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ウキクサクロニクル  作者: 歯車えい
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6.暮らしの充実を図ったら……

マスコット登場。

 畑の手入れや屋内の整理、寝藁の収集及び乾燥といった諸事に三日を費やし、取り敢えず身の回りのことぐらいはこなせるようになった。相変わらず口にするのは芋とベリーと八朔の日々だったが、そこに不満はなかった。何か新しいものを採集・栽培しても良かったが、些か食に対して保守的になっていた私にとって、それはまだ尚早であるように思われたのかもしれない。

 ともあれこの石造りの小さな城は、手入れしてみればそれなりに住み良くなるものだった。

 まず、基本的に物置や道具類が壁面に多く配されており、構造的に中央が広い。意外にも薄暗い室内でこれは利点で、何処に何があるかということより、物に躓いたり、動きを制約されたりといった心配が少ない。灯りの場所と卓の位置を調整してやると、部屋全体にぼんやり光が降り落ちるくらいにはなった。

 また、壁面から少し離れた一隅に入手した大量の藁を敷いて身体を預けると、泥のように眠れた。髪や服に絡むのは、どうせ一人なのであまり気にならなかった。

 気にならなかったと言えば、天井の茅葺きだ。先日の雨も、上から一滴たりとも漏らしていなかった。棒状のものを束ねたことによる導水効果がどうこう、と昔聞いたような記憶があるが、詳しくは忘れてしまった。正直、何かしらの奇術を用いていると言われた方が、まだしも納得する。

 問題を上げるとすれば、やはり扉がないことだろうか。開放的なのはいいが、無防備に身を晒すことには、やはりどこかで本能的な抵抗があった。結果、寝藁で熟睡した翌日からは早くも枕元に山刀や鉈を置くようになってしまった。内と外とを隔てるものは、是非とも必要だ。衝立の類では多分安心出来ないだろう。であれば、やはり扉を作らねばなるまい。

 今はまだ春の暖かさに包まれているから問題はない。しかし、いつここに刺すような日差しが降り注ぎ、木枯らしが吹き、雪が一面を白く覆ってしまうか、その辺りは分からない。暖房設備の不足は先日の一件で身に染みていた。あれもちゃんとした扉があれば、もう少し違った筈だ。

 ここは広葉樹が多いことから、何となく四季がありそうな気配はするものの、今が雨季と乾季の境である可能性も、あるいはここが常春の国である可能性も捨て切れない。なにせあの浮世離れした男が送り込むような地だ。どんな珍妙な現象が起きてもおかしくはない。実際、ここに着いた際目にしたあの狂った植生の一帯や、『人魚』のことを鑑みれば、得体の知れない獣がそこらを闊歩している可能性は、十分過ぎるほどあった。つまり防寒防風と保安、何れの面から見ても、扉の設置はここで生きるには必須の課題だった。

 幸い工具は揃っていた。鉈で木を伐り出し、鋸でそれを板に加工してゆく。釘の類は使わず、少し気合を入れて接合部が鉤形に噛むようにした。とは言え開口部が思いの外大きい為、似非宮大工ではかなりの時間を要した。具体的に言うと、一週間ほど。本来なら材木を乾燥させねばならないのだから、これでもかなり端折っていた。

 戸口の木枠はまだ保ちそうな気もしたが、残念ながら蝶番の方は腐食して折れ、使い物にならなかった。それでも最初の内は、なんとか元の形を活かそうと、代わりを探したものだった。

 しかし都合良くスペアなど残っている訳もなく、またわざわざ時間を掛けて道具をひとつダメにしてまでどこかから蝶番を取り出すのもどうかと思い、発想を転換する。

 つまり、開き戸ではなく、引き戸にしてしまえばいい。

 内側の上下に簡易のレールを敷き、夜は中ほどに二本、閂を通す形だ。多少の隙間風はあるかもしれないが、当面はこれで雨風の吹き込みは防げる。見目麗しい出来とはいかないまでも、まあまず自分を納得させられる程度のものにはなったのだった。

