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ウキクサクロニクル  作者: 歯車えい
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52.バルバリ商会

 マンドラゴラの捕獲を終えて一行は礼拝堂で饗宴を開いていた。参加者の全員と近所の人間、迷惑を掛けた島民も呼んであり、独自で捕獲に乗り出した挙句半狂乱状態に陥ってしまったあの二人もいる。

「今日は俺の払いだから、じゃんじゃん食ってくれ!」

 ダスティが陽気に声を張り上げ、ジルはそれに呆れた顔を向けているが、誰も『場所』については指摘する気配を見せない。

「……なあ」

「何でしょう?」

 骨付き肉に齧り付こうとしていたアルゴに思わず訊いてしまう。

「礼拝堂の中で宴会って、普通なのか?」

「まあ、それなり一般的ではありますね」

「一般的かあ……」とウキクサは苦笑気味に改めて目の前の光景を見遣る。司祭も遠慮なく肉を食らう様は、まだまだ自分の頭の中が向こう(・・・)の常識に囚われているのだという事を再認識させてくれた。

 卓の上には山と肉が積まれ、酒瓶も並んでいる。

 ダイフクはその中央に鎮座ましまし、ご機嫌に肉やら魚を食らっていた。好物の薬草も用意されている。酒を飲んでいる為か、時折左右の客にぶつかったりしていたが、それでも今日のMVPだ。「大丈夫ですかダイフク殿!」「お水をどうぞ!」と周囲が笑いながら面倒を見てくれていたから、まあ大丈夫だろう。

「しかしこれだけ色んな人間を招いてるって事はーー」

「ええ、これで幕引きというアピール、既成事実化が目的でしょう」

 ダスティやジルを見ていると分かる。特に島民たちに対する意味合いが強いのだろう。陽気に話し掛けつつ利得の大半を村の財産にする事を話している。勿論、緊急処置的な意味合いだったと説明しつつ。話を聞く限り、島の商会の人間も招いているようだった。彼らに現金化を依頼したのだろう。

「皆さん遠慮なく召し上がって下さいねえ。他人(ヒト)のカネなんですから、遠慮する事はありません」

 ジルがこちらの席に回ってくる。言葉とは裏腹に、神経を遣って疲労の色が増しているよう見受けられた。

「豪気な兄貴で大変だな」

 カミールが魚を頬張りながら揶揄い半分に言うと、『困ったものです』とでも言わんばかりにジルは兄の方に向けて顔を(しか)めてみせた。

「実際のところ、今回の件で得られる収入はどれくらいなんだ?」

「この界層での流通は、マナ濃度の特質から四層や三層に比べると少ないですからねえ。少なく見積もっても、一本当たり島の若者一人が年間で稼ぐくらいはするでしょう」

 なかなかの高額だ。となると一人当たりに分配される額も月収一、二ヶ月相当になるだろうか。と、そこでサルマン司祭がやってきて「皆さん如何されますか」と問うてくる。

「如何とは?」

「夕刻の船で発つと仰っていませんでしたか」

 アルゴに返すと司祭は壁面に掛けられた時計を見る。日が長くなっているとは言え、時間的には既に夕方まで一、二時間といったところだ。

「前も言ったように、別に急ぐつもりはないよ。ああ、可能だったら取った船の座席をキャンセルしたいが……」

「それは私の方で手配しておきましょう」

 ウキクサの言葉に答えたのは、年配で白髪混じりの女性だった。背は低く穏和そうだが、ちらと控えていた若者に一瞥を投ずるや、若者はすぐさま銀貨を数枚取り出しアルゴに手渡す。それだけ地域で影響力のある人物なのだろう。聞けば今回現金化を引き受ける、島で最も力のある商会ーーその代表が目の前の人物であるという。「受け取り過ぎになります」とアルゴが返そうとしたのを彼女はやんわり止めると、

