすいぎょく)の勾玉か」

 傍からカミールがひょいと顔を出して言う。蛍光に近い淡緑色に白い筋が数本流れた勾玉は、光に当たると妖しい煌めきを発しているように思われた。

「シドさんからの貰い物でな。魔術的な力が込められているらしいが良く分からないから、って事で俺にくれたんだが……或いは押し付けられたのかも知れないな。彼も元は貰い物だって言ってたし。変な物じゃなければいいんだが」

「ふむ」とレグルスはルーペで透かし見ると、ややあって「成程」と小さく呟いた。

「こりゃあ内部に術式が埋め込まれてるよ」

「魔導具って事か」

「何の術かまでは分からないがね。どんな効果があるか確かめてから使うといいよ。急に炎が出たり、変な呪いにかかったりしたら嫌だろう」

 ササッとフリーハンドで地図を描きながらそう言って彼女は笑う。

「ここが宝石商だよ。魔導具師でもあるから、鑑定には問題ないだろう。紹介状を書いてあげるから待ってな」

「ああいや実は、もう二つ程あってな」

「ん?」と顔を上げたレグルスの前に、鍵形の装飾品を置く。

「これはどちらで?」

「まあ言ってみれば、これも貰い物だな」

 詳しく話し出すと長くなりそうだったので、緑色の瞳をした男については特に何も話さなかった。

「マナの感じではこれも魔導具のようだが……どこからどう回路を開くか、見当もつかないねえ。ここの魔導具師では分からないかも知れないが、まあ見て貰うといい」そう言って返してくる。

 そうして最後に鍵形の装飾品と同様あの男が残していった、不思議な色合いをした金属製の玉を卓の上に置くとーー

「「!!」」

 瞬間、ギョッとしたような顔が四方からソレに向けられる。

 尋常な反応ではない。

 すぐにヤコポが戸口に向かい、鍵を掛けて戻ってくる。その間、誰もひと言も発さない。

 たっぷりと時間を取ってから、やがてレグルスが「……はああ」と感嘆するように深く息を漏らした。

「オリハルコンだ」

「やはりそうですか」

 商会の二人がそんな言葉を発する。見れば『浜辺』の二人も険しい面持ちで、慎重にその球形の物体を観察していた。

「……大昔に見た事があるが、まさかこんな形で再びお目に掛かれるとはな」

「偽物じゃないですよね? ちょっと信じられないです」

「触っても?」というヤコポの言葉に頷くと、一同が順繰りに触ってみたり、マナを流し込んでみたりする。

「そんなに貴重なものなのか」

 ウキクサがそう言うと面々は深く頷き、「マレビトの方はご存知ないかも知れませんね」とヤコポが説明を始めた。

「こちらの世界には、あちら(・・・)には存在しない、独特の金属が数種類あります。最も有名なものが『ミスリル』ですね。次に『アダマンタイト』。そしてそんな金属の最上位に位置するもののひとつが、今目の前にある『オリハルコン』になります」

「ファンタジーものでどれも名前だけは聞いた事があるが……どのくらいの希少性なんだ?」

「そうですねえ……」

 言いながらヤコポは斜め上を見上げながら、

「こちらに存在する金属の九割九分が普通の鉄やら銅、錫やアルミニウムなど一般的に用いられるものなのですが……仮にこの手の平ひとつ程が金の採掘量だとします」

 そう言ってウキクサの前に自らの手を出してみせる。

「その内小指程しか採れないのが『ミスリル』、そのまた更に爪ほどが『アダマンタイト』で……『オリハルコン』は髪の毛一本あるかないかといったところですね」

 とんでもない貴重品だ。そんなもので作られた品を何故あの男は残していったのか。

「濫りに巷間に見せて良いような代物ではないね。間違っても宝石商や魔導具屋に持ち込んじゃいかんよ。私らも黙っておこう」

 そう言うと四人が深く頷いた。ダイフクだけはいつもと変わらず、皆の間を無関心そうに動いていた。

「あの妖精は知ってるのか?」

 カミールが問う。

「いや、知らないと思う。これについては話した事がないからな」

「或いはあいつの方が色々と分かるかも知れん。それまでは大事に仕舞っておくといい。……ああ、意識し過ぎるのもダメだけどな。かえって盗っ人らに目を付けられる羽目になりかねない」