 それから着手したのが、『食』だ。

 保守的な食生活も、流石に一週間以上同じものばかり口にしていると、手が伸びなくなってしまった。他のもの――葉物野菜や、後はやはり肉だろう――を身体が求めて仕方ない。

 これは『変心』ではなく『臨機応変』というやつだ。

……そう表現を変えるだけで気にならなくなるのだから、不思議なものだ。

 考えてみれば、食中毒事件と扉の設置に時間と精神力を奪われ、ここ暫くは探索に赴いていなかった。以前歩き回った際は高台や構造物探しに重きを置いていた為、調査し切れていない箇所が存外多い。道らしきものが幾つかあるのは確認していた。まだ辿っていない道の先に作物の生る土地があると期待してもバチは当たらないだろう。

 そうして森の中、草木の比較的少ない辺りを分け入っていると、上り傾斜を少し外れたところに間道らしき筋が走っているのが目につく。跡を辿り向こう側にちょっとした窪地があるのを見つけ――思わず立ち止まってしまった。

 そこは他と同じ、雑草やらの低い緑で覆われた一帯だったのだが、一点他と異なり、形が綺麗に区分けされた長方形になっていた。

 急ぎ駆け下り近付いてみると、興奮が確信に変わっていく。

 間違いない、菜園だ。手前の黄色い花はキャベツらしき大きさの玉から生えているし、少し離れたところに垂れ下がっているのは、まだ青いがトマトの類だろう。他にもサヤエンドウやアスパラガスが、更には地面を軽く掘り返せば玉葱が出てくる箇所もあった。長く放置された為か、そこもここも雑草が野放図に生えており、生育不良の野菜も多く見られる。手入れするのはかなり骨が折れそうだが、それこそ折り甲斐があるというものだろう。

 そしてもう一つ――菜園の向こうに小さく粗末な物置小屋があった。遠目にもかなり朽ちているのが分かる、いかにも頼りない風情の小屋だったが、ここに来てから目にする、二つ目の構造物だった。

 四畳半程度の狭い空間には鋤や園芸用のスコップといった農具が詰め込まれていたが、真っ先に目に入ったのは、一隅にちょこんと置かれた鉢植えから生える――毒々しい色のキノコだ。

 青地に赤の斑点で、小さな鉢から五本六本と伸びる様は、周囲に他のキノコ類が生えていないのもあって、余計に異物感が強い。何より、これもあの『人魚』のような、奇妙な反応を示すのだった。

 戸口から少し身を動かし、それまで影になっていたところに光が差し込む。するとそれを浴びたキノコは毒々しい色合いが消え、急速に萎んでいくのだ。再び影に戻れば、時間は掛かるものの、再びカサを広げ色付いてゆく。

(……これに関しては、暫く保留だ)

 スコップ類だけ拝借して、手早く色んな種類を収穫していく。

 と、陰になっていた一角に、明らかに齧られた痕跡のあるキャベツを見つける。近くには足跡も残されていた。森の中へ続くそれは、その大きさから推して、中型の四足獣くらいはありそうだった。

……ここの生態系は、どうなっているのだろうか? こちらに来てから大型獣はおろか、未だ中型獣にも遭遇していない。小鳥の類は目にするし、それに啄まれた痕跡のある野菜も多く見受けられたが、精々がその程度だ。

 如何にここが人外魔境の地であるとして、食物連鎖の構図というものは存在する筈だ。昆虫や両生類を捕食する鳥類が生態系の頂点に立っているとは、とてもではないが思えない。それとも単に中型以上の獣は、まだ警戒して姿を現していないだけだろうか。

 菜食主義者になったつもりはないので肉の味がやはり恋しかったが、少なくとも今は蜂の巣を突くような真似をする必要はないだろう。深追いして戻って来れなくなる者の話など、東西問わず枚挙に暇がない。