「面白い商売に参加させて貰えるお礼だとでも思っていただければ」

 との事だった。まあ実際それなりの利益は上がるだろうから、問題ないのだろうが。

 加えるならば、こちらと関係を作る事を希望しているという意思表示だろうか。明らかに渡し過ぎでもなく、かと言ってイロを付けた程度でもない。そういう一種の配慮が込められた金額だった。

「ジヌーヴの薬師(くすし)ギルドに卸すつもりなのだけれど、良ければ皆さんもご一緒しないかしら」

 そんな言葉を彼女がかけてくる。

「船の出港はいつなんだ」

「明日の昼過ぎよ。途中幾つかの島に寄港しながらになるけれどね」

『浜辺』の二人に聞いてみると、「いいんじゃねえか」「お言葉に甘えましょう」との事だった。

「では、宜しくお願いします。ええっと……」

「バルバリ商会のデネボラよ。船には息子のヤコポが乗るわ」

 言われて先程とは異なる青年がやおら一行の背後から姿を現した。男は品の良い装いで、一見話しやすそうな、或いは言葉は悪いが与しやすそうな、そんな気配がする。

 しかし時折覗く眼光と口元の笑みを見るに、彼もまた一筋縄ではいかない商売人なのだろう。「ヤコポです」と気付けば握手をさせられた三人が会話を交わしていると、忘れられては困るとでも言わんばかりにダイフクが皆の肩の上を跳ねて、ヤコポの頭の上に乗っかった。


 それからも暫く宴席は続き、日が沈み始めたところでお開きとなった。ダスティ始め複数の者から「家に泊まっていくといい」と誘われたがそれは固辞し、デネボラの勧めで海岸近くの宿を取る事にした。

「まあ、ここもあの婆さんの息がかかっているのかもしれねえが」

「それを言い出したらキリがないですよ」

 風呂を上がりベッドの上で寝転がっていたカミールに、アルゴは地図を見ながら淡々とそう返す。ダイフクも酒が抜けたのか、いつもの様子でアルゴの肩に乗っかり、一緒になって地図を見つめていた。

「しかし実際、どのくらい信用していいと思う?」

「ん?」とウキクサに向けてちらと二人の目が向けられる。

「捕獲に力添えしたとは言え、所詮俺らはただの旅人なワケだろ? 変な話、出航したら後はどうなろうと、知ったこっちゃない」

海の藻屑(・・・・)に、って言いたいのか?」

「穿ち過ぎかねえ」

 二人に問えば、「まあ今回に関しては大丈夫だろう」との事だった。

「関係者がそれなりに少なかったら、その手もないではなかったかもだが……既に色んな人間が関わり始めてる。俺らを消したところで、色々と後始末が面倒になるだけだ」

「なるほど」と立ち上がって、ウキクサはアルゴの背後に立つ。現在地トライメンテからジヌーヴまでの間には幾つも小島があるが、どれもここと同じような大きさだ。

「ジヌーヴで換金出来たら、いっその事本当に広告でも打つか?」

「余程お金を掛けないと、人の目には留まらないでしょうに。でしたら同じお金で別の探し方を模索した方が良いのでは」

 この世界での広告は、当然現代社会程は発達していない。

「人探しを専門に扱うような所でもあるのか」

「それなりに栄えている界層だからな。あってもおかしくない」

「もしそういうのが見つかれば、レイもそこに寄る可能性がある」

 レイの旅の目的は『他の世界を見ておきたい』というものだが、同時に姿を消した伯父も探している。第七異界の案内人・『風土病の専門医』であるカインは、その伯父が自ら記憶を消して貰ったような事を仄めかしていたがーー実際の所どうかは怪しいものがある。レイ自身が彼の説明で納得しているかは分からないが、伯父が自分の意思で出奔したにせよそうでないにせよ、何かしら探し出す糸口があるならそれに頼る可能性は高い。

