表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
ウキクサクロニクル  作者: 歯車えい
61/78

57.ジヌーヴへ

 ルーレットを終え真っ直ぐ船に戻ろうとしたウキクサだったが、残念ながら周囲がそれを許してくれなかった。

 まず場に居た全員にウキクサの奢った黒ビールが振る舞われ、それでひと盛り上がり。次いでウキクサ本人に対して声を掛けてくれる者が後を絶たなかった。

「こんだけの勝負は久し振りに見たよ!」

「あんたの根性には敬服するね」

 ディーラーからも、「これ程緊張したのはいつ以来でしょうか」と握手を求められた。店の側としても、大きな損になるのを防げたという一種の安堵があるのだろう。

 そんな具合で観衆に言葉を掛けられる事数十分、ようやく解放されたウキクサの手には十数枚の名刺が握られていた。ヘルマンや、ダイフクの相手をしてくれていた年配の船員によると、「どれもそこそこ有名どころっすよ!」との事で、翌朝改めてヤコポに見て貰うと彼も思わず絶句するのだった。


「そりゃあまた、良かったじゃねえか」

 甲板で土産のソーセージの燻製を頬張りながらカミールが言う。付け合わせにザワークラウトも付いていた。

「お前さん個人のコネクションが出来た、って事だからな。まあ、最後の賭けを止しておけば実利があったのに、と思わない事もないが」

「まあウキクサさんの表情を見るに、それも含めて良かったのかも知れませんね」

 アルゴ達にもそんな風に見られていたという事か。そう思うと、なんとも気恥ずかしい気分になってくる。その間もヤコポは名刺の束を広げながら、

「これは鍛治ギルドの人間、こちらは畜産系……あ、クナーダの仕入れ部門の名刺もありますよ」

 聞き覚えのある名前を耳にして、

「クナーダって、クナーダ商会の事だよな? 第六界層で強い影響力がある、っていう」

 ヤコポはそれに首肯すると、

「彼らは界層間の商品流通に長けていますからね。特に第六界層で得られる食物は、広く需要があるものですから」

 三条や千畳近辺の様子からも窺われるように、第六界層は広大な農地を有している。こちらは島が多い事から鑑みても、大規模農業には不向きなのだろう。そしてクナーダ商会と言えばーー

「そう言えば昔クナーダの人間が接触しようとしてきた事があったな」

 何時ぞや道具屋アリーが言っていたが、『酒下し』の輸入(・・)を目論んでいたのがクナーダという話だった。それも性質が変わってしまう事から断念したという話だったが。

「そこそこ偉い人物が交渉しに来たという話でしたか」

 アルゴが言えばカミールは記憶の底を浚うように僅かに瞑目しながら、

「名前までは思い出せんな……パッと見それなりの歳ではあったか。老執事みたいな」

 と彼はそう言う。

「賭場で名刺を貰ったとき、『商いで御用がありましたら是非頼っていただきたい』とか言ってたか。商会名までは見ていなかったな。短髪の若い男だった」

 改めてウキクサが名刺を見れば、ルカ・ベッリーニと名前が記されている。

「あそこの商会は不義理な真似をしないから好印象ですね。私共のような島の商会相手でも、足元を見るような真似はしませんし。客観的に言っても、長い付き合いをするなら良い相手だと思いますよ」

「規模の大きい商会なら、人探しにも向いているかもな。何れにせよ、これが金貨数十枚の代わりに得たものだという訳だ」

 ウキクサが自嘲すると、アルゴもそれには嘆息をつきながら、

「元の持ち金がそこまで多くなかったのもあるのでしょうが、全財産の三分の二をギャンブルに投ずるなんて、控え目に言って正気の沙汰ではありませんからね」

「なんだ、さっきは良かったじゃないか的な事を言ってなかったか?」

「それはそれです。既婚者だったら急所を蹴り上げられた上、三行半(みくだりはん)を突きつけられるところでしょう」

「……まあ、例の『マンドラゴラ』の件もあったからな。それで気が大きくなっていたんだろう」

 そう返すも、アルゴは肩を竦めるばかりだった。

「まあしかし、ジヌーヴに着いたらここは訪ねておいた方がいいでしょうね」

 そう言ってヤコポが自分の名刺入れから一枚の名刺を抜き出す。

「……ジヌーヴ図書館?」

 図書館などに用はないがーーいや、この世界の事をより深く理解しようとする者には有用だろう。

 だが、自分は恐らくそれ以前の問題だろう。言うなれば、この世界の初等教育すら受けていない人間なのだ。ルールも分からなければ、どのような時代背景があって言葉が発せられているのかも分からない。尤も、大概の事は一般常識で片付くからそれで良いのだが。