 背負子(しょいこ)に食料を満載して元来た道を戻ってゆく。ちらと振り返った菜園は光の加減で早くも翳り始めており、どうにも不安な心地がした。この後のことを考えると、予感だったのかもしれない。




 やはり食というものは、選択肢があってこそ充実したものとなる。そのことを実感した夕餉だった。

 収穫してきたばかりの野菜を茹で、炙り、炒め――ただそれだけで、塩も振っていない。やはり土地が肥えているのだろう。滋味豊かな、満たされる味がした。

 草の上に寝転がり、明日はどうしようかぼんやり考える。

 再びあの菜園に行くべきか。

 それとも似たような場所がないか、探し回るべきか。

 或いは、沢の方まで魚を獲りに行ったっていい――まあ、朝起きたときに決めればいいだろうと、そう思っていた。


 翌朝。

 思いもかけないものが道端に転がっていた。


(これは……)


 猪が、転がっていた。

 ただし、腹の一部が『はつられた』状態で。

 土中から一撃といった感じで、他に目立った外傷は見受けられない。

 辺りには見覚えのある足跡があった。

 例の菜園で目にしたもの、それと同じだった。

 山刀を握る手が汗ばむ。知らず力が入っていたのか、滑って取り落としそうになったりした。

 足跡は血痕とともに、開けた小道のど真ん中を続いている。そしてそんな悠然とした歩みの半ばで……血諸共、煙のように消えていた。

 思わず両手で山刀を握り直し、正眼に構える。何か気配がした訳ではなかったが、そうしていないと、何だか不安だった。


 何故足跡は消えているのか?

 どうやって腹部を『はつる』ことが出来たのか?


 疑問はあれど、緊張で頭が働かない。落ち着きなくマヌケ面を四方に晒すより外ない。

 結局幾許かの時間を空費した後、取り敢えずは目の前に転がる事実を、ありのままに受け取るしか出来なかった。

 つまり、経緯はどうあれ、これで肉が手に入る、ということだ。

 慎重に戻りながら猪を回収すると、早速解体に取り掛かる――が、そこでまた異様な点に気付く。

 内臓が、ごっそり抜けているのだ。

 腹部に開いた大穴の内側は、綺麗に骨と肉だけの状態になっていた。血も既に抜けている為こちらとしては都合が良かったが、何とも気味が悪いのは否めない。

 一般に、野生動物の不審死なんて、手出ししないのが鉄則だ。風土病など感染症に罹るリスクが高くなるからだ。

 しかし他に肉らしい肉などない。病を持ち帰る先の『共同体』もなかった。ブッシュミートに不安がない訳ではなかったが、それでも、身体が本能的に欲しているのだろう。早く加工して、口にしたかった。……そもそも、得体の知れない『人魚』なんてものを既に口にしているのだ。今更お残しの猪くらいで怖気付いてもしょうがない。

 念の為熱湯で体内・体外を洗い流してから、冷えた川の水にさらす。下流までニオイが行ってしまうことに懸念がない訳ではなかったが、これをやっておかないと肉が生臭くてかなわない。それに、どうせ焼く段階で匂いは出てしまうのだ。慎重を期すことも重要だが、ひたすらそれだと身体的にも、そして精神的にも保たないだろう。

 アバラの部分を大きく切り出し、熱せられた鉄板の上に乗せる。じゅうっ、と肉の焼ける音に思わず涎が出てくる。

 予想と違わぬ懐かしい食感。内に包まれていた野趣溢れる肉汁が口一杯に広がり、自然と笑みを漏らしてしまう。慌てずしっかり焼いた自分を褒めたかった。

(……それにしても)

 ちらと脇に積まれた、肉塊の山に目をやる。

(これ、どうしよう……)

 解体したはいいが、どう考えても一人では処理し切れない。塩がなければ塩蔵も出来ないし、朧ろげな記憶を頼りに干し肉を作るとしても、やはり量が多過ぎるだろう。

 では、それ以外に取れる選択とは何だ?


