58.師匠と弟子
薬師ギルドは馬車に揺られる事三十分程、内地の少し落ち着いた一画に建っていた。商館の立ち並ぶ繁華街から離れているのは一帯にその手の研究者が多く住まうからで、薬師と思しき人間が多数出入りしていた。
特徴的な青い曲線的な外観は島出身の建築家の手になるものとの事で、観光客の姿もそれなりに見られるのだった。
ギルドの若い受付に用向きを伝えると四、五十分程掛かるとの話だったが、待機列に並び始めるや重役らしき太鼓腹の男が奥からすっ飛んで来て、「大変失礼致しました」と丁重に奥へと案内された。
「島に着いてから支店長がすぐに連絡を入れてくれていたようですね。相手に準備はさせるが情報を集めさせ過ぎないーー鮮度が良し悪しを左右する品物ですし、悪くないやり方だと思います」
通されたのは工房のような場所で、白衣を着た男が数名、それに同じ格好をした背の高い痩せぎすの若い女性が出迎えてくれた。
「お初にお目に掛かりますね」
そう言って彼女は一同に挨拶をする。
「当ギルドのギルド長を務めます、アウラと申します。御用向きはレグルスさんから使いがありましたので、承知しております。すぐに検品させていただきたく存じますが、構いませんでしょうか」
こちらが名乗るのを待たず彼女はそう言い、身なりから判断したのだろう、ヤコポを強い眼差しで促した。商品の性質を十分理解しているのだろう、『早く現物を見せてくれ』と言わんばかりだった。
ヤコポもその辺りは心得ているようで、既に鞄から例の瓶詰めを出し始めていた。「お願いします」と彼が言うや否やすぐに専用の鉢に瓶ごと挿され、控えていた男たちの手により瞬く間に検品がなされてゆく。
滞りなく検品が始まったのを見て人心地着いたのか、彼女はほっとしたように軽く息をつくと、改めて一行に向き直り、
「非礼をお詫び致します」
と頭を下げるのだった。
「いえ、こちらとしてはそれだけ商品の価値をご理解いただけているという事ですので安心致しました。ーー改めて、バルバリ商会のヤコポと申します。どうぞ宜しくお願いします」
「ありがとうございます。……そちらの皆様はーー」
「第一発見者にして、捕獲の協力者です」
そう言うと旅人たちが順に紹介され、彼女と握手を交わしていく。良く見れば髪に隠れた彼女の耳は長く尖っており、所謂長耳族である事が知れた。捕獲時の状況を話すと彼女は熱心にメモを取り、「生育条件がそうだとすると……」などと時折ぶつぶつ独り言を口にしていた。
「こちらとしては纏めての取引をお願いしたく思いますが……」
そう言うと彼女は思考の海に沈みそうになっていたのからハッと顔を上げ、
「ああ、そうですね! 勿論、状態の良し悪しに関係なく引き取らせていただくつもりです」
と太鼓腹にチラと目配せをした。自分は早く現物を手に取ってみたいから、交渉の方はそっちで頼むという事だろう。振られた方は『俺も現物に触れたいのに』と言いたげな表情を浮かべていたが、ひとまず自らの職務を果たす事にしたのか、「どうぞこちらへ」と一行をすぐ側のテーブル席に掛けさせるのであった。
そうして持ち込まれた品に対するグレードの付け方や買取金額について彼が詳細な説明をし始めると、
「ほおお、これは素晴らしい」
と無邪気なアウラの声が漏れ聞こえてくるのだった。
検品には小一時間程掛かって、結果AA相当が二つ、A相当が二つ、そしてAAA相当が一つという、ギルド始まって以来の高ランク品との査定がついた。
「フフ、参りました。正直なところ品質についてはそこまで期待していなかったのですが……薬師や研究者にとっては眼福ものと言わざるを得ませんね」
その言葉を証するように、最前の太鼓腹が慎重にマンドラゴラの葉を撫でながらうっとりとした眼差しを浮かべている。
「これならこちらとしても躊躇する要素はありません。即金でお支払い致しましょう」
「即金でと言うと……」
「はい、金貨二百三十二枚になりますが、宜しいでしょうか」
銅貨一枚が百円程度、銀貨一枚が銅貨十二枚で、金貨一枚が銀貨六十枚だから……一六七〇万円相当。恐ろしく高額だ。トライメンテの歳入に七割、捕獲作戦に参加していた十人程度で残りの三割を山分けするとしても、一人当たり五十万程度の稼ぎになる。
これでもアウラはイロを付けられる事を想定している可能性が高かったが、ヤコポはそれを要求する事はなく、「それでお願い致します」と握手を求める。
しかしアウラが手を握り返し、これで契約が妥結されたと顔を綻ばせていると、「その代わり」と手を握ったままヤコポが笑顔のまま続ける事には、