「ウキクサさんはマレビトでいらっしゃるとお見受けします」

「……まあ、確かにそうだが。いつ気付いた?」

「確信したのは船の出航前ですね」

 そんな前かと首を傾げるウキクサにヤコポは微笑を浮かべると、

「ベラドンナに毒があるというのは、少なくともこちら(・・・)では常識ですので」

 なるほど、ダイフクのマンドラゴラを交換してくれないかと言われた時の事か。

「別に隠していたつもりはないが……強いて口にする事でもないからな」

「ジヌーヴの図書館にはマレビトに関する記録が多く残っています。或いは何かの助けになるでしょう」

 先達がこの世界に来て何を見聞きしたか、そしてどう感じたか。それを知る事は決して損ではないだろう。

「生きている先達に会うのとは別の何かが得られる、ってとこか」

「それに関しては私としても確言はしかねますが……」

 そう言うとヤコポは苦笑を浮かべた。彼は現地で生まれ育った人間だ。これまで何人ものマレビトに出会っているだろうが、理解しているかと言われたら微妙なところだろう。

「まあ、時間が出来たら行ってみるよ」

 そう言って名刺を仕舞うと、傍らで跳ね回っていたダイフクを抱え上げる。例のサングラスとアクセサリーを今日も着けている。どうやらそれなりにお気に入りのようだった。因みに昨日相手をしてくれていた年配の船員は、朝から忙しげに積み荷の最終チェックを行なっている。

 風が一陣、ぶわっと船上を吹き抜けた。進行方向には大きな陸地が迫っていた。いよいよこの船の目的地、ジヌーヴが近付いていた。

 海上には多くの船が浮かんでいる。ジヌーヴに向かうものもあれば、出てくるものも多かった。どの船も今乗っているものと同様、様々な島を行き来しているのだろう。それだけ様々な物が取引されているという、その証左でもあった。

 俄かに船内も慌ただしくなり始める。ヤコポも荷下ろしの予備作業に取り掛かる為、船の中へと下りていった。船長であるルーチェも乗員にテキパキと指示を出し、船は岩礁を避ける為だろう、次第に速度を落として慎重に航路を取っていた。

 やがて目的地の海岸線が明らかになってくる。赤に黄色に色とりどりの屋根は、否が応でも心が躍るのを覚えるものだった。

「ジヌーヴは久し振りだなあ」

 傍らのカミールがそんな言葉を漏らす。

「行った事があるのか」

「それなり有名な都市だからな。でも最後に行ったのは大分前の話だ」

 風に吹かれながら一同は眼前に広がるパノラマに見入る。雲ひとつない蒼天は吸い込まれるような深さで、ウキクサは思わず、得も言われぬ溜息を漏らす。

「ああそうだ、聞いておきたい事があったんだった」

 カミールはふと思い出したように言うと、

「まあ強いて教えてくれ、って訳でもないんだが……」

 と改めてウキクサの目を見てーー

「何があって、この世界に来ちまったんだ?」


 瞬間、ウキクサは思わず押し黙ってしまう。

 まさか出し抜けにそんな事を訊かれるとは思っていなかった。


「そういう事は、そう気安く訊くものではありませんよ」

 カミールがアルゴに耳を引っ張られ「ちょ、痛えわ!」と抗議の声を漏らす。そのまま背の高い偉丈夫に連行されて中に入ろうとした二人に、

「まあーー」

 気付けばそんな声をウキクサは発していた。振り向く二人に彼はバツの悪そうな笑みを浮かべると、今来た水平線の彼方へ僅かに目を細めた。

「ーー要するに、裏切られたのさ」

 カルミアやシアには打ち明けられなかった事を話そうとしている自分に軽く驚きながら、ウキクサは訥々と言葉を続ける。

「俺のせいでーー街ひとつが潰れた(・・・)らしい」

 或いは短い付き合いで終わりそうな彼らだからこそ、口に出す事が出来たのだろうか。言葉と一緒に溢れ出しそうになるものを堪えると、ふうと深く息をつく。

「まあ、そんな感じだ」

 言ってダイフクと客室の方へ下りていく。残された二人は黙ってその後ろ姿を見送るばかりだった。


 いよいよ下船の時が訪れる。

「世話になったな」と片手を上げながらとっとと下りるカミールとは対照的に、アルゴは関係者に丁寧に挨拶をして回る。

 するとルーチェやヘルマン、賭場でダイフクの相手をしてくれた船員や猫耳の航海士がやってきて、「淋しくなる」と口々に別れを惜しんでくれた。

「またお会いする日を楽しみにしていますよ」

「船長もお元気で」

「もう一度ノルトゥナに行く事があったら、是非誘って欲しいっす!」

「金を賭けるかはともかく、まあ覚えておくとするよーーダイフク、行くぞ」

 船員の間で跳ね回っていた妖獣はウキクサに言われると跳ねるのを止め、スルスルと一行と船を下りていく。そうして「達者でなー!」と手を振る船員たちに応えながら、ウキクサはゆっくりとジヌーヴの地に降り立つ。

「ーーさて、彼らは彼らの仕事をしてくれました。ここから先は、私が仕事をする番です」

 下で待っていたヤコポはそう言うと、一同をまずはバルバリ商会の支店に招いた。場所は猥雑な通りから少し横に入った一画で、外観が薄茶色の支店は目立たず、街の中に溶け込んでいるように見えた。

