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ウキクサクロニクル  作者: 歯車えい
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60.先達の記録

 バルバリ商会の歴々と相談した結果、ヤコポやレグルスが裏取りをしてくれている間、一行は仲間と連絡を取る手段を探す事になった。残念な事に商会の人間でも人探しの専門家に心当たりはないようで、それに関しては力になれず申し訳ないという話だった。

 それでもレグルスが言う事には、シアやカルミアが飛ばされた先は分からないものの、黒花で界を渡ったからには問題はないだろうという、そういう結論だった。

「ギリギリで潜ったから危ないとか、そういう事はないでしょうから。アレはそういう性質のものです」

 そうヤコポが言えば、レグルスやアルゴたちも同様に頷いてみせる。

「それと比べればメルキュールの奴の方が余程訳が分からねえからな。まあ奴の事だし、ああいう言い方をする、って事は問題ないんだろうが」

『黒花』を用いた渡界が正規の入り方だとすれば、やはりメルキュールの場合はイレギュラーな裏口を経由しているらしい。どこに出たかも分からなければ、そもそも無事かどうかも確言が出来ない。

 であるからには、金も入った事だし、本当に大々的に広告でも打ってみるか。ーーそんな話になっては、やはり費用対効果が怪しいから止めるべきだーーと議論は堂々巡りの様相を呈し始めていた。

 最終的に、「ちょっとリフレッシュして各々の時間を取ろう」という話になり、一行は二日の間、珍しくも完全な別行動を取る事になった。

 カミールは薬師ギルドで弟子のアウラにちょっかいを掛けては、部屋で化学式のようなものと睨めっこしている。アルゴは新たな名物料理や茶葉を求めに繁華街へ向かい、ダイフクも珍しくウキクサと行動を別にして、薬師ギルドの雑草狩りに勤しんでいた。尤もこの場合、雑草というのは薬草の類であり、ダイフクにとっては食事と同義ではあったが。

 結果ウキクサは、ジヌーヴの図書館でマレビトの先達が残した資料をじっくり読む機会を得ていた。

 と言うのも、先日他の面々とともにゲオルグに案内して貰った際は、調べるどころの話ではなくなってしまっていたからだ。どうやって月に行ったか、どうして東西の陣営の間に均衡が保たれたのかなど、ウキクサは質問攻めにあっていた。

 殊にウキクサを悩ませたのが宇宙についての諸々で、宇宙空間に行くという事からして説明が難しいのに、最終的には『重力と核力などの統一理論が完成していないのは何故か』などと極めて専門的な話題に至り、お手上げにならざるを得なかった。

 例の冊子に記された外国語についてもそうで、「何が書いてあるんだ」と問われるも、ウキクサ自身は語学に明るい訳ではない為、「良く分からないけど多分こういう意味じゃないかなあ」と、それで納得して貰うのが一苦労だった。

 そして宇宙でそれならインターネットの存在など、さしもの研究者連をして頭にはてなマークを浮かばせるに足るものだったようで、

「信号を変換……機械と機械の間? しかもそれで世界中繋がれる、ですか」

 と微妙な顔を浮かべられてしまった。

 しかし彼らが凄かったのはそこからで、「上手く似たような事が出来れば情報のやり取りや商売に革命を起こせるかも知れない」と本質を掴んだ発言をして、実現への具体的なハードルを検討し始めた所だ。抽象的な説明で、良くもそんな議論まで到達出来たものだ。

 とは言えこの世界はあちら側(・・・・)で見るような電信技術は使われていないようなので、何とも言えない所ではある。宝鐸のシドがやってみせたような、魔術的な一種の遠距離通信が主流なのかも知れない。