「そこで合流出来たら重畳、ってヤツだろうな」

 言いながらカミールが大欠伸をする。

「俺たちもメルキュールを探す手段が必要だし、ひとまずはそういう所がないか探すのを目標にしよう」

 そう言って「んじゃあ、おやすみ」と早々にベッドの中に潜り込む。まだ夜は更けていなかったが、風呂上がりという事もありウキクサたちも程なく眠りに落ちてしまった。

 深い眠りの後、気付けば窓から薄明かりが漏れ込んでいる。ウキクサが時計を見ると、針は五時過ぎを指していた。

(まだ起きるには早いが……)

 そのわりには目が冴えてしまっている。疲れも大分抜けており、軽く身体を伸ばすとますます横になっている気が失せてしまった。

(……少し歩くか)

 他の面々を起こさないよう静かに部屋を出ると、何となし港の方へと歩き始める。流石にこの時間だ。誰も居はしないだろうーーとそう思っていたのに相違して、港に着けられた帆船の積み込みが既に始まっていた。

「ウキクサさん」

 見ればそこにはヤコポの姿があった。昨日と異なり、汚れた作業着姿で他の人夫とともに汗だくで荷物を運び込んでいる。

「大変ですね」

「ハハ、まあ一人何役、って感じです」

 そう笑って列を抜け出すと、運んでいた木箱を軽く開けてみせる。中には氷漬けにされた魚がぎっしりと詰まっている。

「これはなかなか……」

「ここらで良く獲れるんですよ。海流の影響か、他の島のと違って脂が乗ってましてね」

 そう言って彼は破顔する。こちらとしては重さについて言ったつもりだったのだが、或いはそちらは術で軽減しているのかもしれない。

 ヤコポによると積荷の多くはこの手の地場の青魚であったり、島で栽培されている野菜、果実の類だという。各島で得意にしている農作物は異なるらしく、船の行きで島の品物を売り、帰りに自分たちの所ではあまり育てられていないものを買ってくる。近縁の島々の連合体による自給システムのようなものだという。

「皆さんが島の食を担っているワケだ」

「そんな大層なものでもないですよ」

 ヤコポと二人で笑っていると、人夫の中に見覚えのある顔を見つけた。海辺の軽食屋の店主だ。彼もこちらに気付いたのか、陽気に手を振り近付いてきた。

「やあ、『橋』と『塔』はちゃんと見てきたかい?」

「お陰様で面白い体験が出来たよ」

 言うと彼は何か察したのだろう、「やっぱりそうか!」と笑い始めた。

「旅の者がマンドラゴラの捕獲に大活躍したって噂は聞いていたが、やっぱりあんたらだったんだな! まさかこんな事になるとはな」

「それはこっちの台詞だよ。あんたに街の名所を聞かなければ、こんな事にはならなかった」

「違えねえ!」と再度笑うと、彼は作業に戻りながら、

「一時間程で店が開けられると思うから、良かったらまた寄ってってくれ!」

 言いながら手を振るのだった。どちらが彼の本業なのだろうと思って試みにヤコポに訊いてみると、その首が予想外に横に振られた。

「どっちも違うのか」

「ええ、どちらも副業のようなものですね。彼の本業は農家ですよ」

 例の段々畑でトマトを栽培しているらしい。彼の育てるものは甘みこそ少ないが、青臭さがなく完全有機栽培品である為、島の者始め近隣の島からも重宝がられているんだとか。

 いい加減仕事の邪魔になりそうだったのでヤコポとはそこで一旦別れると、海岸沿いを歩いてみる。薄明の空は雲も少なく、冴え冴えとした空気が肺の中に取り込まれる度、体の中から浄化されるような、そんな気配がする。

 水面はまだ暗く、昼間の煌びやかな顔をまだ見せていない。ひたすらに重苦しく質量のある、畏敬の対象としての大海がそこには広がっていた。その上には僅かに二つ、月影が映るばかりだ。