 その一。この肉を使って他の鳥獣を誘き寄せ、捕獲する。

 これは食事のレパートリーは増えるかもしれないが、短期的に肉の量も増えてしまう。本末転倒というやつだ。


 その二。お隣さんにお裾分けする。

 残念ながらお隣さん自体が存在しない為、これもボツ。


 その三。この地の動物を餌付けする。

 危険度は一番高いかもしれないが、処理方法としては最も現実的だろう。自分で資源を有効活用出来ない以上、捨てるか、でなければこうやって使うくらいしかやりようがない。干し肉を作りながらこの路線でいくのが賢明だろう。


 しかし餌付けするとなると、万が一を考えればそれなりに戦闘力がなければならない。あいつは肉をくれるけれども敵に回すと面倒だ――と、少なくともそれくらいは思わせる必要があった。

 大きさにもよるが、近接戦になって勝てるかは甚だ怪しい。今のところ山刀を除けば、例の竹槍くらいしか武器らしい武器を持っていなかった。牽制用に飛び道具でもあれば良かったが、弓矢は作るのに時間が掛かる。吹き矢くらいなら、手軽に出来そうだろうか。撒菱のようなものを作っても良いだろう。


……と、ふと前方、影の中にいつぞや見たような黒いシミが浮かんでいる。

 些か大きい。

 あの人魚で拳大だったが、今目の前にあるのは頭大だ。

 不思議と危機感は覚えなかった。一度その類縁を目にしているからだろうか。

 シミは影の突端で急速に盛り上がると、プックリとしたフォルムを顕現させる。

 白く、丸っこい形状、光線の当たり加減からすべやかな表皮が窺われる。

……ひょっとしてこれが、世に言うスライムというやつなのだろうか? そう思わないでもなかったが、自分の頭の中にあるスライム像と目の前のそれが上手く結び付かない。

 もっと別の、異質な生命体であるように感じられた。

 大福の化身、みたいな。

「っていうか、光、大丈夫なんだな」

 例の人魚は光を浴びてすぐに干からびていた。しかし眼前に現れたコレは、全くもってそれを苦にしている気配がない。人魚が特殊だったのだろうか。

 白いぷよぷよはブロック肉の山に近付くと、一瞬こちらに視線を向けた――ような気がする。目の位置など分からないし、そもそもあるかどうかも判然としないのだが。

「いいよ」

 本気で餌付け出来ると思った訳でもない。それに肉が腐ってしまうことの方が面倒だった。ややあってから、ソレは切り分けられたひと塊を、そのまま包み込むように体内に飲み込んだ。暫しそのままじっとしている。やがて私の方にちらと確認をしてから、また同じようにひと塊飲み込んでゆく。

「影の中を動くんじゃあ、対処のしようがないじゃないか」

 思わずそんな苦笑ともつかぬぼやきが漏れる。竹槍やらがあったところで、すぐ影の中に逃げられるんならあまり意味がない。

 しかし不思議と、白いそいつが肉を飲み込んでゆく様を眺めているのは、不快ではなかった。直接的な、目やら歯やらが見えなかったからだろうか。明らかに未知の生命体ではあったが、お礼のつもりかこちらに近付きくるっと円を描くその姿には、妙な愛らしさがある。

 ソレが帰る頃には、肉は残り三分の一まで減っていた。

 ようやくこの地で、本当の知己を得た気がした――まあ、会話が出来ないのは残念ではあるが。


 明くる日、干し肉作りに勤しんでいると、また姿を現した。今日は肉を食べる訳ではなかったが、興味深そうに干し肉を見上げ、その下でくるくると回っていた。

 何となくいけそうだったので近付き触れてみる。想像通りのすべやかさで、ぷにぷにとした感触が心地良い。

 しかし、知己であるなら呼び名がないとどうにも具合が悪い。向こうからしてみればどうでもいいだろうが。


「ダイフク」


 呼ばれてソレは縦に横に伸びたり縮んだりする。気に入ったんだかお気に召さなかったんだか、良く分からなかった。

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