「なかなか地味な所でしょう」

「……そういう場所に構えているからには、何か理由があるんだろう?」

 ヤコポは笑うと、

「そうですね。ひとつには賃料が安いから。そしてもうひとつがーー」

 とそこで隣の店から出て来た()つ目の男がヤコポを見るなり、

「おっ、ヤコポの若大将じゃないかい! また面白いモンが仕込めたから買ってかないかい!」

 聞けばこの通りは所謂大商会とは違って、中小の商会が軒を連ねる商館街であるらしい。三つ目の男はジヌーヴとは別の大島に近い島の商人だという。

「中小規模の商会は大商会とも取引がある一方、あまり足元を見られ過ぎないよう結束している部分もありまして」

「それに横の繋がりがあると、結構面白い商売を思いついたりするし、情報も意外と集まるんだよ」

 そう言って男は懐から真っ赤な唐辛子を取り出す。

「これは……?」

「水唐辛子だ」

 言ってひとつこちらに渡してくる。「まあ試しにひと口」という彼の言葉に従い含んでみると、

「……お、まあまあ辛いな」

 単に辛いだけでなく、じんわりと舌の上で旨味のようなものが広がる。こんな唐辛子を食べたのは初めてだった。

「辛さが食べた人間に最適化されるんだ。面白いだろう?」

 確かに、辛い割には食べやすい。やみつきになりそうな味わいだ。ビールなんかと合うだろう。

「また変わり種を作ってるんですか」

「こうじゃなきゃつまらんからな」

 三つ目は「ガハハ!」と一頻り笑うと急に真顔に戻って、

「それで、なんか面白い情報でもあるかい?」

 ウキクサたちを見ながら彼はそう言う。流石は商人といったところか。鼻が効く。ヤコポも変に誤魔化したりせず、ピアント近海に現れた『海坊主』について彼に伝えると、

「仮に商売に出来るとして、メインはウチとピアントのショーンさんの所で仕切らせて貰いますが、何か有用な商売が出来そうでしたら、融通しない事もないですよ?」

 三つ目が「うーん」と唸る。

「検討してみよう。或いは何か良い商品を作れるかも知れん」

 そう言ってまた店の中に戻ってゆく。覗き込むと客も数人待っているようだった。

 改めてバルバリ商会の支店に入り、一行は絨毯の敷かれた一室に通される。中で椅子に掛けていた年配の女が立ち上がると、

「待ってたわよヤコポ坊。面白い商品と……それと面白い客も連れて来たみたいだねえ」

 彼女の面立ちはどことなく商会の代表ーーデネボラに似ている。

「支店長のレグルスです。代表の姉ーーつまり私の叔母です」

「レグルスだ。男みたいな名前でカッコいいだろう?」

 彼女は笑いながら訪問者たちと握手を交わし、ウキクサの肩の上に乗っかっていたダイフクを「おやあんた、なかなか可愛らしいねえ」と抱き上げてみせる。その間ヤコポが背に負っていた荷物の中から瓶詰めの『マンドラゴラ』を取り出すと、テーブルの上にそれを並べる。

「こうやって並べられると壮観ねえ」

 しげしげと五体のマンドラゴラを見ると、ダイフクをその瓶の上に乗せ、

「話は聞いてるわ。アンタが完品と換えてくれたんだって? ありがとねえ」

 ダイフクにも何となく彼女の言っている事が伝わったようで、数度その場で軽く跳ねてみせるのだった。

「薬師ギルドにはいつ向かうつもりだい」

「今日持って行くのが買い主側にとっても、こちらの精神衛生的にも良いでしょう」

「ハハッ、連中は新鮮採れたてを好むだろうからねえ。ケチを付けられちゃたまんない」

 言って彼女が紙片を一枚取り出す。何やら数字が書かれているようだった。

「今日の午前段階で確認出来た直近の実売価格だよ。今の所他所(よそ)でマンドラゴラが大量発生しているような話は聞かない。売り時だろうね」

「鮮度が落ちる事を考慮すると、小出しに売り付けるより纏めて買っていただく方が得策でしょうか」

「稀少品だからねえ。恩も売りつけられるさ」

「あ、そう言えば薬師ギルド絡みで相談したい事があるんだが」

 商会の二人が振り返る。するとウキクサは懐から細い小箱を取り出して、それを二人の前に出す。後ろで「ああ、なるほどな」「餅は餅屋に、ってやつですね」とカミールたちが頷く。ダイフクもぴょんぴょんと跳ねて反応する。自分が精製したものだからな。

「こちらは……?」

「薬のようなんだが、使途が分からない。知り合いの妖精はどれがどの系統かは分かったようだが」

 シアは薬の系統は分かっても、実際にそれを使える訳ではなかった。使い方が分からない、とでも言うべきか。

「俺の取り分から引いて貰っていいから、それぞれがどんな薬なのか……可能なら使い方も知りたい」

 レグルスはそれを聞くや呵々大笑し、

「それくらいこっちが持たなきゃ沽券に関わるってもんだよ」

 そう言ってニヤリと不敵な笑みを浮かべるのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