51.物見の塔
「……分かりますか? あそこです」
言いながら探知系持ちの男が段々畑の裏手に広がる雑木林を指差す。マンドラゴラはその少し手前、畑との間に潜んでいるとの事だった。
「林の中に逃げ込まれると面倒ですねえ」
「ああ、そうならないよう上手くおびき寄せなきゃならないが……」
ウキクサがジルに答えながら、手元の小瓶に目を落とした。アルゴ曰く、瓶の成分はマンドラゴラに特化して誘因する効果があるとの事で、土の上に振りかけるだけで良いというお手軽なものだ。
「あまり近過ぎても警戒されるだけだろう。いっその事畑の隅にでも撒くか?」
カミールの言葉に残りの面々が首肯すると、「そういう事なら任せて貰いたいねえ」とジルが散布役を買って出るのだった。
「足音で気付かれるのもなんですし」
と彼は近くを這っていた蟻に目を落とすと、何やらマナを流し込んでゆく。
「彼らに一役買って貰いましょう」
暫く待つと、蟻が一列になって彼の足元に集まってゆく。地面に小瓶を置くとそれらが集まり、ゆっくりと畑の隅へと運び始める。
「『使役』の能力持ちか」
カミールが問うと、「小動物もある程度は」と線の細い男が返す。
やがて目的の場所に辿り着くと、蟻たちは器用に蓋を取り外し、とぷりとぷりと黄色い液が垂れ落ちてゆく。十分後にはその場からいなくなり、巣のある方へと戻っていくのだった。
「さて、これで後はあちらさんがどう動くかなんですが」
言っている間に、俄かに土が盛り上がる。そうしてゆっくりと畝の方へ向かってゆくと、一時警戒するように動きを止めた。
「ダイフク先生に任せるしかないのが歯痒いところだな……」
誘因薬を撒いたすぐ近くには、ダイフクが既にスタンバイしていた。マンドラゴラが姿を現したらその瞬間襲い掛かるという、そういう寸法だ。言ってしまえばダイフクが『人魚』を獲るのに使っていたのと同じ手口になる。
マンドラゴラが動き出す。ゆっくりと、誘因薬の方に向かって。そうして段差を下ろうと姿を露わにした次の瞬間ーー
『××…………!!』
微かな叫びの後、ダイフクが見事に捕獲した。口があると思しき胴体の部分、そこをピンポイントで咥え、ウキクサたちの方に身体を向ける。
「でかした!」
後は簡単だ。カミールが『遮音』の魔法陣を起動して、そこにダイフクが飛び込む。葉っぱや根っこをしっかりと確保した所でようやく妖獣が獲物を解放し、瓶に封じ込めるのだった。
「まずは一匹、ってやつだな」
カミールが笑うと、瓶ごとマンドラゴラをぐるぐると回した。最初はその意味が分からなかったが、じきに中のそれが目を回し始めてパタリと動かなくなるのだった。
すぐに礼拝堂に戻ると、サルマン司祭が驚いた様子で一同を迎えた。
「もっと時間が掛かるものと思っていましたが……いやはや、見事ですね」
「ほぼこの妖獣さんのお陰ですけどねえ」
ジルがそう言うと、心なしか嬉しそうにダイフクが跳ねた。見れば第一陣の面々も正気を取り戻した様子で、「情けないなあ」と頭を掻いていた。
「……恥ずかしい話だが、お宅らの方が上手く捕獲出来るようだ。後詰めはこちらでやるから、残り四体もお願い出来ないだろうか」
そう言って保安担当兼村長の男が改めて手を差し出してくる。
「ダスティだ。紹介が遅れてすまない。一応ここの取り纏め役みたいなもんをやってて、そこのジルは弟だ」
各々と握手を交わした後、「で、次はどこを狙う」とすぐに地図上に目を落とす。残りの四体はそれなりに移動をしていた。礼拝堂からだと最も近いのは……
「ここだ」
行ってみるとそこは老舗料理屋の裏庭で、店で出す野菜や果物を育てている菜園だった。事情を話すと店の者は快く一向を迎え入れ、大捕物に興味深げな眼差しを向けていた。
一度やってコツを掴んでいたのか、二度目もすんなりと捕獲に成功する。三度目も同様になんとかなったが、流石に術を続けて使用しているジルには濃い疲労の色が浮かんでいた。
「残り二体ですからねえ……まあ、頑張りますよ」
そう彼は一同に向かって言うも、顔色は悪く笑みは弱々しい。
「あまり無理をするな。後は俺がやる」
四体目は家と家の間にある芝の中に埋まっていた。
土の中を操作しても高い身体能力で逃げられるし、人間の足音でもすぐに感知されてしまう。
ダイフクなら話は別かも知れないが、そもそもダイフク自身にちゃんと誘因薬を撒いて貰えるかは怪しいところだ。というか、薬を渡せば逆に喜んで自分で飲んでしまうかもしれない。