「別件でマナ研究の専門家に会う必要がありまして。信用出来る人間を紹介していただけませんか? 紹介状を一筆認めていただければ大丈夫ですので。それとーー」
こちらの方を振り返り、
「ちょっと見ていただきたいものもありまして。薬のようですので、皆様なら何か分かるかと」
「……フフ、構いませんよ。これだけの優良品を納めていただいたんです。バルバリ商会さんとは長いお付き合いになりそうですし、喜んでお力になりましょう。それと、マナ研究の専門家については私で問題ないでしょう。一応その分野において、それなりの世間的信用はあると自認しておりますので」
言うと彼女は懐から三叉のペンダントを取り出す。思わず目を見開き、次いでカミールを見ようとしてなんとか思い止まる。
「ああ、ギルド長は『トライデント』出身でいらっしゃいましたね! 失念しておりました。どうぞ宜しくお願い致します!」
そう言ってようやく手を離し、お互いハハハと笑いながら改めて席に着く。
つまりヤコポは始めから『海坊主』の安全性検証と薬の調査をワンパックで依頼するつもりだったのだろう。アウラもそれはすぐに察したようで、お互いそれなりのウィン=ウィンになるから話がすんなり纏まったのだ。
しかしそれだけ知られた存在だとすると、カミールも彼女の事を知っていそうだがーー
「……」
彼女もカミールも、何ら特別な反応を示していない。まあ、所属していた時期が異なれば出身の有名人を知らないなど良くある話だし、それぞれ暮らしていた界層が違えば接点など存在しようがないだろう。
「では私は彼と査定内容を検める事にします。皆さん申し訳ありませんが、暫しロビーでお待ち頂けますか?」
ヤコポがそう言うと「でしたらーー」とアウラが手を打ち、
「自慢の薬草園がありますので、是非案内させて下さい。色鮮やかでなかなか綺麗なんですよ?」
そう提案してくる。皆特に反対する要素はなかったのでその通りに案内されようとしたら、
「ーーその前に折角だから『薬』を見て貰ったらどうだ?」
不意にそれまで沈黙していたカミールが口を開いた。確かに彼の言うように、今忙しくないなら見て貰う絶好の機会ではあった。それを聞くやアウラも目を輝かせ、
「お話の『薬』ですね? 今見させて頂けるなら是非お願い致します」
と乗り気だった。
そうして一行はヤコポと一度別れ、別階の空き部屋に入る。するとーー
「……」
「……アウラさん?」
扉を閉めるや突如彼女が顔を俯き立ち尽くしてしまった。どうしたものかとアルゴが声を掛けるも、反応する様子がない。
ウキクサたちが不気味なものを覚え始めていると、「はあ……」と深い溜息をついて、またもやカミールが口を開く。
「……こいつらなら大丈夫だから」
そんな事を言うが、どういう意味か理解出来ず困惑している内に、アウラはバッとカミールの方に向き直って、些か緊張した面持ちでーー
「ご無沙汰しております、師匠!」
「「……師匠?」」
予想外の言葉にアルゴもウキクサも目が点になる。
「正直あんまり目立ちたくないから、お前が合わせてくれて助かった。ヤコポもそれなり信用出来るとは言え、鼻が利く商売人だからな」
「俺の事は警戒しなくて大丈夫だったのか?」
ウキクサが問えば彼は軽く苦笑を浮かべ、「あんたはあんまり他人の秘密とか言わなさそうだから」
「……一応、褒め言葉として受け取っておくよ」
彼は肩を竦めるとアウラの方に向き直り、
「取り敢えず元気そうで良かった」
「師匠こそ! もう何年振りになりますか?」
「十五、六年ってところだな」
そう考えるとやはり二人ともそれなりの歳ではあるのだろう。
「ひとまず俺たちは人探しをしていてな。マンドラゴラやらはついでなんだ」
「えっ、アレついでなんですか!?」
「ついでだ、ついで。だがマナの偏在がこの現象を起こしている可能性はある」
とカミールは『海坊主』の一件について話し始める。驚いたのは、その存在を説明するのに『浜辺』やメルキュールが浄化する為に出していた『汚れたマナ』について説明していた事だ。アルゴも幾分驚き顔で、聞けば「一応それを教えていい程度には信用出来る相手、という事でしょうか」と返すのだった。
そんなウキクサたちは措いて、師弟二人は真剣な顔で何やら見解を纏めていた。
「……となるとトポロジカルな空間を作った結果マナが凝りやすくなり、結果としてその『海坊主』が流入したという事ですか?」
「というより『海坊主』のモトが第五界層由来なのかもな。恐らく過去に目撃例自体はいっぱいあるだろう」
「なるほど……現物を見ていないので何とも言えませんが、それは十分考えられますね」