……やはり一人になると、色々と考え込んでしまいそうになる。自分の行動、選択が正しいのか、不安に襲われる瞬間がある。どんどん沖合に流されて、自力で助かる事も、誰かに助けて貰う事も叶わなくなっているのではないか、と。

 被りを振ってそれらを打ち払うと、ウキクサは強いてもっと即物的な事を考え始める。例えば早くも鳴り始めた腹を満たすものがどこかにありはしないか、などと。宿の代金には朝食も含まれていたが、どうやらそこまで保ちそうにない。こちらにはコンビニのような便利な場所はない。魚河岸的な場所なら早くから店が開いているかも知れなかった。

 先の港へ取って返すと、中小の漁船から積荷が運び込まれている建物があった。漁港か、卸売市場のようなものだろうか。辺りには美味い青魚の匂いが漂っていた。

 きっと近くに朝市が出ているだろう。そう思い探してみれば、果たして沢山の店が既に開いていた。魚、貝、海老、海藻ーー意外にも品数は多い。

(……持ち込めば、調理してくれるだろうか)

 一瞬軽食屋の店主の顔が頭の中に浮かぶも、やはり邪魔になると悪いと思い直す。

 歩いていると大量のバゲットを持った男が少し先の店に吸い込まれていく。見れば魚介類の加工品を商う店で、小魚のオイル漬けを厚切りにしたバゲットの切れ目に突っ込んで、銅貨数枚で売っている。ここの貨幣価値をそこまで理解している訳ではないが、これは破格値ではなかろうか。店の者は届いたばかりのパンを手際良く切りながら、客に商品を渡してゆく。

 気になり思わず買って口にしてみると、芳醇なパンの香りの後、魚の旨味が噛んだ所から舌の上に広がる。

 率直に美味い。しかし飲み物が欲しくなるのも確かだった。

 後でダイフクに嗅ぎつかれて拗ねられるのも面倒なので、人数分土産に買って宿へ戻る。その途中、

「お」

「おや」

 ばったりとサルマン司祭に出くわす。彼はこちらが手に持つオイル漬け入りのバゲットを見ると、

「朝市の帰りですか?」

「そんな所だ。司祭さんは?」

「知人の店へモーニングコーヒーでも飲みに行こうかと」

 聞けば彼にとってルーティーンのようなもので、昨日『橋』に向かっていた一行に会ったのも、まさにその道すがらだと言う。

 彼がどういう宗教を信奉しているのかは知らないが、人間的には好ましいようウキクサには思われた。「ご一緒しても?」と訊くと彼は二つ返事で「喜んで」と、海岸線を進んでゆく。しかしこんなに朝早く店を開けている所となると限られるだろう。それにこの方向は……

「いらっしゃい、待ってたぜ! ……ん? 何だ、サルマンも一緒か」

「何だとは何ですか」

 言いながら司祭が嘆息をついた。それを笑いながらも、すぐに店主はエスプレッソを作り始める。「俺は薄めのコーヒーを」と言うと、程なく二人の前に注文の品とは別に、珍妙な形に刳り抜かれたバゲットが出される。曰く試作品の「マンドラゴラ風味」との事で、なるほど形はそれを模したものと言われればそんな気がしないでもない。味の方はと言えば、

「これはバジルと……何か別のものも入っているな」

「名前は分かりませんが、漢方薬の類ですか?」

「おっ、流石だな! 蟾酥(センソ)ーーガマの油を使ってるんだ。どうだ、売れると思うか」

 問われても二人は「うーん……」と渋い表情をするしかなかった。

 なんせ不味い。バジルだけでは誤魔化しきれない味だった。或いはこの味を狙っているのかも知れないが。

「……健康食として売り出すなら、まあまだ可能性はありますか」

 辛うじてそんな言葉を司祭が捻り出すも、視線は完全に泳いでいる。彼は出されたエスプレッソをひと息に飲み干すと、やおら台の上に並んだオイル漬けの乗ったバゲットを手に取ると、無言でそれを頬張り始めるのだった。

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