段差のない場所では本体の姿が見えないし、葉っぱしか見えない状態では自切されてしまう可能性も高い。
「家屋の石段に誘い出すか?」
「いや、奴ら人の動きには敏感だ。そう上手くはいかないだろう」
そう言いつつも自らは許可を得て隣家の屋根に登り始める。上に着いたと思った次の瞬間、その姿が忽然として消えた。
「……なかなかの早業だな」
カミールがそう口にする。見ればダスティは反対側の屋根の上にいた。間の芝地には誘因薬だろう、きらりと水に濡れて反射する箇所があった。
「でもこれからどうするんだ?」
ダスティは任せてくれと言っていたが、どうやって獲物を捕獲するかまでは言っていない。そうするとジルが小さく笑いながら、
「まあ、見ていて下さいな」
と返してくるのだった。島の他の者も同様で、つまりは『とっておき』があるのだろう。気付けばマンドラゴラは既に誘因薬の側まで来ており、満足げにゆったり葉を揺らしてーー
「!!」
次の瞬間、ダスティが屋根から軽く飛び降り、着地するとともにマンドラゴラの葉をむんずと掴む。そうしてひと息に抜き取ると、辺りには耳を弄する絶叫が広がった。
「……ッ! こっちは距離が離れてるからいいがーー」
「アイツは大丈夫なのか!?」
ウキクサとカミールが口々に言うも、ジルは耳を押さえながら平然とした様子だ。
「問題ない筈ですよ。耳を守ってますから」
見ればダスティは両耳に何かしら白いものを突っ込んでいた。あれはもしやーー
「魔法陣か」
例の遮音の魔法陣を紙に描いたものだ。それを畳んでイヤホンのように耳に突っ込み、影響を免れているのだ。ダスティは羊皮紙の魔法陣の上でマンドラゴラを瓶詰めにすると、ゆっくりとこちらに戻ってくる。
「……最初からこのやり方で行くべきだったな」
彼はそう苦い顔を浮かべるも、ほぼ独力で捕獲に成功したのだ。大したものだと言う外ない。カミールも「保安官の面目躍如、ってところか」と感心しきりだった。
残るは最後の一匹だったのだがーーそれが問題だった。と言うのも、カミールが予見していた通り、捕獲に乗り出している島民が二人ほどいたのだ。
彼らは耳当てをしながらマンドラゴラに接近するも、程なく勘付かれて逃げられてしまう。
「追うぞ! アレを売ればいい金になる!」
そう言いながら民家の裏庭へと逃げ込むマンドラゴラを追ってゆく。当然、家人には一切警告を行なっていない。ダスティが急いで住人を避難させた次の瞬間ーー
『××××××!!』
例の叫びが辺りにこだまする。こちらは少し距離が離れていた為問題はなかったが、捕獲に乗り出していた二人は直撃だ。マンドラゴラのそれに耳当てなど用を成さない。半狂乱になった二人は辺りを走り回ると、ガラス窓に叩き付けるように突っ込んでは、次々と割ってゆく。
「……クソ、これは予算から出さないとまずいだろうな」
ダスティがそうボヤけば、ジルも「そうでしょうねえ」とまだ青白い顔で嘆息をするのだった。
罪に問うつもりはないのだろう。ひとまず狂乱状態に陥ってしまった二人の住人をどうにか取り押さえると、アルゴ含め八人掛かりで礼拝堂の方へと連行してゆく。
残ったのはダスティとジルの兄弟、探知系と土壌操作系が各一人に、ウキクサ、ダイフク、カミールの旅人組だった。マンドラゴラは既に逃げた後で、探知の結果「動き続けています!」との事だった。そしてその向かった先というのがーー
「……難儀だな。『物見の塔』に向かわれた」
最前訪れる予定だった塔だが、これが一筋縄ではいかない場所であるらしい。
「そんなに変な場所なのか?」
ウキクサが問えば、ダスティが神妙な顔を浮かべてしまう。次いでジルが、「空間が歪んでいるんですよねえ」と何とも言えない声を発した。
島の西側、岬の突端に建つ『物見の塔』は、一見するとただの古びた小塔だった。内部は壁に覆われている訳ではなく、柱の合間から風が吹き込んでいる。塔と言うよりは、幅の広い石造りの櫓といった印象か。
しかしーー良く見ると柱の繋がっている先がおかしい。奥側の柱が上段手前と、別の場所では手前側の柱が側面へと、見た目上真っ直ぐ繋がっている。
側面に回り込んでもやはり繋がるべき箇所がズレているが、それでいて不自然さは覚えないから不思議だ。マンドラゴラは上階のテラスで落ち着きなく右往左往している。
「建物としては三階建てなんだがな。上に辿り着くまでかなり戸惑うから、その隙に逃げられてしまう事がないとは言えん」
ダスティがそう言い、「目を回すなよ」と一団に注意を発する。