言いながらアウラは膝の上に収まったダイフクをぷにぷにと触る。……なんだか随分と当初の印象とは異なってきたな。
「後でヤコポさんに生きてる個体を見せて貰いましょう」
「……こう言っちゃあなんだが、別に無理して『海坊主』に対して安全のお墨付きを与える必要はないぞ? 問題が起きて俺を逆恨みされても困るからな」
「うーん……でも師匠が断言するくらいですし、私自身も問題ないように思えるから……そうですね、過去の目撃例が集まれば安心してお墨付きが出せます」
「それなら後で俺らが何とかしよう」
言ってこちらの方を向き、手を差し出してくる。アルゴと二人で何の事やらと首を捻っていると、
「『薬』だよ。ダイフクのやつと、俺らが船の中で作ったやつと」
言われて「ああ」と二人が懐からそれらを取り出す。見ればアウラが「あれ、方便じゃなく本当に今持ってらっしゃるんですか」と驚いていた。そうしてまずは例のマンドラゴラからダイフクが作った『金平糖』、それを更に精製して作った毒の耐性薬を前に突き出す。アウラは棚から器具を取り出すと真剣な眼差しで観察しながら、
「緑色のコレは……毒耐性ですか。あまり出回らないので珍重されますね」
「お抱え錬金術師がいてな。あと三十本くらいあるぞ」
「三十!? いやはや、流石師匠と言うべきか、その錬金術師の方が凄いと言うべきか……」
チラと横を見ると、アルゴが満更でもない顔を浮かべている。
次いでアウラは『金平糖』の方に取り掛かり、程なく「……うーん?」と首を捻り始めた。
「マンドラゴラから作製されたものだ」
「マンドラゴラからですか。これは……薬、なんですか?」
「それを聞きたいのはこっちの方だ。他の材料から作ったものも多数あるぞ」
ウキクサが例の『薬箱』を取り出す。量も種類も、随分と溜まってきていた。圧倒的に多いのはどノーマルの『薬草丸』だが。アウラは興味深げにそれを見ると、許可を得て幾つか砕いてみたりする。
「うーん……ちょっと試してみますか」
そう言って棚から薄青色の試薬を取り出し、『薬草丸』や『金平糖』の粉末を中に溶かしてみる。
「反応なしですね。じゃあーー」
と今度はドス黒い試薬を持ってきて、同様の操作を行う。とーー
「……! 色が変わったぞ」
黒一色で向こう側も見えなかったのが、瞬く間にそれぞれ透き通った薄緑と黄色の液体に変じる。
「なるほど……アンチマナですか。だから耐性薬が出来た、と」
耳馴染みのない用語が出てきたがひとまずそれは措いて、
「知り合いの妖精はそれがどんな薬かは分かっても、自身ではそれを使う術を知らないようだった。術にも詳しく、治療術も使える奴なんだが」
「コレの効果自体は、慣れればマナの感じで意外に分かるものなんです。……師匠に確認ですが、耐性薬は狙って作られたものですか?」
「いいや。元がマンドラゴラだから、効果の弱い毒消しにでもなるんじゃないかと思ってた。……まあ、普通じゃないシロモノなのは分かってたから、或いはとは思ったが。後はそこの製作者に訊いてくれ」
「ご紹介に与りました」
と話を振られてアルゴは自身にとっても意外だったと説明する。
「濁りのある白色だと毒消しになるのですが、予想に反して緑色だったという所ですね。こちらとしては望外と言うべきでしょうが」
「やはりそうでしたか」と三人は話を続けるが、専門的な話で何がなんだかさっぱりだ。
「こういう訊き方をするとアレだが、結論としてはどういう感じなんだ?」
「そうですねえ」と彼女はダイフクの上で腕組みをし、
「これらの『薬』は専門家が扱えばこの耐性薬のように何かしらのものに出来ない事もないですが、それなりに手間が掛かります。しかし元のものそれ自体は、基本的に異物として排出されるか、でなければ毒のような作用を引き起こしてしまうでしょうねえ」
つまりは基本的にダイフクにしか使えないという事か。腕組みするアウラから脱出して、ダイフクがぽよぽよとテーブルの上をこちらに跳ねてくる。
「かなり珍しいものではありますので、ご希望でしたら喜んで高値で買い取りさせていただきますが?」
期待するような眼差しを向けられるも、元はダイフクが作り、持っているよう促されていたものだ。売ってしまうのは憚られた。
「色気出そうとしてんじゃねえ」とカミールに怒られて、結局彼女は変な汗を掻きながら予想される効果効能をひとつひとつ書き出しながら説明してくれていたが、その姿はどう見てもジヌーヴの栄えあるギルド長と言うよりは、師匠に怒られる若い弟子以上の何者でもなかった。