 結局ウキクサが三人に解放されたのは昼も大分過ぎてからで、彼らは充実した様子だったが、ウキクサの方はどっと疲れ、暫く目を閉じ眉間の凝りを解す有様だった。

 そういう訳で当日は碌に資料を読み込めていなかったのだが、今日は解析学者も錬金術師も居ないし、ゲオルグも仕事が忙しくこちらに張り付く暇がない。

 改めてこの前見せて貰った書籍をパラパラと捲ってみるも、そこに記されているのは一般的にも想像出来るような事柄ばかりだった。曰くーー


『マレビトは同郷の者と群れる』


 未知の世界で少しでも繋がりのある人間を求めるのは自然の流れだろう。


『マレビトは変異を恐れる』


 そんなものが存在しない世界から来たのだ。そういうものだと受け入れるには、それなりの時間が掛かるのが普通の筈だ。


『マレビトは、モノの考え方が保守的だ』


 異郷の地で今までの価値観を変えるのは、思っている以上に難しい事だろう。なんとなれば価値観というものは、自分を守る為に必要なものだからだ。そこに人の営みがあるなら尚の事、彼らと区別出来る何かを人は求めるものだ。

 良く、『旅に行って価値観が変わった』という話を聞くが、つまりはそういう事で、価値観はあくまで『変わる』ものであって、『変える』ものではないのだろう。変わらなかったからといって必ずしも悪い訳ではないが……。まあ、その結果元から住んでいる者との間に軋轢が生じるというのも、良く聞く話ではあるのが現実だ。

 ウキクサは一度嘆息をつくと、傍らの冊子に目をやった。

 知らない誰かが分析したものも悪いとは言わないが、彼としてはやはり渡って来た者たちの、その生の声が知りたかった。順に(ページ)を繰り、やがて日本語の書かれた箇所に行き当たると、軽く座り直してからそこに書かれているものを読み始める。字は万年筆の類ではなく毛筆で書かれており、渡って来た時期は大正の終わりという事だった。



『此の地に渡ってから、早二年が経とうとしている。不可思議な人々やウィザードなる人々にも慣れ始め、ここでの暮らしも定まりつつある。出先であの激烈なる振動により此の地に飛ばされてからもうそれだけの時日が過ぎたのだと思うと、何とも心苦しいというべきか、己の無力さを再確認させられる心持ちだ。円く輝くあの月だけがある種の希望を抱かせてくれるが、それも小脇に控える小さい月を見る度に得も言われぬ嘆息が漏れてしまう。せめて妻子の安否だけは知りたいものだがーーせめてもの慰めに、ここに自らの出自及び今胸の内に去来する想いについて書き残す事にする。

 姓名は佐藤八郎太。東京市で手工業品を扱う商会に勤めている。細君と男児が二子あるが、今は揃って出産の為信州の実家に戻っている。

 激震があったのは丁度その折で、階段の踊り場から落ちたと思うや、何処ぞ見覚えのない畑の只中に我が身を見出した。初めは白昼夢の中にいるのかと思われたが奇っ怪なる鱗男や長耳と話すにつれーーーーいや、これを読む諸氏も同じ身の上であるからには、その辺りは書くに値せぬだろうか。

 兎も角親切なる稀人(マレビト)の先達の助力もあり、以前と同様商いに精を出す事がかなった訳だが、ここでの日々を心底から喜べている訳ではないのが実際のところだ。妻子の存在があるからには当然なのだが、こんな日々を送っていて良いものかと、どうしても澱のようなものが溜まるのを覚えてしまう。もっと別の足掻き方、(もが)き方があるのではないか、と。

 こちらの人間が身内として扱ってくれても、自分は未だ外様であるかのような感覚だ。問題は恐らくこちらの心の持ちようなのだろうが、二年の時日ではそれを変えるまでには至っていない。先達は時が解決してくれるものだと言っていた。或いは自分の後に続く稀人と言葉を交わせば、その辺り何か一端でも理解されるのかも知れない。