 大変な貰い物をしてしまったものだ。しかしこれは一体どういう代物なのだろう。

「正直あたしも分からないね。まずもって実物を目にするのさえ、大昔にお偉い研究機関で目にして以来だ」

「俺は元『お偉い研究機関』の人間だからな。見た事自体はある。まさかすぐ側に持ち歩いてる奴が居るとは思わなかったが」

 レグルスとカミールがそう言えば、後の二人は、

「私は初めてですね。でもこの不思議な色合いについては聞き知っていましたから」

「同じくですね。いやあ、これは眼福です」

 そう言ってアルゴが恍惚とした表情を浮かべる。錬金術の世界でも垂涎モノなのは想像に難くない。


 その後レグルスの紹介状を携えて宝石商の元へ赴いたのだが、忠告を容れて見て貰うのは『勾玉』と『鍵』だけにした。

 まず『鍵』の方は、宝石商が手に取るなり「えらい複雑だなあ」と漏らしつつ内部構造の把握に努めたのだがーー十五分程後には脂汗を流しながらぐったりとしていた。

「ダメだな、申し訳ないが俺の力量では何の効果があるのか分からない。『金獅子』にある本店か、第四階層の専門家に見て貰った方がいい」

 どうやらレグルスは見事にここの店主の力量を喝破していたようだ。となればもうひとつの『勾玉』の方だがーー

「……おっ! こいつは分かるぜ」

 そう言って店主は安心した面持ちで、こちらの許可を得てそれを起動してゆく。勾玉は蛍光色に更に明るく、ネオンのような光を放つ。

「お客さんツイてるよ。こりゃあ空間拡張の(ぎょく)だ。ちょっとした荷物くらいなら突っ込んでおけるぞ」

 直径二十センチ程の淡い光が浮かび上がる。感じとしては『黒花』みたいなものか。

 思い返してみれば、あの『迷いの森』を出るに当たり、シアがそんなものがあると言っていたのを思い出す。本人は何かこだわりがあるのか疲れるのか、その手の魔法は使わなかったが。

「やっぱりそういうのがあると便利ですよ」

 と、アルゴがそんな事を言いながら外套から色々と取り出してみせる。薬草やら道具やらーーなるほど、『海坊主』の煎餅もここから出したのか。

「俺は持たん主義だな。取り敢えず頭だけあればいい」

 カミールはそういう一派であるようだった。

「まあそれに関しては人それぞれですが」

 と店長は何やら算盤を弾き「ふむ」とひとつ頷いてから、

「金貨二枚と銀貨五十枚……いや、金貨三、銀貨十でどうでしょう」

 なかなかの高額だ。機能と費用が釣り合っているのか判断は難しいが、何れにしろ高額である事は間違いない。

 ウキクサは暫し瞑目すると、「いや」と一度被りを振る。

「では少し勉強させていただいて、金貨三と銀貨二十五ーー」

「いや、そういう事じゃないんだ」

 慌ててウキクサは手を振る。

「そんな大層な代物を譲って貰ったと思うと、おいそれと売る訳にもいかないだろうと思ってな。……代わりに、嵩張らず持ち運べる品があれば求めたいんだが」

 言って彼は懐から金貨を二枚取り出した。店長の方も「それなら」と、一同を奥のショールームへ案内した。中は三条で見たアリーの店のように様々な品が陳列され、厳重にケースの中に仕舞われているものも多かった。

「ご予算の中ですと、こちらなど如何でしょう」

 そう言って自動治癒や対毒・対麻痺のペンダントやらブレスレットを持って来られたが、いまいちピンと来なかった。寧ろそういったものよりもーー

「これは?」

 ウキクサが部屋の隅に目立たなく置かれていた指輪を指す。

「これは悪くはないんですが……性能がかなりピーキーと言いますか」

 聞けばそれはその時々で別の効果になってしまうという代物で、呪いのような悪影響のあるものは出ないものの、何が出てくるかは店主にも分からないらしい。

「使い辛そうですね……」

「俺なら絶対買わないな」

 そう『浜辺』の二人は言っていたが、ウキクサは「これを貰おう」と即断した。金額も決して安くはないーー金貨四枚だ。ウキクサは何故と問われると、

「……俺自身がカタい人間だからな。こういうのを持っていた方が色々といいだろう。……何となく」

 ダイフクが辺りを跳ね回る傍ら、その言葉に対して店主を含めた三人とも、何とも言えぬ微妙な笑みをウキクサに向けるのだった。

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