「どうやってこんな建物が出来たんだ?」
ウキクサの素朴な問いにダスティは苦笑を浮かべると、
「精霊の悪戯らしい。まあ、お陰でこの島の数少ない観光収入源にもなっているのだが」
「そりゃあ僥倖ってやつだな」
言いながらウキクサの頭の中には思わず年寄り口調の妖精の姿が浮かんでくる。どこに飛ばされたか分からないが、何となくアイツは元気だろうと、そう思われた。
「……いやあ、なかなか気持ち悪いな、この塔」
後ろを歩くカミールが思わずそうボヤく。
「錯視が意図されてる。酒飲み半分で出来るような仕事じゃねえよ」
「意図されてる?」
「……よっぽど隠したい何かでもあるのかも知れないな」
ウキクサにしか聞こえないくらいの声で彼はそう言うと、『知らないけどな』とでも言いたげに肩を竦めた。
視覚と平衡感覚を狂わせながら三階に辿り着くと、既にそこからマンドラゴラの姿は消えていた。逃げられたか、それともーー
「外はどうだー?」
見張っていた面々に声を掛けると、「飛び出したり飛び降りたりはしていない」との事だった。流石にマンドラゴラでも、三階からの跳躍は危険性が高いという事か。探知の結果も最前と変わらず、塔の中を示しているらしい。しかしそうなると……
「どこかにいる、って事だな」
緊張した面持ちのダスティが、油断なく周囲に視線を向ける。見つけた後も問題ではあるが、そもそも見つけなければお話にならない。
どうしたものかと思っていると、ふとダイフクが何か察したのか、その場でじっと立ち止まった。それを見てダスティもハッとしたように妖獣を見遣り、おもむろに遮音の羊皮紙を取り出した。
「……成程な、そういう事か」
言うもウキクサには何の事か分からない。何の役にも立っていない自分が嫌になりそうだと思っているのも束の間、中央に敷かれた羊皮紙にダイフクが飛び込んでゆく。
とーー空海の撓みに潜り込むようにその姿が歪み、消えてなくなった。
「大丈夫なのか?」
「問題ない。構えていてくれ、程なくマンドラゴラが出てくる」
羊皮紙のすぐ側に屈むダスティの言葉ですぐに切り換えると、羊皮紙の辺りを注視してーー
バンッ!
ダスティがソレを掴もうとした音が響き、目の前にまさに目的のものが迫ってーー
(俺に出来るのはこれくらいだ!!)
ウキクサは準備していた術を至近距離で展開する。
瞬間、彼の周りが目映く光を発した。マンドラゴラが一瞬怯んだ瞬間、
「ダイフク!」
撓みから飛び出してきた妖獣が獲物を掴んだ。マンドラゴラは口の辺りを押さえられ、声を発する事も出来なかった。
後は簡単だった。カミールたちが慎重に獲物を瓶の中に入れ、無事捕獲に成功する。位相変換の特異点がどうとか何やらブツブツ言っていたが、解析が専門のカミールだ。常とは異なり口の端が上がっていた。楽しそうで何よりだ。
「目潰しとはな。オーソドックスだが効果絶大だな。見事だ」
ダスティがそう言うとウキクサは息を吐きながら、「取り敢えず役に立ったなら、何でもいいよ」とそう言って瓶の中の《ソレ》にぼんやりとした眼差しを向ける。するとカミールが向こうには聞こえないよう小声で、
「……使えたんだな」
そう驚きの声を発した。彼なりに褒めてくれているのだろうと思うと、こそばゆいものを覚えた。
「毎日練習して、ようやく初歩の『光球』がこの程度だけどな」
「それでも大したもんだろう。マレビトが魔法を習得するのは、お前が思っている以上に大変な事なんだぞ。メルキュールは確か、『歳を取った後で一から異国の言葉を覚えるようなもの』だとか言ってたか」
「え、彼はマレビトなのか」
この地には『異国の言葉』なんてものは存在しない。魔法を習得する難しさをそれに喩えられるのは、界を流れて来たマレビトくらいのものだろう。ウキクサが驚きを露わにしていると、
「いやあ、その辺りはどうだろうなあ」
と難しい顔をする。
「違うのか」
「と言うより正直知らん。あいつはあれでいて意外に色んなことを知ってるからな」
カミールが蒼海の彼方に目を向け、次いで浅瀬の色に僅かに目を細めた。エメラルドグリーンに輝くそれは、『浜辺』のものと良く似た、そんな色だ。
「残っているマンドラゴラはありませんね」
探索担当が建物の下からそう言うと、
「ご苦労! 帰ってみんなで宴会でもしよう!」
豪放にダスティが笑い、ウキクサの背をバンバンと叩く。それを真似してダイフクも、ぽよぽよと背中に体当たりしては、跳ね返って遊ぶのだった。