 とは言え稀人も十人十色といったところで、自分より深刻にこの世界を捉える者も居れば、より楽観的に、鎖から解き放たれたように動き回る者も居る。

 但し、皆共通して理解している事はあるだろう。即ち、帰れる(・・・)見込みは殆どないという事だ。頭の片隅では分かっていても、心の方がそれを認めようとしない。それが恐らく外様意識のもとであり、澱の正体でもあるのだろう。

 古代の精霊や竜種と知己になれば何かしら帰る手立てが得られるのかも知れないが、それにしたって情報が曖昧だ。帰還(・・)出来た例としては、圧倒的に偶発的な現象によるのが多く、それこそ仕事の拍子にひょいと回廊が開いて皆に別れを言った、などという例もあるにはあるらしい。

 まあ、ここまで長ったらしく書いてきたが、偉そうに先達として言わなければならない事はひとつだろう。

 それはつまり、このような特殊な環境に身を置きながら、ただ漫然と日々を送る事勿れ、という事だ。

 諸氏の健闘を祈る。


   大正十四年初秋 』



 二年の月日を経た上でも、この書き手は未だ悩み続けているのが窺われた。そのすぐ後に、英語で書かれた一文があった。こちらは別の書き手、前述の佐藤氏よりも長くこちら側に居るようだった。



『……もう幾年月が経ったか。帰還への希望を失ってから久しいが、もはやこの地に骨を埋めるしかないーーその覚悟が出来たから、これを機にここに書き記しておこうと思う。いや……覚悟と言うと随分と聞こえがいいが、実際は諦めと打算、それに義務感や絶望が愛情と綯い交ぜになったものを最大限綺麗に聞こえる言葉にしているだけだ。

 軽微だが、『変貌』も起こり始めている。肌の色が次第に黒化し、背も縮んできている。更に長い年月を経れば、ノームと呼ばれる種族のようになるのが予想される。

 そうなる事に対しては、そこまでの恐怖はない。しかし徐々に徐々にーーというこの生殺し感は、人によるのだろうが、少なくとも私にはそれなりに堪えるものだ。

 勤める料理屋で知り合った女性と付き合い始めて二年程になるが、とうとう彼女が身籠った。当然嬉しかったし、彼女と築く家庭を夢想すると幸せしか覚えなかった。

 彼女は現地の人間だった。私のようなこの世界の新入りとは違って、何世代かも分からぬくらいこの地に生きている、所謂有翼族と呼ばれる者が多く生まれる血の者だった。空に懸かるあの大きな月も、意識しないとひとつしか見えないという。こちらの身の上は親身になって聞いてくれるが、あちら(・・・)の世界自体にはさして興味はないようだ。行こうと思って行ける性質の場所ではないから、それも当然と言えたが。

 そうして先日、子が産まれた。元気な女の子だ。母体も問題ないらしく、夫婦(めおと)になっていた私たちは揃って安堵の息を漏らした。

 娘の背中には、小さく翼が生えていた。彼女のそれを受け継いでいるのだろう。

 それを目にすると、不思議とそれまでの煩悶が消えていった。いきなり目の前に道を敷かれたような心地だった。

……何を書いているのか良く分からなくなってきたが、妻子に対する愛情が減じているとか、そういう話ではない。異郷の住人になるとはこういう事か、と自分の中で腑に落ちた出来事がそれだったという、そういう話だ。

 生まれてきた娘はまだ言葉が覚束ない。従って月がその目に二つ映っているかどうかはまだ分からない。基本的には見えるらしい。

 しかしそれは恐らく些事なのだろう、と最近は思うようになった。種々雑多な人の間で暮らしているからだろう。少なくとも普通にそう思えるようになったという事は、私に訪れた変化の中で間違いなく喜ばしいもののひとつなのだろう。



 ーーーーーーーー



 夕刻前まで図書館に篭っていたウキクサは、外に出るとひとつ大きく伸びをした。流石にずっと同じ姿勢というのは肩が凝るもので、眉間を揉み解すとぼんやり通りの人波に目をやった。

 研究者のような風貌の者もいれば、夕飯の買い出しの行き帰りと思しき女性や親子連れも多く見られた。

 ごく普通の、ありふれた風景。

 そこに『マレビト』だからどうとか、『こちら側』だからどうといったものは存在しない。

 ウキクサがマレビトについての文献や資料を読んでいて思ったのが、こちらの人間にとってマレビトという言葉は何ら特別なものではなくて、捉え方としてはただの『ルーツ』のひとつに過ぎないのだろうという事だ。シアが最初に忠告してくれたのは、宝鐸という街の事が念頭にあったのと、妄りに自分の事を話す必要はないという事を伝えたかったというのが半分くらいはあるだろう。実際、食い物にする輩がいるのは事実だろうし、決して否定は出来ない。

「自分を特別な存在だと思うな……って事か」

 思わず自嘲的な笑いが零れる。自分の事を特別な存在だと思いたがるのは人の性だろうが、逆に言えば『特別なのは当たり前』なのだと、先達の語る言葉はそう言っているように思えてならなかった。自惚れるな、と。

(……しかし、自分はこれからどうするつもりなんだ?)

 流されるようにあの森から出て、『結節点の街』を経て千畳、三条、宝鐸やあの『浜辺』を訪れた。更に界層を渡り、トライメンテから島々を経由し、今はジヌーヴの地に立っている。

(いつまで流されるつもりだ……?)

 考え始めるとどうしても暗澹とした心持ちになってくる。さっさとどこかに根を張るべきなのだろう。少なくとも自分の頭の中が叫ぶ正しさ(・・・)はそれだ。しかしその傍らーー

まとも(・・・)さなんて、わざわざ示さなくてもいい。世間一般の平均なんて、強いてなろうとするもんじゃないよ』

 自らがレイに宣った言葉が、そっくりそのまま自分に返ってくる。今でもこれは間違っていないと思う。

 丘を下りながら行き交う人に目をやると、既に酒を飲み始めている連中の姿が目に入る。いい具合に千鳥足になった旦那を見つけた奥さんが激昂している姿もある。

 表通りは特に賑やかだ。人気店は早くも混雑し始め、宿に戻るまでそれなりの時間を要した。

ーーと、部屋に入るやダイフクがぴょんと跳ねて腕の中に飛び込んできた。他の二人も既に戻っていたようで、「朗報ですよ!」とアルゴが何やら紙を渡してきた。

「どうしたんだ?」

「ここを読んでみて下さい!」

 見れば紙片は瓦版のようなもので、催し物について書かれている。アルゴが指した下段の小枠を見ると、

「『レダ祭追加出場選手の募集』……? 何だこれ?」

「『本島』で催される夏の風物詩だ。メルキュールの奴はああいった祭の類が大好きでな。『酒下し』を売る時も、本人の強い要望があったくらいなんだ」

「今どこに居るかは分かりませんが、無事この界層に辿り着けているのであれば、まず間違いなくこの祭には向かうでしょうね」

「そういやあウチにも祭好きの妖精がいたな。或いはあいつらもそこに向かうかも知れん。……が、それとその『追加出場選手』ってのはどう関係してるんだ?」

 嫌な予感を覚えつつもウキクサがそう言うと、二人がいい顔を浮かべる。

「勿論出るんです」

「目立った方がいいだろ」

「何だ、目立ちたくなかったんじゃないのか?」

 問えばカミールが応募要項の所を指してみせる。そこにはーー


『妖獣とのコンビ部門』


 そう書かれていた。という事はまさか……

「ヤコポが『商会の宣伝も出来ますね!』って張り切ってたぞ」

 こっちの名前で申し込む気満々じゃねえか。っていうか、ひょっとしたら既に申し込み済みかも知れない。

 ウキクサは天を仰ぐと、「探すの面倒臭えな……」と零した。そんな心中を知ってか知らずか、ダイフクが腕の中で前へ後ろへうねうね体をくねらせるのだった。

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